同時刻、激戦地と化した許昌へと向かう一団―――残存戦力をまとめ上げた鑢軍と曹操軍の連合軍が目前に迫ってきていた。
「否定姫様!! 許昌が見えてきました!! すでに戦闘が始まっているようです!! 」
「らしいわね…あっちこっちで、派手にやっているみたいだけど」
緊張する朱里の声に、否定姫は望遠鏡から見える光景に呆れながら頷いた。
許昌を守る城壁のあちこちが崩れ落ちており、街のほうからもいたる所から煙がもくもくと上がっていた。
「ご主人様たちは、もう戦っているみたいなのだ!! 」
「でも、どんな戦い方をすれば、あそこまで城壁をボロボロにできるんだ…あっ」
「…おぬしら、大丈夫か? 」
許昌の様子から、すでに七花達と晋軍が交戦している事を知った鈴々は、大声で皆に伝えた。
さすがに許昌をほぼ半壊に追いやった七花達の暴れっぷりみ、呆れるながら喋る翠であったが、思わずすぐさま口を噤んだ。
すぐ隣には、怒りに肩を震わせている夏候淵や許緒らの姿があった。
曹操軍の将達の様子に危ういものを感じた星が、怒りに我を忘れていないか、念のために尋ねた。
「ああ、大丈夫だ…怒りをぶつける相手ならもう決まっている」
「うん…あの人たちを、絶対に許しちゃいけない。あの街は、華琳様が、街のみんなが頑張って作った街なんだ」
「晋軍の人たちは、それを奪い取って、踏みにじった…そんなの絶対に許せない」
だが、夏候淵は、静かに星に向かって返事を返した―――冷静さを通り越して冷徹になるほど静かに。
それは、夏候淵だけではなく、典韋や許緒ら全ての曹操軍の将達の、総意だった。
それほどまでに、曹操と自分たちを裏切った晋軍に対する怒りは最高潮に達していた。
「そうね。随分とふざけたことしてくれたみたいだし―――」
同様に否定姫も、いつもの余裕を潜ませながら、不愉快そうに言った。
ただ、否定姫の場合は、晋軍に対してだけでなく、この時代に存在しないはずの武器:火縄銃を開発し、裏で暗躍しているであろうあの男に対するものもふくんでいた。
静かに怒る曹操軍の将達の意をくんだ否定姫は、いよいよ開戦の火蓋を切って落とさんとした。
そして、否定姫が、全軍進撃の合図となる采配を振り下ろすと同時に―――
「―――叩き潰さないことはないわね」
―――巨大な丸太が2本、許昌へ目掛けて、唸りを上げながら投げつけられたところで、恋姫語、はじまりはじまり。
第37話<許昌決戦その3>
同時刻、恋と龐徳が叩き込まんとした一撃は、荒れ狂う衝撃波を生み出し、地面を大きくえぐり取った。
「くっ…どうなったんだ…? 」
もうもうと土煙があたりを覆い尽くす中、なんとか窪みに隠れて、難を逃れた蝶々が出てきた。
やがて、あたりを覆っていた土煙が晴れた時、蝶々は、恋と龐徳との一騎打ちの結末を見ることとなった。
「はぁ…はぁ…」
「がふぅ…」
龐徳と真っ向から挑みかかった恋とセキトは、辛うじて立っていた。
とはいえ、状況は恋にとって、最悪の一途を辿っていた。
まず、恋の得物である方天画戟は根元からへし折られ、セキトも体中に飛び散った石片が突き刺さっていた。
そして、恋も、高速で突撃してきた覇山の体当たりをまともに受けたことで、両腕の骨が折れ、両腕から夥しい量の血が滴り落ちていた。
だが、龐徳とて、無傷というわけではなかった。
「驚愕…覇山、重症、負。 暫、戦闘続行、無理 」
「BMOOOOO…」
龐徳は、真っ向勝負の結果に驚きながら、弱弱しく鳴く覇山の背から降りていた。
恋の放った一撃によって、龐徳は、自身の右腕を切り落とされ、覇山も、頭部の鎧を破壊されただけでなく、右の角を斬り飛ばされていた。
ふら付きながら、立ち上がる覇山であったが、ふらついた足では、龐徳を乗せての、高速移動を行うのはできるはずもなかった。
とはいえ、右腕を失ったとはいえ、未だ動くことのできる龐徳は、残った左手で狼牙棍を手にすると、恋に止めを刺さんと近づいていった。
「故、即刻、決着、必須!! 」
「うっ…」
決着をつけようと迫る龐徳を前に、恋は逃げることもなく、もはや柄だけとなった方天画戟を構え、闘わんとした。
「っ恋、逃げろ!! 」
「やだ…!! ここで、逃げたら、ご主人さまを守れない!! だから、逃げない!! 」
明らかに無茶な闘いをしようとする恋に撤退するよう叫ぶ蝶々であったが、恋は首を振りながら、叫んだ。
恋にとって、龐徳に負けるわけにはいかなかった。
もし、ここで逃げたならば、桃香達を助けに向かった七花を、龐徳からどうやって守るというのだ?
