PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi
パチン
「ふぁぁぁ……」
未だ春の陽気を残す日曜の早朝。
聞くものがいれば誰もがその愛らしさに頬を緩めるであろう欠伸から糸井優姫の一日は始まった。
目覚まし時計を止めた後のそりと上半身を起こし、そのままボーッと何も無いところを見つめるネコのように停止。
というか焦点が合っていない。
「ふぁぁぁぁぁぁ……」
要するにまだ寝ぼけていた。
普段は夢世界から現実への復帰を辿っているため分かりづらいが、本来、糸井優姫と言う生き物は寝起きが悪く、
普通に睡眠をとり目覚めた場合はこのように脳の覚醒までにしばしの時間を要する。
その姿勢のまま数分が経ち、ようやくベッドから降りてぽてぽてとドアに向かって歩き出す、が、ここで優姫は違和感に気づく。
「あれ?……ドアノブってこんな高い位置にあったっけ?」
いつもなら腰の辺りの高さにあるドアノブが顔の前にあるのだ。
しかも服がやけにだぼだぼしていて明らかにサイズが合ってない。
これには流石に寝ぼけていた頭も動き出す。
「なんだ……まだ夢か」
と思いきや余りに有り得ない事態の前にして、即座にこれを夢と判断した優姫。
この異常事態をごくありふれた日常のように受け入れ、何でもないようにそのまま階段へ。
「階段もおっきぃような…」
いつもならトットットッと軽やかに降りることの出来る階段も段差が高いように感じ、慎重に一歩一歩階段を踏みしめて降りる。
未だに夢の中と勘違い続行中である。
そのまま手すりに掴まり一歩一歩階段を降りた優姫の足はバスルームへと向く。
自称2.5次元人と言うだけはあって、肌や髪の手入れを然程必要としないその体だが、朝はやっぱり歯磨き、洗顔と一通りこなさないとしっくりこない為、
無意識に足はバスルームに隣接した洗面台へと動くのだ。
未だ出てくる欠伸をかみ殺しつつなんとか洗面台までたどり着くことの出来た優姫だったが、ここでもやはりいつもとの違いが出てくる。
「高い…」
そう、普段は腰を曲げて洗顔などをするはずなのに、今日の洗面台は顔より少し低い位置にあり、
手を伸ばしてようやく水を出すことが出来ると言ったところ。
「まぁいいか」
しかしまだ夢の中と勘違い続行中の優姫は、幼稚園時代に使用していた台を使ってこの事態を軽やかに解決。
一通りの事をやり終えタオルで顔を拭き、台を元の位置に戻して再び自室へ向かう。
いつもより大きく感じるドアを開けて部屋に入り、ドアを閉めて鍵を掛け、そしてベッドにぼふんとダイブした優姫は、
<<小さくなってるじゃねーーーーーーーかぁぁぁぁぁ!!!!!!>>
思いっきり念話で叫んだ。
ようやく本当に目が覚めたらしい。
どり~む2. 『ちいさいってことは 前編』
<<で、スピカ、原因は何か分かる?>>
<<恐らく霊力切れではないかと思います>>
<<えぇぇぇ…マジで?>>
<<はい、この前の『千本桜』で予想以上に消費した反動が来たのかと>>
いや、確かにあれはかなり力を込めたけど、今更遅れて反動が来るとかさぁ…年取ってからの筋肉痛じゃあるまいし……。
