―――3分前、袁紹軍前衛部隊
開戦の合図となる銅鑼の音とともに、将兵らに引き連れられ、袁紹軍の兵士らは一斉に、鑢軍にむけ突撃を開始した。
「よっしゃぁ!!進めや、進め!!一気に駆け抜けるぜ!!野郎ども、突撃だぁ―――!!」
「ちょ、文ちゃん!!あんまり、一人で、突撃しないで!!」
「まったく、相も変わらず元気な娘だな」
思わず、張郃が呆れるくらい、普段から、突撃大好きな相方の文醜を諌めつつ、顔良は未だ、陣形を動かさない鑢軍に目を向けた。
反董卓連合での虎牢関決戦では、機動力と奇策を武器に、相手はおろか味方さえも翻弄していた鑢軍の戦法だったが、今回は、ひたすら待ちに徹していた。
本当なら、もっと早い段階でこちらと一戦交えたにも関わらず…。
「もしかして、これって…」
「多分、罠だろうな。十中八九なにかを狙ってるな」
「やっぱり、張郃さんも、そう思いますか?」
「まあ、俺の場合は、長年の勘だけどな」
不安そうな顔をする顔良に相槌を打ちつつ、張郃は敵が接近しているにもかかわらず、未だ動かずにいる鑢軍を見て、確信していた。
―――未だ動いていないにも関わらず、強烈な殺意を感じる。これは、明らかに罠だ!!
そして、敵の殺意がこちらに向かってくるのを感じた張郃は、自分の直感に従い、顔良と文醜に向かって叫んだ。
「顔良!!文醜!!兵を止めろ!!仕掛けてくるぞ!!」
「え!?」
「へ?」
思わぬ張郃の声に、驚いた顔良と文醜は、兵らに指示を出すのを忘れ、思わず馬を停止させた。
次の瞬間、顔良と文醜の目の前で、次々と地面が弾け飛ぶと同時に、先を走っていた兵士たちの「ぎゃぁ!!」、「ひげぇ!!」、「いでぇえ!!」という悲鳴が聞こえた。
「な、なにが…ひっ!!」
突然のことに、呆然とする顔良だったが、土煙がはれていく中で、現れた惨状を間近で見る羽目になった。
最前線のあちこちで、「あ、あ…い、いでぇええ!!!いでえええええよぉおおおお!!!足が、腕がねえええんだぁ!!」、「腹が、腹が、中身が、中身がぁああああ!!どまらねぇええええ!!」、「う…あ…」といった兵士たちの悲鳴や怒号、断末魔の叫びが一斉に起こった。
足や腕を吹き飛ばされた者はまだ良かったと言うべきだろう。
ある者は、腹をえぐられ、臓物を毀れおちるのを止めようと狂ったように抑えながら苦しみぬいた。
また、ある者は、頭の半分を失い、何が起こったのか分からないまま絶命した。
「ど、どうなってるんだよ!!向こうはまだ、何もしてないはずじゃ…!!」
あまりの出来事に狼狽する文醜だったが、すぐさま、そんな余裕はなくなった。
出鼻をくじかれ、後ろからやってきた後続部隊が立ち止まった瞬間、再び地面は粉砕された。
序盤戦は、鑢軍の先制攻撃が決まったところで、恋姫語はじまり、はじまりv
第19話<怪力合戦>
「打ち方やめ!!さて、まずは、前衛部隊は撃破っと…」
そんな袁紹軍の惨状を否定姫は、望遠鏡越しに眺めながら、つぶやいた。
今回、袁紹軍の戦力を削るために、否定姫が使用したのは、本来、城攻めなどで使われる攻城兵器である投石機だった。
ただし、より効果的でなおかつ広範囲に攻撃が行き届くよう、避けられ易い巨大な石ではなく、鋭くとがった大量の礫石を使用し、まるで散弾銃のように、相手の体を吹き飛ばし、敵軍の動きを封じ、兵士らを恐慌状態に追いやった。
そして、投石機の存在を相手に知られないように、あらかじめ掘っておいた穴に投石機を隠し、さらに、大量の幕を張ることで、袁紹軍に、投石機の存在を気付かれるのを困難にした。
「朱里、雛里、そろそろこっちも、動くわよ!!」
攻撃の成果を確認した後、望遠鏡を仕舞うとすぐさま、否定姫は、前衛部隊をやられ、混乱する袁紹軍に追撃を加えるため、軍を動かすよう、朱里に指示を出した。
