はじめまして彩希という者です。
初投稿ということで、いたらないことも多いですが、温かい目で見守ってやって下さい。
本作は、風の聖痕のオリ主転生もの。作者の脳内設定、独自解釈も多々ある所謂イタイ作品です。
それでも構わないという方のみどうぞ。
よろしくお願いします。
2008/11/26 タイトルを変更しました。
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気づいたときには、手遅れだった。
キーッっと、耳障りなブレーキ音が響く。
運転手も目の前を横断する私の姿に気づいたのだろう。
だが、遅すぎる。
目の前に迫ったトラックは、既に避けようのないほど近く。
猛然と走り来る鉄の塊に対して、私はとっさに防御の姿勢をとるが焼け石に水だろう。
そんなことはわかっている。
衝撃。
ある種の快感を伴った浮遊感。しかし、それは一瞬で終わりを告げ、すぐに内臓が浮くような不愉快さへ変わる。
脆弱な肉体しか持たない人の身体は、かなりの速度で走行する鉄塊に対して、あまりにも無力だった。
衝突によって伝わった膨大な運動エネルギーは、私の身体を10m近く弾き飛ばし、蹂躙しつくした。
仰向けに転がる私の身体。壊れた人形のように四肢を投げ出し、ピクリともしない。
左目には皮肉なまでに青い空が見える。だが、右目には何も映らない。電源の切れたテレビのようにただ暗闇を映していた。
ちらり、と、まだ機能している左目で私が飛んできた方向を見やる。
思わず顔をしかめた。
ピンク色をした物体が点々と落ちていた。時折、痙攣したようにビクビクと震えている。
いやなものを見た。
それを思考の隅へ追いやって状況を確認していく。
首に力を入れる。動かないこともない。
右手。中指だけがかろうじて動く。
左手。損傷がひどすぎる。動かす気にすらならない。
腰、右足、左足。だめだ。感覚すらない。腰から下へ意識がいかない。脊椎を損傷したのかもしれない。
まだ、意識はある。
感覚も一応機能している。
しかし、不思議と痛覚だけはない。私を少しでも楽に逝かせるために、脳が気を利かせたのだろうか? なんて皮肉。
そのとき私は、酷く近くに『死』を意識した。今まで何度となく考えた事柄。それと同時に、何度となく脳の片隅へと追いやっていた事柄。
「死ぬ……の……かな……?」
声に出してみる。息苦しい。肋骨が折れて肺を圧迫してるのか、はたまた折れた骨が突き刺さったか、もしくは肺が潰れたのかな?
この非常時でも、こんな冷静な思考を始める自分に思わず苦笑を洩らす。
ざわざわと回りが騒ぎ始める。
野次馬根性をくすぐるサイレンも聞こえた。
寒い。
身体が急速に冷えていくのを感じた。
力が急速に抜けていくのを感じた。
まるで燃料漏れの車だ。
漏れていく燃料は無論、私の血液だろう。
私を中心とした血だまりは、その輪を急速に広げていく。
同時に私の命を急速に奪っていく。
あぁ……死ぬんだな……
この世に未練がないわけではない。やり残したこともある。やりたいことだってたくさんあった。
だが、仕方がない。運命だったのだろう。
私はこの状況を受け入れ、そう諦めることにした。
目の前や頭の中に白い靄がかかり始めた。
まともに思考すらできない。
両目を閉じ、最後の悪あがきにと強張らせていた身体の力を抜く。
そうして、私はこの世での生命活動を停止した。
………………
…………
……
あたたかい。そして、懐かしい感覚。
それは、おそらく原初の記憶。
母親の腕の中に抱かれているような安心感。
愛情、そして温もり。その中で私はゆるやかに覚醒した。
死んだと思っていた。
いや、確実に死んだはずだ。
あれほど酷く肉体を損傷したのだ。死ななかったはずはない。
だが、身体中を駆け巡る血流の感覚は、胸を打つこの鼓動は、私が生きていることを教えてくれている。
相変わらず、頭の中は靄がかかったように不安定。思考速度も著しく低下している。
ざわざわ……
おまけに幻聴みたいなものまで聞こえてくる。
違う。これは聴覚に頼ったものではない。頭の中に直接響いてくるものだ。
なんとも不思議な感覚だ。
ざわざわ……
フィルターがかかったように不透明なざわめき。
目を開けて確認しようとするが、瞼がストライキを起こしたかのように命令を無視する。
仕方ない。
諦めて別の部位を動かす。
首、右手、左手、腰、右足、左足。
すべて動く。
しかし、動きがおかしい。
私が思い描いたイメージとかけ離れた動きをする上、動きづらい。何かに動きを阻害されているような、リミッターがかけられているかのような動きづらさを感じる。
軽く動かしてみた後、今度は右足を思いっきり伸ばしてみる。
ムニっ
(?)
