最近、昔読んだ小説の内容やら、ヒーロー物の映画とか特撮アニメとか、そんなことを思い出す時間が増えたように思う。
剣と魔法の異世界ファンタジーなラノベだとか、正義の味方的な人造人間だとか、まあ、よくある話のものだけれど。
「そして僕は空を見上げる」
いい歳にもなって、と言うには語弊があるだろうが、僕は「非日常」的なものが好きだった。
それは海を渡って外国に行ってみたいとか、気ままに旅をしたいとか、そんな感じの憧れと似たようなものだったけれど、僕の中に色あせないままずっと存在していた感情だった。
もちろん、そんな話を誰かにしたことなんてありゃしない。どうせ返ってくるであろう言葉なんて分かりきっているからだ。
「高校生にもなってなにを言ってるんだ」ってね。
まあ、確かにそう言われてしまうとそれまでなんだけど、でも本当にそうなんだろうか。本当に「高校生にもなって」と鼻で笑われてしまうような話なんだろうか。
誰かが幽霊の存在を信じているように。あるいは宇宙人だとか、未確認生物だとか。突き詰めてしまえば占いだってそうだ。
完璧な否定が出来ない以上、その可能性は残っているのだ。どこかの誰かだって言っていたじゃないか。
「想像出来るのであればそれは存在する」とかなんとか。
真偽は分からないけれど、僕は存在していて欲しいと思う。だって、そうでなきゃつまらないじゃないか。
幽霊のひとりやふたり、宇宙人の10人や100人、それこそ異世界のひとつくらい、存在してくれなきゃ困る。どれひとつないようなつまらない世界で生きてるなんて、それだけで絶望だ。
だから、僕はずっと信じていたし、望んでもいた。
この世には別の世界がある。できれば行きたい。そんな単純で馬鹿げたことを。
幼稚園児が「僕、野球選手になる!」みたいな、無謀と言うか無知というか、けれどひどく純粋な、そんな感情にも似ていたかもしれない。だからなのか、それとも全く関係はないのか。今となっては分からないけれど。
―――僕は今、「異世界」にいる。
0/プロローグ
話は変わるのだけど、いざそれが起こってみると思っていたほどでもなかった、なんて経験はないだろうか。
僕が真っ先に思い出すのは、3、4年ほど前に発売されたゲームのことだ。
半年も前から大々的に宣伝されていた大作のRPGは、僕の幼心を非常に刺激した。今か今かと指折り数え、小出しされる新情報で期待と妄想を膨らませていたものだ。
しかし、いざ発売日が訪れ、ソフトを手にして遊んでみると、不思議とまあ、それほどでもなかった。面白いことには面白いのだけど、それだけだ。
結局、一度クリアしたところで、半年間ずっと燃え続けていた熱はすっかり冷めてしまった。
この例え話から僕が何を提言したかったのかというと、本当にそれが現実になることが必ずしも幸いだとは限らないんじゃないか、という考察に行き着くわけである。
「何かを待つってその楽しみの半分にあたるわ」とは赤毛の少女の言だったように思うのだけれど、なるほど確かに、その通りである。
物事は起きるまでが楽しい。それは物事を自分の都合の良いように考えられるからだし、面倒なことには一切目を向けなくて済むからだ。
そして今、僕の「異世界に行く」という密やかな願望は、なぜか叶ってしまった。現実になってしまったのだ。
見方によっては誰のものよりも難題な夢が叶ったのだから、そりゃ僕だって嬉しかった。見たこともない景色、知識の範疇を超える生物、空に浮かぶ大小二つの月。
混乱と戸惑いはすぐに消え、呆然と唖然の奥からどうしようもない感慨が溢れ出る。器からこぼれ出した感情を大声にして叫んで、闇雲に駆け回って踊り狂えば、僕の全身を包み込んだその時の感動と興奮を少しは表現できたかもしれない。
ここまで来て、僕の置かれた状況は冒頭に戻るわけだ。即ち「起こってみると思っていたほどでもない」という落胆、そして「それが現実になることが必ずしも幸いだとは限らない」
事実、僕はそれをわが身を以って体得する羽目になった。
「異世界」
この場合、そのままファンタジーゲームの中身と考えて問題ないと思う。
魔王だとかの侵略者がいるかいないかは知らないけど、科学の代わりに魔法があるし、人間以外の種族はあちこちで見かけられる。
美形の代名詞みたいなエルフだっているそうだ。もっとも、滅多に他種族と関わりを持たないとかで、深い森の中に住んでいるエルフを未だに見たことがないのだけれど。
そして、ゲームという体裁を整えるために、忘れちゃならないことがひとつある。そう、敵だ。モンスターだ。
すっかり有頂天になっていた僕は、そのことをすっかり忘れていた。というよりも「都合良く考えていなかった」のだけど。
そして、夜の森の中、敵とのエンカウント率が急上昇するような時間と場所に現れてしまった僕は、不運にもというか、この場合はごくごく当たり前な感じで、モンスターに遭遇したのだった。最悪だった。人生で2度目くらいに死を覚悟した。
―――ああ、しかし、そう、しかしだ。神は僕を見捨ててはいなかった! いや、異世界にぶっとばしてくれたのが神だったならそれくらいやってくれて当然なのだけど、とにかく、神は僕を救ったのだ!
