休暇二日目・魔法学院っと、そんな訳でやってきました魔法学院。皆はそれぞれに散って行った。アリオストは恐らく、研究室にいるだろうな。しかし……あのクソヒゲのお膝元……分かっていながら、休暇に来る俺は大概だな……。まぁ、休暇先は皆の意見で決めているわけだから、仕方ないのだが。「さて……どうするか」とは言え……ここに来てやることは、ほぼ決まっているわけで。・イリスと話す。・アリオストと話す。この二つが殆どだったりする。我ながらワンパターンだとは思う。しかし、せっかく魔法学院に来たのだから……とか思うわけよ。「とは言え……たまには違ったこともしたい様な……む?」そんなことを口走りながら、広場までやってきた俺は、左の方から見知った顔がやってきた。「……イリスじゃないか?」「!シオン……」これはどうも……いつものパターンになりそうだな……勿論、嫌なんかじゃないけどな。「今日はどうして……」「いつもの如く、休暇だよ。そういうイリスも珍しいな……滅多にこっちまでは来ないだろ?」「私は……保護しているグローシアンの皆さんの様子を見て来たところです」「そうか……そういえば、魔法学院がグローシアンの保護をしているんだったな」知ってはいるが、敢えて何も知らないフリをする……イリスに嘘をつくのは若干気が引けるが。まぁ……イリスは知っているのだろうが……。「あの……少し話せるでしょうか?」「ん?また常識の勉強か?」「ええ……その様なモノです」ふむ……まさかとは思うが、揺さ振りを掛けに来たのかな?なら、口を滑らせない様にせな。……とか、思っていたのだが。「えっと……これは?」今、俺は食堂に来ています。何故食堂?と、思うだろう?俺も思う。「せっかくなので、お茶をしながら……と、思いまして」そう言って、実に手慣れた手つきで紅茶を注ぐイリス……か、完璧だ。本職のメイドや執事に負けていない……。「良い香りだな……」紅茶は結構飲んで来たつもりだが、この香りは……。前世?で言うところのダージリンティーに近い香りだ……。しかも、上質の白ワインの様な芳醇な香り……。「最高級の紅茶です……本来なら学院長用に仕入れた物なのですが……是非、貴方に飲んで欲しくて……」うっ……なんつー綺麗な微笑みを……系統としてはサンドラの様な笑みだな。しかし、随分感情が豊かになったなぁ……。「って、そんなストレートに言われると少し照れるんだが……」「大丈夫です……私も恥ずかしいですから……」や、ヤバイ……みなぎりそう……。おちけつ……じゃない、落ち着け俺!!節操無さ過ぎるぞ俺!!だが、ほんのり赤くなりながら言われたら……分かるだろ?俺は頬をコリコリと掻く。「まぁ……せっかくのご好意だ。いただきます」「どうぞ」スゥ……。芳醇な香りを目一杯楽しみ……口に含んだ。……言葉が無い。脳裏に様々な美辞麗句が、浮かんでは消えて行く……。そう、言葉はいらない……そんな味。しかし、それでも無理に言葉を紡ぐなら……。「美味い……」万感の意を込めて、俺はそう言う。ハッキリと、それしか言えない……。それだけ言うのが精一杯……そういう美味さなのだ。「……良かった」そう言って、微かな笑みを浮かべるイリス。その顔は本当に嬉しそうだ。「しかし、良いのか?コレ……学院長用なんだろう?」「構いません。許可は貰っていますから」許可……貰ってるんだ?あのクソヒゲの性格からして、許可を出しそうには思えないんだが……。それから、紅茶を堪能した俺はようやく本題を振る。「……で、話したいことって何だ?」「……シオン、貴方に尋ねたいことがあります」む……やはりか……?先程迄の笑みが消えて無表情……いや、違うな。深刻そうな顔をしている……。余程大事なことなのだろう……グローシアン関連なら、イリスには悪いが知らぬ存ぜぬで通す。だがそれ以外なら………俺に答えられることなら、答えよう。「……シオン……例えばですが……貴方が騎士だとしましょう」「?ああ……」何だ……?イリスはどんな意図でこんな質問を……?