「ねぇねぇ!お月様が出てるよ!」「ん?」行商人の男の忠告を無視し、帰宅中……空を見ると確かに月が出ていた。「きれいなお月様だねぇ……」確かに綺麗な満月だ……だがティピよ……お前、さっきの岬でも月が出ていたのに気付かなかったのか?本気で阿呆の子なのか…真剣に心配してしまう…。とは言え、感激している様なので不粋なことは言わなかったけどな。余程上機嫌なのだろう――ティピはまるで、踊る様に宙を舞う。月明かりに照らされたそれは、何とも言えず幻想的で――俺は思わず魅入ってしまっていた。「……アレ?ねぇ、あれ見て、アレ!!」ティピが大声でまくし立てながら、指差す方向を見遣る……。そこには……。「フフン。なかなかカワイイじゃねぇかぁ……」「な、何ですか、あなた達……」「ちょいと俺達と、ククッ、来てもらおうか?」女性が男達に絡まれている…長いブロンドの髪をし、後ろで髪を二房に分け、頭は動物の耳の様に髪がセットされている………服は所謂メイド服というのに近いか?男達はいかにも盗賊です。といった風体のが三人。特に語るべくもないが。「そんな……、どうして……」「うっせぇなぁ!黙ってついてこい!あんまりうるせぇと、痛い目見るぜぇ?」女性が恐怖からか後退り、男の一人が女性を脅し、威圧する。「兄…さん……シ……さんっ……!た、助けて!」それは女性にとって、必死の抵抗だったのだろう――声を震わせながらも、助けを求めた。……と、冷静に状況を分析してる場合じゃないな。「あの連中、無理矢理あの女の人をさらうつもりだよ!助けてあげようよ!」ティピがそう提案するが…言われるまでもない。「当たり前だ…」この状況であの人を見捨てる程、俺は人間腐っちゃいない。「そう来なくっちゃ!ようし!やっちゃえ!!」おい……声がデカい――そんな大声出したら……。「ん?声が……!?お、おい!あのガキに見られちまったぜ!?」盗賊(断定)の一人がこちらを向く……言わんこっちゃない。「チッ!こんな時に……お前らはあのガキを血祭りに上げろ!」「任せとけ!」「おうっ!」ったく……こちとら対人戦は初めてだってのに…負ける気はしないが、いかんせん距離がある。倒すだけならいざ知らず、あの女性を助け出すとなると…俺の足なら奴に追い付くのはわけないが……間に妨害が入れば話しは別だ。俺は剣を抜き放ち戦闘体制に入る。そして瞬時に戦闘のロジックを練る。前二人をどうにかしていたら、残り一人に逃げられる……ならば無視して進むしかない。ならどうする……周囲の林に入り、迂回すると時間が掛かる。正面突破しかない。俺の判断は盗賊二人を無視し、まずあの女性を連れ去ろうとする奴を倒すことだった。この間僅か数秒程度。俺は一気に駆け出した。速度を上げ、あっという間に盗賊達との距離を縮める。「は、早いっ!?だが、ここからは行かせねぇぜ!」「邪魔されるわけにゃいかねぇからな!」案の定間に入って来たな……。「……どうすんのよぉ……」振り落とされない様に、俺の肩に捕まってるティピがどんよりムードでそう言う。「……こうするんだ」「え…わきゃ!?」俺は盗賊にあわや接触、というところで跳躍した……そう跳び越えたのだ。「なっ!?飛んだだとぉ!?」己に向かい飛来してくる俺を見て、女性を連れ去ろうとしていた盗賊が驚愕を露にする。俺は落下しながらも、手に持っている剣を振りかぶる。……この剣を振り下ろしたら、この男は死ぬ……だが、そうしなければ女性がどうなるか分からない……俺に見られた……それだけで俺を消そうとした奴らだぞ……?……躊躇うな……迷うな――っ!!!「はああぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!」