「打つ手なしか…これでは、策の練りようがないな…」
なんとも厄介なものだと溜息を吐きながら、周愉は思案していた。
すでに何名もの物見を放っているが、誰一人として戻ってくる者はいなかった。
恐らく、余所でも同じであろう…もっとも、このような任務に適した者もいない事もなかったが…
―――数時間前
「小永久(ことわ)る」
「…」
周愉が話を切り出すと同時に、長槍を担いだ男は即座に言った。
「折(おれ)は、そんなつまらない妊霧(にんむ)をやるつもりなど耗問(もうとう)ない。くだらないことで字感(じかん)を徒(と)らせるな。折はこう身(み)えても、磯我(いそが)しいのだ」
相も変わらず不愉快な喋りだ、と周愉は思った。
男の発音が独特であるというのもあるが、何より、呉の軍師である自分に対し、一介の食格同然の男にしては傲岸不遜にも程があった。
もっとも、これは周愉だけではなく、黄蓋や甘寧、周泰―――さらには、呉の王である孫権に対してすら、横柄な態度を取っているのだ。
それ故、この男と親しいものなど、ほとんどいなかった。
「そうか。では、帰らせてもらうぞ」
「まあ真(ま)て。小永久るとは意(い)ったが雨(う)けないとは意っていない」
立ち上がりかけた周愉を、男はそんなふうに制した。
周愉ははぁと溜息を洩らすと、やれやれといったように言った。
「…やる気はあるのだな」
「やる規(き)などない。しかしやる」
言っていることは滅茶苦茶だった。
しかし、周愉はいつものことと今更驚かない。
そして、男が周愉からの任務を引き受けて、数時間後…周愉は天幕の中で、男とのやり取りを思い出し、苦笑していた。
「まったく…任務成功率10割とはいえ、扱いに困る男だ…」
真庭白鷺という男は…っと苦笑しつつ、周愉はつぶやいた。
いよいよ連合軍編も洛陽決戦をのこすのみとなったところで、恋姫語、はじまり、はじまり…
第15話<人形演武・前篇>
―――洛陽内宮中地下墓地
「狂犬、参上…って、誰もいないだよね」
現在、真庭狂犬は、董卓軍の軍師である賈駆の命により、白装束に捕らわれている董卓の両親を救出するため、白装束たちが集まるのと人質を換金するために都合のいい場所―――洛陽の宮中内において、皇帝以外立ち入りが禁止されている歴代皇帝たちの眠る地下墓地に潜入していた。
普段は、見張りの白装束らによって立ち入ることは出来ないでいたが、現在、見張りの姿はなく、狂犬は難なく潜入することができた。
「ま、連合軍の連中も洛陽まで目前ってところまで来てるしねぇ…あいつらも、本腰をあげたのかね。ま、こっちにとっちゃ都合は良いけどさ…って、何だい、こりゃ?」
地下へと続く階段が終わり、地下墓地への扉を開けた瞬間、墓地に広がるその光景に狂犬は首をかしげることになった。
男の人形、女の人形、子供の人形、老人の人形、商人の人形、兵士の人形、女官の人形…精巧にして緻密…一目見ただけでは、本物と見間違うほどの出来栄えの人形がまるで眠っているかのように地下墓地に所せましと、置かれていた。
「こりゃ、壮観だね…つうか、漢王朝の歴代皇帝ってのは、人形作りが趣味なのかね…」
感心或いは呆れも混じった呟きを洩らしながら、狂犬は何気なく、近くにあった一体の人形を軽く触った。
そう、軽く触ったはずなのだが…思いのほか体勢が不安定だったのか、その人形はぐらりと後ろに倒れ、地面に叩きつられた衝撃で関節部分のある個所がバラバラになった。
「あ~やちゃったか…気付かれては…!?」