それはまるでゲームのような映画のようなラノベのような。素人小説書きがよくやるような予定調和なご都合主義みたいな感じだったのだけど、んなことは僕には関係ない。命の危機に瀕していた僕は、まるで導かれるように――――
「ねえ、なにやってんのアンタ? 顔がころころ変わって面白いを通り越して気持ち悪いんだけど」
意識の外から聞こえた声に、僕は羊皮紙というファンタジーな物体に書き殴っていた手を止め、顔を上げた。
テントの入り口を覆っていた垂れ幕を上げて覗き込んでいたのは、見た目16、7才ぐらいの女の子だった。
僕には他に表現が思いつかないくらいにぴったしな夕陽色のショートカットが、あちこちで好き勝手に跳ねている。無造作と言えば聞こえはいいかもしれないけど、僕はただの寝癖、あるいは癖っ毛と判断している。
勝気そうな紅色の猫目と、頭の上に存在を主張しているふたつの獣耳。極めつけは後ろでゆらゆらと揺れている尻尾。正にファンタジー。正に王道。
彼女は、異世界には欠かすことのできない獣人というやつなのだ。しかも外見だけを見れば結構可愛い。
おまけに着ているのが水着にも下着にも見えるようなものだけだから、慣れるまでは僕にはちょっと刺激が強い相手だった。もちろん、性格的な意味でも。
「……ああ、なんだ。ミリィか。予想はしてたけど残念だ。行列に並んでたら僕の目の前で売り切れちゃったくらいにむなしくて残念だ」
とりあえず挨拶をしておく。やあ、おはよう。今日もいい朝だね。みたいな?
「その頭カチ割るわよ、ドちび」
素敵な笑顔で威嚇してくるミリィに愛想笑いを返しておく。
こんなやり取りはいつものことなので、僕もミリィも手馴れたものだった。しかしちび言うな、この猫娘が。
いや、なんだっけ? 誇り高きラーオン族だっけ? まんまライオンじゃねえか、とは突っ込まないが、部族名はそんな感じだった気がする。
ラーオンだったか、それともラーイェンだったか。正確な所を思い出そうと頭を捻る僕に一切断らず、僕に与えられた狭っ苦しい個室テントにミリィが無断で進入してくる。
ミリィはそのまま、板に木の棒を無理やりくっつけただけの即席座卓の前までやってきて、僕がさっきまで一心に綴っていた日本語の羅列をかがみこむ様にして眺めた。
「うげ……これってあれでしょ、古代神言語ってやつ。うわ、しかも、全部ぅ!?」
座卓一杯に広げられた日本語で埋め尽くした紙を拾い上げ、ミリィは至極わかりやすい「うげえ」という顔をした。
しかし、僕にとってはんなことはどうでもいいことだった。ただでさえ際どい衣装の美少女が、僕の目の前で屈みこんでいるわけで。
相手がミリィというのがあれだが、この際それは置いておこう。眼前で揺れるメロンに罪はない。……たまりませんなあ。いやあ、異世界に来てよかった!
げへへ、と鼻の下を伸ばしていると、ミリィは理解不能と紙を放り、僕に顔を向けた。
そこには瞬時に顔を矯正し、なんでもありませんよ、僕なんにも見てませんよ、みたいな顔をしているであろう僕がいる。男とは悲しい生き物なのだ。
「ほんと、こんなぐちゃぐちゃなのが文字なんて信じられない。あれでしょ、これが完璧に解読出来るのって、今のところアンタだけなんでしょ?」
「あー、うん。らしいね」
ほえーっと、素で感心してくれるミリィを前に、僕は少し居心地が悪い。
口は悪いし、適当なことも多いのだけど、ミリィはひどく感情豊かなのだ。しかも、それを率直に表現する。
悪いと思えば謝るし、感謝すれば言葉なり行動なりで示す。ひどく純粋で、とても分かりやすいヤツなのだ。おまけになんだかんだで姉御肌というか、面倒見が良い。
僕がここに来たばかりの頃は、ぶつくさ言いながらも僕の手助けをしてくれたものだ。
つまるところ、僕がミリィを表現するのに一番適切なのは「良いヤツ」であって、そんな人に嘘をついてるというのはちょっと心苦しいものがあった。
おまけに、それを純粋に感心なんてされてしまった日には、もう、なんか、こう、居た堪れない。
「古代神言語」というらしい。この世界での「日本語」の名前は。
今よりもずっとずっと昔。大陸はひとつで、そこには天人というひとつの種族が住んでいた。
彼らは優れた知識と技術を持ち、世界を意のままにできたそうだ。天候を予測し、あるいは望むように変え、遥か遠くに住む人々とその場にいながら言葉を交わし、空を自在に飛び回る。
そんな時代と人が、確かにあったらしい。それを「神世」と言い、その時代に使われていた言葉、それが「古代神言語」である。
数多の文字が無数に組み合わさっており、それを完全に解読することなど不可能。
