「すみません、コレとコレを借りたいのですが……」「あらイリスさん……最近、よく通いますね」「学ぶということは、大切なことですから……」(けど、それって純愛まっしぐらの恋愛小説と、ハートフルな動物小説よね……)**********私はイリス……魔法学院で学院長秘書をしている。最近は常識の勉強をよくする。ある男に言われ、行っているのです。私は常識に欠けているらしい……。今まではそれを不要に思っていたのですが……。「ふむ……この小説は中々に興味深い……」私が今、読んでいるのは『三○目のタマ』という、和やかな作品だ。とある街、『サンチョウメシティ』を舞台に、野良猫や飼い猫、飼い犬達が空き地に集まって繰り広げる、ドタバタ劇。しかもこの小説は、挿絵が入っている親切設計だ。以前の私なら、くだらないの一言で片付けたのかも知れないですが……。「……見ていると、癒されますね……」ちなみに、私のお気に入りはノラです。まだまだ続編があるので、楽しみにしています。読み終えた私は、もう一冊の小説に手を出す。題名は『とき○きメモ○アル―旅立ちの詩―』という。こちらにも挿絵が入っている。主人公はとある学院に通う男。同じく学院に通う幼なじみの女に、恋い焦がれている。だが、さしたる進展がないまま、卒業間近となってしまう。この物語の学院は、一定の成績を得て、三年通ったら卒業出来るらしい。ちなみに魔法学院の場合、様々なことを学び…単位を取って行くことで卒業出来る。つまり、優秀な成績を残せば一年と経たずに卒業も出来るし、逆に不出来ならずっと卒業出来ません。また、卒業資格はあっても、学院に残る人々もいます。アリオストさんが良い例でしょう。彼らは優秀な成績で、卒業資格を持ちますが、研究者として学院に残っているのです。学院の設備は優秀ですから、研究をするには最適でしょう。まぁ、彼らは半分教員みたいなモノですね。他にも純粋に卒業を目指す者……ルイセやミーシャはこの分類に入りますね。……論点が擦れましたね。で……この作品は現在、主人公が幼なじみに、『ずっと仲の良い幼なじみでいよう』と言われ、ショックを受けている場面だ。「……無自覚の言葉ほど、辛いモノは無いでしょうに……」私は『恋』という感情をこの作品のシリーズから学んだ。以前、この感情と出会った私だが、コレが何なのか分からなかった。なので、常識の勉強をするついでに……と、このシリーズに手を出したのだ。ちなみに、どういう本が良いかは生徒に聞きました。外で三人の女生徒が話していたのを見掛けたので……丁度良いと。以来、私の愛読書となっております。……と、主人公が『マラソン』と言う、競争をする競技に参戦する為、練習をする所で、この巻はおしまいですか……。また、続きを借りて来なければ……。ちなみに、『三○目のタマ』と『と○めきシリーズ』……これらを書いている著者は同じだったりする。著・ラインハルト・F・ローエングラムペンネームらしいですが、何と言うか貴族みたいな名前ですね……。しかし、彼は鉱山街ヴァルミエの出身で、現在は旅に出ているとか……。この『と○めきシリーズ』は、彼が数年前に執筆した物らしい。だが、旅をしながらも執筆活動は続けているらしく、『三○目のタマ』などは最近の作品だそうな……。さて、本も読み終えたし……そろそろ準備をするとしましょう。私は学院長室前の受付台から移動……地下の研究室に向かう。特別教員用研究室……地下にあるこの研究室は、特定の教員用の研究室だ。特別教員……つまり、学院長と副学院長の研究室がある場所である。私は学院長用研究室の扉をノックする。「誰かな?」「私です」「イリス君か……入りたまえ」中の声……学院長に促され、私は研究室内に入る。そして、私が研究室に入った後に扉が閉まる。すると、学院長の雰囲気が変わる。「イリスよ……お前は何をしている?」「と、言いますと?」「愚か者がっ!!あの様なくだらない書物にうつつをぬかしおってからに……」「申し訳ございません」やはり見られていたのか……マスターも暇なのだな。そう思いながら、私は頭を下げる。