七花が敵の陣中へ乗り込んだ頃、戦場では、義勇軍と黄巾党のぶつかり合いが激しくなっていた。
「はあああああぁあ!!!」
愛沙の青龍堰月刀がきらめきとともに振り下ろされる。
同時に、愛沙に斬りかかろうと剣を構えていた黄巾党達を勢いよくなぎ払う。
肉を斬り裂く鈍い音と同時に、吹っ飛ぶ黄巾党達。
「隙有りなのだ、うりゃりゃりゃりゃ!!!」
一方、その光景に呆気にとられる周りに居た黄巾党達に、すぐさま、鈴々の蛇矛が唸りを上げて、振り回される。
同時に、鈴々の蛇矛をまともにうけた黄巾党達の頭を割られて絶命していく。
まさに一騎当千・獅子奮迅の活躍を見せる愛沙と鈴々であったが、素人同然の義勇軍の兵士たちはそうそう上手くいかず、「ギャ!!」「グロ!!?」と小さな悲鳴があちこちで聞こえてくる。
後方で待機していた否定姫がこれ以上の状況の悪化を打破するために、切り札とも言える檄を放つ。
「義勇軍の兵士の諸君・・・・もうすぐ、天の御使いが我らの助けに来るわ。それまで、奮戦しなさい。」
「聞いたか!!否定姫の予言のとおりならば、もうすぐここに、天の御使いが来るはず・・・いや、必ず来る!!!」
「それまで、鈴々達で頑張るのだ!!」
否定姫の檄に答えるために、愛沙と鈴々は今まで以上に奮闘し、その闘志に当てられた義勇軍の兵士達の士気も上がった。
「さて、後は時間との戦いね・・・・・」
幾分か劣勢だった義勇軍も、否定姫の檄を聞き、数で勝る黄巾党を相手に幾分か持ちこたえているが、このまま、長引けば、否定姫の言葉を疑うものが出てくるはずだ。
そうなれば、脱走兵が次々と出て、自滅という最悪の事態につながりかねない。
(まったく・・・・・神様なんて信じちゃいなかったけど、今だけ、お願いしないこともないわ)
予断も許さぬ状況で、恋姫語第三話はじまり、はじまり
第三話「虚刀乱舞」
陣中に残っていた黄巾党の面々は、側面からこちらに向かってくる七花の姿に気づいて時、笑みを隠さずにはいられなかった。
この大軍に一人で、しかも、武器も持たずに戦うなど無謀以外の何物でもない。
「どこの馬鹿かはしらねぇが・・・・まずは、てめぇから、死ねやぁ!!」
七花に一番近くにいた剣を持った黄巾族の一人が、七花に剣を切つける――
「虚刀流、百合(ゆり)―――!!」
直前に、七花は、虚刀流、百合(ゆり)―――胴回し回転蹴りを繰り出した。
全体重を乗せたかかとは、剣で斬りつけた黄巾党の男の胴に炸裂し、悲鳴を上げるまもなく、地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。
その光景を一部始終見ていた他の黄巾党の面面は、何が起こったのかと呆気にとられるが、槍を持った黄巾党の男が、「てぇ、てめぇ、やりやがったな!!!」と七花に突きかかる。
「虚刀流、女郎花(おみなえし)!!」
だが、向かってくる槍を七花は、虚刀流、女郎花―――突進してくる勢いを利用して槍をへし折り、逆にその槍の穂を向かってきた黄巾党の男の喉に突き刺した。
今度もまた、槍を持った黄巾党の男は悲鳴を上げることなく地面に倒れ付した。
この時点になって、七花に襲いかかってきた黄巾党の面々は気づいた。
「さて、んじゃ、あんた達の親玉がいるところまでいかせてもらうぜ。」
一つは、この男は自分達ではなく、頭領だけを狙っているということ。
「ただし・・・・・」
2つ目は、七花という男が、素手で自分達を殺せるということ。
そして、三つ目は――
「その頃には、あんたたちは八つ裂きになっているだろうけどな!!」
七花の間に弱者を食い物にしてきたチンピラ風情の自分達が敵う相手ではないという圧倒的戦力差があるという絶望的事実―――!!