そうは思いながらも、俺は先を促す。「貴方は国に仕える騎士……つまり、国の命令は絶対です。……貴方は国に非道な命令をされます。そう……例えば、反乱分子が潜む村を焼き払え……と、命令されたとします。勿論、村人を一人も逃がしてはならないと……」「それは何とも……胸糞悪ぃ任務だな……」……何となく、イリスの意図が読めて来たな……。「その場合……貴方ならどうしますか?命令に従い、村を焼き払いますか?それとも命令に背き、村人を救いますか?」「そりゃあまた……難しい質問だな」騎士ならば……国に仕える者ならば、命令に従うのは当然。しかし、人としてはそんなクズみたいなことはしたくは無い……。俺の答えは決まっている……が、イリスが欲しい答えはソレでは無いのだろう……。だから、俺は言う……。「そんなのは、その時の状況次第だろう」「状況……次第……」「例えば、どうしても譲れないモノがあるならば、俺は冷酷にもなるし……納得が行かないなら、全力で助ける。イリスの例題に合わせて言うなら、もし俺が国……または、命令を出した王に心酔していたなら……あるいはソレに比肩する様な理由があれば、胸糞悪ぃことにも手を染めるかも知れないし……ソレにどうしても納得出来なかったり、守らなければならないモノ……大切な人だったり、自身の尊厳だったり……そういうモノがあるなら、断固として反抗する」「つまり、それは……」「まぁ、要するに自分が思う様に進め……ってこと。自分が正しいと思うこと……それを貫く!」絶対的な正義も、絶対的な悪も存在しない……。それぞれが自分の想いを信じて歩み続ける。言うなれば、それが俺の信念。LAWでもCHAOSでも無く……NEUTRAL。酷く曖昧で……中途半端な答えかも知れないが……。それで十分……だって人間だもの。「……それは狡い答えではありませんか……?」「狡くて結構メリケン粉。そういう答えは自分自身で決めることさ……人に言われるままではなく、己の意思で」「己の……意思で……」……とは言え、コレだけだと余りにも意地悪だよな……仕方ない。「ではイリスに聞こう。イリスならどうする?」「……私は……やはり命令には従わなければ」「……それがイリスの意思なら、仕方ないな」言葉とは裏腹に、イリスから感じる感情は『疑心』……自分は本当に正しいのか?間違ってはいないのか……?そんな気持ち……だと思う。表情には出さないから、確かなことは分からないが。「ただ……ソレは本当にイリスが『望む』ことなのか……?」「……私の、『望む』こと――」「そう……まぁ、例題なんだろう?なら小難しく考えることは無いって……自分の『望む』通りにやるのも一つの選択ってことさ」そう、俺は言う。イリスは迷っている……自身の選択を……何を選び、何を捨てるべきか。……いや、答えはある程度出ているのかも知れない。……ならば俺に出来るのは、ほんの少し背中を押してやることだけ。本音を言えば、もっとハッキリと言ってやりたい。だが、ソレをしては駄目なんだ……。自分自身に選ばせなければならない……。「少しは、参考になったかな?」「ハイ……ありがとうございます」「どう致しまして……あ、ちなみにさっきの例題……ちゃんとした俺の意見を答えると……俺が騎士なら、そんな命令を出す奴にそもそも仕えたりしないし、仮に仕えていたとしても、命令に従うフリをして村人を逃がす……バレない様にこっそりとな」「それは……ちゃんと答えていないのでは……?」「やっぱりそう思う?」まあ、俺の言ってることは屁理屈だからなぁ……。結局の所……俺自身もそんな時が来なければ分からないんだよな。「けれど、非常に貴方らしいと思います」「なはは……それは褒められてるんだか、けなされてるんだか……」「……褒めているんですよ」不可思議な問答は終了し、俺達は日常の何気ない話題を語り合う。……どんなことをしたか、どんなことがあったか……それらを楽しそうに話すイリスを見ていると、自分のしたことは間違いだったのでは……?そう思えてくる……。