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No.41434の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする IF(魔法少女リリカルなのは The MOVIE×FF6 GBA)[マンガ男](2015/08/02 04:33)
[1] IF 第01話 『ものまね士の敗北』[マンガ男](2015/08/02 04:33)
[2] IF 第02話 『猫の覚醒』[マンガ男](2015/09/07 00:30)
[3] IF 第03話 『不死鳥の火炎』[マンガ男](2015/10/04 23:45)
[4] IF 第04話 『やまねこの鳴く頃』[マンガ男](2015/11/01 16:19)
[5] IF 第05話 『三重の守護』[マンガ男](2015/12/12 04:57)
[6] IF 第06話 『白鯨の変容』[マンガ男](2016/01/03 22:05)
[7] IF 第07話 『決別の予兆』[マンガ男](2016/02/07 17:48)
[8] IF 第08話 『海鳴市の日常風景』[マンガ男](2016/03/06 18:42)
[9] IF 第09話 『闘争の始まり』[マンガ男](2016/04/03 22:43)
[10] IF 第10話 『関わる者達の苦悩』[マンガ男](2016/05/01 22:08)
[11] IF 第11話 『高町夫妻の狼狽』[マンガ男](2016/06/05 23:43)
[12] IF 第12話 『武装隊の集中攻撃』[マンガ男](2016/07/03 18:22)
[13] IF 第13話 『魔法と魔法の融合』[マンガ男](2016/08/07 22:15)
[14] IF 第14話 『ものまね士の傍観』[マンガ男](2016/09/04 21:58)
[15] IF 第15話 『使い魔たちの失念』[マンガ男](2016/10/02 23:54)
[16] IF 第16話 『大魔導師の克己心』[マンガ男](2016/12/04 11:02)
[17] IF 第17話 『反撃の芽生え』[マンガ男](2016/12/04 11:01)
[18] IF 第18話 『死人の覚醒』[マンガ男](2017/01/03 19:15)
[19] IF 第19話 『ものまね士の敗北再び』[マンガ男](2017/02/05 18:58)
[20] IF 第20話 『弱者の奸計』[マンガ男](2017/03/05 23:15)
[21] IF 第21話 『母親の侵攻』[マンガ男](2017/04/09 18:25)
[22] IF 第22話 『常識人の混迷』[マンガ男](2017/05/07 14:17)
[23] IF 第23話 『戦場の鈍化』[マンガ男](2017/06/05 02:40)
[24] IF 第24話 『苛立つ者達の非難』[マンガ男](2017/07/03 12:48)
[25] IF 第25話 『無鉄砲の忠誠』[マンガ男](2017/08/07 04:01)
[26] IF 第26話 『次元災害の果てにあるモノ』[マンガ男](2017/09/10 18:05)
[27] IF 第27話 『街の厄介事』[マンガ男](2017/10/01 12:43)
[28] IF 第28話 『魔導書の起動』[マンガ男](2017/11/05 17:19)
[29] IF 第29話 『親視点の現実』[マンガ男](2017/12/06 00:04)
[30] IF 第30話 『子視点の現実』[マンガ男](2018/01/07 22:51)
[32] IF 第31話 『人里離れた管理外世界の生活』[マンガ男](2018/02/04 22:22)
[33] IF 第32話 『多面的視点のもつれ』[マンガ男](2018/03/04 22:06)
[34] IF 第33話 『魔法を知る者と『魔法』を知る者の対話』[マンガ男](2018/04/01 23:25)
[35] IF 第34話 『戦う力の高まり』[マンガ男](2018/06/04 00:57)
[36] IF 第35話 『戦争の幕開け』[マンガ男](2018/06/04 00:58)
[37] IF 第36話 『母親の決断』[マンガ男](2018/07/08 16:06)
