鑢軍と曹操軍の連合軍の勝利という形で、許昌での戦いが終わりを迎えようとしていた頃、重い足取りで、許昌を目指す一団があった。
「はぁ…もはや間に合いそうにもないか」
「仕方ないですよ。あの虎のお面被った人の足止めのせいなんですから」
それは、虎翼によって足止めを受けた孫権率いる呉の援軍だった。
援軍として駆け付けられなかった事に、頭を抱える孫権に、陸遜は優しくなだめた。
正直なところ、もし、虎翼が足止めしたままだったら、全滅しかねないところだった。
だが、問題はそれだけではなかった。
「鑢軍の援軍には間に合わず、小蓮様は、勝手に戻ってきちゃいましたし…」
「ふむ、弟藻弩(でもど)りだな」
「出戻りじゃないわよ!! こっちから帰ってきただけよ!! 」
同盟の証として、七花の嫁に出した尚香が勝手に帰ってきてしまったのだ。
これには、同盟締結の使者である呂蒙も、鑢軍の面子を潰してしまった事に泣きそうになっていた。
もっとも、当の尚香は、出戻り扱いする白鷺に対し、あくまで自分から出て行ったのだと言い張り、さほど気にしている様子もなかった。
「ふぅ…どちらにせよ、こちらの立場が悪くなることは確か…? 」
「どうかしましたか、蓮華様? 」
妹である尚香の行動に、頭を抱えるしかない孫権であったが、ふと途中で言葉を止めた。
それに対し、周泰が、何があったのか尋ねようとした瞬間、孫権らの目の前にある茂みから、何かが飛び出してきた。
「何者だ…!! 」
「まさか、あの虎のお面を被った人の仲間じゃ…!! 」
突然の事に、甘寧と周泰は思わず、虎翼が待ち伏せていたのかと判断し、武器を手にした。
しかし、殺気で張りつめた空気も、空気を読まない白鷺によって壊されることになった。
「ああ、なんだ。功銛か…恒し武りだな」
「よりによって、白鷺かよ…お前まで、こっちに来ていたのか」
相変わらず、独特の喋り方で挨拶する白鷺に対し、飛び出してきた何か―――長安からここまで、逃げ延びてきた蝙蝠は、里の中で一番の変人にあってしまった事にうんざりしたように呟いた。
とはいえ、蝙蝠自身、相当追い込まれていたのか、服のあちこちが裂け、腕や足には傷跡がいくつも付けられていた。
「あ、白鷺さんのお友達、なんですか? 」
「そうだ」
「里の仲間だよ。まぁ、好き好んで、こいつと友達になったつもりはねぇけど」
白鷺の友達だったのかと尋ねる萌太に対し、白鷺はあっさりと認めた。
もっとも、蝙蝠は、白鷺を里の仲間であることは認めたが、断じて自分の友達ではないときっぱり否定した。
「まぁ、それよりあんたら、呉軍だな。ちょうど良かった」
「…良かった? 」
とはいえ、蝙蝠にしてみれば、呉軍と合流できたことは、確かに幸運だった。
対する孫権は、蝙蝠の言い方に、不吉なものを感じた―――何かとてつもなくまずい事が起きようとしているような。
そして、蝙蝠は単刀直入に、今の現状を孫権に告げた。
「緊急の伝令だ。早くしないと、取り返しのつかないことになる。いや、すでになっているのかもしれない」
蝙蝠は、真剣な顔つきで、孫権らに事態は急を要する事を伝えたところで、恋姫語はじまり、はじまり。
第39話<黒幕来々>
一方、許昌での決戦を終えた後、鑢軍と曹操軍は、晋軍という新たな敵について話し合うために、呉軍と合流しようとしていた。
もっとも、許昌の復興活動などにより、人出を多く割かねばいけなくなった。
そこで、七花や桃香、否定姫、曹操などの首脳陣や愛紗や夏侯惇、双識らの護衛隊の最低限の人数だけで合流し、残りは許昌での復興活動に努める事になった。
「まったく、晋軍に、鉄砲部隊に、四季崎記紀…色々と面倒なことになったわね」
「そうですね…せめて、左慈という男に何か聞き出せたら、良かったのですが…」
その道中で、これまでの経緯を聞いた否定姫は、うんざりした表情で顔をしかめた。
