入院と言うものは、得てして退屈なものだ。
一方通行と上条との戦いを経て大きく損傷した俺の体は、1週間の入院を余儀なくさせた。
いや、一方通行の攻撃を受けて死なずに一週間の入院で済んだのは僥倖と言うべきか。
そもそも、天使としての力を受けていなければ入院などでは済まず、今頃初七日の法事を済ませて骨壺に収まっていたことだろう。
「右腕の複雑骨折に肝臓、小腸の損傷、果ては首の鞭打ち。君の友達が一回に負う傷よりも重症だね?」
君はいっぺんにつけが回ってくるタイプだね? と蛙顔の医者はまるでからかう様に言っていた。
それほど重症であったのかと驚く反面、あっさりとその重症を治してしまえるあの医者は何なのか? と疑問に思った。
そして、最初の意見に戻るのだが、することがないと言うのは本当に退屈だ。
携帯はもちろん、ネットが出来る環境でもないので本を読んだりするしか退屈を紛らわせる手段がない。
もう、こうなったら自分の持てる妄想力でもってオナニーするしかない。
「いや、流石にそれはひくぜよ。と言うか、せめてトイレの個室でやってくることをお勧めするぜぃ」
「黙れ、シスコン。てめえの意見は聞いてねぇ」
俺は不意に聞こえてきた不快な声に眉を顰めると共に、思わずそう吐き捨てた。
すると、傷ついたにゃーなどと言いながら、金髪の軽薄そうな顔をした奴が俺のベッドの傍らに現れる。
その男の名は土御門 元春。一応、俺の部屋の隣に住む住人で義妹に欲情している変態だ。
もちろん、友達だけど俺的には大嫌いだ。
だから、俺は突き刺さりそうなほど剣呑な視線を土御門に向けながら口を開く。
「なんの用だ糞ったれ。さっさとそれを済ませて帰れ。むしろ、今すぐ帰れ。オナニーの邪魔だ」
「…いつもながら、本当に邪険にしてくれるぜぃ。せっかく親友が見舞いに来たってのに」
「知ってるか? いつか必ず裏切る奴って言うのは、親友とは呼べないんだぜ?」
俺がそう言うと、土御門はどこかバツの悪そうな顔になりながら頭を掻く。
俺がこいつを友とカウントしていないのは、何を隠そうこの糞野郎が自分の目的のためならば何でも使うと言う精神であるからだ。
それこそ、親友と呼べる存在さえも自分の最も大切なモノの為なら容易く切り捨てる。
そんな最低な野郎なのだ、こいつは。
もっとも、俺も自分の大切な人のためならば誰でも切り捨てるので人のことは言えない。
この嫌悪感は、ただの同族嫌悪と言う奴なんだろう。
ともあれ、俺はこの歓迎すべきではない見舞客に早々に退散を願う。
「良いから、はやく要件を言え」
「……少し調子に乗り過ぎたな『未元物質(ダークマター)』。ネットで今話題になってるぜ? お前と上やんが『一方通行(学園都市最強)』を倒したってな」
その言葉を聞いて、俺は表情をさらに険しくした。
流石に楽観的な俺とは言え、その情報が流れているということの本当の意味に気が付いている。
あの事件は『統括理事会』が直々に収めたはずで、どのような経緯であろうとその情報が外部にもたらされるはずがない。
考えられるとすれば、それは『統括理事会』がわざともらしたか、『実験』の研究員で学園都市に反感を持っている奴が情報をリークしたかだ。
『統括理事会』が漏らしたとしたら、俺と上条は確実に学園都市の闇へと消し去られる。
それは、俺もその可能性を考慮してあるので、そこまでの驚きはない。
しかし、『実験』から裏切り者が出ているとしたら、それは……
学園都市が破綻し始めているということだ。
ゾクリと悪寒が俺を襲う。
俺達能力者は、本来学園都市と言う籠の中でしか存在できない『人間』だ。
