鑢軍と曹操軍が、晋軍に敗れたその日の夜、寝静まった本陣から抜け出す人影が一つあった。
「何処に、行く気だよ、夏侯惇だっけか? 」
「っ!! 鑢七花…決まっている、華琳様を助けに行く!! 」
そして、その人影が本陣から離れようとした瞬間、何故か、本陣の入口にいた七花は、その人影を―――剣を携えた夏侯惇を呼び止めた。
夏侯惇は、自分を呼び止めた七花を睨みつけながら、晋軍に囚われた曹操を助けに行くと叫んだ。
「はぁ、あんた一人で、行くつもりかよ。行っても、死ぬだけだと思うぜ」
「うるさいっ!! お前には、関係のない事だ!! そこをどけ!! 」
溜息をつきながら、七花は、一人で達向かったところで、犬死するだけだと、呆れたように、夏侯惇に忠告した。
それでも、夏侯惇は、七花の言葉に従う事は出来なかった―――出来る筈なかった。
「無理すんなよ。恋に手加減されても、勝てなかったんだ…」
「う、うるさい、うるさい、うるさい!! 私は、華琳様を助けにいかねばならんのだ!! 」
七花は、夏候惇だけでは力不足で、曹操達を救う事は出来ないと言い続けようとするが、夏侯惇の悲痛な叫びが、七花の言葉を遮った。
「私の役目は、華琳の覇道の為に道を切り開き、華琳様の身を守る事だ。なのに…私の性で、私の軽はずみな行動の性で、華琳様が囚われたんだ!! だったら、私が、助けに行かなければ、私は、何のために、華琳様に仕えているというのだ!! 」
「何で、あんたは、曹操に其処まで尽そうとするんだ? 」
一介の将である夏侯惇にも、今、行けば、死ぬことも分かっているし、軽はずみな行動である事も理解していた。
だが、それでも、夏侯惇には、このまま待っている事など出来なかった。
七花は、夏侯惇の気持ちに気付きながらも、それが本物であるかを、確かめる為に、最後の問いを投げかけた。
「好きな相手を助けに行く事が、そんなにも悪い事なのか!! 軽はずみかもしれない!! 迂闊かもしれない!! だが、私は、私は…華琳様を助ける為なら、命だって捨ててみせる!! 私は、華琳様に惚れて、華琳様が大好きなんだ!! だから、華琳様に仕えているのだ!! 」
「…そっか。なら、仕方ねぇか」
夏侯惇は、涙をボロボロ流しながら、ただ曹操の事が好き―――ただそれだけの理由で、助けに行くのだと叫んだ。
そんな夏侯惇の姿を見て、七花は、苦笑しながら、納得したように頷いた。
「じゃあ、俺達も一緒に付き合おうかな」
「え? 」
思いもしなかった七花の言葉に、目を点にした夏侯惇は、思わず間の抜けた声をあげた。
だが、月明かりが辺りを照らした瞬間、夏侯惇は、七花の真意に、すぐさま気付いた。
「ご主人様…皆、揃ったよ」
「たった五人と二頭で城攻めか…こりゃ、無謀にもほどがあるな」
「がふぅ」
「ぶひん」
「…」
そこには、鑢隊の面子である恋や蝶々に、下手な兵士より強いセキトや的櫨、七花達とは敵対していた筈の軋識の姿があった。
「ちょうど、俺達も、桃香達を取り返しに行くところだったからな」
「…あくまで、レンを助けるためちゃ。レンを助けたら、鑢軍、お前らを容赦なく殺すちゃ。とりあえず、レンを助けるまで…休戦ちゃ」
桃香達を救いたい―――七花を含めた、ここにいる全員の想いは一つだった。
もっとも、軋識としては、零崎の矜持からか、不本意そうに仏頂面で投げやりに答えた。
とはいえ、軋識にとって、双識を救うためには、鑢軍の力を借りてでも成す必要があり、仕方のない事だった。
「と言う訳だから、俺達も一緒についてくぜ、夏侯…」
「春蘭だ…ま、まぁ、そう言う事なら、別に付いていかないわけもないがな。後、一応、真名で呼ぶ事を許してやる!! あくまで、特別だからな!! か、勘違いするな!!」
七花が夏侯惇の名前を言おうとした瞬間、其れを遮るように、夏侯惇は、自身の真名である春蘭という名を、七花にポツリと告げた。
もっとも、発言の直後に、夏侯惇―――春蘭は、思わず真名を、七花に教えてしまった事に気付いて、言い訳にもなっていない言い訳をしだしたのだが。
「分かった。じゃあ、取り返しに行こうか」
