=鑢軍・本陣=
楽成城における袁紹軍との戦に勝利した鑢軍は、事後処理のために、楽成城の城主である黄忠とその娘:璃々、客将である真庭蝶々、厳顔、魏延、そして、袁紹軍の総大将である袁紹らとの会談に応じていた。
「つまり、あんた達は、こっちの陣営に付くってことだな」
「はい。これまで、中立の立場を取ってきましたが、もはやそれも限界でしょう。ならば、娘を助けていただいた恩義に報いる為にも、鑢軍に付こうかと思います」
「友の頼みとあっては、むげに断るわけにもいかんからのう。それに、おぬしらのような者たちなら、わしの武も活かせるというものだ」
「俺としては、蝙蝠さんと狂犬さんに合流できた以上、ここを離れる理由もないからな」
七花の問いかけに、黄忠、厳顔、蝶々の3人は、それぞれの理由を語りながら、鑢軍に付く事を選んだ。
もっとも、魏延だけは、何やら難色を示していたが…
「御主人様―!!戻ってきたんだね!!」
「ここで働かせてください!!お願いします!!一生のお願いです!!もうここしか考えられません!!全力全壊で、頑張ります!!だから、私に―――ぶっ!!」
「落ち着かんか!!」
…桃香を見た瞬間、ころりと態度変えて、こっちが引くくらい何度も土下座しだしたので、とりあえず、興奮のあまり燃える魏延を厳顔に諌めてもらった後、魏延も将として、受け入れることになった。
そして…
「髪切ったんだな、あんた」
「はい。この度の侵攻と郭図の所業はこの程度で許されるものとは思っていません。ですが、もし機会があるなら、私もあなた方の陣営に加えさせていただけないでしょうか」
これまでの自分に決別するという意味もあるのか、自慢の縦ロールを全て切り落とし、髪を短くした状態で、七花達の前に現れた袁紹は、鑢軍への参加を願い出た。
無論、愛紗や翠からの反発はあったものの、今回の一件での被害者である黄忠らが、袁紹を許したことにより、袁紹も許されることとなった。
この後、鑢軍はすぐさま、軍をまとめると、袁紹の本拠地に先行した恋、白蓮、そして、顔良と文醜らと合流し、袁紹の本拠地を攻めてきた魏軍をまたたくまに蹴散らしていった。
こうして、鑢軍は、魏と呉に肩を並べるほどの強国へと成長を遂げることになったところで、恋姫語、はじまり、はじまりv
恋姫語23話<風林火山>
=魏・許昌=
数日後、鑢軍が、圧倒的に不利な戦力差を覆し、袁紹軍を下したとの報告は、魏を治める曹操らの元にも届いていた。
「鑢軍…中々に骨のある相手じゃない」
「まぁ、あの袁紹と郭図が取り仕切っていたのですから、ある程度は当然ともいえませんが」
やはり目を付けたとおりと、不敵に笑う曹操に対し、虎牢関の一件にてまんまと嵌められた筍彧はやや不満そうな顔で指摘した。
かつて袁家に仕えていた筍彧は、袁紹と郭図の無能ぶりをよく知っていたので、鑢軍を評価するというよりは、相手が袁紹軍だったからという見方をしていた。
「ですが、この度の戦で、鑢軍は大きな名声を得ました。さらに、袁紹の治めていた領地の大半を得て、楽成城の黄忠を筆頭に多くの将が鑢軍の元に集まり、各勢力の中でも油断ならない相手には変わりありません」
「そうですね~多分、将の質なら、各勢力の中で、こちらに次いで、群を抜いていますから~」
それに対して、筍彧の同僚である、眼鏡をかけた実直な秘書のような少女:郭嘉(真名:稟)と金髪ロングの頭に人形を乗せた天然系少女:程昱(真名:風)は、少数の兵力でもって鑢軍が大軍の袁紹軍勝利したことにより、領土や人材面において、魏に勝るとも劣らない勢力になりつつあると判断していた。
「そうね…もっとも、私達も有能な将を得た訳なんだけど…張郃」
曹操は視線を向けた先にいる一人の男―――元袁紹軍の将である張郃こと零崎軋識に名指しで呼んだ。