あの日、七花と誓った約束を守るために、恋は全身を苛む痛みを無視し、目の前に立つ龐徳に向かって、声を荒げながら、咆えた。
「通さない…行かさない…絶対負けない…!! ご主人様は、私が守る!! 」
「…っ!! …忠誠、見事。一撃、敬意、混入!! 」
恋の気迫に、一瞬、たじろぐ龐徳であったが、恋の状態を見て、すぐさま気を取り直した。
もはや決着をつけるには、とどめを刺すしかない―――そう判断した龐徳は、狼牙棍を振り上げた。
そして、避けることも、防ぐこともできなくなった無防備な恋に、龐徳が、狼牙棍を振りおろそうとした瞬間―――
「粉―――ドゴォン!!―――…!? 」
「えっ…!? 」
「丸太…だと…」
―――爆音とともに、龐徳と恋の境目に一本の巨大な丸太が突き刺さった。
突然、落ちてきた丸太を前に、唖然とする恋、蝶々、龐徳の三人の前に、遅れて、またもや何かが降り立ってきた。
「まったく、勝手なことばかり…」
「だが、どうにか間に合ったようですね」
「お待たせなのだ!! 」
「真打登場だよってね」
「で、相手はあの馬鹿みたいでかい化け物か…」
「でも、華琳さまを助けるためなら、負けるつもりはありません!! 」
現われたのは、先ほどの巨大な丸太に乗って、城壁を飛び越え、許昌へと最短距離で乗り込んできた愛紗、典韋、鈴々、許緒、焔耶、楽進の6人だった。
ちなみに、丸太をぶん投げたのは、怪力を誇る凍空一族の生き残りである田豊こと、凍空雪崩だった。
「皆…!! あっ…」
「…話は後だ。今は、目の前の敵を倒すのが先決だ」
援軍が駆けつけてきた事に驚く恋であったが、また、勝手に抜け出してきたことを思い出し、すぐさまうなだれるように口をつぐんだ。
それに対し、愛紗は、項垂れる恋を一瞥すると、すぐさま、敵である龐徳へと目を向けた。
「敵援軍、到着。撤退困難…即刻応戦!! 」
「来るのだ!! ちびっこ、こっちも反撃なのだ!! 」
「誰が、ちびっこなのさ!! 指図するんじゃないっての!! 」
一方、龐徳も予想外の敵援軍の登場に驚くものの、応戦する以外に選択肢はなく、すぐさま、狼牙棍を振り下ろした。
迫りくる狼牙棍を前に、鑢軍の怪力娘:鈴々と、同じく曹操軍の剛力娘:許緒が武器を構え、真っ向から受け止めた。
「重っ…だけど―――!! 」
「負けないのだぁああああ!! 」
「我、押返…!? 」
地面にめり込むような重い一撃に思わず腰が砕けそうになる許緒と鈴々であったが、持前の怪力でもって、逆に狼牙棍を打ち返した。
鈴々と許緒の怪力が勝っていだけでない―――龐徳は、恋との一騎打ちで、片腕を失い、同時に予想以上に戦闘が長引いたことで、かなりの体力を消耗していたのだ。
結果として、攻撃を弾かれたことに龐徳も愕然とし、思わず体勢を崩しそうになるが、敵はその隙を見逃すはずがなかった。
「私たちもいることを忘れるなぁ!! 」
「季衣たちだけに、格好つけさせません!! 」
「はあっ!! 」
体勢を崩す龐徳に、焔耶は金棒を、龐徳の右足にめがけて、全力で横に薙いだ。
同時に、典韋も巨大ヨーヨーを龐徳の左足に向けて投げつけた。
そして、正面からからは、楽進が懐に潜り込み、内気功によって強化され拳を突き上げた。
三者同時攻撃が見事をまともに喰らった龐徳は、倒れそうになる自身の体をなんとか踏み止まらんとした。
「劣勢、多勢無勢…っ!! 再度、抗戦…!? 」
「…そうわいかん」
鈴々らによって、徐々に追い込まれてきた龐徳は、一時撤退しようとするも、それより先に、勢いよく、飛び込んできた。
