誰かが言った。
「まずいことになったですぅ~」
それに対して、誰かが応える。
「まあ、当然といえば、当然の措置じゃねぇか」
すると、
「そう当然だ。だが、無視することはできない」
誰かが、誰かに同意した。
「相手はあの乱世の奸雄と謳われる娘だからね。警戒すれども、侮らない方がいいね。これはあくまで、私としての意見だが」
「そうはいっても―――」
そして、誰かが自信たっぷりにこう宣言した。
「ただ、従うつもりなど毛頭ないがな」
「「「「当たり前だ(ね、ですぅ)」」」」
他の誰か達も、同じく同意した。
「じゃあ、とりあえず、曹操や魏の将らに対する対応は、俺に任せてもらおう。俺の技なら、充分対応できる。それに、―――には、個人的な恨みもある」
「なら、―――さんも、お願いするですぅ」
「では、私も手伝おうかね。ちょうどこれにも飽きていたところだ」
とりあえず、誰かが立候補して、誰かが、誰かを誰かの手助けするのを提案して、誰かもそれを受け入れた。
「ふむならば、私は―――に向かう事にしよう」
「決まりだな。後は、決戦まで下準備といこうぜ」
誰かが、何処かに向かう事を決めたところで、誰かがまとめて、話は終わった。
誰かによって、何かが計画されているところで、恋姫語、はじまり、はじまりv
第24話<信念相違>
=市街地・中央通り=
青々とした空のもと、道を駆けまわる子供たちに、威勢のいい声で客を呼びとめる店主、井戸端会議で盛り上がる主婦達―――袁紹軍との戦に勝利した鑢軍の本拠地である幽州は、以前にもまして、大いに賑わっていた。
「へぇ、前に来た時より、結構賑わってるもんだな」
「そうですな。それだけ復興が進んでいるという事でしょう」
「うん、そうだね」
そして、事実上幽州の君主である七花と桃香、二人の護衛(兼監視役)である愛紗は、街の視察を兼ねて、そんな賑やかな街通りを歩いていた。
袁紹軍との戦を終えての、久々の平穏を、七花達は、満喫していた―――
「あらぁんvお久しぶりねぇん、御主人様に、桃香ちゃんに、愛紗ちゃんv」
「ん?綺麗どころ二人も連れて、うらやましいわね、七花君」
「うう…御主人様、助けてください…」
「外に出ようって誘われたら…」
「…うう、いつか、訴えてやるぅ」
―――野太いおっさん声でおかま言葉使う、エプロンつけた鎧―――もとい貂蝉と、その隣で、貂蝉の淹れた御茶を飲みながら、書類をまとめる否定姫、泣きながらそれを手伝う朱里と雛里、詠に見つかるまでだが。
「貂蝉に、姫さん…どうして、こんなところに…」
「うふんvそれはね、私、先日から、ここで喫茶店を開くことにしたのよv否定姫ちゃんは、その御客様第一号って、訳v」
「否定する。御金支払わないから、客じゃないわ」
「ひどっ!!折角、仲良くなれると思ったのに~後、私は、いつ、鎧を脱いで良いのかしら?結構、蒸れちゃうだけど…」
「私の視界に入る時は、いつまでも脱がないで欲しいわね」
「鬼ぃ!?この子、素で鬼畜すぎるわよ!?」
厳つい甲冑姿で、体をくねらせて打ちひしがれる貂蝉―――賊刀<鎧>の前所有者がみたら、さぞや嘆く事であろう。
「それにしても、結構、ここも賑やかになったよね…商人の人たちもたくさんくるようになったし」
「ん?そうね…一応、街の区画整備や道の整備のおかげもあるけど、一番大きいのは、袁紹軍に勝ったという事実ね」
「そいつが、どうかしたのか?ただ、袁紹軍に勝っただけじゃん」
街を見て回った感想を言う桃香に対し、否定姫は、仕事をしつつ、街の活性化を促した一番の要因を事もなげに言った。
もっとも、経済方面の知識に疎い七花には、今一つ実感できないことであったが。
「分かってないわね。ただ袁紹軍に勝ったんじゃなくて、こっちより圧倒的に兵力数が上の袁紹軍に勝ったことが、重要なのよ」
「んっと、数が多い事が大切ってこと?」
呆れた口調ではあるものの、詠は袁紹軍との戦において、何が重要であるのか、七花に端的に教えた。
「はい。兵力差が多ければ多いほど、多い方が「勝って当たり前」で、完勝するのが当然です。もし、これで辛勝という結果なら、兵力の多い側としては、恥以外の何物でもありません」
