「おああああああああああああ!!」
「ひ、ひぃ!? くるなぁぁぁぁああああ!!」
叫び、俺に向けて金の鏃を投擲してこようとするアウレオルス。
だが、俺は一切の迷いなく前に、ただ怒りにまかせて奴めがけて突貫した。
顔のすぐ横を黄金の鏃が通過する。
だけど、そんなものは当たることなどないと俺は知っている。
いや、こんな奴の攻撃なんて当たってやるもんか。
こんな覚悟も何もない一撃なんて、俺に届くはずがない。
俺は距離を詰め切り、引き攣った笑顔を浮かべた錬金術師に全力の拳を叩き込んだ。
「るぁあああああああああ!!」
ゴガンと、骨と骨がぶつかった鈍い音がする。
同時にアウレオルスの首が振りきれた振り子のようにのけぞり、小さな放物線を描いた。
「ぐっ、が!?」
そして、背中から床にぶつかった上に、ゴロゴロと勢いもそのままに転がった。
しばらくして、ようやく転がるのを止めた錬金術師だったが、もう一度立ち上がることはなかった。
俺はアウレオルスが完全に無力化したと察すると、止めていた息を吐き出す。
「っぷはーーーーー!!」
いや、危なかった。
正直に言ってアウレオルスが投げてきた黄金の鏃は、触れたもの全てを黄金に変えてしまうというなんとも科学の法則を無視しきったものだった。
まあ、魔術で作った物のようなので、俺の『幻想殺し』で触れてしまえば簡単に破壊することはできただろう。
だが、問題はその鏃が研ぎ澄まされた刃であることだ。
俺の『幻想殺し』はどんな異能でも打ち消すが、単純な物理攻撃には無力だ。
要するに、俺の右手もカッターで切られれば簡単に切れてしまうのだ。
つまり、鏃を消そうと右手で鏃を掴んだのなら、いとも簡単に俺の右手の指はバラバラになるだろう。
そうすればどっかの変態は怒り狂うだろう。
それよりなにより、俺を待ってくれているインデックスが悲しむ。
…まあ、自意識過剰と言われればそれまでだが、『インデックス』はそういう奴である、はずだ。
ああ、帝督については言うまでもない。
あいつは、俺をいつでも心配してくれているからな。
まあ、そのおかげでなるべく怪我をしないようには気をつけているけどな。
何にせよ、これでアウレオルスは無力化した。
俺は背後でボロボロの少女を抱いていた姫神を振り向く。
「もう、帰ろう」
俺の声に姫神は不思議そうに小首をかしげた。
その際に彼女の長い黒髪がサラリと流れ、俺はそのどことなく色っぽい仕草にドギマギしてしまう。
だが、俺はこの少女をこの三沢塾から連れ出すためにここまで来たんだ。今さら尻込みするつもりなんて、ない。
「アウレオルスなら、見ての通りに俺が倒した。見ただろう? こいつは目が覚めても、たぶんこれ以上は戦えない。
だから、お前はもといた場所に帰って良いんだ」
「…それは、違う」
「え?」
頷くと思っていた姫神は、しかしあっさりと首を横に振った。
俺はその答え余りに意外であったために、思わず目を見開いてしまう。
そんな俺に姫神はまるで聞き分けのない子供に言い聞かせる母親のように滔々と語りかけた。
「今、貴方が倒したアウレオルスはたぶん偽物。私は本物に会ったことがあるけど、もっと理性的で雰囲気がある人物だった」
「は、はぁ? アレが偽物!? …だったら、本物を探し出して……」
「それでも、私はここから出ることはない」
「な!?」
姫神は俺の提案に再び首を横に振った。
「だって、私は自分から望んでここにいるから…。アウレオルスに目的があるように、私にもアウレオルスと組む目的がある」
「目的?」
俺がそう聞き返すと、彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。
「そう、あの人の目的は私の能力を使っておびき出した吸血鬼を捕まえること。そして、私の目的は、この忌まわしい能力を封印すること」
「能力を、封印!?」
そんな事が出来るのか!?
そもそも姫神の能力が具体的にどんなものか俺は知らない。それでも、これだけは分かる。
科学と魔術は根本から相容れない。
魔術で科学の能力を制御できるのか?
「だから、貴方はもう帰って。私は、私の目的を果たす」
「いや、でも!」
「良いから」
そう言って背を向けた姫神に俺は追いすがるように手を伸ばす、が彼女を掴むことはできなかった。
その小さな背中はすぐそこにあるのに、手が届かない。
このまま、彼女を行かせてはダメだ。
俺は、そう思っているのに体は動かず言葉を紡ぐことしかできない。
「待てよ、お前は本当にそれで……」
「あなたに!」
俺の言葉を大きな声で遮る姫神。
その表情を窺う事は出来ないが、その声の調子から激昂している事だけは伝わった。
それに、震える肩が何より全てを物語る。
「あなたに、分かる?
