「合肥でやれって、どういうことやねん?」
「別に知らなくていいわ。まあ、多分、あんたが知るのは、だいぶ先の話になりそうだから」
「なんや、分らんけど…遼来々ってのは、良い決め台詞やから、ありがたく貰うで」
「その代わり、見逃してくれるといいんだけど」
「一応、却下な。ほな、さっさと…首、もらうで」
「あなた、案外、業突く張りね…ほんと勘弁してほしいわ」
あくまでふてぶてしくぼやく否定姫だが、この場をどう切り抜けるかを考えていた。
星は、現在、最前線で戦っているため、救援要請を出そうにも、間に合いそうにない。
馬超や公孫讃も同様に、先ほどの張遼の単騎がけにより、混乱した自軍の立て直しに手がいっぱいで、こちらには向かえそうにない。
かといって、戦闘能力が蚤並みの自分が闘うなど論外だ。
たとえ、この時代に存在しない兵器である<炎刀・銃>を使ってもだ。
つまるところ、完全に手詰まりになったと悟った瞬間―――
「張遼―――――!!!見つけたぞ―――!!」
「んな、あんた…!!」
「夏候、元譲…どうして、あなたがここにいるのかしら?」
否定姫と張遼の間に割り込んできたのは、黒い刃の剣を携え、左眼を鮮やかな蝶の形をした眼帯で隠した魏軍の猛将:夏候惇だった。
「ふん、華琳様の命でな。そこにいる張遼を捕えてこいと、私に命じられたのだ。決して、鑢軍に突撃する張遼を見つけたから、ついでに、我らをだしにした鑢軍に恩をきせてやろうとか思ってないからな!!」
「ああ、そう…」
脱力気味にうんざりしながら、「あ~この娘絶対、頭弱いわね」と、否定姫は理解した。
とはいえ、危機的状況を脱したのは、事実なのだ。
「んじゃ、私はのんびり見物させてもらうわね」
「ふん、任せておけ!!わが武勇、その眼に刻んでおくんだな」
「まあ、ようちゃちゃ入るもんやな…」
忌々しげにつぶやく張遼であったが、彼女の表情はそれに反し、ある種の喜びの笑みを浮かべていた。
「だが、悪くはあるまい。無抵抗の者を切り倒すよりかはな」
「ははは!!そりゃそうやな。ほな、戦もいよいよしまい時や…どうせ終わるんやったら、派手に喧嘩しようやないか!!」
「ならばよし!!改めて名乗るぞ!!我が名は夏候元譲!!」
「よっしゃ、うちの名前は、張文遠!!」
たがいに名乗りを上げ、強力な敵と相対し獰猛な笑みを浮かべる夏候惇は、得物である愛剣を構え、そして、同じく獰猛な笑みを浮かべる張遼も、龍の形の装飾がなされた得物である堰月刀を構えた。
そして―――
「「いざ、尋常に勝負―――!!」」
魏軍と董卓軍…双方が誇る猛将二人の一騎打ちが始まった。
それでは、虎牢関戦、天下無双同士の対決の裏で行われていたもう一つの死闘から、恋姫語、はじまり、はじまり。
第13話<百花繚乱>
―――虎牢関陥落、30分前、
虎牢関より数里離れた街道を、<董>と書かれた旗を掲げた騎馬軍団が駆け抜けていた。
彼らは、董卓軍の軍師である賈駆からの指示で、虎牢関への援軍として、董卓軍の虎の子のである精鋭騎馬部隊を涼州から洛陽へと向かっていた。
軍を率いるのは、巨大な鉄扇を背に担ぎ、全身を分厚い鋼鉄の鎧に身を包んだ美丈夫―――呂布、華雄につぐ董卓軍の実力者である徐栄であった。
「まさか、華雄が討たれるとは…小鳥の中に鷲が混じっていたようだな」
既に虎牢関にまで進撃しているはずだが、問題はない。
援軍として引連れているのは、異民族との交戦で鍛え抜かれた選りすぐりの精鋭騎馬軍団3万人と、鋼の姫将軍の異名を持つこの徐栄がいる!!