[38] IF 第37話 『まだ見ぬ軋轢の根拠』[マンガ男](2018/08/05 23:24)
[39] IF 第38話 『幻獣の失敗』[マンガ男](2018/09/03 01:33)
[40] IF 第39話 『余所の動向』[マンガ男](2018/10/07 23:22)
[41] IF 第40話 『大魔導師の絶縁』[マンガ男](2018/11/04 23:49)
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[41434] IF 第24話 『苛立つ者達の非難』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:22bc5d0a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/07/03 12:48
  IF 第24話 『苛立つ者達の非難』



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  「同じ言葉を話す人間であっても時に勘違いや擦れ違いは発生する。どれだけ真摯に言葉を語ろうとも意思が通じない場合もある。そしてものまね士は人と同じ言葉を使っていても、内面は人と大きくかけ離れた存在だ。ならば大多数の人間との間に食い違いが起こって理解されないのは必然となる。ものまね士は同類のいないただ一人きりの状態を全く気にしないがな。嫌われようが、好かれようが、無視されようが、蔑まれようが、ものまね士は物真似をしてればそれで満足してしまうどうしようもない生き物なのさ」



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  ユーノ・スクライアは戦いを止めたいと願う心を必死で誤魔化しながら戦い続けていた。そして戦いの最中にあってものまね士ゴゴに対する奇妙な確信をずっと考え続けていた。
  戦いたくない―――、それは紛れもなくユーノの本音だ。
  その原因は相手が人の形をしているからに他ならない。
  これまでユーノが戦ってきた相手はジュエルシードによって変質した動植物が殆どで、煙なのに触れられる塊だったり、巨大な鳥や猫だったり、ビルよりも高い花だったりと、多岐に渡った。
  それでも人がジュエルシードで変わった事態は無く、フェイトと使い魔のアルフも人の形をしていたけれど、ミッド式の魔法には非殺傷設定が合ってどんな強い攻撃魔法でも命までは保険が合った。
  しかしものまね士ゴゴは違う。
  例え下半身欠損の状態から復元して蘇る様な怪物だとしても、その形は紛れもなく人であり、どうしても攻撃する事実に躊躇いが出てしまう。ユーノただ一人だけが、ミッドチルダ式の非殺傷設定が効果が無く、死に至らしめてしまうのではないかと判っているから尚更だ。
  ユーノは防御と結界担当で攻撃に加わらない。それでも戦いたくないのは嘘偽り無い本音だ。
  なのはが使った集束砲撃魔法はこれまでにない破壊を作り出し、もしゴゴが怪物では無く本当に人だったとしたら確実に死んでいた。
  いや、なのはが殺していた。
  もしなのはの攻撃が敵を死に至らしめてしまったらどうしよう? 戦えない位に消耗してくれたらいいけど、本当に死んでしまったらどうしよう? もう一度、あの増殖なのか回復なのか判断つかないモノが行われなかったらどうしよう? そう思うと戦いから逃げたくて逃げたくて仕方がない。
  殺すのも殺されるのも嫌だ。けれど、なのはを守ると決めた使命感もまた間違いなくユーノの中に存在するので、なのはが戦い続ける限りはユーノも戦場から抜け出すのを許されない。
  何しろなのはを戦いの引き込んだのはユーノであり、なのはにミッド式の魔法を教えてしまったのもまたユーノなのだから。戦いを始めてしまった者、そして巻き込んでしまった者として、なのはを戦いの渦中に置き去りにしたまま自分だけが逃げるなんて許されない。
  他の誰でもなく、ユーノがそう決めているからユーノ・スクライアは戦場に居続ける。
  そして戦いへの忌避感とは別にゴゴに対する物真似への執着を強く意識していた。
  相手が何を物真似するかはゴゴ次第だからユーノには判らない・・・。それでも『物真似する』と一度でも決めてしまえば、何があろうと物真似しようとするのがものまね士ゴゴなのだと考えていた。