「……今、何か無礼なことを考えなかったか?」「そんなことはありません」さらりと答えた私に、学院長はフン……と、鼻で笑った。「分かっているとは思うが、無能者を飼ってやるほど私は寛大では無い……お前の代わり等、いつでも造れるのを忘れるなよ……?」「……心得ております」そう……これが学院長……マスターと私の関係。私はマスターに造られた人工生命……ホムンクルス。故に、マスターは絶対……。マスターは言わば創造主……代わりを用意するなど、造作も無いことだろう。「……まぁ、良い。そのおかげで、お前にも感情と言う物が宿ったのだからな。些か余計な部分もあるが、計画には支障はなかろう……むしろあの愚民を篭絡するには都合が良かろうて」あの愚民……シオン・ウォルフマイヤー。マスターの狙う、最も優れたグローシアンの一人。私に常識を教えた人間でもあり、好意という感情に気付かせてくれた者……。私はあの男の監視……そして、あの男を油断させて篭絡しろとマスターに命令されている。篭絡……しかし、そう上手くいくのか……。私は恋と言うモノを学んだ……だからこそ、この感情がままならない物だと理解している。マスターの言うことは、問答無用で押し倒すことと同義。恐らくマスターは恋をしたことが無いのでしょう。こんなにお年を召すまで研究に明け暮れて……おいたわしい限りです。まぁ、単純に相手がいなかっただけかも知れませんが。「……今、凄く無礼なことを考えなかったか?」「気のせいです」「フン……まぁ良かろう。で、例の準備はどうなっておる?」「……はい、手配は済ませてあります」「そうか……で、グローシアン共の様子は?」「一部、ストレスからくる疲れが見えますが、概ね健康の様です……」「そうか……まぁ、生きてさえおれば良い。どうせ私の為に消え逝く者達だ……私の為に役立つだけ、光栄なことなのだからな。フォフォフォ!!」……マスターは恐ろしいことを考えている。それは間違ったこと……そう、人としてやってはいけないこと。……私は迷っている。私の中には、マスターを敬愛する気持ちがある。それは植え付けられたモノかも知れない……だが、それは確かに存在する。マスターは絶対で、マスターは唯一、マスターは何者よりも正しいと……。しかし、そんな思考に納得を示さない私が居るのも確か。感情を覚え、知識を学んだからこそ言える……マスターは間違っていると……。しかし……私には逆らえない。逆らえば……私は捨てられる……破棄されてしまう……。敬愛するマスターに……不要品の烙印を押されてしまう……。怖い……それがどうしようもなく、怖い……。「それでは、失礼します」「うむ」私はその場を後にした。……私は……どうすれば良いのだろう……?その後、ミーシャの感覚を盗み見……もとい、リンクさせたマスターから聞かされた。明日、シオン達が休暇に来るという……。私は……聞いてみたいと思った。あの男なら、どういう答えを出すか。……そう、会いたいと思ったのだ。ならば、最高のもてなしをして喜んで貰いたいと思った私は、マスター用の最高級紅茶の使用許可を願い出た。だが、却下された。「あの様な愚民にくれてやるなど以っての外!!まぁ、私の飲んだ『出がらし』で良ければくれてやっても構わんがなぁ?フォフォフォフォ!!」………私はマスターを敬愛しています。それは間違い無い筈です。ですが、シオンを馬鹿にされた……その事実にムッ……としてしまいました。例えるならそう……父親に恋人を認められず罵声を浴びる……という感じでしょうか?若しくは、恋い焦がれる先輩のことを、父親にくだらないと一蹴された時の気持ち……という感じでしょうか?恐らくそんな感情が近いのでしょう。ならば丁度良いです……どのみち、シオンと話す所は見られたくないので……見られたら、破棄されてもおかしくないですし。私はある計画を実行に移すことにした。*********翌日。私はマスターに紅茶を入れる……その際に砂糖を入れるのも忘れない。マスターは紅茶好きを気取りながら、砂糖を入れる……。紅茶好きの教員にそれとなく聞いたら、このクラスの紅茶に砂糖を入れるなど、紅茶を作った人への冒涜……だそうな。