鑢軍との会戦において、軋識は、袁紹軍を離脱した後、曹操軍に流れ着いてきたのだが、男嫌いの曹操ではあるものの、それを差し引いて、模擬戦とはいえ、夏侯姉妹二人を相手に善戦するほどの実力を有していた為、特例として曹操軍に仕官することが出来た。
「…有能なぁ。ただの敗残兵としては、勿体無い言葉だな」
「私が愛するのは、才のある者と美しい少女―――男は嫌いだけど、それを差し引いても、将として迎えるだけの価値はあるわ」
「身に余る光栄だな。まあ、精々やってやるさ」
曹操の賛辞に、軽く相槌をうちつつ、軋識は興味な下げに受け流しながした。
その場に同席した同僚達の半数から、嫉妬の眼差し向けられているのを感じつつ…。
「そういや、あんた、まだ、真名、名乗っ取らんけど…一応、教えてくれるか?」
「ん、ああ…俺の真名か。構わんないが…そうだな、俺の真名は、零崎軋識だ」
とここで、虎牢関での戦にて、曹操軍へと降った張遼(真名:霞)が、これから共に戦う事になるであろう同僚である軋識に、親しみを込めて、軋識の真名を尋ねた。
張遼の質問に、少々戸惑った軋識であったが、とりあえず零崎一賊など、この時代の人間が知る由もないかと考え、そのまま名乗る事にした。
「「「「「「「…………えっ!?」」」」」」」
そして、次の瞬間、場の空気が一気に凍りつき、曹操をはじめとする魏の将たちも、全員何やら複雑な表情で、軋識からなるべく離れようと体を遠ざけると、次々に確認ともとれる質問が、軋識に向けられた。
「えっと、つかぬ事を聞くけど…あなた、その、変な趣味はしてないわよね?例えば、私との初対面で、<わが生涯一遍の悔いなし―――!!>って、いきなり叫んだりとか…」
「はっ?」
「或いは、たびたび、我らに、何故か、完璧に採寸されたせぇらぁ服という異国の衣装を送ったりとか…」
「はぁ!?」
「我らが、華琳さまと閨で事を行おうとした瞬間、<不純異性行為は、お兄ちゃんが許しません!!>などと、天井に張り付いた状態で乱入したりとかは!?」
「ちょ、ま…」
「私が、落とし穴を掘るたびに、わざと落ちて、自分で出れる癖に、ちょっと助けてくれないかなと言いつつ、べたべた手を触ったりとか…」
「うぉい!!」
「俸禄の代わりに、華琳さまに、自分の事を<お兄ちゃん>と呼んでくださいと、ねだったりとか…」
「落ち着け、ちょっと落ち着け…」
「あげくの果てに、部下3人を巻き込んで、女子中学校なる寺小屋を国の金で設立したりとか…」
「するかぁ―――!!つうか、何気に真実味ある例えちゃよ!?」
上から順に、曹操、夏侯淵、夏侯惇、筍彧、程昱、郭嘉の妙に生々しい質問に、軋識は、思わず、零崎軋識としての口調に戻るほど、大声で否定しつつ、狼狽した。
まさか、そんな変態じみた奴がいるはずは…
「いやぁ、嘘やと思う遣ろうけど…ほんまにあったことやからな」
「しかも、リアルかよ!?いったい、どこの変態…ん、女子中学校?」
何やら遠い目をしている張遼の言葉に、思わず突っ込む軋識であったが、<女子中学校>という言葉が、妙に引っかかった。
セーラー服、女子中学校、変態―――この3つの要素に当てはまる家族の一員が一人だけいる…否、いたと言うべきか。
「まさか…」
「おはようー。やぁ、華琳ちゃんに皆、良い朝だね。今日は新人さんとの顔合わせを兼ねた軍議と聞いたんだけど…」
「「おはようございまーす、華琳様―」」
そんなはずはないと、思わず口にしそうになった軋識だったが、数秒で事実を認めることになった。
恐らく、彼の手作りであろう制服を着た二人の少女―――許緒と典韋を伴ってやってきた背広にネクタイ、オールバックに銀縁眼鏡という時代錯誤な衣装を身につけた、背の高いものの痩せた身体が針金細工という印象を与える男―――魏で噂の変態にして、軋識のいた時代では、『自殺志願(マインドレンデル)』の二つ名で、裏の世界で恐れられた零崎一賊の一人、零崎双識その人だった。
「やっぱり、お前ちゃか…レン…」