連合軍にいかな猛者がいようと、中央の生ぬるい連中などに、我らが敗れることなどない。
すぐにけりは着くと余裕の表情を浮かべた時――「徐栄将軍、前方に見慣れぬ旗と妙な二人組が!!」――そばを走っていた部下の一人が声を上げた。
「なんだと?」
不審に思い前方に目を向ければ、<春夏秋冬>の文字を囲むように十二本の刀という奇妙な旗が掲げられており、そのそばには、狐の仮面を被った男と虎の仮面を被った女が徐栄達を待ち受けていたかのように立ちふさがった。
「…ちっ、連合軍の斥候の者か。勘付かれていたか」
「如何いたしますか?」
「…聞くまでもない。全力前進、我らの前に立ちふさがる者らを粉砕せよ!!」
決戦を前に猛る徐栄の檄に、兵士らも「「「「おおおおおおおお―――!!」」」」と声を張り上げて、一撃で粉砕せんと、立塞がる仮面をつけた二人組につっこんでいった。
―――虎牢関陥落、10分前
ちょうど、七花と呂布が相まみえていたころ、夏候惇と張遼との一騎打ちが続けられていた。
「でりゃあああああああ!!」
地を震わせるような掛け声とともに張遼の堰月刀が唸りをあげて振り下ろされる。
「だああああああ!!」
対する夏候惇も、張遼の掛け声に勝るとも劣らない怒声とともに、剣を振い、張遼の攻撃とぶつかりあう。
キィン、キィン、キィン―――!!!
互いに全力の力でぶつかり、次々と金属がぶつかり合う音がすると同時に、火花が散っていく。
「やるやないか…左眼潰されとる割には、ええ動きするやないか」
「ふん、この程度…足枷にもならんわ!!むしろ、前より調子がいいくらいだ!!」
「へぇ、言うやないか、っと!!」
この時点で、武器の差で有利を問うならば、攻撃範囲の広い長柄剣である堰月刀を武器とする張遼に分がある。
また、先の泗水関での戦の際に、夏候惇は蝙蝠の手裏剣砲の一撃に巻き込まれ、左眼に苦無が突き刺さり、左目を失い、左側面が死角となっていた。
だが、武器の差と左目の損失という枷を負った夏候惇であったが、それでもなお、張遼の猛攻に喰らいついていた。
事実、左眼を失っても、武将としての勘、或いは危機察知能力の高さからなのか、振り回される堰月刀の攻撃範囲の差を物ともせず、逆に、攻撃を掻い潜り、張遼の懐に入り、堰月刀の長さが仇となる接近戦で挑んでいた。
ここまでほぼ互角…双方ともにかなりの武芸を積んだ名高き猛将―――誰の目に見ても、そう簡単には決着は着く筈もなかった。
しかし…
「不味いわね…このままだと…」
この場にいる中で、闘っている張遼と夏候惇を除けば、戦闘においては素人同然であるはずの否定姫だけが気づいていた。
この一騎打ち、このままの展開で行くならば、夏候惇は確実に―――負ける!!
「やはり、強いな…華琳様がお前を欲しがる気持ちも分かるというものだ!!」
「そうか!!なら、あんたが勝ったら、素直に従ったるで!!」
「ふん、いいのか?そんな約束をしてぇ!!」
「かまへんで…次でうちの勝ちやからな!!」
「何!?」
張遼の勝利宣言に、夏候惇が驚きの声を上げ、隙を見せたとき、張遼は堰月刀の穂先と柄に付けられた龍を模った装飾に付けられた櫛状部分で、夏候惇の剣の刃を挟み込んだ。
「とくと見いや!!これが、うち我流の奥義―――!!」
そして、張遼が堰月刀の柄をひねると、夏候惇が持つ剣の刃をへし折り、同時に、そのまま一気に堰月刀を真横に勢いよく薙いだ!!
