「劒冑とは武の器。戦のためのもの」
「ゆえにまず、戦を鑑る。戦とは如何なるものなのか――」
「……」
「善の働きに非ず!正義の顕れに非ず!」
「戦とは我の愛を求めて彼の愛を壊す行為。武とはその暴力」
「独善なり!これこそが悪!」
「――――」
「我ら村正は戦を滅ぼす。戦の悪を人々に知らしめ、戦を人の世から去らしめる!」
「武にただ加担するのではなく、武を制するために劒冑を打つ!」
昔々、和の国が北と南に分かれて争っていたころ、戦で荒れる世の中を悲しんだ刀鍛冶の一族がいた。
その一族は、世の中が平和になる為に、敵を斬れば、味方を斬らねばならない<善悪相殺>の呪いを持つ劔冑を生み出した。
大勢の人が、争いの醜さを知るように、もう二度と戦争が起きない平和な世の中になることを願いながら―――。
「くだらねぇ…否定するにも値しないぜ」
「・・・・」
無言で劔冑を打ち続ける初老の男に対し、初老の男の背後に立っていた一人の若い男が吐き捨てるように呟いた。
「まるで、子供の戯言じゃねぇか。刀は、斬る為の道具だ。そこに、善悪がどうの、戦争がどうのとくだらねぇ思想を持ちこむんじゃねぇよ」
「…」
「善悪相殺の呪いだ?そんな偽善に、何の意味がある。てめぇらのしてる事は、刀の切れ味を落とすだけのもんだぜ」
「…」
「乱世を終わらせたい?終わらねぇよ。歴史全体からみれば、人の歴史は戦の歴史だ。お前らがきばったところで、僅かな平和な世というやつの後には、また戦がおこるだけじゃねぇか。世の中やら世界やらなんてもんは、歴史全体からしてみれば、表面のほんの上澄みに過ぎねぇのによ」
「…」
「当代一の刀鍛冶と聞いてみれば、とんだ鈍鍛冶だったようだな。まあ、精々、頑張れや。ま、どう予知したところで、あんたの刀の末路はろくでもない結果にしかならないみたいだけどな―――村正」
「…」
散々、初老の男―――村正を侮蔑し、嘲笑い、否定した若い男は、村正から渡された包みを手にすると、さっさと鍛冶場から立ち去っていった。
とその途中、ふと若い男が視線を感じ、目を向けると、鍛冶場の戸の近くに、男を睨みつけるように見る一人の若い女―――あいさつの際に見かけた村正の孫が立っていた。
「何か用か、お嬢ちゃ…いでぇえ!?」
「…二度とくるな、馬鹿ぁ―――!!」
若い男が声をかけようとした瞬間、村正の孫は若い男の顔を渾身の力を込めて殴りつけ、外に放り出した。
どうやら、村正とのやり取りを聞かれていたらしく、尊敬する祖父を散々詰られたことに立腹し、若い男に対し、敵意をむき出しにしていた。
「いつつ…あれが、三代目かよ。とんだじゃじゃ馬じゃねぇか。あー俺もさっさと完成から完了にいたる道筋を考えるとするかね…とりあえず、どこぞの山で修行してる奴がいるらしいし、そこを訪ねるかね」
そう独り言を呟いて、やれやれと殴られた頬を手でさすりながら、若い男は、荷物を手にし、その場を後にした。
結局、村正一族の思いも空しく、若い男の言葉通り、善悪相殺の呪いは、最愛の者を殺し、狂った仕手により多くの屍を増やしただけの失敗に終わった。
その後、村正の劔冑は封印され、北と南で争っていた和の国が一つにまとまる間の騒乱において、二つの逸話が生れることになった。
一つは、ある刀鍛冶の打った千本の劔冑にまつわるもの。
南北が歴史上において正式に統一されるまでの最中に起こった戦乱の頃、どこの国も属さない流浪の刀鍛冶によって、生み出された千本の劔冑が各地の戦場で出回った。
やがて、その刀鍛冶の打った劔冑が戦場で華々しく、活躍をするにつれ、その刀鍛冶が打った劔冑を多く持つことが、その国の、強さの証となった。
その中でも、完成型変体刀十二本と称する十二本の劔冑は、とりわけ強大な力を持ち、一体だけで、一軍さえも滅ぼすと噂されるほどであった。
それほどの強大な劔冑を生み出した刀鍛冶の名は、四季崎記紀―――かつて、始祖村正の元を訪れた若い男の事だった。
