――――夜。
すっかり暗闇に呑み込まれた病室で、俺はただ美琴ちゃんの寝顔を見ていた。
医者の診断によると、疲労からくる風邪と言うことで、しばらく安静にしていればすぐに良くなるらしい。
今は、注射を受けて点滴をしながら眠っている。
そんな、彼女を見つめながら、俺は行動に移ることにした。
取り出したるは、携帯電話。
最新型で、超高性能デジタルカメラを内蔵していて、いつぞやどっかのでか乳侍に切断されたモノの補充として買ったモノだ。
因みに、これは以前どっかの若白髪に無理やりアドレスを取られたのとは別モノだ。
また、アドレスとられた奴は、いつ電話がかかってきても良いように持ち歩いてはいる。
…早く、電話掛けてこないかな。
俺はそんな事を考えながら携帯電話の機能でデジタルカメラを選択。
同時にウィーンという機械音と共に画面が真っ暗に切り替わる。
それもそのはず、もう夜で部屋の電気は消しているのだから、フラッシュでも焚かない限り、ただのデジタルカメラでは何も映らないだろう。
そう、ただのデジタルカメラなら。
しかし、学園都市という規格外の場所は普通なんてものは存在しない。
『夜でもくっきり写るんです!』と言うお題目のもと、この携帯のデジタルカメラは赤外線撮影も可能なのだ!
「ふはははははは! 見える! 見えるぞ!!」
俺は赤外線カメラモードの切り換えると、すぐさま連射ボタンを押し続け、やや眉をひそめながら眠る美琴ちゃんを激写する。
上から、下から、前から、後ろから!!
連続して病室に響くシャッター音。
次いで、訪れる静寂。
俺は余すことなく美琴ちゃんを取り終えて、見事にデータフォルダが満杯になったことを確認すると、納刀する侍のように自分のポケットに納める。
これで、『ご褒美』の準備は整った。
頑張ることにしましょうか!
俺はそのまま静かに病室を出る。
病院の夜の廊下は静謐を保っていたが、どこか無気味な印象を俺に与えた。
「お化けでも出てきそうな雰囲気だな」
まあ、今からお化けよりも怖いのに会いに行くつもりなんだけど。
そう、俺はこれから奴に会いに行く。
美琴ちゃんを傷つけ、その体がボロボロになるまで追い詰めたと思われるあの女に。
本当は美琴ちゃんが回復するのを待ってから行こうと思っていた。
だけど、美琴ちゃんが体調を崩してしまうほど無理をしているのは明白、ならばこれ以上彼女に無理をさせるわけにはいかない。
だから、俺は考えた。
一方通行に直接美琴ちゃんに何をしたかを聞きに行けば、早いのではないかと。
うん、我ながら素晴らしい考えだ。
これなら美琴ちゃんの手を煩わせることもないし、スマートだ。
一方通行の野郎が何も言わなかったら、直接メルヘンをかけて自供させれば良いしね。
さて、そうなるとどうやって一方通行のあん畜生をおびきよせるか、だがここで先ほどのご褒美が活きてくるのだ。
俺はそのまま医者や看護婦に見つからないために、病院の二回の窓から能力を使って飛び降りる。
そして、着地と同時に携帯電話を開き、ある番号を呼び出す。
「あー、もしもし? 俺の性奴隷の白井さん?」
『誰が性奴隷ですの!? その節操なしのマッシュルーム切り取りますわよ!?』
「ば、俺はポークピッツだよ! あんなにカリが太くない!!」
『おい、てめえ。今どこだ、マジで命狩りに行きますわ』
「やってみろ、この百合百合娘…っと、お前で遊んでる場合じゃなかった。美琴ちゃんの事なんだけど…」
『そう! それですわ! こちとら、取りたくもねぇ貴方の電話を取ったのは、そのためですのよ!!
さあ、キリキリ吐きなさい!!』
「まあ、結論から言うとただの風邪。今日は一日念のために入院するけど、明日には帰れるってさ。
今は注射と点滴してもらって眠ってる。さっき、ちょっと額に触ったら熱は引いてた」
『そう…本当に良かった』
電話先の相手、白井黒子はそう言うと安心したのか、ゆっくりと息を吐きだした。
うん、こいつはなんだかんだで美琴ちゃんの事を本気で心配しているからなぁ。
…実は美琴ちゃんには、こいつみたいな友達があまりいない。
憧れをもっているやつなんかは大勢いるけど、『友達』というポジションの奴が少ないのだ。
まあ、大かた理由は予想がつくけどね。
ともあれ、取りあえずはこいつにも美琴ちゃんの安否は伝えられた。
そろそろ本題に入ろうか。
「…なあ、白井。風紀委員って学園都市の裏情報って知ってるか?」
『? 何ですの、突然? それは、もちろんいくつか知っていますけど…正直、信憑性は低いですしあまり好ましい情報だけではありませんわよ?』
「…一方通行って、知ってるか?」
『そんなもの、裏情報でもなんでもありませんわ。学園都市序列第一位、最強の能力者ですわね』
「じゃあ、一方通行の住み家は?」
『……あなた、何考えてますの?』
俺が質問を口にすると、白井の声が突然鋭くなった。
当然だ、普段の俺ならそんなこと間違っても聞かないし、聞く意味もない。
第一、学園都市の最強、いや最凶の存在に俺程度の能力者が何の用なのか、なんて想像もつかないだろう。
白井 黒子は大能力者だ。その分、とても頭の回転が速い上、論理立てた思考を得意とする。
そんな彼女をもってしても、俺と一方通行の繋がりなんて想像も出来ないだろう。
俺は、低く笑い声を上げる。
『なんですの? 何を笑っていますの! さっさと答え…』
「いいから教えろよ、白井。知ってんのか、知らねぇのか」
『だから、理由もなく個人の情報を教えるわけにはいきませんわ!
