元々、それには意思も意図などなかった。
ただ、何百年も前に命じられた行動を自動的に行うだけだった。
覚悟もなく。
決意もなく。
何も捨てず――正義もなければ定義もなく、野心もなければ、復讐新もなく。
ただ命令通りに・・・行動してきた。
「人間認識」
今日も、また、老若男女差別なく区別なく、平等に命じられた行動をとる。
「即刻・斬殺」
今日もまた、犠牲者の声が、森の中から響いていた。
そんな前置きから、恋姫語第5話はじまり、はじまり
第5話<天命王道>
その後、七花たちは桃香が泊まっている宿で、君主代行の一件について話し合うことになった。
しかし、桃香の方も突然のことに戸惑いを隠せないでいた。
「私が君主って、いきなりすぎるよ・・・・」
「すみません、桃香ねえさま。いきなり訪ねてきて、このような事を言い出して。」
「うん・・・でもね、どうして、私が?七花さんが天の御使いなら、七花さんが君主になるのが当たり前じゃ・・・・」
「そうなのだ。鈴々もそういったのに、否定姫が駄目って言うのだ。理由を聞いても教えてくれないのだ。」
「・・・・そうね。そろそろ話してもいいかしらね。」
否定姫の話よれば、天の御使いとしての役目は、乱世に苦しむ民を救うために、乱世を終焉させることであるため、天の御使いである七花が君主の座につくのは特に問題はない。
しかし、基本的には天界の人間が、人の世に必要以上に干渉するのはタブーであり、今回の場合にしたって、特例のことであり、乱世を終焉させたなら、七花と否定姫はこの地を去らねばならない。
そして、その後、問題となってくるのが、七花と否定姫が去った後、誰が、この大陸を収めるかだ。
もし、事を誤れば、その地位をめぐって、邪まな者達によって後継者争いが勃発し、再び乱世に逆戻りしかねない。
だからと、否定姫は一呼吸おいて、桃香を見据えた。
「劉備・・・いえ、桃香。あなたの役目は、私達が天に帰った後、君主の役目を引き継いでほしいの。分かった?」
「・・・・・う、うん、なんとなくだけど。」
「そう。まぁ、とりあえず、乱世が終焉するまでは、七花君が君主だから、君主代行として、七花君に代わって、君主の仕事を任せるわ。」
「でも、私なんかが君主になって大丈夫なのかな・・・だって私、そんなに勉強とかできないし。」
「そういうのは、別にいいのよ。政治・経済の仕組みなんて、実践しながら学べば何とかなるものだし。ある程度は人に任せるのもありだから。」
「で、でも・・・・」
「問題なのは、あなたがどうしたいかよ。無理強いはするつもりはないし、無理やりやらせるつもりはないわ。」
本人の意思を尊重するのが私の信条なのと付け加えて否定姫が言うと、何かが引っかかるのか桃香は不安げに否定姫に尋ねた。
「・・・・・あの、どうして私なのか理由を教えてくれませんか?」
「理由ね。しいて言うなら、あの驢馬ね。」
まるで当然だとでも言い切るような口ぶりで、否定姫はその理由を簡単に言い切った。
「驢馬って、的櫨のこと?」
「そうよ。驢馬って生き物はね、非常に繊細で神経質で気まぐれな生き物なのよ。とくにあの的櫨は驢馬のかなでも王の風格を備えていたわ。並の人間なら絶対背中に乗せたりなんかしないわよ。」
「まあ、たしかに立派だよな。」
交渉の邪魔になるということで、蚊帳の外におかれ、宿の窓から外を見ていた七花が、道行く人に拝まれる的櫨を見て呟いた。
「その的櫨があなたに背中を預けていた。それはつまり、的櫨が、あなたを自分と同じ或いはそれ以上の傑物だって認めているってことよ。獣は人より純粋なものだから、嘘偽りはない分、人を見る目は人間以上に優れているわ。これだけでも、充分な理由だと思うんだけど。」
「・・・・・そ、それだけの理由でいいの?」
「それだけで充分よ。あなた以上にこの役目がふさわしい人物なんていないわ。」
さてと、一呼吸おいて、否定姫の顔つきが、普段は見せない真剣なものに変わった。
「ただ、引き受けるか引き受けないかはあなたが選びなさい。今は県令でも、いつかは一国の主ならねばならないはずよ。この先はいわば安寧な日常に別れを告げ、他者を踏みにじり、築かれる王の街道・・・やり直しはきかないわよ。」
否定姫の言葉をかみ締めるように、沈黙する桃香だったが、答えを見つけたのか、否定姫をまっすぐ見据えて答える。
「・・・・・分かりました。それが、私の天命であるなら、やるしかないよね。」
「それでは、桃香ねえさま・・・引き受けてくれるのですね。」
「ありがとうなのだ、桃香おねえちゃん。」