と、念話を行って優姫はがくりと肩を落とすが、スピカの恐らく今日中には戻るとの回答に一安心し、文字通り胸を撫で下ろした。
<<…ん?>>
<<他になにか異常でも?>>
<<いや、体が小さくなったのもアレだけどさ、胸に重りが無いのに違和感が…>>
<<ユウキもすっかり女性ですね>>
<<…………>>
そう、今の優姫の姿は幼稚園か小学校低学年のもの。
中学、高校とめきめき成長した姿とは異なり、体が非常に軽いのだ。
二次性徴を迎えた頃は、次第にふくらみを増していくその胸に何とも言えない感情を抱き、最初は「すげぇ…」とむにゅむにゅ弄っていたが、
次第に「もう大きくならなくて良いよ…重いし揺れるし…千早に分けてあげたい…」、「やっぱり他人のものでこそだ、そうだろ宮藤」等と変遷を辿り、
「まぁある分にはいいか、エロイし」と変な着地を見せていたその胸、納得をしたとはいえ数年に渡る束縛を逃れた感覚は久しぶりのものだった。
無駄にぴょんぴょん跳ねてみたり、部屋をちょっとダッシュしてみたり、うつぶせに寝てみたりと様々な動きを試し、
つるぺたはありだよ千早!72センチばっちこいだよ千早!と実に無意味にテンション上げる優姫だったが、ここであることに気づく。
「やばっ、始まっちゃう」
日曜朝からのスーパーお子様タイムの時間帯が迫っていたのだ。
今日はこのまま自室に篭っていても良いが、万が一両親に見られるとマズイ。
そう判断した優姫は、素早く携帯を手に取りカカカッとボタンを操作。
呼び出し音が耳元で数コール鳴り続ける。
「………………あ、起きた?おはよう一護クン。あのさ、ちょっと窓開けててもらえる?いや、いいから開けといて。
開けた?うん、じゃそのまま開けといて。うん?うん、うん。ああ、理由は後で話すから、うん、それじゃまた後で」
電話を切ってからの動きは素早いもので、急いで昔の服と靴を引っ張り出し、着替え、
「ちょっと出かけてきます」と書置きを残して窓から跳躍。
その顔は正にこれから誰かにイタズラを仕掛けようとする子供のもので、実に楽しそうな笑顔だった。
「よっと」
少量の霊力もどきを用いた身体強化により、無事に1階屋根部分からの着地を終えた優姫は、そのまま人通りの無い、新鮮な朝の空気に満ちた空座の町を走る。
何と言っても体が縮んでいるのだから当然歩幅も短くなり、いつもの道のりはその小さな体には長く感じられた。
しかし、日曜朝という魔の時間帯は優姫に大いなる力を与え、ひたすらに前へ前へ足を進めさせたのだ。
「やっとついた…時間は…よし、ばっちり」
瞬間的に力を高め黒崎家二階、一護部屋、窓の前に跳躍。
そのまま「おはー」と軽い挨拶と共に靴を脱ぎ、窓からヒラリと入室に成功するが、その部屋の主である一護は目を点にして微動だにしない。
律儀に窓を開け、腕を組みながらいつも通り眉間にしわを寄せ、首をかしげて頭上に?マーク浮かべていた一護は、
突然優姫に電話で指示され開けた窓から我が物顔で自然に入ってきた少女に困惑していたのだ。
(これだよこれ!いやぁ良い硬直具合だ!)