もっとハッキリ……間違ったことは駄目だ!そう言えたなら……。だが、それは出来ない……常識に疎い者に、自分の正義を押し売りするなど……カルト教団の教祖と大差が無い。あ、オズワルドの時は例外ね?常識はあっただろうし、あくまでも押し付けたんじゃなく、選択肢を与えただけだから。……今回のことも同じこと。選択肢を提示したに過ぎない……。イリスに『自分』と言う物を掴み取って欲しかったから……。それで、最悪の事態に陥ったりしたら……その時は俺が纏めてケリをつける……俺なりの方法でな。*********私は迷っている。正しいこと……間違ったこと……。それらの板挟みになり、迷ってしまう……。本来、それはあってはいけないこと。私はマスターの道具であり、忠実な下僕……。だが、私は絶対者であるマスターに対して『疑念』を抱いてしまっている。マスターの行いが、本当に正しいことなのか……行おうとしていることは、決して許されないことなのでは無いか……?そう、考えてしまうのだ。それは道具である私にはあってはならないこと……そう、あってはならないことの筈……。私がこんなことを考えてしまう様になった原因……。「と、まぁ……それが傑作でな?」「そうですか」シオン・ウォルフマイヤー……。バーンシュタイン王国出身、元インペリアル・ナイトを父に持つ貴族。剣、魔法…共に並外れた実力の持ち主であり、皆既日食のグローシアンでもある。マスターの標的の一人……そして、私に色々なことを教えてくれた人……。そう……彼は私に色々な物を与えてくれた。『常識』……『道徳』……そして……『感情』……。そう、彼が居なければ私は人形のままだった……人形で、いられたのだ……。私は彼に感謝している……人形の私に、コレだけのことを教えてくれたのだから……。いや、感謝……では済まない。理解している……私は彼に『好意』を持っている……そう、恐らく『好き』なのだろう。それは感謝以上の感情……これは、彼を篭絡する処か私が篭絡された……そういうことなのでしょう……。彼の楽しそうに笑う姿、彼の真剣な表情、時折見せる悲しそうな顔……それらを見る度に、胸の鼓動が早くなり、締め付けられる様に痛む……。最初はそれが何か分からなかったのですが……最近になってようやく理解しました。正しいこと……好意を持つ者……それらを知り得た私だが、私の中では……マスターの存在が纏わり付く。マスターは守る存在……マスターは絶対……マスターは……。以前、私はある童話を読んだ……。とある人形が、人間になろうとする物語だ。人形は喋れる様にはなったが、嘘や悪戯ばかりをしていたので、結局は元の人形に逆戻り……。それを見た時は滑稽な人形だ……そう思ったが。今になって思う……。あれは…今の私の姿そのものだったのでは無いか?人間になりたがる滑稽な嘘つき人形……。「生徒の一人に声を掛けられたのですが……」「それって……告白じゃないの?」「女生徒だったのですが……」「……マジ?」彼とこうして他愛のない話をする……。それは非常に楽しい。彼も楽しんでくれている……それが凄く嬉しい。しかし……私は嘘つき人形。……人間には……なれない……。「……と、そろそろ集合時間だから戻らないとな」「……そうですか。では、今日はお開きにしましょう」そう……人間には……。「まぁ、また近い内に寄らせて貰うからさ」「はい、お待ちしています」なれない………。「それじゃあまた……」「あ、あの……!」分かっている筈なのに……。「ど、どうしたんだよ?」「……先程、貴方は自分の心に従うのも一つの手段と言いましたが……」目を丸くしているシオン……私が声を上げたことで驚いているのでしょう。ですが、私にはどうしても聞いておきたいことが……。「その心に従って……『何か』を捨てることになったとして……得るモノは――あるのでしょうか?」シオンの言葉の意味は分かります……。自分で考えて答えを決めろ……そう言う意味なのだろうと。しかし、どうしても聞いておきたい……。