「ん、その声は…アス、アスじゃないか!?まさか、こんなところで会えるなんて…」
「ああ、俺も、すごーく驚いてるちゃよ。まさか、こんな所で会えるなんて…」
まさかの家族との対面に、驚きと喜びが満ち溢れた表情を浮かべる双識対し、魏での双識の変態行動っぷりを聞かされた軋識は素直に喜べず、すごく残念な表情をしていた。
二度と会うはずのなかった家族との感動の対面のはずが、ものすごくがっかりな対面となっていた。
「そうだね。この分だと、トキもこっちに来ていても、おかしくはないだろうね」
「そうちゃね。でも、とりあえず、言いたい事があるちゃ」
「ん、何かな?久しぶりの再会に対する喜びの言葉とかなら大歓迎だよ」
うんざりとした表情を浮かべる軋識に対し、尚も双識は、周りのしらけた視線に気にも留めず、親しげに話しかけた。
分かっている…悪気はないのだろう…分かっているけど、こればかりは譲れない。
とりあえず、意を決した軋識は、この場にいる皆の声を代弁することにした。
「お前には、色んな意味でがっかりちゃ!!後、やっぱりお前は、零崎一の変態ちゃ!!」
「変態じゃないよ!!仮に僕が、変態だとしても変態という名の殺人鬼だよ!!」
「「「「「「「余計悪いわぁ!!!!」」」」」」」
軋識の変態発言に、思いっきり否定する双識を除く軍議に参加した一同の心が一つになった瞬間だった。
その後、家族まで変態呼ばわりされて、むせび泣く双識と、本気で土下座して謝る軋識を宥めた一同は、軍議を再開することにした。
「えーとりあえず、今後の事についてですが、現在のところ、対抗勢力としては、天の御使いと称する鑢七花率いる幽州勢力と長江一帯を中心に勢力を拡大している孫権の率いる呉の二つです」
現在、魏の対抗勢力として、二つの勢力が挙げられる。
まずは、天下無双の称号を持つ天の御使いこと、鑢七花率いる幽州勢力である。
勢力としては、国力は魏と呉に劣るものの、君主である鑢七花を筆頭に、呂布、関羽、張飛、趙雲、黄忠、馬超などの有能な将と、奇策士の異名を持つ否定姫を中心とした孔明、鳳統などの有能な軍師陣といった強力な人材と<兵農分離>という新しい制度を作り、極めて錬度の高い兵士による軍を持ち、攻めるとなれば、中々侮れない勢力である。
対する呉は、呉の礎を気付いた英雄であり、二代目当主であった孫策が行方不明になって以来、妹の孫権が君主として、呉を統治している。
国力としては、魏に次いで高く、大河<長江>という天然の要塞に守られた、守に易く、攻めるに難しという守りの堅い国である。
また、強力な水軍を有しており、船による戦を不得手とする魏にとって、厄介な相手となっている。
しかし、君主である孫権は、専守防衛に努めているため、こちらから仕掛けなければ、攻めてくることはない。
「ふむ、やはりそうなるか…どちらも、着実に力を付けている以上、手ごわい相手になりそうだな」
「だが、秋蘭。それは、我ら、魏とて同じ。例え、どんな相手であろうと、我らに敵うはずは…」
「ちょっといいかな?」
郭嘉の説明を聞き、慎重な態度で事に当ろうとする夏侯淵に対し、魏の脳筋代表―――もとい猛将である夏侯惇は、あくまで強気の姿勢で事に当ろうとしていた。
しかし、その途中、それまで、部屋の隅でメソメソ泣いていた双識が待ったをかけた。
「…何よ、変態。発言しないでくれる。妊娠したら、どうするのよ」
「何気に酷い!!うん、まぁ、とりあえず、対董卓連合や袁紹軍との戦における鑢七花の行動について教えてくれないかな?」
「はっ?何で、そんなことを知りたがるのよ。今は、鑢七花個人よりも鑢軍という勢力全体について検討すべきじゃ…」
「だからこそ、だよ、柱花ちゃん。鑢軍の強さは、有能な武将や軍師が多いことや<兵農分離>による練度の高い兵士がいることだけじゃない。むしろ、それらをおまけとして考えるべきだと思うよ」