「それが、勝つならまだしも、引き分け或いは負けたともなれば、兵力の多い側は弱いと侮られて、見られちゃいます。そして、そんな国にいたんじゃ、安心に商売はできないですから、商人さんたちは、逃げだして、余所へ移ります。当然、国力も弱くなり、軍備に回すお金がなくなって、さらに弱体化しちゃって、また戦に負けると言う悪循環が起こるんです」
「そして、逆に、兵力が少数の側が勝った場合、負けて当たり前を覆すわけだから、その評判も鰻登り。他国の勢力からも、警戒されて、手出しを出すことも少なくなり、平和になる。平和になれば、当然、噂を聞きつけた商人達もこぞって、やってくる。商人が来るなら経済も潤うってわけよ」
「ほへぇ…そんな事まで考えてあるんだ。すごいんだねぇ…」
「なんかややこしくて、俺には今一分からねぇんだけど」
朱里、雛里、詠―――鑢軍の誇る三軍師の解説を受け、桃香と七花は、完全に理解したとは言い難いものの、戦一つでここまで経済に影響を及ぼすものなのかと感心したように呟いた。
とここで、愛紗が、否定姫たちの持ちこんだ仕事に興味があったのか、否定姫に尋ねる事にした。
「ところで、仕事と言うのは、いったい、何をなされているので?」
「ん?ちょっとした軍の編成よ。うちも結構大所帯になったから」
「はぁ…!?ちょ、そんな軍の機密をこんな人通りの多い所で、処理しないでください!!」
「大丈夫よ。貂蝉にはこの部屋に人が近づかないように、人払いするよう、伝えてあるし。一応、暗号文にはしてあるから、一目見ただけじゃ、わかりっこないわ」
「むう…そういうことであるならば、何も言いませんが…」
「それで、どんな、感じになってるの?」
軍の機密事項の扱いが軽すぎる事にやや不満を持ったものの、あっけらかんとした否定姫の態度に、さすがの愛紗も不承不承引き下がるしかなかった。
代わりに、君主と言う事もあり、今後の事も含めて、桃香が、どういう配置になったのか、朱里に尋ねてきた。
「はい。ほぼ全ての人員の配置は完了したんですけど…」
「けど?」
「…御主人様や恋さん、まにわにの皆さんをどこに配置しようか決まらないんです」
「そろいも揃って、問題児ばかりだから、しょうがないとはいえ…」
「あ~なるほどなぁ」
雛里や詠の言葉に、七花は、納得するように頷いた。
天下無双と謳われる鑢七花、その七花とほぼ互角の武を持つ恋、特異ともいえる技量を持つ暗殺専門の忍者集団まにわにの初代頭領である蝙蝠、狂犬、蝶々―――この五人に共通する事は一つ―――兵士としての武は最強なのだが、将として兵を率いる才が皆無に等しい事だった。
「そのことなんだけど、いっその事、この5人だけで部隊を作ろうと思うのよ」
「え、五人だけって…」
「ぶっちゃけた話をすると、ここまで、個性的な面子に兵を率いらせるのは、難しい。なら、無個性な兵を率いらせるより、あえて、個性を活かす為に少数精鋭部隊として、運用した方がマシってことよ」
一見すれば、数が多い方が強いという古今東西の戦における常識を無視した、無茶ともいえるような否定姫の考え方かもしれないが、七花たちの有効活用を考えるならば、最善と呼べるかもしれない。
元々、実力が常識を無視した面子なのだ、常識に囚われては、その力を最大限に引き出せないという事だ。
「たしかに、それしかないですね…」
「私も、否定姫さんの意見に賛成です」
「というか、それ以外の方法がないと言った方がいいわね」
若干、非常識ではあるものの、他いに代案がない以上、朱里、雛里、詠も賛成せざるをえなかった。
もっとも、この編成に不満を抱いている者もいないわけではなかった。
「あの、否定姫殿…一つお伺いしたい事が…」
「何よ?」
「いえ、先ほど仰られた部隊の編成ですが、ご主人様や恋達の力を活かす為の編成とおっしゃられましたが、本当に、それだけですか?」
「もちろんそうよ。何で、そんなこと聞くのよ」
「いえ、別に…」
愛紗としても、七花や恋達の実力を知っているはずだが、どうしたのか?
