あの後………ゼノス達が俺達に同行することが決定してからしばらく後、夜も深くなり、俺達は宿を取ろうとしたが、ゼノスとカレンは折角だから泊まっていけと言ってくれた。結局、俺達はその好意に甘えることになるわけだが。俺には一人部屋を用意された……以前、俺が使っていた客間だ。何故、俺だけが一人部屋なのか……理由を色々説明してくれていたが……要するに、気を使ってくれたのだろう。俺が……初めて自分の手を汚したのだから……。その後、俺は就寝する……寝る前にルイセの叫び声が聞こえた気がしたが……お母さんがどうとか……サンドラ様がどうしたのやら……何か、緊急事態の香りがしたが、何と言うか……何故か危機感は感じなかった。何か妙な寒気がしたのも確かだが……。なので、そのまま睡眠タイムに移ることに。*********夢を見ていた………。赤い世界……朱い世界……紅い世界………。最初、俺にはそれが何なのか分からなかった……なので、俺はそれに触れてみる……。それに触れた手は徐々に飲み込まれて行った……その感触はヌメッとしていて、纏わり付いてくる……その感じに不快感を覚えた俺は、そこから手を引き抜く……そこには俺の腕を掴む手……!俺はその腕を振りほどこうとする……だが振りほどけない。だから……俺は力任せに腕を引き抜いた……。ズルリ………。紅く赤く朱く染まった腕と一緒に出て来たもの……。それは……。上半身から下が無い……。虚ろな瞳をした……死体、だった……。「あ………あぁ………あああ……!!」死体は下半身があった場所から………紅い…朱い…赤い『もの』を撒き散らして……俺は身体を震わせながら、それを振りほどこうとする…だが、それは決して離れない……。離れない……離れない……!!ギョロッ……。突然、虚ろな瞳が動きだし、俺を睨み付けて来た……。見るな……。「……ぜ……した……」止めろ…。「なぜ……した……」違う……違うんだ……。「なぜ……殺したぁ!!!!」「ガッ!!?」死体が俺の首をしめる……なんて……力……。「……仕方……なかったんだ……俺は……」「死ね……しねぇ……シネェ…!!」「…止めろ……止めて……く……れ……」ギリギリギリ!!首が軋む……苦しい……息が……。「死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ねしねシネシネシネシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ねしねしねしねシネシネシネシネ死ね死ねシネ死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ死ね死ね死ね死ねしねしねしねしね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネ死ねシネ死ね死ねぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」「アアアアアアアァァァアァァァアァァァァァッッッッッ!!!!?????」ガバァッ!!俺はベッドから跳び起きる。「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ………今のは……夢……か……?」何で……俺……ッ!?首!?俺は首を触る……だが、何処にも異常は見られない……霊力とか妖力とかの残滓も感じられない……。――あぁ……分かっている……今の夢は怨みとかそういう物じゃない……あの盗賊は俺に怨みを抱く前に息絶えた……。ならば今の夢は……?――問うまでもない……。俺の心の弱さが生み出した『幻像』だ……。「震えは、治まったのに……いや、分かっていた……」あれが一時的な物だと……現に今も震えが、止まら、ない……。「くそっ!止まれ!!止まれよ!!」心こそ、あの時の様に壊れそうな感じでは無いが……恐怖、後悔、絶望……そういった負の感情が拭えない……。「くそっ………!」俺は、壁に立て掛けてあった剣を持って外に出た……このまま寝ても、また同じ様な夢にうなされるに決まっている。ただ起きていても幻覚に苛まれるかもしれない。なら、身体を動かしていた方がマシだ。ズバババババッ!!俺は仮想敵を相手に切り掛かる。相手は自分自身……こう言っちゃ自惚れも良いところなんだが、この世界で1番強いのは俺だと思っている……いや、実際は分からないが……今まで出会った人物の中に、俺を倒せる奴は居なかった……。なので、自分を敵に想定して戦う。常にイメージするのは最強の自分だ……と、運命の赤い弓兵は言っていた。ならば、イメージする敵も最強の自分で問題無い筈だ……もっとも、あれは投影に関することだから直接的には関係無いが。「ふっ!しっ!!」先ずは軽く流す程度……身体能力も普段通りに抑えている……さて、身体も温まって来たし……そろそろ全力で行く……!?俺はそこから踏み込もうと溜めを作るが、その瞬間……自分の手が視界に映る……赤い……血、の――!?「うわっ!?」俺は思わず剣を放り出してしまう……。再び手を見ると……俺の手には血などついておらず、あるのは剣ダコくらいで、それ以外は至って普通の手だ。「……ハハハ、満足に剣も振れないかよ……」俺は渇いた笑いを浮かべ、その場にへたりこんでしまう。「……カーマインやジュリアンに、偉そうなことを言っておいて……このザマかよ……何が覚悟はあるだ……何が真っ直ぐ進むだ……所詮は、ただの口だけ野郎じゃねぇかよ……」俺は渇いた笑いしか出てこず、手で目元を覆い、壊れた様に笑っていた。ガチャ……。「ふむ……良い剣だな……しっかりと使い込んでいる……余程の鍛練の後が伺えるな」「!?誰だっ!?」馬鹿な!?俺がこれだけ接近されて、気付けなかっただと!!?「らしくないな。何をボサッとしているんだ?」