と言うのも、俺たち学園都市の生徒は能力レベルに関係なく特殊な投薬や時間割(カリキュラム)を行う事で脳を開発している。
もし、仮に何の処置もしないで外に出たとしたら、一瞬の内にどこかの研究室にさらわれて解剖されて貴重なサンプルとして保管されることになる。
また、一般社会においても『能力者』というのは普通の人間よりも力を持っている存在、言葉は汚くなるが『化け物』だ。
強すぎる力を持つ存在は社会において排斥される。それは、俺達能力者にも当てはまるのだ。
力を持つがゆえに恐れられ、攻撃される。
悲しいかな、それは学園都市の卒業生が『一人も』外の企業に入社出来ないことからも容易く想像できてしまう。
だから、俺は学園都市の闇なんかよりも学園都市の崩壊を恐れる。
この街は、正しく俺達『能力者』200万人にとっての楽園なのだから。
俺の反応に満足したのか、土御門は酷薄に笑いながら背中を向けた。
「………………」
「真のハッピーエンドを得られるのは、『主人公』だけなんだよ。RPGしかり、エロゲしかり」
「…うるせぇ、さっさと帰っちまえ」
俺はその背中に枕を投げつけて退出を促すと、土御門は声を上げながら去って行った。
それを見送りながら、俺はギリリと唇を噛んで目を閉じる。
現在の状況はほぼ積んでいると言っても過言ではない。
そもそも、学園都市と言う俺達が決して失ってはいけない場所の最も暴力的な力を持つ闇の部分が、現在俺達に目をつけているのだ。
それに加えて、学園都市もほころびを見せ始めている。
まあ、今は一研究員が裏切った程度だが、それでも裏切りを許してしまったということは後々決定的な打撃となって帰ってくるだろう。
どこを見ても絶望。
そもそも、こんな問題は俺なんかが考えても仕方がないことなのだ。
だから、今は扉の向こうから漂ってきたフレーバーな香りに飛びつくことだけを考えよう。
その瞬間、がらりという音と共に開けられたドアに向けて俺は突貫を開始する。
え? 別の人が入ってきたらどうするんだって?
大丈夫! 俺の鼻で美琴ちゃんの柑橘類系の匂いをキャッチしたから、間違いがない!!
そして、俺はルパンダイブを敢行しながら思いっきり叫んだ。
「美琴ちゃん!! 愛している!!」
「きゃっ!?」
俺の体がちょうど扉を開けた『美琴ちゃん』にぶつかり、彼女を押し倒すようにして地面に着地をする。
俺はそのまま胸に体を埋めようとして、真っ赤になっているであろう『美琴ちゃん』を見て固まった。
何故なら、そこには真っ白い彼女がいたのだから。
「……え、なんで一方通行がここに?」
そう、俺の腕の下で顔を真っ赤にして固まっていたのは他でもない一方通行こと、鈴科 百合子であった。
どうやら、以前とシャンプーを変えたようだ。そのため、俺の美琴ちゃんレーダーが誤認してしまったようだ。
俺は、何となく嫌な汗をかきながら謝りながら、ノロノロと体を起こそうとする。
「あ、あははは、ごめんねー。僕ちゃん間違えっちった……」
「ううん、計画通りだから」
しかし、俺が体を起こしきる前に一方通行は『ありえない動き』で俺との体勢を入れ替えると、馬乗りの姿勢になる。
「なっ!?」
「クスクス、馬鹿だね。自分から食べられに来てくれるなんて」
そう言いながら、彼女は妖艶に笑いながら俺の顔に自身の顔を近づけていく。
「ちょっ!? 一方通行さん!?」
「百合子って呼んで」
「え、いや、百合子さん? と、とりあえず退いていただけませんか? 起き上がれな…」
い、と俺が言う前に彼女の唇が俺のそれと重なった。
効果音としては、ずきゅーーん!! だろうか?
