幸いにして、ホームシックというやつに襲われたことはまだない。そんな繊細な心を僕は持ち合わせていないのか、それともまだ理解できていないだけなのか。
まあ、どっちでもいいのだけど。差し迫って重要なのは、今日の夕食である。
1/遺跡の入り口
この世界において、遺跡発掘という男のロマンをくすぐる仕事は、あまり有名ではないらしい。
というのも、土を掘り返して昔の人の暮らしがどうたらこうたらとやっていられるほど余裕のある国は、そう多くないのだ。
聞くところによると、国営で遺跡調査なんかやってるのは大陸でもイスクルドぐらいだとか。有数の先進国だから金はある。学者が優遇されるお国柄だから人もいる。そしてなにより国王の道楽。
まとめるとそんな感じの理由で、僕らは砂漠をほじくり返しているようだった。
じゃあ、僕らはライバルもなしで好き勝手に掘り放題かと言うと、実はそうでもない。ミリィとかに聞くに、遺跡を探しているのは僕らだけではないようだ。
個人的な資金を投入して道楽半分でロマンを求めていたり。
遺跡から出てきたものを売って生計を立てている一族がいたり。
普通に盗掘している盗賊の方々だったり。
まあ、いろいろといるらしい。もっとも、砂漠の真ん中にあるオアシスに設営されたキャンプ場から出たことのない僕には、全く縁のない話である。
適当に日本語読んでるだけで生活が成り立って、無駄におっさん達から尊敬とかされて、これほど楽な仕事はない。だからまあ、望むのはロマンよりも平穏。財宝よりも食事なのである。
「だからさ、やっぱり行くのやめようかな」
「はいはい。わかったからさっさと行くわよ」
「……(´・ω・`)」
非常に遺憾だが、ミリィはすでに僕という人間の扱い方を心得ていた。
唐突かつ意味深な感じで「だからさ」と切り出したというのに、返ってきたのは「はいはい」なんて投げやりな対応だ。まるで僕が駄々をこねている子供みたいじゃないか。
納得いかないので、せめてもの反抗としてとりあえず踏ん張ってみたのだが、種族的な力関係のせいで僕の行動は全くの無意味だった。
ずるずる。
僕の腕を掴んだまま、ミリィは平然と歩を進める。踏ん張っていた僕は体勢を崩したけれど、ミリィは全くの無視だった。
地面を引きずられる僕。僕を引きずるミリィ。傍目からすれば非常にアレな光景ではないだろうか。だが、これもまあ、いたって普通の日常である。
僕らを見ても、周りの人々は「またやってるな」的な生ぬるい笑みを向けるだけだった。時折「ひゅーひゅー」とか野次を飛ばしてくるおっさんもいるけど、基本は無視である。
汚れないように道具袋を抱きかかえた僕は、空が青いなあとか思っていた。一種の現実逃避に近いかもしれない。
「僕、あの人苦手なんだけど」
ずるずると引きずられながら声をかける。歩かなくてもいいから楽っちゃ楽だけど、なんか、こう……まあ、いいや。ともかく、できれば今はあそこに近づきたくない。正確に言えば、あそこに立っているインテリ眼鏡の人に、近づきたくない。
「あたしも嫌い。でも仕事でしょ。アンタもあたしも」
はい、その通りです。
ミリィと僕の意見は完全に一致していたが、そこから先は全く逆だった。
ミリィは僕よりもずっと真面目だ。もちろん、ミリィが所属する傭兵ギルドと、遺跡調査隊の間で交わされた契約を破るわけにはいかないというのもあるだろう。
だけど、この律儀さはミリィの性格によるものの方が大きいように思う。
それがどんなに小さいものであったとしても、ミリィは〝約束″を破らない。
度々ミリィから聞かされる<一族の掟>というものなのか、ミリィ個人のものなのかは分からない。だけど、どんな約束であれ、ミリィとの間でそれが破られたことがないのは事実だった。
だからまあ、ミリィは自分に出来るかどうかをしっかりと考えてから〝約束″をするようだけど。
ミリィは僕の送迎及び護衛が任務だった。それがミリィの兄でもある団長との約束である。約束を守ることにかけて定評のあるミリィに対して、僕はどうしようもない。
つまり、そこから導き出される結果から、僕は会わなければならないのである。この――
「困りますね、キリシマ〝先生″。もちろん〝先生″が大変お忙しいということは分かりますが、時間は限られているのです。これは子供の遊びではないのですが?」