「…何が言いたいのかしら、双識?」
大の男嫌いである筍彧から邪険に扱われている双識であったが、話に興味を抱いた曹操が続きを促した。
「幻想だよ。鑢軍には、天下無双の称号を持つ最強の剣士<鑢七花>がいるから、鑢軍は強いという幻想さ。」
「幻想ですか?」
なにやら、精神概念的なものを含んだ双識の言葉に、比較的現実主義者な郭嘉が首をひねりながら、怪訝な表情を浮かべた。
「でも、それって、違うんじゃないですか?いくら、鑢七花が強くても、万の軍勢に勝てるとは思えませんよ~」
「だろうね。けど、風ちゃん。幻想とはいえ、脅威には変わらない。例え、幻想でも、人がその幻想を信じ込んだ瞬間、幻想は現実を侵食し、現実を席巻すのさ。僕ら、零崎一賊がそうであったようにね」
疑問の声を上げる程昱に対し、そう断言した双識は、かつて零崎一賊が経験した<小さな戦争>の仕掛け人である<策士>を思い出していた。
零崎一賊を滅ぼす為に、最悪にして禁忌の存在―――家族のためならば、あらゆる敵と戦い、力を発揮する―――という幻想を崩そうと画策した一人の少女を。
とりあえず、君の策を貸してもらうよ、そう心に呟きながら、双識は今後の方針を提示した。
「鑢軍がもつ鑢七花という<幻想>。これをどうにかしない限り、いかに兵の数を増やして、屈強な将や兵士がいたとしても、士気が上がらずに、戦の主導権を向こうに持ってかれると思うよ。まあ、具体的な方法としては…」
「「「「「…」」」」」
対鑢七花を中心とした鑢軍攻略と言う、双識の説明に誰もが、呆気にとられていた―――まさか、この変態からこんなまともな意見が出ようとは、軋識と曹操除いて誰も予想していなかった。
否、双識との付き合いの長い軋識と優れた人材を見抜く観察眼を持つ曹操故と言うべきか。
でなければ、当の昔に、双識は魏から追い出されている。
「面白いじゃない、双識。少しだけ、見直してあげるわ」
「うん、ありがとう。できれば、お兄ちゃんといってね」
双識の話を聞き終えた曹操は、なるほどと頷きながら、多少笑みを浮かべつつ、対鑢軍の策としては申し分ない策を出した双識を珍しく褒めた。
もっとも、図々しくも、双識がお兄ちゃん発言お願いしたので、きっちり問題点を突きだしたが。
「と言いたいところだけど、もう一つの勢力:呉の事を忘れているわよ」
「あっ…」
「一応、専守防衛に努めているとはいえ、鑢軍を攻めている間に、呉に攻めてくる可能性も捨てきれないわ」
「さすがに二面作戦を取れるほど、我が軍に余裕はありませんからね~」
双識の策には、魏の主力武将を総動員しなければならないという問題点があった。
だが、そんなことをすれば、筍彧や程昱が言ったように、もう一つの対抗勢力である呉が、魏と鑢軍との戦の最中に、主力のいなくなった魏の領地に侵攻してこないとも限らない。
「はい、は~いvお困りのようなので、呼ばれて飛び出て、私惨状ですぅ~」
もっとも、曹操にとって最も厄介な少女―――ちょっとした誤字を交えて、可愛らしさを振りまいている堂々と遅刻してきた司馬懿の抱える戦力を加えない場合なのだが。
「おや、司馬懿じゃないか。今日も絶好調だね」
「今日もじゃなくて、いつもですぅ、お兄ちゃん~」
「あっそ。で、御用事なんだい?」
「なん…だと…?」
双識好みの少女である司馬懿に、お兄ちゃんと呼ばれて、喜ぶどころか興味無さそうにそっけなく返す双識を見て、軋識は愕然とした。
どういう事なのか尋ねようとしたが、すぐさま、軋識の疑問は晴れることになった。
それまで純真な少女の笑みを浮かべていた司馬懿の表情が、仮面をかぶった瞬間、皮肉めいた笑みを浮かべる少女―――もう一人の司馬懿へと入れ替わった。
「なぁに、対呉の足止めだがよ。俺と俺のダチに任せてもらえねぇかな?」
「あなたの?…まさか、五胡王を呼び寄せるつもりなの?」
