夏の一日と言うのは、何故こうも暑いのだろうか?
ジーワジーワと泣き声を上げる蝉がうざったくてしょうがない。
「だーもー!! おせえええええええええ!!」
今、俺は人を待っていた。
これから一緒にある場所に行こうと約束していたのだが、約束の時間を一時間オーバーしても、姿も形も見えない。
俺はいらいらと腹立たしげに指の爪を噛んだ。
すると、かなりはなれた所に待ち人の姿を見つけた。
「わりー、遅れた!!」
そう言って、俺に駆け寄り荒い息をつく人物の名は上条 当麻。俺の最高で最馬鹿な親友だ。
俺はため息をつきながら遅刻してきた馬鹿を睨んで頭を掻く。その際に手に持っていた花束がプンと香った。
俺と同様に上条の手には、何やらお菓子が入っていそうな大きな箱があり、俺は思わず顔をしかめる。
「おいおい、またお菓子かよ。たまには俺みたく花束とかで決めてみろよ」
「良いじゃねえか。お前が花束担当で、俺がお菓子担当。ソレにこれは一時間並んでようやく買えたんだぞ!?」
「てめえ、遅くなったのはそれが原因か!」
俺たちはそう互いにののしり合って目の前の建物、病院へと入っていく。
彼女がいるその場所に。
ある病室の前、俺は迷わずその中に入ろうとしたが、上条は突然その歩みを止めた。
「? どうしたよ?」
俺が振り返ると、上条は辛そうな、今にも泣きそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「なあ、俺変なところないよな?」
「…ああ、大丈夫だよ」
俺がそう告げると、何かを決意したかのように上条は正面を見据えて病室のドアを開け放った。
その病室の中、個室に置かれたたった一つのベッドの上には銀の髪の少女がいた。
彼女は入ってきたこちらを見ると、どこか嬉しそうに俺達に笑顔を向ける。
その笑みはとても透明であった。
「また、来てくれたんだ?」
「あ――」
上条は何かを言いかけたが、その口はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ない。
少女はいつものように不思議そうに上条の事を見上げて、彼の名前を呼ぶ。その声は、あの日から少しも変わっていない。
「とうま?」
「っ!!」
ビクリと、まるで親に叱られるように上条はその身を震わせる。
俺はそれを戸惑ったように見つめる彼女と、その視線でさらに怯えたようになる上条の二人に溜息をつきながら、二人の間に割って入るように彼女に挨拶をした。
「おはよう、インデックスちゃん! 気分はどんなもんだい?」
「おはよう、てーとく。気分は悪くないよ?」
彼女はそう言って微笑みを浮かべてくれる。その笑顔に俺は手にしていた花束を見せた。
「それでは、お姫様に花束をプレゼント」
「わー、ありがとう! でも、前も言ったけど次からはお菓子で良いからね?」
「ははは、こやつめ。お見舞いは持ってこいと言う訳か」
彼女、インデックスちゃんは小悪魔めいた笑顔を浮かべると、素直にうんと頷いた。
次いで、上条が持つお菓子の箱に気がつくと、嬉しそうに眼を輝かせる。
「あ、とうま! それってお菓子だよね!? 早く開けてよ♪」
「あ、ああ。良し、ちょっと待ってろ!」
上条は少女の笑顔にどこか気押されるかのようにその手にした箱の中身をベッドに座るインデックスちゃんに見せる。
その途端、彼女の笑顔は先ほどのものよりも数倍輝く。
どうやら、今回も上条の方に軍配が上がったようだ。
そして、上条に早く食べさせてくれとねだるインデックスちゃん。
誰が、気がつくだろうか?
