――連合軍本陣
「前曲は魏と呉の軍勢がお取りなさい。左翼は涼州連合で、右翼は伯珪さん。本陣として後曲に袁家の軍勢と、貧乏で戦力としての価値が皆無の鑢軍を配置しますわ」
袁紹が本陣にて、各軍への指示を素早く下す。
集まった伝令達は一字一句漏らさず、その指示を聞き取る。
「まずは前曲を前へ。それに続いて右翼、左翼ともに前進しなさい。圧倒的な兵数を持って汜水関を威圧します。さぁ皆さん! 汜水関を突破しますわよ!」
指示を聞き終えた伝令兵達は一気に各陣営の元へと走り出す。
袁紹からの命令を速やかに各軍へと伝える為に。
汜水関戦もいよいよスタートで、恋姫語はじまり、はじまり。
第10話<汜水関決戦・前編>
混迷の軍議から翌日、総大将である袁紹の号令により緒戦となる汜水関攻略戦が始まった。
総大将の袁紹の命令を受け、不本意ながら曹操率いる魏軍は右手より汜水関を目指していた。
先陣を務めるのは、魏の猛将と名高い夏候惇(真名:春蘭)、巨大なとげ付き鉄球を担いだ許著(季衣)、同じく巨大ヨーヨーを担いだ典偉(琉々)の三人が率いる精鋭部隊だった。
「進め我が!!主と我が国の力を、示すときぞ!!先駆け、一番乗りを他軍に譲るな!!」
「気合はいってますね、春蘭様。」
「当然だ、季衣!!他の奴らに先を越されては、魏の名折れだ!!」
「春蘭様!!汜水関から誰かが出てきましたよ!!でも、一人みたいです!!」
魏軍の先頭部隊を率いる夏候惇達であったが、汜水関にいたる目前で、汜水関の門から人一人入りそうなトランクを持ち、白い服を着た白髪の男が出てきた。
「初めまして、こんにちは」
「あ、はい、こんにちは…えっと、あんた、誰?」
白髪の男からのこれから戦をするとは思えない、いたって普通のあいさつに、許著
は呆気にとられるが、一応、普通に挨拶をかえした。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は李儒。この汜水関を守るしがない軍師ですよ」
「軍師?ふん、考えるだけしかとりえの無い奴に、用は無いぞ」
「まぁ、一応、私も面倒なんですけどね。一応、仕事ですし、それと、最近鬱憤もたまっていたので、ちょっとうさ晴らしの意味も込めて…」
手にしていた大き目のかばんを地面に置き、糸が括り付けてある指輪を全ての指に装着し、不敵の笑みをこめて、宣言する。
「それでは、零崎を開幕しましょう。ただし、相手は…」
李儒が腕を掲げた瞬間、かばんの中から、何かの腕が飛び出し、そのまま勢いよく、『あきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!』と甲高い声を上げて、飛び出してきた。
「な、なんだ、こいつは!?」
「に、人形?」
「で、でも、こんな大きいの初めて見たよ…」
口々に声を漏らす夏候惇達の前に現われたのは、腕をすっぽり隠すほどに長い袖から、青龍刀のような五本の鍵爪をちらつかせ、両足にはバネを仕込ませ、口からは蛇の下のように火をちらつかせ、儒者の服装を着た等身大の不気味な人形だった。
「私専用の武器<堕落錯誤(フラクタルキャバレー)>ですがね。」
「っ面妖なものを…だが、その程度のこけおどしで、我らがひるむと思ったか。かかれぇ!!」
夏候惇の檄に、呆気にとられていた兵士達が一斉に武器を構え、「「「おおおおお!!」」」と雄たけびを上げて、突撃する。
「いやぁ、気合が入っていますが、あいにくこけおどしじゃないんだな、これが」
『あきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!』
迫り来る魏の兵士たちを尻目に、動揺すること無く、李儒は指を動かすと同時に、<堕落錯誤>の背に飛びついた瞬間、<堕落錯誤>はバネ足を利用し、甲高い不気味な笑い声をあげながら、そのまま一気に夏候惇達の頭上を飛び越え、敵部隊のど真ん中に着地した。
「貴様、逃げるかぁ!!」
「いえ、逃げません。ここは双兄様から借りたゲームに習って、敵の真っ只中で…」
不意に<堕落錯誤>が腕をだらりと下げ、キリキリと何かを巻く音とともに胴をゆっくりと回転させていく。
「…!!まずい、全員、伏せろぉ!!」
「無双乱舞としゃれ込みましょうv」
『華麗に綺麗にさっぱりと大回転~あきゃきゃきゃきゃきゃ!!!』
直感が働いたのか、危険を察知した夏候惇が許チョと典イの抱えて、地面に伏せ、それと同時に、<堕落錯誤>の体が一気に回転を始めると同時に、両袖から勢いよく、鉄鋼糸でつながった10本の青龍刀が飛び出し、高速回転する<堕落錯誤>と共に一気に振り回された。
突然の出来事にとっさに身を伏せることの出来なかった兵士達は、斬撃の嵐に巻き込まれ、「うわぁ!?」「ぎゃ!?」と悲鳴をあげると同時に、次々とばらばらに切り裂かれた兵士らの上半身が宙を舞い、立ち尽くしたままの下半身から、鮮血が噴水のように噴出しいく。
「ああ、やっぱり、これがないといけませんね。零崎らしくいかないと…ねぇ、夏候惇さん」
鮮血の雨を受け、透き通るような白髪は、降り注ぐ鮮血の雨を受け、深紅に染まり、それでもなお、李儒は笑っていた。
まだまだ、殺したりないという不気味な狂貌を浮かべながら。
「ちっ…貴様っ!!」
武将としての本能がつげている。
この男は普通じゃない。
大勢の人間を殺すことにためらいを抱かない人喰いの怪物だ。
すぐさま、この場で一秒でも速く切り捨てなければいけない―――!!
