群雄割拠の戦国時代に、柄師、鍔師まで兼任し、刀にまつわる全ての事をたった一人でやってのけた天才的な刀鍛冶、四季崎記紀(しきざき きき)という男がいた。
四季崎の生み出した刀は、素晴らしい出来と特異な機能を持つ「変体刀」と呼ばれ、彼の刀は最終的に千本にも達した。
それ故に、人々からは<変体刀千本すべてを手中に収めれば戦国の世を想うがままに支配出来る>とまで言われ、武将達はこぞって彼の刀を求め、所有する四季崎の刀の数が大名としての格を示す基準にされるほどだった。
そんな中、後に旧将軍と呼ばれることになる武将が天下統一を成し遂げた。
しかし、その後も旧将軍は四季崎記紀の作った刀に対する執着を失わず、千本すべてを入手することに執心し続けた。
後に稀代の悪法とまで呼ばれる刀狩令まで発して旧将軍は十万本もの刀を集め、四季崎記紀の刀も988本まで集める事に成功した。
しかしそれでも、変体刀千本の中で最も完成度の高い十二本――通称;完成型変 体刀だけは、所在や所有者を突き止めてもその者達から刀を奪うまでに至らず、国力は疲弊、跡継ぎが居なかったが為に旧将軍の天下は一代で終わってしまった。
旧将軍死去により政権が家鳴(やなり)家に移ってから120年後、旧将軍さえ蒐集できなかった完成型変体刀十二本は、たった二人の人間に、しかもたった一年の期間で全て蒐集されることになった。
その二人の名は、尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督にして、通称<奇策士>の肩書きを持つ白髪の女性:とがめ、そして、もう一人は、虚刀流七代目当主:鑢七花である。
以上、第0話の説明不足を補うまえふりから、恋姫語はじまり、はじまり。
第1話「否定」
「俺は、あんたにほれることにするよ。」
七花の突然の告白宣言(七花としては違う)に、関羽は一瞬呆気にとられ、次に言葉の意味をしっかりかみ締めて――
「そういった冗談の類は感心しませんが。」
――――綺麗な顔を不機嫌にさせて、呆れた口調で言った。
「いや、冗談って・・・」
「いきなり、そんな事をあって間もない方に言われれば、誰だって呆れます。」
心底呆れた関羽の口調に、思わず七花は「え、そうなの?」と呆気にとられる。
しかし、これは、仕方の無いことで、とある事情により家族と無人島生活で人生の大半を過ごした七花の常識は、世間一般の常識とかなりずれているのだ。
「まったく・・・・こんな時に冗談なんて・・・」
しばしの間、憮然とする関羽だったが、「まあいいです」と一呼吸於いて、七花に向かって嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ですが、ともに来てくれることには感謝します・・・あなたの力を私と力無き人々のために貸していただきます。」
「おう。じゃあ、とりあえず、あんたの向かっている街まで行こうか。」
「はい、私の妹も義勇兵を募って、待っているはずです。急ぎましょう、ご主人様。」
七花は思わず「おう」といいそうなったが、関羽の発言に首をかしげた。
「あの、ご主人様って・・・?」
「はい。これからは、私は、七花殿、あなたに仕えるのです。ならば、私が貴方様をご主人様と言うのは当然ことです。それと、今後は私の真名である<愛沙>とお呼びください。」
「真名?」
「そうです。これは、信頼に値するものにしか教えることを許可しない大切な名です。しかし、これから、私はご主人様の家臣となるので、真名でお呼びください。」
「ん、まあ、分かったぜ、愛沙・・・・・でも、なぁ・・・・」
ただの刀として生きてきた自分が、今度はご主人様になるっておかしなもんだよな。
七花は、そんな事を考えつつ、関羽――愛沙とともに愛沙の妹が待つ街へと向かった。
七花と関羽が目的地である街へとたどり着いた時には、既にこの地を荒らしまわる黄巾党の一派の襲撃を受けた後だった。
家々の半数は焼け落ち、全壊といかないまでも、未だに火がくすぶり続けている。
そして、道の傍らでは、襲撃に巻き込まれた人間達の亡骸がそこかしこに打ち捨てられていた。
愛沙が「くッ・・・・遅かったか・・・・」悔しげに呟く傍らで、七花がとりあえず、生存者を捜そうとしたとき、「姉者―――――!!」と声をあげて、まだ年端もいかない赤髪の少女が1人――その少女の背丈より長い矛を持って、こちらに向かって走ってきた。
