晴天が見渡す限り広がる今日――。正にイベント事には絶好の日和である。――ん?いつも晴れているだろう……って?それはゲームの話だ。この世界にだって、ちゃんと雨は降るんだぞ?メタなことを言わせてくれるなら、ゲームでだって晴れ以外の気候になっているし――OPとかなっ!と――まぁ、そんなトリビアにもならない無駄知識は置いておいて。戦勝祝賀会当日――。俺は今日という日が訪れたことを、改めて噛み締める。今日、ヴェンツェルは原作通りに宣戦布告を行うだろう――。恐らく、ルインが『そう仕向ける』のだろうが――。コレを打倒すれば、漸く平和な日常が訪れる――。まぁ……某傭兵団とかゲーヴァスとか――考えることは山積みなんだが。因みに、言霊の面はガッチリ封印し直したので、マクシミリアンにフラグが立つことは無いだろう――多分、ね?マクシミリアンも、悪い奴じゃ無いんだよなぁ……。むしろ良い奴なんだが、良い奴過ぎるというか、苦労人というか――。言霊の面に頼ったのも、争い合う人間に絶望したから……だしなぁ――。とは言え、原作のアイツが目指したソレは人間の住む世界とは……到底言えないし。ある意味では平和な世界だが――俺には許容出来そうも無い世界だからな。因みに今更だが、マクシミリアンの声はしっかりひ○しでした。綺麗な○ろしと言えば良いんだろうか?いつだったか、訓練中に思わず――『野○一家ファイヤー!って言ってみてくれね?』とか、ほざいちまったしなぁ――。キョトーンってなってたけどな、アイツ。と――何をマクシミリアンについて熱く語っているんだか、俺は……。とにかく、戦勝祝賀会当日である!「ふむ、こんなものか……まぁ、いつもと変わらないんだけど」俺は、我が家の自室にて身仕度を調えていた。ぶっちゃけ何時ものナイツの制服(青)なんだが――普段より少しだけ身嗜みに気を付けてみたりした。コンコン――。と――自室のドアを幾分控えめに叩く音が響く。「どうぞ、鍵は開いてるよ」「お、おはようございます……」扉を開け、遠慮がちに部屋に入って来たのは――カレンだった。但し、その姿は何時もの『何処かメイドっぽいナース服姿』では無い。優しい色合いを帯びたドレスをその身に纏い、その姿は慈母の女神と言っても過言では無いだろうっ!!――何?贔屓目が入ってるって?あぁ、それは否定しないさ――だが、それを抜きにしても今のカレンは、いつにも増して綺麗だってのは事実だ。「あの……良いんですか?こんな素敵なドレスを頂いてしまって……」「良いって良いって。どうせ俺が持っていても役に立たないし、ドレスも着てくれる人に着てもらったほうが幸せってもんだろうしな?」カレンが着ているドレスの名は『癒しのドレス』と言って、世界樹の樹皮から採れる繊維を織って作られたドレスだ。その淡く美しい――優しい緑色の光沢を放つドレスは、カレンの持つ美しさを更に光り輝かせていると言っても過言では無いだろう。「なんだか、このドレスを着ていると、すごく暖かさを感じるんです――まるで、ドレスが私を癒してくれている様な……」「何でも、それを身に付けた者には世界樹の持つ神秘的な生命力が分け与えられるらしい――まぁ、伝承に残る品みたいだからそういう神秘性があっても不思議じゃないだろうな」メタな言い方をしちまえば、このドレスはカレンの最強装備であり、特に魔法の耐性を上げる様な効果は無いが、スキル『リジェネレート』の効果が込められており、また毎ターンごとに1/8の確率で回復魔法『キュア』の効果が発動する――という、正に『癒し』の名に相応しい力がある。世界樹の樹皮から作られた繊維で織られ、それを触媒に魔力を込められた一品なので、当然ながら防御能力も高い。ぶっちゃけ、生半可な全身鎧等より防具としては格上です。と、そんなこと(メタな部分を除いて)を説明したらカレンは益々恐縮してしまった様だ……。実際、本当に使い途が無かったから、貰ってくれた方がありがたいんだが――。手に入れた経緯?以前ラルフと旅をしていた時に遺跡荒ら――もとい、トレジャーハンティングをしていた時にGETしたアイテムですが何か?大抵の手に入れたアイテムは、売り飛ばして稼いでいたが、こういう本当に貴重なアイテムは売らずに残してあるのだよ。まぁ、それはともかく。「それじゃあ――会場までエスコート致しますよ……お嬢さん」そう言って気障ったらしい台詞を吐きつつ、手を差し出す俺を見て――。「は、はい――宜しくお願いしま、す……」カレンは緊張しながらも、微笑みと共に手を取ってくれたのだった。***********と、言うワケで――俺達はバーンシュタイン王城までやってきた。――途中、俺達に向けて町人の皆さんから黄色い声が向けられたが――そこは割愛させて戴く。「いらっしゃい、カレン」「リビエラさん!」俺達を最初に迎えてくれたのは、リビエラだった。その姿は、いつもの蒼天騎士団の制服姿である。まぁ、一応会場内の護衛の任務も兼ねているので、当然と言えば当然の装いであるが。「――前から思ってたんだけど……カレンって、何で敬語なの?一応、私の方が年下なのに『さん』付けだし……」「それを言ったら、俺やカーマインとかに対してもそうなんだけどな?」リビエラは疑問を浮かべるが、俺はカレンの丁寧な言葉遣いの理由について、何となくだが把握していた。それは――。「いえ、その――皆さん年下に見えないと言うか「もういい分かった、みなまで言わないで……泣きたくなるから……」えっと、違うんですよ!?そういう意味じゃなくて――っ」それは、見た目年下に見えない様な相手を呼び捨てにしない――いや、出来ないのだろうということ。恐らくこれは、長い間一人で家の留守を守っていたことに起因することだと思うが……。物心着く前から、母親を亡くし、父親は行方不明――兄のゼノスが出稼ぎの為に家を度々空ける様になり、一人で居る時間が増えたことで、否応無しに確りした性格に育っていったのだろう。『さん』付けしない相手は、明らかに年下な相手のみ――判り易い所で言えば、ルイセやティピ、エリオット陛下等が挙げられる。敬語に関しては、最早カレンの性格――個性故に仕方ない様な部分がある。件のルイセ達にすら敬語を使うのだ――。今更フランクな話し方をしろと言っても……正直、無理があると思う。カレンが砕けた話し方をするのは、家族であるゼノスとベルガーさんに対して――ぐらいであろう。「――いいのよ、いいのよ……どうせ私なんか、年齢に見あわない顔付きしてますよ……」「あんまり自分を卑下するなよ。リビエラは美人なんだから、過ぎる謙虚は嫌味になるぜ?」「うっ――まぁ、シオンがそう言うなら――うん、良い……かな?」俺が思ったことを口にすると、リビエラはほんのり赤くなりながら、満更でも無さそう……というか、嬉しそうに笑みを浮かべた。――俺にはブンブン振られる尻尾が幻視出来たぞ?全く……。「そう言う所が、お前の可愛い所だよな」「……も、もう!そうやって私をからかって――!」からかったつもりは無いんだけどな……自重していないだけで。まぁ、周りがどう思おうと関係無いし。寧ろ、リビエラの可愛さを知っているのが俺だけとか、超俺得だしな。何と言うか、独占欲的な部分で。「あ、あのー……」「勿論、カレンも美人だぞ?」「い、いえ、そうじゃなくて――いえ、そう言って貰えるのは……その、すごく嬉しいんですけど――」顔を赤くして慌てるカレンに――萌えた。流石に顔には出さないけどな。――カレンが言いたいことは分かる。「コホンッ!!」俺の後ろに居る――アイツのことを言いたいんだろう。「シオン――こんな所で何をしている?」そう――ジュリア・ダグラスその人である。「お前が誰と惚気合っていようと構わないが――人の目もあるのだから、自重してくれ」因みにこんな所とは、バーンシュタイン城の広いエントランス――要するに原作でのパーティー会場――その入口付近のことである。既に会場入りしている招待客は何人も居り――成程、確かに人の目がてんこ盛りだ。「すまん、ジュリアを構ってやれなくて……勿論、ジュリアも綺麗だぞ」「そ、そういう意味で言ったんじゃないっ!?……いや、嬉しくないわけじゃないのです……むしろ嬉しいのですが、その……あぅ」俺が自重しない言葉を投げ掛けると、ジュリアは顔を赤くしながら――声を徐々に尻すぼみに小さくしていった。――敬語が漏れているのに気付いているのかね?気付いていないんだろうなぁ……。「ジュリアの言いたいことは理解してるさ。けど、冗談抜きで綺麗だからさ――相変わらず似合ってるぜ?そのドレス」「あ、ありがとうございます……」そう、既にジュリアはドレス姿なのである。