破壊された病院の外壁、もうもうと立ち昇る瓦礫の煙、久方振りに姿を現し再び消えた観音寺。
本来の予定に無い展開に(どんな予定があったかは定かではないが)スタッフ達からも緊張の色が見て取れる。
番組と最も関わりが深いスタッフがこうなのだから、もちろん観客が状況を全て把握出来ている訳も無く、
ざわざわと困惑したどよめきが耳につく。
「それにしてもホントに何が起きているのやら…」
「あたしも何と言って良いか……」
屋上でホロウと一緒にこちらを見下ろしている一護クンに少々呆れつつも事態の進展を待つ俺。
右手側の夏梨ちゃんも勿論『視えている』為、「何やってんだあのバカ兄貴」と言わんばかりに目からハイライトが消えている。
ごめんねぇ。お兄ちゃん今ちょっと中二病患いかけてるんだ。
「ね、ねぇ!二人で納得してないであたしにも教えてよぅ!」
ハイ、左手側の遊子ちゃんがむくれております。
かわいいねぇ。愛玩動物みたい。
この後はデンジャラスな命がけイベント目いっぱいなので今のうちに癒されておこう。
「ええと……優姉ぇ…ヨロシク」
しかし、遊子ちゃんの視線を受けてスッと目を逸らした夏梨ちゃんから俺にキラーパス。酷い。
だがその気持ちは分からないでもない。
私たちの兄は黒い着物に身を包み、屋上からバケモノとこちらを見下ろしています。とか冷静に状況説明できるような奴がいたら驚きだ。
どんなリーサルウェポンだ。
「あのねぇ、今、黒さ「織姫ちゃんストーップ!」ふわぁ!?」
チクショウ!
このリーサルウェポンめ!
遊子ちゃんの左で先程までじーっと屋上を見てた織姫ちゃんが恐ろしく気軽に発言しそうになってたのをなんとか制することが出来た。
今ニコニコした顔で躊躇い無く真実を明るみに出そうとしてたよねこのド天然さん。
怖い、天然って怖い。
「え、だって黒さ「えっと!観音寺が今追ってる悪霊が屋上にいるの!うん!それだけ!それだけだから遊子ちゃん!」あわわっ!」
気づいて!?気づいて織姫ちゃん!
こないだナイショだって言ったばかりよ!?
届けこの思い!
「そうなの?織姫」
「え!?あ、うん!そう!そうなのたつきちゃん!」
届いたこの思い!!
マンガ的表現ならば横線のような目から滝のような涙を流さんばかりの俺の様子にようやく合点がいったのか、
織姫ちゃんがたつきちゃんを誤魔化しにかかった。
両手を顔の横でグッと握り締めて力強くアピールする様はちょっとアホの子のようで実に可愛い。
「ふぅん…屋上に…か……」
「お、屋上にいるんだ…ドキドキしてきちゃった」
腕を組み、未だ半信半疑な表情で屋上を見つめるたつきちゃんに、
空いた左手で服の裾をぎゅっと握り締め、キラキラした表情で屋上を見やる遊子ちゃん。
両者の対比がそれぞれの霊に対するスタンスを思わせて面白い。
いや、実際は面白くもなんとも無い。むしろ一護クンらの状況が碌に掴めず非常にドキドキしてる。
我ながらなんとアドリブに弱いことか。
それにしてもこの場で驚くべきはたつきちゃんだ。
普通、「不可視かつ強力な化物が世の中には昔からうようよしていて、お前は段々それが視えるようになってるけど対抗手段はありません」
なんて言われたらSAN値チェック失敗するだろうに。
精神的にも強靭過ぎるぞたつきちゃん。いあいあ。
俺が完全に“見えるだけ”の人間だったらマジで毎日胃を酷使していたところだ。穴が開くわ。
“さぁ!とうとう観音寺氏が屋上に姿を現しました!これから一体何が!何が起きるのでしょうか!?”