つまりマスターは、高級というだけでこの紅茶を愛飲している甘党なんですね……分かります。しかし、そこに付け入る隙があります。私は砂糖に紛れさせ、粉末状の睡眠薬を投入しておいたのです。マスターとてお忙しい身……四六時中、感覚をリンクしているわけではありません。マスターは学院長ですので、元来そこまで暇では無いのです。私自身、感覚をリンクされたら何と無くではありますが、理解出来ます。本当に何となく……ですが。なので、今はマスターがリンクしていないということは、分かります。私は学院長室に足を運ぶ。「失礼いたします」「うむ、入りたまえ」私は許可が降りたので、学院長室に足を踏み入れる。マスターは書類に目を通していた。「お茶の時間でございます」「うむ」私は一礼して受け付けに戻る……。……10分後。バササ……。学院長室から僅かな音が聞こえる。「失礼します」一応、断りを入れてから入室する。「ぐぅ〜……ぐお〜…」マスターが机に突っ伏して熟睡している。この薬は耐性の無い者には強烈な効果があり、半日以上は確実に目覚めない。無論、マスターに睡眠薬の耐性などあるはずがなく……。……計算通り……ですね。私は散らばった書類を拾い集め、それを机の上に置いておき、そのまま退室したのだった――。……マスターを傷付けることが出来ない……しかし、睡眠戴くのは吝かではない。普段、お忙しいマスターだ……たまにはご休憩されるのも悪くないでしょう。「シオン達が来るまで、まだ時間がありますね……グローシアン達の様子を見に行きましょうか」私はグローシアン達が保護されている、集会所に足を運ぶ。改めて言うことでも無いが……半数以上が疲弊している。「あら……秘書さん。こんにちは」「こんにちは……アイリーンさん、差し入れがきていますよ……ニックさんからです」彼女の名前はアイリーン……医者をしている者で、日食のグローシアン。周囲がストレスで参る中、その職業故なのだろう……周囲を励ましたり、具合の悪くなった者の看病をしたりしている。「まぁ……ニックったら……」ニックとは彼女の恋人……ほぼ毎日、彼女の様子を伺いに来る。差し入れを持って。「……ごめんなさい。本当は恋人とも会いたいのでしょう……それなのにこんな所へ閉じ込める形で」「そんな……こうして保護して戴けなければ、今頃どうなっていたか……感謝こそすれ、謝られることはありませんわ……ニックには……会いたいですけど、もう少しの我慢ですから」「…………っ」そう言って笑みを見せる彼女を見て、私は酷く胸を痛めた……。本当にこれで良いのか……?彼女の様な人を……犠牲にして良いのか……?彼女だけじゃない……此処に居る人々を……。「……ごめんなさい」私はもう一度謝罪する……。真実を言えず、騙し続けていることに……。……私は……マスターに逆らえない。私は……捨てられたくない……けれど……。……私は集会所を出た。私は……どうしたら……誰か教えて……誰か……。「……イリスじゃないか?」「!シオン……」この男は答えてくれるだろうか……私の靄が掛かったこの気持ちに……明かりを照らしてくれるのだろうか……?まずは立ち話も何だから、美味しい紅茶をご馳走しよう。喜んでくれたら、それは嬉しく思えるでしょう……その上で、答えを教えてくれたなら……。********オマケもしもイリスが……。『イリスの一番搾り』私は雑巾を用意する……見るからに汚いそれを、入れた紅茶の上へ持って行き……思い切り搾った。ピチョン……。濃縮された一滴が紅茶に落ちた。「よし」私は満足気に頷き、それを持って学院長室に足を運んだ。「失礼いたします」「うむ、入りたまえ」許可が降りたので、学院長室に入室する。「お茶の時間でございます」「うむ……む!?これは美味い!!ふむ……お前もようやく私の高貴な舌を満足させる腕になったか……まあ、人形にしては及第点だ……褒めてやろう」「ありがとうございます」私は内心でほくそ笑むのだった……。これからも美味しい美味しい紅茶を入れて差し上げますよ……マスター?