それ故に公の場でありながら、俺は最初から『ジュリア』と呼んでいるワケだ。――ジュリアの言いたいこととは、対外的なことだろう。幾ら身内に俺の悪癖が知れ渡っている(あまつさえ、それが公認されている)とは言え、名誉ある立場と家系を与えられている者として――それは弁慶の泣き所になりかねない――ということだ。鳴り物入りでナイツになった俺のことを、疑問視――悪く言えば敵視する輩はまだまだ居る。以前、合同調練を行った似非金ぴか将軍と、その父親辺りはその典型と言えるだろう。そんな奴等からすれば、俺のハーレム志向は――俺を蹴落とす絶好の理由となる。確かに王族やそれに近い貴族の中には、側室の一人や二人を抱えている者は少なくないので、そういう意味では異端視されることは無いが――。責任あるインペリアル・ナイトが、女遊びにうつつを抜かして職務を疎かにしている――なんて噂でも流されようものなら、我が家の家族に――ひいては、俺を推挙してくれたエリオット陛下にまで、迷惑を掛けることになる――。まぁ、実際にその心配は杞憂なんだが――。何故なら、俺は職務を疎かにしてはいない――寧ろ、他の誰よりも仕事をしている。そう、仕事のし過ぎで事務担当の奴に『もう勘弁してください……』的なことを言わせる位には。加えて『王家の剣』という特殊な家系。更に、一応ゲヴェルを討伐した英雄の一人――ということにもなっている。もう一つオマケに、このナイツという立場その物――この他にも様々な要因が重なり、少なくとも面と向かって糾弾されることは殆ど無いと言えるだろう。(加えて、シオンは人間的な意味での『タラシ』なので、比較的早期に上や下に人望が生まれ、ナイツの息子故に培われた人脈がある)それでも、俺を――ひいてはエリオット陛下を排斥しようと暗躍する連中は少なくない。――が、そういう連中は必ずと言っても良い位、腹に黒い物を抱え込んでいるから――比較的、抑え込むのは容易だったりする。蛇の道は蛇――では無いが、強請をしてくる様な輩には丁度良い脅しになるし、ね。まぁ、そういう膿は徐々に排除されることになるんだろうが――今のバーンシュタインの国力では、無闇やたらにリストラ出来ないのが現状だからな。特に、件の金ぴか親子等は能力的にも優秀故に――尚更な。一番ベストなのが、俺達を『認めせる』っつーことなのだが――。「っと、それはそうと――俺に何か用事か?」「あ、いや――ローランディアからの出席者がまだなので、今から出迎えに行こうと――その途中でシオンたちを見掛けたものだから、な」ローランディア組と言うと、カーマイン、ルイセ、ティピ、ウォレス、ゼノス――それにサンドラとレティシアか。尚、ラージン砦のブロンソン将軍もローランディア組だが、彼は王都を拠点とするカーマイン達とは違って、国境付近の砦に勤務している。だから、既に会場入りしていたりする。他にもローランディアのお偉いさんが来るかも知れないな――。いや、リシャールの戴冠式で起きたグレッグ卿の件もあるから、やっぱり原作通りカーマイン達だけかも知れないが――。幾ら、バーンシュタインが新体制になったとは言え、な。「よし、せっかくだから俺も同行させて貰うか――構わないよな?」もし、ルイセが来るなら――ってか、確実に来るだろうが――渡しておきたい物がある。まぁ、勘の良い奴なら大体想像つくだろうが――って、俺は誰に言ってる――いや、思ってるんだか。俺にはテレパシーなんて――限定的には使えるな――。って、そういうアレじゃなくて……。「ああ、私は構わないが――」ジュリアはチラリとカレンを見やる。「私も構いませんよ?ここまで来れば、あとは一人でも大丈夫ですし」「大丈夫、私が会場の中を案内してあげるから、ね?」カレンは此処まで来れば平気と言い、そんなカレンを茶化す様にリビエラがエスコート役を買って出てくれた。つか、もう会場は目と鼻の先だしな……文字通り。本当はカレンも連れていきたい所なんだが―――また来た道を戻らせるのも酷いしな。しかも、街の人々の黄色い視線と声のオマケ付き。流石に、またアレを体感させるのは――な?来た時も終始、顔を火照らせていたしな――カレン。だからこそ、自分は此処に残ると言っているのだろうし。「分かった。じゃあ後はリビエラに任せる――しっかり会場内をエスコートしてあげてくれよ?」「了解しました、シオン将軍♪」パチッとウインクをして、了解の意を示したリビエラ。うむ、可愛らしくて大変宜しい。「それじゃ、行くか?」「あぁ」こうして、カレンをリビエラに任せて、俺はジュリアと共に来た道を戻って行ったのだった。――余談だが、やはり街の人々に黄色い視線や声を上げられた。が、何故か嫉妬的なモノは一切無かった。普通、美女を――しかも来る時と戻る時で違う美女を――連れて歩いていたら、嫉妬マスクが降臨しても可笑しく無いのだが――。まぁ、良くも悪くも地元ってことだな。俺の顔は、幼い頃から知れ渡ってるだろうし――。ラルフの様にファンクラブ的なモノが存在していれば、話は別だが――生憎と俺にはそんなモノは無いからな。※(シオンがそう思ってるだけで、シオンのファンクラブは存在し、シオンの家――ウォルフマイヤー家のメイドの何人かはコレに在籍している)……なんか、電波が聞こえたような……まぁ、気のせいか。***********「――っと、到着っ!」「やっぱり便利よねー、テレポートって☆」――俺たちは、ルイセのテレポートでバーンシュタインへ赴いていた。理由は、バーンシュタインから――というより、エリオットから戦勝祝賀会に招待されたからだ――。バーンシュタインとローランディアは、位置的には大陸の端と端に位置する。本来なら、何日も前にローランディアを出立しなければ間に合わないのだが――。ティピの言う様に、俺たちにはルイセのテレポートがあるので、祝賀会当日に悠々と訪れることが可能という訳だ。「くー……っ、ずっと城に缶詰めだったからなぁ……久し振りの骨休めだぜっ!」「同盟会談の時以来だが――確かに、いい加減身体が鈍りそうだったからな」そう愚痴を溢すのは、ゼノスとウォレス――。まぁ、その意見には概ね同意したい。……俺も正直、少々げんなりし掛けていたし――な。俺たちがしていたことは、ゲヴェルとの戦いの軌跡を後世に残すこと――。少し前にローランディア城を訪れたシオンは――。『ちょっとした英雄叙事詩みたいなモンだな』――と、気楽に言ってくれたが。確かに大切な仕事であることは分かる――。分かるが、ずっと母さんの研究室に缶詰め状態で【俺が王都を旅立ってから、ゲヴェルを倒すまで】の話を、事細かに説明しなければならなかったんだぞ――?話好きのティピですら、半ば疲れを見せてきていたんだ――。他の面子の疲弊感を察して欲しい――。無論、簡単な休憩を挟んだりはしたが――マトモな休みというのは貰えなかった訳で……。俺やウォレス、それにゼノスと言った男連中は、日課にしている訓練が出来なかったりで、ストレスがうなぎ登りだったからな――。「――訳知り顔で頷いてるけどさぁ、アンタが寝坊しなければ――もう少し早く来れたんだからね?」「――スマン」――ティピの言う様に、俺が何時もの如く朝に弱かったのが、祝賀会に遅れかけた理由の一因ではある――。久し振りに、ティピの蹴りを喰らったが――ミーシャが涙目になるのも頷けるな。グレムリンやスケルトン位のモンスターなら、多分倒せる蹴りだ――。……まだ、頭が痛い気がする。「こうしてバーンシュタインを訪れるのは、2度目になりますけど――あの時はこうしてまた、この地に赴くことになるとは思いませんでしたわ――」そう感慨深げに語るのは、レティシア姫だ。――姫はあの時……バーンシュタインとの戦争が始まった時は、捕虜として捕らえられてしまったからな――。色々な意味で複雑な心境なのだろう。「とにかく、此処で立ち話をしていても始まりません。会場に向かうとしましょう」「確かに、母さんの言う通りだな……」こうして、俺、ティピ、ルイセ、母さん、ウォレス、ゼノス、そしてレティシア姫というメンバーで、祝賀会の会場であるバーンシュタイン城に向かうことに――。「おっ、やっと来たな?」――っと、その前に出迎えに来てくれたみたいだな……。「あっ、シオンさんとジュリアンだ」俺たちを出迎えてくれたのは、インペリアル・ナイツの制服を身に纏ったシオンと、いつぞやのお披露目会で披露された――ドレス姿のジュリアンだった――。いや、この姿の時は『ジュリア』と呼ぶべきか?「ルイセのテレポートがあるから、時間ギリギリに来ると思っていたぞ」「予想通りってわけだ」笑いながら告げるジュリアンに、肩を竦めておどけて見せるゼノス。