虚刀流の起源は七花の七代前、開祖である鑢一根が生きた戦国時代にまでさかのぼる。
開祖である一根は、剣士こそがこの世で最強の生物であると考えていた。
しかし、日本刀は長くて斬りやすく、重くて斬りやすいという利点がある反面、長い故に振り回しづらく、重い故に振り回しづらいという弱点を持っていた。
真に最強を名乗るために弱点があってはならない――例え、利点を失ったとしてもっと。
そして、一根が辿り着いた答えこそ、刀を使わない剣士こそ真の剣士であり、それにより十年間の山ごもりの修行の中で生み出されたのが、虚刀流とされている。
まあ、これは世間一般にむけた表向きの話で、一根が無刀の剣士になったのには、とんでもないオチがあるのだが・・・・・
それは次回以降に持ち越しということで・・・・恋姫語、はじまり、はじまり。
第2話<初陣>
「姫さん、何でここに・・・・」
「愚問ね、七花君。七花君がこちらの世界に来たのだから、一緒にいた私も巻き込まれたってありえないわけじゃないわ。」
とここで、否定姫を知らない愛沙と鈴々が、七花にたずねてきた。
「ご主人様、あのこちらの女性はどなたでしょうか・・・?」
「お兄ちゃんの知り合いなのか?」
「ああ、そういえば、紹介がまだたったな・・えっと・・・・・」
「否定姫よ。とりあえず、自己紹介その他もろもろは後からしてあげるとして・・・私に策があるんだけど、聞きたい?」
その言葉に、七花達は顔を合わせて、どうしたものかと考えるが、とりあえず、否定姫の策を聞くことにした。
ちなみに、否定姫の策を聞いた愛沙は、「馬鹿にしているのか!!」と激昂し、否定姫に斬りかかろうとしたが、鈴々と七花に抑えられた。
しかし、最終的には、七花と否定姫と鈴々の賛成多数で押し切られる形で、愛沙もしぶしぶ否定姫の策に乗る事になった。
その後、七花と否定姫の再会から二時間後、街から略奪した酒や食料で酒宴をする黄巾党の本陣から離れた位置に、七花を除いた否定姫、愛沙、鈴々達が率いる義勇軍が襲撃の機会を伺っていた。
「随分と呑気にしてるじゃない。ま、こっちにしてみれば、好都合なんだけど。」
これから襲撃するにはねと、嘲笑をもらす否定姫に、愛沙と鈴々が駆け寄ってきた。
「否定姫、すでに準備は整ったぞ。俄仕込みだが訓練を多少施したし、兵達には必ず2,3人がかりで敵を倒すよう厳命して置いた。」
「こっちも、準備万端なのだ。」
「ご苦労様。さて、七花君の方も着いてる頃だし。始めましょうか。」
否定姫の考えた策は、七花の案を取り入れた形でまとめられた。
まず、否定姫率いる義勇兵二千人の義勇兵でもって、黄巾党へと進撃し、敵をおびき出す。
次に、誘導によって手薄になった黄巾党本陣へ、ころあいを見計らって、側面から七花が突撃し、敵陣を突っ走り、黄巾党を率いる頭領を討ち取ると言うものだ。
言葉にすると単純極まりないかもしれないが、常識で考えれば、大将自らが、しかも一人で敵陣を突っ切るなど、策とも呼べない代物だ。
「あの不愉快な女じゃないけど、策ならぬ、奇策とでもいったほうがいいかしらね。」
「まったくだ。疑うわけではないが、大丈夫だろうな。」
「安心しなさいよ。仮にも<天の御使い>に仕える巫女なんて、大層な物名乗るわけなんだから。」
<天の御使い>に仕える巫女・・・これが、否定姫の現在の肩書きである。
否定姫の考えた策の中で、重要となってくるのは、如何に多くの敵兵をこちらの目にむけるか、そして、頭領を討ち取った後に、自軍の兵の士気を上げて、敵軍の士気を下げるかにかかってくる。