曖昧な質問ではあるが……どうしても……。「……そんなの、その時次第だろ?何を失い、何を得るか……そんなのは人それぞれだ」「……そうですか」「…まぁ、もっとも……『俺』なら大歓迎で『そいつ』を受け入れるがな」………っ!?「……で、結局この例題って何だったんだ?」「いえ……聞いてみたかっただけですので……」「そっか。んじゃ、本当にそろそろ行くわ……じゃあ、またな?」「ハイ、また…」こうしてシオンは去って行った。……私の答えは得た。もう、迷いません……。嘘つき人形だとしても……嘘つき人形だから、欲が出る。なら、私は高望みかも知れませんが……あがいてみせます。『人』になる為に……。*********……ったく、あんな必死な眼で見られたら……。結局、誘導するような言い方をしちまった……。ちなみに……直後にすっとぼけたのはヒゲ対策だ。十中八九、ヒゲが覗き見していたのは間違いないだろうからな……。鈍感な愚か者を演出しといたのさ。まぁ、普通はあんなのに騙されるか疑問だが……クソヒゲは他者を見下しているからな……なら、上手く引っ掛かってくれる可能性も――無きにしもあらず。まぁ、どんな答えを出すかは……結局の所、イリス次第なんだよな。そんなことを考えながら、俺は集合場所に急いだ。そうしたら案の定、皆は先に集まっていた。「も〜、遅いよシオンさん!」「悪い悪い、待たせちまったな」ティピにぷんすかぷん!と、怒られたが……別段、本気で怒っている訳では無い様なので、少し安心した。***********で、テレポートでローランディアに帰還。文官さんに次の休暇先を申請……帰宅したのだった。就寝時間……ちょっとした事件が起きた。「ちょ……カレン、さん?」「シオン……さん」ただいま、カレンに絶賛押し倒され中にございます。……何故に?事の発端は、就寝の際にカレンが尋ねて来たことだ。何でも、一緒に寝たいらしい……。まぁ、それは何回かあったことだし、理性がヤバイが……それは俺が我慢すれば良いだけのこと。そう思って部屋に通したら、いきなり抱き着かれ……押し倒された。突然のことだったので、不覚にも対処出来ず……現在に至ると。「シオンさん……私……」「カレン……もちつけ……もとい、落ち着け!なんか色々とヤバ気な眼をしているぞ!?」「私……もう、我慢出来ないんです……約束も守れない悪い子です……けど――我慢出来ないんです……」大切なことなので二度言ったんですね分かります………とか、言ってる場合じゃねえぇぇぇっ!!?ヤバイ!?俺様の貞操の危機!?カレンは頬を上気させ、赤くし……眼もトローンとした眼で……。息遣いも若干荒い………って!?反応すんな息子よおおぉぉ!?マイガメラを戒めつつ、俺はこの状況の打開策を考える。まさか、カレンがこんな強行策に出るとは……。「……もし、嫌なら……振りほどいて貰っても構いませんから……」それは……卑怯な言い方だろう。そんな言い方をされたら、拒めないじゃないか……。「〜〜〜〜〜〜っ!!」ギュッ!!「きゃっ!?」俺は意を決してカレンを抱き寄せた。抱き合う形になった俺達は、ピッタリと密着しているわけで。「あ、あああああの…こ、コレって…!?」つまり、俺にはカレンの胸とかが押し付けられる形になり……カレンには俺のガメラが……これ以上は言えん。「……分かったか?俺だって我慢するのは辛い……本音は今直ぐにでもカレンを目茶苦茶にしてやりたい位だ……けど、此処まで通した意地なんだ……最後まで通したい」正直、いつ暴走モードに突入するか分からない。それ処か、覚醒モードに移行してしまうかも知れない……けれど、俺はジッと我慢する。「何をそんなに焦ってるんだ?」互いに両想いになって半年近く……関係を急ぐことも無いだろうに……。「夢を……見たんです」「夢……?」「シオンさんが……居なくなってしまう夢……」カレンの話を聞くと、本当は昨夜に俺の部屋を襲撃するつもりだったらしく、その時はただ一緒に寝るだけのつもりだったらしい。