数多くの学者や賢人を以って、そう言わしめてきた崇高な神言は、なんでか知らないが見事まんまな日本語だった。
所々、見たことのない漢字や古めかしい言い回しなんかもあったが、大まかに解読するには困らなかった。
僕にとっては読めて当然なのだけど、この世界の人々にとって、それはとてつもなくすごいらしい。
最初はうさんくさいと思われていたのだが、僕が読み上げるとおりの場所を試しに掘ってみれば、財宝が出たり遺跡が出たり。
気づけば、僕はいつの間にか「神の使い」だとか、「史上最賢の言語学者」だとか、ちょーっと勘弁してほしいくらいに大げさな二つ名がついていた。
もっとも、信仰する神の違い(宗教的な違い?)から、かなり明確な派閥が存在するらしく、僕の名は僕がなし崩し的に所属することになった派閥のごく一部でしか知られていないようだった。
これ以上大騒ぎされても困るから、僕としては願ったりなのだけど。
「あたしにはさっぱりだわ。やっぱ頭の出来が違うのかしらね。兄貴もあたしも学なんてぜんっぜんないし」
たはは、とミリィが笑う。
しかし、全然そんなことがないのにそう思われてしまうのもあれなので、とりあえず否定しておくことにした。
「出来というか、今まで何をやってきたかじゃない? 僕はこれだけをやってきたからこれしか能がない。けど、ミリィは違うだろ? 僕よりも途轍もなく体力あるし、戦えるし。僕からしてみるとそっちのがちょっと羨ましいけど」
かなり真実じゃないだろうか。少なくとも、僕はテントの設営ひとつまともにできないし、食事を現地調達することもできない。魔物と戦うなんて夢のまた夢だ。
「自分にできないことは出来るヤツに任せればいいんじゃない? 自分だけで出来ることなんてそう多くないんだし」
そう言うと、ミリィは後ろ頭を掻いたままの姿勢で僕をぽかんと見つめ、やがてにかっと笑った。
そして僕の頭をぐわしと掴み、撫でるというか、揺らすというか、そんな動きで僕の髪をくしゃくしゃにした。
「やっぱアンタって学者っぽくないわね。偉そうにしないし、あたし達を見下したりもしないし。ちっちゃいし」
「ちっちゃい言うな」
ぐらぐらと揺れる視界の中でとりあえずそれだけを言い返しておく。これでも160は超えてるのだ。……多分。
揺れる世界にちょっと気持ち悪くなってきた頃、ようやく満足したらしいミリィが手をのけてくれた。
頭が撫でやすい位置にあるのか、ミリィが撫で魔なのかは知らないが、僕はよくミリィに撫でられる。男としては本当は逆が好ましいのだが、なんかもう、諦めた。
「……で、なんか用なんじゃないの?」
くしゃくしゃになった髪を手櫛で直しながら、ミリィを恨めしげに見上げて訊く。
「ああ、そうそう。忘れてた。新しい石碑が見つかったんだってさ。偉い人がアンタを呼んでる」
「んじゃ行きますか」
「さっさと行きましょー」
現在、これが僕のお勤めで、衣食住の命綱なので、サボるわけにはいかない。まあ、実際は書かれていることを読むだけでいいので、これほど楽な仕事なんて他にはないだろう。
そこらへんに置かれていた道具袋を肩に背負って、ミリィの背中を追う様に外に出る。
ジリジリと肌に刺さる日差しを感じながら、高く澄んだ青空を見上げた。異世界だって空は青かった。本当、思ったほどでもないのだ。異世界ってやつも。
「ほーら、さっさと来なさいよ! あたしが怒られるでしょーが!」
いつの間にかさっさと進んでいたミリィの声に、僕は視線を下ろした。
設営されたいくつもの大小のテントと、あちこちで風に揺れる洗濯物。子供が駆け回り、人間や獣人が談笑し、あるいはひとつの作業を協力して行っている。
いつの間にか慣れてしまった異世界の風景。それは、着々と僕の日常になりつつある。
「世界の違いって言っても、別に大したことはないんだよなあ」
そんなことをぼそっと呟き、僕はミリィの待つ場所へ足を進めた。
国の名はイスクルド。現在の居場所はマーリブ遺跡。
古代遺跡調査団第十三部隊、通称「アルレド」所属、特別顧問言語学者「ヒロヤ・キリシマ」
美氷学園2年 霧島裕哉は、かつて異世界と呼んだその場所で、そんな風に生きている。
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思いつきなので多分、続かない。誰か代わりに書いてくだしあ。
異世界の遺跡探検ファンタジーとか、そんな分野の開拓を希望します。インディ・ジョーンズ的な意味で。
08/12/02 投稿開始。
09/04/29 沈黙を破りひっそりと続く。