なんだろうか?
足の裏に柔らかい感触がする。
(ゴム?)
いや、最初はゴムかとも思ったが、違う。ゴムにしては柔らかすぎるし、何より
(あたたかい)
なんなのだろうか、と、物思いに耽っていると
(うわぁっ!?)
突然何かに足をつかまれた。
あの柔らかい壁越しではあるが、突然のことに私はパニックに陥った。
(は、放せっ!!)
相手からはあまり害意は感じられないが、パニックに陥った私には関係ない。
無茶苦茶に暴れ、相手の拘束から逃れようと躍起になった。
と、また唐突に拘束されていた足が自由になった。
(い、いったい何なんだ?)
………………
…………
……
しばらく時がたった。
いや、ここにいては時間の感覚どころか日付の感覚すら怪しい。
しばらく、と言っても、それは数時間後の話なのかもしれない。もしかしたら、数十分か?
その間、私は情報を集めようと躍起になった。嗅覚と視覚、および聴覚は使用不能なため、触覚のみに頼るはめになったが……
そこでわかったのだが、私はどうやら卵型の揺り籠のような場所にいるようだ。そして、その揺り籠の中、つまり私の周りには何かしらの液体で満たされていることがわかった。ためしに飲んでみたのだが、時間によって味に差があることもわかった。
液体中にいること、自分が呼吸をしていないことに気づき、不審に思う。
(待てよ?)
死んだはずの私……卵型の揺り籠…………そして、満たされた暖かい液体………………
(まさか……)
私は、ある可能性にたどり着き、おそるおそる手を臍へと伸ばした。手の先に何かの感触……そう、管のような…………
(やっぱり……うそだろ…………)
そう、もしかしたらココは、
(子宮?)
その仮説にたどり着いたとき、不意に液体が震えだした。それと同時に、周りを包む外壁が収縮を始める。
(これは……っ!?)
ざわざわ……
私が覚醒したときから聞こえているざわめき。
それが、だんだん大きくなっている。
ざわざわざわ……
閉じていた頭上の口が緩み、液体が流れ出し始める。
(もしかして、破水か!?)
液体のかさが減り始める。
ざわざわざわざわ…………
緩んでいた口は完全にその道を開き、栓を抜いた風呂の水の如くいっきに流れ出す。
私に抗う術はなく、それに乗じて流される。
ざわざわざわざわざわ………………
ざわめきがさらに大きく聞こえる。
頭の中に響く。
まるで開幕前のコンサート会場かのように。
ざわざわざわざわざわざわ……………………
身体を小さくまとめ、
流されるように狭い道を通り抜け、
私は、
産まれおちた。
ざわめきが爆発的な歓声へと変わった。
フィルターが外れたかのように、さっきよりもはっきりと声が聞こえる。
お…………と……ぅ…………
……め…………う………………
ぉ…………め……で…………と…………
お……め……で……と……う……
とぎれとぎれに、そこかしこで聞こえてくる声。
それは誕生の喜び。
新しい同胞への祝福。
彼らの意思が私へと流れ込んでくる。
そのどれもが暖かい感情だった。
(そうか、私は望まれてココにいるのか)
なぜ生まれ変わるようなことになったのか、なぜ私はココにいるのか、疑問は尽きない。
だが、祝福されているのなら、望まれているのなら、別にそんな疑問はささいなものなのだろう。
私はそうして、暖かい光と炎の中、この『風の聖痕』の世界で産声を上げた。
「奥様!! 旦那様!! お産まれになりましたよ」
近くで産婆らしき女性の声が聞こえた。
「元気な『女の子』ですよ」
(………………は?)
To be continued...