思わぬ失敗にあたりに誰もいない事を確認しようとした狂犬だったが、足もとに広がる光景に目を疑った。
バラバラになった物言わぬ人形からのぞく中身―――生々しく赤黒く動く人間の筋肉や臓器、そして、中身から零れおちた血液が徐々に地面に広がっていた。
「…本物だね、どうみても。しかも、こりゃ、つい最近のもんじゃないかい」
「ええ、そりゃ、そうですよ。昨日、私が作ったのですから」
「!?」
本物の人間の中身が入れられた人形…誰がこんな悪趣味なもんを作るのか―――狂犬が人形を調べていた時、背後からその張本人である人物が門の傍に立っていた。
白服を血で真っ赤に染め、右手に解体したばかりと思われる人間の一部を手にした董卓軍の軍師―――李儒だった。
「李儒…やっぱり、あんただったんだね」
「へぇ、気付いていたんですか。まあ、そうだとは思っていましたが、こちら側の人間ですから、私も、あなたも」
「はん…言うねぇ。けど、こいつは、明らかにやりすぎだろ…洛陽の全住人ばらして、人形作るなんざ、正気とは思えないね、殺人狂!!」
疑問には思っていた。
白装束の連中が洛陽にいる民を追い出したとき、どこに民をやったのか気になってはいたが、まさか、その全てが殺され、人形となっているとは…思いもよらなかった。
そして、おそらくは、董卓の両親も…それが自分の仲間であるはずの者の手によるものならば…仲間による裏切りに、狂犬は心中で激怒していた。
そんな心境を隠すことなく、李儒を睨みつける狂犬は、普段の彼女から想像できないほどの剣幕で、董卓への背信行為ともとれる李儒の所業を咎めた。
しかし…
「ええ、殺人鬼ですよ」
ごく当たり前のことを応えるように、李儒は狂犬に言った。
「…舐めてんのかい?」
「いえ、舐めてなんかいませんよ。まあ、そこらへんの説明を兼ねて、本名を名乗らせていただきますか」
不意に、李儒の背中から何本もの人形の腕が飛び出し、さらにそこから、細い糸が幾万にも張り巡らされ、地下墓地を埋め尽くす人形たちに次々と括り付けられた。
次に、李儒が腕を動かすと同時に、地下墓地にある全ての人形がぎこちなくではあるが、一斉に動きだし、狂犬の周りを取り囲んだ。
そして、李儒は会釈をしつつ、改めて、自己紹介をした。
「私は、殺し名序列三位<零崎一賊>が一人…零崎儒識。生粋にして、後天的な殺人鬼です。では、早速ですが、零崎を開幕します」
李儒…儒識の言葉と同時に人形たちは一斉に動きだし、狂犬へと襲いかかった。
―――連合軍本陣
「まあね・・・もう、三度目ですから、分っていましたけれど…」
もう泣いていいですか?と言いたくなるようなぐったりとした表情で袁紹は、顔良と文醜に愚痴をこぼしていた。
最終決戦となるであろう洛陽に到着した連合軍だったが、予想されていたはずの董卓軍残存部隊どころか、人の姿…否、人の気配そのものが全くなかった。
これには、突撃っこである総大将の袁紹も誰もいない洛陽の様子に面を食らったのか、何か策でもあるのかとうかつに軍を動かせないでいた。
ある一軍の例外を除いては…
「まぁ、まぁ…もういつものことじゃないですか…」
「鑢軍にどうせ行かせる予定だったんだし…」
「それでも、それにしたって、3回も無視しなくてもいいじゃないですの!!」
なんとか袁紹の機嫌を直そうとなだめる顔良と文醜だったが、袁紹は涙を流しながら興奮しながら叫んだ。
袁紹としては、これまで散々自分達を嵌めてきた鑢軍に、罠があるかもしれない洛陽への突撃を命じるはずだったのだが、その前に当の鑢軍からの小部隊が洛陽に偵察に向かっていた。