作戦の第一段階は見事に成功したが、それでも、犠牲はあったものの、7万人という兵力を抱える袁紹軍にとっては微々たるものに過ぎず、いつ態勢が元に戻るか分からない以上、油断はできない。
すでに匙は投げられたのだ―――新たな仲間たちにも少しは頑張ってもらわねばならない。
「否定姫さんからの、合図です!!白蓮さんの部隊は、袁紹軍の右翼を、翠さんと蒲公英ちゃんは、左翼の、騎兵部隊を攻めてください!!」
「分かった!!白馬義従―――出陣するぞ!!」
「任せときな!!馬の扱いなら、こっちの方が断然上だぜ!!」
「それじゃあ、こっちも、突撃だ―――!!」
朱里の合図とともに、鑢軍の右翼に陣取っていた白蓮率いる白馬義従隊と、翠と蒲公英率いる西涼騎馬部隊が、それぞれ、5千の騎馬兵を引き連れ、未だ、態勢を立て直せないでいる袁紹軍の両翼に展開する騎兵部隊に突撃を開始した。
「そ、そんな、いったい、何が…どういうことですか!!」
「…」
前衛部隊が粉砕されたことを受け、予想外の出来事にうろたえる袁紹に対し、そばに控えていた田豊は冷静に戦況を判断していた。
投石機による礫石の一斉発射による攻撃で、指揮系統が混乱したこちらの前衛部隊の動きを封じた。
さらに、動きの止まったところを、両翼に控えていた鑢軍の騎兵部隊が、袁紹軍の騎兵部隊を強襲し、追い散らしている。
これにより、出鼻を完全に挫かれたことになるが…それでも、まだ数ではこちらが有利だ。
「お嬢様、ここはひとまず、態勢を立て直し、騎兵部隊との連携を…」
「進撃です!!わが軍の勝利のために今こそ、鑢軍の本陣に総攻撃を!!」
未だに呆然とする袁紹を立ち直らせようと、田豊が献策をしようとするが、それを遮るように郭図が割り込んできた。
「確かに、前衛部隊の被害は受け、騎兵部隊との連携は取れません。しかし、わが軍の主力は、あくまで重装歩兵にあります!!ならばここは、全歩兵部隊を動かし、数の優位でもって、敵本陣を崩すことこそ、勝機!!」
「どうでしょうね?鑢軍が何らかの策を狙っている以上、迂闊な前進は控えるべきでは」
あくまで、数の優位を生かした短期決戦に拘る郭図に対し、鑢軍の奇策を懸念する田豊はこれ以上の深追いはさけるべきと退却を促す。
だが、郭図は、たかだか従者長の分際で、自分に意見する田豊に対し、胸ぐらをつかみ、普段の彼にはみられないような、ドスの効いた声で脅しをかけた。
「てめぇは、黙ってろ!!この雌豚従者風情がっ!!…お嬢様、私の言うことを信じて下さい。わが軍の勝機ここで、みすみす逃すわけにはまいりません…どうか、ご決断を!!」
「私は、我が軍は…」
撤退と前進…どちらかの決断を迫られた袁紹の答えは―――。
―――鑢軍本陣
「動いたわね。敵は、まっすぐこっちに向かってきているようね」
袁紹軍は、結局、両翼の騎兵部隊を囮にし、こちらの騎兵部隊が戻る前に決着をつけんと、中央に残った鑢軍の本陣に、目掛けて、突撃を開始していた。
対する鑢軍も、否定姫の指示のもと、中央に配置した歩兵部隊は、弓なり状の陣形を二重にした形でもって、迎え撃たんとしていた。
「さぁて、<寛和柄作戦>の第二段階に移るわよ…愛紗、鈴々、出番よ!!」
「はい!!皆のもの、全員構え!!」
「了解なのだぁ!!」
すぐさま、否定姫の合図とともに、袁紹軍に対抗するように重装歩兵らを引き連れた愛紗、鈴々が、中央の第一陣を引き連れ、袁紹軍の歩兵部隊の本陣到達を阻止せんと、衝突した。
これまで悠々と進軍してきた袁紹軍の動きが止まった。
しかし―――
「くっ、やはり数が違いすぎるか…このままでは…」
それでも、数の差は明白で、なんとか進軍を阻止しようとする中央第一陣の部隊だったが、抑え切れずにじわじわと、少しずつ袁紹軍に押され始めていた。