  ミッドチルダの魔導師と戦いになる場合、何かしらの理由が合って戦うことになる。ジュエルシードがその原因になった今回の事態は特にその『理由』について考える機会が多くあり、ユーノはは『理由』を強く意識するようになった。
  ユーノ自身は自分が発掘してしまったジュエルシードが災禍を作り出すのを防ぐ為。協力してくれるなのはは街に被害が出るのを防ぐ為。同じくジュエルシードを狙い相対した魔導師、フェイト・テスタロッサは母の為。そして管理局はロストロギアを管理する意義の為。
  沢山考えていたから気付いたのだろう。そして想像でしかないけど、ものまね士ゴゴが物真似をする『理由』も考えて、戦いの場において到底ありえない思いに辿り付いてしまった。
  ものまね士ゴゴはジュエルシードに興味が無い。ものまね士は物真似にこそ興味があり、今、戦っているのもアースラ側が仕掛けたのを物真似しているだけに過ぎない。と。
  この予測が外れていたらどうしようか? そう弱気になる思いはある。戦いを終わらせたい思いも背中を押して、間違っていると考えてしまう。ただ、もしユーノが考えている通りだとしたら、現状で戦い続ける事に意味はない。
  それどころか対話を物真似させることが出来れば戦いそのものが無意味になる。戦闘放棄を物真似させられれば何の苦労も無くアースラが望む形でゴゴを捕える事も可能だ。
  戦場で戦いを放棄する考えは危険だ。それはものまね士ゴゴの行動原理を考えるユーノもちゃんと理解している。異相体を前にして話し合おうとするのが暴挙であるように、既に始まってしまった戦場で戦おうとしないのは殺して下さいと言っているのと同じなのだから。
  ただし、リンディ艦長もゴゴがわざわざものまね士を名乗る所に着目し、物真似こそが事態の突破口になるかもしれないとは認めていた。
  その物真似がなのはの奇襲を成功させたのもユーノの確信を裏付ける一つの証拠ではないだろうか?
  理由は薄く説明が容易では無いものまね士への行動原理。それも原因となり、ユーノは敵を倒そうと強い意志を持てずにいた。
  残る二つの黒いラウンドシールドらしきモノを展開する敵。その敵の隙を突破しようと魔法弾を懸命に操るなのはを守りながらも考える。考え続ける。考えてしまう。
  人が聞けば『何を馬鹿な』『そんな人間がいる筈がない』と笑い飛ばされる想像だけど、ユーノはいつまでもいつまでもその可能性を捨てられず、何度も何度も考える。
  明らかにミッド式とは異なるこれまでに見た事のない攻撃魔法が使われた時も。土煙の向こう側で異常な速度で回復する場面を見てしまった時も。リンディ艦長から結界内に限定したディストーションシールドを使うと念話が届いた時も―――、ユーノはずっと考えていた。
  戦っている敵を前にして倒す以外の事を考える。それは危険な行いであり、事実、ユーノは自分が殺されるんじゃないかと言う場面に何度も遭遇した。
  その度に防御が間に合ったり、威力が思ったよりも弱かったりと生き延びているけど、いつまでもこの状況が続くとは限らない。
  そもそも不条理を人の形にしているような化け物に終わりがあるのだろうか? 大抵の生き物なら確実に死ぬ大怪我でも簡単に回復してみせる存在に『死』があるのかすら疑わしい。
  ユーノは本当にこのまま攻撃し続ける事で事態を収拾出来るのかと疑問を抱いた。
  そうやって迷い続けている間にも時間は流れ続け、数多の攻防が時の庭園の中で繰り返されてしまう。もし、ユーノがものまね士が心酔する物真似に対して戦い以外の方策を実行していたら、何かは変わったかもしれない。
  だが流れた時間は決して元には戻らず、もしかしたら戦場で唯一戦いを静止できたかもしれない人間でありながら、ユーノは合ったかもしれない機会を逃してしまう。
  それをユーノが思い知ったのは時の庭園内の一画を包み込む結界が崩壊した時だった。


  バリン


  「へ?」
  固い物が砕けるという表現がしっくりくる音が響き、変化が戦場に巻き起こった。
  その音が鳴った時間は短く、けれども誰一人として聞き逃しようのない大音量であり、ユーノの耳はしっかりとその音を聞いてしまう。
  しかし、音の大きさとは別の意味でもその音はユーノの意識を強く引き寄せる。それはユーノは攻撃を捨てる代わりにほぼ全神経を防御に集中していた為、周囲一帯を取り囲む結界もまた常に意識の中に置き続けていたからだ。