ゾクゾクッと湧き上がる喜びに打ち震える優姫、その顔が実に『良い表情』をしていたのは言うまでも無い。
一方一護はその少女が持つ、明るく鮮やかな色彩を誇るエメラルドグリーンの長い髪、幼い頃より記憶に深く刻まれている『良い表情』、そして先程の電話の内容を総合し、
考えたくは無い、しかしそうとしか思えない、極めて非常識ながら簡潔な答えを導き出す。
「ゆ…優姫……か?」
「YES正解」
この答えに口をパクパクさせて言葉が出ない一護の姿を堪能し、一応の満足を得た優姫は部屋に備え付けのテレビをつける。
もちろん音量は小さめに。
そのままリモコンを持って一護のベッドに背を預け、ばっちり視聴の体勢に入る優姫だったが、ここで一護がやっと動きを取り戻した。
「いや、つーか何でお前縮んでんだよ……」
「霊力使いすぎたみたい」
「ハァ!?」
優姫の答えに目を見開いて驚く一護、そこでふと思いついたように押入れをガラッと開け、中のルキアを起こしにかかる。
「おい、ルキア、起きろ、ルキア」
「むぅ…白玉はもう食えぬと言ってお…いや、まだいくらか入るから持って来てくれ…」
「プッ!」
このテンプレートぎみな寝言に噴出す優姫。
まさかこのご時世にこんなセリフが聞けるとは思ってもいなかったようで、口元を手で押さえプルプル震え始める。
一護はと言うと、この手の寝言に慣れているのか、呆れた顔でルキアの顔を一瞥し、笑い声を漏らす優姫の方を振り返る。
「ツックックックックッ……」
「いや、怖ェからそれ」
振り返った先でその幼い姿に見合わぬ細まった目と深い笑いと言う予想外の一撃を受け、冷や汗流してツッコミを入れる一護だったが、
ルキアはまだ起きる気配が無く、寝言は更に続く。
「ほわぁっ!ほわぁぁぁ!」
「うおっ!一体なんだよコイツ!」
「…なんの夢見てるんだろうねルキアちゃん」
「…………いえ…お客様…どうのつるぎは120円です…」
「どんだけデフレ起こしてんだこいつの世界」
「チョイスが分からない…しかも円?」
「マホ~…、もう甘味は食べられないカモ~」
「また食い物かよ…つーかこのクネクネした動き怖ェな…」
(あれ?ルキアさん何気に今、姫子ボイス出した?)
この後も続く謎のルキアワールドに頭を悩ます一護と優姫だったが、いい加減我慢の限界なのか一護が頬をぺしぺしと叩く。
「おーい、ルキアさんよぉー」
「うむ…うむむぅ……なんだ…一護?」
「いいからちょっと起きてくれよ」
「むぅ…何事だ一体…おお、おはよう優姫」
「おはようルキアちゃん」
「いや待て…優姫のその姿は何だ!?」
「お、気づいたか」
「思ったより早かったねぇ」
数十分前の優姫のように寝ぼけ眼を擦っていたルキアだったが、優姫の不自然なサイズに気づき、スイッチが切り替わったような反応を見せる。
しかし、驚きの元であり当事者である優姫が涼しげな表情でいるため、その勢いもすぐに沈静化。
一護も一護で「まぁ優姫だしな」と結構落ち着いている辺り、一護の優姫に対する認識が窺える。
そしてCMに入ったのを機に説明に入る優姫と、それを聞き、あっけに取られるルキア。もちろん何に霊力を使ったかは嘘八百。
「はぁ…霊力の使いすぎで縮んだ……と」
「まぁねー」
「いや、反応軽ィなお前」
「今日中には治るみたいだし」
テレビを見ながらサラッと事情を説明する優姫をまじまじと見つめるルキアだったが、ここで一つの答えへと達するに至った。
(まぁ優姫だしな)
死神コンビからの優姫に対する認識の一致が窺えるシーンである。
一方そんな事を思われているとは露知らず、早朝のアニメに見入る優姫。
(パンツ見えた!いや、影か!)
ステキにダメ人間思考だった。
ルキアの話によると、通常霊力が無くなった場合の症状は体の不調や激しい空腹といった程度で、体が縮むのはありえないとのことだったが、
そもそも人の身でありながら今までミラクル捲き起こしてた優姫を基準にするのはどうかと言う事と、
本人が何かしらの確信を持って大丈夫と太鼓判を押しているということでこの場は一応の治まりをつけた。
そして時間はスゥッパァァァ!!ヒィィィィルォォタァァァァイム!!!!に突入。
ベッドの上で胡坐をかいて真剣にテレビに見入る一護と、机に付属の椅子に前後逆に座り、背もたれにあごを乗せてやはり真剣に見入る優姫。
普段、糸井、黒崎両家でコレを見るのは2人のみなのだが今はここに新たに一人の戦士が加わる。
「いけっ!そこだっ!ああっ!何故勘違いするのだ!敵はガルデロンだというのに!」
朽木ルキア、洗脳完了。
番組終了後しばらくは、3人で今回の批評や問題点を挙げ、次週への引きが云々、アバンが云々。
「あそこのシーン、シェハウザー覚醒シーンのオマージュだよね」とか、「いい加減勘違いで仲たがいするの飽きたな」「同感」等と感想を言い合っていた。
その姿は見事なまでに「おおきなおともだち」と言う言葉を髣髴とさせる。
「ところでお前、そんなナリで今日どうするんだ?」
と、ここでようやく一護が優姫の異変に関して質問をぶつけた。
今までスルーしていたとはいえ流石に気になりだしてきたらしく、その表情には心配の色を窺わせる。
「取り敢えず元に戻るまで家に帰るのはマズいからー…、それまで外をぶらぶらするしかないかなぁ?」
「でもその髪の色だと外歩いててバレねぇか?ここらでそんな髪してるのお前しかいねぇだろ?」
「ははは、いちごくんはじつにばかだなぁ。そもそも一般人は人が縮むと言う発想に至らん」
「なん…だと…!?」
(言った!なん…だと…って言った!)
