side 上条
「…『説得』の方はどうなった?」
「…治療法は、見つからない。クロウリーの書(ムーンチャイルド)を参照した記憶を殺しつくす魔術だと思われるが…。治療法は、それこそ一〇万三〇〇〇冊の中だ」
「…じゃあ、連れ戻しに来るんだな?」
「…再記録、をさせるつもりだ」
「そうか」
帝督とインデックスが家に帰った後、しばらく俺とステイルの間に重たい沈黙が流れた。
いや、正確にはステイルがインデックスが去って行った方をぼうっとしながら見ていたため、会話ができなかったのだ。
そして、俺もそれを止めるようなことはしなかった。
何故なら、俺にもその気持ちが痛いほど分かるから。
記憶をなくした彼女は、自分たちの事を覚えているはずがない。
だが、こちらとしては思ってしまうのだ。彼女が、今幸せなのかと。
「…彼女は、僕が来るまで笑っていたな」
その時、まるで心が零れ落ちてしまった子のように、ステイルがぽつりと言葉を漏らす。
いや、事実それはステイルの心だ。普段は押し隠しているこいつの、嘘偽りのない。
それは、とても俺の心と似ている。
「ああ、ほとんど帝督のおかげだけどな。俺の前だと、まだ無理しているよ。あいつは」
「……」
ステイルはまるで何かを振り払うかのように頭を振ると、懐から煙草を取り出してジッポで火をつける。
吸い込まれた紫煙は、すぐにステイルの口から再び大気中へと吐き出された。
ガシガシと頭をかいたステイルは、「あーーーー」と気の抜けたような声と共に、分厚い封筒を取り出し、何事か呟く。
それは、ハッキリ言って俺には何のことか理解できなかったが、何らかの魔術の言葉なのだろう。
その証拠に封筒はまるでフリスビーのように回転しながら俺の手に収まり、同時にステイルが再び何事か呟くと封がしてあった口が裂ける。
俺は無言でそれを拾うと、中にあった分厚い資料を読み進める。
それは、三沢塾という予備校を語った科学的カルト教団の資料の数々であった。
電気の使用量や、中に入った人間のチェック、さらにはゴミ箱の中身まで書かれている。
しかし、俺には、突然このような資料を渡されても、何の理解にも繋がらない。
それはステイルも分かっているはずなのだが……
そして、俺は最後の一枚までめくって、ピタリとその手を止めた。
「こいつ――」
それは、一人の少女の顔写真とともに書かれた今回の事件のあらまし。
曰く、『吸血殺し(ディープブラッド)』の誘拐について。
なんでも、今の三沢塾では1人の少女の監禁が行われているらしい。
少女の名前は姫神 秋沙。上条が先ほど帰るまでの電車賃を貸してくれと言われた、巫女の格好をした不思議な少女。
少女は言っていた。
『――――私、魔法使い』
俺が固まったのを不審に思ったのか、ステイルが訝しげにこちらを見てくる。
「どうかしたかい?」
「…いや」
「? まあ、説明させてもらうけど、そこの三沢塾にはある少女が監禁されているんだ。見ただろう? 最後の資料の子さ」
「なん、だと?」
俺は思わずそう聞き返していた。
この少女が、あの訳の分からない巫女さんが誘拐されている!?
ふと、そう考えた時に俺は心当たりがあるのを思い至った。
突然、彼女の前に現れた黒服の男たち。
彼女は塾の先生と言っていた。すなわち、この三沢塾の先生だと。
そう考えると、俺は目の前にいた少女を救えなかったとい事になる。
理由?
そんなの、俺がその少女の話をまともに聞こうとしなかったからだ。
ビギリ、と額に青筋が走るのが分かる。
ステイルの説明は、まだ続いた。
「監禁だよ、監禁。途中の資料に、生徒たちが大量の食糧を持ち込んだり、それが食べられていないことはゴミからも判明。
ここから導き出される答えは簡単だ。中で、誰かを養っているからだよ」
「……」
言葉も出ない。それほど俺はムカついていた。
もちろん、少女を監禁しているくそ野郎どもにもだし、何よりその少女の心の助けに応えてやれなかった自分自身に。
「続けるよ? さて、その少女なんだけどね面白い能力の持ち主なんだ。さしずめ、君みたいなね」
「俺みたいな、能力?」
「そう、本当にユニークで他に類を見ない能力だ。『吸血殺し』、そう呼ばれている能力なんだけどね」
「もったいぶってんじゃねーよ。その『吸血殺し』って、どんな能力なんだ?」
「…簡単さ。その能力はいたって簡単。あるモノを呼び寄せ殺すための撒餌だよ」
「撒餌だって?」
撒餌って言うのは、釣りなんかで獲物をおびき寄せるために使う餌の事だけど…どういう事だ?
「そう、僕たちは所謂『吸血鬼』ってやつをね」
「は?」
俺は思わずぽかんと口を開いて、ステイルを見つめる。
こいつは、何を言っているんだ?