うっぜえええええええええええええ眼鏡の人と。
「……はい、すいません」
「まったく。何度言えばご理解頂けるのですかね。〝先生″がいて下さらないと、作業が進まないこともあるのですから。〝先生″にも相応の責任を自覚してもらいませんと」
ちょっと遅かったくらいで言いすぎじゃね? とは思うのだけど、口を挟むとさらにうざいことになるのは目に見えていた。
僕はとりあえずへこへこと頭を下げ、殊勝に謝っておく。これ以上わざとらしく「先生」とか呼ばれたくないし。
「貴方の常識と異なることも多いかもしれませんが、ここは貴方の住んでいた大陸とは違うのですよ? しっかりして頂けませんか。文字は読めなくとも私の言葉は分かりますよね? 昨日も言ったはずです。呼んだらすぐに来てくれと」
「はい、本当にすいませんでした」
くいっと眼鏡を上げる動作までがいらっとくるこの人は、僕が来るまではこの隊唯一の古代神言語の学者だった。
スライだったかスマイだったか、男の名前は正直どうでもいいので覚えていないけど。
どうも、僕が来たせいで彼の仕事は減ってしまったらしい。それに比例して、部隊内での彼の重要度も下落する一方。
ぶっちゃけあいついらなくね? なんて陰口もあるようだし、危機感を感じているのかもしれない。根源は完璧に僕なので、彼の苛立ちをぶつけられるのも当然といえば当然だろう。
辞書片手に訳そうとする中学生と、ネーティブスピーカー。どっちが正確で迅速かと訊かれれば、前者を選ぶ人間はいない。
だからこれは仕方のないことであって、それが嫌なら僕以上の能力を身に付ければ良い――なんて言うのは、ただの傲慢だろう。
僕はたまたまそれを身に付けていただけであって、彼のように多大な努力と時間を費やしてはいない。……彼が有能かどうかは別として。
自分の力で手にいれたわけではないものが、僕に相応しくないものを引き寄せていた。
地位であったり、名声であったり、あるいはお金であったり。この部隊の中だけに限られたものではあったけれど、国に帰ればそれはさらに大きくなるのだろう。
彼が立とうとしていた場所。手に入れたいと思っていたもの。それを、いきなり現れた子供に奪われる。彼にしてみれば悪夢以外の何者でもない。僕はどう考えても邪魔な人間だった。
かといって、じゃあ僕は去りますね、なんて言えるわけもない。
地位やら名声はどうでもいいけど、食事と安全は耐え難い魅力だった。スライとの間にどうしようもない気まずい関係を保ちつつ、僕の毎日は過ぎているのである。正直、めんどくさい。
ぐちぐちと投げられる言葉を、さっさと仕事しようよと思いつつもへこへこと受け流す僕の横で、ミリィはひどく不機嫌そうな顔をしていた。
ミリィも彼のことが嫌いというのは知っているけど、なぜにそこまで不機嫌そうな顔になるのかは分からなかった。
ピンと立った2つの獣耳がぴくぴくと動き、尻尾が苛立たしげにゆらゆらし、見事なおっぱいがぼいーんで……げへへ――っと、違う違う、おっぱいなんか見てないぞ。静まれ僕。落ち着け僕。
となりの美少女をねっとりと観察していると、スライの愚痴もようやく終わりを迎えたようだった。最後の締めとばかりに、黄土色の瞳に蔑みの光を携えながら、スライは口を開いた。
「まったく、これだから<異人>は」
ぼそりと吐き捨てて背を向けたスライに、ミリィの我慢が限界を超えたらしい。
小生意気さを感じさせていた瞳が、一瞬にして危険な光を宿した。それは命を狩る側の、獣としての瞳だった。
八重歯というよりも牙に近いそれが下唇を噛む。ミリィは体勢を低くして、今まさに獲物に飛び掛からんとする虎のように構える。
あ、これはヤバイ。
ひどく冷静に観察していた僕は、突き出されるような形になった肉付きの良いお尻から上に伸びた尻尾を、がしっと掴んだ。
「ふにゃぁっ!?」
びくん、と仰け反ったミリィの口から、ひどく色っぽい、男には非常に悩ましい声が漏れた。校内放送とかで流したら男子はしばらく立ち上がれないレベルだ。
だが、ぷるんと揺れたおっぱいには勝てない。そして僕の目はその瞬間を逃さない。ぷるん。
「ちょ、アンタ――ゃ、ぁ!」
にぎにぎ。
「まあまあ、落ち着こうよ」
「落ち、着こう……って、ぁ、ぁ……!」
にぎにぎにぎ。
「んぁ……! し、尻尾はやめて……ぇ、ん!」