「鈴々!!良かった、無事だったか?」
「うん!」
愛沙に鈴々と呼ばれた少女は、安堵の笑みを浮かべる愛沙に駆け寄ってきた。
とここで、その様子を見ていた七花に鈴々は気づいた。
「ところで、このお兄ちゃん、誰~?」
「こらっ! 失礼な言い方をするな。この方こそ、私達が捜し求めていた天の御遣いの方なのだぞ」
「へ~・・・ お兄ちゃんが天の御遣いの人なんだ」
鈴々の瞳がまるで玩具を目にした女の子のように輝く。
その様子に、以前に陸奥で出会い、自分を負かした怪力少女もこんな感じだけッと思いつつ、七花は「まあ、一応、そういうことになってるけどな」と苦笑した。
「自己紹介するのだ。鈴々はね~、性は張、名は飛。字は翼徳。真名は鈴々なのだ」
「ああ、よろしくな。俺は虚刀流7代目当主:鑢七花。」
「七花お兄ちゃん・・・よろしくなのだ」
「ところで、鈴々・・・この街の有様はどういうことだ?」
とここで、笑みを浮かべていた愛沙は自分達がここに来るまでに何があったのかを、鈴々に訊くと、今まで喜んでいた鈴々の表情は悲しさに変わっていた。
「あのね……鈴々達が来る前に、黄巾党の奴等がこの街を襲ったんだって……」
「そうか……少し遅かったのだな」
愛紗の沈んだ声が、この場の空気を重くする。
それは自らの無力さを思い知った時と同じような物だった。
七花が『天の御遣い』として協力し、乱世に巻き込まれた人々を救えると思った矢先の出来事である。
愛紗からしてみれば、持ち上げられた所をいきなり奈落の底へと突き落とされた気分だろう。
「でもね、生き残った人達はちゃんと居たよ。その人達はみんな酒家に集まってるのだ」
「では、ご主人様、早速・・・・・」
愛沙が「彼らに会って、とともに戦うよう協力をお願いしましょう。」と言い切る前に―――
「ああ。俺はこれから、黄巾党ってやつらの頭領の首を獲ってくる。」
七花は一人で、その場を後にし、黄巾党の陣があるという場所に向かおうとした。
しばし、ぽかんとしていた愛沙と鈴々だったが慌てて、七花の腕を掴んで引きとめた。
「お、お待ちください、ご主人様!!」
「無茶はいけないのだ、お兄ちゃん!!」
「え、どうしたんだよ?」
「どうしたのではありません!!仮にも大将が、しかもたった一人で、敵陣に乗り込むなど、無謀です!!」
「にゃははは・・・・鈴々より無鉄砲なのだ・・・」
激昂する愛沙と呆れて苦笑いをする鈴々を見比べ、七花は少し戸惑いつつ、愛沙にたずねた。
「そうか?」
「当たり前です!!敵の数は四千人と聞きます。それを一人で、倒すなんて・・・・」
「まあ、流石に四千人なんて無理だけど・・・・でもさ、あいつらの頭領だけ狙うってなら、俺一人でなんとかなりそうだぜ。」
確かに、愛沙の見た限りでは、敵の頭領一人だけを討ち取るだけなら、七花の実力でなんとかなりそうだ。
それに、率いる頭さえ潰せば、危険な狼の群れも、狩られるだけの羊の群れ同然となり、結果として、こちらの有利になることも事実だ。
しかし、それを成すには、アレだけの大軍の中を突っ切らなければならないのだ。
そこまでたどり着く間に、敵の大軍に飲み込まれるのがオチだ。
「やはり無茶です。如何にご主人様の力が優れているとはいえ、危険すぎます。」
「う~ん、やっぱ、駄目か・・・・」
如何にして愛沙を説得しようかと無い知恵を振り絞ろうとする七花だったが・・・
「否定するわ、あなたのその考え。」
七花の思考をさえぎるように、凛とした女の声が辺りに響いた。
「だ、誰なのだ?」
「何者だ!!隠れていないで、要件があるなら、この場に出て来るがいい!!」
突如現れた謎の闖入者に、辺りを見渡し戸惑う鈴々と、声を荒げ、警戒心を強める愛沙だったが、「しょうがないわね」という言葉と共に、その闖入者は建物の影から現われた。
この国では珍しい金髪碧眼に、頭部右側に『不忍』の二文字が記された仮面を付け、腰には、この時代にはありえない否、存在してはならない兵器―――1対の拳銃を腰に挿した和装の女だった。
「あ、あんた!?」
七花は、思わず声を上げた。
なぜなら、彼女こそ七花が、変体刀蒐集でのライバルであり、変体刀蒐集の後に度の同行者であり、最初にいた場所で探していた相方である――
「でも、七花君のその案、全然駄目じゃないわけじゃないわね。」
元尾張幕府直轄内部監察所総監督にして、伝説の刀鍛冶:四季崎記紀の末孫――否定姫、二重否定にて七花達の前に現われた。