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No.43393の一覧
[0] ゆめがたり[Eve](2019/11/11 03:36)
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[43393] ゆめがたり
Name: Eve◆1195fb3c ID:fd5feefa
Date: 2019/11/11 03:36
伸ばした手が虚空を掴む。虚空を掴む、というのはどういうことなのか。なにもない空間を行き場のない手が静かに閉じたり開いたりを繰り返す。その手にはなにも残らないのに錯覚で何かが掌に残ったと感じている。
掴み損なったこの手は何を求めて動いているのだろうか?きっとなにも求めてなどいない。ただの挙動でしかないのだ。それでも、きっと、なにかを、掴み、護りたかったのだろうと勝手に自己完結し、静かに目を閉じ現実から虚実へと逃げた。逃げる前にひとつ想いをのせて…

ー生きることは辛いことだ。

そんなどうでもいいことを思い直し、湊という男は意識を手放した。否応なしに迎える明日という現実に辟易しながら、せめて虚実では良いことがありますように、と願いながら。



30歳、独身、彼女なし。
定職に就いてるとはいえ、その仕事に対してやる気があるのかと言われればやる気などない。生きるために働いているだけであり、死ぬと分かれば即刻辞めるような思いで続けている。結局のところ…なんとなくで仕事をしている有象無象の一人である。とは言え、仕事である以上結果を残すためにある程度真面目にこなしてはいるというのが現状だ。今日も今日とて対価に見合った賃金を得るために、仮面を被りながら仕事をしている。

「楽しいですか、仕事?」

「仕事が楽しいと思ったことなんて一度もねぇよ」

後輩に質問されて当たり前のように答える。こんな大人にはなって欲しくはないものだと思いつつ、こんな大人になるんだろうなと思う。フィクションの世界とは違うのだ。ノンフィクションの世界は理想の遥か斜めを行ったところに存在している。本当に生きている全ての人間に対して敬意を表したい。君たちは凄いですね、と。割り当てられた仕事の内容と期限に目を通し、ざっくりと見通しを立てる。

「後半で充分間に合うか…」

気だるく思いながら今日は定時で帰ろうと心に決め、外野から文句を言われないレベルで仕事をしているふりをする。結果さえ出せば過程は求めない。その点に関して言えば実に恵まれていると思う。思考を仕事以外に切り替え、今日はどんな現実逃避をしようかと思いながら手を動かした。楽しくない、と言った仕事もそう考えると悪くはない。人生の楽しみ方など人によりに蹴りなのだから。個人が良いと思うのならばそれで良いのではないだろうか?


早々に仕事を切り上げ帰路につく。特段いつもと変わらぬ光景ではあるが、翌日休みであることを鑑みれば少しばかりは呑みたくもなる。酒をこよなく愛する身としては何処か適当に引っ掛けて行きたいと思うわけなのだろう。目に付いた居酒屋にふらっと、誘われるように入っていく。

「ほんと君は裏切ることはないねぇ」

ビールを片手に思っていた言葉が自然と零れる。これが自然体なのだ。張り詰めていた気持ちが弛緩していく感覚に身を委ねながら摘みを口にしていく。不意に周りを見回せば仲間と楽しく語らう人達。彼らは何に思いを馳せてお酒を口にしているのか。そんなことを考えながら手にしていたお酒を煽る。安酒であろうが酒は酒だ。気持ちも高揚していくのが自分でも良くわかる。

「ん?」

人間観察が趣味ではないが、独りで呑んでいれば自然と観察に落ち着く。そんな中に不思議な女の子を見つけてしまった。今思えばこの時点で湊は彼女に惹かれていたのだろう。普段誰かと深く関わろうとしない湊が思わず声を掛けてしまうのだ。

「独りで呑んでるの?」

その言葉に対してあからさまに怪訝な表情を浮かべるが特に気にすることなく言葉を待つ。酒が入っているのだ。今更引くことはできないだろうと、勝手に自分に納得しながら相手の顔を見つめる。

「ナンパですか?」

静かに返された言葉はありきたりで、返された表情は明らかな拒絶。分かっていたことなので特に気にすることなく湊は言葉を紡ぐ。

「形式上だけ見ればそうなるのかな?まぁ君に対して欲情したから声を掛けたわけではないけれどね。単純に面白そう、と思ったから声を掛けてみた。そんなところかな」

虚ろになっている彼女の眼を正面から見据え思ったことを口に出す。店の人間がどう思うかは分からないが、グラスを片手に反対のカウンターに腰を掛けていた彼女の横に腰を掛ける。行動に対しての特に拒否反応は見られないので気にすることなく手にしていた酒を煽る。