「ジュリアンさん、お披露目会の時のドレス姿なんですね」「あ、あぁ……折角の祝いの席だから、陛下が是非にと言われてな。この格好は、まだ少し恥ずかしいのだが……」「そんな、とっても似合っておいでですわ。ね、シオン様?」「そこで私に振りますか?――でも、まぁ――似合ってるのは確かなんだから、もっと胸を張っても良いんじゃないか?」ルイセの問いに、照れ臭そうに答えるジュリアンを褒め称えるレティシア姫。そんなレティシア姫に話題を振られたシオンは、臆面も無くスラッと言葉を紡いだ。――余談だが、シオンがレティシア姫に対して敬語なのは、対外的なモノを気にしてのことだろう。――此処はバーンシュタイン王都の入口。俺たち以外にも、番兵が居るからな。「なななっ……そう言ってくれるのはう、嬉しいが――元はと言えば……貴方が、あんなこと……するから……余計に……うぅ……」?最後の方は、か細くなって聞き取れなかったが――ジュリアンの顔が真っ赤だ。「あー……なんだ。反省はしているが、後悔はしていない」シオンには聞き取れたのか、バツの悪そうな苦笑いを浮かべながらも、ハッキリと断言していた。この二人の間に何があったか分からないが――まぁ、何時ものことだと納得しておこう。「それはそうと――ルイセ」「はい、何ですか先生?」ふと――シオンがルイセに声を掛けた。ちなみに、シオンは俺たちと行動を共にしていた時、ルイセに魔法を教えていたので、ルイセから先生と呼ばれている――。まぁ、それを言ったら俺たちは何かしらシオンから教えを受けているので、『俺たち』の先生と言うことになるのかも知れないが。「ルイセに限ったことじゃないが、皆して普段着のままなんだな――格式ばった会合じゃないから、それでOKなんだけど」正確には、城のパーティー等に着ていく類いの衣装が無かったからなんだが――。母さんや、レティシア姫のそれは例外だけどな――。「まぁ、男連中はともかく――折角のパーティーなんだから、ルイセも普段よりお洒落をしてみたいって思わないか?」「それは、思うけど……わたし、ドレスとか持ってないんだ――小さい頃のならあるんだけど――」ルイセは魔法学院に行っていたからな。だからこそ母さん――宮廷魔術師サンドラの娘として振る舞うことが、あまりにも少なかった。ルイセがドレスなんて着る機会は、滅多に無かったんだ。「そうか、なら良かった。とらぬ狸の皮算用にならなくて済んだ――」「ふぇ?」何故か沁々と語るシオンを見て、首を傾げる我が妹――と。唐突に、シオンは右手を掲げ――。その指を高らかに鳴らすのであった――。――って、何?―――ドドドドドドドドドドッッ!!!!「お待たせしました旦那さまー♪」地響きを起ててやって来たのは、緑色の長髪を靡かせた元気そうな少女……確かシルクだったか?「ま、待ちなさいって……」「シルクちゃん、速すぎ……」その後を、息も絶え絶えに追い縋って来たのは金髪をポニーテールにした、凛々しい雰囲気の少女と、ルイセよりも淡いピンクの長髪を靡かせた、ほんわかした雰囲気の少女だ――。確か、この二人はシオンの家に勤めているメイドだった筈だ――。何時だったか、『シオンのアジト』に居たのを見掛けたことがある。「えっ?えぇ?」その三人は――何故かルイセのことを囲み込んだ――。――はっ?「それじゃあ、歓迎してやれ――丁重かつ、盛大に……な」「あいあいさー♪ですぅ〜♪」「きゃあっ!?」そして、三人はルイセを抱えあげ――。「ちょ、きゃっ、お、おにいちゃーーーん―――……………」来たときと同様に、いや、ルイセに気をつかってか、若干スピードを落として去って行った……。……は?***********ポカーン――。正にそんな擬音が、浮かび上がったりしていると、錯覚するような空気が蔓延している――。十中八九、俺のせいなんだけどな?「――はっ!?」凍り付いた空気を最初に払拭したのは、意外にもティピだった――。「ちょ、シオンさん――ルイセちゃんが……」「心配すんな、別に取って喰うワケじゃないから」「そ、そんなこと言われてもさぁ……」ふむ、予めシルクにテレパシーで事の概容を伝えて、計画に及んだワケだが――。サプライズのつもりだったが、いきなり過ぎたか?「大丈夫、ちょっとしたサプライズだからさ」「――本当に大丈夫なんだろうな?」カーマインが睨みを効かせてくる――やはり軽率に過ぎたか。考えてみれば、少し前にルイセはボスヒゲにグローシュを奪われたりしたし――カーマインが過保護になるのはやむを得ないか――。いや、カーマインのそれが家族に対するソレなのかは――分からないけどな?「当たり前だ。それとも、俺がルイセに危害を加えるとでも?」「……そういうわけじゃないが……」俺がそう告げると、カーマインは不承不承と言った風に食い下がった。まぁ、不承不承と言うより、バツが悪そうな表情とでも言おうか――。俺に敵意の様なモノをぶつけてしまったことに対して、罪悪感の様なモノを感じているのだろう。それだけ、俺のことを信用してくれているのだろうが――。どちらかと言えば、悪いのは俺なんだがな……。(旦那さま旦那さまっ)(おっ、シルクか)内心で苦笑していると、シルクから念話が送られてくる。(ルイセちゃんの準備、完了しましたですよー♪)(って、早いなオイ)三人がルイセを連れて行ったのは、ぶっちゃけ俺の家なワケだが――。確かに、我が家はバーンシュタイン城下町の入り口から、目と鼻の先に位置する場所にあるが――。高々、数分程度しか経っていないのに『準備』が終わっているとか――。女性の『準備』は時間が掛かるというのが、相場なんだケドな。(メイリーさんとシルビアさんと一緒に頑張ったですよ〜♪)40秒で支度しなっ!という、某空飛ぶ海賊の婆ちゃんじゃないが、頑張ったで準備を済ませる我が家のメイド達は、半端じゃない優秀さである。(お二人とも、バタリと倒れられたんですけども……)(……休ませてあげなさい)まぁ、シルクのペースに付き合ったらそうもなるか――お疲れさん。――さて、と。「カーマイン、今からルイセが戻ってくる。会場までエスコートしてやれよ。場所はバーンシュタイン城だから、分かるだろう?」「それは分かるが、一体何の話なんだ……?」「良いから良いから……俺達は先に行ってる。じゃあ、行こうぜ皆?」困惑するカーマインを差し置いて、俺は皆を促して先に進む。「ちょ、待てって……何が何やらわかんねーぞ俺は」「そうだぞ、私たちにもきちんと教えてくれ」「まぁまぁ、詳しくは後で教えるからさ――な?」ゼノスとジュリアが疑問を浮かべるが、俺は笑みを浮かべながら頼み込む――。「仕方ねぇな……何を企んでるか知らねぇが、シオンのことだから悪いようにはしねぇだろう。まぁ、俺たちは先に行ってるとするか」企んでるってのは人聞きが悪いぜウォレスよ――まぁ、否定は出来ないケド。「それじゃあ、そういうワケだから――頑張れよ?」「……何を頑張れと……?」何だかんだで、皆を丸め込んで――もとい、カーマインとティピを残して、皆を会場へ案内することにした――。ティピに関しては、自主的にカーマインと一緒に残ることを決めていた。まぁ、ティピはお目付け役だし――ってのは建前で、ルイセがどうなっているか気になったのだろう。『準備』が早過ぎたのが、気になるが――我が家のメイド達を信頼するとしようか――うん。***********「行っちゃったね……」「そうだな……」俺とティピは、ただ漠然とした表情でみんなを見送った――。「それにしてもシオンさん、ルイセちゃんをどうしたんだろーねー?」「さて、な……まぁ、ウォレスも言っていたが、悪いようにはしないだろう」さっきは、睨み付けてしまったが……別にシオンがルイセに何かをするとは思っていない。思っていないが、睨み付けてしまった――。これに関しては、俺自身理解している。これは恐らく――嫉妬、いや、危機感とでも言おうか。あぁ、そうだ――。俺は、ルイセのことを――。だからこそ、気が気じゃ無かったんだと思う。シオンの――女癖と言うのか?それは仲間内では知れ渡っているからな。考えてみたら、シオンの女癖は誰も彼も――というモノでは無く、互いに想いを寄せあった相手を受け入れる――というスタンスのモノだ。――正直、それもどうなのだろうかと、思わないでも無い。その辺のことを、本人に尋ねてみたことがあるが――。『振っても最低、受け入れても最低――同じ最低なら、俺は受け入れる方を選ぶさ』という答えが帰ってきた――。正直、俺には真似出来ない生き方だと思ったが、真剣な表情で答えたシオンを見て、こういう生き方もアリなのか――と、思った。そんなシオンだが、ルイセに対してそういう感情を抱いていない。妹の様な、娘の様な、教え子の様な――。