離れてみれば、良く分かる。
如何に俺が美琴ちゃんに対して付きっきりであったのか。
俺は彼女に依存しきっていたのだろう。
いや、まあ、何が言いたいかといえば。
「性欲を持て余す!!!!」
「…………」
俺の言葉がむなしく病室に響いた。
あれ? なんかリアクションしてもらえないと凄まじく恥ずかしいぞ?
俺はちらりと病室のベッドに眠っていた上条に視線をやる。
上条は何やらじと目で俺を睨んでいたが、決してその口を開こうとはしなかった。
ありゃ? なんか機嫌が悪いな。もしかして、あの日か?
そう言えば、いつもそばにいるインデックスちゃんも今日はいないみたいだ。どうかしたんだろうか?
「なあ、上条。インデックスちゃんは? 今日はまだ来てないのか?」
「…………たわ」
「え?」
俺の問いかけに上条は何やらもごもごと口にしたが、生憎俺の耳にはその声が届かない。
俺はもっとよく聞き取ろうと上条の方へ頭を傾けた、その瞬間。
「お前のせいで、とっくに帰ったわああああああああ!!」
「げふぁあああああああああ!?」
どなり声を上げた上条によって、俺の右の頬が痛打される。
まさか、ここで殴られるとは思っていなかったので、俺はガードすることもできずに素直に体ごと吹き飛び、壁に叩きつけられる。
その際、しこたま頭を打ち付けてしまい、目の前に星が舞った。
「いだだだだだだ!! 死ぬ! ナースコールぅ!!」
俺は激痛に耐えながら、必死に上条の枕元にあったナースコールを押すが…。
「あれ? これってコード切れてんじゃん」
「ははは! それもこれもてめえのせいだ!! この前、お前が勝手に置いてったエロ本の山のせいでおれがどれほど辛い目にあったか分かるか!?」
上条は目を血走らせて枕元にいた俺の頭を掴み、そのまま万力のように締め上げる。
所謂アイアン・クローもしくはタイガー・ブロー。
いきなりのフィニッシュブローにおじさんビックリしちゃう!!
「あだだだだだだだだだ!! 身が出る! 身が出るぅ!!」
「お前に俺の気持ちが分かるか!? 真っ赤にうるんだ目で看護婦さんたちに『さっき見舞いに来てくれてた男の子って、恋人?』とか、担当医の蛙顔の医者に穴を隠され『悪いけど、僕
はそっちの趣味はないからね』って言われた時の気持ちが!!
挙句の果てに、姫神にはまるで道端で電柱に盛る犬を見るような目で見られて、インデックスには純粋な目で『なんでみんな騒いでいるの?』て聞かれて、アウレオ…『先生』には『男子
は甲斐性があってこそ!』とか言われたしよおおおおおおおおおおおおお!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!! もうしません!! 二度とインデックスちゃんの前とかでBLネタをやりません!」
「だまれぇぇぇええええええ! もうお前なんて信用するか!! よくも僕の気持を裏切ったな!!」
そのうち暴走して食い殺しにきそうな感じで、上条は一気にまくしたてる。
俺はただそのげきどの嵐をひたすら小さくなってやり過ごすしか手がなかった。
結局、上条は騒ぎを聞きつけた巨乳美人なナースさんが、その外見に似合わない腕力で上条の手首を掴み、うっ血させるまで騒ぎ続けていた。
その間、俺はずっと頭を握られていたわけだから、正直に言って泣きそうであった。
くそう、美琴ちゃんと言い上条と言い、最近は友好関係に罅が入りそうな事件が多発している気がする。
……あれ、もしかして、自業自得じゃね?