「下心はないって…随分とストレートな物言いですね。まぁ分かりやすくていいですけど」

笑いながら彼女はそばにあった煙草に手を伸ばし火をつける。肺に入れた紫煙が静かに口から零れていく。それに倣うように湊も煙草に火をつけ紫煙を曇らせた。自論ではあるが酒が友達なら煙草は恋人だ。どれもこれも裏切ることは無い、裏切ることが無い、裏切られることが無い。湊にとって無機物こそが愛すべき対象なのだ。

「なんで声を掛けたの?」

「人生に疲れていそうだったから」

質問にノータイムで答えを返す。元よりその質問は想定内だったのだ。答えのある質問ほど楽な質問はない。その答えに彼女の大きな目はパチクリと瞬きを繰り返す。ふふっ、と煙を吐き出しながら彼女は綺麗な笑みを零し、残っていたお酒を一息に飲み干すと小さな声でひとつの提案をしてきた。

「面白いことを言いますね。そうですね…うん。少し場所を変えて呑みませんか?お兄さんとなら面白い話が出来そうな気がする」

「こんな私で宜しければお付き合い致しましょう。それにしてもフットワークが軽いことで。見ず知らず、初対面の人間に対してその発言はかなり手慣れてますね」

冗談交じりに湊は答えを返すと彼女も間を開けることなく答えを返してくれる。

「そこは親に感謝するところであり、出来ないところでもあるかな」

お互いに店員に会計を頼み、二人で夜の街に繰り出す。それが彼女、深緒とのファーストコンタクトだった。




伸ばした手が虚空を掴む。虚空を掴む、というのはどういうことなのか。なにもない空間を行き場のない手が静かに閉じたり開いたりを繰り返す。その手にはなにも残らないのに錯覚で何かが掌に残ったと感じている。

でも今朝は違った。

確実にその手に温もりが残っていた。虚空を掴もうとした手に誰かの手が重なる。不快感はない。優しく掴まれた手を優しく握り返す。

「…状況確認から始めようか」

「それについては大いに同意しようかな…」

独りごちた言葉に出会ったばかりの深緒が言葉を返す。別に確認するまでもない。終電のない彼女に寝床を、自宅を提供し朝になり目を覚ましたという結果だけなのだ。流石に下心はないとはいえ、シングルの狭いベッドに二人並んで寝ることは過ちも起きかねない。湊は床で雑魚寝を提案したが深緒がそれを許さなかった。狭いベッドに反発するかのように背を向け合いながら寝ていたが起きてみれば身を寄せ合うように寝ていたというのが結果だ。

「おはよう」

「…おはよう」

深緒の挨拶に一瞬、間が開きつつも応えを返す。果たして何年ぶりだろうか。斯様な状況下で誰かに日常的な挨拶を交わしたのは。お互いに着の身着のままで寝ていたので皺だらけのスーツになっているが気にも止めずにベッドから抜け出し冷蔵庫に手を伸ばす。

「微糖とブラック。お好みはあるかい?」

「缶コーヒー?まぁ微糖で大丈夫よん。ありがと」

出会ってから一日とて経っていないのに会話がフランク過ぎるのはお互いのキャラクターの問題なのだろうか。ベッドに腰をかけ直した深緒に手にしていた缶コーヒーを投げ渡す。

―カシュッ

プルタブの開く音が小さく部屋に響き渡り、口にしながら思考を回す湊。意外と冷静に見えるが内心では焦っていた。状況が状況なのだ。正確な年齢など分かってなどいないが、状況検分にあたりギリギリのラインであることにかわりなどない。

「んーー」

飲み干した空き缶をテーブルに置き硬くなった身体をほぐすように伸びをする深緒。置いてあった煙草に手を伸ばすが灰皿がないことに気が付きその手を引っ込める。そんな様を見て湊は傍らに放ってあった電子タバコを渡す。