そういう感覚らしい――。ルイセにしても、シオンは大切な仲間の一人で、先生という感覚みたいだし――。「あっ、お兄ちゃん、ティピ――」「あっ、ルイセちゃ……ん……」だから、場違いな嫉妬をぶつけるのはお門違いだと気付いた時、気まずさというか、罪悪感というか――そんな感情で埋め尽くされてしまった。「うっひゃあ〜……」「ど、どう……変じゃない、かな?」しかし、サプライズとは一体……。「ねぇ、ちょっと!ねぇってば!!」「……何だ、ティピ?」どうやら、俺は随分と深く考え込んでいたらしい……。ティピが慌てた様子で声を掛けてきた。何事かと、声の方を見やると――。「………っ」「――お兄ちゃん……」そこにはルイセが居た……居たのだが――。「どう、かな……私、変じゃない……?」そこに居たのは、普段のルイセでは無く――。「変なんかじゃないよ!まるでお姫様みたいだよっ!」ティピの言うことも、決して大袈裟じゃない。事実、俺は見惚れていた――。普段、両端に纏めた長くしなやかな二対の髪はそのままに、髪を纏めている髪止めは、上品な髪飾りに変わり――。普段ルイセが着ている服と、色合いが似通ったドレス――。スカートは二重構造になっており、薄い皮膜の様な外側の丈は長く、周囲を包み込む様に存在し、前面部にはその薄い外側は存在しない。薄い布地の上からうっすらと見え、スリットとも言うべき前面部から覗く内側の丈は、普段着のそれと同じ位に短いが、あそこまでタイトではなく、よりヒラヒラとしたドレスらしいデザイン。背中の――腰の辺りに大きめのリボンがあしらわれていて、そこから燕尾服の様に二対の帯が流れている――。不思議なドレスだ――ドレスなのに、機能性がある様に見える。恐らく、普段着として使っても支障は無いだろうと思われる。何より、神秘的な雰囲気がある――。まるでルイセに着てもらうのを、心待ちにしていた様な――。そんな風に思えてしまう程に、そのドレスはルイセの持つ魅力を引き立てていた――。いや、一体になったと言うべきか……。ニーソックスだっけ?普段着でも履いてるソレも、しっかり着用している――。全体的に見て、普段の服装を意識しながら、雰囲気的には全く違ったものになっていた。『大丈夫、ちょっとしたサプライズだからさ』なるほど、確かにこれはサプライズだ――。「ほら、アンタもなにか言ってあげなさいよっ!」ティピにそう言って促されるが、言われるまでも無く、俺の口から言葉が紡がれた――。「ティピの言う通り、よく似合ってるぞ、ルイセ」「ほ、本当?」「あぁ、正直見惚れるくらい……な」「……そっかぁ。えへへ♪」正直な感想を告げると、ルイセは嬉しそうに微笑んだ――。「お兄ちゃんにそう言われると……うん、すごく嬉しいよ」「っ……そうか」本当に嬉しそうにハニかむルイセを見て、俺は自分の胸が高鳴るのを感じた――。以前から、ルイセには兄離れしてほしい――と、常々思ってきたが――。これは、無理だ――。「それじゃ、お嬢さん――宜しければ私めが会場までエスコートしたく存じますが――よろしいでしょうか?」「はい、じゃあお願いします――ふふっ♪」芝居掛かった仕草は、自分の感情を隠すための物――幸い、ルイセは気付かなかったみたいだが。俺が差し出した手を取り、楽しそうに、嬉しそうに、恥ずかしそうに――笑みを浮かべるルイセを見て、確信に近い想いを再確認した――。これは、無理だ――俺の方が、妹離れ出来そうに無い……と。「それじゃあ早く行こう!みんな待ってるよ」「そうだね」「あぁ」ティピに促され、俺たちは頷いたが――。俺は別のことを考えていた――。繋がれた、温かく、思いの外小さい手を感じ――。顔には出さない様にしていたが、思わず表情が緩むのを感じた――。守ってやりたい――今までもそうしてきたが、その想いは益々強くなっていた――。――こんなことじゃ、もしルイセが誰か好きな男でも連れてきた日には――俺は、立ち直れないんじゃないだろうか――?そう思わずにはいられない程、俺はこの血の繋がらない妹君に、惹かれてしまっているのだろう――。「よし、行くか」「うん!」俺自身、この気持ちを伝える気は――無い。義理とは言え、兄妹だから――いや、義理だしアリだとは思うが――。いざとなったら、ラルフに頼み込んで――って、そうじゃなくてだな。元より、何時くたばるかわからない身だから……な。気持ちを伝えて、もし俺が早死にでもしたら――ルイセの性格上、かなり長く引き摺りそうだし。それに兄としては、もしルイセに好きな相手が出来たなら、ソレを尊重してやりたいからな――。けどまぁ、今は……今くらいは、良いよな?この笑顔を、すぐ傍らで見ていても……。***********バーンシュタイン王城・大広間(戦勝祝賀会会場)「とまぁ、そういうワケだよ」「では、シオン様はルイセちゃんにそのドレスをプレゼントする為に、あんなことを?」皆を会場まで案内した俺は、先程の件を説明していた。「その通りです、レティシア姫。自分が持っているより、ドレスも着てくれる者に着てもらった方が、幸せでしょうから」「事情は飲み込めたが、何故ルイセなんだ?」ウォレスの疑問はもっともだ。ローランディア組には、ルイセを始め、サンドラとレティシア、ついでにティピも居るワケで。ただ、サンドラとレティシアは普段からローブや、ドレス姿である。サンドラは魔術師であり、所謂ローブ姿である――正確には白い外套の下に、エメラルドグリーンの洋装(チャイナ服風味な衣服)を着込んでいる。全体的にはゆったりした装いだが、スカートは何故かスリットの入った物を着用していて、これがチャイナ服風味と言った理由だ。正直、ドレスとしても通用するデザインである。まぁ、城で働く宮廷魔術師の正装だから当たり前ではあるんだが。魔術師然としていながら、そこはかとなく色気も醸し出している――サンドラの美を引き立てる装いと言えるだろう。レティシアは言わずもがな、完全無欠にプリンセスである故、身に纏うドレスもまた完全無欠である。淡い薄紫と白を基調にした上品なドレスは、レティシアの美しさを際立たせている。これまたローランディアの姫君なので、当然の装いであろう。ちなみにティピは、サイズ的に除外で。と――まぁ、消去法で普段着でやって来たルイセにプレゼント……って、なったワケだが――。勿論、ソレだけが理由ではない。何しろ、アレはルイセの『最強装備』だからな――。「ルイセに渡したドレスは『グローシュドレス』って言ってな、その昔――グローシアン支配時代に、王族の為に作られたドレスらしい」俺がトレジャーハントでGETした、『使い途の無い貴重品』その2である。「当時のグローシアンが、特殊な繊維にその魔力を込めて作った一品で、下手な鎧より防具としても優れている――しかも、その繊維の中に加工の難しいグローシュの結晶を織り込んでいるから、着用者の詠唱を補助することも出来るらしい」メタな話、ゲーム中の特殊効果としては、『一定時間毎にMPを最大値の2%回復する効果』と、『魔法の消費MPを3/4にする効果』を秘めている。「そんな貴重な物を、戴いてしまっても良かったのですか?」「構いませんよ。先程も言いましたが、使ってくれる人に使って貰ったほうが良いですから」娘がそんな貴重な物を貰ったことに、恐縮してしいるサンドラだが、本当に使ってくれる人に使って貰ったほうが良いからな――。「なぁ、その様子だとまだ色々溜め込んでるんだろ?俺にも何か装備を見繕ってくれねぇか?」「別に構わないが、ゼノスよ……せっかくの祝賀会なんだから、まずは楽しんでいけよ。カレンやベルガーさんも来ている筈だから――ローランディアで缶詰になっていて、家に帰れていないんだろう?」「うっ……おう、それもそうだな」で、ゼノスが新装備をせがんで来たので、一応の了承と共にパーティーを楽しむ様に促した。――元より、『来るべき時』が来たら皆の装備を一新しようか――とか、考えていたからな。「ベルガー隊長も来ているのか……後で挨拶にいかないとな」「まぁ、まだエリオット陛下の挨拶まで時間があるし、各々好きに楽しんでいたら良いんじゃないか?」ウォレスの様に、かつての戦友達と会話をするも良し、ゼノスの様に家族と談話するも良し――。結局、各々好きに時間を過ごすことになった――これが束の間の物であると知って、或いは感ずいているのは、この場所に何人いるのか――分からないが。「と、サンドラ様――少しお話が……宜しいでしょうか?」「はい、なんでしょうか?」束の間だが、俺は俺でやれることをしておこう――これもまた、『約束』だからな。***********「うわ〜♪」「何だか、足がすくんじゃいそう……」ティピとルイセ……互いに正反対の反応を見せる。