「そうだけど。何か問題でもあるのか?」
司馬懿の提案を聞き、訝しげに尋ねる曹操に対し、当の司馬懿は折角の提案を疑問視されたことに、首をかしげた。
だが、他国の援軍とは、常に腹に一物を抱えているものであり、援軍を送った君主の心次第で、自国を脅かす恐るべき敵となるため、裏切られた際の危険度は極めて高い。
しかも、相手は何度も中原を脅かしてきた五胡族―――とてもじゃないが信用はできない。
当然のことながら、真っ先に筍彧が日頃の鬱憤と相まって、声を荒げて、猛烈に反対した。
「大有りに決まってるでしょ!!どこの世界に、余所者の王に自国の防衛を任せる馬鹿がいるのよ!!」
「ここにいるですぅ~」
「そうじゃなくて、反語表現!!」
実に御約束な即席漫才―――。
「あ~分かってるっての。けど、呉を抑える戦力としちゃ充分だろ?」
「む、う…」
「それは、確かに、そうですが…」
しかし、双識の策を実行しようとするならば、呉への牽制も必要であり、それを他国の袁軍で補おうとする司馬懿の提案も一概には否定できない。
それを分かっている筍彧と郭嘉は、それいじょう強く言い返すことが出来なかった。
「安心しろって。あいつにゃ、ちゃんと言い聞かせておくからよ。この国乗っ取るなってな」
「そうね。ただ、あなたも、充分信用できるとは思えないけど」
「かっかっかっか…手厳しいねぇ」
曹操の痛烈な皮肉に対し、からからと笑い声を上げる司馬懿―――そこにあるのは、君主と臣下という関係より、何時でもお互いの喉笛を噛み千切らんと、隙を狙う二頭の虎のように見えた。
少なくとも、軋識にはそう見えた。
「まぁいいさ。ついで、だから、俺の可愛い可愛い子分どもも預けてやるから、存分にこき使ってやってくれや。久々の大戦が期待できそうだからな」
「ええ、ぜひ期待させてもらうわ。あなたの忠実な親衛隊をね」
=涼州・魏軍駐屯砦=
曹操と司馬懿による虎同士の喰らい合いさながらの軍議が行われている許昌から、遠く離れた涼州に置かれた魏軍駐屯砦では、軍議の2日前に司馬懿から送られてきた集結要請に従い、司馬懿直属の親衛隊が移送の準備を整えていた。
「ふん、仲達殿からだ。どうやら、お前の待ち望んでいた大戦とやらに駆りだされそうだぞ」
「ってことは…大暴れお楽しみ満漢全席、超最高決定ってことすね!!私、絶好調!!敵さん、超不こ、ぬおっ!!」
「はしゃぎ過ぎだ」
「出立、何時?」
「すぐに、だそうだ。相手はかの有名な鑢軍…なかなか遣り甲斐のある相手じゃないか。精々期待させてもらおうか」
「…」
そして、涼州侵攻において最も戦果を上げた司馬懿直属の親衛隊の隊長格である4人組が久しぶりの大戦の準備に取り掛かっていた。
「へへへ…兵ぞろいの鑢軍が相手とは、腕が鳴ってきましたね」
その疾きこと風の如く―――得物である重藤弓を肩に掛けた短髪で、ギラギラした目と犬や狼を思わせる鋭い歯を覗かせながら笑みを浮かべる少女。
「…」
その徐なること林の如く―――手入れをしていた向こう側が透けて見えるほどの刀を鞘にしまった、顔を虎を模した仮面で隠し、一言も言葉を発しない淡い桃色の髪と小麦色の肌を持つ女。
「やる事は変わらんがな。だが、遣り甲斐はありそうだ」
侵略するごと火の如く―――身の丈を軽く超える槍の穂先に左右対称の枝刃がある槍―――十文字槍手にした洛陽にて李儒と密会した火傷顔の女。
「相手、不足、無」
動かざるごと山の如し―――身の丈は、常人をはるかにしのぐ10尺という、一見しただけでは、甲冑鎧の化け物と思わせる完全武装の鎧武者。
彼女ら4人こそ、涼州侵攻の際に猛威を振るい、立ちはだかる敵軍をことごとく打ち負かした司馬懿の誇る親衛隊―――風林火山の銘が掘られた武器を持つ人外集団・龙造寺院四天王であり、後に起こる対鑢七花との戦いにおいて、重要な役目を担う事になる。
そう、鑢七花の抹殺という役目を完遂させるために…。