「ウォレス……」そこに居たのは、リーヴェイグを拾って立っているウォレスだった。「ほら、お前の剣だろう?」ウォレスは俺に剣を差し出す。俺は無言でそれを受け取り、鞘に納める。「……見ていたんだろう……情けない奴と、笑いたければ笑えよ……人を一人斬ったくらいで、剣が握れなくなっちまうなんて……アンタに、デリス村で大言を吐いておきながら……このザマだ……」「…別にそんなこと思っちゃいねぇさ。俺にも経験があるしな…」「そうなのか……?」「俺だって初めての実戦の時はそうだったさ……初めて人を殺した時、手が血だらけで真っ赤になった幻覚が見えてな……こいつが洗っても洗っても落ちないんだ」ウォレスにもそんな時があったなんて……いや、考えてみれば当然か。確か、原作でカーマインにも、新米傭兵時代の話をそれとなくしていた筈だ。「俺は直ぐに慣れちまったがな……傭兵家業なんかやってれば仕方ないことかもしれんが……」慣れた……か。羨ましい限りだな……俺には到底無理だ……俺の根底は、やはり日本人だからな。しかも一般市民……慣れる筈がねぇ……喧嘩はしたが……それとこれとは別問題だ。「――何か勘違いをしてるのかも知れんが、お前は俺なんかよりずっと強いんだぞ?」は?何言ってんだ?俺の力の事を言ってるのか?……そんなの、結局は宝の持ち腐れじゃないか……。俺の心は弱いんだから……。「昔、ある男が言っていたんだがな……。『死に慣れるな……戦場で相手の命を奪ったなら存分に生き抜け……その奪った命の分まで背負って生き抜け』……ってな」それって……。「結局、俺は逃げ出しちまった……奪った命の分は生きて来たつもりだが、命を奪うことに慣れてしまい、それを背負って生き抜くというのは、文字通り荷が重過ぎてな……無論、命を軽んじてるつもりは微塵も無いが」命を背負って……生き抜く……。「だが、俺と違ってお前は死に慣れるのを良しとせず、なるべく命を奪おうとせずに、『そういう戦い』をしてきた。シオン、お前も旅をしてきたそうだが……殺しこそしなくても、旅先で誰かの死に目にあったことも――あるんじゃないか?」確かに……それはある。それが病気だったり、盗賊に襲われたり……色々あるが、誰かの死に目にはあって来た……だが。「確かに、ああいうのにも慣れなかったが……それとこれとは話が違うだろう……」「違わねぇさ。そういうのを目の当たりにすれば、人間ってのは普通、ある程度慣れちまうもんだ……というか、お前はもう既に命を背負ってる様に思ったが?」「……俺が?」「モンスターを倒す時、表情が一瞬悲しげに歪む……とか聞いてるぞ?ラルフからな」ラルフの奴……妙なことを吹き込むなよ。「俺も雰囲気から何となく分かるんだが……その時のお前は、何かを決意している様に思える……何を考えている?」「……それは……あ……」「……今回の件もそれと同じ様なことじゃないか?……人間とモンスターの命を一緒くたに考えること自体、間違いなのかもしれないが……どちらにしろ、お前は奪う為ではなく、守る為に戦った。だからこそ、お前は決意を固めるんじゃないのか?」そうだ……モンスターとの戦いで、俺は未だにモンスターの命を奪うのを躊躇う……慣れないんだ。命を奪うという行為に。――俺は仲間を守る為に戦い、そして相手を傷つけてきた……。その度に俺は誓った……お前達の命……無駄にはしないと……許されるとは思わないが、お前達の分まで生きる、と………。だからこそ、自分を貫き通すと誓ったのに……人間もモンスターも、命の重みがあることに変わりは無い……そんなこと、気付いていた筈だったのに……。俺は確かに人の命を奪った……けど、そのかわりマークとザムを助けられた………カレンを……救えた………。(貴方が来てくれなかったら……私達は助からなかったかも知れません……貴方が私達を助けてくれたんです……)ああ……そうだ……分かっていた筈なのに……。(……だから……そんなに自分を責めないで……)そうだよな……いつまでも俺がこんなんじゃ……また、カレンに迷惑掛けちまうもんな……。俺は浮かんでいた涙を拭い、しっかりと前を見据えた……。「どうやら、答えに気付けた様だな?」「あぁ……俺はこれからも迷い続けるし、後悔もし続けるだろう……けれど、俺は改めて誓う……俺は真っ直ぐに進み続けると……。例え、後悔しようが、絶望しようが……心を擦り減らせようが……俺は俺の信念を貫き通す……必ずだ」「そうか……なら、もう俺が言うことは無いな……どれ、もう一眠りするかな……」ウォレスはわざとらしく欠伸をして、来た道を戻る。「……済まなかったなウォレス。気を使わせちまって……」「なんのことだ?俺はただ、用足しに来たらたまたまお前を見つけたんで、少し昔話と説教をしたくなっただけだぜ?」「わざわざ外まで用足しに来たのか?夜じゃあ、ほとんど見えないんじゃないのか?」「そういえばそうだったな……すっかり忘れてたぜ。まぁ、以前は全く見えなかったんだ……今は、月明かりがあれば昼間より若干見えにくいが、見えるからな……問題無い。じゃあ、また明日な」そう言ってウォレスは去って行った……。……ありがとう、ウォレス。その後、俺は中途半端だった訓練を再開、久しぶりに全力で訓練、しかし今日は軽い時間で収めた後、部屋に戻って就寝することにした。「……なんつーか……この世界の過酷さを改めて理解したな……とは言え、ここは第二の故郷なんだ……出来る限りみんなが平穏にくらせる様になったら最高だよな……そういえば、俺って元の世界に帰れるんだろうか……?」元の世界に執着が無いと言えば嘘になるし、この世界に愛着が無いと言うのも嘘になる……そもそも、今の俺はシオンなんだから……元の世界に戻ったらどうなるんだろう?「まぁ、良いか…今は、まだ……」俺はそのまま眠りに着いた……ちなみに、あの夢を再び見ることは――無かった。