すぐさま、喰い止めようと、隊を動かそうとするが…
「うおりゃぁあああああ!!」
「むっ!!お前は…文醜!!」
前進する袁紹軍から、全身土まみれになりつつも大剣を携え、突撃する少女―――文醜が斬りかかってきた。
これに気付いた愛紗は、青龍堰月刀でもって、軽く太刀を受け流し、反撃の一撃を叩き込もうとするが…
「隙、ありです!!」
「っ顔良まで、現れたか…」
今度は、巨大は鎚を振り回す少女―――顔良に阻まれ、愛紗は顔良の一撃を回避できたものの、攻撃の機会を逃した。
「さて、さっきは散々やってくれたじゃん。今度は、こっちの番だぜ」
「さっきのお返しじゃないですけど、二人で相手させてもらいます!!」
「…いい度胸だ。ならば、こちらも迎え撃とう!!」
どのみち、ここで、顔良と文醜を迎え撃たなければ、袁紹軍に本陣を中央突破されかねない。
袁家の二枚看板の二人を相手に、武器を構えた愛紗は、真っ向から迎え撃った。
そして、この時、袁紹軍の中央戦列は、鑢軍の中央第一陣を左右へとおいやり、鑢軍中央を突破しかけていた。
―――袁紹軍本陣
「勝った!!」―――中央の第一陣を打ち崩していく光景を見て、はしゃぐ袁紹をしり目に、郭図は思わず笑みを浮かべた。
まったくもって、自分の頭が思い描いた未来図通りに事は進んだ!!
何が策を弄するだ―――その程度の小細工、数という圧倒的暴力の前では、無意味!!!
故に、勝利を確信した郭図は、呟いた。
「―――勝った!!」
ついに目前まで迫った完全な勝利を―――。
「そう、私は―――!!」
「伝令、伝令ぃ!!」
郭図は見事に―――。
「打ち崩された鑢軍中央部隊第一陣が、わが軍の戦列の両翼に回り込み、攻撃を仕掛けております!!さ、さらに後方からは、鑢軍の騎兵部隊が後ろから迫ってきます!!」
「―――――――――かひっ?」
―――奪い取られることとなった。
―――鑢軍本陣
左右を、分断されたと思われた鑢軍第一陣に、前を第二陣として控えていた鑢軍中央に、そして、袁紹軍の騎兵部隊を追い散らし、袁紹軍の背後を鑢軍騎兵部隊が抑え、ここにて袁紹軍中央軍並びに本陣は四方どこにも逃げ場をなくし、完全に全集包囲された。
これぞ、300年以上昔に、遠い西の地にて行われた戦の再現だった。
実行した将の名は、はんにばる…そして、その戦の名は…
「寛和柄(カンナエ)の戦。ま、素人にしちゃ上出来かしらね」
鑢軍に包囲され、次々と討ち取られていく袁紹軍の兵士らの姿を見て、否定姫は笑みを浮かべた。
まず、今回の作戦では、包囲を完成させる上で、厄介な袁紹軍の騎兵部隊を蹴散らすために、投石機で礫石を発射し、騎兵部隊の指揮を混乱させ、自軍の騎兵部隊が追い散らした。
さらに、自軍の騎兵部隊が戻ってくる時間を稼ぐため、袁紹軍の中央部隊に対しては、投石機の存在をちらつかせることで、兵士らに、前進することを躊躇わせ、知らず知らずのうちに侵攻速度を遅らせたのだ。
「そして、第一陣は、突破されたと見せかけて、袁紹軍の両翼に回り込んで、攻撃を仕掛けて…」
「白蓮さんや翠さん達が、背後を突くと同時に、前衛第二陣が攻め立てれば、少ない数でも相手を包囲できるというわけですね」
無論、この包囲作戦だけでは、これほど鑢軍が優位に立つことはできなかった。
袁紹軍の抱える不安要素にも助けられた点も大きかった。
確かに、数は袁紹軍が勝っていたものの、その大半が領内で徴集された民であり、兵の錬度や士気は低く、兵農分離政策により、錬度を高めた鑢軍の兵士らとでは、かなりの差となった。
また、袁紹の性格故なのか、袁紹軍の指揮系統もしっかり整えられていなかったため、十万という大軍を指揮するにはかなり無理があった。