会場に着いた俺たちは、その会場内の賑わいに驚きを隠せなかった。バーンシュタインの王候貴族は勿論、インペリアル・ナイトの4人、ランザックの将軍――ウェーバー将軍と、黒い鎧の老将――ガイウス将軍に魔法学院の関係者、そして俺たちローランディア組……。他にも見知った顔がチラホラと――。これだけの人間が一堂に会すというのは、正直壮観だ。しかも、殆どが俺たちの知り合いときてる……。「エリオットの奴、随分と頑張ったみたいだな」「本当よね〜、これってこの前のお披露目会の時より多いよね?」恐らく、各国重要機関の代表の他に、エリオット個人が世話になった面子も含まれているのだろうな――。「あっ、ウォレスさんと……ランザックの将軍さん?」「それとカレンさんのお父さんだね」ルイセとティピが、ウォレスを見付けた。どうやら、ウェーバー将軍とベルガーさんの三人で昔話に花を咲かせている様だ。まぁ、あの三人はかつての傭兵団の仲間同士だからな――。少し離れたところでは、ゼノスとカレンが話をしており、シオンは母さんと……?「どうしたの?あっ、シオンさんとマスター……と、女の子……ルイセちゃんくらいの女の子だね」「あぁ」シオンと母さんが……いや、シオンがその女の子を母さんに紹介している様にも見える。金髪を肩より少し長めに伸ばした、眠そうというか、まったりした雰囲気の少女だ。青みがかった、ローブの様なゆったりした騎士服を着込んでいる。「本当だ、誰だろう?」「――彼女はキルシュ。バーンシュタインの天才魔術師にして、シオンの直轄部隊――『蒼天騎士団』の一員です」ルイセが疑問を浮かべる中、その疑問に答えてこちらへやって来た少年――。「やぁ、みなさん!元気そうですね」「エリオット王も、お元気そうで何よりです」「そんな、堅苦しい挨拶は抜きですよ?」バーンシュタイン新国王であり、短い期間だが行動を共にした仲間――エリオットと――。「あっ、ポールだ!お久しぶり〜♪」「あぁ、久しぶりだな――そちらも壮健のようで何よりだ」エリオットの傍らで、彼を守護するように控えていた仮面の少年――。インペリアル・ナイトの一人で、ゲヴェル討伐の際に共に戦った仲間であるポールだ。「それで、エリオット――天才魔術師とは?」「彼女――キルシュはグローシアンでこそありませんが、魔導に関して多大な知識を有しています。魔法に関しても優秀で、あの歳で個人の研究室を持つ程です」「ほぇ〜、凄いんだね〜……」エリオットの説明に、驚きを顕にするティピ。個人の研究室を持つ――つまり、宮廷魔術師である母さんと同じか、それに近いくらい優秀ということだろう。「驚くのはまだ早いぞ?彼女の優秀さが全面的に認められたのは、彼女が『ホムンクルス』を創造したからだ」「えっ!?アタシの他にもホムンクルスがいるの?」エリオットの説明を継ぐ様にされたポールの説明を聞いて、更に驚くティピ。――確かこういうのを『鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔』――と、言うんだったかな?というか、イリスとミーシャのことはすっかり忘れている様である。なんか、訂正するのも面倒だし――スルーしておく。「今はシオンの部隊で研鑽を積んでいる。今の段階で次期宮廷魔術師の呼び声も高い――期待の新星という奴だな」「そっか、凄いんだね、あの子――うん!私も頑張らなきゃ!」ルイセは、母さんを目標にしている所があるからな――。同じ位の歳の女の子が、そういう立場に居ると分かって、俄然やる気を出したのだろう。――グローシアンとして復活してから、少し大人びた様に見えたが――こういう所は変わらない様で、非常に微笑ましい。「それはそうと、折角来たのだから楽しんでいくといい」「僕たちが案内しますよ」「うん、でも……」ポールとエリオットの申し出を受け、ルイセはこちらをチラリと見やって来た――。「……行ってこい。俺はその辺をうろついてるから」「……うん!」俺が促してやると、ルイセは喜んでエリオットたちに着いていった。折角の会合だ――俺にベッタリでは無く、色んな人と話すのも、ルイセにとって悪いことでは無いだろう。――俺個人としては、若干の寂しさを禁じ得ないが――。「――アンタってさ、損な性格してるわよね……性格というより、性質?」「?何の話だ?」「はぁ……もういいわよ。ルイセちゃんがかわいそうだなぁ……って、話だからさ」――意味が分からん。「おーいっ!」「あっ、ラルフさんだ!」首を傾げていると、こちらに駆け寄ってくる見知った顔――ラルフだ。まぁ、自分と同じ顔だ……見間違える筈が無いんだが。「ラルフも来ていたのか……」「うん、家の方に招待状が届いていてね。正直、昨日行商から帰ってきたばかりだったからさ。慌てて準備をしてきたよ」さっきのポールもそうだったが、ラルフも元気にやっているらしい……。俺は安堵の息を漏らす――生き残った『俺たち』がまだ、誰も欠けていないことに。「それはそうと、良いのかい?早く行かないと、折角のご馳走を食べ損ねてしまうかも知れないよ?」「え〜っ!?それはヤバイよぉ!」「大袈裟だな……見たところ、来客数も多いがそれに比例して料理の数も多い……慌てなくても「ヒャッハー!!ご馳走じゃあっ!!」…………」ラルフの指摘に涙目で慌てるティピ――。俺は大袈裟だと、一笑に伏すつもりだったが―――見てしまった。「うめぇ!うめぇ!!ガツガツムシャムシャ!!あっ、これ持ち帰ったりできねぇかな?」「美味いッス美味いッス!!普段食ってる物も美味いけど、コレは格別ッス!!モグモグ――!!」「テメェら!!ハズカシイからガッつくんじゃねぇよ!!――騎士足る者、優雅に、余裕を持って食すべし!――けど、この酒は美味いな」「いやいや、団長さんよ――そもそも俺らの仕事は会場の警護で、ついでにお相伴させて貰ってるだけだからね?――けど美味い酒だなコレ」――何やら、蒼い騎士服に身を包んだ見知った顔(見知らぬ男も居た)の連中が、恥も外聞も無く料理や酒を食らっているのを――。「――とまぁ、ああいうワケさ」「ヤバイ、ヤバイよぉ!!早く行かないと……!」「……慌てなくても大丈夫そうだぞ?」「うぇ?」慌てて、文字通り飛び回っているティピを制し、俺は二人の視線を促した。その先には頭を抱えて、項垂れるシオンの姿が――。――どうやら、母さんと少女に断りを入れてその場を離れ――。「おい、お前ら……」「「「「!!!??」」」」「取り敢えずそこに座れ……な?」……暴飲暴食していた面子に説教を開始したのだった。「……どうやら、大丈夫そう……だね?」「こっちが大丈夫じゃないみたいだが……」「コワイコワイコワイゴメンナサイゴメンナサイ……(ガクブルガクブル!!)」黒いナニカを滲ませながら説教をするシオンを見て、苦笑しながら事態の収束を確認した俺とラルフ。ティピは、トラウマ的な何かを刺激されたのか、俺のジャケットに付いているポケットへ、頭から身体を突っ込み震えている。……尻だけ出して。「とにかく、僕らも行こうか?」「そう、だな……」食いっぱぐれるとは思わないが、此処でただ突っ立っているのも何だし……な?***********ふぅ……全くアイツらは……。「個性的な者たちだな?」「ポールか……いや、その通りだから否定しないが――個性的過ぎるっつーの」我が蒼天騎士団の中でも『ハジケ過ぎていた』面々に、説教ぶちかました俺を出迎えてくれたのが、同じインペリアル・ナイトのポール・スタークだ。「そう言うな。そんな個性的な面々を、お前は気に入っているのだろう?」「まぁ、な」確かに俺はアイツらを気に入っている――だが、団長と副団長が率先してハジケるのもどうなんだ……って、話だ。まぁ、ハジケていたのはオズワルドとバルク、ビリーとニールくらいのモノで、後の面子はマトモに警備をしつつ、パーティーを楽しんでいたが。「つーか、ポールはエリオット陛下に付いていた筈だが……良いのか?」「陛下は今、開会の挨拶の為の着替えに向かった。それに、後のことはオスカーに任せてあるしな」「さよか――なら良いがよ?」正直、引き続き司会進行もやっちゃえよ――と、思わなくも無いが――。実際、インペリアル・ナイトでこそあるが――ポールはあまり目立てない。それは前王であり、大乱の元凶にしてゲヴェルの尖兵であった――エリオットの複製人間……リシャールが、ポールの正体であるからだ。無論、目元をマスクで隠し、髪も茶色く染めているので、一見さんには(この程度の変装が、不思議なことに)見破られないだろうが。流石に付き合いが長い人間は、そうはいかない。