取りあえず、俺はまずは汚れたパンツをどうにかする事から始めることにした。
ん? 第六学区? 無理無理、あそこにはコンビニはないからね。
またの機会に行くことにしよう。
「ありがとうございましたー」
店員のお姉さんの言葉に押し出される形で店内を後にする。
うん、取りあえずはどこかの物陰でパンツを換えることにしよう。
俺はこそこそと建物の物陰に隠れてまだ包装用のビニールに包まれているパンツを開ける。
そして、取り出したるは真っ白なブリーフ。
…いや、アレだ。ブリーフしかなかったんだからしょうがない。
いくら、普段の俺がトランクス派であっても、こればっかりは仕方がないと言えるだろう。
俺は自分にそう言い訳しながらも誰かに見られる前にパンツを交換する。
そのさなか、俺はさらりと俺の暗い過去を暴露してくれちゃった彼女を思い出す。
濃い化粧。
染められた髪の毛は金髪だった。
……ハッキリ言って覚えがない。だが、同時に予測がついている自分がいる。
もしかしなくとも、彼女は俺と同じ研究所にいた実験体(モルモット)なのだろう。
まあ、俺が当時いた場所は人体の精神に影響が与えられることから、『念話能力(テレパス)』系の部署であった。
先ほどの少女も恐らくは『念話能力者』であることから、ほぼ間違いがないだろう。
と、なるとあの全然旨くない病人食のようなペースト状の飯を一緒に食べた子供たちの中に彼女はいたのだろう。
「…懐かしいなー」
いや、本当に。
もしかしたら、彼女は俺があの場所を壊滅させた後でどこか別の研究所に引き取られたのかもしれない。
あー、そりゃあ可愛そうに。うん、あんだけ可愛けりゃどこのうちの学校だったら滅茶苦茶チヤホヤされたことだろうに。
と、そんな事を考えている内に着替えが完了。
あの子には『忠告』されたけど、そんなもの聞く訳ないから。
俺は、一に美琴ちゃんと上条、二に美琴ちゃんと上条、三に美琴ちゃんと上条だから!
俺は自分の着替え終わったパンツをそっと傍らの植え込みの地面に埋めながら、思考する。
第六学区は今回は諦めるとして、次の候補としては…
ガシャン!!
突然背後から聞こえた物音。
それにビックリした俺は慌てて後ろを振り向いた。
すると、そこには黒猫が一匹。
「にゃー」
「なんだ、猫か。ビビらせるなよなー」
そうは言いつつも、心臓がバクバクと鳴っている俺は、そのままズルズルと壁伝いに腰を落とす。
なんだか、出鼻をくじかれた気分だ。
腹いせに、このぬこを弄ることにしよう。
俺はこちらを不思議そうに見上げる猫にそっと手を伸ばす。
「おい、お前。ちょっとこっちに来るにゃ」
ちなみに、俺はぬこに語りかけるときに猫語になる。
気持ち悪いって言った奴、ちょっと前に出ろ。
「ふしゃー!!(気持ち悪い!!)」
ザシュリと言う擬音がぴったりな爪での一撃。
俺が伸ばした手は、ぬこに触る前にぬこのぬこパンチとは言い難い威力を持った攻撃によって防がれた。
なんだか、叫び声に副音声が混じっていた気がするが、気のせいだろう。
それは、ともかく引っ掻かれた部分は切れこそしないものの、真っ赤に腫れあがりだした。
「て、てめぇ。可愛い顔して、意外と猛獣じゃねーか」
「にゃーご(堕落した人間とは違うのだよ)」
こ、このぬこ。やりやがる!?
だけど、そうこられたらこっちも負けてられないね!
「意地があるんだよ、男の子にはー!!」
「フニャーッ!!(見える、見えるぞ!!)」
俺がかけ出した途端、猫もそれに呼応するかのように駆け出した。
俺はその猫を追いかけて走りだす。
すると、猫は小癪にも塀の上に登り華麗に駆け出した。
くそっ! 速い、新型か!?