ヘリから屋上を見下ろしているレポーターのコメントを聞きつけ、今は遊子ちゃんの手にあるポータブルTVに皆の目が向く。
既に一護クン達はこの位置から見える場所には居らず、霊が映らない、完璧に一般人視点の番組放送でしか状況は分からない。
さぁ何が起きている、何が起きようとしている。
出来ることなら楽しいショウを、見るもの全てが楽しまずにはいられない最高のショウを、
生放送、本物の悪霊が相手である極上のショウを見せてくれよ、一護クン。
dream 15. 『THE HEROES』
「待たせたなバッドスピリッツ!」
場所は病院の屋上。
ドアを開けて観音寺が屋上に現れた。
その手には観音寺の固有武装『超スピリッツ・ステッキ』が力強く握られており、既に彼が戦闘体勢に入っていることが分かる。
「さぁ!最早逃げ道は無いぞ!大人しく観念するが良い!」
そう言い放ってステッキを振りかざし、屋上入り口の反対側、誰もいないはずのフェンス付近にステッキを突きつけた。
すると観音寺が指した場所、その床が抉れ、勢い良く破片を後方に撒き散らす。
まるで居ない筈の何かが自分の存在を主張するかの如く刻まれた跡は、その方向を観音寺へと向けて飛び飛びに刻まれていくのだった。
「ぬぅ!諦めの悪い!ならば良いだろう!こちらも行くぞ!」
観音寺が腰を低く落とし疾風のように駆ける。
自分に向かってくる何かに対抗するように、強大な何かに立ち向かうように。
一瞬の刹那に全てを賭けるように。
「オオオォォォォォォォォォォオオオオオ!!!」
雄雄しく吼えた観音寺は勢いをそのままにステッキを横薙ぎに一閃。
ステッキに激しい速度で何かがぶつかったかのような痺れが走り、その痺れに比例する大きな金属音が病院屋上に響いた。
観音寺のマントはいつの間にか引き裂かれており、開いた裾をはためかせている。
「浅いか!ぬっ!?むおおおおお!!」
振り返った観音寺が即座にステッキを両手で横に持ち替え、上から振ってくる何かを受け止めたように腰が落ちた。
いや、確かに何かを受け止めているのだろう、その足元は明らかに荷重がかかっているように軋み、ひびが入り始めているのだから。
「むぅぅ…中々のパワーのようだが……甘いわぁ!でぇぇい!!」
迫り来る何かを左に受け流し、即座に横をすり抜けるように回転して跳び上がり、その勢いを利用して再びステッキで斬り付けた観音寺。
再び金属音が屋上に響き、ほんの数瞬までいた所には見れば誰もが大型の獣を連想するであろう爪痕が深く刻まれ、相手の巨大さを十分に思わせた。
「手ごたえあり!」
笑みを浮かべながらも油断を感じさせない様子で爪跡の方を振り返った観音寺。
フェンスを背中にしていた彼は次の瞬間右に跳び、強大な力で無理やり引き裂かれた様に形状を変えたフェンスの方を見て、再び杖を構える。
反応がほんの少しでも遅れれば自身も引き裂かれていたことを感じ取ったのか、その横顔には汗が一筋流れていた。
「……スピードとタフネスも中々の様だなバッド・スピリッツ。しかし!これならばどうかな!?」
それは通常の物理法則からすれば有り得ない動き。
空中を蹴って縦横無尽に、何かを囲むように跳ね続ける観音寺の速度はさながら獲物を追い詰める鷹の如し。
三次元を十分に生かしたその非常識極まりない軌道は、金属音を激しく響かせながら次第に速度を増していく。
「これぞ観音寺エアリアルスラッシュ!この速度には最早付いてこれまオボゥア!!!」
だがここで観音寺がセリフの途中で吹き飛ぶ。顔面を殴られたように勢い良く吹き飛ぶ。
地面を数回バウンドして屋上を転がった観音寺は、先程壊されたフェンスの位置まで吹き飛び体を横たえた。
サングラスが地味に割れていて実に痛々しい。
「フ…フフ……適当に腕を振り回して私に当てるとは何とラッキーな……。だがっ!まだ負けてはいないっ!」
そして観音寺は再びステッキを構え、戦いを再開した。
観音寺が派手に吹き飛んだその時。
『おいコラ!今のは力入りすぎだろ!』
思いのほか、それこそ見てて気持ち良いほどの吹っ飛びっぷりを魅せた観音寺を見て一護が叫んだ。
しかし残念ながら微妙に意思疎通が出来てないのか、叫ぶ一護に当の虚は親指をグッと立ててのサムズアップ。
「見てました!?今のスゴいっしょ!?」と言わんばかりの虚の得意そうな顔に思わず一護も眉間を押さえる。