そこには、青龍堰月刀を上段に構えた愛紗が、龐徳の目の前まで迫っていた。
「恋との闘いでの消耗しているようだが…討ち取らせてもらう!! 」
「…っ!! 」
多勢に無勢ではあるものの、今の愛紗には、桃香を攫った晋軍の将にかける情けなどなかった。
そして、そのまま、決着をつけようとした愛紗は、突きつけた青龍堰月刀を、龐徳の顔面目掛けて、振り下ろした。
その数瞬後、わずかに噴き出した血とともに、付けていた面が真っ二つに断ち切られると同時に、龐徳は、地鳴りを響かせながら、後ろに向かって倒れた。。
「やったのだ、愛紗!! 」
「いかに頑丈な敵とはいえ、あの傷では無事では済むまい!! 」
愛紗が龐徳を討ち取ったと思い、鈴々と焔耶は、思わず勝利の歓声が上げた。
しかし、そうでないことに気づいたのも、また、龐徳を討ち取ったはずの愛紗だった。
「手ごたえが…まだだ!! 」
「ふ、不覚…!! 」
あわてて振り返った愛紗の前には、薄らと血が流れている額の傷口を見せながら立ち上がる龐徳の姿があった。
確かに、愛紗の斬り付けた刃には、固い鉄を斬る感触はあったものの、肉を断ち切る際の感触がわずかしかなかった。
実は、愛紗に斬り付けられる直前、龐徳はとっさに体勢を崩すことで、愛紗の攻撃を避けることで、攻撃を回避しようとした。
結果として、愛紗の刃は、龐徳の面は両断したが、龐徳自身にはわずかに皮一枚分切り裂く程度にとどまっていたのだ。
「あの一撃を受けて、まだ、立ち上がるとは…やはり強い」
「だったら、立ち上がれなくなるまで、ぶっ倒すだけだよ!! 」
「うん!! 」
なおも立ち上がる龐徳に驚く楽進であったが、すぐさま、拳を構えた。
同じく許緒も典韋も、楽進に続けてと言わんばかりに、それぞれの得物を手に、龐徳と闘おうとした。
だが、龐徳にとっては、そんな事よりも、何よりも優先すべき、重大な緊急事態が発生していた。
「…い」
「い? 」
「いやあああああああああああああああああああああああああああ―――!! 」
兜の隙間から見える金色の髪と、透き通るような青い瞳を持つ美女―――龐徳は、 その体格には似つかわしくない叫び声を上げながら、両手で顔を隠した。
そして、指の間からちらりと、愛紗たちを恨みがましい目線で睨みつけると、ぼそぼそと口ごもりがちに尋ねた。
「見た? 」
「へっ? 」
「私の顔、見たの!? 」
「えっと…まぁ、ちらりと見えたが…」
いつの間にか、普通の口調になっている龐徳を見て、それまでの龐徳とはかけ離れた姿に、愛紗は、思わず呆気にとられていた。
しかし、声を荒げながら、強い口調で龐徳が再度聞いてきたので、愛紗はとりあえず、龐徳の顔を見たと答えた。
いったい、どうなるのかと内心不安になった愛紗の前で―――
「うわああああああああああんん!! やっぱり見られてたあああああああ!! 不細工だって思ったでしょ!! だから、あんな仮面被って、誤魔化してるって思ったでしょ!! 絶対そう思ってるでしょ!! ただあがり症なだけなのに、そんな風に思ってるんでしょ!! 」
「ええ!? いや、そのそんなつもりでは…」
―――龐徳は、真っ赤にさせた顔を隠したまま、思いっきり声をあげて泣き出した。
しかも、恥ずかしさのあまりに、気が動転しているのか、何やら被害妄想まで入り始めていた。
もうこうなってくると、さすがの愛紗も、戦意を完全にそがれたのか、必死になって、龐徳をなだめようとした。