「あ、その……期待が無かったわけじゃあ……無かったですケド……」………あ〜〜、それは一旦置いておこう。で、結局は妄想に耽っていたら、いつの間にか寝てしまったらしい……。で、そこで見た夢が……。「……俺が居なくなる夢だったと?」「その時は、ハッキリとした形では無かったんです……漠然とした不安だけで……けれど、さっき見た夢で……」カレンが言うには、俺が居なくなる夢を見たんだそうな……。「……夢の中のシオンさん、最後にこっちを振り向いて微笑んで……そのまま暗闇の中へ……私、怖くなって……それで……シオンさんに離れて行って欲しくなく……て……」段々と身体が震え、涙が零れそうになってくるカレン。俺はそんなカレンをギュッと抱きしめ、優しく髪を梳いてやる。「あ……」「馬鹿だなぁ……俺がカレン達の前から居なくなったりするかよ……ずっと、側に居るさ」「本当……ですか?」「おう!男に二言は無いぜ!!」ニカッ!っと、俺は自身に出来る最高の笑みを浮かべる。それを見てカレンの震えが治まり、涙を拭った……。「約束……ですよ?」「ああ、任せとけって」しっかし、カレンがそんな夢を見るとは……予知夢……というわけでは無いだろうが……。以前、離れ離れになったことを気にしているんだろうか?また、俺が何処かに自分を残して旅立ってしまうと?夢ってのは、その心理状況が大きく出るらしいからな……。カーマインやラルフのそれは例外ね?しかし、そうなると……俺ってあんまり信用されていない?それは結構ショックなんだが……。「まぁ……今日は一緒に寝るから……それで勘弁してくれない?」「……分かりました。今日はそれで我慢してあげます♪」クスッ……と笑われてしまう。むぅ……我が息子の我が儘ぶりを知られたからか……俺の気持ちを再確認したからか……。まぁ、真っ赤になってるけどな……カレン。よっぽど恥ずかしいんだろうさ。カレンが笑顔になったんだし……それで良いんだがな。「……おやすみなさい、シオンさん」「……あぁ、おやすみカレン」こうして俺達は眠りについた。どうやら、カレンが悪夢にうなされることは無かった様だ……。 そんなこんなで翌日……俺達は次の休暇先へ向かうことに。**********休暇三日目・観光地コムスプリングス早速テレポートで飛んで来た俺達は、それぞれに散って行った。まぁ、ウォレス辺りは温泉にでも行っているんだろうが……。「さて、俺はどうするか……」せっかくだし、温泉にでも入るかな?ん……?アレは?「ラルフと……ゼノス?」何やら二人が見ているのは、露店商の様だ。「何やってるんだ二人とも?」「あ、シオン……いや、珍しい物が売っていてさ」「それが中々美味そうでな」ラルフとゼノスが言う……美味そうってことは食べ物か?俺は露店商の売り物を良く見る。茶色い饅頭と卵だ……。「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ここにあるのはただの饅頭と卵じゃあない!!ここ、温泉街であるコムスプリングスで無ければ食べられない……その名も」「へぇ〜……温泉饅頭と温泉卵じゃないか」「ありゃ、お客さんご存知で?そうなんですよ!今のご時世、温泉だけが売りじゃあ弱いってんで、街興しの一環でね。露店で評判が良ければ名産品にしようってね?」俺の一言に反応して、商人のオッサンが嬉しそうに話す。しかしこの世界に来て、温泉饅頭と温泉卵に巡り逢えるとは……まぁ、日本に近い文化を持つ国が東にあるらしいからな……不思議では無いか。「じゃあ、温泉饅頭を三つ……卵を五つくれ」「まいどありぃ!」そう言って8エルムと交換に温泉饅頭三つと、温泉卵五つを受け取る。ちなみに温泉卵はちゃんと袋に入れてくれた。「ほい、二人とも」俺はラルフとゼノスに温泉饅頭を一つずつ渡す。「え……良いのかい?」「興味があるなら食べた方が良いだろう……美味いぞ?」「んじゃあ、遠慮なく……」ラルフは少々遠慮がちだったが、ゼノスは奨められるがままに饅頭を口にする。俺もまず一口……。