――現にポールが初めて人前に姿を現した時、ライエルやリーヴス、アンジェラ様も一発で変装を見破ったからな。まぁ、今に至るまでポールの正体に感づいた者は、付き合いの深い身内以外にいないが。司会進行役なんてやった日には、王だった頃の癖が出るかも知れない――。王様だった頃、仕える将兵や貴族の前で――まず間違いなく演説等もしている筈だからな……。付き合いが深くなくても、リシャールを知る者がその癖を見たら首を傾げるか――最悪、正体に気付くかも知れない。急遽、ナイツに抜擢された俺やポールを毛嫌いする者は未だに多い。そういう連中に正体を知られたら、色々面倒なことになるだろう。「陛下のお色直しと言うと――あの服か、前王が着ていた……」「うむ。何故か陛下は普段は着たがらない……普段着が悪いとは言わないが……家臣への手前、身だしなみにも気をつかって欲しいのだがな」まぁ、色々あるのだろうさ――。堅苦しい格好は好きじゃない――とか、ポールに遠慮している――とか……。前者は無いか……元々、エリオット陛下は貴族として、次代の王として教育を受けてきたのだから。俺達と旅をして、より強く自由に憧憬を抱く様になったのかも知れないが――。しかし、全てを蔑ろにしてまで自由を謳歌しようなんて――刹那的な性格を陛下はしていない。ならば必然的に後者になる―――。俺が思い付かないだけで、他に理由があるのかも知れないが――。「まぁ、普段着に愛着があるだけかも知れないけどな――」「だとしてもだな――」「まぁまぁ、せっかくの祝賀会なんだ。今日はそういうのは無しにしようぜ?」例え、これが形だけの戦勝祝賀会だとしても。今はこの空気を楽しみたい。……いきなり説教ぶちかました俺が、言える台詞では無いのかも知れないけどな?「むぅ……止むを得ないな。私とて、この様な宴の席で小言を溢すのは本意ではない」「愚痴ならその内聞いてやるさ――酒でも飲みながら……って、ポール酒飲めたっけ?」「……君は私を馬鹿にしているのか?酒くらい飲めるぞ私は……」そう言えばそうか……この世界って、『なんちゃって』ではあるがファンタジーな世界なワケで――。ぶっちゃけお酒は二十歳から――なんて法律は無いんだよな。極端な話、子供は子供でも14、5位の歳ならばギリギリ大人と見なされるワケだ。「なら、今度暇な時にでも飲みに行こうぜ?……っと、どうやら始まるみたいだな」視線をエントランスホールの上――大階段の先にある謁見の間へと続く大扉へ向ける――そこから、着替えを終えたエリオット陛下と、陛下に付き従うインペリアル・ナイト――オスカー・リーヴスが姿を現した。さて、ここは静聴するのが常識って奴なのだろうな。まぁ、流石にエリオット陛下の挨拶を無視して騒ぐ馬鹿は居ないと思うが――。***********「ご来場の皆さま――ご歓談中の所を申し訳ありません……人々の生活を脅かした、異形ゲヴェルが去ったことを祝し、ささやかながら宴を執り行いたいと思います」という、リーヴスの前口上から始まった陛下の開会の挨拶は、おおよそ原作のソレと差が無いモノだった。その内容を簡単に纏めると、怪物ゲヴェルを倒して得た平和を、皆で力を合わせて守り抜きましょうというモノ――。ヴェンツェルのことについては、同盟会談に参加した者や、奴と直接関わった者以外には、この祝賀会が終わった後に説明する段取りになっている――。無論、軍部の者や政に関わる者達には、事前にある程度のことは説明してある――他の国がどういう対応をしたかは知らないが。しかし残念ながら、バーンシュタインの貴族連中が皆、剛胆な者ばかりというワケでは無い――。ことなかれ主義というか、保身を第一に考える様な奴らも、少なからず居る――。まぁ、流石に我が身可愛さでヴェンツェルに降る様な奴は居ないと――思いたいが……。――幾ら、高潔な人間でも限界ギリギリまで追い詰められたら、掌を返す様に態度を豹変させることも、十二分にあり得るからな――。――原作での、バーンシュタイン国民や、グランシルの町民――そして……。「……?なんだ、シオン――何を見ている?」――ポール――リシャールの様に。「別に――ただ、お前さんが嬉しそうに笑ってたから、少し気になっただけさ」「――嬉しいさ。改めて、私の目に狂いはなかったのだと……実感出来たからな」まぁ、コイツは心配いらないだろう――。元来、ポールは高潔な精神の持ち主だ――。原作の時も、弱りきっていた所へ悪魔の囁きに耳を貸してしまったワケで――。しかも、ゲヴェルに操られていた時の、闇の性格――簡単に言えば洗脳された状態にされ、これまた操られていただけだったのだから。「……これで、私も覚悟が出来た――安心して後を任せて――」「よいしょー」「うぐぅっ!?」何か、悲壮めいた面をしやがりやがったので、そこそこ強めにデコピンを喰らわせてやった。おーおー、額を抑えて踞っておるわ。まぁ、ドゴッ!!とかいう、おおよそデコピンらしからぬ音がしたからな――威力は推して知るべし。「な、何をするかーっ!?」「いや、何処かの誰かさんがネガティブな台詞を吐きそうな気がしたんで、先手を打ってみた」「むっ……」自覚があるのか――額を押さえながら押し黙るポール。「そうならない為に、その腕輪を渡したんだぜ?もう少し信用しろって」「信用していないワケではない――だが、いざという時のための覚悟は「いらねーよ」……むっ」「いらねーよ――そんなもんは。いざという時なんか、起きないし起こさせない。俺が……させやしないさ」そうだ――させるものか。俺の仲間を、ダチを、家族を、惚れた女を――皆が取り巻くこの世界を――あの野郎に壊させはしない――!「ふっ……えらく自信満々だな」「当たり前だ……俺を誰だと思ってるんだ?」自信なんて、正直な所――無いに等しい。此処に至るまで、俺は『知識』に助けられてきた――が、既にその『知識』が及ばない領域にまで、物語は進んでしまっている――。望んでそうなる様に動いて来たとは言え、『知識』がもたらすアドバンテージなんてモノは、既に食い潰したも同然だ。「不遜な台詞の筈なのに……君が言うと、不思議と信じたくなってしまうな」最初は、目が届く奴だけでも守れれば良いと思った。けれど、旅をして……色々な奴等と出会って――。守りたいモノが、増えてしまった……。俺には力がある――この世界の誰よりも、大きな力が。しかし、それでも不安に駆られる。幾ら大きな力があっても、目の届く奴等、力の及ぶ範囲しか守れない……。もしかしたら、俺の預かり知らぬ所で――大切な誰かを失ってしまうかもしれない……。それが、俺にとっては何よりも怖い。だが当然だ、俺は神様じゃないのだから――。それでも――。「おお、信じとけ信じとけ。損はさせねーからよ?」皆が期待してくれる、俺だから、俺ならば――と。だから、俺は強い俺で居なければならない――。不遜だろうと、笑顔を浮かべて、自信に満ちた俺で居なければならない――。「さて、せっかくの宴なんだ。小難しい話は抜きにして、楽しもうぜっ!」「――あぁ、そうだな」だから、弱気は見せない――せめて今だけは、この宴の空気を楽しまないと。ゲヴェルから勝ち取った平和は、あくまで仮初めの物で――争乱の火種は、すぐそこまで迫って来ている。それでも――この胸に絶望なんてモノは無い。何とかしてみせるさ――俺が、いや――『俺達が』な。***********case1インペリアル・ナイト四人(男組)「よぉ、お疲れさん」「やぁ、シオンとポールじゃないか」シオンはポールと連れ立って、先程エリオットの開会の挨拶の前口上を行った、オスカー・リーヴスの元へ赴いていた。彼は同僚、アーネスト・ライエルと談笑に興じていた。「前口上、しっかり聞かせて貰ったよ。流石はオスカーだな――上手く纏まっていた」「いや、そんなことは……君たちだって、あれくらいは出来るだろうし。何より、陛下の挨拶あってのモノだしね」ポールはオスカーを褒め称えるが、オスカーは自分では無くエリオットが頑張ったのだと、言外に語る。「まぁ、な。確かに陛下は堂々としていたな……それを見て、ポールが咽び泣いた位だしなぁ?」「なぁっ!?」それに頷きつつも、クックッと笑いながら語るシオンと、その言葉に驚愕するポール。「ほう……それは是非とも見てみたかったな」「ア、アーネスト!?」「そうだね。ポールは普段から、陛下のお目付け役みたいな部分があるから――感慨深いものがあったのかもね」「オスカーまで……ち、違うぞ二人とも――いや、感慨深かったのは事実だが――私は決して泣いてなどいないからな?」そこに乗っかって来たのは、アーネストとオスカー。ポールは慌てて弁解するが、それは二人の笑みを深くするだけでしかなく――。