「嘘だぁ!! 絶対嘘ついてる!! 優越感交じりの同情で誤魔化そうとしてる!! 絶対そうにきまってる!! うわぁああああああああん!! 」
「あの、そんなことは全然思ってません!! むしろ、こっちが対応に困るから、泣かないで下さい…!! 」
「う~ん…なんか、泣かしちゃったのだ」
「あの、とりあえず、ごめんなさい…」
だが、素の性格が思い込みが激しいのか、膝を抱えてうずくまった龐徳は、なだめる愛紗の言葉にまるで耳を貸さなかった。
もうこうなると、こちらが悪者みたいに感じてきたのか、典韋は涙目になりながら必死になって落ち着かせようとした。
鈴々と許緒に至っては、申し訳なさそうにしながら、謝る始末だった。
どう収拾付ければいいのか、頭を抱える一同であったが、突然、龐徳は立ち上がると、そのまま黙って、覇山の背にまたがると、ぼそりと呟いた。
「…帰る」
「え? お前、何言って…? 」
「…帰るったら、帰るの!! もう帰る!! すぐ帰る!! 今すぐ帰るの!! 覇山!! 」
「BMOA…」
思わず、蝶々が聞き返そうとした瞬間、いきなり顔を上げた龐徳は、こちらを睨みつけつつ、半泣きの状態で喚き散らした。
これには、覇山も従わざるをえず、未だ泣きじゃくる龐徳を乗せたまま、心なしか闘っているときよりも速い走りで、この場から立ち去って行った。
「帰ったか…」
「帰ちゃったのだ…」
「これって、僕たちの勝ちでいいのかな…? 」
「全然そんな気がしないんだけど…」
「戦意喪失というところでしょうが…」
「何だかなぁ…」
「…? 」
そして、何だかすっきりしない表情を浮かべる愛紗らと、意味が分からず首をかしげる恋は、ただ茫然とそれを見送るしかなかった。
敵の戦意消失により勝った一同であったが、恋を除いた全員が、何か負けたような気分だったのは、言うまでもなかった。
「じゃあな、盲夏候―――死ねや」
「―――っ!? 」
死刑宣告と共に郭淮の矢が放たれようとした瞬間、矢に貫かれる自分の姿を想像した春蘭は曹操を助けられなかった事を悔いながら、死を覚悟した。
だが、その瞬間は、空から飛んできて、春蘭と郭淮の間に割り込んできたあるものによって、訪れることはなかった。
「なっ、何だよ…これ!! 」
「ま、丸太…」
呆気にとられた郭淮と鄧艾の視線の先には、春蘭を守るかのようにつき立てられた一本の巨大な丸太があった。
そして、ここでも、雪崩の投擲によって送られてきた丸太に乗っていた援軍の5人到着した。
「ずいぶんと無茶な真似をするものだな、姉者…無事でよかった」
「まったく…ご主人さまと同じで手のかかる方が多いわね」
「いやはや、まったくだのう…」
「まぁ、手のかかる主殿ではあるが、仕え甲斐があるのは確かだな」
「秋蘭…!! それに、鑢軍の将まで…!! 」
援軍の一人である夏候淵―――真名:秋蘭は、姉である春蘭の無茶ぶりに苦笑しながら、間に合ったことに喜んだ。
次に、苦労をかけさせる七花に、困った表情でため息をつく紫苑と桔梗に、だからこそ仕えているのだと笑みを浮かべた星は楽しげに答えていた。
予想外の援軍の到着に驚きながら、春蘭は五人目の助っ人に目を向けた。
「助けに来ましたわよ、夏候惇さ…」
「…うん、帰れ!! 」
髪を切ったのですぐに分からなかったが、袁紹―――真名:麗羽だと気づいた瞬間、春蘭は、笑顔でお前は要らんと、きっぱり言った。
突然の帰れ発言に首をかしげる麗羽だったが、言葉の意味を理解するや否や、すぐさま、顔を真っ赤にしながら怒った。