いずれにせよ、怒り終わった上条は俺に今度飯をおごらせることを確約した上で、ようやくいつもの上条に戻ってくれた。
「はぁ、お前はもう好い加減にしろよな」
「分かったっての」
俺は呆れたような上条の言葉に適当に返事をし、小萌先生辺りのお見舞いなのか山となって置いてあったフルーツ盛り合わせの林檎を手に取る。
そのままハンカチで拭いてから齧り付くと、シャクリと言う瑞々しい音の後にほど良い酸味と甘さが伝わってきた。
「お、上手いなこの林檎」
「ああ、それ小萌先生のお見舞いで、学園都市の人工培養で育ったフルーツらしい」
「なるほど、夏に林檎があったのはそう言う訳か」
俺はシャクリシャクリと林檎を咀嚼しながら、嘯いた。
しばらく、上条の病室に俺が林檎を咀嚼する音だけが響く。その静寂の中、ただ上条はぽつりと呟いた。
「…なんか、あったのか?」
どうやら、上条さんはなんでもお見通しでいらっしゃるようだ。
思えば、こいつは俺とそこまで付き合いが長いわけではないが、いつの間にかお互いの事はたいてい分かるようになってしまっている。
まあ、何れにせよ隠しだては無意味なのだから、俺は正直にゲロっちまうことにした。
いや、正直なところ話したかったんだ。誰かに話したかったから、俺はわざわざこの前行ったばかりの見舞いにまた来たんだ。
それでも、俺は上条に依存しきりたくないから、たった一言だけ答えた。
「ふられた」
黒子side
「だ、大丈夫ですの? お姉さま?」
「…気にしないで、あんたは寝てなさい」
「ですが……」
私はそう言ってお姉様に良い募ったものの、お姉様はご自身の枕に突っ伏したまま私の方をご覧になってくれません。
私はその後ろ姿に何も言う事が思いつかず、そのままお姉様との愛の巣を後にし、学生寮のロビーなで足を運んだ。
真夏の夕方。まだ、外で遊び歩いていた学生が帰ってくるには少し早い時間。
その誰もいない空間で、私は大きくため息をつきました。
…これほどまでにお姉様が消耗することは、絶対に何かあったことは間違いありませんわ。
ですが、私は、私ではお姉様に「何かあったのですか?」などとは、とてもではありませんが、聞けません。
なぜなら、お姉様が私を巻き込まないようにしているのは明白ですから。
その庇う対照でしかない私は、お姉様の気遣いを潰してまで自分から関われる立場にないのです。
(こんな時、『あいつ』なら……)
あのデリカシーゼロの変態ならば、お姉様が落ち込んでいれば、それこそ自分が庇われる立場にあることを自覚しながら、うるさいぐらいに絡んだことでしょう。
それが、私には出来ない。
お姉様の気遣いを無駄に出来ない理性が働いてしまう私と、色欲のみで行動できる『変態』。
その差はとてつもなく大きい。
それこそ、『出来ること』が天と地ほども違う。
だと言うのに、
「あの変態は何をやっていますの?」
今こそがその無神経ぶりを発揮する時、アレ風に言いかえれば高感度を稼ぐ絶好の機会であるのに、あの変態はここ2、3日お姉様を付け回すことはおろか、連絡を取ることさえしていな
い。
正直に言えば、あの変態にお姉様をお任せすることなど、言語道断。
むしろ、金輪際関わらせたくない人間だ。
「…それでも」
お姉様と最も近しい人間が誰かと聞かれれば、私は迷わずあの変態の名を上げてしまう自分がいること知っていますの。
お姉様には、一応私という最高のルームメイトかつ最愛の妹がおりますが、それでも本来のルームメイトという存在と比べれば、多少見劣りしてしまうことは否めません。
それは、私が本来のお姉様のルームメイトを追い出したから。
そのことについては一切の後悔はしておりません。なぜなら、お姉様の敵をお姉様自身に一番近いポジションに置いておく訳にはいかなかったから。
それでも、私がお姉様から近しい親友を奪った事には違いありません。
そして、その代わりを果たせるのが、私ではなく、あの変態であるということもまた、然りですの。
常にお姉様の心の内側に潜り込んで、お姉様を怒らせる、いや、アレは照れているだけでしょう。
何故なら、お姉さまは好きでもない相手には自身の体を触らせることなどしないはずですから。
『超電磁砲』たるお姉様は、常に体に微弱な電磁波を帯びていて、それをソナーの如く使うことにより、自分の体に近づく存在を近く出来るのですわ。
それは、相手に投げつけられたものを即座に回避できるほどの精度を持っており、絶対的でないものの不意打ちはお姉様には効果がないのです。
それでも、あの変態は幾度となくお姉様に奇襲をかけ、その体に触れることに成功している。
因みに、その時の変態の接近速度はやや常人より早いものの、お姉様の電磁波ならば察知可能のはず。
――ここまで言えば、みなまで言わずとも分かるでしょう。
「まず間違いなく、お姉さまはアレに惹かれている」
さらに、アレは狡猾なことにお姉様に逃げ場を用意している。
即ち、照れ隠しに、セクハラされたから殴る蹴るなどの暴行を働けると言う、お姉様が確実にはまるであろう逃げ場を。
だいたい、初心で直情的なお姉様があんなに毎回毎回ストレートに告白されて揺らがないはずがありませんの。
(ああ、畜生。いつものからみ方を思い出しただけで、イライラが止まりませんの!