訳が分からず、首をかしげる否定姫に対し、不満そうな顔で不承不承引き下がる愛紗であったが、思わぬところ―――ことの成り行きを見ていた桃香が、愛紗の胸中をずばり言い当てたような質問が飛び出した。
「愛紗ちゃん、もしかして、恋ちゃんが御主人様、一緒の部隊にいるから?」
「え?」
「はぁ?」
桃香の予想外の質問に、思わず間の抜けた声を出した愛紗と七花であったが、その他の面々は、あぁ…なるほどっと納得し、次の瞬間、何か微笑ましいものをみたような笑みを浮かべた。
しばし、惚けていた愛紗であったが、周りの空気に気付いたのか、顔を真っ赤に赤らめて、大きな声で否定しだした。
「な、な、何を言ってるのですか、桃香様!!わ、私は、そのような不純な気持ちで言ったのでは…」
「ああ~そういう事、結構真面目かと思えば、案外可愛いところあるじゃない、愛紗ちゃんv」
「ひ、否定姫様まで、何を!!」
久しぶりに弄りがいのある相手を見つけて、思いっきり含んだ笑みを浮かべる否定姫に、半泣きになりながらも、愛紗は必死になって否定した。
まあ、その通りだと自供しているもんだが。
とここで、店の方で仕事をしていたはずの貂蝉が部屋に入ってきた。
「あらぁ、随分と賑やかじゃないのぉ、皆」
「あ、貂蝉さんじゃねぇか。どうかしたのか?」
何事かと思い、七花が尋ねると、貂蝉は困った顔で、用件を告げた。
「ええ、ちょっとしたお客さまよ」
「人払いをしたはずなのに、ここに寄越すなんて、随分な持て成し用じゃない」
不満そうな顔する否定姫だったが、貂蝉は、ちらりと後ろを見ながら、しょうがないでしょとぼやくように、その客人を中に招き入れた。
「僭越ながら、失礼します。私の名は、性は姜、名は維、字は伯約。涼州天水群より、鑢軍に仕官の申し出を願いにきました。」
「「「「「「…」」」」」」
皆、言葉が出なかった。
中華では見かけない奇妙な衣装―――欧州ではドレスと呼ばれる類の服を着て、腰に金属製の強制しめつけ具のようなものを巻きつけ、腰まで届くほど長く伸ばした白髪と透き通るような白い肌を持つ女性:姜維の言葉に、愛紗や桃香は、もちろんのこと否定姫さえ――要するにこの場にいた一同全員が、見惚れていた。
それほどまでに、姜維は、女性さえ虜にするような美しさを兼ね備えていた。
もっとも、七花については、例外なのだが…
「へぇ…随分と変わった格好をしてるんだな、あんた」
「…幽州の天下無双王と噂される鑢七花様ですね。よく言われます。この衣装は、とある西方から来た商人から仕入れたものです」
「…ところで、仕官に来たと仰いましたが…どのような理由で、我が軍に?」
珍しそうに、しげしげと姜維の衣装を見ながら、感想を口にする七花に対し、姜維としては、この手の質問に、慣れているのか、そっけなく答えた。
それが、ちょっと気に入らなかったのか、やや棘のある言い方で、愛紗が、仕官理由について尋ねると―――。
「至高にして敬愛する諸葛孔明殿の元で働く為です」
「…はわ?はわわわわ!!わ、私ですか!?」
―――はっきりと、まるで、それ以外の答えがないと言わんばかりに、朱里の為だと断言した。
これには、思わず、朱里も大慌てであった。
何しろ、姜維の発言は、君主である七花と桃香を蔑ろにしていると思われかねないものなのだから。
「えっと、そこは、建前でも、天下太平の為とか、七花君の為に尽くしたいとか、言うもんでしょ」
「ありえません。孔明殿以外の為になど誰が忠誠を尽くすものか」
「ううう…そこまで、きっぱり言わなくても…」
「というか、あり得ないくらい融通の利かないやつね」
とりあえず、苦笑する否定姫が、言葉を濁そうとするが、それさえも、構わず、姜維はきっぱりと言い捨てた。