迷いを消す様に、慣れない雄叫びを上げて己を鼓舞し、高速の刃を振り下ろした。ズシャァァ!!「ぐぉぁっ!!?」俺の剣は肩口から切り掛かりその男に致命傷を与えた。鮮血が――飛び散る。「す、すんません…お頭ぁ……」男は血を吐き、倒れて動かなくなった。「ふぅ…」「やったぁ!」俺は一息吐くと、女性を背に残り二人を睨み付ける。それだけで残りの二人は後退る。ティピは喜んでいる様だが、俺は複雑な心境だ…何せ人を殺しちまったんだからな…。「ね、大丈夫だった?」「は、はい。助かりました」「ん…?まだ気を抜くのは早そうだぞ…」「え…?」俺の声に女性は首を傾げる…というか、この女性…何故か俺の顔を凝視している。まるで何かを確認するかの様に…。「む?なんで娘がまだここにいるんだ?」そこに現れたのは禿げ上がった頭に眼帯をした巨漢だ。手には大斧を持ち、更には手下であろう盗賊を数人引き連れている。「お、お頭ぁ!」残っていた二人が情けない声を上げて男を見る。お頭か…つまりこいつらのボスってわけか…。「何をボケッと突っ立ってやがる!!せっかく奴を足止めさせて来たというのに!」「す、すいやせん!」「こうなったら、俺が直々に手を降すしかねぇなぁ!!」男が大斧を構える……。中々強そうだな……それでも負ける気はしないが……この状況はマズい。丁度挟み打ちの様な形になっている。一人で戦うなら良いが、守りながらとなると……。「どうやらあいつが親玉みたいね!」「…見れば分かる」アイツだけ、他とは空気が違うからな……。「あ…あの、私はどうすれば…」「彼女…どうする?」俺は少し考えたが、その場に止まって貰うことにした。下手に動かれると守り難い。「彼女には、この場に止まって貰うさ…」「そうね。変に動かれると守りづらいモンね!」そういうことだティピ。まずは、襲い掛かろうとしていた近場の二人を切り倒す。我ながら、こうも早く思考が切り替わるとは……コレではまるで異常者ではないか――と、思わないでも無いが……やらなければやられるんだ。ならば今は悩まずに奴らを倒す。俺は増援に向かって駆け出す。人数は十人と少し…どうということはない。俺は向かって来た二、三人を切り倒す。感覚が麻痺していく…まるで何かに導かれる様に……。そこに……。「お前が親玉か!お前、何の恨みがあって俺を…」一人の男が現れる…体格が良く、白い鎧に金色のガントレットを着け、手には大剣を両手構えで持っている……この男…強い。正直あの盗賊の親玉と比べても別格だ……まさか新手……。「ぬぅ!?貴様!どうやって!?」というわけではなさそうだ…一安心だな…流石にあの戦士まで向こう側に加わったら正直キツい……というか、勝ち目がかなり薄くなっていた。「ゼノス兄さん!」「カレン!?無事だったか……!?お前は!」兄さん?どうやらこの女性の兄らしいな。って、何故俺を見て驚愕の表情を浮かべる……?「お兄さんなの?あなたの妹さんが、この悪漢にさらわれそうになってるのよ!」「何だと…あの男の言ってたことは、やはり正しかったんだな…」あの男…?何のことを言っているんだ…?「おいお前!よくもカレンをさらおうとしてくれたな!この落し前はきっちり付けさせてもらうぜっ!!」男――ゼノスが戦闘体制に入る。溢れ出る空気……闘気という奴か。これだけの男が味方なら、頼もしいことこの上ない。「ちょっと待ってよ!今は協力するべきだと思わない?」ティピがそう提案する。確かに連携が取れた方が確実だ…もっとも、俺とこの男……ゼノスが居ればこいつら程度に遅れは取らないだろう。なので……。「自由に戦ってくれ。アンタくらいの腕なら下手に指示を出すより、その方がやりやすいだろ?」