母親が、父親が、友達が、知り合いが泣きながら、自分に謝りながら首筋に噛みつき、血を啜った瞬間に灰に帰っていく時の恐怖が!!」
そして、姫神は俺を振り返った。
その顔の影になっている部分に夕日が反射し、まるで頬を血の涙が伝っているかのように見える。
「私は、もう吸血鬼を殺さない。あんな悲しみを二度と味わいたくない。
だから、私は今はまだ帰らない」
「――――っ」
俺は、何も彼女に言い返してやれない。
今すぐ彼女を日の光のあたる場所へと連れ出したいのに、俺には彼女の手を取る理由すらないのだ。
そんな自分が、情けない。
姫神は無言で俯いた俺に、優しく語りかける。
まるで、先ほどまでの激情が幻であったかのように、初めてファーストフード店内で会った時のように掴みどころのないぼんやりとした顔になった。
「あなたは優しい。ただ、あそこであっただけの私にも、手を差し出してくれた。
でも、今度会った時には100円、貸してね」
「姫神!」
姫神は今度こそ俺に背中を向けて歩き出した。
俺は足も動かせないくせにその背中に声をかける。
「他に、他に方法はないのかよ!? みんなが笑って終われるような、そんな最後は!」
「…もう、泣きながら消えた人がいる時点で、私の物語は終わってる。
ばいばい。名前も知らない優しい男の子」
俺は、また動けないのか?
あの時と同じように、守りたかったものがこの手から滑り落ちるのか!?
確かに、俺と姫神はほんの一瞬出会っただけで、赤の他人も良いところだ。
だけど、ここで彼女を見捨ててしまって良いのか?
上条 当麻は、見て見ぬふりが出来るのか?
「できる訳、ねぇだろうが」
そうだ。
これは、あいつを助けに来たことは、『上条 当麻のわがまま』だ。
それなら、最後まで貫きとおすってのが、筋だ。
「待てよ!」
俺の足は動いた。
歩き去ろうとする姫神の肩に手をかける。
その瞬間、姫神は驚いたように目を見張った。
俺は、そんな彼女を睨みつけた。
「おかしいだろうが。ギブアンドテイクな関係なら、なんでお前はここから外に出してもらえないんだよ?」
「…離して」
「アウレオルスに、先にその能力を封印してもらえばいいだろうが! そんでもって、時々あいつに協力しにここに通えばいい!!」
「彼の目的が果たされるのと、私の目的が果たされるのは同時。それに、私は別に外に行きたいわけじゃ…」
「じゃあ、なんであの時外にいた!! なんで俺に会った!!」
「っ!?」
「外に出たかったんだろ!? 当たり前だ、交換条件だからってお前がずっとここに監禁されている言い訳にはならねぇんだよ!!
だいたい、俺は気にくわねぇ!! 自分の目的のためだって言うお前が笑顔じゃないのが!!」
姫神は苦しそうに俺から視線をそらした。
俺んはずっと掴んでいた姫神の肩から手を離すと、自分の心を落ち着けるために深呼吸をすると、静かに口を開く。
「俺が、本物のアウレオルスに言ってやる。お前を、外に出してやれって。
俺は別にお前らの目的を邪魔する訳じゃねぇ、ただお前に『自由(あるべきもの)』がないのが気に食わないだけだ。
俺が、お前を外に出してやる、だから教えてくれ、アウレオルスの本物がいる場所を――」
「――蒙昧が」
「!?」
その瞬間、まるで電撃が走ったかのように俺の背中がのけぞる。
圧倒的なまでの存在感。どこか全体的に怜悧な雰囲気を漂わせる声。
カツリと革靴が床を踏み鳴らす音と共に、不意にその気配は後ろに現れた。
俺がゆっくりと振り向くと、そこには何かをその腕に抱いたアウレオルス・イザードがいた。
間違いない。今度こそ本物だろう。
だが、俺はその腕に抱かれていたものを見て、眼を見開いた。
それは、帝督に任せたはずの彼女。
俺が守りたい、女の子。
「インデックス!?」
「…ほう、この子を知っているか。まさか、貴様が『とうま』か?」
次いで、アウレオルスの口から出てきた俺自身の名前に、俺は愕然としてしまう。
「なんで、俺の名前を……」
「ふん、彼女が言っていた。調度良い、私は貴様に話があった所だ。
まずは『跪け』」
アウレオルスが何でもないことのようにそう呟くと同時に、俺の脚にあり得ない負荷がかかる。
「!?」
そして、俺の意思に反して俺は跪く形でアウレオルスと相対することになる。
「ぎっ、がっ!?」
立ち上がろうにも、重たい何かで抑えつけられており、不可能だ。
ただ、右手だけ自由に動かせる事から何らかの魔術であるようだ。だが、右手で他の部分に触ろうにも手首から先以外動かないので、どうしようもない。
俺は奴が命じたまま跪いたままだ。
「おまえっ、何を…」
「黙れ、お前はただ私の質問に答えれば良い。素直に答えれば生かしておいてやる」
アウレオルスは片手でインデックスを抱き上げながら、もう片方の手で自分の首筋から何やら銀に光る物を抜き取った。
それはとてつもなく長い鍼。
所謂、鍼士が用いる医療用の鍼だ。
アウレオルスはその鍼をその場に捨てると、いらだたしげに俺を睨んだ。
「インデックスの身に何があった?」
「それは…」
俺は思わず答えに困る。
俺はインデックスの記憶がなくなった直接の原因だ。だが、こいつは何故そんな事を知りたがる?