だいたい、美琴ちゃんとは何事ですか!! せめて御坂様とお呼び御坂様と!!)
それでも、私は取り出した携帯でアレの番号を探し出す。
いや、携帯にアドレスがあったのはたまたまですのよ!?
あいつが私のお姉様の隠し撮りコレクションと、自分の盗撮コレクションを交換したいなんて言うから!!
登録名は『垣根 帝督』。
私は通話ボタンを押し、コール音を聞きながらそれが出るのを待ちました。
そして――
『あん? 白井かよ! ビビらせんじゃねーよ!!』
あの私の心をかき乱す耳障りな声がスピーカーから聞こましたの。
――――良かった、出てくれた。
あ、ち、違いますのよ!?
これは、お姉様を元気づけられるかもしれないと言う事であって、私がどうのということではありませんの!!
違うと言ったら、違いますのよ!?
私はなんだかいたたまれなくなり、即座に怒鳴り返すことにしました。
「うるさいですわよ、この変態!! ちょっと話したいことがあるから、顔を貸しやがれですの!!」
私のいつも通りの罵声。
それに、変態、垣根 帝督はこう返しましたの。
『ああ、ちょうど良かった。今、常盤台中学の学生寮の前にいるから』
「へ?」
『ちょっと、美琴ちゃんに用があってね。お前の話とやらは、その後で良いか?』
私は即座に携帯の電源ボタンを押して通話を切ると、即座に外へ向けてワープをするために自身を三次元から十一次元へと置き換える計算式を頭に思い描いた。
side out
目の前に突然、黒レースのパンツが出現した。
いや、正確に言えば黒レースのパンツを履いた人物が突然何の前触れもなく目の前に現れたということなのだが。
しかも、本来なら服で隠れるはずの下着が何故俺に見えているかと言うと、その現れた人物が俺めがけてとび蹴りを放っていたからだ。
ここまでの判断、僅か0.2秒。
そして、遅れること0.1秒。俺の体は全力で回避を開始した。
「う、うおおおおおおおおおおおおお!?」
まるでシリアスな場面で敵の攻撃を回避する主人公のように声を上げ、俺は顔面をけり飛ばそうとするその足から逃れるべく、体を横に投げ出した。
直後、俺の逃げ切れなかった髪の毛を幾本か切断しながら、足が通過する。
同時に、「ちっ!」という舌打ちが聞こえた。
どうやら、黒レースのパンツこと、襲撃者は本気で俺のことを殺しにかかって来ていたようだ。
って、待てコラアアアアアア!!