すると、おれのそんな視線に気がついたのか、ステイルは苦々しげに俺を睨んだ。
「そんな目で見ないでくれ。僕としては、科学側の君にそんな事を言うのは、馬鹿馬鹿しいと思うんだ。
だけどね、吸血鬼は実在するらしいよ? 少なくとも、魔術側(僕たち)はそう認識している」
「いや、でも吸血鬼だろ?」
そう、吸血鬼。
あの映画とかで有名な人の血をすする化け物だ。
そんなものが実在するなんて、とてもではないが考えられない。
「…証拠ならあるさ。その『吸血殺し』がその証明だ」
「は?」
「『吸血殺し』なんてものが存在しているんだ。それが殺すべき吸血鬼がいなければ話にならない」
「?? それは、そうだけど……だとしたら、今までに吸血鬼を見た奴は…」
「いない。何故なら、その吸血鬼を見た者は死ぬからさ、例外なく、確実にね」
「いや、待てよ。だったらおかしくねぇか? そもそも誰も見たことが無いモノなんて、存在証明には…」
「昔、とある京都の山村で救援を求める電話が夜遅くに隣町の警察に入ったらしい」
俺がそこまで言いかけた時、ステイルは話を遮るように話し始めた。
俺はいったい何のまねだと思ったが、とりあえずそのまま聞くことにする。
「そして、連絡を受けた警察は翌日、村に入った。そこで彼らが見たものは、まるで雪のように辺り一帯に敷き詰められた『白い灰』さ。
そして、その灰の中で一人佇む少女、姫神 秋沙を見つけたんだ」
「白い、灰?」
「君も吸血鬼の伝説ぐらい聞いたことがあるだろう? 簡単なことだよ吸血鬼が死んでできた『吸血鬼の死体(灰)』だよ」
「な!?」
「言っただろう? 吸血鬼を呼び寄せて、殺す能力だって。
『吸血殺し』という能力は、その時に姫神 秋沙本人が『吸血鬼』を見たという証言から推測を元に名付けられたんだ」
「ッ―――」
驚くしか、できない。
話しの真相を理解できていない俺には、ただ驚くことしか許されなかった。
ステイルは、俺の反応に満足そうに唇を歪める。
「くく、そういう顔こそもったいぶって説明したかいがある。
まあ、それはさておき、この『吸血殺し』なんだけど三沢塾に攫われて監禁されているらしいと言うのは、もう言ったね?」
「ああ」
「その三沢塾なんだけど、数日前にある魔術側の男に乗っ取られたんだ」
「また、話がややこしくなってきたな……」
「まあ、そう言わないでくれ。その男はチューリッヒ学派の錬金術師、アウレオルス=イザードと言うんだ。
ちなみに、そいつは僕と宗派こそ違うが、同じ教会の人間だ。しかも、その宗教を抜ける、いわゆる『背信』をしているんだ。
そんな男が『吸血殺し』を求めているなんて、穏やかじゃないだろ?」
「? そいつが『吸血殺し』を持っているとなんか問題なのか?」
「……さて、ね。それより、僕の仕事はこれからそいつに喧嘩を売って、『吸血殺し』を奪還しなければいけないんだ」
「ふーん」
俺はそう言って適当に相槌を打つと、ステイルは苦笑して俺に言った。
「おいおい、これから君も行くんだぜ? そんな適当に頷いてもらっちゃ困るな」
「は?」
思わずそう呆けてしまった俺を誰が責められるだろうか?
だって、今まで訳の分からん話しを聞かせられて、頭がぼうっとしている時に、「はい、実は君も今から一緒に行きますよ」なんて言われても反応できる人間はそんなにいないと思う。
むしろ、無能力者にそんな頭の働きを求めんな!
「ちなみに、断ったら?」
「すぐにインデックスを回収する。記憶が消えてしまったとはいえ、彼女の完全記憶能力が無くなったわけではない。もう一度記憶させ直すだけだよ」
自然と、手が拳を作り、ギシギシと音が鳴るまで強く握りしめていた。
ステイルの言う事は当然だ。
俺は結局インデックスから『首輪』を外したものの、彼女をイギリス清教会という檻の中から助け出せてやれたわけではない。
そして、イギリス清教会は記憶が消えて、十万三〇〇〇冊の魔道書の全てを忘れた彼女に取る行動は、当然その全てを覚えなおさせることだ。
もちろん、その際に今度こそインデックスの精神が崩壊してしまおうと関係なしに。
そんなの、そんなの認められるわけがねぇだろうが!!
俺はステイルを睨みつけて口を開いた。
「てめえ、本気でそんな事言ってのか?」
「…良いか、偽善者? 今回の話を受ければインデックスの回収は見送られる。
まあ、ただ回収されるのが遅くなるって言うだけなんだけどね。でも、その間に『余裕』が出来るんだ」
「それが……」
「僕は、その『余裕』の間に駆け上がる。
イギリス清教の最高権力者である最大主教(アークビショップ)目指して、権力を手にしてやる。
そうすれば、僕が最大主教になりさえすれば、彼女を救えるんだ!」
ステイルはそう叫ぶと、凄まじい視線で俺を睨みつけた。
その瞳には、様々な感情が浮かんでは暴れてなんとかして外へ出ようとしている。
「『彼女にこれでもかと言うほど幸せな毎日をくれてやる』。前にお前が言った事だ。
僕は、僕なりのやり方で彼女にそれを与えてみせる。だから、協力ぐらいして見せろよ『偽善者』」
「…………」
俺も、ステイルも何も変わらない。
結果としてインデックスに幸せを与えてやりたいだけ。
ただ、違うのは、俺が彼女のそばに居て一緒に幸せになれるのに対して、ステイルは彼女が幸せになったことを見ているしかできないことだ。
たった、それだけだが、決定的に違う。
そんなこいつを、俺は尊敬する。
「ああ、良いぜ魔術師。テメエがてっぺんまで行けるように、追い風を吹かしてやるよ」
そして、俺はこいつに協力しよう。
何故なら、俺も心の底からインデックスの幸せを願っているのだから。
あとがき
やっぱり上条は主人公キャラですねwwそれも、かなり王道を歩むタイプw
こうまで変態とは違うとは……
しばらく、このまま上条視点で行きます。
だいたい、あと二話ぐらいでまとめようと思いますが……出来るかな^^;