「良いから答えろ! 彼女は、何故一〇万三〇〇〇冊の内容すら忘れているのだ! どれほど記憶を消されても、必ず残っていたその忌まわしい記憶を!!」
「簡単さ、『骨董屋(キユリオデイラ―)』」
アウレオルスの激情に答えたのは、そのさらに奥から歩いてきた赤神の神父だった。
上条は先ほどアウレオルスの罠から逃げるために彼に囮にされたため、その姿を見た瞬間喚いた。
「あ! ステイル、てめえさっきは良くも俺を囮に…」
「御苦労さま『幻想殺し』。君のおかげで『本物』を引きずりだせた」
ステイルは怒る上条を嘲るような笑みを浮かべると、アウレオルスに視線を向けた。
その顔には相変わらずの嘲りがあった。
「久しぶりだね、『先生役』。息災そうで残念だ」
「……憮然、貴様もな、『友達役』。それで、簡単なこととはどういうことだ?」
ステイルの挑発に顔を歪めながらも、アウレオルスはそう聞き返した。
ステイルは何が楽しいのか、ニヤニヤしながら言葉を紡いだ。
「くく、『それ』を見てまだ気がつかないのか? 簡単だよ、僕たちが救おうと躍起になっていた彼女はここで跪いている『こいつ(とうま)』に救われたんだ。
彼女の中にはもう一〇万三〇〇〇冊は存在しないし、一年ごとに記憶を消す必要もない」
「なん、だと?」
「おい、ステイル!?」
俺はそんなことをこいつに教えて良いものかとステイルに声をかけるが、ステイルは俺を無視して何やら呆然としているアウレオルスはになおも追い打ちのように言葉を紡いだ。
「君、ローマ正教を裏切ってから三年間も地下に潜っていたらしいけど、その間に世界は変わっていったんだ。
『今代のパートナー』の彼は、彼女と共に過ごした記憶を代償に彼女を救ったんだ。ほら、その証拠に」
そう言ってステイルはアウレオルスが腕に抱いたインデックスを指さした。
「記憶をなくしても、彼女は彼を求めてる」
その言葉と共に、錬金術師の腕の中で少女はゆっくりと目を開けた。
そして、眠たげな視線を辺りに向けながらも俺の事を見つけると、突然目を見開きアウレオルスの腕の中で暴れる。
「とうま!!」
そして、錬金術師の腕から飛び降りると彼やステイルに視線をくれてやることなく、まっすぐ俺の腕の中に駆け込んだ。
「怖かった! 怖かったよぉ!!」
「いんでっくす…」
「人が、人が死んでて、恐くて! 血が、血が!! 助けて、助けてよとうま!!」
インデックスはそう叫ぶと俺の腕の中で声を上げて泣き始めた。
何のことを言っているかは分からないが、俺は取りあえずいつの間にか動くようになっていた腕でインデックスを抱き返しながら、俺はアウレオルスに視線を向けた。
アウレオルスは、まるで毒に満たされた杯を飲み干したかのような表情で、俺とインデックスの行動を見ていたが、やがてゆっくりと膝を折った。
「…悄然、私は、ただ彼女を救おうと思っただけだ。そんな彼女が救われたと言うのなら、それは望外の出来事だ」
アウレオルスは歌うようにそう口にした。
俺やステイルはもちろんのこと、泣き続けるインデックスや驚いたように目を見張っている姫神も、だれもその独白に口を挟もうとはしなかった。
やがて、呆けたようにアウレオルスは姫神を見つめた。
「…私が姫神 秋沙を求めたのは、他でもない。カインの末裔を捕獲するためだ。
そして、インデックスを『それ』に噛ませ、『永遠』という時間を記憶するそれらの脳を彼女に提供すれば、彼女はもう記憶をなくす必要はないと、そう思っていた。
その為になら、いくらでも自分の手を汚しても構わないと思っていたし、実際にそうしてきた」
そして、アウレオルスは俺を見た。
その瞬間、奴の瞳には嫉妬という名の炎が膨れ上がり、まるで視線で俺を焼き殺そうとしているかのよう。
「だが、それを貴様が邪魔をした!!」
その途端、俺は全身に殺気を浴びたように感じた。
まるで、全身に針を突き刺されるかのような、そんな錯覚。
腕に抱いていたインデックスがその殺気を受けて、再び気絶してしまったのも無理はない。
