さて……何があったのか分からないが、簡単に推理しよう。俺は露天風呂で酒を飲んでいた……そこにカレンが入って来た……。んで、今に至ると……何故に?「え〜〜〜〜と………」「………………」カレンが見て分かるくらいに落胆している……いや、見ないけどな?見たらヤバイ……歯止めが効かない自信がある。もっと言うなら、この状況……風呂場、酒、元気過ぎる息子、部分的記憶の欠如、俺の隣で眩しくけしからん姿で落ち込むカレン……ここから導き出される答えは……。……酔った勢いで大人の階段昇っちゃった?……マジ?いや、待て……あくまでも状況証拠だけだ……物的証拠は無い!……むぅ、だが……。「なぁ……カレン?」「……なんですか……?」うわぁ……凹み具合がパネェ……なんか澱んだオーラが漂って来た……。「その……さ?俺、カレンに何かしたか……?」「……してません……して……くれませんでした……」「そ、そうか……しかし、その言い方だと、その……何か期待してるみたいに」って、何を言ってるんだ俺は!?自重しろ!自重!「……私……で……」「え?」「……私では、魅力がありませんか……?」「そんな訳ないだろ!現にこうしていても……」理性が爆発しそうなんだからな……。下半身が特にヤバイ……色々爆発しそうだ。「……それなら、こっちを向いて下さい」「いや、だからそんなことしたら」「お願い……しま、す……私を見て……下さい……」え……カレン……?俺はカレンの様子のおかしさに、つい横を向いてしまう……。泣いていた……カレンが……泣いていた。こちらを見据えながら、泣いていた……。ポロポロ零す涙は綺麗だが……胸を締め付ける……それは悲しみに溢れているから……それでも、普段の俺なら違う反応をしていただろう。それをしないのは……俺の中にある感情が、そうさせないから……これは……罪悪感か?……つまり原因は俺にある?ザザッ……。頭にノイズが走る……。ザザザッ……!映るのは雨の日の……。ザザザザザッ……!!映るのは朱に染まる水溜まり……。五月蝿い!!黙れよ!俺は……俺は……!!「……やっと、見てくれましたね…」「……カレン……」そう微笑むカレンは凄く綺麗で……俺は……。『……こんなことするのは……シオンさんにだけです……』!……そうだ……カレンは俺に、こんなことを言っていたんだっけ……何で忘れていたんだ……?物覚えは良い筈なんだが……。ノイズが治まった俺はカレンの肩に手を置く……ビクッと一瞬だけ震えるカレン。「さっきのことと言い、今のことと言い……幾ら俺でも勘違いするぜ?」「……シオンさん、さっきのこと……」「『……こんなことするのは、シオンさんにだけです……』だったよな?」そう指摘してやると、カレンは真っ赤になる……多分、自分がどれだけ大胆なことをしているのか自覚して、改めて恥ずかしくなったんだろう。可愛いなカレンは……。……どうして気付かなかったんだ?カレンが俺に異性として好意を抱いていたのを……。――今までだって、カレンが俺に向けてきた感情は――。ザザザザザッ!!!!!?うぐっ!!ま、またノイズがっ!?『……ゴメンね……約束……守れなく……て……』『何……謝ってんだよ……今、救急車呼んだから』ザザザザザザッッ!!ぐぅっ……あ、頭が痛い……!?…記憶が、薄れて行く……や、止めろ!?せっかく思い出したのに……微笑んでくれたのにっ!!?「……シオンさん?」カレンが、微笑んでくれたんだぞ!?止めろ……俺から奪うなっ!!!『また』繰り返すつもりか!!?ザザザッ!!『……無理だよ……もう……身体が動かないもの……何も……見えないもの……』『らしくねぇこと言ってんじゃねぇ!!踏ん張れよ!いつもの根性はどうしたっ!!?』繰り返す……俺は……繰り返す?ザザザザザ……!「がっ!!?」「!?シオンさん!?」俺は頭を抑えて俯く。頭に響くのは警告……ノイズと共に流れてくる記憶……それが怒涛の様に責め立てて来る。忘れろ……忘れろ……また『同じこと』を繰り返すつもりか……と。俺の記憶を……カレンの想いに気付いたという記憶を塗り潰そうとしてくる……嵐の中の濁流の様に。本能が告げる……流れに身を任せて忘れろと。ノイズが齎す記憶は知らないほうが良い……と。……そうだな。確かに、これだけ警鐘を鳴らす様な記憶だ……断片的に見せられたが、碌な記憶じゃないんだろう……。だが……それは本当に知らなくていい記憶か?……違う気がする。俺はそれを知らなければならない気がする……。何より、その為にカレンの想いを忘れるなんざ――我慢ならんっ!!!俺はノイズの濁流に逆らい、前へ前へと意識を向ける……だが、俺の意識は濁流に呑まれ………。「シオンさん!?シオンさんっ!!?」「だ、大丈夫……少し湯あたりしただけだから」アリオストみたいな言い訳をカレンにする……状況を確認しよう。どうやら、さっきの思考は一瞬の出来事だったようで、まだ俺達は風呂に浸かっていた。「…本当に、本当に大丈夫なんですね!?」「ああ……ゴメンな、心配かけて」おかげで幾らか思い出したよ……俺の忘れさられた記憶。「……で、カレン……言いにくいんだが……当たってるぞ?」ふにょん♪とか、ぽよん♪とした物が……。「え……あ……!!」「もしかして……わざと当ててる?」「!?ちちち違っ!?こここれはその……あの!?」バッ!!と離れるカレン。おお〜……真っ赤だ。