「んまっ!! ちょっとお待ちなさい!! 折角、助けに来たというのに!! 失礼じゃないですの!! 」
「要らん!! むしろ、足手まといになるだけだから、さっさと帰れ!! 何しに来たんだよ、お前!! 」
「むぅう…!! 折角、華琳さんを助けに来たというのに、何なのです、この扱いは!! 」
顔を膨らませて怒る麗羽であったが、春蘭の言い分ももっともだった。
ただでさえ、得体のしれない敵である郭淮と鄧艾だというのに、春蘭の知る限り、麗羽は戦闘行為において足手纏いにしかならない。
如何に秋蘭や鑢軍の3人がいたとしても、お荷物を抱えて戦うのは、無理があるというものだった。
ぶっちゃけ、郭淮と鄧艾から放たれる矢の盾代わりにする以外に使い道がない、というよりそれ以外どうしろというのだ。
「…ん、まぁ、何だか知らんけど―――邪魔だから、あんたから死ね」
「なっ、袁紹!! 」
それは、郭淮も同じ気持ちだったらしく、気勢を削がれたのか、うんざりした表情で矢を構えた。
そして、とりあえず、頭数だけでも減らしておこうと、郭淮は事も無げに、麗羽にむけて一本の矢を放った。
数秒後には、郭淮の放った矢に、頭を射抜かれた死体が一つできあがる―――はずだった。
それを覆したのは、あたりに響いた、パァンッ!!という乾いた音と金属同士がぶつかり合う鋭い音だった。
「私に何かしましたか―――そこのあなた? 」
「な、何だと…何だよ…何の冗談だよ…!! 」
「え? え? 」
郭淮が、必殺の一撃をもって放たれた矢は、麗羽の目前で、何かに弾かれたかのようにあらぬ方向へと弾かれていった。
まるで動じず余裕の笑みさえ浮かべる麗羽に対し、郭淮は、麗羽によって自分の矢が防がれた事実に愕然としていた。
両者を見ながら、何が起こったのかさっぱり分からない春蘭であったが、無理もなかった。
なぜなら、麗羽が手にした武器は、この時代の人間が所持しているはずのないものだったのだから!!
「え、炎刀、じ、<銃>…!! 」
鄧艾は、麗羽の手にした一対の武器―――回転式連発拳銃と自動式連発拳銃:<炎刀・銃>を見て叫んだ。
しかも、驚くべきは、そこだけではなかった。
飛翔する矢を撃ち落としたということ―――すなわち、麗羽が、ただ闇雲に撃ったわけではなく、見事に<炎刀・銃>を使いこなしている事を示していた。
「本当に使いこなしているみたいね…」
「中々、信じることができなかったがのう…」
「あら…私がただ無意味に否定姫さんとご一緒していたと思っていたら、大間違いですわよ」
これには、さすがの、紫苑や桔梗が驚くのは、無理もなかった。
恐らく、この場にいる誰もが、否、この戦争に参加したほぼ全員が、麗羽が炎刀・銃を使いこなせるなど、思いもしなかったであろう。
ただ二人―――麗羽に<炎刀・銃>を渡した否定姫と、麗羽の特訓に付き合ってあげた雪崩を除いてなのだが。
「本当なら、曹操さん達との戦に披露するつもりでしたが―――あなた、というかあなた達にお披露目することになりましたわね」
「調子に乗るなや!! 戦下手のど素人如きが、そんな玩具で私に勝てると思うなっ!! あんたとは、潜り抜けてきた修羅場の数が違うんだよっ!! 」
緊急事態とはいえ、派手好きな麗羽にすれば、このような地味な戦場で手の内を見せてしまったことは、不本意でしかなかった。
だが、郭淮にしてみれば、麗羽に矢を防がれたことは、不本意を通り越して、憤怒の域に達することだった。
その怒りを晴らさんと、郭淮は、鄧艾とともに、ほぼ連射の域で、次々と矢を放った。