そして、二つ目は、奇妙な劔冑にまつわるものであった。
その劔冑は、刀を使わない剣術<虚刀流>でもって、次々に名のある刀を討ち破り、数多の戦場において、その力を大いに発揮した。
しかし、その劔冑は奇妙なことに、本来劔冑が、その力を発揮するために必要な仕手が存在せず、真打が持つはずの陰義さえ持っていなかった。
熱量を得る為の仕手を必要とせず、真打劔冑の必須機能ともいえる陰義さえ持たない劔冑―――本来なら、戦場で活躍することなど、否、存在自体ありえないことだった。
故に、時がたつにつれ、その奇妙な劔冑については、ただの噂として、忘れ去られていくことになった。
はるか未来、二度にわたる世界規模の大戦に敗れた大和にて起こった小さな事件が起こるまでは…
<悪鬼語>
時は、大戦にて大和が破れて幾世霜、六波羅の謀略によって、家を、家族を失った少女:とがめが、とある失踪事件に巻き込まれた際に、出会ったのは、黒金の鍬形虫―――仕手を必要としない奇妙な劔冑<七花>だった。
『ところで、あんた…俺に何か用なのか?』
「そなた、私に惚れていいぞ!!」
『はっ?』
自在にあらゆる液体を操る劔冑<真改>を相手に、仕手を必要とせず、陰義を使用できない最強の剣法<虚刀流>を駆使しする劔冑<七花>。
『これは…馬鹿な!!』
「どうした、真改!!なぜ、陰義を使用できない!!」
『人の話をちゃんと聞くもんだぜ。俺は、陰義を使わないんじゃない。俺は、全ての劔冑の陰義を使えなくさせる陰義を持った劔冑なんだよ!!そして、こいつが、虚刀流最終奥義<七花八裂>!!』
死闘を終えた<七花>ととがめが、相まみえるは、因縁深き深紅の妖甲をもつ呪われた劔冑<村正>。
「紅い劔冑…」
『とがめ。あれも敵なのか?』
「村正、どうみる?…村正…村正?」
『………なんで、なんで、お前が爺様の体を使っているの!!』
善悪相殺の呪いを持つ妖甲と称される劔冑:村正と仕手を必要としない無名の劔冑:七花―――この二体の劔冑の邂逅により、物語は動き出した。
『四季崎記紀の残した完成型変体刀十二本の回収?』
「署長との話では、大戦後におこなわれた劔冑狩りも、この四季崎記紀の劔冑を集めるのが、目的だったらしい」
『そいつが、銀星号って奴に関わりがあるんだな…』
大和の各地で、無差別殺戮を繰り返す武者<銀星号>と四季崎記紀の最高傑作である完成型変体刀十二本を追い、七花ととがめは、パート警察官こと景明と妖甲:村正らと共に、銀星号討伐と完成型変体刀蒐集の旅に出る。
待ちうけるは、真打を凌駕する陰義を使い、一軍を滅ぼす力を持った完成型変体刀十二本と個性豊かな仕手達!!
そして、その陰で暗躍する一派の目的とは?
伝説の刀鍛冶:四季崎記紀の目論見とは?
全ての鍵は、完成を超えた完了によって明かされる。
これは、英雄の物語ではない。
ただ一振りの劔冑が織り成す物語だ。
装甲悪鬼村正異聞伝―――悪鬼語、開幕!!
そして…
「いつかの姫様ではないが―――おめでとうと言わせてもらおう。ようやく、実の妹、否、娘を殺した訳だからな」
「!?」
「なっ!?」
景明と村正しか知らないはずのある事実を突き付けられ、驚愕する景明―――一瞬では、あるが、呆然と立ち尽くすしかなかった。
そして、その隙を、彼は―――とりあえず、本命を前に、厄介な景明をついでに殺す為に訪れた者にとって、最大の好機となった。
「不悪」
パン、パン。
「あ…っぬっ!!」
『景明!?』
「景明殿!?」
「景明さん!!」
「か、景―――いやああああああああああああああああああ!!!」
乾いた音があたりに鳴り響いた瞬間、胸を撃ち抜けれ、致命傷になりかねないほどの鮮血を噴き出し、崩れ落ちる景明。
狼狽する仲間達と共に、絶叫する村正。
そして、この状況を生み出した襲撃者は、冷酷な口調で呟く。
「さて、湊斗景明よ。お前はなんと言って死ぬのかな?」
湊斗景明、死す―――!!