「ぐへへ。良い声で鳴くじゃねえか」
「あとで……ひぅっ! 覚えてぁ、ぁ……ぁぅん!」
言葉にならない言葉を聞きつつ、白い肌がほんのりと赤く染まっていくミリィをまったり見る僕である。尻尾がある限り、きっとミリィはMだろう。マゾ的な意味で。
もだえる美少女ってたまりませんなあ、とトリップしていると、ひどく冷静な声が掛けられた。
「……なにをやってるんですか、あなた方は」
こめかみの辺りをぴくぴくさせたスライが、ゴミを見るような目で僕らを――正しくは僕を見ていた。
しかし残念だ。僕がマゾヒズムの持ち主であったなら「快・感♪」とかちょっと危ない方面の感想も持てたのかもしれないが、どっちかというとSよりな僕としては不快なだけだった。
しかし真っ向からやり合うつもりもないので、僕が適当にへーこらしつつ誤魔化すと、スライは「ふん」と言いつつ歩いて行った。さっさと付いて来いということなんだろう。
これ以上スライの神経を逆なでするのも不味いので、さっさと付いていくことにしよう。
「んじゃ、ちょっと行って来るから。帰りもヨロシク!」
地面でぐったりしているミリィをその場に残して、僕はスライの後を追った。
後ろで「あとで……コロス……」とかなんとか、ひどく物騒な発言が聞こえた気がしたのだけど、多分気のせいだろう。こう、命を狙われてる感じのゾクゾクっとした寒気も感じるけど、これも気のせいのはずだ。
きっと、たぶん。希望的な観測だけど。
……後でどうやってご機嫌を伺おうかな……肉の塊で許してくれるかなあ……。
結構マジな死活問題だった。
しかし、さっきはなんでミリィが怒ったのだろう。馬鹿にされたのは僕だけだったはずなんだけど。僕の代わりに怒ってくれたのかな。良いヤツだし。
/
<異人>という言葉は、大陸外からやってきた人間、という定義らしい。
それはこの国で僕を表す言葉のひとつだ。けれど、滅多に聞くことはない。
この世界で、それは一種の差別用語のようだった。生憎、詳しいことは分からないので、その言葉がどの程度の侮蔑を込めたものなのかは分からない。
だけど、スライ以外に僕に対してこの言葉を使う人はいないし、<異人>という言葉を聞くと大抵の人は眉をひそめる。時にはミリィのようにスライに掴みかかろうとする人もいる。
そのことから考えるに、これ、結構ひどい類の言葉なのかもしれない。僕にとってはよくわからないので、スライには少し申し訳ないのだけど。ごめんね、その悪口は全くのノーダメージなんだ。
前を歩くスライの背中を眺めながら、僕は左腕にはめた腕輪をさすった。
異人を見分ける方法は至極簡単。腕輪をしているかいないか。それだけだ。
この腕輪は、言語体系の違う人間であってもある特定の言語を理解させることができるというアイテムだ。
青い猫型ロボットの秘密道具を彷彿とさせる優れものだけど、原理は<科学>でなく<魔法>だ。これは非常に異世界らしいのだが、この世界では<科学>というのは神話の中だけの存在だった。
ここは科学の代わりに魔法文明が発達した世界なのだ。それなんていうファンタジー。
腕輪をつけていれば、僕が日本語を話す感覚でこの世界の言葉を話せるし、相手の言葉も日本語のように聞こえる。
残念ながら読み書きは出来ないのだが、この辺りの地方は識字率がそう高くないようなので、あまり苦労はしていなかった。
「ここです」
クレーター状に発掘されたその場所は、あちこちに崩れかかった建物や、その残骸が見えていた。
僕には想像も付かないような長い時間を過ごした存在が、今、姿を現している。
それは真実を求める人間にとっては非常に感慨深いものなのかもしれない。だが、僕にかかれば「うわあ、映画みてえ」という感想で終わりである。ちょっと申し訳ない。
大勢の人が砂と土を運び出していく光景を傍に置きながら、僕はその一角の壁面に目を向けた。
その中心に、縦に2m、横に3mくらいの長方形があった。汚れたそれはただの壁のようにも見えたけど、多分ドアだろう。銀行とかにある感じの自動ドアみたいな気がする。
そのドア的なものの横に、僕の目線の高さで古代神言語こと日本語が書かれていた。
「これです。私が見るに、この建造物への出入り口なのではないかと思うのですが。数人で押しても引いてもビクともしません」