この間、一瞬。
龍の牙でもって、相手の武器をかみ砕き、逃げる間も与えず、武器を破壊された相手に必殺の一撃を撃ち込む―――武器破壊を織り込んだ張遼必殺の一撃。
「牙で壊して、獲物を断つ神速の攻撃―――蒼龍神速撃!!」
「ちぃ!!調子に乗るな!!」
予想外の一撃に呆気に取られたものの、すぐそばまで迫った危機に本能が対処したのか、夏候惇は、真横からくるするどい攻撃を、半分の長さにまで折れた剣で何とか受け止めることができた。
「止めたんか…結構やるやないか」
「当然だ…伊達に魏軍の将を務めているわけではないのだからな!!」
これまで多くの強敵をほふってきた必殺の一撃を防がれ、張遼は驚きつつも称賛の声をかけ、夏候惇も当然だと言わんばかりに声を張り上げた。
しかし、張遼の攻撃を防いだ代償も大きく、既に夏候惇の刀は無残にも罅がはいり、一振りしただけで、自壊するまでに損傷していた。
武器を失い、逆境に追い込まれた夏候惇だったが、否定姫にとっても他人事ではなかった。
「まずいわね…」
一旦は、夏候惇との一騎打ちのために捨て置かれたものの、このまま張遼が勝ってしまえば、いつまた刃を向けられるかたまったものではない。
夏候惇が張遼に勝つこと―――それがこの場における否定姫にとっての最善なのだが、武器を失った夏候惇では荷が重すぎる。
―――故に、否定姫は最善ではなく、最悪の策で手を打つことにした。
「夏候元譲!!ずいぶんと追い込まれてるじゃないの?私の命が懸かってるんだから、頑張んなさいよ」
「うるさい!!これは私の一騎打ちだ!!余計な手出しは無用だ!!というか、お前の為に闘っているんじゃないぞ!!」
「否定する。手出しはしないけど…手助けはしてあげないこともないわ」
「む!?」
とここで、否定姫は、携えていた荷物の中から、夏候惇に向って、一振りの刀を放り投げた。
まったく反りがない切刃造りの直刀。
柄と刀身の間に、つばもなかった。
刀身は5尺ほどで、全体的に大きい刀。
そして、その刀を受け取った夏候惇が一番不思議だったことは、その刀が最初から鞘に入っていない状態だったことだった。
「これは…おい、こんな細い刀じゃさっきみたいに折られるだけだぞ!!」
「否定するわ。折れるですって?それこそ、ありえないわ」
いきなり手渡された武器は、夏候惇が愛用していた剣より明らかに細く、先ほどの張遼の一撃を受ければ、簡単に折れてしまうのは目に見えていた。
しかし、否定姫は、そんなことはあり得ないという口ぶりで、夏候惇の文句を問答無用で否定した。
「むう…ええい、どうにでもなれ!!」
「なんや、覚悟は決まったみたいやな…ほんなら、これで止めや!!」
元より使える武器がないのだ―――そう割り切ることで、気を取り直して、目の前にいる強敵を討ち取らんと、夏候惇は手にした刀を構え、真っ直ぐに一気に突き出した。
対する張遼も、夏候惇の気迫に応えるかのように、堰月刀を構え、必殺の一撃でもって迎え撃った。
繰り出すは、先ほど夏候惇の刀をへし折った張遼必殺の奥義―――
「―――蒼龍神速撃!!」
再び、突き出されたタイミングに合わせて、張遼は堰月刀の穂先と柄に付けられた龍を模った装飾に付けられた櫛状部分で、夏候惇の刀の刃を挟み込んで、張遼が堰月刀の柄をひねり、夏候惇の刀を―――折ることなく、挟み込んだ櫛状部分が砕けるように折れた。
「な、なんやてぇ!!」
「こ、これは…」
予想外の出来事に必殺の奥義が不発に終わった張遼も、攻撃を防いだはずの夏候惇も思わず呆気に取られた。
通常、刀を折れにくくするためには、刀身を分厚く作るか、或いはそりを持たせるという二つの方法がある。
しかし、否定姫から手渡された刀は、見た目からすれば、明らかに先ほど折られた夏候惇の剣よりも、刀身は細く、そりが全くない直刀であるため、強度が低いようにみえる。
「簡単な話よ。普通の刀ってのは、使っていくうちに、折れるし、曲がるし、よく斬れなくなるのが普通よ。だけど、その刀だけは別よ」
しかし、伝説の刀匠:四季崎記紀が生み出した完成型変体刀が一本にして、頑丈さを主眼に置いて作られた刀<絶刀『鉋』>にはそのような常識など通用しない!!
