―魏軍本陣
一方、包囲網の左陣を任された魏軍は、夏候惇らが攻め立て、張遼率いる董卓軍をじりじりと追いつめていた。
指揮を執っていた曹操も、傍に魏の3軍師の一人である猫のような耳をつけたフードをかぶった少女:筍彧(真名:柱花)とともに余裕の表情で戦況を見ていた。
「さすがに、張遼自慢の騎馬部隊もこうも包囲されては肩なしね。それで、私達を出し抜いた鑢軍のほうは?」
「はい、華琳様。わたしの予想では、おそらく、虎牢関の門まで到着しているはずです」
「そう…なら…」
「ええ、今度はあいつらが墓穴を掘りました」
確かに、一連の流れを見れば、敵である張遼を出し抜き、味方であるはずの袁紹、協力関係すら結んだ自分達すら騙して、虎牢関へ単独で向かうことに成功した鑢軍の軍師らの手腕は、悪辣ではあるものの、その手際は見事なものだ。
しかし、昨晩、鑢軍の本陣から戻ってきた曹操から虎牢関攻略の作戦内容を聞いた時に、筍彧は瞬時に、真の目的を見抜き、そして、致命的な欠点すら見抜いた。
この策の性質上、相手が気づく内に突破するための速さと敵にも味方にも悟られないようにする隠密性が命となるために、門を打ち破るための衝車や城門をよじ登るための梯子のような進軍速度を遅め、自分たちの存在を明かす原因となる攻城兵器を持つわけにはいかない。
故に鑢軍は虎牢関の門を打ち破る為の手だてを用意できなかったということに!!
「さすがね、柱花。私が暗記した作戦内容だけで、よく見破ってくれたわね」
「この程度、気付かない馬鹿は、春蘭くらいです。如何に速く虎牢関へたどり着いたとしても、中に入らなければ、意味はありません。まあ、私たちが、張遼らをとらえる間に、立ち往生している鑢軍の前で、秋蘭率いる城攻部隊が悠々と…」
「城攻部隊から報告!!鑢軍が、虎牢関の門を打ち破り、虎牢関へ攻め込みました!!」
「そう、攻め込まれた…え、攻め込まれたって、どういうことなの!!」
突如舞い込んできた伝令に、今まで余裕の笑みを浮かべていた筍彧の顔から笑みは消え、代わりに予想外の出来事に顔をゆがませ、叫んだ。
伝令を届けた兵士は思わず、首をすくめるが、恐る恐る報告をつづけた。
「いえ、夏候淵将軍が到着する前に、鑢軍が虎牢館の城門を打ち破り、虎牢関へ攻め込みました。我々もそれを見ておりましたが、間違いありません」
「そんなのありえないわ!!衝車もなしに門を打ち破るなんて、そんなのありえないわ!!」
ほとんど泣きわめきにも似た表情と声音で地団太を踏む筍彧…はたして、鑢軍がいかにして、虎牢関を突破したのかその真相が明かされるのは、魏との戦までお預けということで、恋姫語、はじまり、はじまり。
第十二話<天下無双・中編>
―――曹操へ伝令が届く数分前の虎牢関内部
鑢軍が迫ってくる中、虎牢関では、敵を迎え撃つための準備を終え、数人の兵士らによって虎牢関の門に閂が差し込まれていた。
そのうち3人は、以前、七花を襲った盗賊三人組だった。
「はぁ、これで、敵が入ってくる心配はなくなったわけだな。ああ、こんな下っ端の仕事からおさらばしたいぜ」
「そうですね、アニキ。黄巾党にいたころは、結構良い思いしやしたからね…」
「あ、あれ、なんだな。あの森で化けも…」
「あれの話はすんな!!畜生、せっかく忘れかけてたのに、思いだしそうになったじゃねぁか!!」
下っ端の仕事に愚痴を漏らすアニキだったが、チビとデクが懐かしそうに相槌をついた瞬間、顔をこわばらせて、怒鳴りつけた。
あの後、なんとか命からがら日和号から逃げ延びることはできたものの、黄巾党はほぼ壊滅し、身の置き所をなくした三人は、どうにか虎牢関への下働きという職にありつけたのだ。
「いいか!!一々、過去にふりかえるんじゃねぇ!!この立派な門のようにドーンと<ドン!!>して、って…なんだ?」
不意に聞こえた鈍い音に気付いた3人のリーダー格であるアニキが、振り返った。