第一、そんなことを知って貴方は何をするつもり…』
「いいから教えろってんだよ!!!!」
ビリビリと、自分の鼓膜までぶちぎれそうな音が響いた。
ああ、やぱり病室を出ていて正解だった。
もし、いたままだったら確実に美琴ちゃんを起こしていたわ。
そして、一拍遅れた後で、白井のどこか震えた声が聞こえる。
『……怒鳴られたって、教えませんわ』
「…分かった、ならこうしよう。実は、今美琴ちゃんの入院着で睡眠しているベリープリチーな写真が限界まで入っている携帯がある。
これをてめえにくれてやるから…」
『怒鳴って、鞭を与えた後に飴を提示する。なめるんじゃありませんわ、その程度の交渉で私が陥落すると思いまして?』
「おいおい、ただの写真じゃねぇぞ? 美琴ちゃんがよだれを…」
『ふざけるんじゃありませんわ!!!!』
キーンと、携帯が鳴る。
俺は、始め何を言われたのか理解できなかった。
それでも、時間と共に何を言われたのかが分かる。
「…交渉、決裂か?」
『違いますわね、私はまだ交渉の席にも着いていません。決裂以前にこんなもの、成立していないのですわ』
「そうか、ならもういい」
『…っ!? かき――――』
俺はブチリと携帯の通話を切り、そのまま電源も落とす。
正直、あいつに教えてもらえれば一番良かったのだが、他に手がないわけでもない。
そう、第六学区に行くのだ。
あそこは、アミューズメント施設が多数存在し、その分スキルアウトのような存在も数多く集まっている。
蛇の道は蛇。
一方通行と言う非合法の存在には非合法な奴らから話を聞くに限る。
俺は、そのまま第六学区へと歩き出す。
あの女の電話を待ってるのは性に合わない。
叩き潰すのなら、こちらから行ってやる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねーねー、お兄さん。今暇なの~?」
「消えろ、雌豚」
第六学区の裏路地。
そこは、学園都市の肥溜と言っても過言ではない場所だ。
かく言う俺も一時期お世話になっていたこともある場所なのだが、取りあえずろくでもない場所だ。
喧嘩やナンパなんて日常茶飯事。
そして、現在俺の前にも全身が焦げているかのように真黒な肌に老人のような白髪の少女たちが、この場所のろくでもなさを表していた。
「えー、いいじゃんいいじゃん。遊んでってよー」
「そーそー、お兄さん程のイケメンってここらじゃあんまりいないんだもん」
う、うぜぇ。
なんなのこいつら、アレか? パンダか、いやパンダのリバーシブルタイプか?
取りあえず、その黒い肌はなんなんだ。確実に皮膚ガンにかかっているだろう。
あと、なんか香水でごまかしているようだが、体から微妙な匂いがする。
結論=『追っ払う』
「うぜぇ、男漁りならそこら辺の股間の大きそうなお兄さんがたに相手してもらいなさい」
「えー、ぶさいくとはヤリ飽きちゃったー。だからー、ねー?」
いや、だからなんだ。
人の手を勝手に握るな、股間にもっていこうとするな。
あ、誰だ今股間触りやがった奴は!?
ってか、俺の財布はどこに行った!?
いつの間にか、俺の周りには不自然な人だかりができていた。
どうやら、こいつらは俺のような善人を餌にするような糞ったれのようだ。
うん、ならばもう遠慮はいらないね?