張り巡らされた矢の弾幕が、麗羽を射抜かんと迫る中―――パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン―――乾いた音が鳴り響くと同時に、次々と矢が弾き落とされた。
「てめぇ…てめぇ、てめぇ、てめぇ、てめぇえええええええええええええ!! 」
「そちらこそ、お舐めにならないほうがよろしいですわよ。これを、炎刀<銃>を使いこなすための数カ月の特訓は―――」
またしても、攻撃を防がれたことで激昂する郭淮を前に、麗羽は微笑みながら、ここ数カ月の特訓の事を思い出していた。
『袁紹、あんたさぁ、全然、武芸だめじゃん。君主も辞めちゃったから、暇じゃない。折角だし、これ使ってみない? 』
そんな事をぶっちゃけた否定姫から気まぐれに渡されたことがきっかけで、炎刀<銃>を使い始めた。
最初のころは、麗羽は、この未知の武器に戸惑い、反動で手首を痛めながら、おっかなびっくりでしか扱えなかった。
だが、麗羽は、2週間ほどで狙いをつけて、撃てるようになり、3ヶ月後にはほぼ百発百中の精度で、動く標的を撃てるようになった。
そこから、否定姫の考案による日和号や雪崩との実戦訓練などもあったが、そのあたりの思い出は、麗羽は正直思いだしたくもなかった。
「―――伊達じゃございません事よ 」
「て、てめ…!! 」
「ま、真里亜…!! あ、危ない…!! 」
そんな嫌な思い出を振り切るように麗羽は、こちらを嘗めているであろう郭淮に対し大見得を切った。
予想外の事態に思わず当たり散らしかけた郭淮だったが、鄧艾の声が聞こえると怒りを抑えながら、同時に思わず後ろに下がった。
同時に、あのまま郭淮が怒りに我を忘れていれば、郭淮の体を突き刺したであろう槍の穂先が突き出された。
「多勢に無勢ではあるが…文句はあるまいな」
「趙雲…!! 」
「ま、任せて!! 」
忌々しげに睨みつけた郭淮の視線の先には、槍を構えた星が不敵な笑みを浮かべていた。
すぐさま、短弓による射撃で星に攻撃を仕掛けようとする鄧艾だったが、鑢軍の追撃はまだ終わっていなかった。
「桃香様を攫った罪…ここで晴らさせてもらいますわよ」
「正直、貴様らのやり口は気に入らん…遠慮なくぶっ飛ばせるわい!! 」
「あう…!? 」
「ぐっ、ばばぁども…がぁっ!!」
星の背後に控えていた紫苑と桔梗の二人が、先手を打っていた。
まず、星に向かって放たれようとした鄧艾の矢は、紫苑の放った矢によって、全て撃ち落とされた。
続けざまに、桔梗の構えた轟天砲から発射された鉄釘が、郭淮に向かって発射された。
悪態をつきながらも、郭淮が後ろに下がりながら避けた瞬間、郭淮の右腕に一本の矢が突き刺さった。
その矢を射ったのは、この場にいる誰よりも激怒しているであろう曹操軍の将:夏候淵――――真名:秋蘭だった。
「貴様らは二つの過ちを犯した…一つは、華琳さまを裏切った挙句、盗人まがいなやり口で許昌を占拠したこと。もう一つは…姉者をいたぶりながら、殺そうとしたことだ。貴様ら――」
「…っ!! 」
秋蘭の言葉を聞いた瞬間、郭淮の背筋に悪寒が走った。
とても静かで穏やかな口調で喋る秋蘭であったが、その内心は自分を抑えることができないほど怒り狂っているようだった。
そして、そうであるかを示すかのように、秋蘭は冷たい笑みを浮かべながら、郭淮らにむけて言い放った。
「―――楽に死ねると思うな、下郎」
「ほざけぇ!! この距離なら、この距離は私の間合いだ…!! 」