扉の向こう側で何があったのか分からなかった。
しかし―――確実に何かがあったのは確かだった。
虎牢関の門そのものには傷一つ付けられてはいなかった―――ただ、閂だけが見事に圧し折られ、門がこちら側に静かに開いていった。
そして…
「とりあえず、鑢軍君主:鑢七花、一番乗りってな。ん、な、ところでいいかな?」
「ご、ご主人様、もうちょっとやる気だそうよ…」
「こほん…鑢軍の将が一人、関雲長、参上!!!皆のもの一斉に続けぇい!!」
「張益徳もさんじょーなのだ!!皆、ぶっとばしてやるのだ!!」
「皆さん、急いでください!!ほかの皆さんが来る前に!!」
「「「「おおおおおおおぉおお―――!!!」」」」
「ちょ、敵襲、敵襲だぁーーーー!!!」
一番乗りの名乗りを上げた七花、愛沙、鈴々、朱里を先頭に、虎牢関に向かった鑢軍の主力部隊が一斉になだれ込んできた。
「おっしゃぁ!!中にはいっちまえば、こっちのもんだ!!ここで一気に武功をあげてやるぜ!!」
「ひゃっは!!ぬがけさせねぇぞ!!」
「む、何をしている隊列を乱すな!!」
とここで、二人の兵士が、欲に目がくらんだのか、愛沙が制止も気にもせず、勢いよく飛びだし―――
「弱い奴…死ね」
天幕から飛びして来た方天画戟と呼ばれる武器を携えた少女の一振りで、二人の兵士は「ぐはぁ!!」「げぇ!?」と一声を上げて、上半身と下半身が分断され、宙を舞った。
そして、一瞬で二人の兵士を斬り捨てた少女は、七花らを睨みつけると仁王立ちのように立ちふさがった。
「一撃であれか。愛沙…あいつ誰なんだ?」
「あれは、飛将の異名を持つ董卓軍最強…いえ、中華全土最強の兵…」
「呂布なのだ!!」
「あいつが、姫さんの話していた奴か…」
虎牢関へ向かう前に、否定姫から作戦の一環として聞かされた時には、眉つばものだと思っていたが、実際に見るとその称号も納得できるというものだ。
「次、こい」
「ご主人様、ここは、私が呂布と闘います。ご主人様は下がっていて…」
膠着した状況を嫌った呂布が挑発ともとれる手招きをすると、七花のそばに控えていた愛沙が、呂布と打ち合わんと前に出てくるが、七花は待ったをかけるように、愛沙を制した。
「いや、俺がやるよ」
「ご主人様、何を言っているのですか!?相手はあの呂布です。ご主人様の身にもしものことがあれば…」
「その時は、桃香に後を任せるだけださ。多分、姫さんなら、俺が死んでもなんとかしてくれるはずだしさ。朱里、これを預かっててくれ」
「は、はい!!」
「ご主人様!!」
あまりにも捨て鉢ともとれる七花の態度に、いらだちを隠せない愛沙はきつく咎めようとするが、七花は朱里に着物を渡すと、普段の七花には珍しく悲しげにつぶやいた。
「それにさ、ほっとけねぇんだよ。多分、あいつ、昔の俺と同じような奴だからさ」
「え?」
愛沙は、七花のその言葉に理解できず、どういうことかと尋ねる前に、七花と呂布は相対することになった。
「次、お前が戦うの?」
「ああ、待たせたな。虚刀流七代目当主兼天の御使い―――鑢七花だ。お互い、始めようぜ」
「…呂奉先。でも、すぐに終わる」
「そうか。ただし、その頃にはあんたは八つ裂きなってそうだけどな」
とここで、七花は足を平行に前後に配置し、膝を落とし、腰を曲げ、上半身を軽く傾倒させ、両手は貫手の形で、肘を直角の角度に、これも平行に前後へと配する。前のめりの態勢で、顔はまっすぐ呂布を見据える。
今にも駆け出しそうな動の構え―――
「虚刀流七の構え―――『杜若(かきつばた)』」
「…それがどうした」
対する呂布は、見たこともないような構えをとる七花に臆することもなく、自分の得物である方天画戟を一度大きく振りまわし、再び構え直して、対峙した。
日本一対天下無双という二人の一騎打ちを見守る両軍が息をのむ中…
いざ尋常に―――はじめ!!