――この少女の記憶がないことに
あの後、羽根の直撃を受けたインデックスちゃんを病院へ運びこんだ俺達に突きつけられた事実は、現実の苦さを俺達に刻みつけた。
それは、脳細胞ごとの記憶の破壊。
取り除きたかった一〇万三千冊の『意味記憶』ではなく、『エピソード記憶』をこれでもかと破壊したのだ。
その為、起きたばかりの彼女は全てを忘れていた。
『あなた、誰?』
そのあまりにも透明で、無垢なその言葉に上条は言葉を失い、あの魔術師たちと同じ苦しみを味わったのだ。
『守るって、約束してやったのに……』
それからしばらくの間、上条は壊れた人形のように部屋にこもり、うわごとのようにそう口にしていた。
俺は、わざと何も言わずに傍にいるだけだった。
何故なら、それは上条が自分の責任でもって手を出した事の結末だから。
その物語の主人公は俺ではなく、上条だ。
その痛みさえ、『脇役(オレ)』には奪う権利がないのだ。
その上条の痛みに酔う時間は、ある日の午後に本部に戻るという事で顔を見せた魔術師たちと話すまで続いた。
しかし、魔術師たちが帰ったあとの上条の眼には炎が宿っていた。おそらくは、何か発破を掛けられたのだろう。
それから、毎日と言うように彼女の元に通い続ける上条。俺はそれに付き合って、この病院に訪れてインデックスちゃんと話をしていた。
それは、時折彼女の笑顔を見て固まる上条と、まるで必死にその笑顔の人格を模倣しようとするインデックスちゃんの渡し役となること。
そんな二人の馬鹿の、ぎくしゃくとした関係に俺はそろそろ苛立ちが募っていた。
だから、今日はそんな二人におせっかいを焼いてみようと思う。
「おい、上条」
「? どうした帝督?」
「俺、今日デートだから」
「は?」
俺の言葉に、こいつは何を言っているんだという目を向けてくる上条。
俺はそれに悪戯っ子な笑みを浮かべて花束を花瓶に生けながら口にした。
「約束の時間がもうそろそろだから、もう行くな。ごめんねーインデックスちゃん。本当は一時間前にこれてたっぷりと話が出来たんだけどねー。
どっかの馬鹿が必死になってお菓子を選んでたせいで、無理だわ」
「は、はぁ!? ちょ、待てよ……」
「あはは、じゃあ相手の女の子を待たせちゃダメだよ?」
「おーう。それでは、後は若いお二人で」
俺はそのまま本当に病室から出て行った。
後ろで何やら焦ったような上条の声が聞こえるが、振り返ってなんかやらない。
いつまでも俺の後ろに隠れてしか、インデックスちゃんと話せないようでは駄目だ。
少し荒良治だが、こうでもしないとこの馬鹿は永遠にそのままだ。
だから、俺はその背中を少しだけ押してやるのだ。
「…がんばれ、英雄」
そう、何度でも傷つき立ち上がって見せろ。
お前は、お前なら必ずそれに手がと届くから――
…………終わりだと思ったか? ところがどっこい、これからが本番なんだよ!!
俺は再び人を待っていた。
今度の人は遅れた訳ではない。ただ、俺が早く来すぎただけだ。
もう少しインデックスちゃんの所で時間をつぶしても良かったが、俺は先に行って待つことを選択していた。
何故なら、
「あれ? 待ち合わせの時間はまだよね?」
彼女を待たせる訳にはいかないのだから。
亜麻色の髪に、不思議そうに眉根を寄せる顔。
そして、いつも制服に身を包んでいた肢体を覆う、夏らしく可愛らしい白のワンピース。
そんな私服姿の御坂 美琴がそこにいた。
そう、何を隠そう今日は俺と美琴ちゃんのデートの日。
彼女との約束を果たしに行く日だったのだ。
「うん、まだ10分ぐらい余裕はあるかな」
「呆れた。あんたどれぐらい前からここにいたのよ」
「……一時間ぐらい?」
「…呆れた」
俺の返答に美琴ちゃんは顔を赤くしながらそう言ったものの、ちらりと俺を顧みておずおずと声を出す。
「あの、さ。それって、私との、その……」
あー、やばい! 照れている姿がたまらなく可愛い!!