ブリーチお約束の驚きの表現に内心息を荒くする優姫、こんな状況でもすかさずネタに食いつくその姿勢は流石と言える。
そして一護は、知らず知らずのうち自分が非常識な思考にドップリ染まっていたことに落胆の色を隠せないようで、頭を抱えて唸り始めた。
しかし、そもそも実は血筋的に半分死神な上に、現在死神少女と同居中なので常識もクソも無い状況なのだがそれに気づいた日にはどうなるのか。
優姫は全バレの日をワクワクしながら今日も待っている。
「ふぁぁぁぁぁ…」
「テレビ終ったらもう欠伸かよ…」
「いや、縮んだら体の機能も子供になってるのか、何かおねむの時間なのよ」
「だからと言って俺のベッドにもぐりこむのはどうかと思うのですが優姫さん」
「じゃあ押入れで寝る…」
一護のベッドに上がり、枕と毛布で巣を作ろうとしていた優姫だったが、一護の言葉に目を光らす。
仕方ないなぁと言わんばかりに押入れの中に異様な速さでもぞもぞ入り込む優姫はゴッドスピードラブ。
高速のビジョンについてこれる者はいなかったのである。
「ちょ!ちょっとまて優姫!」
「あったけー…ルキアちゃんの布団あったけー…Zzz...」
「寝たな」
「凄まじい速度だな…本当に寝てるのか…?」
「ホラ、あれだろ、寝たら体力回復みたいな感じで、体が睡眠を欲しているとか言うやつじゃねぇの?」
ハッと一護を見、お前意外と頭良いな!というルキアの視線にテメェ今朝はメシいらねぇらしいなという一護の視線。
お互い見事にアイコンタクトが成立したが、ルキアの
「仕方ない、少女誘拐の件で貴様の親御殿に報告せねばなるまいか…」
という言葉に
「スイマセンでした」
と美しい日本の心、土下座を披露した一護は、今日もルキアに朝食を運ぶ仕事に従事するのであった。
黒崎一護、15歳。家族に秘密の多いお年頃である。
「しかしこの優姫は恐ろしく可愛らしいな……何だこれは?」
「何だこれはと言われても困るんだけどよ…」
食事を終え、自分の布団で未だに寝息を立てている優姫の寝顔を覗くルキアだが、その天使のような愛らしい寝顔にほぅ…とため息が漏れる。
何しろ元の姿が反則なまでの美しさを誇ると言うのに、この幼い姿はその可愛らしさが際立っているのだ。
肌理の細かい白磁のような肌に、上質な絹糸もかくやと言ったさらさらと流れる緑柱石の色をした髪、
時折聞こえる寝言は玉を転がすような声で紡がれ、あたかも天上の音色を奏でるようであった。
「くたばれ…じごくでざんげしろ……」
些か内容は不適切だったが。
ともかく可愛いことは可愛いのでこのままでもある意味アリなのだが、万が一のことを考え、ルキアは浦原の所へ一応過去の症例等を調べに行くことにした。
その手の記述や情報は無いとは思うが、無いとは言い切れないのもまた浦原商店なのだ。
一方、部屋に残された一護はこのまま外出する訳にも行かず、結局日曜の午前中を勉学に費やすことに決め、机へ向かう。
黒崎一護、見た目に反し成績の面ではだいたい学年30位には入っているという、極めて優等生な少年である。
そして時計の針は12時を指し、そろそろ一息入れようと一護が机から離れたときのことだった。
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…
「おなかすいた」
空腹を知らせる音色と共に優姫起床。
ようやく目が覚めたらしく、ぐしぐしと目を擦り起き上がる。
半分寝ぼけたまま欠伸と共にぽりぽりと体をかく様は、その容姿からは想像するには余りに過酷。