「これで、後は包囲した袁紹軍をせん滅するだけね…」
「そうね…ま、桃香はいい顔しないでしょうけど、こっちも余裕がないんだし」
ぽつりと呟いた詠の言葉を聞き、否定姫はやれやれと頭を振った。
当初、桃香は、否定姫からこの作戦の内容を聞いた時、穏やかな彼女には、珍しく猛反発した。
あまりに袁紹軍の人死にが、多すぎるっと。
包囲殲滅戦を仕掛ける以上、仕方のないことかもしれないが、お人よしで優しい桃香にとって、許容出来ないものだったのだろう。
結局、代案がない以上、否定姫の策を取ることになったのだが…。
「この戦、私達の…」
この作戦の基礎となったかんなえの戦では、敵軍を完全包囲したはんにばる率いる軍勢は、包囲した敵をせん滅し、敵に大打撃を与え、勝利した。
例え、古の英雄や武勇高い将がいたとしても、戦況を覆すことはできなかっただろう。
「勝ち―――」
ただし、この戦場には―――
「ん?何、あれは…」
あまたの軍師らによって張り巡らされた策を、小賢しいと言わんばかりに、力技でねじ伏せる人外の化け物がいた。
「丸太?」
次の瞬間、破城鎚に使われるような巨大な丸太が、空高くから飛来し、あっけにとられある否定姫をわずかにかすめ、彼女の背後に配置された投石機を破壊し、突き刺さった。
「は、はわわわわわ!!だ、大丈夫ですか、否定姫さん!!」
「ちょ、何なのよ、今の!!」
危うく丸太に貫かれそうになった否定姫に駆け寄る朱里に気を配りながら、詠は慌てて、丸太が飛んできたと思われる戦場を見た。
そこで、繰り広げられていたのは――――
―――包囲網完成直後、袁紹軍中央部隊
「そ、そんな、いったい、いつの間に…」
「…見事」
勝利の予感に浸る間もなく、敗北の窮地へと追いやられ、呆然とする袁紹に対し、田豊はこの作戦を考えた敵の軍師に対し、ぽつりと賛辞を呟いた。
もはや完全に包囲された以上、数による利など無いに等しい―――これから始まるのは、一方的な蹂躙殲滅のみだ。
だが、従者長として、主を…袁紹を…麗羽お嬢様を傷つけさせはしない!!
「お嬢様。この戦、我が軍の敗北です。すぐに兵を引き連れ、撤退してください」
「な、何を…」
「何を言っている、貴様ぁ!!まだ、まだ負けてはいない!!伏兵部隊が敵の本拠地を攻略…ぐぎゃ!!」
袁紹に撤退をすすめる田豊に対し、まんまと否定姫に出し抜かれ、面子をつぶされた郭図は怒りをあらわにしながら、田豊の肩を掴んだ瞬間、田豊の裏拳が、郭図の顔面に炸裂し、郭図は鼻血を噴出しながら、気絶した。
「そんな余裕なんて、ありません。これ以上、ここに留まれば、全滅するだけです。ならば…」
包囲網が完成した今、全滅も時間の問題―――そう考えた田豊は、せめて主である袁紹だけでも逃がすべく、かつての失敗から、一度は使うまいと決めた力を解放することを決断した。
不意に、前方から、雄たけびと共に、剣と剣がぶつかりあう音が響いてきた。
包囲網が狭まり、周りの兵士らが討ち取られていく中、鑢軍の兵士らが迫ってきていた
「私が、敵を引きつけている間に、兵をまとめ、今すぐここから撤退を、お嬢様」
「お、お待ちなさい!!田豊さん、何を勝手に!!」
「…では、失礼します」
何か叫ぼうとする袁紹を無視して、頭を下げると、田豊は袁紹の乗った馬を走らせた。
これでいい…そう思いながら、田豊は、自分を取り囲んだ鑢軍の兵士らに対し、恭しく頭を下げた。
「鑢軍の皆さん、お初にお目にかかります。私は袁家従者長を務める田豊…字は、元皓。そして、真名は―――」
もし、この場に七花がいたならば、その真名の意味に気付いたことだろう。
かつて、蝦夷地の踊山にて、双刀<鎚>を賭けて、勝負した一人の少女と同じ姓であるため。
そして、初めて、七花が敗北した相手と同じ姓であるがゆえに―――!!