無論、二人とも眼前で慌てふためく親友が嘘をついていないことは、百も承知だが……。正直、此処まで感情を顕にする彼を見るのは初めてに近く、ぶっちゃけ面白いので乗っかって来た次第である。もっとも――。「くっはははははっ!!ポール、おま……そんなに否定したら逆に怪しまれるだろーに……ぷくくく……!」一番面白がっているのは、必死に笑いを堪える全ての元凶なのだが。「シ、シオン!元はと言えば君がだなぁ!?」「悪い悪い。けど、嬉しそうに見ていたのは本当だろう?」「うっ……」これには、ぐうの音も出なかった様で、追求しようとしていた筈のポールは押し黙ってしまった。「まぁ、ポールの気持ちも分からんでもないな」「そうだね――エリオット陛下は立派に大役を果たしていると思うよ」アーネストとオスカーが、ポールの気持ちに同調したのを皮切りに、話題は自然とエリオットに関する物になる――。エリオットが、如何に懸命に責務を果たしているのか、如何に民のことを考え、想いを馳せているのか――。「だからっ!私は陛下に何度も申しておるのだ!民を想うのは良い、しかし城を抜け出すのは些か軽率に過ぎると!!」「……誰だよ、ポールに酒を飲ませた奴は……」「――僕の記憶に違いがなければ、君が飲ませたんじゃなかったかな?」「……そうだ、責任を持って面倒を見ろ」「いやいやいやいや――ポールはコレくらいの酒なら飲めるって言ったのは、ライエルだからな?リーヴスはリーヴスで、面白がって止めなかったんだから同罪だろーよ?」「そこの三人!!聞いているのかっ!?」――後半はポールが、愚痴を溢して絡んでくるという悪循環が生まれ――責任の所在を擦り付け合う、大の男が三人という――なんとも情けない構図が出来上がっていた。全員本気では無く、半ば悪ふざけ的なノリではあるが。尚、自分の話で(悪い方向に)盛り上がっているのを察知したエリオットが、それとなく距離を取ろうとした所をポールに発見され、この悪循環は断たれることになる。「陛下、開会の挨拶は実に堂々として見事な物でした――が!だからこそ、敢えて申し上げたい!そもそも陛下は――」「ひえぇぇ……三人とも見てないで、助けて下さいよーっ!?」「――そうだ二人とも、さっき良さそうなワインを見つけたんだ。良かったらどうだい?」「……悪くないな」「右に同じ――ポール、宴の席とは言え……やり過ぎない様にしろよー」「そ、そんなぁーっ!?」哀れ、人身御供として捧げられたエリオット少年の助けを呼ぶ声をスルーし、青と赤と紫はそそくさとその場を後にした――。ちなみに、お説教モードに入ったポールだったが、エリオットも腹を括ったのか、開き直ったのか――反撃として自身の意見を述べ、二人は宴の席でありながら激論を交わすことになるが――それは余談である。更に余談ではあるが、この宴を期にシオンは同僚二人のことを姓である『ライエル』『リーヴス』では無く、名である『アーネスト』『オスカー』と呼ぶ様になったそうな――。***********case2 蒼天の騎士たち「お前ら、ハメを外し過ぎてないだろうな?」「し、将軍!勿論ですハイ!」「だから、もうお説教は勘弁してほしいッス!!」先程、最低限のマナーすら亜空間に放り投げていた蒼天騎士団の面々が気になり、様子を見に来たシオンを最初に出迎えたのがビリー・グレイズと、ニール・アスタード、二人の若き蒼天の騎士だ。「大丈夫、今度は騒がない様に私がきっちり見張っているから」そう言って胸を張っているのは、シオンの副官の様な立ち位置であり、シオンと想いを通わせた女性の一人である、リビエラ・マリウスその人だ。ちなみに、先程彼らが馬鹿騒ぎをしていた頃、リビエラはカレンと談笑していたので、止めるに止められなかったりした。「成る程、それなら安心だ」柔らかな笑みを浮かべて、深く頷くシオン。実質、蒼天騎士団の暴走を止めるストッパーはシオンないし、彼女なのだ。他にも、常識人に入る人材が居るには居るが――。「良いか、少年。若い内の苦労は買ってでもしろって言ってな――」「バルクさん、少々飲み過ぎでは……」「大丈夫だ、ちゃーんと周囲の警戒をしながらだから問題無い。で、だな――お前さんは真面目なんだが、いかんせん真面目過ぎる!いいか――」蒼天騎士団の常識人その1、マクシミリアン・シュナイダーは迷惑オヤジと化したベテラン、バルク・ディオニースに絡まれている。根っからの真面目君であるマクシミリアンは、しつこく絡んでくる迷惑オヤジをあしらえずに居て――。「貴様は大鎌等という身の丈に合わない武器を使っているから、隙が埋まれるんだ――そもそも、大鎌なんて得物は扱いにくいだけだ」「し、仕方ないだろう!リングを使って出てきたのがアレだったんだから――それに、インペリアル・ナイトのオスカー・リーヴス将軍だって大鎌使いじゃないか!」「俺が言いたいのは、貴様には荷が勝ちすぎているんじゃないのかってことだ。リング・ウェポンだったか?無理して使う必要もなかろう」「い、いいんだよ!俺も腕を研いてリーヴス将軍みたいな使い手になるんだから!」「――口先だけなら、何とでも言えるな」「!よーし、見てろよ……俺は必ずインペリアル・ナイトになってみせるからな!」議論を白熱させているのが、常識人その2――ウェイン・クルーズと、蒼天騎士団随一の戦闘バカ――ラッセル・ウィルバーである。普段は、常識人の範疇にいるウェインだが、ことラッセルとは最初の出会い方がよろしくなかったのか、蟠りが解けた現在でもこうして口論になることが多々ある。ウェインにとって、親友はマクシミリアンだが、好敵手として認識しているのがラッセルだ。そのラッセルも、最初の内はウェインを取るに足らない相手だと思っていた節はあるが、訓練を重ねる内に実力を上げていくウェインを認める様になっていた。元々、自分の周囲には歳が近い相手が義理の姉しか居なかったので、手近に張り合える相手は貴重だったのだろう。「もーっ、二人とも止めなよ!団長たちみたいに、将軍からお説教されても知らないからねっ!?」――常識人その3であるラッセルの義理の姉、レノア・ウィルバーは二人の口論を止めようと奮闘するも、ことごとく失敗――最終的には『投げた』。「……アイツら」投げられた張本人――シオンは頭を抱える――此処は宴の席である故、騒ぐなとは言わないが――仮にも蒼天騎士団は、会場内の警備込みでの参加なので、もう少し自重して欲しいというのが、彼の心情だったりする。再び、説教をするべきか思案していたが――それは杞憂に終わる。「――そうだな、レノアの言うとおりだよな、うん」「……ふん」さすがに、公衆の面前で正座の上に説教という責め苦は耐え難かったのだろうか――。シオンの存在をちらつかされた瞬間、二人の口論は収束する運びとなった。「やれやれ……」はぁ……と、ため息を溢すシオン。彼とて、お説教がしたいワケでは無い。元来、彼も騒ぐなら大騒ぎをしたいタイプではあるが、幾ら形式ばった会合では無いとは言え、此処は各国の要人が集う宴の席で、大勢の人の眼があるのだから、穏便に済むならその方が良いに決まっている。「ったく、恥ずかしい奴らだな――ちったぁ周りの眼を気にしろってんだ」得意気に語るのは、蒼天騎士団の団長であるオズワルドだ。――もっとも、先程シオンが説教をした者の中に、しっかりとオズワルドも居たワケで。「……お前が言う台詞じゃねーな」シオンが疲れた様に台詞を吐き捨てるのも、ある意味仕方がないのだろう。「まぁまぁ、さっきと違って真面目にやってますから、大目にみてくだせぇよ」「自分で言うなし――まぁ、良いけどよ」どうやらオズワルドは、本当にある程度自重している様で、先程の様な暴飲暴食はしていない様である。「とは言え、それとなく会場内の警備をしちゃあいますがね……とりわけ怪しい奴らは見かけやせんでしたね」「まぁ、城の警備自体を厳重にしてあるし、会場内の警備に至っては俺たちはもちろん、天下無敵のインペリアル・ナイツが勢揃いと来てる――俺が賊だとしても、ちょっとご遠慮願いたい布陣だな」オズワルドの意見に同意して、軽く肩を竦めているのはエリック・ウェルキンス――蒼天騎士団唯一のモンスター使いである。「――敵はそんな警備を、すり抜けてくる可能性があるんだ――張り詰めるのは良くないが……気を抜き過ぎるなよ?」「重々承知しているさ」シオンの忠告を聞いて、エリックは再び肩を竦める。事実、敵――ヴェンツェルとその部下ルインの脅威について、シオンは耳にタコが出来るほど語っていた。蒼天騎士団の中で、彼の者たちと接敵した者はほとんどいないが、それでもシオンの警戒ぶりに、騎士団員たちは只ならぬモノを感じたのだろう。「けれど、大丈夫です!