そんな春蘭の言い訳を聞きながしつつ、七花は、たった五人と二頭による奪還作戦を開始したところで、恋姫語、はじまり、はじまり。
第33話<許昌強襲>
「ここが、許昌か…」
「ああ、ここに、華琳様達が囚われている筈だ」
夜が明ける間近となった頃、七花らは、晋軍に占拠された許昌に到着していた。
城の中に待機しているのか、城壁の外には、兵の姿はなく、七花達は、やすやすと許昌の正面表門へと進む事が出来た。
とはいえ、城門は閉じられており、特に正面表門は巨大にして、重厚であり、そう簡単に入り込めそうになかった。
「さて、まずは、どうやって、中に入るちゃ? 何か、手はあるちゃか? 」
「うーん…とりあえず、正面からぶち破るか」
「おい、本気で言っているのか? この許昌に入る為の城門は、敵の侵入を防ぐため、まさに鉄壁なのだぞ。簡単に打ち破れる筈など―――」
門を前にして、軋識が、中に入る手立てをどうするのか、七花に尋ねた。
七花は、至極簡単に、正面突破すると答えると、門の前で、腰を落としながら、体を思いきり捻じり、両脚を横に向けて、構えをとった。
これには、許昌の表門が、如何に堅牢であるかを知る春蘭は、素手で門を破壊しようとする七花の無謀さに呆れるしかなかったのだが―――
「虚刀流四の奥義―――<柳緑花紅>!」
七花は、その構えから放たれた拳を門の中央へと炸裂させた。
さすがに、門自体には、傷一つさえ付く事はなかった。
しかし、堅く閉じられていた門は、ぎぃぃ、と、静かに向こう側へと開いていた。
「―――ない、えっ?」
「…破れたよ」
「鎧通しの応用か…確かに、どんな頑丈な城門でも、閂さえ破壊すれば、ぶち破れるわけだ」
城門が、呆気なく開かれ、唖然とする春蘭に対し、恋は、不思議そうに、ただ事実だけを言うと、さっさと門を潜った。
この中で、拳法家である蝶々だけは、<柳緑花紅>の性質をすぐさま見抜き、へし折られた閂を見ながら、なるほどと、感心したように呟いた。
ともかく、かつて、虎牢関の城門を破壊した方法で、七花達は、堂々と正面表門から、許昌へと乗り込んでいった。
「まぁ、良い事だけじゃなさそうちゃよ。早速、お出迎えの連中も来たみたいちゃよ…」
「ああ…ん? こいつら、あの時の…」
だが、このまま、すんなり、城へと向かう事はできそうになかった。
殺意を察知する事に敏感な軋識が、周囲の異変に気付いた瞬間、路地裏や民家の屋根などから、続々と武器を手にした怪しげな集団が姿を見せた。
とここで、七花は、白い服を纏った連中の姿を見て、反董卓連合戦において、貂蝉に叩きのめされた白装束の連中である事に気付いた。
「…月を脅した悪い奴」
「どうやら、こいつらも、一枚かんでいたみたいだな…ま、いっか」
恋も、恩人である月の仇である白装束に敵意をむき出しにしながら、戦闘態勢に入った。
白装束の集団も、この一件に関わっている事を知った七花だが、考える事が元から苦手である為、あっさりとそれ以上の思考を止めた。
やるべき事など決まっているのだから。
「で、どうするちゃ? って、聞くだけ意味ないちゃか。まぁ、とりあえず、かるーく零崎を始めるちゃ」
「阻むならば、切り捨て、押し通るまでだ!! 」
「やる事は一つだな」
「…うん」
「がふぅ!! 」
「ぶひん!! 」
一応、皆の意見を聞きながら、軋識は、得物である釘バット<愚神礼讃>を手にした。
軋識の言葉に答えるかのように、春蘭は、一喝するとともに、剣を抜いた。
春蘭と同じ答えだったのか、蝶々は、何時でも戦えるように構えをとった。
恋も、蝶々の言葉に頷きながら、セキトと的櫨を従えながら、武器を手にした。
そして…
「そうだな。まぁ、邪魔するってのなら、かかってきてもいいぜ…ただし、その頃には、あんた達は八つ裂きになっているだろうけどな」
七花が、戦闘の開始を告げる決め台詞を決めると同時に、七花達は、迫りくる白装束の軍勢へと斬り込んでいった。
ちょうど、桃香が、劉豹に宣戦布告を叩きつけた時と同じ時刻だった。
そして、現在、許昌の城内は、侵入者が攻め込んできたという報告に慌ただしさを増していた。