場の空気を凍りつかせるほどの殺気を叩きつける秋蘭を前に、郭淮は飲み込まれるような感覚に逆らわんと、得物である重藤弓を構えた。
郭淮が狙うのは、回転式連発拳銃に弾丸を込めて、銃を抜かんとする少女―――こちらを手玉に取った麗羽だった。
「鉄の鎧をぶち抜く強弓―――たかだか、鉛玉一発で防げると思うな!! 」
「鉛玉一発? 」
そして、郭淮が放った矢は、分厚い鉄の鎧さえ貫く威力をもって、麗羽の頭にむかって、射られた。
弾丸一発では到底防げない必殺の矢が迫るのを前に、麗羽は機会を計っていた。
敵はよほど自分の腕に自信を持っているのか、麗羽の予想通り、狙うのが難しい頭を狙ってきてくれた。
おかげで、麗羽は高速で迫ってくる矢に対し、容易く狙いをつけられることができた。
同時に、麗羽は、いかに炎刀<銃>といえど、弾丸一発程度では、あの矢を防ぐことはできないと察していた。
故に、意を決した麗羽は、とっておきの切り札を出さんと、それを可能とする回転式連発拳銃を抜き―――パァン!!―――銃声が一発鳴り響いた。
「なら、3発同時で防がせてもらいましたわ」
「な、え、袁紹おおおおおおおおおおおおおおお!! 」
同時に、一発の銃声しか聞こえないほど速すぎる連射によって撃ち込まれた3発の弾丸が、郭淮が射た矢を粉砕し、郭淮の左手親指と人差し指を打ち抜いた。
郭淮は、必殺の矢を防がれただけでなく、指を失うという弓兵にとって致命的な損傷を負わされた事に、怒声を発しながら、激高した。
対する、麗羽は余裕を装いながら、なんとか成功したことに、内心冷や汗を垂れ流していた。
まず、麗羽は、銃を抜いた瞬間に右親指で撃鉄を引いて一発目を発射し、続けざまに、左手親指で撃鉄を引き二発目を発射した。
最後に、麗羽は薬指で撃鉄を叩くことで3発目を発射―――この動作を瞬時に行い、郭淮の矢にむけて合計3発の弾丸を瞬時に打ち込んだのだ。
敵である郭淮が油断していたこともあるとはいえ、麗羽の絶技は、郭淮のに対して大きな隙を生み出した。
そして、それを、郭淮によってなぶり殺しにされかけていた彼女が―――春蘭が見逃すはずなどなかった!!
「隙だらけだ、この愚か者がぁっ!! 」
「な、てめぇ、まだ、うご、がぁあああああああああああっ!! 」
「ま、真里亜!! 」
動けるはずのない血だらけの体を無理やり動かした春蘭は、ようやく春蘭に気づいた郭淮の左腕を上段から斬り飛ばした。
そして、郭淮の左腕が宙を舞いながら地面に叩き付けられると同時に、郭淮の左から部分から勢いよく大量の血液が噴き出した。
泣くような叫び声を上げながら、左腕を丸ごと失った郭淮の止血をする鄧艾であったが、当の郭淮は未だに負けを認めようとしていなかった。
「…上等だぁ!! てめぇら風情が何人集まろうと、私と花南は絶対に負けない!! 劉豹様のために、絶対に負け―――うわああああああああああん!!―――なっ?! 」
左腕を失った郭淮は、口で矢を加えながら、尚も戦意を失うことなく戦おうとした。
だが、死闘の決着は、郭淮の予想もしていなかった割り込み―――郭淮らと春蘭の間に入ってきた、巨牛:覇山に跨った龐徳によって幕を下ろすことになった。
「ちょっ…山緒じゃん。何、何かあったの? 」
「か、仮面、こ、壊れてる…」
「真里亜、花南…帰ろう!! もう帰ろう!! すぐ帰ろう!! 」
思わず激昂していたのも忘れるほど、呆気に取られながら尋ねる郭淮に対し、鄧艾は龐徳が身に着けている仮面が壊れている事に気づいた。