普通ならば、手間が省けたと思うところだが、袁紹にしてみれば、こうも連合軍の総大将である自分を露骨に蔑ろにされてはたまったものではなかった。
「これなら、華琳さんのほうがよっぽどマシですわ!!!鑢軍…絶対、絶対にほえ面かかしてやりますわ―――!!!」
一方…
「なんか、声がしたような気が…しかも、悲惨な…」
「気のせいよ。どうせ大した事のないことだし、無視すればいいわ」
門をこじ開け、洛陽に入った鈴々らの偵察部隊からの合図の後、否定姫は本隊を二つに分け、一方を星と雛里に預けて、洛陽場外に待機させ、もう一方を七花らとともに洛陽の城門を突破し、街中に入り込んだ。
その後、呂布と蝙蝠の案内で、洛陽にある呂布の邸宅を確保し、本陣を構築し、すぐさま兵を部署に配置して、呂布との約束通りに、邸宅を傷つけず、守りを固めた。
「これで、条件一つ完了かな?」
「…うん」
一応、約束を守ってくれたのが嬉しかったのか呂布は、七花に対し首を縦に振って、頷いた。
「しかし、本当に人っ子一人いねぇよな…鈴々、ここに入った時、誰もいなかったのか?」
「うん。結構、門を開けるときに、大きな音だしちゃったけど、誰も出てこなかったのだ」
「妙だな…普通ならば、見張りの兵ぐらいいてもいいはずなのだが…」
しかし、鑢軍本隊が洛陽に突入した後も、街中には、迎え撃つはずの董卓軍の兵士や白装束どころか人影すらなく、まるで幽霊街のように静まり返っていた。
どういうことかと、首をひねる七花、鈴々、愛沙…とそんな中…
「あ、あの、ご主人様、愛沙さん、鈴々ちゃん…お話の最中なのは分りますが…助けてください…はう!?な、舐めちゃだめです!!」
「ガウ」
「…セキト、いたずらしちゃだめ」
関わりたくないのか見て見ぬふりしている七花らに、悲鳴を上げつつ、幅涙を流しながら朱里は助けを求めた。
その朱里の首筋を、呂布の愛玩動物である背中に赤い毛が生え、右目に眼帯(呂布自作)をつけた巨驢馬である的櫨より一回り大きい熊が大きな舌でなめるのを、呂布がしかりつけた。
この熊の名前はセキト。
呂布がまだ董卓軍に仕えていなかった放浪時に、セキトが大怪我を負っていたところを呂布が助けたのを切欠になつき、以来呂布の愛玩動物として、呂布に飼われていたのだ。
「それにしても、人懐っこいね、セキト君ってv」
「そうね…多分、餌的な意味でしょうね」
「しゃ、シャレにならない事言わないでください―――!!」
「安心しな。噛みはするけど、喰いはしねぇから、多分」
「…大丈夫。小さすぎて、おなかいっぱいにならないから」
「うう…全然慰めになってないです~」
何故かセキトに懐かれている朱里に、桃香は暢気にかわいーなぁと思いながら見つめ、否定姫は興味ないのか適当にたちの悪い冗談を言い、蝙蝠や呂布は安心できない慰めをいれていた。
いい加減朱里が本気で泣きだそうかと思っていたその時、街中を偵察に出ていた部隊の隊員のひとりが、大慌てでこちらに戻ってきた。
「た、大変です!!先ほど、都の東に向かった部隊から、貴人らしき少女二人と妙な刺青を彫った護衛を保護したところ、白装束を着た集団が現れ、攻撃を受けています!!」
「姫さん!!」
「ええ、分っているわ。洛陽に散った部隊に伝達しなさい。これより、白装束どもを蹴散らすわよ」
兵士からの伝令を聞き届けると、否定姫はすぐさま兵士らに戦闘開始の号令を出した。
この戦の黒幕である白装束との戦いが始まろうとしている中―――未来において、稀代の殺人鬼集団たる零崎の姓を持つ者が操る人形達の猛威が連合軍に牙を剥かんとしていた。