<堕落錯誤>が回転を止めたのを見るや、すぐさま剣を構え、夏候惇は李儒に向かって切りかかった。
「春蘭さま!琉々、僕達も続かないと!!」
「うん!!皆も行くよ!!」
「「「おおおおおおおーーーーー!!!」
攻め立てる夏候惇のあとに続かんと、許著と典偉も兵士達を鼓舞して、一気に李儒に攻め掛かった。
「良いですね。そういうの嫌いじゃないですよ、基本的にはね!!特に幼女が相手の時は!!」
対する李儒も<堕落錯誤>を操り、夏候惇、否、魏軍を相手に、戦闘を始めた。
一方、汜水関で激しい戦闘が繰り広げられている前線から離れた後曲で、邪魔者扱い同然に鑢軍は待機していた。
「暇ね。とりあえず、邪魔な袁紹軍を蹴散らして、前進するのも悪くないわね」
「あわわ…否定姫さん、そういうことは本当に止めてください」
「ただでさえ、昨日のことで、袁紹さんからにらまれているんですから」
曹操軍と孫権軍が汜水関を攻める様子をただ見るしか出来ない状況に、額に怒りマークが浮かんだ否定姫の物騒な発言に、朱里と雛里が涙目になりながら必死に押し止める。
とここで、どうしようかなと頬を掻いていた桃香が、「そういえば」と一呼吸置いて、否定姫にあることを尋ねた。
「否定姫さん、遅れてきたけど、あっちで何かあったの?」
「ん、まあ、あの後の日和号がいた森を調査したんだけど、どこの誰かが建てたかは知れないけど、隠し研究所があったのよ。そこで色々面白いものを見つけたの。色々便利な物も置いてあったから、使えそうなものを持ってきたわ」
とここで、否定姫が取り出したのは、円筒状の筒の形をした何かの道具だった。
「例えば、こいつは、望遠鏡と言ってね…遠くにあるものが間近で見れる道具なんだけど…ああ、よく見えるわね」
「へぇ、今、何が見えるの?」
興味心身にたずねる桃香に、否定姫は―――
「あそこの茂みに潜んでいる華雄部隊が。袁紹軍に奇襲を仕仕掛けるみたいね。とりあえず、袁紹死んだら困らないけど、連合解散しちゃったら、困るから、こっちで迎撃するわよ」
どうでもいいという言い草で、とんでもないものを見つけていた。
伏兵を率いて待機していた華雄は、連合軍の汜水関攻略開始と同時に一斉に突撃を開始した。
彼女の策は、連中が攻撃を仕掛けたら後ろから攻撃を仕掛ける。それと同時に汜水関からも攻撃部隊を出す。混乱している連中の中を進み、敵の大将を討つ。これですべては終わりだ。
もとより寄せ集めの軍。そこまでの連携も望めない連合軍。あとは勝手に瓦解してくれる。華雄はそう読んでいた。
「ふん。寄せ集めの軍勢など、私がすべて蹴散らしてくれる」
「華雄将軍!!袁紹軍の前方から敵軍が…旗は<鑢>です!!」
前方を確認すれば、<鑢>の旗を掲げた部隊が、袁紹軍を守るように左右中央に配置された。
「<鑢>?狂犬が言っていたあの軍か?」
「如何致しますか?」
「構わん。袁紹軍、もろとも蹴散らしてくれる!!」
見たところ、奇襲し掛けるために兵数は多くは無いが、明らかに鑢軍を上回っており、しかも中央の部隊は、槍を構え、こちらを向かえ撃つ腹積もりだろうが、1メートルにも満たない長さなら、向こうの槍が届く前に、充分に蹴散らせる。
「甘く見られたものだ。その考えを我が武でもって粉砕してくれる!!全軍突撃!!」
まずは、雑魚を蹴散らしてくれると、中央から向かえ撃つ鑢軍を突破しようとする華雄だったが…
「愛沙さん、華雄さんの部隊が狙い通りこちらに向かってきました!!」
「来たか…よし、中央部隊<頭>、槍を突き出せ!!」
朱里が華雄の部隊が突進してきたことを聞いた愛沙は、華雄らを迎え撃つ中央部隊の兵士らに指示を出す。
そして、中央部隊の兵士らは槍を―――中央部隊の後方で待機していた予備部隊<腰>が用意していた柄を連結させた10メートルにも及ぶ長槍を一斉に突き出した。
「なぁ!?何だとぉ!!全員、止まれ、とまれぇ!!」
「だ、駄目です!!もう、がぁっ!!」
「ば、馬鹿野郎、押すんじゃ…ぎゃ!!」