「また、突破されただと!! たった五人を相手に、何をしている!! 」
「そ、それが…鑢七花を筆頭に、奴らの強さは尋常ではなく、我らでは敵いません!!」
部下からの三度目の報告を聞き、左慈は、報告を告げた部下を睨みつけながら、苛立ちを募らせていた。
当初、左慈は、たかだか、五人と言う少人数で攻め込んできた七花達の無謀さを、嘲笑っていた。
だが、七花達が、次々にこちらの兵を打ち破りながら、向かって着てくるという報告を伝えに来た部下達の言葉を聞くに従い、左慈の顔に、焦りの色がでてきた。
「ちっ…こちらが仕掛ける前に攻めてきたか」
「やれやれ、これは、完全に読みが外れましたね」
吐き捨てるように呟く左慈に、于吉もやれやれと自分の失敗に嘆きながら、溜息をついた。
左慈も、于吉も、まさか、これほど早く、策を講じないまま、敵が動くとは思いもしなかった。
それが、結果として、左慈達は、晋軍の兵士達に指示を出す前に、何の準備もできないまま、七花達を迎え撃つ事になってしまったのだ。
「ふぅ…で、どうします? 」
「決まっている!! 俺達だけで、充分だ!! 」
「そうですね。 それに、私達には、切り札があります…劉備と曹操がいる限り、奴らの好きには…」
悪くなる一方の現状に溜息をもらした于吉は、晋軍との連携を含めたうえで、今後をどうするのか左慈に尋ねた。
今更、晋軍の力を借りるつもりなど、さらさらなかった左慈は、予想外の事ばかり続く現状を忌々しくおもいながら、苛立たしげに言った。
対する于吉も、左慈と同じ考えだったのか、晋軍の力を借りるのを避けたかった。
それ故、于吉は、七花らに対しては、桃香と曹操を人質にする事で、敵の動きに対抗しようと、考えていた。
「ただいまー、侵入者が攻め込んできたって? 大変な事になったねー」
「…えー劉豹さん、大変申し訳ないのですが、もう少し緊張感を持ってください…」
そんな大事な局面の中、相変わらずのノリで、劉豹は、ちょっと暑くなってきたね―という、近所のおっさんみたいな感覚で、緊張感をぶち壊して、部屋に入ってきた。
これには、さすがの于吉も、額に手を当てながら、苦笑いしつつ、注意を促した。
「す、すみません、于吉さん…それと、申し訳ない事がもう一つあって…」
「はぁ、何でしょうか? もう何を聞いても、驚くつもりはありませんよ」
于吉の言葉に、申し訳なさそうに答える劉豹であったが、何か言いにくい事があるのか、目を逸らしながら、ゴニョゴニョと口ごもっていた。
これ以上、何をやらかしたのだろうと、于吉は呆れながら、さっさと空気を元に戻す為に、口ごもる劉豹に尋ねた。
「…劉備さん達に、逃げられちゃいましたv 」
劉豹が、可愛げを含ませながら、とんでもない失態を暴露した瞬間、ブチ切れた左慈のちゃぶ台返しが炸裂した。
一方、住民が全て避難した許昌の街中では、武器を持った白装束達を、次々と蹴散らす七花達の姿がった。
「ふんっ――――!! 」
「…邪魔!! 」
「ちぇい!! 」
「うおりゃああああああ!! 」
「がふううううううう!! 」
「ぶひいいいいいいいん!! 」
「虚刀流―――<雛罌粟>から<沈丁花>まで、打撃技混成接続の応用編」
否、正確には、蹂躙と言った方が正しいのかもしれない。
次々に、得物である釘バットを自在に振るいながら、手当たり次第に白装束達を打ち殴り、殴殺する軋識。
万能武器である方天画戟を手にし、白装束達を斬り捨て、突き刺しながら、突き進む恋。
攻撃させる前に攻撃する―――その美学を証明するかのように、攻撃を仕掛ける前に、白装束達を打ち倒す蝶々。
向かってくる白装束達を一刀両断しながら、怒りを含ませ、咆える夏侯惇。
貂蝉から学んだ格闘技術で、スクリュードライバーを決め、白装束達を粉砕するセキトと、前足の蹴りだけで、白装束達を蹴り殺す的櫨。
そして、一騎当千と呼んでおかしくない四人と二頭を引き連れながら、七花は、自分に一斉に襲いかかってきた白装束達に、手加減抜きで、一つ一つが必殺の一撃である二七二種類の打撃を叩き込んだ。
七花達が許昌へ乗り込んでから、僅かな時間しかたっていなかった。