もっとも、否定姫としても、破壊したはずの完成型変態刀が存在する時点で、四季崎記紀が関わっている事は予想していたのだが。
それに続くように、否定姫の言葉に頷きながら、愛紗も悔しそうな顔で肩を落とした。
あの後、七花が倒した左慈に事情を聞こうとしたのだが、すでに、左慈は、どこかに逃走した後だった。
今回の一件に関わる重要人物として、愛紗らは兵を動員して、許昌一帯を探したものの、結局、左慈を捕まえる事が出来なかったのだ。
「それについては、追々考えるとして…桃香、本当にいいのね? 」
「はい、否定姫さん。もう覚悟はできています」
「そう…なら、良いんだけど」
一先ず、晋軍や左慈についての事を一旦後回しにする事にした否定姫は、桃香にあの一件―――鑢軍の君主としての地位を桃香に譲る事について、確認の意味を込めて尋ねた。
否定姫としては、晋軍の登場により戦が激化する中で、桃香に君主としての地位に就く覚悟があるのか確認したかったのだ。
しかし、許昌での戦いの中で決意を固めた桃香は、否定姫の問いに対しても、視線をそらさずに、はっきりと言い切った。
そんな桃香に、否定姫はさして思うところもないようにあっさりと認めた―――少しだけ笑みを浮かべながらだが。
桃香との確認を終えた否定姫は、自分の隣にいる曹操にもある提案の確認をした。
「んで、曹操。あんたも協力してくれるってわけね? 」
「ええ、そうよ。あなた達と戦っても、結局喜ぶのは、晋軍だけ。それだけは、何としても阻止する必要があるわ…正直、今の状態じゃ、晋軍と戦える余力もないから」
「はい~うちも、今回の戦で相当の被害がでましたからねぇ~」
曹操からの提案―――晋軍との共闘の申し出について、否定姫に尋ねられた曹操は、あっさりと頷いた。
誇り高い性格の曹操であるが、同時に、今の状況を見誤ることもない現実主義者であった。
恐らく、程昱の言うとおり、兵や領土の大半を失った曹操軍単独では、晋軍に太刀打ちはできない。
故に、曹操は、鑢軍と手を結んで、晋軍を打倒する事が最善の一手であると判断したのだ。
「私たちは、全然問題ないよ。これからは、一緒に戦う仲間なんだから」
「勘違いしないで。あくまで、一時的な共同戦線よ。晋軍を倒したら、また、元に戻るだけよ」
「むぅ…素直じゃないなぁ」
曹操の申し出に、桃香は、仲間として笑顔で受け入れようとした。
だが、曹操は意地の悪い顔をしながら、桃香に対して、あくまで利害が一致したから同盟を結ぶのだと、釘を刺しておいた。
まぁ、それまで、全力で助けてあげるから…頑張りなさいよ―――頬を膨らませる桃香を見ながら、曹操は、心の中で桃香を応援しながら思った。
「はわわ…えっと、とりあえず、今は、兵力の立て直しが最優先事項です」
「我が軍も曹操軍も、甚大な被害を出しちゃいましたから。大きな戦をする余力は、ほとんどないのが現状です」
とここで、場の空気を変えようと、朱里が慌てて、現在の状況を説明し始めた。
朱里と雛里の言葉通り、晋軍との戦で、鑢軍と曹操軍は、兵の大半を失うほどの被害を受けてしまった。
早急に兵力を立て直さなければならないのだが、つい先ほど、さらに悪い情報が舞い込んできた。
「それと、許昌からの難民が大挙してやってきたっていう報告が入ったわ。軍を動員しないと十分に、対処できないでしょうね…えげつない手を使ってくるわよ」
「逆にいえば、向こうも、すぐに軍を動かすだけの余裕がないとも取れます。しばらくは、こちらに手出しはしないでしょうね」
許昌から逃げ出してきた住民達が、鑢軍の領土に逃げ込んできたのだ。
現在、本拠地に残った白蓮らを中心に救援作業を行っているが、軍を総動員しなければ、物資や人手が足りないのが現状だった。