「不安はあるけどね・・・でも、否定姫さん、私は困っている人を見過ごすなんて、できないよ。」
目を逸らさず、今の自分が目指す道を桃香は、否定姫に告げた。
「だから、私は誰かを踏みにじるんじゃなくて、誰かに手をさし伸ばして上げる王様を目指すよ。そんな優しい王様がいたっていいよね?」
「・・・ま、まぁ、好きにしなさい。どんな王になるかだなんて予言はさすがに言えないからね。」
あくまでつれない口調の否定姫だったが、少々面を喰らったのはごまかせなかった。
否定姫のその表情に顔を綻ばせる桃香だったが、何かを思い出したのか、ポンッと手をたたいた。
「あ、そうだ・・・どうせなら、この村で知り合った孔明ちゃんや志元ちゃんも誘っていいかな?」
「構わないわ。何せ、人手不足で悩んでいたところだし、渡りに船よ。」
至って順調に進んでいく中で、今までの流れを見ていた七花がある事に気づいた。
「あれ?俺、いなくても良かったきがするんだけど・・・・」
寂しそうに呟いた七花のその問に答えるものは誰もいなかった。
一方、幽州啄群啄県の境目にある森では、先の戦いで生き延びた黄巾党の残党が、各地で手勢を集め、小隊にわけて、数週間をかけて、ここに集結し始めていた。
その中には、七花を襲った盗賊三人組の姿もあった。
「しかし、兄貴・・・なんで、また、小分けでいかなきゃいけねぇんっすかね?」
「そ、そうなんだな。一遍に集まれば、そんなに手間を掛けずにすむんだな。」
首をかしげる弟分の二人に対して、リーダー格の兄貴は「馬鹿野郎」とたしなめた。
「んな、大人数で移動してみろ。官軍の連中に気取られるだろうが・・・」
「ん、ああ、それもそうっすね。」
「だろ?だから、こうやって、小分けで集まって、全員そろったら一気に奇襲をしかけりゃ、官軍連中どもなんざ、一捻りだろ。」
「さ、さすが、兄貴なんだな・・・・・」
「だろ?」
自分が考えた訳でもないのに得意げに語る兄貴だったが、ぬかるんだ地面に足をとられて、派手にこけた。
「いててて・・・・」
「うわぁ、兄貴にかっこ悪ぃ・・・さっきの台無しッス。」
「だ、台無しなんだな・・・・」
その言葉を聞くが早いか立ち上がって、「うせぇ!!うせぇ!!畜生、あれか、無様だってのか!?」と逆切れする兄貴だったが、前を歩いていた仲間から「騒ぐな!置いてくぞ!!」との叱責を受けた。
木々の間からは烏が口々にぎゃあぎゃあと騒ぎ、兄貴にとっては烏にまで馬鹿にされた気分だった。
「畜生・・・なんで、俺だけこんな・・あれ?」
不幸の連続に忌々しげに悪態をつこうとした兄貴だったが、ある事に気がついた。
そういえば、やけに地面がぬかるんでいたが――ここ数日、ここら一帯で雨なんか降っていないはずだ。
じゃあ、何で、地面が・・・・恐る恐る自分の足元をもう一度見た。
ちょうど月明かりさしみ、足元の水溜りがよく見えた・・・地面に染み込みきれなかった真っ赤な血溜りがいくつも、いくつも。
しかも、周りにはばらばらに切り刻まれた人の―――おそらく、先に到着した仲間の体や、見慣れない刀身が反り返った刀が、木の枝や茂みのあちこちに無造作に散らばっていた。
その事に気づいた兄貴は青ざめた顔で「ひいいい!!」と声を上げて、腰を抜かした。
それ見ていた子分の二人や後ろの方にいた仲間達もつられて目を凝らして、森の中に広がる惨状に気づいて、「血、血がぁああ!!」「ど、どうなっていんだ!?」「ひええええ!!!」と叫び声を上げた。
兄貴は慌てて、自分の前にいる仲間にもこの事を告げようと声を掛けようとするが――その必要はなくなっていた。
すでに、前にいた仲間は頭を切り落とされ、体を四本の刀で刺し貫かれていたから。
「な、何だて・・・何なんだよ、これ!!!」
死体となった仲間を討ち捨て、自分の目の前にいたそれに、兄貴は叫ばずにはいられなかった。
兄貴が者ではなく、これと呼んだのは無理もなかった――四本の腕と四本の脚を持ち、全身が金属ででき、首が180度回転する人間などいない。
そう、それは人間ではなく――異形のからくり人形だった。
「人間認識」
口らしき部分がパクパクと動き、何百年間、何千万回と繰り返した言葉をつむぐ。
「即刻・斬殺」
四本の腕が――四本の刀を持って、兄貴へと向かっていく。
からくり人形は与えられた名前を、プログラムに仕込まれたとおりに相手に伝える。
「日和号(びよりごう)―――微刀・釵(びとう・かんざし)」
次の瞬間、襲われた黄巾党の一団の悲鳴が上がる中で、森中にいた烏達が一斉に飛び立った。