しかし、そのわずかな時間の間に、七花達が通った後には、白装束の無残な死体が積み重ねられていった。
「こいつら、強さは大したことないが、こうも数で攻められると切りがないな」
「泣きごとちゃか? 簡単な事ちゃ…こいつら、全員殺せばいいだけちゃ」
とはいえ、それでも、白装束達の出現が途切れるどころか、七花達の前に、騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた白装束達が、次々と立ちはだかってきた。
雑魚とはいえ、数を頼りに攻め込んでくる白装束達に、さすがの蝶々も、しつこさを感じ、うんざりしながら、溜息をついた。
それに対し、軋識は、双識を人質にとられた事もあり、零崎として、家族の敵となった白装束たちを皆殺しにするつもりで、さらに激しく攻め立てた。
「…っ!! ご主人様、危ない!!」
「えっ?…っ!!」
とその時、何かに気付いた恋が思わず、未だ気付いていない七花に向かって叫んだ。
何事かと思い、七花が振り向いた瞬間、七花の顔を掠めるか掠めないかのギリギリのところを、高速で飛んできた何かが掠めたかと思うと、地面に矢が突き立てられた。
「矢だと…!! いったい、どこから、放ってきたんだ!! 」
「…ああ、でも、それだけじゃないみたいだぜ」
地面に突き刺さった矢を見た蝶々は、狙撃手の姿が見えないことから、かなりの離れた場所から放たれたものだろうと判断した。
だが、問題なのは、それにも関わらず、七花が顔を逸らさなければ、命中していたであろう狙撃手の技量であり、さすがの蝶々も驚くしかなかった。
一方、運良く、矢を回避する事の出来た七花であったが、いつの間にか姿を見せた増援に、そう喜んでばかりもいられなかった。
「はぁ…まさかとは、思いましたが…軋兄さんが、ここにいるとは…」
「我、予想外。 李儒、如何?」
現れたのは、軋識の登場にぼやく堕落錯誤を自身の肉体とした李儒―――零崎儒識と、予想外の展開に驚きつつ、狼牙棍を携えて、家を破壊しながら、進撃してきた龐徳の二人だった。
「な、堕落錯誤ちゃだと!! 」
「李儒…!!」
「零崎儒識!! あんた、生きていたのかよ!! 」
「人形に命がないので、生きていたのかという問いについては、不正解なのですが…っと!!」
そして、李儒の登場に驚いていたのは、李儒が零崎一賊に属していた時の家族であった軋識と、洛陽決戦での折りに、李儒を打ち破った七花と恋だった。
既に死んでいる筈の李儒が現れたのだから、無理もない事なのだが…
一応、人形の体であるため、李儒は生きてはいないと、否定しようとするが、そう言い切る前に、李儒の頭に、振り降ろされんとした軋識の<愚神礼讃>を回避した。
「レンを攫った時宮の野郎が言ってたちゃ、零崎はお前だったのかちゃ?」
「時雨さんもお喋りな方ですね…そうだとしたら?」
まさかと思いながらも、軋識は、時雨に、双識の弱点を教えたであろう李儒を問い詰めた。
それに対し、李儒はあえて否定せず、お喋りな同僚に対し苦笑しつつ、睨みつける軋識に、はぐらかす様に答えた。
李儒の答えを聞いた瞬間、一賊始まって以来の裏切り者に対する始末を付けんと、憤怒の顔となった軋識ははっきりと断言した。
「決まってるちゃ…家族を裏切ったお前はもう一賊の仲間じゃないちゃ…!! てめぇは、俺が殺すちゃ!! 」
「良いでしょう!! ならば、殺人鬼同志、零崎を開幕しましょう!! 」
怒り狂う軋識は、<愚神礼讃>から繰り出す必殺の一撃を振るいながら、李儒に襲いかかった。
対する李儒も、両手に備わった鉤爪で切り裂かんと、バネの腕を伸ばしながら、軋識を迎え撃たんとした。
ここに、暴力の世界において、歴史上初めてになるであろう、零崎一賊同士の殺し合いが始まった。
そして、この局面において、春蘭も、戦うべき敵に挑まんとしていた。
「…鑢七花、先に行け!! 厄介な弓兵の相手は、私が何とかする!! 」
「おい、ちょっと待てよ、春蘭!! 相手の姿が見えないのに、どうやって、闘うつもりなんだ? 」