「てめえら、良い加減にどきやがれ!!!!」
俺の言葉と共に背中に生える純白の翼。効果範囲は指定しない。
同時に、先ほどまでやたらとうるさかった一団が静まり返り、全員どこか虚ろな表情になる。
俺は取りあえず俺の財布を手にしてボーっとしているやつから財布を奪い返すと、その一団から抜け出すために空へと飛ぶ。
そして、少し離れた所に着地すると能力の解放を止めた。
途端にザワザワと再び慌ただしくなる雑踏。
だが、その中心にいた俺がいなくなっているのが分かると、そのざわめきも大きくなった。
「え、嘘!? いなくなってる!?」
「な、なんだなんだ! テレポーターだったの!?」
「え、嘘! やばいじゃん、そんな人にちょっかい出したら私らただじゃ…」
「に、逃げろ!」
その一言で蜘蛛の子を散らすかのように四方八方に逃げ出すアホども。
俺はそれを尻目にドンドン路地裏の奥へと進んでいく。
そう、俺はこんな所に用はない。
もっと深い場所。
それこそ、学園都市の眼が届かない死角とも言える場所に用がある。
ただ、それらはこの第六学区には存在しない。
なぜなら、こんなあからさまな場所に存在しているはずがないのだ。
ここは、その死角に辿り着くための鍵が手に入る場所。
学園都市の闇の初歩的な部分だ。
そう、それこそ混沌だ。
俺が歩いていくと、少しだけ景色が変わった。
と言っても、道にたむろしている者の顔つきが変わった、と言う程度だが。
複数固まって座っている、死んだ魚のような眼をした『子供たち』。
先ほど俺に近づいてきた雌豚とは比べ物にならないほど美しい客待ちの女たち。
そして、こちらを睨む明らかに素人ではない眼光の男たち。
うん、段々らしくなってきたじゃないか。
俺がそう思いながら歩いていると、一人の少女が俺へと近づいてきた。
「ねーねー、お兄さん。ここの辺りじゃ見ない顔ね」
「いや、久しぶりに来たって感じかな」
俺は、あえてその少女を邪険に追い払わずに自然体で答える。
これは、言わばこの場所に来たものをチェックすると言う、最初のチェック。
その証拠に周りの連中も俺に無遠慮な視線を向けて、まるで品定めをするかのようだ。
少女もその視線に気が付いているのか、どこかあざ笑うかのように俺を見つめる。
「へぇ? 久しぶりってことは前に来てたことあるんだ? んー、でも私は覚えてないなぁ」
「…俺も、君みたいにかわいい子、初めて見たね」
「あはははは、何それ? 口説いてるの?」
「いんや、ただ、本当にそう思っただけ」
そう、少女は美しかった。
水商売の女性のように濃い化粧をして、派手な服を着ているもののどこかその瞳は澄んでいた。その瞳は、まるで美琴ちゃんのようで…
――――――いや、待て。
いくらなんでも、いきなりそんな事を思うはずがない。
この娘の内面なんて知りもしない、それこそ初めてあったばかりだと言うのに、俺にはもうこの少女が美琴ちゃんと全く同じレベルまで愛おしいのではないかという感覚すら得ていた
。
なんだ、これは!?
混乱する俺。
そんな俺に少女はまるで睦言を囁くかのように耳元に顔を近づける。
「やっぱり、『強能力者(レベル3)』程度じゃこの程度の強制力、か」
「!? お前…」
「うふふ、動かないでね」
言葉と共にガチャリと俺の胸に硬い金属が押しつけられる。
「…おいおい、冗談キツイわー」
「試してみる?」
「いんや、全裸で土下座するから許してほしい。ってか、現在進行形で足の震えが止まらず、失禁しそうなんで勘弁してください」
「じゃあ、お願いを聞いてね」
語尾にハートマークをつけるような声と満面の笑み。
その顔は、何故だか美琴ちゃんとかぶる。
「ぐっ、『念話能力(テレパス)』の応用か? なんにせよ、嫌らしい能力だ」
「ふふ、私の能力は人の心の距離を調節できるの。あなたが知り合いの一人一人に設定しているのと同じ心理距離も保てるの」
「まさ、か……」
「そう、貴方が大好きな『超電磁砲(レールガン)』。彼女の心理距離と同じ距離を取っているの。
でも、まだまだレベルが低いから人によっては効果がいまいちなんだけど」
「は、はは。俺には効果絶大だわ」
何故だか、俺は全身から脂汗が出てくるのを感じた。
俺の目の前にいるのは美琴ちゃんじゃない。そのはずなのに、俺には美琴ちゃんが俺に銃を向けられていると感じてしまう。
だから、メルヘンも発動できない。
出来るはずが、ない。
「貴方に、一つだけお願い」
「…脅迫だろう?」
「あら、『お願い』よ。そして、忠告でもあるわ」
「忠、告?」
「そう、一方通行を追いかけるのはやめた方が良いわ」
「…あ?」
「アレはヤバすぎる。いくら、あの時100人以上の人間を『壊しつくした』貴方でも、きっと負ける」
「――――――っ!!??」
ドクリ、と俺の心臓が跳ね上がる。
こいつは、あの時のことを知っているのか!?
「じゃあね、バイバイ帝督」
言葉と共に、僅かに湿った感触が俺の頬に当たる。
それが、彼女の唇の感覚だと気がついた時には、すでに彼女はもっと深い路地裏の闇の中に紛れてしまっていた。
彼女が消えてしまった場所を見つめながら、俺は思う。
(――ちょっとだけ、ちびった)
取りあえず、コンビニにパンツを買いに行こう。