「分かった!お前の実力は知ってるが、戦ってるところは見たこと無いからな…その実力を見せてもらうぜ!」ん?…何を言ってるんだ?まるで、俺に会ったことがある様な口ぶりだな?そう言おうとしたが……。「ふふふ…グハハハハハハっ!!馬鹿めっ!!この俺に何の策も無いと思うてかっ!!」盗賊の頭領の笑い声に遮られる形になる。策……この状況で何を……。「!しまった!?カレン!?」ゼノスが叫ぶ…俺は女性――カレンを見遣る。……カレンの周りに敵はいない……カレンを守りやすくする為に戦端から離したのだが………まさか!?「伏兵か!?」「グハハハハハハハッ!!今更気付いても遅いわぁっ!!!さあ!その娘を捕まえろぉ!!」カレンの身体がびくりと震える。…………………。……しかし何も起こらない。「?何をしている!?さっさと出てこんかぁ!!」「悪ぃがアンタの伏兵には眠って貰ってるぜ?もっとも、二度と目は醒まさないだろうがな?」その声と共に現れたのは青い角着き兜と軽鎧を身に着け、両手に片刃のハンドアックスをそれぞれ装備し、髭をモミアゲから顎まで生やした男と……盗賊ルックだが、個性なのかそれぞれ赤、青、黄の衣装に身を包んだ男達だった。「テメェは!オズワルド!?ビリー、マーク、ザム!?テメェらどういうつもりだ!何故、団を抜けたテメェらがここに居る!?」頭領は頭に血を上らせながら叫ぶ。「なに、仲間割れ?」ティピがあの頭領と、オズワルドと呼ばれた奴が仲間同士という前提で考える。だが……。「違うみたい…だな…」「えっ?」「これでお前らも思う存分にやれるだろう!お嬢ちゃんは、こっちで何とか守ってやるからよ!」オズワルドの檄が跳ぶ……正直見た目が小悪党で、信じられるかは分からないが、兄であるゼノスが……。「言われるまでもねぇ!!」とか、言ってるので問題は無いのであろう。「ぬぅぅぅ!!だがそれでも人数はこちらが上!!お前ら!!やってしまえぃ!!」そう言って襲い掛かってくるが、俺、ゼノス、おまけにオズワルドが加わった為、連中はあっという間にボロ雑巾です。オズワルドが意外に強かった。まぁ、そこの頭領程じゃないが。結果、残った敵は頭領と盗賊二名の計三名のみ。「か、かかか頭ぁ!!?こここ、このままじゃあ!!?」「ぬぅぅぅ!!やむを得ん!引けい引けぇぇい!!」盗賊達は林の中へにげて行った。「待ちやがれっ!……逃げ足の速い奴だ」ゼノスは追いかけようとするが、深追いは禁物と思ったのか追跡は諦める。「兄さん……」「大丈夫か、カレン。ケガは無いか?」ゼノスはカレンに駆け寄り、安否を気遣う。「ええ。この人が助けてくれたから」「…この人?…ラルフのことか?」ラルフ?俺のことか?「ちょっと待って、ラルフってもしかしてコイツのこと?」ティピが疑問をゼノスにぶつける。「そうだが…って、なぁラルフ。さっきから気になってたんだが…お前何時から妖精と一緒に旅する様になったんだ?それに――シオンはどうした?」「――質問に答える前に訂正しておこう……俺の名前はカーマイン・フォルスマイヤー。ラルフなんて名前じゃない。当然、シオンなんて奴も知らない」俺はゼノスにそう告げると、ゼノスは苦笑いを浮かべる。「おいおい…冗談だろ?」「ううん…この人の言っていることは本当なの、兄さん」「カレン?」カレンがゼノスにそう告げて、続けて言う。カレンは宿屋にいたらしいのだが、その時に宿の入口辺りから口論が聞こえたそうな…。それで窓から様子を見てみると、俺が入口に居たということらしい。それで、俺が余りにラルフという奴と似ている――ということで気になり、宿を出て街の人に話しを聞いて回っていたそうだ。