俺は無様に転がっていた体勢を立て直すと、目の前で俺を睥睨するツインテールの糞ったれな襲撃者に中指を立ててみせる。
「いきなりとび蹴りとは御挨拶だなぁ、白井! ぶち犯すぞ、コラ!!」
「完全な不意打ちを回避するとは、やりますわね、垣根(へんたい)」
俺の剣幕に白井はまるで暖簾に股間を押し付けたかのように冷静に皮肉ってくる。
いつものこいつなら、もう少しけんか腰で来るのだが…いや、いきなり蹴りかかってきただけでも十二分に好戦的か。
「それで? どういう了見でいきなり蹴りかかってきやがった? 俺は今から美琴ちゃんに会って、言わなきゃいけないことがあるんでな。
出来れば手短に頼む」
俺はなんとか怒りを抑えつつそう口にすると、白井の顔に嘲るかのような笑みが浮かぶ。
「あら? 今さら何の用ですの? お姉様は生憎、病院から早めの退院をなさって、私との愛の巣で休憩中ですの。
邪魔ですから、早々に尻尾を巻いて逃げ帰ることをお勧めしますわ。できれば、もう二度とお姉様に付きまとわないで頂けると助かるのですが……」
その言葉で、美琴ちゃんが俺に言った言葉が喚起される。
同時に、先ほど上条が俺に言ってくれた言葉も。
「いやだね。俺は美琴ちゃんが大好きだ。だから、何度拒絶されようとその度に近づいてやる」
「…本当にストーカーという人種は厄介ですわね」
「何とでも言え。ただ、今日は絶対に美琴ちゃんと話さなきゃいけない。だから、そこをどけ、白井」
俺はゆっくりと集中を開始して、『脳内メルヘン』を発動する。
同時に、背中に純白の天使の羽が出現した。
未だに理解が及ばないこの能力。
だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。だから、俺は脳裏にチラつく白い影を無理やりに振り切った。
そんな俺の様子に、白井は何かを堪えるかのように震えながら口を開いた。
「なんで……ですの?」
「?」
洩れでたその言葉に俺は眉を顰める。
白井は、いつの間にか声すらも震わせてその続きを口にした。
「なんで、もっと早くに来てくれなかったんですの? なんで、お姉様があんなにボロボロになるのを止めてくれなかったんですの!? なんで!!」
「……………」
「なんで、私よりもお姉様の傍にいるくせに……お姉様を守ってくれない――――」
「ガキが」
俺は白井のバカたれがソレ以上何かを言う前に、そう断じた。
俺の突き放すような言葉に白井は瞬時に顔を真っ赤にして、その瞳に怒りと失望の色を宿す。
「私は、真面目に言って――」
「たかが中学生の分際で、小難しいこと考えてんじゃねぇよ」
そう、俺にとっては真実『たかが中学生』だ。
こちとら、一度転生している身。精神年齢が体に引きずられているうえ、もとからあまり高くないので前世+今世=精神年齢という訳ではないが、中学生よりは確実に上だと言える。
…まあ、上条クラス(こうこうせい)だと、もしかしたら同じくらいかもだけど。
とにかく、俺はこいつみたいなガキは、友達との生活に一喜一憂していれば良いと思うのだ。
難しいことを考えるのなんて、高校に入ってからで十分なんだよ。
「お前と俺のどっちが美琴ちゃんに近いかなんて、比べられるわけがねえだろ。
だいたい、関係のベクトルが俺は『恋人』で、お前は『友達』なんだ。比べること自体が間違ってる」
「っ、私は――――」
「OK、じゃあお前お得意の小難しいことを前提としよう。その上で言ってやる。
――――――関係ないね。
俺は美琴ちゃんとの距離がお前より近かろうと遠かろうと、関係ない。ただ美琴ちゃんが好きだ! 何度振られようが、彼女を掴もうとこの手を伸ばす!!
だから、もし、俺とお前との間で差があるとするのなら、それは『性欲』だけだ!!!!」
「は、はあ!?」
「俺はぶっちゃけ、美琴ちゃんとエッチがしたい! いや、もういっそのこと放置プレイでも構わない!!」
「何を言って……」
「俺がやりたい事だよ。ぶっちゃけ、ただの高校生の性欲だ。でも、煩悩はこの世で一番強い感情だ。
違うか?」
「……悪役の台詞ですわね。主人公なら、理性で煩悩を押さえるぐらいしたらどうですの?」
白井は、そう苦笑すると徐にその右手を振り上げる。
「本当に最低で、私の質問の答えにすらなっていませんけど、やっぱりお姉様には貴方が必要ですわ」
そして、そんな言葉と共にその右手は平手でもって、俺の頬を豪快に叩いた。
その次の瞬間、俺は見たこともない部屋の中にいた。
頬に奔る痛みに顔をしかめながら、僅かに視線をめぐらせると同時に俺の時が止まる。
巡らせた視線。
その先には、常盤台中学校指定の制服のブラウスのボタンを全開にし、スカートをひざ下まで脱いだままの美琴ちゃんがいたからだ。
「「………………」」
あ、やべっ。完璧にジュニアがエレクトした。
俺の履いていたジーパンの股間部分が盛り上がっていく様を目の前で見せつけられた美琴ちゃんは、呆然としていた顔を次第に赤くしたかと思うと、バッチバッチと物騒な音と共にその体
の周囲に紫電を纏っていく。
……取りあえず、これだけは言っておこう。
「や ら な い か ?」
「死ね!!」
返答は周りに効果がないように計算しつくされたビリビリだった。