予想外の事態に、あわてて部隊の兵士達の突撃を停止させようとするが、時は既に遅く、慌てて止まろうとした前にいた兵士達を、後続の兵士達が次々と追突し、前にいた兵士をさらに前に押しやった。
結果、ある兵士は、そのまま突き出された槍衾に貫かれ、また、別の兵士は盾と仲間に挟まれ押しつぶされるなど、華雄部隊は阿鼻叫喚の大混乱に陥っていた。
「今です!!鈴々ちゃん、星さん…左右部隊<角>を率いて、敵の横っ腹を攻めてください!!」
「一気にぶっ飛ばしてやるのだ!!」
「まったく随分と待たせられましたぞ、軍師殿!!」
その混乱に乗じて、機を計っていた朱里の合図と同時に右からは鈴々の部隊が、左からは星の率いる部隊が前進し、華雄部隊の両側面に回りこんで、一斉に攻め立てる。
「…左右の部隊が敵の側面を突きました。ご主人様と予備部隊<腰>は、中央部隊<頭>の皆さんと一緒に華雄部隊に前進突撃してください」
「分かった。任せろ、雛里!!」
同時に、雛里が合図をあげると、華雄部隊を防いだ中央部隊の後ろで待機していた七花と予備部隊が、中央部隊の後ろから左右の挟撃を受ける華雄部隊に突撃を仕掛ける。
「うりゃりゃりゃりゃ!!!」
「はぁっ!!!」
「はい、はい、はい―――!!!」
「チェリオ!!」
鈴々の蛇矛が唸りを上げて敵を吹き飛ばし、愛沙の青龍堰月刀がきらめきと同時に敵をなで斬りにし、星のやり捌きが次々と敵を貫き、七花の掛け声とともに、敵を殴り倒す。
次々と華雄部隊の兵士達の―――「ぎゃ!!」、「あべし」、「ぶぎぃ!!!!」、「ぶほぉ!!」などの悲鳴が聞こえてきた。
この時点で、華雄部隊は鑢軍に前左右を包囲され、混乱に拍車をかけ、部隊を率いる華雄はまともな指揮を取れず、華雄部隊の兵士達は、鑢軍に次々と討取られていた。
「すごい…数で負けている私達が、華雄さんの部隊を打ち負かしているなんて…」
「そうね。けど、正直ここまで上手くいくとは思わないこともないわ」
董卓軍きっての猛将である華雄率いる奇襲部隊の兵士達を倒していく様子に、桃香は驚きの声をあげ、否定姫は否定口調ではあったが当然の結果だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
今回、否定姫、朱里、雛里は、奇襲を仕掛ける華雄部隊に対し、<雄牛の角>と呼ばれる鶴翼の陣を改良した陣形による包囲戦を展開した。
詳しい内容として、まず、最初に愛沙が担当する中央部隊である「頭」が敵を捕捉し、次に横に回り込んだ鈴々と星が担当する「角」が敵を左右から挟撃、両側面からの攻撃に敵が混乱しているところを、最後に予備戦力である「腰」が敵に止めを刺すというものだった。
この作戦を成功させるために、中央部隊<頭>には、右左部隊<角>よりもわざと短めの槍を持たせ、華雄部隊を中央へ突撃するように仕向けたのだ。
「お、おのれぇ!!く、奇襲を仕掛けた我らが、返り討ちに合うとは…!!」
「駄目です!!このままでは、こちらが全滅してしまいます!!」
「ちぃい!!!止むをえまいか、汜水関まで、退くぞ!!後方から逃れられる!!私に続け!!」
弱小部隊と舐めていた鑢軍の思わぬ反撃に、このままでは全滅すると考えた華雄は、包囲の完成していない後方から、数百ほどの手勢を率いて撤退を開始した。
「…どうやら、後方から逃げるみたいね。桃香、的櫨に七花君を乗せて、一緒に華雄部隊を追いかけて貰うわ。その間に、私と朱里で、動かせそうな連中に伝令を出しておくわ」
「うん、分かったよ」
「それと、今回、的櫨には、研究施設で見つけたちょっとした馬具を付けといたから」
「あ、ああ…あれのことだね」
桃香が目をやって先には、物々しい鋼鉄製の装甲に身を包んだ的櫨が待機していた。
「あれって、ちょっとの度合いを超えてるような気がするんだけど…」
「細かい事は気にしないの。さ、早く追いかけないと逃げちゃうわよ」
「あ、うん!!じゃあ、ご主人様を迎えにいってくるね」
否定姫に促されると、桃香は、的櫨を走らせ、七花と合流し、華雄部隊の追撃を開始した。
そして、これが、鑢七花の名を連合軍に知らしめる第一歩となった。