鑢軍の追撃を避けるために、あえて難民たちを鑢軍の領土に逃がす―――策としては悪くないが、人の善意に付け込んだ策に、詠は顔をしかめながら言った。
とはいえ、郭嘉の言う通りだとすれば、そんな策を使わねばならないほど、晋軍もすぐに軍を動かすだけの余力がないという証拠でもあった。
「軍の立て直しに、難民への救援措置などなど…こうも仕事が忙しいとやるきでないわねー」
「また、徹夜で頑張らないと…」
「朱里ちゃん…元気出してね…」
「ああ…また、あの地獄を見る羽目になるんだ…ははは…」
「…あんた達、相当苦労しているのね」
戦後処理の仕事が一気に増えた事に、否定姫は、思わずやる気なさげに投げやりに言った。
そして、そんな否定姫の下で、徹夜地獄をこなさなければならない朱里や雛里、詠には、乾いた笑みをもらしながら、暗く沈んだ。
そんな鑢軍の軍師達の苦労を垣間見た荀彧は、曹操に仕えてよかったと思いつつ、心の底から同情した。
自分達―――曹操軍の軍師達も、助っ人として巻き込まれる羽目になるとは知る由もなく。
「だとすれば、今のところ、呉との連携が要となってくるわけね」
「大丈夫だよ!! 孫権さん達とは、同盟を結んでいるんだし、きっと話せば分かってもらえるよ」
そして、鑢軍や曹操軍が動けない今、否定姫は、孫権率いる呉が重要となってくると考えていた。
今回の戦で大きな損害を受けた鑢軍や曹操軍に比べ、呉軍は、孫権が率いる援軍を除けば、大きな損害を被っておらず、逆に魏の要地である合肥を含めた領土を、無傷で奪い取るなどの戦果を上げていた。
桃香としては孫権達と同盟を結んでいる事もあり、呉を心強い味方として考え、安心しきっているが、事はそう簡単なことではなかった、
「まぁ、そうだと嬉しい事もないわけじゃないけど…」
「難しいところですね~今回の戦でも、呉は、鑢軍に内緒で合肥に侵攻していますから~」
「劉豹の言葉を信じるなら、呉が晋軍に付くっていう可能性もあるわね」
楽観的な桃香に対して、否定姫は難しい顔をしながら、首をかしげた。
呉を信用する桃香とは逆に、否定姫や曹操達としては、呉を完全に信用するには、大きな不安があった。
その不安とは、呉が晋軍と繋がっている可能性もあるという事だった。
現に、呉は、君主である孫権率いる援軍を送っているものの、兵数そのものは最低限度の数しか送らていなかった。
さらに、程昱の言う通り、今回の戦で、呉は合肥に侵攻したが、鑢軍にその事を伝えるような伝令は一切なかった。
加えて、七花らが遭遇したという晋軍をまとめる五胡王:劉豹の言葉通りならば、呉はすでに、晋軍と協力体制を組んでいることに他ならない。
呉が、晋軍と同盟を結んで、鑢軍と曹操軍を倒すという可能性がある以上、曹操の言葉通り、呉を完全に信用するのは、危険な事なのだ。
「う~ん…でも、孫権さんは、そういう事する人には見えなかったけどなぁ…」
「はい。だから、多分、合肥への侵攻は、周愉さんの主導で決めたことかもしれません」
「え…でも、君主に黙って、軍を動かしてもいいのかよ? 」
しかし、何度か孫権と顔合わせをしている桃香は、孫権の人柄を見る限り、卑怯な手を使う人物とは思えなかった。
それに対し、雛里は、あまりにも手際の良さから、合肥の侵攻が、君主である孫権ではなく、呉の軍師である周愉によるものではないかと、推測していた。
雛里の言葉に、七花は、君主である孫権を差し置いて、軍を動かした周愉に驚いていたが、これには深い事情があった。
「…聞いた話では、周愉は、孫権を行方不明となった孫策の一時的な代わりとして見ている節があるようです」
朱里の説明によれば、元々、呉の君主は、孫権の姉である孫策が就いていたのだが、孫策が死病を患っている事が判明した日を境に行方不明となった。
君主である孫策が失踪した事で、急きょ、妹である孫権を呉の君主として立てた。
だが、これに、周愉らを含めた孫策を支持する一部の将が反発した。