そして、涙目になりながら、必死になって帰ろうと言い出す龐徳を見て、郭淮はうんざりしながら、全てを悟った。
「ああ、もう…どうして、仮面を外すと、こう性格が変わるんだか。私は、こいつら倒すまで、帰るつもりないから。一人で帰ってよ… 」
「いやだ!! 一人で帰るのは、恥ずかしいし、寂しいもん!! 」
「おま、そんな図体で何いってんのさ!! とにかく、私は、こいつらを…」
仮面を着けている時は、まともなんだけどなぁーと思いつつ、春蘭達と戦うつもりだった郭淮は、泣きじゃくる龐徳一人で帰らせようとした。
だが、涙目になった龐徳は首を横に振りながら、必死になって郭淮と一緒に帰りたいと駄々をこねた。
これには、ただ呆れるしかない郭淮であったが、これまで黙っていた鄧艾が見るに見かねて、郭淮に話しかけた。
「ま、真里亜、も、もう、に、任務は、か、完了したから、か、帰ろうよ」
「何いってんの!! 花南を化け物呼ばわりした連中は全員ぶっ殺すまで…」
「わ、私は、お、怒ってないから、ね…か、帰ろう」
「いや、でも、まだ…」
「お、お姉ちゃん―――」
「…っ!! 分かった!! 分かったわよ、もう!! 帰ればいいんでしょ、帰れば!! 」
すでに劉豹ら本隊が既に撤退できるだけの時間を稼いだと判断した鄧艾は、郭淮に龐徳と一緒に撤退することを勧めた。
当然のことながら、怒りが収まらないのか反発する郭淮であったが、鄧艾は、意固地な姉を―――郭淮を宥めるように説得を続けた。
それでも、ボソボソと不満げに唇をとがらせる郭淮であったが、優しげな言葉で話しかける笑顔の鄧艾を見て凍りついた。
まずい、名前じゃなくて、お姉ちゃんなんて他人行儀な口調で喋り出したという事は、本気でキレそうになっている―――姉妹の間柄ゆえに分かる感情の機微を悟った郭淮は、妹である鄧艾の脅しを受けて、ついに観念した。
敵に負け、左腕を失った挙句撤退する事となった郭淮は、乱暴に龐徳の後ろに捕まると、覇山の背に乗った。
「あら、お逃げになりますの? 」
「別にいいでしょ。こっちの都合ってやつがあるんっすよ。それに、そっちだって急がなきゃいけない理由があるっすよね」
「当然だ。貴様ら何ぞ、どこへなりとも行くがいいさ」
「ああ、姉者の言う通りだ。貴様たちを誅したいところだが、華琳さま達を助けるのが、最優先だ。どことなりとも、しっぽを巻いて逃げるがいいさ」
郭淮らが退却する姿を見て、麗羽が挑発するも、郭淮はジト目になりながら、せめてもの腹いせのつもりで、言い返した。
春蘭たちの目的は、あくまで、七花が桃香らを助けるのを援護するため、郭淮らを曹操の居城にたどり着かせないことなのだ。
郭淮らがこの場を退く以上、春蘭らが無理に戦闘を続行する理由もなかった。
何より、春蘭たちにしてみれば、すぐにでも、囚われているであろう曹操と桃香(春蘭らにとって双識はどうでもいい)を助けに向かいたかった。
だからこそ、郭淮らを最も憎んでいるはずの春蘭と秋蘭も、郭淮の挑発に乗ることもなく、言葉だけを返すだけにとどまった。
「はん…次は殺す。絶対殺す」
「お、怒らせちゃ、だ、駄目だよ…」
そんな春蘭と秋蘭に対し、忌々しげに捨て台詞を吐いた郭淮と不貞腐れる郭淮を宥めようとする鄧艾は、龐徳らと共に撤退した。
ここにおいて、許昌市街地における郭淮らとの戦闘は、両者の思惑が一致する形で、幕を下ろすこととなった。
そして、許昌最終決戦の大勝負は、曹操の居城にて繰り広げられている二つの戦闘を残すのみとなっていた。