2月、失くしたシャーペンを探しに、音楽室へといった。
すると、中から歌声が聞こえてきた。
その歌声は澄んでいて、思わずドアの前で立ち止まり、耳を傾ける。
どれだけの時間がたったのかわからない。
歌声はいつの間にかやみ、静寂があたりを支配している。
ドアを少し開け中を覗き込む。
一人の生徒がこちらを見ていた。
私は部屋へと入ると、拍手をする。
『人の心を動かす、魅力のある良い歌だった。』
そう言うと、彼女は少し目を見開いたあと、微笑んだ。
『ありがとう。』
『事実を言っただけだよ。』
私は6時間目に使っていた机の中を調べる。
『探し物?』
『ええ。』
『探しものなら、ここの箱にまとめて入っているわよ。』
彼女はそう言うと、近くにあった箱をもってきてくれた。
中を見ると、シャーペンや消しゴムなど、様々なものが入っている。
そのうちのひとつに見覚えのあるシャーペンがひとつあった。
拾い上げ、筆箱にしまいいれる。
『ありがとう。』
そう彼女に礼を言う。
彼女は首を横に振った。
『たいしたことはしていないわ、リリアンの魔女さん。』
彼女は微笑んでいた。
悪意も恐怖もない。
ただ、楽しそうに、微笑んでいた。
『私のことだけ知られているのはフェアじゃないと思わない?』
『そうね。私は蟹名静。合唱部に所属しているわ。』
他の生徒が口にしていた名前だ。
リリアンでも有数の歌い手だったか。
『噂どおりのようで、なにより。』
個人的にはリリアンでも有数ではなくリリアン一の、でもよさそうだと思った。
人の心を震わせる歌を歌ったのだから。
『そちらは噂どおりに見えなくて残念。』
噂とは、魔女のことだろう。
まあ、見た目でついた名前でなし、仕方ないことだ。
『なら、魔女の力を見せてあげようか?』
『ぜひ。』
風に問いかける。
目の前の彼女のことを。
集まった情報はたいしたことないことばかりであった。
しかし、最後に伝えられたこと。
それには素直に驚かされた。
蟹名さんは私を中心に起こった風に驚いているようだった。
恐怖はない。
思わず笑みを浮かべる。
世界はやはり面白いものだ。
リリアンという限りなく狭い世界において、私を恐れぬものが三人も見つかった。
『たいした話はないわね。ただ・・・、風たちがあなたの歌を賞賛していたわ。』
私の言葉に、蟹名さんは驚いたようだった。
それもそうだろう。
私の言葉をそのまま受け取ると、私は風と話したことになるからだ。
そして、蟹名さんは一言言った。
『すごいわね。』
笑う、笑ってしまう。
その言葉は、4月のあの日、令に力を見せたときと同じ言葉だった。
『静、と呼んでもいいかしら?』
『あなたを亜里沙と呼んでいいのなら。』
彼女は、良い人だ。
『よろしく、静。リリアンの歌姫。』
『よろしく、亜里沙。リリアンの魔女。』
出会いは唐突に。
静との関係は、おそらくどれだけ離れても切れないだろう。
物理的にいくら離れたとしても、私と静が親友であることに違いはない。
時間などが作る擬似的な連帯感などではない。
刹那の時において認識するのだ。
私と静は、ともに存在しているのだと。