あまりの徹底した朱里第一主義な姜維の態度に、桃香は幅泣きしつつ、落ち込み、さすがの否定姫も、その頑固さに呆れるしかなかった。
多分、今、朱里が死ねって言ったら、即断即決で自害するんだろうなぁーと思いつつ。
「ま、まぁ…とりあえず、今後の事も含めて、一度城に戻りましょう。話はそれからですけど、よろしいですか、姜維さん?」
「…」
「あ、あの、一度、皆さんに会ってもらう為に、城まで一緒にいきませんか?」
「はい、孔明殿の指示であるならば」
「ううう…無視されちゃいました。朱里ちゃんには、反応したのに…」
「あー落ち込まない、落ち込まない・・・」
姜維に無視されたのが思いのほかショックだったのか落ち込む雛里を慰める詠―――とここで、またもや、深刻そうな顔をした貂蝉がやってきた。
「御主人様達、お客さんよ」
「また?今、忙しいから、帰ってもらうよう言ってくれないかしら」
貂蝉の言葉に、あまり乗り気でない否定姫は、うんざりとした表情で会うのを拒否しようとした。
ただでさえ、君主を蔑ろにして、家臣に忠誠を誓ってるような奴がやってきたのだから、無理もない事だが。
しかし、貂蝉はため息を吐きつつ、首を横に振った。
「それができれば、苦労はないんでしょうけど…ちょっと出来ない相談なのよね」
「「?」」
厄介な事に巻き込まれたと、頭を抱える貂蝉に対し、どういうことだと首をひねる一同であったが、その答えは、訪ねてきた客人の姿を見る事で、すぐさま分かる事となった。
「あら、一国の主が訪ねてきたというのに、連れないじゃないの」
「げっ、あんた…!?」
「そ、曹操さん!?」
念の為か、商人の変装をし、髪も、いつもの金髪ダブルロールではなく、まっすぐに整えてあるが、その自信に満ちた覇気と不敵な笑みは間違いなく、曹操本人であった。
敵対候補国の君主と言う予想外の来客に、否定姫は苦い顔をして、天敵にあったような表情となり、桃香も、思わず驚きの声を上げた。
「はじめまして、零崎双識―――華琳ちゃんのお兄ちゃ、ごふぅ!!」
「あなたのような兄なんて、うちにはいません(殺す笑)」
――――要らん事を言って、曹操の裏拳をまともに喰らって、仰向けに倒れた変態男もやってきた。
その後、極秘会談ということで、七花、桃香、否定姫を残して、愛紗らは一時城の方へ帰路に着くことになった。
なお、愛紗はしぶい顔をして反対はしたものの、否定姫の命により、店主である貂蝉によって、城まで強制運送され、つまみ出されることになり、城に戻った後、乗り物酔いをした愛紗は、すぐさま厠に直行することになったのは関係のない話である。
「御主人様と桃香さん、大丈夫でしょうか…」
「一応、否定姫さんが、補佐に付いているけど…」
「不安度が、さらに増したわね」
時折、空気の読めない七花、天然ボケな桃香に、人を怒らせる事に掛けては天性の才を持つ否定姫―――何も起こらないと言う方がおかしい。
不安だ―――朱里、雛里、詠の三人が、曹操を怒らせて、魏軍との全面戦争決定などという嫌な未来予想図を考えながら、歩いていると…
「邪魔だ、どけぇ!!」
「きゃっ!!」
「朱里ちゃん、大丈夫!!」
「はうう…お尻、うっちゃいました…」
「見たところ、ただの物盗りみたいね。ま、警備隊に任せ―――貴様ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!―――って!?」
警羅の者に追われていたのか、盗人らしき男は、前を歩いていた朱里を突き飛ばすと、そのまま走り去って行った。
突き飛ばされた朱里の方は、尻もちをついてしまったのか、上手く立ち上がれず、慌てて駆け寄った雛里に手を貸してもらいながら立ちあがった。