「しかし……そんなに俺と、そのラルフは似てるのか?」「似てるなんてモンじゃねーよ!まるで鏡を見てる気分だぜ……」「そのラルフって人、コイツとそんなに似てるんだ」ティピがほ〜…とか、へ〜…とか言いながら頷いている。「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はゼノス・ラングレー。君のおかげで妹も無事だった…礼を言うよ」「私はカレン・ラングレーです。助けて戴いてありがとうございます」ゼノスとカレンがそれぞれに頭を下げてくる。「当然のことをしたまでだよね?」「ああ…偶然通り掛かっただけだしな…気にしないでくれ。それより、あの男達に襲われるような心当たりは?」俺はゼノス達に尋ねる。アイツらは明らかにカレンを狙っていた…。何かしら理由があると思うんだが…。「別に心当たりなんて……」「俺にもないな…まぁ、その辺はそこに居る奴らが話してくれるさ」ゼノスはオズワルドと呼ばれた男の方を向く。「詳しい理由を説明してくれるんだろうな?」「まぁ、構わねぇよ」その後オズワルドは色々と説明してくれた。以前、自分達はさっきの盗賊団に居たこと。頭領のケチっぷりに嫌気がさして団を抜けたは良いが、これからどうすれば良いか分からず、途方にくれていたこと。その時に、さっきゼノスが言っていた『シオン』って奴に拾われたのだとか。その後は盗賊業からは足を洗い、シオンを頭と仰ぎ働いて来たとか。そのシオンに言われて古巣の盗賊団に張り付いていたそうな。「そんで、連中に動きがあったんで俺達がこうして動いてたって訳だ。連中がそこの嬢ちゃんを狙った理由は誰かに依頼されたからだが、誰に依頼されたか、どんな依頼内容なのかは分からなかった。もっとも、シオンの頭なら何か掴んでるかも知れねぇが……まぁ、そこの兄さんを足止めしてた事を考えると、嬢ちゃんを連れ去ることが目的だったってのは想像に難しくねぇがな」オズワルドが説明する。確かにカレンを連れ去る為にゼノスを足止めしてた……というのは理解出来る。しかし何の為に…?「いったい、カレンを連れ去って何をしようってつもりだ?」「さてね…理由までは分からねぇよ。こればっかは依頼主も分からねぇ状況じゃあなぁ…」「あ…あの…」「ん?何だい嬢ちゃん?」カレンがオズワルドに話し掛けた。「あの人は…シオンさんは…?」「頭か?一応、一人伝令に行かせたからこっちに向かってるとは思うが…今どの辺りかは分からんぜ?バーンシュタイン国内…コムスプリングス辺りに居たらしいんだけどな――」「兄貴……そろそろ…」「おう。悪ぃが、俺達もまだ仕事が残ってるんでな……この辺りで失礼させて貰うぜ」そう言うとオズワルド達は、逃げた盗賊団を追うように林の中に入っていった。「なんかさぁ〜…あのオズワルドとかいう奴。いかにも小悪党な顔してるのにさぁ〜…キャラ違くない?」オズワルドに対して不満を零すティピ…人を見かけで判断するなよ…俺も少し思ったけど…悪い奴では無いみたいだし。「それにしても、あの手勢を相手にできるなんて、お前も相当腕が立つようだな。やっぱり闘技大会に出るつもりか?」オズワルド達が去った後、ゼノスが俺に尋ねてくる。「闘技大会?」ティピがクエスチョンマークを浮かべる。俺も詳しくは知らないな……闘技場があるのは知ってるが。「知らないのか?年に一度、グランシルにあるコロシアムで開かれる大会のことだ。優勝者は国から正騎士として抜擢されることもあるそうだ」「成る程…つまり盛大な催し事な訳だ」正騎士に抜擢される…ということは各国の重鎮や、軍の責任者なんかも来賓か何かで来るということだからな。「そういうことだ。