ルキアがこの場にいないことを少しホッとする一護だった。
「やっと起きたか」
「んん…あれ?ルキアちゃんは?」
「過去の症例を探すとか言ってどっか出てったぞ。昼は向こうで食うとかなんとか」
「あー、それはまた…後でお礼言っとかないと。ていうかお腹すいた、どっか食べに行こうか」
「待て、それは俺について来いと言うことか?」
「いやぁ、まさかこんな幼子に対し一人で行ってこいなんて言わないよねぇ?」
この時点で、ヤバイこれはヤバイぞと一護の脳に警鐘が鳴る。
ルキアがいればまだ何とかなったかもしれないが、この優姫と2人で出歩くと、非常に面倒な事態に巻き込まれる可能性が高いことに気づいたのだ。
(待てよ、そういやいつも食事の余りをルキアに横流ししてるし、今回もその手でいけるんじゃ!?)
そんな考えが天啓のように閃く一護だが、目の前の厭らしい笑みを浮かべる自称幼子はそれを知った上で言っていることに気づく。
目は口ほどにものを言うと言われる通り、室内で燦然と輝くその双眸は、明らかにこの状況が愉快でたまらないと言っていたのだから。
ここで一つ言っておくと、実は一護は優姫が持つこの金色の眼に弱い。
幼い頃からこの眼に逆らってはいけないという一種の服従にも似た感情が刷り込まれており、言わばこの眼を見てしまった時点で殆ど負けが確定。
これは優姫が霊方面だけではなく、あらゆる面で教育を施し続けた結果であり、この世界の一護の手綱を握る最強の方法の一つとも言える。
もっとも、当の一護は単に少し苦手くらいにしか意識しておらず、優姫に至っては全く気づいてはいないことではあるのだが。
「分かったよ…行きゃあいいんだろ…」
「ヒュー!流石一護さん話せるぅ!」
だから一護が特に文句を言わず従ってしまうのは仕方がない、仕方がないことなのだ。
「それじゃ外で待ってるから」
「おう」
あたかもそうであるのが当然と言うように、窓からヒラリと飛び降りる優姫と、それを見て本当に人間かコイツ、と疑わしげな目をする一護だが、
客観的に見ればどっちも人外の代物であることにはまだ気づかない。
黒崎一護、15歳。色々なことに気づく日はまだ遠い。
着替えを済ませて外へ出ようとする一護、ちょうどその前に一心が現れたので出かける旨を伝えようと声をかける。
「親父、出かけてくる。昼は外で食うからいらねぇつっといてくれ」
「なんだ一護、何処行くんだ?」
「ちょっとな」
「デートか?」
思わぬ一心の発言に内心頭を抱える一護。その間にも一心は鼻をフンフン鳴らし距離をつめ、顔を近づけるというウザさを見せる。
それは無い、それはあってはならない。あの状態の優姫相手にデートと言う発想は間違いなく犯罪だ。
そもそも何故デートと思うんだクソ親父が、と昼間からイライラが急激に高まり、眉間にしわがますます寄り始める。
「ちげぇよクソ親父…!」
「誰だ!?やっぱ優姫ちゃんか!?」
「人の話聞いてんのかヒゲダルマ!」
「なになに?どうしたのお兄ちゃん?」
「ああもう!とにかく行ってくるからな!ちゃんと言っとけよ!」
声を聞きつけ寄ってきた遊子を見て、このままではさらに面倒なことになると判断し、駆け足で家を出る一護だったが、
肝心の優姫の姿は外に無く、何処に行ったのかと辺りを見回すがやはり見当らない。
流石に帰った可能性は無いだろうが、このままでは優姫を探し回ることになるのではないか、と少し嫌な未来予想図が頭に広がる。
「何かあったの?遅かったね」
「だから何でお前はそんな完璧に気配が消せるんだよ…」