「お、イケるじゃねぇか」「うむ、完璧な温泉饅頭だ」外の薄皮はつるりとテカり、それに噛り付くとふんわりとした生地から微かに香る黒糖の匂い……そしてこしあんの濃厚だが、しつこくない甘味……完璧だ。「うん、コレ美味しいよ」ラルフもご満悦の様だ。「コレはあんたが考えついたのかい?」「うんにゃ、俺じゃない。旅の人に教えて貰ったのさ『せっかくの温泉街なんだから、やってみたらどうだ?』ってな」ゼノスの問いに答える商人。これを知ってるってことは東方の人か、その技術を学んだ料理人でも尋ねて来たのかな?「良いんじゃないですか?これは街の名産品としては最適ですよ」ラルフは商人としての観点からの言葉なんだろうな……。「ありがとう。あと、温泉宿で試験的に温泉湯豆腐というモノを出しているから、暇なら寄ってみると良い」「温泉……ユドウフ?」「湯豆腐ってのは、読んで字の如く、湯で煮込んだ豆腐のことだ。正確にはただの湯じゃなくて、昆布ダシなんかを使ったダシ汁なんだがな」クエスチョンマークを浮かべるラルフに説明するゼノス……よく湯豆腐のことを知ってるな……って、そうじゃなく!温泉湯豆腐だと……今のご時世にそんな発想が出来る奴が居たのか……?俺は以前、温泉湯豆腐というのを漫画の中で見たことがある。そう、かの有名な漫画本……美味し○ぼだ。実際にはお目に掛かったことは無いが……疑問に思う。そういう元ネタを知らずに、温泉で豆腐を調理する……なんて発想が出来るモノなのだろうか?……きっとその発想をした人は天才なんだろう。まぁ、本当に東方の人が訪れたのかも知れないが。「ちなみに、そのアイディアをくれた人って、どんな人だったんです?」「おお、よく覚えてるよ……確か青髪の男で、剣を二つ持ってたから……多分、剣士じゃねぇかなぁ?」青髪の……二刀を持つ……剣士?何だろう……何かが引っ掛かる……。まさか…………いや、それは無い。奴が存在しないことは確認済みの筈だ……。俺は疑念を振り払い、気になった温泉湯豆腐を食いに行った。勿論、ラルフとゼノスも一緒だ。で、温泉宿に入ると、カーマインとウォレス……それにティピも居たので、一緒にお誘いしました。結論、温泉湯豆腐は間違い無く温泉湯豆腐だった。形が崩れた豆腐……真っ白な汁……もう文句無しだ。皆、宿の人の説明があったからか、真っ白な汁を牛乳と勘違いすることもなく、温泉湯豆腐を美味しく戴いた。ついでに買っておいた温泉卵も。ティピなど、1番がっついていたくらいだ。「それにしても温泉の成分か……」「正に、温泉でしか食べれないモノ……だね♪」「ふむ……思わず酒が欲しくなるな……」「そうだな……こういうのを食ってると、一杯やりたくなるねぇ〜」「ハハハ……でも本当に美味しいですよ」ちなみに、上からカーマイン、ティピ、ウォレス、ゼノス、ラルフ……だ。「あれ?シオンさん、美味しくないの?」「いや、そんなこと無いぞ?」「だって……何か難しい顔をしてたから」「?そうか?気のせいじゃないか?」「??そうなのかな?」ふぅ……危ない危ない……顔に出ていたか。いや、確かに温泉湯豆腐は美味い。向こうに存在し、それでいて食えなかった物が食えるという事実に、一種の感動を覚えたのも確かだ。………だが、俺の脳裏には……先程聞いた青髪の双剣士の影がちらつく。何か……何かを見落としていないか?勘違いを……重大な勘違いをしてはいないか……?そうこうする内に、集合時間となり、俺達は街の入口に集まる。そしてテレポートでローランディアへ帰還。休暇の終了を報告し、帰路についた。その後、夕食をとる。その際に今日の休暇をどう過ごしたかという話になった。そういえば女性陣は何をしていたのか……。少し気になるな。カレンとリビエラ、ルイセはウィンドウショッピング。ミーシャはアリオストと話をしていたらしい。アリオスト……頑張っているんだな……。その後、シャワーを軽く浴びた俺は、部屋に戻り就寝した……。脳裏に過ぎる……漠然とした不安の影を拭い去れぬままに……。