それを示すかのように、こちら向かってきた七花が浮き足立つ黄巾党の集団に飛びこぶと同時に、打撃音と骨が砕ける音と犠牲者の断末魔の叫びがあたりに響いた。
黄巾党の頭領である筋肉流流の大男が、分厚い大剣を傍らに置き、「たく、たかだか、素人ごときに何もたついていやがるんだ!!」と忌忌しげに舌打ちする。
「ちっ・・・・雑魚どもが、俺が黙らせてやるぜ。」
ようやく重い腰を上げた頭領は、自分の得物である大剣を背負い、戦場に出ようとする。
「なぁ、あんたが、親玉でいいんだよな。」
その時、背後から、聞こえた見知らぬ声に呼び止められ、頭領は「あぁん・・・!?」と声を荒げて振り返り、絶句した。
目の前にいたのは、見慣れない服を身に纏った一人の青年―――七花であった。
そして、その背後には、立ちはだかる黄巾党を打撃によって無残に破壊された幾十人という敵の屍と血潮で彩られた道ができていた。
突然の惨状に、頭領は「な、て、て・・・・」と思わず声を失っていた。
それを肯定と受け止めた七花は、決着を付けようと頭領に向きあう。
「じゃあ、さっさと終わらせてもらう!!」
そう宣言した七花は、言葉を失った頭領にむかって、駆け出した。
「くっ!?舐めるなぁ!!」
とここで、すぐに気を取り直した頭領が大剣を手に取り、向かってくる七花に振り下ろす。
「ッと!?」
すぐさま、振り下ろされた大剣に対し、体を逸らして避ける。
だが、攻撃をかわされた頭領はあせるどころか、余裕の表情を浮かべていた。
「どうやって、ここまで乗り込んで来たかは知らんが、この俺と素手でやりあおうなんざ、百年早いわ!!!」
たしかに、七花は強いだろう・・・しかし、素手と剣ではリーチに差がある以上、こちらが有利な事に変わり無い。
リーチの差・・・たしかにこれは剣士の欠点を補うために剣士の利点を捨てた虚刀流特有の弱点といえる。
その事を知った頭領は間髪要れず、今度は振り回すのでなく、狙いを定めて、七花にむかって突き出した。
頭領は「このまま、嬲り殺してやる」というサディスティックな笑みをうかべる。
「虚刀流・菊(きく)!!!」
だが、七花は虚刀流・菊で―――相手の突きを背中越しに裂け、両腕の二の腕と肘の部分を使って背骨を軸に、そのまま大剣をへし折った。
「悪いけど、虚刀流には、攻撃範囲の差を補うための、こういう武器破壊技だってあるんだぜ。」
自慢の大剣をへし折られた頭領は「え、ああれぇ!!?」マの抜けた声を上げて、呆然とするが、その隙を七花が見逃すわけもなく、懐に飛び込んで、止めを刺さんとする。
「悪いけど、じゃあ、姫さんの頼みどおり、とびっきり派手な技で決めてやるぜ。虚刀流の最終奥義で――――!!」
虚刀流には、一の奥義『鏡花水月(きょうかすいげつ)』、二の奥義『花鳥風月(かちょうふうげつ)』、三の奥義『百花繚乱(ひゃっかろうらん)』、四の奥義『柳緑花紅(りゅうりょくかこう)』、五の奥義『飛花落葉(ひからくよう)』、六の奥義『錦上添花(きんじょうてんか)』、七の奥義『落花狼藉(らっかろうぜき)』の 7つの奥義がある。
そして、1つ1つが相手を一刀両断にする威力がある奥義を7回繰り出すことで相手を八つ裂きにすることから名づけられた最終奥義の名は――!!
「虚刀流、『七花八裂(しちかはちれつ)』――――!!!」
一方、前線の方では、時間がたつにつれ、数で勝る黄巾党の勢いに押されていく義勇軍を愛沙と鈴々の二人が持ち直していたが、それも限界に近づこうとしていた。
「くっ、このままでは・・・・」
もう何十人目きり捨てたか分からなくなるほど、闘ってきた愛沙にも疲れが出始めたとき、敵陣をふと見ていた鈴々が何かに気づいたのか、声を上げた。
「愛沙・・・誰か敵の陣中から出てきたのだ!!」
「アレは・・・・ご主人様!!」
愛沙が見たのは、黄巾党の頭領らしき男の首を片手に持ち。黄巾党の陣中から堂々と現われた七花の姿だった。
とここで、愛沙達に気づいた七花が手を振って答え、頭領の首を抱えて、まわりにいる黄巾党を見渡し、宣言する。
「まあ、とりあえず、これで・・・・」
自分達の頭領がたった一人、しかも素手の相手に倒された事実に、まわりにいた配下である黄巾党の面面もしばらく茫然自失となり、だが、すぐさまそれは恐怖へと変わる。
しかし、七花はそれに気にとめることなく、まえにいる黄巾党の面面に尋ねた。
「俺の勝ちってことでいいよな。」
七花の言葉に答える余裕も無く、周りにいた黄巾党の面面は、「うわああああああああ!!に、逃げろ!!」「ふざけんな!!こんな化け物相手にやってられるかよ!!」「お、お助けぇええええ!!」と叫び声を揚げて、蜘蛛の子を散らすように逃げはじめた。
はじめは何事かと逃げ出そうとする者を押しとどめようとするが、事情を聞いたとたん、押しとどめようとしたものも武器を捨てて逃げ出す始末だった。
口から口へと伝わってき、次々と脱走兵が出てくる黄巾党は、もはや闘う意欲を失っていた。
しかし、否定姫がそれを許すはずも無く、己が奇策を完成させるために、周りにいる義勇軍の兵達に檄を飛ばす。
「ここに、天の御使いにして、天下無双の剣士―――鑢七花が降臨したわ!!我らの願いを聞き届けた天に誓う心あるなら、残った敵を討ち果たしなさい!!」
否定姫の檄がとどいたのか、義勇軍の兵士達が「「「「おおおおお――!!!」という雄たけびをあげ、逃げる黄巾党の一団に次々と襲いかかり、次々に矢を放って、容赦なく殲滅していく。
「よし、今が好機!! 全軍突撃! 1人たりとも逃すなッ!!」
勝利を確信し、さらに愛紗は全軍に向けて叫んだ。
その指揮を聞くや否や、村人達は雄叫びを上げ、逃げだした黄巾党を追撃する。
愛妙と鈴々も武器を掲げて周囲を激励し、村人達と共に黄巾党を追撃した。
「まあ、俺が手を下すわけもなく・・・・お前らは八つ裂きになってるだろうな。」
次々と討たれていく黄巾党の一団をみることもなく、七花はどこか空しそうに決め台詞を呟いた。
やがて完全に包囲され、逃げ場を失った黄巾党達は一夜にして全滅した。
殺風景の荒野に、勝利を喜ぶ村人達の雄叫びが響き渡った。