力任せでやるなよ。壊れるだろうが。というツッコミはしちゃいけないのだろうか。しちゃいけないんだろうなあ。
「そこで私は考えました。魔力による識別を行っているのか、あるいはパスワードか何かが必要なのではないか、と。ここを見て下さい。古代神言語の数字が4つで1組として、4組記されています。つまりこれが重大な鍵となっているとは思うのですが、これ以上は情報が足りません。<火 金 土 日>という、魔法元素を表す古代文字が記されているので、何かしらの魔法を使用するのではないかという推測は出来たのですがね。もしかすると、これはもう機能していないのではないでしょうか」
「はあ、なるほど。そこまで判明していれば後は簡単ですね」
「ええ、そうでしょう。〝先生″は私の推測を後押ししていただければ結構です」
満足げに頷くスライは放っておいて、僕はさっさと終わらせることにした。
言わずもがなだけど、僕は生粋の日本人なので、ぶっちゃけ今すぐにでも読み上げられる。だが、それはちょっと不味い。
こういうのは雰囲気が大事というのもあるのだけど、他の大陸から来た人間が、いきなりスラスラと読めて書けてというのは見るからにおかしいだろう。
ここでの僕の肩書きはあくまでも「学者」であって、「日本人」ではないのだ。
日記とかメモを日本語で書いていることがバレたら、ちょっと面倒なことになるかもしれない。今のうちから誤魔化し方でも考えておいたほうがいいかな。……まあ、ミリィにはもうバレてるんだけどさ。
肩に掛けていたトートバッグを下ろし、中から手のひらサイズの手帳を取り出す。ペラペラとめくって適当なページを開く。
壁面に記された文字と示し合わせるようにして、僕は手帳と壁面を交互に見る。指なんかも添えちゃって、「これは……なるほど。そういう意味か」とかなんとか、それっぽく呟いてみたりして。
気分は劇を演じる役者だった。まるっきり大根なんだけど、これがまあ、周りから見るとそこそこさまになっているらしい。
「おい見ろ。キリシマ博士が解読してるぜ」「やっぱすげえな。神世の言葉を理解なさるなんて」「スライのヤツつっ立ってるだけじゃねえかwwワロスwww」「……いい尻だ」「まるで少女のような子だというのに、大人顔まけじゃのう」「全くだ」「もしかしたら女なんじゃないか?」「馬鹿野郎。あんな可愛い子が女の子のはずがない」「うっ……ふぅ。お前ら落ち着けよ、みっともない」
途中から聞かないことにしたけど、なぜか身の危険を感じる。こう、貞操的な意味で。これからはできるだけミリィから離れないようにしよう。うん、そうしよう。
固く決意しながら、僕は適当に手帳を眺めた後、パタンと閉じた。
「どうやらその通りみたいです。これはもう機能していないようですね。壊しちゃいましょう。ただの扉ですし」
「そうですか。やはり私の考える通りだったようですね」
満足げに頷くと、スライは人を集めるために声を上げた。その声に応じて、そこかしこから手に凶器を携えた人たちが集まってくる。
周囲がちょっとだけ賑やかになるのを感じながら、僕はもう一度壁面の文字に目をやった。
書かれた文字は所々が風化していて読めないが、大まかな意味は理解できるものだった。
これは、何かしらの施設の説明を記した看板だ。日本語で記された、日本の施設。今までにも何度か感じた疑問だったが、僕は再び問いかけていた。
これはどういうことだろう?
残念なことに、その問いに答えてくれる人はどこにもいない。
「 ××所
×用×
×回/1××××
運営時×
火・金×日
08:×0~1×:×0
×4:00~×3:00
土曜日
××:00~12:00
13:×0~×4:×0 」
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<作者からのお知らせ>
・書きかけが残っていたのでとりあえず上げておきます。
実はこのふたつ、半年くらい前に書いたヤツです。だからネタがないのです。昔の自分が何を考えていたかなんて分かんない。今だって何考えてるか分からないというのに。
・ミリィの尻尾にぎにぎのエロシーンが長かったのでちょっと割愛しました。めんご。
・俺たちの冒険はまだまだこれからだ! さあ、行くぞ!!
今までご愛読ありがとうございました。
風見鶏先生の次回作にご期待ください。