「凍空一族が一人―――凍空 雪崩。以後お見知りおきを」
次の瞬間、名乗りを終えると同時に、スカートを上げ、頭を下げた田豊のスカートから、大量の丸太がごろごろとあふれ出てきた。
数秒後、吹き飛ばされる鑢軍の兵士らの絶叫と包囲網目掛けて、唸りを上げて次々に空から飛来する大量の丸太が着弾する音が、次々と聞こえてきた。
総大将である袁紹がわずかな手勢とともに、逃げだすのを止めることさえ、ままならず。
同時刻―――包囲網に慌てふためいていたのは、袁紹らだけではなかった。
「ちょ、なんで、うちらが包囲されてのさ!!」
「まずいよ!!このままじゃ、全滅しちゃうよ!!」
優勢だった形勢をあっさりと引っ繰り返され、慌てふためく文醜と顔良の二人に対し、袁家の二枚看板である二人を足止めしていた愛紗はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「どうやら、状況が変わったようだな。では、遠慮なくいかせてもらう!!はぁ!!」
「ちょ、たん、うわぁ!!」
「文ちゃん!?きゃあ!!」
足止めのために、加減していた時とは違う愛紗の強烈な一振りに、文醜の武器である大剣を根元ごと打ち砕き、返す刃でそのまま、顔良の巨大鎚の柄を容赦なく真っ二つにした。
まさしく、一瞬…愛紗の繰り出したただの一振りで、顔良と文醜の武器を破壊し、戦闘不能へと追いやった。
「くっそー!!地力が違いすぎるっての!!今まであんた、手え抜いてたな!!」
「あーん!!まずいよ、文ちゃん!!このままじゃ…」
「さあ、ここまでのようだな。大人しく投降してもらうぞ…でなくば…」
もはや抵抗するすべを失った文醜と顔良の前に、愛紗は険しい表情で、青龍堰月刀を突き付け、最後通告ともいえる降伏を促した。
この時、愛紗は、焦っていた。
そうそうに戦闘を切り上げ、一刻も早く、ご主人様―――伏兵部隊を相手にしているであろう七花の元に駆けつけたかった。
だが、愛紗のそれは、主君の身を案じる忠臣としてではなく、七花の背中を守るのは自分だという恋慕から来る独占慾に囚われた少女のものだった。
故に―――
「まだ、勝負は―――」
「!!?」
「終わってねえちゃよ―――!!」
愛紗の背後から、無数の釘がうちつけられた鉄の棒を振り上げて飛びかかってきた一人の将―――張郃の存在に、愛紗は気付くことができなかった。
頭上から降り注ぐ数多の丸太、逃げまどうしかない鑢軍の兵士、時折聞こえる断末魔の叫び…袁紹軍を完全包囲したはずの鑢軍は、想定外の敵―――次々に丸太を投擲し、近づく敵を両手で持った二本の丸太で吹き飛ばす田豊こと凍空雪崩により、手痛い反撃を受けていた。
「はぁあああああああ!!これが鑢軍の力ですか?存外、もろいものですね」
「うせえええええ!!お前みたいな化けもんと戦えるかぁ!!」
「くそぉ!!このままじゃ、もたねえぞ!!」
仁王立ちする田豊の前に、やけくそじみた罵声を浴びせる者はいたが、さすがの鑢軍もしり込みするしかなかった。
あくまで、化け物ではなく、人間と戦うことを訓練された並の兵士に、化け物じみた怪力で敵を打ち砕く田豊を止められる術など無かった。
もっとも、並の兵士に限った話なので―――。
「うりゃりゃりゃりゃ―――!!」
「受け止められたっ!!」
並ではない将によって、右手に持った丸太を粉砕され、田豊の快進撃も阻まれるわけだが。
そして、それを成したのは…
「見つけたのだ―――!!お前が、丸太を投げつけたやつだな―――!!」
「…子供ですか」
「子供じゃないのだ―――!!名前は…」
冷めた表情で田豊に、子供扱いされたことに、腹を立てた蛇矛を振り回す少女―――鑢軍きっての怪力娘は、名乗りを上げた。
「姓は張。名は飛。字は翼徳…そして、真名は―――」
本来なら、己が認めた相手にしか名乗らない神聖な名前<真名>を、少女は名乗った。
田豊が真名を名乗ったのだから、自分も真名を名乗るのが礼儀であり、恐らく雌雄を決するであろう相手に、全力で挑むために―――!!
「―――鈴々なのだ!!いざ、尋常に勝負なのだ―――!!」
名乗りを上げ、蛇矛を振りかぶると、鈴々は勢いよく、丸太を構えた田豊に向かって突進した。
日本と中華が誇る怪力無双同士の一騎打ちの幕開けだった―――!!