「悪いね。当店は禁煙店となっておりまして」

「iQOSはOKなら素直に喫煙店にすればいいのに」

受け取ったiQOSを加えながら深緒は言葉を零す。

「布団がヤニ臭くなるのは嫌なんだよ。我が家のルールだ。文句言うな」

ハイハイ、と適当に相槌を打ちながらぷかぷかと煙を吐き出す。その様はどこか絵になっており、なんで彼女が家にいるのか、改めて不思議な感覚に陥る。

―本当に何をしているのだろうか。

やり場のない視線を窓の外に向けて溜息を零す。自分の行動に対して理解が及ばないことに吐き気を催しながら手元にあったスマホに手を伸ばし時間を確認する。時刻は昼を回ろうとしている。幾分腹が減るタイプではないのだが彼女はそうではあるまいと思いつつ再び冷蔵庫に手を伸ばし食材の確認をするが、確認するまでもなかった。乱立された珈琲と酒の壁。冷蔵庫の中身が湊の生活を物語っていると言っても過言ではあるまい。更に溜息を零しつつ冷蔵庫を閉め、寛いでいる深緒に声をかける。

「リクエストがあれば何か作るけど?」

「お昼?へぇー料理とかする…」

トテトテとキッチンへと歩んできた深緒は改めてキッチンを見回し、これはこれは、と言葉を漏らす。

「まぁ趣味レベルの技術だけどね。人様に食べさせたことなんて数えるくらいだからご期待に添えるかは分からないし、ココ最近は料理してないからな」

期待なんかしないでくれ、と言外に意思を込めて言葉を突きつける。どちらにせよ買い出しには出なくてはいけない。果たして、よく理解もしていない彼女を置いて買い出しに行くのもどうかと思う。だからといって一緒に行くのもどうかと思う。

…さて、どうしたものかと悩ませていると、深緒からせっつかれる様に声を掛けられる。

「悩んだところで無為に時間を浪費するだけだよ?即断即決即行動!」

財布を握り、湊の手を握り、しわくちゃなスーツ姿で玄関へと向かい、放られていたサンダルに足を入れると勢いそのままに扉の外へと駆け出していく。その行動にあっけらかんとしながらも身体がそれについて行くのだから不思議なものである。

「しっかり握り締めた財布が俺のってのがまたなんとも言えないな、現実主義者」

「貴方の家の備蓄になるのだから当然でしょ?」

やれやれ、とため息を零しながら先を行き手を引っ張る形の深緒に追いつきその横に並ぶ。そこまでくればあとの流れなどは手に取るように操れる。横に来たことで掴んでいた湊の手を離す深緒。そしてその手を引っ張られる形から握り返す形に変える湊。その行動に深緒はきょとんとした顔で湊を見上げ、俯き、前を向いて湊の手をぎゅっと握り返した。生憎と湊に彼女の顔は見えない。果たしてどんな顔をしてるのだろうか。

不思議な二人の日常が幕を開けた一日は、とても青空が澄み切った雲ひとつない快晴の日だった。


二人で買い物を済ませ、当然中にはアルコールも含まれているが多分に気にはしない。休日なのだ。昼からお酒に手を出したところで文句を言われる筋合いなどない。買った材料を拡げて手早く下拵えをこなし、パスタを茹でる。酒を飲むのであれば炭水化物に手は出さないタイプではあるが空きっ腹に酒を入れてろくな思い出もないので酒を飲む前に腹を膨らませる。

「くぅぅー」

横では呑気に缶酎ハイに手を出していたりもするが気にもしない。茹でたパスタをフライパンで和えるように混ぜてサクッと完成。

「ほれ、できたぞ」

2つ分の皿を持ち、言葉でテーブルを開けろと指示を出す。パスタとは実に便利である。手間暇かけずに簡単に調理ができるのだから。横で頬張るようにパスタを食べている深緒を見ながら口にはあってるようでなによりと静かに感想を持ちつつ湊も食を進める。進めながら改めて考えもする。

―なにをしているのか、と

綺麗に完食された皿をキッチンに投げ捨て、漸くと言った感じで置いてあった酒に手を伸ばす。

「これからどうしようか?」

「言葉の理解に苦しむね…」

どうするもなにもない。なし崩し的に彼女は家にいるがこれ以上に発展などないのだから。この飲み会が終われば深緒との関係も終わる。とりとめもない話をしながら空は夕闇に暮れていく。