と、言いつつ俺も顔が熱くなってることから、自身も顔が赤くなってるのは容易に推測出来るがな?「冗談だよ……さて、また湯あたりしてもなんだし、俺はそろそろ上がるよ」さっきから結構騒がしかったし、人が来たらヤバイしな。俺は腰にタオルを巻き、立ち上がる……息子が偉いことになっているので、カレンに背を向けてだけど。冷静を装っているが、俺だって男だ。……好意を持ってくれている女の子とこんな状況になれば、こうなるのも自明の理だ。むしろ、ル○ンダイブをしない自分を褒めてやりたい。……精神的には40代なんだが、まだ枯れていないんだなぁ……とか思ったり。「カレンも適当なところで上がれよ?俺みたいに湯あたりしても知らないぜ?」「あ、あの……」けれど……。「それと、うら若き乙女が柔肌を曝しちゃダメだぜ?それだけ信頼してくれるのは嬉しいけど……俺も勘違いしちまうからさ」思い出しちまったからな……。俺に、その好意を受ける『資格』が無いって……。まだ何か言いたそうなカレンを置いて、俺は脱衣所にて身体を拭き、着替える。カレン……ジュリアもだが、俺なんかに告白みたいなことをしたのは、一度だけじゃない……。好意を持ってくれた人に限ればもっと居る……。思い出した……いや、気付いてしまった。「……俺なんかの何処が良いんだか……この見た目か?」俺の見た目は前世……と言えば良いのかは分からないが、あの頃より数倍は美形だ。多分その気になればキラキラビームでも、出せそうな勢いだ。……とは言え、カレンを始め、そんなことだけじゃ、あれだけ惚れ込んではくれないと思うんだが……分からん。「……どちらにしろ、俺には眩し過ぎるよ」俺なんかと一緒になれば不幸になるだけだ……。なら、俺は……気付かないフリをするだけ。悲しまれようと……居なくなられるよりは良い……。*********……シオンさん、大丈夫でしょうか?湯あたりだと言ってましたが……。でも、本当に平気そうだったし……大丈夫なら良いんだけど。「それにしても……私、考えてみたら……物凄く大胆なことしてたかも……」偶然、シオンさんと会ったからって……い、一緒にお風呂に入って……シオンさんに、く、くっついて……。クラッ……。その際のことを思い出して熱くなってしまう。う〜〜……恥ずかしい……でも、シオンさんの暖かさが分かって心地良くて……思ったより筋肉質なシオンさんの身体が、私の身体と触れ合って、なんか気持ち良くて……離れられな……って、何考えてるの私!?……けど私、泣いちゃいました……。だって、せっかく勇気を出したのに……シオンさん、また忘れちゃうんですよ?……気付いてくれないなら、気付いてくれる様に頑張ろうと思いますけど……幾ら想いを告げても、それを忘れられたら……。私の気持ちは結局無駄なんじゃないかって……思ってしまって……。そうしたら悲しくなって……けれど、あの人は私を見てくれて……思い出してくれた。結局、私の気持ちに気付いてくれなかったのは、ショックでしたけど……けど、なら気付いてもらうまで、何度でも想いを告げます!私は貴方が大好きです……って!…………今考えてみたら、勇気を出してこんな大胆なことをしてみたけど……好きだとは言ってなかったかも……今までも……。……ファイト、私。「あ……コレ、シオンさんの……お酒……なのかな?」「……美味しいのかな?」私は入れ物(後で聞いた話によると、徳利と言うらしい)に入った液体を小さな器(これはおちょこと言うらしい)に注いで、一口飲んでみた。「!コホッ!?の、喉が熱いです……!?」お酒を飲んだのは初めてですけど、こんな飲み物なんですか……。「あ……コレ、シオンさんが使ってた器……」じゃ、じゃあコレってかかっ間接キス……!?キョロキョロ……。「お、お酒を飲める様になれば、シオンさんと一緒に居る時間が増えるかも知れませんし、勿体ないですから、入れ物に入ってる分くらいは飲まないと……べ、別に他意はありませんからね?」シオンさんの匂いはお酒の匂いなんだろうか…………って、違いますからね!?*********俺はジャケットを羽織って部屋に戻った。「あ、そういや……酒が入った徳利がそのままだった……とはいえ、もう一度突撃するとか無いだろ?」一応、瓶は脱衣所に置いておいたから回収したけど……俺は白を切ることにした……俺が持ち込んだなんて証拠は無いんだから、他の客のせいにするさ。などとあくどいことを考えながら、眠りに着いた。翌日、カレンが二日酔いに悩まされ、もう一泊する羽目になった……というオチがついた。あの酒を飲んだのか……残り二、三杯分しか残って無かったとは言え……。ちなみに酒の名前は【銘酒・鹿の洗い水】……どこかで聞いたことある奴とはソウルメイトになれるかも知れん。カレンの様子に、皆が心配していたが、二日酔いと分かると、あれよあれよという間に原因が俺にあるというのがバレ、しっかり皆に怒られました。もっとも、カレンと一緒に風呂に入ったのは隠し通したがね。俺が風呂で飲んでた酒をそのままにしてた……ということに。カレンも、俺の酒に口を付けたのは事実なので、何も言えません。とは言え、俺に責任があることも、また事実なので、率先して看病させてもらったさ。……何か、ますます泥沼に嵌まってる気がしないでも無いが、まあ、仕方ないか……これくらいは、アイツも――許してくれるよな……?