とりあえず、何が起こったのか理解できなかった俺の思考は停止し、何も考えられずに真っ白に塗りつぶされていく。
次いで、俺の口腔内を何かが蠢くように侵入し、俺の舌をからめ取っていく。
いやらしい音と共に、何かと俺の舌は激しく絡み合った。
俺はここにきて、ようやく一方通行にキスされているのだと気がついた。
同時に何とかその腕の中から逃げ出そうともがき、何故か反射を使っていない一方通行を押しのける。
「ぷはっ!?」
「げほっ、げほっ!? な、何しやがる!?」
こ、この野郎、俺の美琴ちゃん専用の唇を貪りやがって!
し、しかも舌を入れてきやがりましたよ!? 美琴ちゃんとさえディープキスはまだなのに!?
一方通行は上気した頬を赤く染めて、どこか照れくさそうに口を開いた。
「何って…べろちゅー?」
「ふざけんな! なんてことしやがる!?」
「あれ? もしかして、ディープなのは初めて?」
意外そうな一方通行の言葉に、俺はブチリと脳みその血管がはちきれそうになる。
「ふざけんな! いつも妄想の中で美琴ちゃんとしてるわ!!」
「…本当にまだだったんだ。…………これなら、まだチャンスはあるかな」
俺の怒りをよそに一方通行はそう呟くと、起き上りかけていた俺に再びベクトル操作をして押し倒す。
今度は、逃がさないように俺の両手を片手で持ってがっしりと押さえつけた。
「ちょっ!?」
「大丈夫、すごく気持ちいいから。あなたの生体電流の全ベクトルを快楽に固定するだけ。
気持ち良すぎて気絶しちゃうかもだけど、良いよね?」
「おまっ、ふざけ…」
俺がなんとか逃げ出そうともがいても、ベクトルを固定されてしまっているので逃げられない。
そうこうしている間に一方通行の顔は少しづつ近づいて行き…
「あんたら、何してんのよー!!!!」
横から繰り出されたソバットによって俺が蹴り飛ばされ、引き離される。
「うぐぉぉぉぉおおおお」
俺は突然の衝撃によって再びボキリと嫌な音が鳴った体を縮めながら、その声の主を見る。
それは言うまでもなく、俺の最愛の美琴ちゃんで彼女は何やら怒って一方通行に捲し立てていた。
「あんたねぇ!? 人の男を堂々と寝とろうとしないでくれない!?」
「隙を見せる方が悪いのよ」
「私が遅れたのは、あんたが私の目の前で小さな子供の足をひっかけて泣かせたから、慰めてたからでしょうが!!」
「あら? 言いがかりも良いところだわ。あの子は、たまたま私の足にぶつかって、たまたま転んでしまっただけ。
私は別に何もしてないわ」
「こんの、屁理屈を……」
「それと、病院内であまりビリビリしない方が良いんじゃない? 一応、ここは重症患者の部屋よ?」
「その重症患者を押し倒していたのは、どこのどいつよ!!??」
俺は、美琴ちゃんと一方通行の言い争いを半ば茫然としながら聞いていた。
なんだ、この二人はいつからこんなに仲が良くなった?
と言うか、一方通行となんで普通に会話してんの美琴ちゃん?