一方の詠は、朱里を突き飛ばした盗人の特徴を覚え、警羅の者たちに伝え、後を任せようとしたが、それまで無言無表情で付き従っていた姜維が、まるで別人のように感情をむき出しにして、怒声を咆える姿を見て、思わず目を見張った。
「え、姜維さん…?」
「孔明様を傷つけてた罪、死して償えぇえええええ!!!」
「―――このまま、逃げ、に、ぎゃああああああああ!!」
突然、感情のタガを外れたかのように、憤怒した姜維は、腰に巻きつけてあった金属製のしめつけ具―――否、長い帯のように極限まで薄く引き延ばされた刀を構え、前方にいる盗人に斬りつけた。
得物を追う蛇のように放たれた刃は、一気に盗人に迫ると、紙一重でかわそうとした盗人の脚を抉るように切り裂いた。
「ぢ、ぢぐじょおおおお!!お、おでの、足、あしがあ、あがやぁ!!」
「貴様のその足要らんよな…ちょうどいい、両方とも切り落としてやる」
「ちょ、そんな人の往来で!!」
「はわぁ!!だ、駄目です、姜維さん!!だめぇええええええ!!」
尚も、容赦ない攻撃を仕掛けようとする姜維に対し、大慌てで、朱里は姜維の服に跳びつき、しがみついた。
「だ、駄目です!!乱暴はいけ…ませ…ん?」
「え、ええええええ!?」
「あわ、あわっわわわわあ!!」
なんとか、姜維の、盗人に対する攻撃を抑える事のできた一同は唖然とする事になった。
―――ドレスのスカートで隠れていた部分から見える、姜維の備えたモノ―――男の象徴ともよべるモノに対し。
「…すみません、孔明様。私、こう見えて―――」
男なんですと、答えた瞬間、朱里の声なき絶叫が街中にとどろく事になった。
そう、姜維は、男の娘だった―――。
一方、街中の喫茶店では…
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
目下、中華最大勢力と称される魏の王である曹操と付き人兼保護者(本人談)零崎双識の突然の訪問により、七花、桃香、否定姫を交えた緊急の極秘会談が行われようとしていた。
ともすれば、中華全土を巻き込んだ戦争に、すぐさま入りかねない状況に、皆、中々、口を出せないでいた。
「とりあえず、聞きたいんだけどさぁ…あんた、何しに来たわけ?」
((軽っ!!しかも、直球!!))
まあ、否定姫については、やや例外みたいだが…。
「宣戦布告…」
「「「…!!!」」」
「と、言いたいところだけど、今日は挨拶に来ただけよ。強大な袁紹軍を打ち破った鑢軍の双君主に謝辞でもとね」
「あら、それはどうも。けど、どうせなら、手土産の一つは欲しいところね。領土の一部か、城頂戴よ」
言葉と言葉の応酬―――否定姫と曹操は、冗談を交えつつ、互いに笑みを浮かべた。
―――両者ともに眼は笑っていなかったが。
とここで、七花は、熱い眼差しで曹操を見る変態―――双識に、ある事を尋ねる為、話しかけた。
「ところで、あんた、零崎って言ってたけど…」
「察する通りだよ。零崎儒識とは、家族だったよ。もっとも、儒識君は、距離を置きがちだったけどね。だけど、家族には変わりない。だから、僕は君達を殺すつもりだよ」
七花の問いに、事もなげに、李儒―――零崎儒識との関係を暴露する双識ではあったが、それほど仲は良くなかったのを思い出したのか、すこしさみしげに答えた。
とそこで、今度は、双識の様子を見て、何かを思ったのか、桃香は、真剣なまなざしで、双識に尋ねた。
「あの、双識さん。聞いていいですか?」
「なんだい?僕が答えられる範囲なら、構わないよ」
「…どうして、人を簡単に殺せるんですか?」
「…」
桃香には、理解できなかった。
大切な家族の仇を討つと、双識は言った―――ならば、殺す相手にも大切な人や家族がいることだって、分かっているはずなのに、どうして―――?