今すぐ抱きしめて路地裏で事に及びたいが、ここは我慢だ。長期的な目で計画の達成のため、ここは堪えるんだ!!
俺は内心の苦しいばかりの想いをかくして、美琴ちゃんの言葉の後を引き継ぐ。
「そう、美琴ちゃんとのデートが楽しみでしょうがなかったから。その服、滅茶苦茶似合っているよ」
「っ!!」
ボンと音を立てて、さらに赤くなる美琴ちゃん。
俺はそんな彼女の背中に手をまわしてエスコートを始める。
「それじゃあ、行こうか?」
「あ、う…それで、結局どこに行くのよ!?」
あああああああああああああああああ、可愛い、可愛いよう!!
もう抱きしめるだけじゃ足りない! むしろ、今すぐ押し倒したい…って、待て待て。このままじゃ『光源氏計画(プロジェクトヒカルゲンジ)』が破綻してしまう!
落ち着け、Be kool。
「…前に約束したでしょ?」
「?」
どうやら彼女は覚えていないらしい…って、なんですかその愛くるしい小首の傾げ方は!!
もう、ダメ。これ以上は耐えられそうにない。
「まあ、いいや。行ってからのお楽しみってことで」
そうごまかして、俺はある場所に向かった。
彼女の笑顔を見るために。
「うわー、うわー! 本当だ、私が近づいても逃げない!!」
「ははは、これぞ進化した『脳内メルヘン』の真骨頂!! と言うか、猫と戯れる美琴ちゃんがプリチーすぎる!!
もう、辛抱堪らん!!!!」
「うっさい!」
「ひぎゃ!? み、美琴ちゃん。いきなり電撃は厳しいです」
「フン、あんたが悪いのよ。私とこの子たちとの至福の時間を邪魔するから、ねー?」
「ああ、猫に語りかける美琴ちゃんも可愛い!! くそう、触れないならせめて写メに残しておいてやる!!」
そんな、夏の一日。
図上では長い飛行機雲が青空を横切っていた。
???
「まったく、何度となく邪魔してくれるな『未元物質』」
「やはり、アレは私の手に負えん」
あとがき
これにて一巻の内容が終了です。ここまでお付き合いしてくださった皆様に感謝の言葉がつきません。
正直、これは禁書SSにおいて、中々ないエンドだと自負しています。
インデックスの記憶が消え、上条の記憶は残る。
私は、これがあるべき姿だったのではないかと思います。
そも、彼女の記憶は元々消えるべき運命でしたし、『幻想殺し』の少年はそれを守れず涙を流すしかなかったのです。
原作では、本作のような帝督と言う上条の『ストッパー』的役割の人物がいなかったため、上条が暴走しきって大切な人をだまし続けるという事態に進展したのでしょう。
それはある意味では正しいのでしょうが、私は少し納得ができませんでした。
上条は神裂に偉そうに自分が体験していない感情を論破しました。しかし、彼はそれを有言実行できるのかな、と思ったり思わなかったり。
ですから、今回はこう言うエンドを選択させてもらいました。
いかがでしょうか?
私は、この続きとして彼が神裂やステイルに言った最高の幸せを有言実行で彼女にプレゼントしようとする姿を書きたいです。
もちろん、帝督はその姿をみて応援するでしょう。また、帝督も美琴というヒロインに対して幸せをプレゼントしていくことになります。
帝督については、この一巻の内容では彼は主人公とは言えない人物です。
そう、まるで主人公を支える親友役。
主人公の見せ場を取らずに、フォローするだけ。ですから、視点が帝督なだけであり結局はこの一巻の主人公は上条でした。
次話から、正真正銘に帝督が主人公の作品を書かせていただきます。
それでは、このあたりで今回は筆を置かせていただきます。
最後になりますが、皆さまの沢山の感想には何度となく背中を押していただきました。本当にありがとうございます。
そして、これからもどうかよろしくお願いします。