俺がそう思っていると、不意に頭の後ろでガチャリと言う音がした。
次いで、ごつりと俺の後頭部に何か硬いモノが充てられる感触がする。
俺は恐る恐る振り返ると、そこには無表情な美琴ちゃんと同じ顔をした妹ちゃんがいた。
「は、はぁい」
「とりあえず、死ねとミサカはお姉様見てないうちに計画を実行します」
「…ちなみに、どんな計画?」
「引き金を引いて貴方を殺し、悲しむあの人慰めて恋人関係になると言う壮大な計画です、とミサカは全ミサカを代表して胸を張って答えます」
彼女はその手に無骨な大型拳銃を手にしていながら、それを俺へと向けていた。
ちなみに、その指は今にも引き金を引きそうである。
「ちょっ、おちついて…」
「じゃあ、死んでくださいとミサカは微笑みながら引き金を引きます」
そして、彼女は呼吸をするかのように自然と引き金を引いた。
かのように見えたが、その直前横合いから伸びてきた美琴ちゃんの手によってそれを阻害された。
「はい、ストップ。とりあえず見舞いに来たんだから、あんたら大人しくしてなさい」
「…その見舞い相手を蹴り飛ばしたのは、どこの誰だったかとミサカは御姉様に白い眼をむけます」
「私は良いの。アレは私のだから」
美琴ちゃんはそう言うと、倒れている俺にそっと微笑みかけた。
「で、あんたは元気だった?」
―――――――――――――――――――――――――――――――
取りあえず美琴ちゃんがお見舞いに持って来てくれたケーキを食べながら、俺はなんとも気まずい思いをしていた。
その原因は、俺のベッドの傍らに座る三人の女性が発する空気。
妹ちゃんなんてあからさまに敵意に満ちた目で俺を見ているし、美琴ちゃんと一方通行も無言で殺気を飛ばし合っている。
あれ? おかしいな。なんで、こんなことになったんだろう?
あの後、とりあえず妹ちゃんたちを全員ぶっ飛ばした美琴ちゃんは、いつの間にか気絶していた俺を病院に連れて行ってくれた。
俺はそこで重傷と告げられてしばらくの入院を余儀なくされたのだが、美琴ちゃんはその翌日から見舞いに来てくれた。
ふてくされた妹ちゃんの一人を伴いながら。
そこで、始めに行われたのは妹ちゃんの全く誠意のこもっていない謝罪からだった。
『とりあえず、ごめんなさいとミサカは形だけ謝ります』
そう言った彼女は、俺が悲しいという感情を植え付けたのがよっぽど気に入らなかったのか、それから会うたびに俺を殺そうとしている。
しかも、途中で上条と何かあったのか、いつの間にかあの馬鹿に懐いていた。
次に一方通行だが、こいつは何を考えているのかよく分からない。
いや、正確には理解したくないだけだ。
と言うのも、アレからこいつは事あるごとに俺を性的な意味で襲おうとしている。
なんでも、既成事実を作ろうとしているらしいのだが、取りあえずは本人を前にして言う言葉じゃないと思う。
そして、俺を連れてきた美琴ちゃんは毎日見舞いに来て甲斐甲斐しく世話をやいてくれている。
まあ、何と言うか。
好きな者同士ですから、自分たち!!!!
いやぁ、悪いね。全世界の男性諸君!
僕は晴れて最高の彼女を手に入れることになりました!!
……なんて、現実は甘くない。
美琴ちゃんは世話を焼いてくれるのだが、その都度一方通行が邪魔をし、妹ちゃんが俺を殺そうとするからアレからなんの進展もない。
ちくしょう、こんなことならキスされたあの時に押し倒しておけば良かった。
まあ、要するに何が言いたいのかと言うと、今見たいな針のむしろ状態が続くのはつらいと言う事さ。
俺は死にそうなぐらい張りつめた空気を緩和させるために取りあえずケーキを食べ終えると、美琴ちゃんに微笑みかけた。
「ごちそうさま、おいしかったよ。ありがとう、美琴ちゃん」
「別に、これぐらい当然よ」
「いやいや、流石気遣いの美琴ちゃんだ。彼氏として、鼻が高いですよ」
俺がそう口にした瞬間、美琴ちゃんの隣の一方通行から濃密な殺気が放たれる。
一方、美琴ちゃんは照れているのか顔を真っ赤にさせていた。
「あ、う…あんたは、臆面もなくそう言う事を……」
「とりあえず、お世辞をチャラ男は死ねとミサカは心の中で呪詛を吐きます」
「…………」
何やら、先ほどより空気が悪くなった気がする。
と言うか、一方通行の凄まじい視線がさりげなく顔を赤くしつつも見下すような視線を送った美琴ちゃんに注がれている。
あー、まあ、俺は上条ほど鈍感ではないから分かるけど、これはアレかな? 修羅場と言う奴かな?