「その刀―――絶刀『鉋』は、本当に折れず、本当に曲がらず、それゆえにいつまでも―――切れ味が保たれるのよ。無論、あなたの奥義でも壊せないわよ」
「そんなまてや…そんなん永久機関もどきやないか!!あり得へん!!どないしたら、そんな化け物刀、作れるちゅうねん!!」
「否定する。ありえないなんて、ありえない。現在においてありえない事が未来においても同じだと思わないことね。それより、私なんかに構っていいのかしら」
「なぁんやと!!」
否定姫の言葉に、はっとした張遼はすぐさま、夏候惇に向きなおった。
それは、武人たる張遼らしからぬ隙だった…取り返しのつかないほどに。
「ふん、面白い刀があるものだな…さあ、決着と行こうか!!」
「っ!!」
張遼の奥義を完全に封じたことで、武器を破壊される心配もなくなり、一気に迫り、絶刀『鉋』を振り下ろす夏候惇に、隙を突かれた張遼も負けじと、堰月刀を上段から一気に振り下ろす。
技巧も策も一切ない純粋な力と力のぶつかり合い―――真の一騎打ち!!!
勝敗を決めたのは、奇しくも…
「はぁああああああ!!!」
「だりゃぁああああ!!!」
気迫を出し切った雄たけびと共に、夏候惇と張遼の互いの武器がぶつかり合い、ガキンという大きな金属音が鳴り響いた。
そして、両名がすれ違った―――この時点で勝敗は決していた。
「…うちの負けやな。武器の差ってのが決め手なんが残念やけどな…」
「ああ。そして…」
張遼の堰月刀にひびが入り、続けざま間に次々と亀裂が広がり、それが刀身全体に渡りきった瞬間、ガラスが砕けるような音ともに堰月刀の刀身は完全に砕け散った。
「私の勝ちだ…自分の実力じゃないのが悔やむところだがな」
刀身を失った自分の得物を見つめ、無念に言葉を紡ぐ張遼に、夏候惇は、普段の彼女らしからぬ静かな声で、応じた。
虎牢関における夏候惇と張遼の一騎打ちは、両人不本意な形で幕を下ろすことになった。
奇しくもそれは、鑢軍の城攻め部隊によって虎牢関落城した瞬間と同じ時間であった。
そして、同時刻。
主戦場である虎牢関から離れたところにある街道で、ある一つの戦いが誰にも知られることもなく、静かに終わろうとしていた。
「ば、馬鹿な…そんなことが…」
騎馬部隊を率いていた徐栄は、既にボロボロになった自慢の得物である鉄扇を落とし、突然の事態にがっくりと膝を落としていた。
たった二人と後から現れた一体によって、無残な躯となった精鋭騎馬部隊3万壊滅とういう事実に打ちのめされながら。
「残念だったな。悪いけど、あんた達をここから通すわけにはいかなかったからさ。んで、あんたはどうするんだ?」
「くっ…おのれぇ!!まだだ!!このまま、引き下がるわけにはいかないんだ!!」
せめて、一人でも道連れに!!、捨て身とも取れる悲壮な決意を抱き、徐栄は目の前に立つ狐の仮面をかぶった男に最後の一撃を打ち込まんと、鉄扇を拾い上げ、向かっていった。
だが、狐の仮面を被った男(以下狐仮面と呼称)は、拳を握り、構えると、鬼気迫る徐栄に憐みの表情を向けていた。
「ああ、だろうな。だから、俺もあんたに敬意を表して、この奥義で終わらせるぜ。それが、歴史に名を残すことなく、終了するあんたへのせめてもの手向けってもんだからな」
結局のところ、狐仮面の謎めいた言葉を聞いた直後、徐栄は絶命することとなった。
徐栄の異名を作るきっかけとなった自慢の鎧は傷一つないまま、衝撃だけが徐栄の心臓の動きを強制的に止め、死に至らしめる結果となった。
そして、絶命する瞬間、徐栄が最後に聞いた狐仮面の言葉は次のとおりだった。
「虚刀流―――『柳緑花紅(りゅうりょくかこう)』」
こうして、徐栄率いる精鋭騎馬部隊は、虎牢関に到達することなく、壊滅した。