誰もが、知っているだろう。
世の中には絶対に覆すことのできないモノがあると言う事を。
ソレは、人によって様々なモノに変わっていく。
例えば、自分と相手の力関係であったり、好意を抱いた者の気持ちであったり。
正に十人十色。人の数だけ存在することだろう。
そして、どうしようもないほど、絶対的な因果はそれを認識してしまった個人を縛りつけて、その型にはめてしまう。
そこから逃げ出せない檻として。
閉じ込められた者の反応は様々だ。
初めから自分がそんな檻に閉じ込められていると気がつかない者。
それに気づきつつも見ないふりをする者。
また、それに抗おうとする者。
他でもない俺は、そこから逃げ出せなかった。
いや、逃げだす努力すらしなかった。それに気がつき直面しながらも、その事実から逃げ出したのだ。
本当は、そんな檻などぶち壊そうと思っているのに、だ。
それでも、俺は踏ん切りがつかずに燻ったまま、周りの環境を受け流すだけであった。
このまま、自分の人生が終わるのだと自分に嘘をつきながら。
しかし、俺は見てしまった。
そんなルールなどしゃらくさいとばかりに撥ね退け、自分で新たなルールを作った者を。
どうしようもなく、輝いているその瞬間を。
そして、思った。
自分も、ああなりたいと。
どうすればいいのかは、分かっている。
その為の手段も、この手にある。
一度火のついた思いは、あとは燃え上がるだけだ。
だから――――
「みーこーとーちゃん♪」
「だあああああ!! 寄るな、この変態!!」
メゴッシャ、と素晴らしいほど気持ちがいい音と共に、目標へ飛び付くためにルパンダイブで近づいた俺の顔面に彼女の蹴りが決まった。
当然ながら全ベクトルをそちらに向けて、彼女に飛びついてあわよくば押し倒そうとしていた俺は、そのベクトル分の衝撃にプラスして、彼女の健脚の威力の一撃に顔面に凄まじい負傷を負ってしまう。
うん、まあなんだ。
無茶苦茶痛い。
痛い上にベクトルを殺され、彼女に届く前に重力に引かれて自然落下した俺は、その場でビチビチと陸揚げされたばかりの魚のように悶えた。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ、痛い! 愛が痛い!!」
「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよ!!」
言葉と共に繰り出される追撃。悶える俺は、当然それを回避することができずに、その攻撃の直撃を受ける。
すなわち、股間への足での容赦のない踏みつぶしを。
グシャリと自分の息子の付近で恐ろしい音がする。
だが、予想していた衝撃は股間ではなく、そこから少し外れた腿の付近で聞こえた。
どうやら、彼女が意図的に外してくれたらしい。
もっとも、それでも俺を痛みが苛むのだが、そんなものに慣れっこな俺は悶えるのを止めて、道端で犬の糞を見つけてしまったような顔で睨んでくる少女に笑顔で声をかけた。
ああ、今日もその亜麻色の絹糸のような髪に、少し意思が強そうなやや釣り目がちの眼が可愛らしい顔に、きめ細かそうな雪色の肌が堪りません、主に欲望的な意味で!!
「おはよう、美琴ちゃん!」
「死ね、変態」
俺の挨拶に少女、御坂 美琴は、これでもかと言わんばかりの愛くるしい笑顔と左手の中指を突き立てるジェスチャーを返してくれる。
うん、貴女になら犯されてもいい!! 抱いて!!
俺は美琴ちゃんが反応してくれたことが嬉しくてニコニコしていると、彼女は気持ち悪そうな目で俺を見てくる。
うん、どこかのギャグな日和の兎っ子探偵が、推理する時のような目だ。泣いていいでしょうか?
まあ、いいけどね。俺もあの犯人のクマと同じで変態と言う名の紳士だから。
「あんたさぁ、毎回毎回私にこんな人がたくさんいるところで抱きつこうとして、なんで懲りないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
美琴ちゃんのことばの通り、俺と彼女がいる場所は下校途中の生徒たちが遊びに来ている大通りの商店街にいた。
そこには沢山の人々がいて、何事かとこちらを見ている人がチラホラと見受けられる。
しかし、その反面いつもの事と素通りしている人物の方が多かったりすることは指摘しない方がいいだろう。
俺は彼女の言葉を無視することにすると、立ちあがって本来の目的を果たすことにする。
「いいじゃん、いいじゃん。俺ってば美琴ちゃんの事が大好きだし!」
「……あんたさ、今月に入ってから何回『警備員(アンチスキル)』に連れて行かれたか覚えている?」
「んー? たしか2回かな。次に同じノリで悪ふざけするなら、第10学区の少年院にぶち込むじゃんって、地味に脅されたけど」
「そんなことを言うあんたの精神が信じられないんだけど」
美琴ちゃんはそう言うと本気で俺から距離を取る。
地味に傷ついたが、追う恋の方が萌えるもとい、燃えると思っているので逆に頑張ろうと言う気になれた。
人間、気の持ちようは大事だね!
「それよりさ、美琴ちゃん。ちょっくら俺とデートしない?
第6学区の映画館で今流行りの映画をみた後に、第4学区でディナー。締めが第3学区のホテルの最高級の所でシッポリ…」
「っ!! あんた、中学生に何を言ってんのよ!」
俺が皆まで言おうとした瞬間、顔を真っ赤にした美琴ちゃんが鉄拳を俺のボディに捩じ込む。
グフゥ、いいパンチだ。君なら世界を狙える!!
とは言え、そんな一撃をもらった俺は情けなくもその膝を折る。
そして、美琴ちゃんはその瞬間にかけ出してしまい、自慢の俊足を活かしてあっという間に人ごみに紛れてしまう。
うーん、残念。本当に、ただ一緒に『送る人』を見ようとしただけのに。
……そのまま大人な雰囲気でXXX板な展開を期待していたのは、隠しようもない事実だが。
俺は小さくため息をつくと、その服についた埃を払って立ち上がる。
実はデートに行けるように、少しおめかしをしていたので、結構涙目。
とは言え、幾人かの通行人に不自然な視線を向けられているので、そろそろ逃げ出した方がいいかもしれない。
警備員(アンチスキル)に通報されて、こわーいお姉さんが来る前に。
「よし、なら今日はさっさと帰ることにしよう。ですから、少年院行きだけはマジで勘弁してください」
「うん、既に行動してから言う台詞じゃないじゃん。未遂で帰ってたら先生もみのがしたけど」
そう言って、俺の後ろにいつの間にか立っていたポニーテールにジャージと言うラフな格好の女性は、ポンと優しく俺の肩を叩いた。
そして、俺の手首をしっかりと掴む。
ちなみに、この女性は治安を維持する警備員(アンチスキル)の方で、俺が美琴ちゃんはと問題を起こすと大抵俺を捕まえに来る人である。
「それじゃあ、大人しく一緒に来てもらうじゃん。垣根 帝督くん」
「……はい」
「安心するじゃん。少年院送りは見逃してあげる。そのかわり、説教じゃん」
そうして、俺、垣根 帝督は実は巨乳な警備員(アンチスキル)のお姉さんに手を引かれて連れて行かれた。
気分はドナドナの仔牛の気分だ。
今日も学園都市は平和です。