が、気づかない内に背後にいた優姫に、思わず驚きと呆れの混じった声が口から漏れた。
優姫お得意の『絶もどき』。
もう慣れたとはいえ、ここまで気配を殺せる人間は一護の知る限り優姫しかおらず、もしかして忍者ではないかというのは一護が幼い頃よりの疑問の一つ。
無論そんな一護の思考が分かるはずも無く、キョトンとその金色に輝く眼を開き、上目遣いに見てくる優姫はその手の人種が見たらお持ち帰り一直線。
ちなみに今日の優姫の格好は、一部チェック模様が入った黒のシックなワンピースにレギンスと簡素な装い。
しかし、本人の持つオーラがそれをあたかも高級な品のように錯覚させる辺り、2.5次元人の煌めきぶりは異常と言える。
加えて言えば、この格好は一護にとって幼少期のある出来事を思い出させる思い出深いものだった。
(そういや懐かしいなこの格好…ってそういやコンの奴今日一度も見てねぇな…。何処行ったんだアイツ?)
「はいはい、ボーッとしてないで適当にファミレスにでも行くよー」
「分かったから押すな押すな」
その頃黒崎家二階、一護の部屋ではこのような光景が繰り広げられていた。
「あのヤロぉぉぉぉぉぉぉ!!!今日はチビ魔王とデートかクルァァァァァァ!!!!!」
コン、魂の咆哮。両手を大きく広げ顔を天に向け、何かに覚醒した格闘ゲームのキャラのようなポーズを決めての咆哮だった。
とても先程までベッドの下でガクガクブルブルと震えながら
(魔王が来るよ魔王が来るよ俺の腕を折りに魔王がくるよ小さい魔王を差し向けて俺を捕らえるつもりなんだ畜生このままやられてたまるかいえやっぱり無理です殺されるあの異常な霊圧に勝てるわけねぇだろ落ち着け俺そうだ奴は俺がまさかベッドの下にいるとは思うまいそうだこのまま静かにやり過ごし再起の時を待つのだそう俺は怯え隠れているのではない勝機を見出したその時こそ俺の華麗で勇猛な英雄記が始まるのだハイルコン!ハイル俺!今正に俺は輝いている!俺は百獣の王コン様だイィヤッホウ!)
と怯え、自分を鼓舞していたとは思えない叫びっぷりである。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!普段からオンナ侍らしといて今度はロリ相手かあの色情魔が!おまわりさーん!ロリコンです!ロリコンがいまーす!性犯罪犯す前に死刑にして下さぁぁぁぁい!!」
誰もいないのを良いことに言いたい放題のコンがジタバタと一護の部屋を暴れていると、ガチャリと音を立てドアが開いた。
反射的に背筋がビクリと動き、先程までの威勢の良さが嘘のように狼狽する。
「あれー?何か声が聞こえてきたと思ったんだけどなー?」
掃除機を持った遊子がコンの声を聞きつけ部屋に入ってきた。
しかし、既にコンは一護のベッドの上でぬいぐるみモードへと入り微動だにしない為、遊子が声の主に気づくことは無い。
部屋の中を見回し誰もいないのを確認した遊子は、そのまま掃除機を持ったまま入室し、掃除機のスイッチを入れる。
そのまま一護の部屋を一回りし、掃除をし終えた遊子の目がピタッと止まった。そう、この部屋で唯一の違和感を出し続けているライオンのぬいぐるみ、コンだ。
「わ、わぁぁぁ…お兄ちゃんこんなぬいぐるみ持ってたんだ…」
興味深そうにフンフンと鼻息荒くコンに近寄る遊子、体を硬直させながら内心冷や汗を流すコン。
ガシッと目の高さまで持ち上げられたコンを見つめるのは正に熱視線。遊子のある意味特殊と言える感性にバッチリストライクしてしまったようだ。
掃除機を放り出し、部屋を出て階下にどたばたと下りていく。