『いや…流石に今のはマズくねぇか?いくら何でも今のは怪我ぐらい…』
「フ…フフ……適当に腕を振り回して私に当てるとは何とラッキーな……。だがっ!まだ負けてはいないっ!」
『あー、今の訂正な、続きやるぞ』
『ヴォオオオオ!』
(うん、結構いいセンいってたんじゃねぇかコレ)
それから数分経って、一護は腕を組んで自画自賛に近いものを感じていた。
ネタをばらせば話は簡単。
今まで観音寺のステッキを受けていたのは全て一護であり、観音寺に攻撃を仕掛けていたのは全て虚だったのだ。無論本気ではない。
ちなみに観音寺が空中を蹴って移動していたのは、一護の霊子固定化による足場作りの練習の賜物。
地道に瞬歩や足場固定の特訓していた一護は存分にその力を発揮していた。
途中、虚が力をセーブしきれずに無駄に勢いよく吹き飛ぶシーンもあったが、
ゴキブリのような観音寺の生命力には然して影響は無かったようで、その後も順調に殺陣を続行。
そして今は終盤、残るはピンチから逆転した観音寺が必殺技とやらを何もいないところに放って、
コレにて一件落着→エンディングへ、そして放送後に虚を浄化。というのが当初の予定だった。
段階は締めのシーンに入り、既に殺陣を終えた一護と虚は屋上入り口を背にしての観客モードに入る。
『あとは必殺技だな、自信満々に「見ていたまえボーイ」とか言ってたけど何が出るやら』
『ヴァー』
「喰らえバッド・スピリッツ!観音寺流最終奥義!!!」
と、観音寺が右手を掲げたその時だった。
誰も予想だにしない出来事が起きた。
夜空にひびが入ったのだ。
夜空を割り、更に深い深淵の常夜から顔を覗かせたのは、黒衣を身に纏った巨大な仮面の怪物、大虚<メノス・グランデ>。
まるで怪獣映画のような非現実的な空気を纏う巨大なそれは、口元から高濃度の霊気を垂れ流し、圧倒的な禍々しさを持って現世に顕現。
これを見た一護は思わず息を呑み、虚は仰ぐように空を見上げた。
一護たちの視線を受けてか、辺りを見回しメノスが吼える。
それは新たな戦いの始まりを告げる汚泥にも似た不吉な音色であり、世界の終わりを告げる管楽器の音色のようであった。
「馬鹿な……あれは……メノス!?」
『おい!観音寺!あれはヤベェ!今すぐ観客を避難させろ!』
一護の反応は素早かった。
何事かを呟いた観音寺に詰め寄り即座に観客の避難を促す。
山のように巨大な虚を見てまず考えたのは、己の危険や勝ち負けの話ではなく、人々の安全だった。
それを感じたのか、観音寺は驚きの表情から再びヒーローの顔を取り戻す。そしてヒーローは拳を握り、叫んだ。
「何と言うことだバッド・スピリッツめ!よもや自分の負けを悟って親玉を呼び出すとは!」
『馬鹿野郎!そんなことしてる場合じゃねぇだろうが!あれと戦うにしても被害が出る!まずは避難が先だ!』
一護の言うことは正しかった。
一護たち程の霊感を備える者がいない一般の観客の中にも、既にメノスの圧倒的な霊圧を感じて体調の不良を訴え、
意識を失いかけてるものも出始めており、現場は少なくとも安全とは言えない状況に陥っていたのだから。
もし、現役の医者であり一護の父親である一心が先陣を切って指揮を取っていなければ、廃病院付近は更に混乱に陥っていたことだろう。
「確かにアレは強い……しかし手はある!」
『何?』
しかし観音寺が示したのは勝利への鍵。
既にメノスはその足を廃病院方向へと向けており、もはや時間は無い。
メノスの速度を見て、もう避難が間に合わないのを悟った一護は頭を切り替え、観音寺に問いただす。
『被害を出さずにアレを倒す方法があるんだな?』
「普通に戦えば被害が出ることは必至!だがこれならば!私が蓄え続けた力を放つコレならば一撃で決められる!」
観音寺はステッキを握り締め、あくまで誰も居ない事を前提に、セリフを装って一護に答え続ける。
ヒーローとして。
ドン・観音寺として。
子供たちの憧れとして。
『分かった。俺に出来ることはあるか』
「しかしこの奥義は発動に時間が…!1分、それが勝負だ!」
そう観音寺が告げた時だった。
『ヴァァァァァァァァアアアア!!!!!!』
『おい!どうした!』
突如、虚がメノスに向かって飛翔。
そもそも飛べたことに驚く一護だが、虚の覚悟を決めた顔に戸惑わざるを得なかった。