額からだらだらと嫌な冷や汗が流れおちるのを感じながら、俺はそろそろこの空気に耐えきれなくなってきたのを感じた。
と言うか、病人の前で修羅場を形成しないでください、お願いだから!!
「あ、あはははー、ごめん、ちょっとトイレ!」
俺はそう大声で言うと、そのままベッドから逃げるように立ち上がり美琴ちゃんの制止を振り切って病室を出る。
そして、病室を出た瞬間に俺は駆け出して一気に屋上を目指す。
兎にも角にも、屋上で新鮮な空気を吸って気分をリフレッシュしたかった。
息を切らせて走っていると、途中で看護婦さんに怒鳴られた。
「ごらぁぁぁぁああああああ!! 廊下を走ってんじゃねぇぇええええ!!」
「すんませーん!!」
ゴリラのようにたくましい腕を持った白衣の天使は、怒鳴りこそすれ、俺を追いかけて走って追いかけて来るようなことはしなかった。
そうこうしている内に、俺は屋上への階段に辿り着き、勢いよくその扉を開け放った。
同時に一気に開ける視界。
待ち望んでいた新鮮な風が、額に残っていた冷や汗を乾かしていく。
その風は、同時に屋上中に干してあった真っ白なシーツを押しのけるように、俺に屋上の手すりまでの道を開いた。
だが、俺は歩きだすこともできずにその手すりへの道の最奥に佇む人影を見つめる。
抜けるような夏の青空。
それを背景に佇んでいたのは、俺の親友であった。
「よう、そんなに慌ててどうかしたか?」
そう、そこに立っていたのは他でもない上条 当麻で、俺はそのあまりに気軽な様子に言葉を失う。
毎日のように見舞いに来てくれた美琴ちゃんとは対照的に、上条は俺が入院してから一度も見舞いに来てくれなかった。
ソレを薄情だとは言うつもりはない。
何故なら、俺は必死に救おうとしてくれた上条に向って沢山酷いことを言った。
俺たちの友情に泥を塗りつけた。
だから、本当は俺は上条には合う資格なんてないのだ。
だと言うのに、上条はいつものように笑っていた。
それが当たり前なのだとでも言うかのように、俺に笑いかけてくれていたのだ。
俺はフラフラとした足取りで、上条の傍らまで歩いて行く。
上条は、手すりに寄りかかりながらそんな俺を見つめていた。
「……具合は、もう良いのか?」
「…まあ、走れるぐらいには回復してる」
俺を気遣うような表情に、心が鋭い悲鳴を上げるのを感じながら、俺は取りあえずそう返した。
上条は、そうかと笑うと俺を見つめながらぽつりと呟いた。
「なあ、帝督。俺って、ダメなやつだな」
そう告げる声は、少しだけ悲しみに彩られていて、俺の心に深く突き刺さる。
「俺は、お前を助けようとした。でも、結局お前を助けたのは御坂さんで、俺はお前を傷つけただけだった」
「そんな事…!!」
俺は否定の言葉を紡いで、上条の言葉を遮った。
だって、俺は上条のそんな言葉なんて聞きたくなかったから。
「そんな事、ない。お前だって、俺に手を差し出してくれたじゃないか! それを、それを拒絶したのは、俺の弱さだ!!」
「…俺はな、帝督。あんな、お前ばっかりが苦しまなきゃいけない終わりなんて、嫌だったんだ。ただ、それだけだったんだ。
だから、ごめんな。お前の気持も考えないで、勝手な真似して」
その謝罪に、俺は言葉に詰まり熱い雫が目から零れ落ちるのを感じた。
「俺も、俺も、ごめん。酷いこと言って、お前を傷つけて、ごめんなさい」
それから、俺は泣いた。
ひたすらに、上条に謝りながら。
上条は、ただそれに頷きながら傍に居てくれた。
こうして、長かった夏休みは終わりに向かう。
嵐のように激しく、日常を変えたこの夏を俺は忘れることはないだろう。
そう、傍らに彼らが居てくれる限り、俺は忘れることはないのだ。
「…どうかしたの?」
「え?」
「なんか、嬉しそうだけど?」