「おかーさーん!ぬいぐるみ洗濯するねー!」
「はーい、ちゃんと乾かすのよー?」
「うん!」
(お前が魔王の刺客か!刺客なのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
コンのトラウマがまた増えるか増えないか。
それは今後の遊子の行動にかかっている。
「へくちっ」
「どうした、そんな寒いわけでもねぇのに」
「いや、これは誰かが勘違いで私の噂でもした感じかな」
「それが分かるお前がスゲェよ…」
「冗談に決まってるじゃない」
「ああそうですか…」
黒崎家を出た2人はあれから何事も無く中心街へと到着。
特に人口が多いとは言えない空座町だが、休日の昼ともなればやはり人通りは多く賑やかなものになり、がやがやと街は騒がしい様子を見せる。
うっかり誰かに出くわさないだろうかと気が気でない一護は、そわそわと落ち着かないことこの上ない様子で目の動きが忙しない。
一方優姫はのんきなもので、誰かに会えばそれはそれで面白いし、会わなければ会わなかったで特に問題は無いのでスタスタと歩を進めていた。
「心配性だなぁ…」
瞳でピンボールをしているかのような一護の挙動不審ぶりは、優姫から見ても非常に怪しく、事情を知らねばクスリが良い感じにキマったデンジャーな人のよう。
この落ち着かなさを見れば、誰もがはふぅとため息をつく優姫の気持ちを理解できることだろう。
「お前が堂々としすぎなんだよ…」
「いいじゃないの、どっちにしろこの組み合わせと言う時点で人目につくんだし。ホラ、通行人もチラチラみてるだろう?」
「うっ…やっぱ来なきゃ良かったぜ……」
両手を広げて街の人々を示す優姫の指摘を受け、一護の眉間のしわが1本増える。
オレンジとグリーンが歩いてる姿はやはり人目を引くもので、先程から背中に感じる視線でムズムズしていたのだ。
(とは言いつつちゃんとついて来てくれる辺りやっぱ良い奴だよなぁ一護クン)
横目で一護の顔を見てニヤニヤと猫のような笑みを浮かべる優姫。
一護がその様子を見て不思議そうな顔をして訊ねる。
「どうした?何か面白いことでもあったか?」
「いいやー、別にぃー」
しかし優姫のニヤニヤした顔は止まず、一護はますます分からないと言った表情になる。
この時、二人は前を向きつつも目が見ているのは互いの顔。
無論、視界に移るのは互いの顔とその背景。
だから、前から歩いてくる人物が誰であるか、どんな顔をしているか、そんなことにも気づかなかった。
気づかなくても仕方の無いことだった。
「済まんが、この辺りにおもちゃの斉藤と言う店は無かったか?」
声に反応した優姫が見たものは新雪のように煌めく銀の髪、背丈は小学校高学年ほどで優姫と同じく黒を基調としたコーディネイト、
目的の店を見つけられなかったせいかやや疲れた顔をして、声には少し焦りと苛立ちが混じる。
優姫がその姿を視界に納めた瞬間『パーフェクッ!』と脳内SEが鳴り、その人物が持つオーラに思わず声にならない声を上げそうになるが、
何とかその衝動を心の声に変換して己の内に押さえ込む。
(ニーサンじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
かくして物語は、本来辿るべき筋道には存在しえない未知なる喜劇の開幕を告げた。
『あとがきゴールデン』
ちまちま書いてた番外編が長くなったのでキリの良いとこで投稿。
大体アジューカス襲撃~観音寺間の話です。
観音寺編ラストはもう少々お待ちを。