俺はその後に続きながらも、徐々にその距離を離される。
いや、徐々になんてものじゃない。
すぐに猫は脇道にそれてしまい見えなくなってしまう。
「ちっ、逃がしたか――」
俺は荒い気を吐きながらも、辺りを見回す。
すると、
パンッ!
何かが、弾ける音がした。
side out
地べたにうつぶせで倒れる少女。
乾いた音と共に、彼女が最後の力で放った銃弾は標的へと吸い込まれるように空気と言う壁を割っていく。
だが、同時に彼女は知っていた。
銃弾(そんなもの)で、相手が倒れるはずがないと。
「効かねぇよ」
その声と共に、銃弾が当たったはずの彼女の敵はゆっくりとこちらへと歩みよって来る。
彼女はその体から力が抜けていくのを感じながら、ただぼんやりとその足が自分の傍らに立つのを見る。
別に、これが初めてと言う訳ではない。
もちろん、彼女本人が体験したわけではないが、体験した記憶があるのだから、それは体験したことになると彼女は考えていた。
だから、この次に何があるかも彼女は知っている。
ゆっくりと体が仰向けにされる感覚。
同時に彼女はその敵の腕の中にいた。
「バカ野郎が。オマエは何回殺されてェンだっつのっ」
「ぐ、ガフッ」
苦しい息の中、彼女は自分を抱き上げた敵を、いや少女を見る。
月光を反射し銀に輝くその姿。
彼女は、不覚にもそれを見て美しい、と出来そこないの感情で思った。
本来の彼女なら、そんなことを思うはずがないのに。
そんな中、少女は泣きそうな声で罵詈雑言を吐き出す。
「よェえくせに、なんで毎回毎回逃げねェンだよ。いい加減に、別のこともしてみろってんだよ!」
「すいま、っせ」
「うるせェ。もう楽になっちまえ」
彼女は、謝った。
自分が何に対して謝っているのかも理解できずに、ただその心の奥底から沸き上がる何かを元にして。
だが、少女はその苦しそうな彼女の言葉に、さらに泣きそうな表情になりながらその手を振り上げる。
「ハッ! その顔だけは原型をとどめておいてやるよ。感謝しろ」
そして、少女は彼女がそれ以上何も見なくてもすむように、その目を片手で閉じさせてからもう片方の手を彼女の首筋に宛がう。
その次の瞬間、彼女の首筋がまるで内側から爆発したかのように膨れ上がり、次の瞬間には硬い皮膚すら突き破って真っ赤な血糊を辺りにまき散らした。
少女は知っている。
その殺し方は、本当に一瞬で彼女を殺せると言う事を。
噴き出す血糊は少女へと次々に降りかかるが、その肌や衣服を汚すことは一切なくただ辺りに噴水のように散らばる。
少女はその間、食い入るように血で濡れていく彼女の顔を見つめた。
ただ、その顔を忘れないようにするために。
やがて、血糊の勢いがなくなったころ、少女は静かに立ち上がった。
ソレが意味することは、実験の『終わり』だ。
やがて、この彼女を回収するために彼女が来ることになる。
その前に少女はここを立ち去ろうと考え、それを実行しようとした。
だが、
「美琴、ちゃん?」
一人の少年が、ビルの隙間からあらわれたことによって、それは中止させられる。
その少年を彼女は知っていた。
目つきの悪い顔に派手な髪形。
一見すると、ただの不良のようだが、少女は彼がタダモノではないことを知っていた。
何故なら彼は銃弾すら容易く弾く少女を蹴り飛ばし、久しぶりに痛みを思い起こさせた人物なのだ。
同時に、とても気になる人物でもあった。
だから、少女は彼には、彼だけにはこんな場所を見られたくはなかった。
それでも、彼がその場所で呆然とこちらを見ているのは変わりはない。
少女は諦めるような気分で彼と彼女の延長直線状から下がった。
その途端、彼はもつれそうになりながらも駆け出して、血の池を作った彼女に向っていく。
フラフラと、まるで幽鬼のような足取りで。
少女は知っている。
彼が恐らくはとてつもない勘違いをしていることに。
それでも、少女はその間違いは正さない。
何故なら、少女は知らないから。
彼以外に自分を断罪してくれる存在を。
彼は遂に辿り着く。
血にまみれた彼女の元へ。
そして、その血の池の真ん中で彼は膝をつき、そっと彼女を抱き上げた。
「美琴ちゃん、美琴ちゃん――」
それは彼女の名前ではない。
だが、彼は勘違いしたまま、その名前で彼女を呼ぶ。
「美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美
琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ち
ゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん
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ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃ
ん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美
琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ち
ゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん
美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴
ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃ
ん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美
琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ち
ゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん美琴ちゃん」
何度も、何度も。
やがて、その声は小さくなって震え始める。
その震えが、嗚咽に変わるのに長い時間はかからなかった。
「うっ、くっ」
少女はただ、断罪の時を待つ。
彼が、怒りの刃を自分自身へと向けるその時を。
「ひっ、ぐすっ、うぁぁぁぁ」
次第に大きくなっていく彼の鳴き声をBGMに。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
彼が、叫び始めたその瞬間、彼の背中から音もなく翼が生えた。
可愛らしい、天使の翼が。
いつだったか、少女が彼の能力を見た時にも見せたその翼。
それは、次第に形を保てなくなってきたとでも言うように蜃気楼のように揺れた。
それが、前兆であったのだろう。
直後、彼の背に生えたその翼は次第にその大きさを変えていく。
大きく、大きく。
空を覆い尽くさんばかりに大きく。
ただ、その形は変わらない。
その大きさが変わっただけの巨大な天使の羽。
ふと気がつけば、彼のその頭には天使の輪っかができている。
「――――まるで、天使」
ぽつりとつぶやいた彼女の言葉を聞く者は誰もいない。
いや、正確には一人だけ、いる。
そう、学園都市の中枢に文字通り位置している存在が。
しかし、今この場所で目の前で起こっている事象を直視したのは、少女だけであった。
従って、その音を聞いたのも彼女のみ。
――――Benedictus, qui venit in nomine Domini.
いつの間にか空を半分に割る勢いで巨大化した彼の翼が、一度震えるように羽ばたく。
それと共に、無数の光が地上へと降り注ぎ始める。
光は、彼の翼の羽根。
まるで、雪のように世界に降り注ぐ。
「真夏の雪、か」
ふわりふわりと、まるで実体があるかのように降り注ぐ羽根で自分の目の前に降りてきたものに少女はそっと手を伸ばす。
そして、彼女の手に羽根が舞い降りた時、彼女の頭にたった一つの言葉が浮かんだ。
――――――――悲しい
ポツリ、と雨が降る。
一滴の雫が少女の頬を滑り落ちて大地へと落ちた。
学園都市の天気予報は一日中晴れのはず。
少女は空を仰ぎ見た。
けれども、空は幾つもの羽根が舞っているだけで、その向こうには星空が広がっているだけだ。
どこにも雲など存在しない。
ポツリ、とまた雨が降る。
地面に雫を落とす。
そこで、彼女は初めて気がついた。
これは、雨ではなく、自分の涙なのだと。
風に乗った羽根はいつしか学園都市中に降り注ぎ始める。
建物の中にいる者、外にいる者。
眠っている者、起きている者。
その全てに関係なく降り注ぐ。
そして、学園都市中の人間に強制的に伝えた。
悲しい、と。
それは、窓のないビルにいる『人間』も例外ではなく。
「ぐっ、おおおおおおおおおおお! やめろ、止めろ!! 私の計画(想い)を暴くんじゃない!!!!」
また、病院で眠っていた彼女も例外ではない。
「泣いてんの? 馬鹿」
――――――――主の名によって来る者は、祝福される。
――――――――祝福あれ、同胞(はらから)よ。
その日、空から涙が降ってきた。