「確かに、戦になれば、国や家族を守るために仕方なく、戦わなくちゃいけないし、殺さないと事は、納得はできないけど、分かっているつもり。でも、儒識さんのしたことは、明らかに違う!!殺さなくてもいい人たちまで、殺してる!!どうして、どうして、そんな殺さなくてもいい人まで…!?」
「…そうだね。まず、これだけは言っておこう。僕ら、零崎一賊の前には、殺すか殺さないと言う二択はありえない。殺す事が前提にあるんだ。なぜなら、僕達、零崎は殺人鬼の集団なんだから。もう後戻りはできない―――零崎にとって、人殺しは生き様なんだ」
「…っ」
どうしようもない―――もはや変える事のできない本質なのだと、異端の存在でありながら、<普通>に憧れる双識は、目の前にいる、夢見がちではあるが、平凡な、それ故に、自分達とは相容れることのない<普通>の少女―――桃香に、断言した。
桃香は、絶句したものの、やはり納得できないものがあるのか、唇を噛みつつ、双識を、眉を潜ませながら、見るしかなかった。
とここで、零崎一賊にとって、一番の標的である七花が、曹操にある疑問をぶつける事にした。
「曹操。あんたは、その事を知っているのか?」
「ええ、一応ね。けど、それが、どうしたというの?」
「いや、どうしたも、何も、そんな危ねぇ奴を何で、臣下にしたんだよ…」
これは、自身を刀とする虚刀流―――七花にしてみれば、理解しがたい事だった。
零崎一賊とは、殺人鬼の集団―――つまるところ、鞘というモノが存在しない、主の命令がなくとも、勝手に人を斬る妖刀のようなものだ。
そんな物騒な刀―――零崎一賊をなぜ、曹操は家臣として迎えたのかが、七花には分からなかった。
だが―――
「愚問ね。双識は、人殺しが生き様と言うほどの殺人鬼よ。後、変態だし。もし、今の世が、平治であるならば、忌むべき犯罪者でしょうね。変態だし。けど、今は、乱世の時代、人殺しに長ける殺人鬼は、もっとも人を殺すすべを知る有能な兵士として、その才能をいかんなく発揮できるわ」
「要するに、身分に問わず、素状に問わず、唯、才能のみを是とするという訳ね」
「そういう事よ。例え、双識がどうしようない変態な殺人鬼であろうと、その才能を活かさないのは、愚者のすることよ。要は、その才能を、力を我が覇道に活かせるかが、重要なの」
「ついでに、善悪の是非も問わず…その思想、力による覇道を掲げるあんたを認めてあげない事もないわ。曹操、あんたを潰すのが惜しくないこともないわ」
「それは、どうも。私も、あなた達とは仲良くやりたかったんだけど…無理な相談みたいね」
―――それさえも、曹操は、乱世においては殺人鬼としての本質さえも、有効利用できると考え、零崎一賊を抱え込むのだと断言した。
身分も、素状も、思想も、善悪も関係なく、己が覇道に必要ならば、是とする―――それが、曹操の目指す物―――絶対的力による覇道!!