そんな風に開始の合図をかけてくれる者はいなかったが―――両者はまるで示し合わせたように、同時に全力全速で前へ飛び出し、戦闘を開始した。
まずは、戟を構えた呂布が、迫る七花を一撃で仕留めんと、横から一気に薙いだ。
相手は素手―――間合いにおいて、こちらが断然に有利だ。
いつものように、今まで殺した弱いやつらと同じように、すぐに終わる。
「死ね」
「っと!!」
「…!?」
だが、呂布の予想とは裏腹に、戟の刃は、横に薙いだまま、七花の胴を両断することなく、七花が飛び込む前に、通り過ぎた。
何が起こったのかわからず、七花を凝視する呂布であったが、その不意を突いてやってきた七花の前蹴りが襲いかかってきた。
「虚刀流―――薔薇」
「…甘い」
しかし、呂布は、あわてる様子もなく、そのまま素早く後ろに下がり、七花の前蹴りを紙一重でかわし、戟を短く持ちかえると、そのまま、七花にめがけて、突き出した。
「な、突きだと!?」
斬ると突く…二つの攻撃方法を瞬時に切り替えることで、変幻自在の攻撃を行えるということ、これこそが、方天画戟の持つ最大の利点なのだ。
しかも、呂布が戟を突き出す速さは、星かそれ以上…まともに受ければひとたまりもない。
思いがけない呂布の攻撃に驚く七花であったが、すぐさま体を反らして、その鋭い一撃をかわすことができた。
わずか数秒の攻防戦を理解できたのは愛沙や鈴々といった一部の武将のみで、他の者たちはただ、闘うことも忘れ、茫然とそれをみているしかなかった―――互いが最強の称号を持つ者同士の接戦だった。
「…お前、強い」
「あんたもな…」
抑揚のない言葉で討ち合った感想をもらす呂布に相槌を打つ七花―――それを終えるとすぐさま目まぐるしい攻防戦が始まった。
―――鑢軍包囲部隊
一方、張遼率いる董卓軍の包囲網に参加した否定姫率いる包囲部隊は、多少の損害はだしていたが、徐々に張遼らを追い詰めていた。
「どうやら、こっちの方は順調に終わりそうね、雛里」
「は、はい。すでに、張遼さんが曹操さんの部隊に捕まった以上、もう目立った反撃はないみたいです」
「そ、まあ、一応、何よりといったところね…」
呆気ないもんだとつまらなそうに呟く否定姫は、七花らが攻めているであろう虎牢関の方へと目を向けた。
既に門を打ち破られた虎牢関のあちこちから黒い煙が立ち上り、七花らに先を越されることになった魏軍や呉軍も到着し、虎牢関を落とさんと勢いよく駈け出していた。
「魏軍と呉軍には感謝しないとね…あいつらのおかげで一番乗りができたわけなんだし」
「あわわ…昨晩、色々情報をもらったのに…」
けらけらと笑いながら皮肉を言う否定姫に、苦笑する雛里であったが、とここで虎牢関へ向かっていた別動隊の兵士が、馬にまたがりこちらに駆け寄ってきた。
ただし、その兵士は…
(わりぃがやられっ放しじゃ、真庭忍軍の名折れだしな…とらせてもらうぜ)
奇策によって董卓軍を追い込んだ否定姫に一矢報わんと、命を狙う一匹の蝙蝠だった。
―――虎牢関
七花と呂布の一騎打ちが始まって、既に数分経っていた。
その数分の間に…
「前に一回、錆白兵っていう、天才堕剣士とやりあったときに、島の半分が消し飛んだんだけどよ」
「…」
「今回は、城が半分消し飛んだみたいだな。やっぱ、すげぇよ、あんた」
城壁の大半は大穴をあけられ、あちこちで積み上げられたレンガがボロボロと崩れていく。
既に虎牢関の右半分は、呂布との攻防の激しさを物語るように、ただの瓦礫山となっていた。
味方である鑢軍も、敵である董卓軍も、あとから追いついて来た魏軍・呉軍も七花と呂布の死闘をただ見るしかなかった…否、許されなかった。
「お前も、結構強い」
「うん、ありがとな。んで、やっぱり、あんたは、昔の俺と同じだよ」
「?」
七花は、七花の言葉に首をかしげる呂布を見て、これまで実際に切り結んで―――ああ、こいつは、三度闘うことになった日和号と刀蒐集していたころの俺なのだと悟った。
覚悟もなく。
決意もなく。
何も捨てず―――正義もなければ定義もなく、野心もなければ復讐心もなく。
ただただ、言われるがままに―――なんの疑問を持たずに、考えず、感じず、それこそ、一本の日本刀のように、持主は選べど、老若男女善悪に捉われることなどなく、斬る相手は選ばなかった。
それゆえの強さはあったが―――それゆえの弱さもあった。
刀であるだけの自分だったら―――きっととうの昔に折れて曲がって―――錆びて終わっていた。
「だから、見過ごせないんだろうな」
「…もう、これで終わりにする」
独り言を喋る七花に、気にすることもなく、呂布は武器を構え、いつでも七花に攻撃を仕掛けようとする。
ただ、命じられた―――虎牢関を落とそうとする敵を倒すという命令を果たすために。
そして、七花は―――
「じゃあ、俺は…」
再び、虚刀流七の構え―――『杜若(かきつばた)』の構えを取り、あることを決めた。
それは上手くいかないかもしれない。
けれど、呂布という一人の少女に意志を持たない武器としてではなく、間違いなくあんたは人間だといってやるために。
まずは、とりあえず…
「俺は、あんたに勝って、あんたをほれさせることにするよ」