そこで、否定姫が考えたのは、まず意気消沈する街の人々に、否定姫自身が<天の御使い>と名乗り、「この戦で天の御使いが降臨し、あなた方を救いにやってくる」と予言し、街の人々に活力を与え、義勇兵の士気を上げる。
次に、戦場では、愛沙と鈴々の部隊が陣を構える黄巾党を強襲し、敵の目を側面にいる七花から逸らす。
そして、側面から突撃した七花が頭領を討ち取れば、否定姫の予言は真になり、義勇軍の士気は一気にたかまり、逆に頭領を失い、さらに、本当に天の御使いが現われたと知った黄巾党の士気は激減―――というのが、否定姫の筋書きだった。
「ま、本来なら、堂々と矢面に立つなんて、性に合わないんだけど・・・たまにはいいかしらね。」
「それでは、否定姫・・・始めるぞ。」
「こっちも、いいのだ!!」
「・・・・じゃあ、全員突撃しないこともないわ!!」
「「「おおおおおおぉおおおおおお!!!」」」
否定姫の――二重否定と言うやや締まらない――掛け声を機に、愛沙と鈴々が率いる義勇軍2千の部隊が左右から一気に掛けだした。
黄巾党の陣中では酒宴に盛り上がる仲間達を恨めしそうに見つつ、見張り役の三人―――七花を襲った盗賊三人組が「盛り上がってるな・・・」「畜生、仲間はずれにしやがって」「腹減ったな・・・」などと愚痴をこぼしていた。
「そもそも、兄貴が行けねぇんッスよ・・・勝手に部隊はなれてなきゃ、頭領のお叱りうけずにすんだのに・・・」
「皆、盛り上がってるのに、俺ら三人だけはぶられるし・・・・腹減ったなぁ・・・」
仲間二人の非難の嵐に、この三人のなかではリーダー格にあたる兄貴と呼ばれた男は「うるせぇ!!」と怒鳴り声を上げて一喝した。
「俺一人の性にしやがってよ!!大体、お前らだって乗り気だったじゃ・・・」
とここで、言葉の途中で何があったのか、兄貴が驚いたような顔で呆気にとられていた。
「あれ、どうかしたんすか、兄・・・・!!」
「急に黙って・・・・いったい何が・・・・!!」
つられて後ろ振り返った二人もようやく、兄貴が呆気に取られた理由を理解した。
こちらに、二人の少女に率いられた大軍勢―――愛沙と鈴々が率いる義勇軍が迫っていることに気づいたからだということに。
「て、敵襲うううう!!!おい、皆に早く知らせるぞ!!!」
酒宴の真っ最中、さらに、気の緩んでいる状態ではやばいと感じた兄貴の叫びにも似た言葉に反応した残った二人も急いで、陣中にいる仲間達に危険が迫っていることを伝えに、戻った。
酔いが残っている者もいるが、まだ酔いの浅かったものは敵が迫っていると聞きつけた仲間達も手にもとって、迎撃に出る。
そして、義勇軍と黄巾党の決戦が始まった。
一方、愛沙達と黄巾党がぶつかり合う戦場から離れた―――ちょうど黄巾党の陣中の横合いの茂みに七花は突撃の機会を伺っていた。
「さて、これが戦場での初陣ってことだろうな。」
先ほど、愛沙たちにも話したとおり、七花にとって、戦場での戦闘はこれが初めてだった。
そう、あくまで戦場での戦闘は。
「まあ、仲間がいる分だけ、一人で城攻めした時よりかはましかな。」
ただし、戦場以外での実戦経験については、完成型変体刀十二本の蒐集で全国津々浦々のキワモノ或いはつわもの達と闘ってきた七花がこの戦場において圧倒的に郡を抜いていた。
4千人全てを相手にする事は出来なくとも、陣中に残った黄巾党の頭領と出遅れた兵士約3百名たらずに遅れをとることなどまずない。
「じゃ、いくか。」
突き抜けるは、敵陣中の横っ腹。向かうは黄巾党陣中、狙いは黄巾党を束ねる頭領。
ころあいを見計らい茂みから飛び出した七花は、正面に集中している敵の隙をうまくつき、戦線に勢いよく疾走した。
これが、虚刀流七代目:鑢七花の初陣であった