敵が如何に強大であろうと、私たちは――負けません!私、みんなを……何よりシオン様を信じてますから!」「エレーナ……」それでも自信を持って、負けないと告げたのはエレーナ・リステル――リビエラの同期で、シオンに憧憬以上の感情を抱く、潜在的ドM思考が些か強い女の子。彼女は自分たちを――何よりシオンを信じると言った。自分たちを導いてくれたのが、彼だと……だから信じられるのだと。それはシオンにとって、重くのし掛かる重圧だが――同時に、気力を与える言葉でもある。「――やれやれ……まぁ、頼られるのは悪い気はしないな」「そうね。エレーナの言うとおり、私たちは負けない――貴方が居てくれるから、ね?」「リビエラ……」リビエラの言葉を期に、皆が強い気持ちの篭った瞳を向ける――。「――当たり前だ。俺を――いや、俺らを誰だと思ってるんだ?」強い瞳を受け止めたシオンは、ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべて宣言する。「よっ、大将!」「まぁ、そこまで自信満々に言われちゃあねぇ……おじさんも頑張るしかないわなぁ」そんなシオンを見て、皆が各々に頷き、各々に決意する。――蒼天の騎士たちは、静かに燃え上がる――。魂の炎を、絶やさずに――来るべき時を見据えて。**********case3 同郷の語らい「マーク!」「――!アリオスト……」魔法学院の研究者であるアリオストが声を掛けたのは、蒼天騎士団の一員であるマーク・ブルースだ――彼らは故郷を同じくする、幼馴染み……いや、彼らの場合は兄弟の様なものと形容するべきなのだろう。「聞いたよ。騎士になったんだって?凄いじゃないか!」「あ、あぁ。けど、アリオストの方が凄いだろう?何しろ、魔法学院の天才学者だからな……村一番の出世頭だ」純粋な賛辞を送るアリオストに対して、やや後ろめたい気持ちを隠しきれないマーク。その感情は、今でこそ騎士などと言う華やかな立場に居る彼が、かつて賊だったことに起因する物だ。それも、金品や食料などを強奪する類いの賊で――それこそ、罪もない人間の命を幾つも奪ってきた。マークが賊に落ちぶれたのには、それ相応の理由があるのだが――しかし、彼らの故郷であるブローニュ村で、同じように育ち、けれども汚れることなく進んで行ったアリオストを前にして、それを理由にするのは――マークにとっては憚られた。ましてや、アリオストはマークたち孤児をブローニュ村で引き取ってくれた、『父親』の実子である――そんな彼の前で言い訳を重ねるのは、『父親』に対する侮辱になる様な気がしたのだ。「そんなことないさ。確かに、村のみんなにそう言われてはいるけれど、僕の場合……自分のための研究がたまたま評価されただけだし、その研究の大部分は危険だからって、公にされないし、ね」結果、報奨金と言う名の手切れ金を渡され、それがブローニュ村の財政の一部を担っている。アリオスト自身、金品に執着は無く、研究費も学院が免除してくれるので、報奨金を手元に残しておく意味も無い。少しでも、村のためになればと思っているのも本当なので、報奨金は全額村のために使われるわけである。「それに出世頭というなら、マークには負けるよ……何しろ、バーンシュタインの騎士なんだから」「……それこそ、たまたま――だ。『たまたま』戦争があって、『たまたま』そこで活躍して、『たまたま』それが評価されて――しかもその戦争が『たまたま』内戦で、人手が足らなくなった――全部、偶然の産物さ」更に言えば、彼――否、彼らは『たまたま』シオンと出会い、物語の渦中に巻き込まれて行ったが――仮にあの出会いが無かったなら、自分は何処かで野垂れ死んで居たのではないか……と、マークは思っている。「……本当にそうかな?」「……何?」「確かに戦争があって、それが内戦だった――なんて、凄い確率だけど――そこで君が頑張ったのは、たまたまではないんじゃないかな?」「………」マークは思う――確かに、様々な要因が重なって自分は此処にいる。しかし、その全てが偶然だったのか……と。シオンと出会ったのは偶然かも知れない――しかし、彼に着いていくことを選んだのはマークの意思だ。自身を鍛えることを促されたが、本当に嫌なら逃げ出すことも出来た。それをしなかったのは、根本のところで彼も『ブローニュ村の息子』だったからだろう。「――それは、さっきのお前自身の言葉と矛盾しているんじゃないか?」「うっ……言われてみたらそうかもね――けど、自分で『僕は頑張ったぞ』……なんて、恥ずかしくて言えないじゃないか」「くっくっ、違いない」それを理解しているからこそ、こうした軽口も叩き合える。彼らは、今までずっと歩いて来た。諦めずに、目的のために。あまりにも強い向かい風に、挫けそうになったこともあるが――それでもこうして、此処まで来ることが出来た。「そう言えば、ウォーマーには会ったかい?彼も君の活躍を聞いたら喜びそうだけど」「いや、中々暇が出来なくてな……アイツも元気なのか?」――ブローニュ村の息子たちの会話は、尽きることなく続いていった――。***********case4 魔術師たちの会談「さて、キルシュ――でしたね?」見た目、15の娘が居るとは思えない麗しき美女――ローランディアの宮廷魔術師、サンドラ・フォルスマイヤーが声を掛けたのは、彼女の娘と同年代程の少女――。バーンシュタインの魔術師、キルシュ・アンフィニール。蒼天騎士団に所属する、不思議系魔術師だ。キルシュはサンドラの問いに、コクリと頷いて返した。「先程の件ですが、結論から言わせてもらうなら、上手くいくとは思います――ですが」「……それは、普通のホムンクルスの、場合……?」「……その通りです。シオンさんの持ってきた資料のおかげもあって、例の件に転用するのは、さほど困難ではないでしょう。ですが、貴女のホムンクルスの場合、どんな副作用があるのか――正直、判断が難しいところなのです……」二人が話している内容は、ホムンクルスについて――だけでは無いようだが、魔法に精通している者でなければ、少し分からない様な内容らしい。「将軍も――同じようなこと……言って、ました……」「やはり、ですか……あの人には何か考えがある様ですが、万が一を考えて案を練るのは悪いことではないでしょう」サンドラの言葉に、キルシュは首を傾げた。「どうして、そこまで――?」「――そうですね。あの人からの紹介ということもありますし、私もホムンクルスを創りましたので……貴女の気持ち、分からないわけではありませんから――」そう語るサンドラの瞳は、真摯な光を湛えていた――。それを見たキルシュは、喉元まで出掛かった言葉を呑み込む。――自分とは違う、自分の何が分かるんだ――そんな負の感情を消し飛ばす程の光――。「――それだけじゃ、ない――?」「――ッ、そう、ですね……貴女とは置かれた状況は違いますが……私の身近に居る者にも、貴女のホムンクルスと似たような症状に見舞われる可能性のある者が……居ます」「え……」キルシュの呟きに、心情を吐露するサンドラ――キルシュはその言葉に耳を疑った。自分のホムンクルス――トレーネと同じような症状――しかも、サンドラの言い回しから察するに、彼女のホムンクルスに関連することではないと推察出来た。――すなわち、彼女の身近な『人間』が……トレーネと同じような症状に陥る、と。「……今のところ、症状には出ていない様ですが、そう遠くない未来に……そうなる可能性が高いでしょう。だから、ですよ」そう言って見せたサンドラの微笑みは、何処か悲痛な――けれど、希望に満ちたものだった。何故か――キルシュにはその笑みが、彼女の願いを聞き届けてくれた者の笑みと、被って見えた。「……わかりました。よろしく、お願いします」「ええ――こちらこそ」キルシュは信じることにした――似た様な痛みを共有する彼女を、優しい笑みを浮かべる彼女たちを――。魔術師たちの会談は終わらない――それぞれが、希望を掴むために。「そういう話をするなら、俺も混ぜてくれよ」「シオンさん――私は構いませんよ。貴方の意見も、聞きたいですから――」「是非もなーしー……一緒に、話しましょう」そこに、蒼の近衛騎士が加わる――彼女たちの希望は、意外と直ぐに掴めるのかも知れない。***********束の間の平穏、束の間の温もり――。それは容易く、崩れ去る――グローシアンの王の宣戦布告によって。傲慢にして、絶対なる王――そして、本格的に動き出す傀儡の担い手。開戦の狼煙として打ち砕かれんとする城――しかし、彼は立ち塞がる。さぁ、王よ、傀儡よ、世界よ――心せよ。これが彼流の――宣戦布告だ。次回『介入』