俺も今年は闘技大会に出るつもりだ。もしも参加するなら、その時は宜しくな…もっとも、優勝は俺が戴くがな!」「もう、兄さんったら」自信満々に言ってのけるゼノス。それを見て苦笑を浮かべるカレン。何と言うか、仲の良い兄妹だな。「まぁ、その時は宜しく頼む…」俺はそれだけ告げる……闘技大会か。機会があれば出てみたいものだな。ゼノスとなら良い勝負が出来そうだ。「とにかく、今日はありがとう」「本当にありがとうございました」改めて礼を言われる…そんなに気にしなくても良いんだがなぁ…。「二人とも気をつけてね!」ティピと一緒に二人を見送る……二人は王都の方に帰って行った。「仲の良い兄妹だね」「そうだな…」「アンタとルイセちゃんもあんな感じなの?」そう聞かれて俺は考える…俺とルイセか…あんな感じ…いや、ルイセは甘えたがりだからな…あんな感じではないが……。「まぁ、仲は悪くないな」「へー、そうなんだ」むしろ仲が良すぎるのでは無いかとお兄さんは思う訳だ……あんなに俺にべったりでは彼氏も出来ないぞ。せっかく可愛いんだから、もっと青春を謳歌すべきだろうに……。「さて、アタシ達も帰ろうよ!」「ん…?そうだな…」ティピに促される感じで王都に足を向ける。あまり遅いとルイセや母さんも心配するだろうし…。ズキッ!!!「――――!!!?」何だ…コレは……。急に頭が痛んだと思ったら、目眩が起こり……気付いたら……。俺は倒れていた…。「どうしたの?寝るなら家に戻ってからにしなよ……」ち、違……!?こ、声が出ない…!?「ねぇ?ちょっと!?どうしちゃったのよ、ねぇ!!?」ティピの声が……段々と……遠く…………。「大変だ!人を呼んでこなきゃ!!」…ティピが慌てて飛んでいくのが見えた……。お前……ホムンクルスなら……母さんとテレパシーで繋がってるんじゃ………。そんな声にならないツッコミを入れた所で、俺の意識は完全に途絶えた。………奪え………。……何だ…?……奪え……。…誰だ…何を言っている…?…奪え…。…何を…奪えというんだ…?…奪えっ!(何だ…急に視界が……)真っ暗だった視界が急に光り輝き、はっきりとした輪郭を示した。その光景は………。(ここは……母さんの研究室…?…ん?人が倒れている…!?)その姿を見ると、どうやらローランディアの兵士らしいが…血を流してぴくりとも動かない……死んでいる……のか……?(助けなければ……!?身体が…動かない…っ!?)「……」身体が言うことを聞かず、声も出ない……俺はただその死体らしきものを冷ややかに見下ろすだけだ…。その死体を素通りし、俺は研究室に入る…。「おい、あったぞ!これがサンドラの魔導書だ」「よし、すぐにここを立ち去るぞ」…何やら話し声が聞こえるな…俺はその足を声のするほうに向けて進ませる……いや、勝手に進んでいるのか…?「むっ!」ほう…気付いた様だな……何だ…また、思考がまどろむ……。「その魔導書を貴様らにくれてやるわけにはいかん。置いてゆけ」【俺】は覆面の男達に告げてやる……威圧感を込めた声で……。「ええい、貴様も外の番兵の様にしてくれるぞ!」成る程……外の死体はコイツらの仕業か……「フッ……。勇ましいな」【俺】はいきり立つ男を嘲笑ってやる……その程度の力で何をいきり立っている……実力の違いも分からぬ愚か者めが……。「この、ガキがっ!」男が二刀を抜き放ち、切り掛かってくる。中々に速い……が、【俺】にとっては遅すぎる。奴の剣が【俺】を捉えるより先に――。「グッ!?」――【俺】は、剣を居合いの要領で抜き放ち男を切り裂く。更に、男がすれ違うまでに幾度も切り裂いてやった……男は地に倒れ伏し、至る所から血を吹き出して動かなくなった。