「…秘密。それより、一方通行と妹ちゃんは?」
「帰らせたわ。流石に、これ以上騒ぐ訳にはいかないからね」
「そっか、ならさ俺は君に伝えたいことがあるんだ」
「何よ?」
「愛してるよ、美琴ちゃん」
――――――――――――――――――――――――
窓のないビル。
その中の巨大なビーカーのような生命維持装置の中でアレイスター・クロウリーは、誰とも知れぬ誰かに語りかけていた。
「そうだ。『この中』にもアレの能力は届いていた」
「……ああ、間違いない。予定外ではあるが、好都合だ。欠陥電気たちも定数通り残った。計画に問題はない。
もちろん、問題も残ってはいる。アレの登場による幻想殺しの成長不足や、アレ自身の制御などな」
「………言っただろう、計画に問題はないと。幻想殺しの成長は、まだまだ修正可能ではあるし、アレの制御には『心理定規』を使えば良いだけだ。
ただ、『心理定規』は完成間近とはいえ、もう少し時間が欲しい。そこで、だ。幻想殺しもろとも、アレを外に一時的に追い出す。
その間に『心理定規』を完成させる。
…………ああ、分かっているとも。久方ぶりに思い出した感情だ。流されてみるのも悪くはない」
そう言ったアレイスターは、低い笑い声を発する。
それは、誰も存在しない窓のないビルの中で響くことなく、壁に音を吸収されて消えた。
あとがき
どうも、地雷です。まずは、更新が遅くなってしまったことを深くお詫びさせていただきます。
申し訳ありませんでした。
とりあえず、今話で持って『とあるメルヘンの未元物質』の第三章を終わらせていただきます。
第二章から続いていた一方通行編が一応の解決となり、私が改悪した垣根 帝督という存在のネタばらしも終了しました。
とは言え、自分では練ったプロトが原作の設定を時々大きく離れてしまうわ、中二病が暴走するわで反省するべき点が多かったと考えています。
自分の物書きとしての未熟さが露呈したとも言えます。実にお恥ずかしい限りでした。
第二章、第三章は一応完全に垣根 帝督を主人公、いわゆるオリ主というポジションに持って来てみました。
正直に言いまして、主人公とは強くなってしかるべき存在であり、どれほど強い敵であっても乗り越えていく存在です。
それに伴い、私の作品の垣根 帝督は一般的にチートオリ主と呼ばれるものに含まれる感じになってしまいました。
私としては、そうなってしまうのも仕方がないのかなとも思いましたが、恐らくは大多数の読者様が考えていた常に変態でいる垣根 帝督とはかけ離れた存在だなとも思います。
本来は帝督と言う存在が弱いまま、その変態性で一方通行を圧倒出来ることがこの作品の正しい筋道であったのではとも考えますが、如何せん私に才能がないためにそれを実現することが
できませんでした。数ある心残りで、それが最も大きいです。
さて、続く第四章なのですが以上のようなことを踏まえまして、これ以上手を出すべきではないとも考えましたが、取りあえず少し時間を置かせていただくために、休載しようと考えてお
ります。
ですので、誠に勝手ながら今話を持ちまして最終回とさせていただきます。
今までご愛読くださった皆様、本当にありがとうございました。
恐らくは自身の執筆技術向上の為に別作品を投稿することと思いますので、見かけたら覗いてやってください。
そして、私が再び自身を持って皆様にお見せできるような『とあるメルヘンの未元物質』が出来たのなら、更新させていただきますのでそちらの方もどうかよろしくお願いします。
最後まで図々しくもお願いばかりになってしまいましたが、ここまで未熟な私がやってこれたのは一重に読者の皆様のお陰です。
重ねてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。