曹操の覇道を聞き終えた否定姫は、皮肉めいた笑みを浮かべつつ、その思想を肯定しつつ、決して相容れないであろう敵に宣戦布告ともとれる言葉を発した。
だが、この場に、曹操と否定姫―――両者の考えを受け入れる事の出来ない少女がいることに、曹操は気付いた。
「納得できないみたいね、劉備」
「当たり前です!!曹操さんも、否定姫さんも、間違ってます!!そうやって、力で侵略して、人を殺して…それで本当の平和が来ると思ってるのですか?」
皮肉げに笑みを浮かべる曹操の問いに、怒りを含ませた声を上げながら桃香は、勢いよく席を立ちあがり、曹操は否定した。
大凡、認めることなどできない―――乱世に苦しみ人々が笑って暮らせるような平和な国を作る事を願う桃香にとって、曹操の、力のみで人を治める覇道は認める事の出来ない事だった。
そんな桃香に対し、曹操はまっすぐに見据えながら、この世間知らずの少女に現実を教えてやることにした。
「本当の平和ね…なら、あなたは、なぜ、鑢七花という天下無双の武という、あなたの大嫌いな力を持っているの?」
「力じゃありません。志を同じくした大切な仲間です」
「同じことよ。鑢七花は、既に数々の戦場で名を上げて、今や、中華で知らぬ者はいない名実ともに天下無双と呼ぶにふさわしい力―――いえ、刀かしら。だからこそ、人々は考える。相手がそんな刀を持っていれば、怖くなって、斬り返そうとしてしまう。斬られるかも、斬られるだろう、そして…斬られる前に、斬ってしまえとね。そして、私はより確実な方法を取るわ。斬って、斬って、斬りぬいて…降った相手を、私は慈しむわ。私に従えば、もう斬られる事はないと教え込むの」
「そんな、無茶苦茶な…!!そこまで、ずっと、戦い続けるつもりですか!!」
「そうよ」
「…っ!!」
平和な世を築く為に、桃香のもっとも忌む力に頼らなければないという矛盾、その力の本質、その力の本質を理解し、自身がなすべき行動を実行できる―――曹操は、愕然とする桃香に対し、そう断言した。
迷う事もなく。
「この乱世の時代、数多の国々が、己が覇を極めんと、各地で争っているわ。ならば、私は、力による覇道によって、この国を一つとし、天下万民の全てが望む平和を築く―――これが、曹猛徳の、否、曹猛徳に従う全ての者たちの天命であるなら!!」
誰かがやらなければならない事なら、この曹操がやらなくて、誰がやる?
否、この曹操以外に他ならない!!
それは、まさしく一本の巨大な鋼の柱のような、曲がる事ない信念と衰える事を知らない野心の元に構成された曹操の本音、本質を語っていた。
それを聞き終えたうえで、何時もの皮肉めいた笑みを浮かべるのを止めた否定姫は、未来を知るものとしての忠告をした。
「…一言だけ忠告してあげないこともないわ。曹操、あんたの覇道に付き合わされて、死ぬ奴は、敵味方を含めてごまんといるはず…いえ、出てくるわよ。あんたは、その屍を乗り越えて、天下に辿り着ける覚悟はあるのかしら?」
「そうでなければ、こんな所に来ないわよ」
「…ほんと、嫌になるくらいあの不愉快な女と同じなんだから」
否定姫のぼやきに、それまで茫然と聞いていた七花も納得するしかなかった。
立場、望むところの違いはあれど、その目的に目指す為に手段を問わず突き進む本質はまるで同じだった。
この曹操という少女はまるで―――とがめだ。
「でも、そんな…そんな力で抑えつけたような事が正しいなんて…」
「なら、劉備ちゃん。僕から君に質問なんだけど…」
それでも、尚、曹操の覇道を、受け入れる事の出来ない桃香に対し、このあまりにも<普通>の少女が抱くには大きすぎる望みを絶つ為に、双識は問いを発した。
「…君の望む世界は何なんだい?」
「そ、それは、皆が笑って暮らせるような、優しい国を作る事…」
「…どうやって?」
「え…?」
桃香の望みを聞いたうえで、いかようにして実行するかと言う、双識の問いに、桃香は戸惑い答える事が出来なかった。
否、方法を知らないが故に、答えるすべがなかった。
「そう…それが、僕が、君を<不合格>とする理由だよ」
「な、何が、不合格なんですか!!殺し合いをしなくてもいい、戦争がない、皆が笑って暮らせるような、優しい国を作る事が間違いなんですか!!」
「願う事は、間違いじゃない。けど、それを築くのに、具体的にどうするかという方法が明確じゃないんだ。そして、方法を明確にしても、君の願う国には、皆が笑って暮らせるわけがない―――なぜなら…」
否定されてもなお、それでも譲ることのできない望みを持つが故にあがなう桃香に対し、双識は意を決して止めを刺す事に―――桃香の望むを殺す事にした。
桃香の願う国が抱える最大の矛盾を―――!!