周愉らは、明確に孫策が死んだと判断できない以上、あくまで孫権は君主代行という立場であると主張し、一時内乱の寸前まで激化したのだ。
結局、孫権自身も姉が戻ってくるまでの代行である事を容認したことで、孫策派である周愉も矛を収めて、内乱を未然に防ぐ事が出来た―――代償として、孫策派の周愉に大きな権限を与える事になったが。
「この話が事実だとすれば、呉は一枚岩じゃないってことだね」
「…厄介な話ねぇ」
孫権と周愉の確執を懸念する詠に対し、否定姫は、うんざりした表情でつぶやいた。
あくまで、確実な情報とは言い難いものの、孫権と周愉とで、呉が割れているのは事実だ。
そして、それは、鑢軍との同盟を結んだ孫権と、晋軍との共同戦線を組んだ周愉との対立によって、呉の内乱が再び激化する可能性があるのだ。
現状としては、鑢軍が、呉を完全に信用するには、かなり慎重にならねばならなかった。
「御主…っと、七花お兄ちゃん!! そろそろ、橋が見えてきたのだ!! 」
「一応、この橋を越えた先に、呉の援軍が来て―――ガバッ!!―――え?」
とここで、七花の名前を言いなおしながら、偵察隊として先行していた鈴々が戻ってきた。
橋を越えた先の場所で、孫権率いる呉軍が来る手はずとなっていた。
ようやく、一安心一同が思っていた矢先―――突如、馬車の窓から出てきた腕が、曹操の服の襟をつかみ、そのまま馬車から引きずり出した。
「な、華琳さまが!! 」
一瞬の早業に唖然とする一同であったが、慌てて馬車の外に飛び出すと、そこには、曹操を担いで、走り去る狐の仮面を被った男の姿が見えた。
「た、大変だぁ!! なんか狐のお面を被った奴にそっちに向かってきたぞ!! 」
「はわわわ…こっちは、今、曹操さんを攫われました!! 」
「とにかく、追いかけるぞ!! そう遠くへ行ってないはずだ!! 」
とここで、狐仮面を追って、背後の護衛を任されていた春蘭や愛紗らが駆けつけてきた。
朱里も慌てて、曹操が攫われた事を伝えると、すぐさま、狐仮面を追いかけ始めた。
「でも、いったい、誰なんだ、あいつ? 」
「あいつは、司馬懿の私兵として抱えていた奴の一人だ!! 姿を見せていないと思ったら…!! 」
突如現れ、曹操をさらった狐仮面に、首をかしげる翠に対し、狐仮面の事を知る春蘭は忌々しげに吐き捨てた。
主である司馬懿の下にいないと思っていたが、まさか、此処で仕掛けてくるとは、曹操軍の誰も予想だにしていなかった。
「迂闊だった…龙造寺院四天王の一人だったのなら、晋軍についてもおかしくはなかったのに!! 」
「ん、四天王ってことは…あいつが、最後の一人ってことか」
龙造寺院四天王と名乗っていた狐仮面の男が、晋軍と繋がっていた事を見抜けなかった事に、秋蘭は滅多に見せない焦りの表情を浮かべていた。
とここで、七花は、これまで鑢軍が戦った龙造寺院四天王―――龐徳、徐晃、鄧艾と郭淮の3人(?)だったので、即座に狐仮面の男が4人目であると思った。
「いや、彼は、五人目だよ」
「え、でも、四天王って言ってたじゃねか」
「知らないようだね。まぁ、こちらの歴史とは大幅に違っているみたいだから、知らないのも無理ないか。龙造寺院四天王の龙は、日本の漢字で表わすと龍と書くんだ」
だが、双式は即座に、狐仮面の男が5人目である事を告げた。
四天王なのに、五人目がいることに疑問に思う七花に対し、双識は双識達の世界おいてのちょっとした逸話を簡単に説明した。
元々、龍造寺とは、戦国時代に九州地方の肥前を治めていた戦国大名の龍造寺家のことで、龍造寺四天王と呼ばれる重臣たちを召し抱えていた。
この龍造寺四天王は、成松信勝、江里口信常、百武賢兼、円城寺信胤―――
「―――五人目がいたんだ。そして、君もまた、この時代の人間じゃないんだね」