『まさかアイツ…自分がおとりに!?』
「しかしやるしかない!マスターお許し下さい…今こそ封印を解く時!」
虚の行動を理解して驚く一護を視界に入れながらも、観音寺は既にステッキに霊力を込め始めていた。
一見魔法のステッキめいたその杖は、観音寺の霊力に呼応するかの如く紫電と共に外装をパージ。
内部より眩い光を放ちながら次第に元の形を取り戻していく。
『何だ…それ……』
「これぞ我が超スピリッツ・ステッキの真の姿」
一護が驚くのも無理は無かった。
それは一本の矢。
表面に複雑な紋様、記号が幾重にも細かく刻まれ、月光を受けて煌めく銀色の矢。
観音寺がこれまで温存していた本当の切り札。
観音寺の掌から数センチ浮かんでその身を煌めかせる銀の矢は、一護の知るどんな武器よりも神聖にして強力に見えた。
『って待てよ!そんなの撃ったらアイツごと!』
「コレを放てば最後。この矢を妨げるものはどんなバッド・スピリッツであろうと全て無へと帰すだろう」
この時、観音寺の視線が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ一護の視線と交わった。
今までセリフとして『本来この場に居ない』一護と会話をし続けた観音寺が何故今更視線を交わしたのか、その意味を正しく理解した一護は瞬時に空を駆ける。
『なら撃つ前にアイツを退けろってことか!』
これも地道に訓練を重ねていた空中に霊子を固定しての瞬歩。
虚の速度も中々のものだったがほんの僅かな時を持って追いつく。
『いいか!お前はちゃんと俺が尸魂界に送ってやるから最後まで死ぬなよ!…いや、つってももう死んでるんだけどよ』
『ヴァァァァア!!』
自分で言っておきながら首を捻る一護に虚が答えた。
そしてそれを肯定と受け取った一護は、目標をメノスへ定めて斬魄刀を構える。
『それじゃ最後の大仕事だ!あのデカブツの足止めといこうぜ!』
『ヴァァァァァァァアアア!!!』
一護と虚がメノスの足止めを行い始めたとき、観音寺は次の段階に入っていた。
封印より解放された銀矢を背に収め、左腕を天に掲げつつ霊力を凝縮。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
まず現れたのはブレスレットのような光の輪。
次に現れたのは光の輪から生えた天使の如き光の翼。
そして最後にそれぞれの翼の頂点から線が伸びて互いを繋ぎとめた。
そう、それはまさしく、銀の矢に対応して神聖な輝きを放つ、光の弓だった。
「さぁ、今夜はこれでお開きだベイビー。今この時を持ってこの病院を悪夢から解放しよう!」
左腕に光の弓を顕現させた観音寺は、力強くその標的をメノスへ定めた。
すると花が開くように光の弓はその翼を広げ始めていく。
それによって弓の長さはもはや背丈を超え、3メートル超の長弓へと姿を変えていた。
「YEAHHHHHHHH!!!キルキルアウナンアウマクキルナン!!!」
お得意の浄霊リリックと共に輝きを増していく光の弓、それに共鳴するように震える銀の矢を番えた観音寺。
ある程度の霊感を持つものであれば誰もが分かるレベルの膨大な霊力が銀の矢へと集まっていく。
観音寺の足元はその霊圧に耐えかねているのか軋みを上げ、割れた破片が中空を舞い始めている程だ。
そして───────
「カンオンジ!アルティメットシューティング!!!」
銀矢は夜空を突き破るように放たれた。
『あとがきゴールデン』
まさかまた一月経つとは。
こんなSSを読みに来て下さっているエンジェルな方々すいません。
次で観音寺編も終わりです。
色んな意味でアウト感が拭えませんが、観音寺だしまあいいかということでお願いします。
「何やってんの観音寺!?」と思ったあなたは作者的にも驚きの展開なのでもっと驚いていて下さい。
観音寺無双、はっじまーるよー。嘘ですけど。
「あれ?優姫、いらない子じゃない?」と思ったあなたは極めて正解に近いので安心して下さい。
これから黒歴史関連絡めていじっていけたらいいなぁと思います。
「KANONJIの時代が来ましたね」と思ったあなたは今すぐ観音寺が主人公のSSを書いて下さい。
絶対こんなSSより面白くなりますって。あとKANON JIじゃありません。念のため。
次回、一護の戦いはこれからだ!