「後から、考える!! それに、貴様ならば、白装束どもを蹴散らして、華琳様達を助ける事も出来る筈だ!! 」
七花は、姿なき弓兵に挑もうとする春蘭を止めようするが、春蘭は、七花の制止を振り切るように大声で叫んだ。
ここに来るまでの白装束達との戦闘で、この面子の中で、七花がもっとも実力があるということは、武に長ける春蘭でも、すぐに分かった。
ならば、ここは、曹操達を助けるには、七花に任せるのが最善であると、春蘭は判断したのだ。
その為に、春蘭は、七花を援護する為に、七花を狙う姿なき弓兵を迎え撃たんとした。
「頼んだ、春蘭…死ぬなよ」
「誰に向かって言っている!! この程度、私一人で、充分―――<ぶひん>―――カプッ―――って、あっー!! な、ちょ、おま!! 」
「いや、敵じゃなくて、的櫨になんだけどな…」
「そ、それを早く言ええええええええええええええええええええええええええ!! 」
春蘭の覚悟を見た七花は、春蘭に弓兵の対処を任せる事にし、精一杯の注意をした。
七花の言葉を受けた春蘭は、不安そうな七花を叱咤し、自信満々に返事を返そうとした。
だが、次の瞬間、春蘭が、的櫨に服の襟を噛まれると、同時に、春蘭を背に乗せるのが嫌だったのか、的櫨は、春蘭を咥えたまま、走り出した。
注意が功を奏さず、気の毒そうに見送る七花に、春蘭は、振り落とされないように、的櫨の首にしがみ付き、精一杯のツッコミをしながら、姿なき弓兵の元へと向かっていった。
とはいえ、七花の進攻を阻む、障害はまだ残っていた。
「先行、不許可!! 我、阻止!! 」
「…っ!! そういや、こいつが居たっけな。何と言うか、でたらめすぎるだろ」
周囲の建物を破壊し、行く手を遮りなら、狼牙棍を振りかざす龐徳が、七花の前に立ちふさがった。
先の徐晃との闘いで、晋軍の将の、でたらめ具合は、ある程度、知っていったものの、巨人と言って差し支えのない龐徳の体格には、驚きを通り越して、呆れるしかなかった。
とはいえ、何時、白装束や晋軍の増援が来るかわからない以上、ここで、足止めを食らうのは、七花にとって、避けねばならない事だった。
故に…
「おらぁ!! 」
「…邪魔は駄目」
「っ!!」
蝶々と恋が、七花を先に行かす為に、龐徳を迎え撃つのは、当然の事だった。
先に、蝶々は、龐徳の体に拳を叩き込み、体勢を崩させ、すかさず、恋は、龐徳の振り下ろした、必殺の一撃を誇る狼牙棍をはじき返した。
思わぬ反撃にさすがの龐徳も、蝶々と恋の勢いに押され、七花への攻撃を防がれ、よろけた。
「蝶々、恋…頼んだぜ!! 」
「任せろ、虚刀流!! ここは、俺達が喰いとめる!! 」
「…早く桃香達を助けに行って、ご主人様」
「ああ…極めて了解!! 」
蝶々と恋にここを任せ、先に行く七花に、桃香達の救出を託した。
七花を見送った蝶々と恋は、体勢を立て直し、七花を追いかけようとする龐徳を足止めする為に、龐徳に向かって、攻め込んでいった。
そして、仲間達の援護を受けながら、七花は、桃香達が囚われているであろう、許昌の中央に聳え立つ曹操の居城へ向かっていった。
「とりあえず、鑢七花の襲撃を除いて、全て順調に事が進んでいるって事っすねv まぁ、苛々野郎と根暗眼鏡の手伝いなのが癪にさわるっすけどね…あと、何気にはずれがきちゃってるっすし」
その七花の姿を、七花を射抜こうとした弓兵―――棺桶を背負い、重藤弓を手に、矢を構えた女が、はるか遠く離れた場所から楽しげに嘯きながら、はっきりと見ていた。
女にとっては、左慈らの手助けと遊び甲斐のない夏侯惇と戦う事になるのは少々不満だが、劉豹の指示とあれば、仕方のない事だった。
とりあえず、気を取り直した女は仕掛けた罠が炸裂するのを、楽しみながら戦う事にした。
「けど、まぁ、お仕事とあれば、仕方ないっすからね…聞こえてないでしょうけど、あたしは郭淮!! 疾風刹那の称号は、伊達じゃないっすよ!! 」
ここに来るであろう夏侯惇に名乗りをあげながら、郭淮は、両手に弓を持つと、夏侯惇に狙いを定め、空を裂くような風切り音とともに矢を放った―――背中に背負った棺桶から這い出てきた<腕>が手にしていた矢を番えながら。