「…皆の中には、僕ら零崎一賊や君の所にいる鑢七花―――殺す事や争う事を生業とする者こそが、君の願う優しい国に不必要なものだからだよ」
「…!!」
皆が平和に生きられる世界―――その世界は平凡で当たり前の、<普通>の世界に忌むべきなのは<異端>と言う名の異物。
その最たるものは、殺人という行為無しでは生きられない零崎一賊、暗殺専門の忍び集団<真庭忍軍>、人としての力を逸脱した<恋>、そして、人でありながら一本の刀という―――いわば、人間兵器といって差し支えない虚刀流七代目当主<鑢七花>―――いずれも平和な世では異端にして異物、害をなすものに他ならなない。
桃香の望む世は、すなわち異物である自身の身内や主すら斬り捨てねばならない―――皆が笑って暮らせる国には多くの犠牲が必要なのだ!!
それは桃香の望む願いとは程遠いものでしかない。
「君の望みは、前提条件から矛盾に満ちているんだ。だから、僕は、君に<合格>を言い渡すわけにはいかない。少なくとも、今の段階ではね…」
「…っ」
「でも、さぁ…それだったら…」
無表情で言葉を淡々と紡ぐ双識に、何も言い返せない桃香であったが、黙り込んでいた七花がある事を思い出し、双識の言う矛盾を打破できる方法を思いついた。
それは、誰もが予想もしない方法だった。
「桃香の作る国の、邪魔になるみたいなら、俺が出てけば良いんだよな?」
「へっ?」
「えっ?」
「なっ!?」
「あぁ~」
思いもしない七花の言葉に、桃香と双識は間の抜けた表情で疑問の声を上げ、曹操はまるで信じられないようなものを見るような目つきで絶句し、否定姫は、なるほどと言う表情で頷いた。
「いや、そうじゃねぇか。元々、天下ってやつを治めたら、後は桃香にまかせて、さっさと出て行くつもりだったし。そういう事なら、別にいいんじゃねぇか」
「え、あ~そういう答えもあるかぁ…盲点だったかな」
「だ、駄目だよ!!絶対駄目――――!!そんなの絶対駄目なんだから!?」
「けど、前から決まってた事だし…」
確かに、七花の言うとおり、天下を統一したならば、七花は王の座を退き、桃香らに国の全権を預けるはずだったのだ。
当然、全権を預けた後、七花らがどこか別の国へ出て行こうと、何ら支障もなく、むしろ、桃香の望む平和な国にとって、異物が排除されるわけなのだから、都合がいいのだ。
平然と国を捨て、出ていくという七花の発言に、双識はいとも容易く問題を解決され、苦笑いし、桃香は、納得できないという表情で、七花を引き留めようとした。
しかし、当の七花にとっては、理解できないのか、首をひねるが―――七花の発言にもっとも怒りを覚えている者が、一人だけいた。
「…っふざけないで」
「えっ?」
「……ふざけんなって言ってるのよ!!」
「おわっ!!」
呟くように―――だが、それは、自身の信念を穢された者が抱く確固たる怒りのものだった。
突如、それまでの皮肉の笑みを消し、親の仇を見つけたような怒りの表情で、荒々しく咆えながら、曹操は、七花の胸ぐらをつかみ、七花の顔面ギリギリまで、顔を近づけた。
忘れない為に―――自身の信念を土足で踏みにじった愚か者の顔を忘れない為に―――!!
「さっさと、自分が出てけばいい?劉備に任せればいい?ふざけないで…私の、私の為に付いてくる者たちが目指す天下を、覇道を、軽く見るな…!!貶めるな…!!馬鹿にしないで…!!認めない!!あなたを、英雄として、いえ、王として認めない!!あなたなんかに絶対に天下を渡さない!!我が軍の総力をもって、全身全霊全力で―――!!」
―――叩き潰す!!
そう怒気を含めながら咆えた曹操は、目を合わすのも、不愉快だと言わんばかりに、唖然とする双識を連れて、その場を後にした。
「な、なんか不味かったかな?」
「うーん…ご主人様、たまに、空気読めないところあるから…」
「まあ、まあ、むこうもやる気みたいだし。こっちも、戦の準備に取り掛かるわよ」
その一ヶ月後、魏の領内を偵察していた蝙蝠から、曹操の配下である夏侯惇率いる軍勢が、鑢軍の領内を目指しているという報告を受ける事になった。
これより、鑢軍と曹操軍による天下の在り方を、鑢七花の運命を左右するであろう、最大規模の戦が始まろうとしていた。