「どうしようかな」

深緒が独りごちる。その意味を見いだせずに流すように言葉を聞き、次を促すように沈黙を保つ。話は聞いてる。聞いてるからこそ何を言いたいのかを促す。促しながら彼女の言葉を解析し、更にその先にある答えを幾重にも導き出す。やるならば上手く操作をするべきかと冷静に、酒が入っていながらも、冷静に判断を下す。だからこそ答えの出さない深緒の次の言葉が、当たり前の言葉が浮かび、口にする。

「なにが?」

湊は当たり前のように先を促すように言葉を紡いだ。無論裏があるからこその言葉だ。現状の維持を求めている訳では無い。単純に明確な答えが欲しかっただけなのだ。疑問を言葉にすれば人は答えざるを得ない。先に進むためには言葉が必要なのだ。そんな投げやりな疑問に対して深緒はひとつ深い溜息を出すことで答えを出した。

「はぁぁ」

答えにならない答えは迷いがあるということなのだろう。迷いとはなにか。それに推測を重ね更に答えを分岐していく。

「なにがあったのかは知らないけれど、帰れる場所があるのなら帰った方がいいよ。今日のは特別で特例で例外で。本来であればあっては行けない事象なのだから」

そばに置いてあったiQOSに手を伸ばし咥えながら目の前に座る少女に言葉を紡ぐ。その言葉に、きょとん、とした顔をし、次の瞬間には、くしゃっ、と顔を破顔させる深緒。

「あはははっ!別になんにもないよ」

その笑顔を見ると心が痛む。心が痛む?何故?自問自答が繰り返される。最適解はなにかと独りで深く深く潜っていく。

「君はさぁ……楽しい?」

「楽しい?」

「人生が楽しいか?」

ガチリと歯車が廻る。見えない歯車が回ったのを湊は感じた。それに違和感を覚えつつ湊は問に対して答えを思考する。

「私はどこに行けばいいんだろうね」

「帰る場所がないのか?」

寂しげに放たれた言葉が湊の感情を揺さぶる。家が無いわけではあるまい。帰るべき場所はあるのだろう。それでも彼女の言葉に思うところがある。それはなんだったのだろうか。

「よくある話だよ。両親の離婚で、再婚で。よく知りもしない家族がひとりふたりと増えた。たったそれだけ」

伸ばした手でアルコールを掴み、プルタブを開ける。くいっ、と缶の中身を呑みながらに深緒は話を続ける。

「環境の変化なんて当たり前なんだけどさ。それに上手く対応できてない私がいる。連れ子も可愛いし、新しい父親も凄くいい人だし、自分の目で見ても他人の目で見ても幸せな家族だと思う。思うけれど……」

此処は私の居るべき場所ではない。

深緒は言葉を紡ぐ。それを静かに耳にしながら湊も新しいアルコールに手を伸ばす。本当によくある話だ。子供の頃ならいざ知らず、大人になると判る疎外感。いや、内容的にはつい最近の出来事なのだろう。子供の頃ならば今現在、そこまで重くはならない。

「居たくないわけじゃないの。でも居たい訳でもない。バランスを取っているつもりだけれど不均等に崩れ落ちていく感覚」

深緒はiQOSを手に取り深呼吸するように息を整え煙にもならない煙を肺に溜め込み吐き出していく。ゆらゆらと揺れる煙を見つめながら意識が遠のいていくのが目に見えて判る。

「私は此処に居ていいのかな?」

膝を抱えながらニッコリと笑みを零した彼女。その笑顔が尊くて美しくて自然と見蕩れてしまった。

「此処に居て良いと思うよ」

ニュアンス違いの答え。深緒の求めている答えでないことは分かっていながらも自然とその言葉が口から吐き出された。吐き出した瞬間に、場違いな答えだなと思いもしたが発せられた小さな言葉を聞いて、間違いじゃなかった、湊はそう思うことができた。

ーそっか。
ー居ていいんだ。

膝に顔を埋めて、小さな嗚咽混じりに吐き出された言葉。居場所はどこにでもある。望めばそこに居ていいのだと。そしてそれは甚だしく勘違いなんだと。居場所は誰かが決めるものでは無い。自分で決めるものなのだと。

判るのだろうか?
いや
判らないだろう。

啜り泣く声が静かに部屋に響き渡る。そんな彼女に手を伸ばすことも出来ず、声をかけることも出来ず、静かに缶を傾けることしか出来なかった。


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