「インデックス!?」
「なぶり殺しだ、少年!! 貴様は、この私が……」
しかし、その瞬間だ。
轟音と共に、光の柱が天井を吹き飛ばしながら俺たちめがけて降り注いだ。
「「「「な!?」」」」
驚きの声は、四重奏。
俺は、とっさに自分の頭上に右手をかざしてその光の柱を『受け止めた』。
同時にその光の進行は止まったものの、俺はいつかのインデックスの『竜王の殺息』の時のような圧力を受けた。
受け止めているのが、次第にきつくなっていく。
「ぎ、あがっ!? なん、だ、これっ!?」
「まさか、『グレゴリウスの聖歌隊』の聖呪爆撃か!?」
ステイルの驚きと共に発される言葉。
俺は、その言葉に聞き覚えがある気がしたが、今はそんな事はどうでも良い。
取りあえず、この右手を押しつぶさんばかりの圧力を加えてくる光を何とかしなければいけない。
「ぐ、おっ!? すている、どうすりゃ、いい?」
「…終わりだ。いくら君でもローマ正教の切り札ばっかりは防げない」
「ぎ、っぎぎぎ」
ステイルは絶望したかのように、呆然と今まさに落ちようとして自分の顔を照らす光を呆然と眺めた。
俺はそれでもなんとか右手を上にして耐えるが、次第に腕がじりじりと下に下がっていく。
やばい。こればっかりは、もう防ぎようがない。
右手の皮が圧力に耐えきれなかったのか、音を立てて激痛と共に引きちぎれる。
これは、無理だ。もう、死……
「私は、私は……」
俺が死を覚悟しそうになったその瞬間、俺は虚ろに光を見つめるアウレオルスを視界に入れた。
アウレオルスは、先ほどまでの殺意はどこへやら、無様に尻もちをつき呆然と医療用の針を手にしているだけだった。
――――此処で諦めたら、こいつと同じになる。
不意に、俺はそんなことを思った。
同時に、俺は自分の足元で気絶するインデックスを見た。
「ふん、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺は腕を肩に担ぐようにしながら、なんとか支えると身体を支えるべく足を大地にしっかりと踏ん張らせ、体中から息を吐き出すかのように大声を上げた。
ここで諦めてたまるかよ。
ここには、俺が守ってやらなきゃいけないインデックスがいるんだ!!
ビシリ、と右手の小指がおかしな方向にねじれる。
だが、アドレナリンのせいか痛みは感じない。
しのぎ切ってやる!!
俺がそう思った瞬間、呆けるアウレオルスが呆然と言葉を紡いだ。
「何故だ、何故貴様はそうまでして耐えるのだ」
なんで、だぁ?
決まってんだろ!!
「死なねえためだよ!!」
俺は死なない。
インデックスと共に帝督が待つ我が家に帰るんだ。だから、こんな光なんて、屁でもねえ!!
「あ、ぐぅぅぅぅうううううう」
不意に、光の勢いが増して俺の片足から変な音がした。
少しずつ、足に力が入らなくなってくる。
だが、その時今まですっと口を閉ざしていた姫神が口を開いた。
ただし、それは俺に語りかけるものではなく、アウレオルスに語りかけるモノ。
「アウレオルス・イザード」
「あ…」
「貴方は、何をしているの?」
「私は…」
「私は、貴方の思いなんてしらないし、この状況で何もできない。だけど、貴方は違うでしょう?」
「わたし、は…」
「そこの彼女を救うために、何かできるんじゃないの!?」
「わたしはぁぁぁぁあああああああ!!!!」
姫神のその言葉がまるで引き金のようだった。
アウレオルスは自身の首に鍼を突き刺すと、声高に叫んだ。
俺には意味なんて微塵も理解できない、魔法の言葉を。
「Testimonium674!!」
そして、アウレオルスは魔法を使った。
それこそ、おとぎ話の魔法使いのように、立った一言でもって。
「『呪よ反射せよ』!!」
――――そして、それは起こった。
あとがき
チート(笑)
正直、3話でまとめるのには無理がありました。
一応、これにて閑話は終了。次回はエピローグですね