―――双識の言葉の通り、五人目の鍋島信生という四天王なのに五人組という冗談じみた逸話があった。
故に、司馬懿の親衛隊といえる龙造寺院四天王のも、また、狐仮面の男という五人目がいたのだ。
加えて、この三国時代に、はるか未来の日本の逸話を知る者などいるはずがないことから、双識は、狐仮面の男もまた、この時代の人間ではないのではと、推察していた。
「察する通りだよ、零崎双識」
「ああ、さすがに、そちらの世界の人間には、すぐに分かってしまうか」
そして、吊り橋の柱に曹操を括り付けていた狐仮面の男は、双識の言葉をあっさりと認めた。
とここで、吊り橋の向こう側から、別の人間の声が聞こえてきた。
だが、その声の主の姿を見た瞬間、七花たちは息をのんだ。
「おい、あれって、姜維じゃねか!! 」
「なっ!! まさか、貴様も、晋軍の一味だったのか!! 」
「そんな…!! 」
そこにいたのは、西洋風の服装をした女装の麗人―――双識に殺されたはずの姜維だった。
まさかの裏切りに驚く鑢軍の一同であったが、そんな一同に姜維は不思議そうな顔をして、首をかしげた。
「ん? あぁ、姜維の姿をしているなら無理はないですね」
「…何を言っているんじゃ、お主? 」
やがて、何かを思い出したかのように、姜維は手をつきながら、声をあげた。
そんな姜維の奇妙な行動に、不審に思う桔梗であったが、その答えはすぐに形として現れた。
「ああ、だから―――ズルリ―――こういうことですぅv 」
「ひっ!? 」
「うぇ!? 」
「何ぃ!? 」
次の瞬間、姜維の顔が、まるで蝋のようにズルリと地面にこぼれおちた。
それを合図に、次々と姜維の腕、脚―――全身の肉ごとズルズルと崩れ落ちて行った。
予想だにしなかった常軌を逸する事態に、さすがの鑢軍の将らも息をのむ中、姜維の身体に新たな皮膚が再生し始めた。
そして、そこに姿を見せたのは―――
「ジャジャーンv 魔法軍師少女:司馬懿ちゃんに大変身ですぅv 」
「で、でたらめすぎるのだ―――!! 」
「うぶ…しばらく、お肉食べられないかも…」
―――姜維ではなく、時雨が死んだと言っていた司馬懿その人だった。
可愛らしく登場したのだろうが、その変身過程があまりに猟奇的すぎたのか、 鈴々は半泣きになりながら驚き、許緒は口を押さえながら、吐き気を抑えた。
「失礼ですぅ~これは私の特異体質なんですぅ~愛し、愛される為の崇高な行為なんですぅ」
そんな鈴々達の様子に不満の声を洩らす司馬懿であったが、折角なので、自身の体質について説明してやることにした。
一言に愛すると言っても、人の好みは千差万別―――好き嫌いが生じるのは当然のことである。
だが、この司馬懿については、例外だった。
なぜなら、司馬懿が他者に好意を抱いた場合、自分の体や人格を、好意を抱いた他者がもっとも望む姿と人格へ変身してしまうのだ。
だから、司馬懿にとってあらゆる人間が愛すべき対象であり、あらゆる人間に愛される事が可能なのだ。
司馬懿は、この特異体質を活用する事で、諜報や間諜などの任務を行っていたのだ。
「とはいっても、好き勝手に変身すると大騒ぎになっちゃうですぅ。だから、この司馬懿には、人格の管理人としての権限を与えられているのですぅv 」
「多重人格による肉体と精神の変質―――まったく、どこぞのボスじゃあるまいし。勘弁してほしいよ」
「ふーん…それで、曹操を攫った理由は、何なのかしら、司馬懿? いえ、こう呼ぶべきかしらね…」
そして、自身を人格達の管理する存在だと言う司馬懿に対し、双識はとある漫画に登場する多重人格の登場人物を思い出しながら、ぼやいた。
しかし、否定姫にとっては、司馬懿の特異体質については、さほど気にするようなものではなかった。
気になるのはなぜ、曹操を攫ったのか?―――否定姫は、司馬懿の中に住まうある人格に対して尋ねた。
「…四季崎記紀」