雑魚が……粋がるからそうなる。「な、何っ!?」残った一人がたじろぐ。まさか仲間がやられるとは思わなかったのだろう……。【俺】は何の感慨も無く、死体を一瞥してから残った奴に剣を向ける……この思考がまどろむ感覚……まるでいつもの夢の中みたいだな……にしては切り裂いた感覚がリアルなんだが……。「お前もこうなりたくなければ、さっさと魔導書を置いてゆけ」「くっ!」覆面の男は敵わないと見たのか、そのまま窓ガラスに向かって突っ込み、ガラスを砕きながら外に離脱した。「逃がすか!」【俺】は勿論奴を追い掛ける……この【俺】から逃げられると思うなよ……!?窓ガラスの前まで来た時、不思議な光を感じた……すると、身体が揺らいだ……。「うぅっ!?こ、これは……」何故か徐々に俺の思考がはっきりしてきて……そこで【俺】の意識は――再び途切れた。******再び意識が浮かび上がる……これは…いつもの夢だな。「ん?」「お前か。この辺りを嗅ぎ回っている男は」崖があって…あれは滝か?…そんな場所でレザースーツを身につけたガタイの良い長髪の男と、何やら鈍い銀色の刺々しい異形の鎧と仮面の様なヘッドギアを身につけた二人組が対峙している。「何者だ。お前達に用はねぇ……道をあけろ!」男は己の得物……大剣と大剣が柄の先と先で繋がった様な…珍しい武器を構える。「そうはいかん。お前はここで死ぬのだ!」そう言い放つと同時に鎧の男達が剣を抜き放ち、男の周囲を駆け回り始める。中々早いな……隙をついて切り掛かるがそれを男は剣で打ち払う。仮面の男達は、緩急を着けた連携で男を追い詰めていく――。「くっ!…手強い……」男が言うように、鎧の男達は中々に強い。一対一なら男の方が上だろう……だが仮面の騎士達は強さもさることながら、その巧みな連携により男と互角以上に戦っているのだ。「フン!」仮面の騎士の一人が唐竹に切り掛かる。しかし、男はそれを防いだ。「でやっ!」男は仮面騎士を弾いた…だが。「もらった!」仮面の男を弾き飛ばした僅かな隙――そこを突かれた男に斬撃が襲い掛かり――鮮血が飛び散った――。「くっ、くそっ!……眼が……!?」一瞬の隙を突かれ、もう一人の仮面騎士に顔を切り付けられる。ギリギリで避けようとした様だが――避け切れずに眼を切り裂かれてしまった……。「死ねぃっ!!」ズシャアッッ!!!!「ぐああぁっ!?」そこをトドメとばかりに突かれ、男は武器を持っていた右腕を切り落とされてしまった……。「……うぅ……」男はフラフラと後退り…そして……。そのまま崖の上から川の中へと落ちていった…。仮面の騎士の一人が崖に近付く……そして仮面の様なヘッドギアを外した……!?お、俺…だと…?「クックックッ!利き腕と眼を奪われ、ここから落ちれば助かるまい」仮面の騎士が崖下を見下ろしながら男を嘲笑っている……俺と、同じ顔で……そこで俺の意識は引き上げられていった。******「…うっ…ルイセ…?」俺が眼を開けると、俺を心配そうに見下ろしているルイセの顔が見えた。「あ、気がついた!大丈夫?お兄ちゃん?」「…あぁ、大丈夫だ」「よかったね、ルイセちゃん」「うん!わたし、お母さんたちに知らせてくる!」俺が大丈夫だと告げると、ルイセは安心したのか笑顔を見せてくれた。どうやら下に母さんが来ているらしく、俺が眼を覚ましたのを知らせに行った。「本当に大丈夫?」「あぁ…少し身体が怠いが、問題無い」「そう?なら、みんなも心配してるんだから、下に降りて、元気な顔見せてあげなよ」ティピはそう言ってくる……そうだな。そうするか。「分かった。そうするとしよう」俺は立ち上がり下に向かうことにした。…最初に見た――生々しい夢のことも気になるし、な……。