  守りであり囲いの要とも言える結界が何の前触れもなく音を立てて壊れた。その事実はユーノの気を戦いからそちらに向けるには十分すぎる破壊力を持っている。
  だからユーノは戦いの最中であるにもかかわらず、音がしたと思われる方向に―――ものまね士ゴゴがいる場所とは全く別方向を見てしまった。
  この時ユーノは知らない事だけど、ゴゴは物真似する価値のあるモノを出そうとしている相手に対しては戦いを長引かせようとする思惑があった。だからもし、この時、ゴゴに相手を害する気があれば防御魔法を唱える気が無く、気を逸らしてしまったユーノはいとも容易くやられてしまっていたに違いない。
  守りを忘れた結界魔導師と攻撃する気が限りなく弱いものまね士。この二人が作り出す奇妙な空白の時間の中でユーノは見た。
  ものまね士ゴゴが結界に干渉して解除したという常識外の話はリンディ艦長から聞いていたから、ユーノは自分の手から結界の制御が離れないように誰よりも注意していた。
  だからこそユーノはそこを見る前に理解する。結界は何者かに干渉されて解除されたのではなく、ものまね士ゴゴの力に耐えられなくなって内側から破壊されたのでもなく、時の庭園の一角に張り巡らせた結界は外側からの攻撃によって粉砕されたのだと。
  ただし結界の外部から何らかの攻撃があればユーノはそれに気付く。普段なら結界の外側などほとんど気にせず、一度張り巡らせた結界はそのままにしておくことが多い。しかし、ここは敵地であり、敵は戦っているものまね士ゴゴだけではない。その事実によりユーノの意識をなのはを守るのに合わせて結界の外側にも幾らか向けられていた。
  それでも結界が壊れるまで『破壊された』という事実にユーノは気付かなかった。
  つまりたった一度限りの攻撃で、しかも限りなくゼロに近い時間であっという間に結界を壊されてしまったという事になる。
  どれほど強固な守りであろうとも、それを上回る攻撃に晒されれば壊れてしまう。それは結界であっても同じこと。理屈は判るけれど、ユーノは自分の結界にそれなりの自負を抱いていたし、これまで力ずくで結界を破壊されたことはなかったから信じたくなかった。
  それでも目の前に現実が突き付けられれば理解するしかない。
  なのはの集束砲撃魔法、時の庭園の防衛システムとの戦闘、ユーノの結界が発動する前の戦い。それらによって作られた幾つかの穴から見える時の庭園の外の景色。
  本来なら宇宙空間を思わせる人工物がまるで存在しない状態が広がっているのだけれど、その中にくっきりと浮かぶ異物が逆に存在感をこれ以上なく発揮している。
  一度でも目にしてしまえばそこにあるモノとして誰もが認識するだろう。
  特定空間に足場を形成する結界魔法の一種―――フローターフィールドに乗って少し高い位置から戦場を見下ろす者たちがいる。
  複数人のその集団の先頭に立ち、稼働状態のデバイスを王笏のように構え、この場の絶対的支配者のような風格を漂わせる王が―――女王がそこにいた。
  「あ・・・あぁ・・・・・・」
  大魔導師プレシア・テスタロッサ。
  ユーノは彼女の力で結界が破壊されたのだと理解させられた。



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  プレシアは管理局に所属する次元航行艦に長居するつもりは毛頭なかった。船の名前がアースラだったからと言ってどうでも良い事だし、どれほどの人員が乗り込んでいるかも、誰が指揮を執っているかもプレシアには関係がない。
  ジュエルシードがいくつか封印状態で保管されているであろう予測はできるけど、最早プレシアにとってジュエルシードは無用の長物でわざわざ探し出してまで手に入れたいとは思わない。
  研究者としてのプレシアの心をひきつける何かがあると事前に知っていれば長居したり調査したかもしれないけれど、今のプレシアにとってアリシアと一緒に過ごす時間以上に大切なものはない。
  リニスとフェイトとアルフを捕えている管理局の船。その情報さえ理解していれば後はもうどうでもよかった。
  そもそもリニスとフェイトとアルフの救出もプレシアは気が進まなかったのだ。アリシアがそれを望んだから実行に移しただけで、フェイトをアリシアの妹だと―――プレシアの娘だと認めなければアリシアが悲しむだろうから、心にもないことを口にしてフェイトを抱きしめたりもした。
  もっとも、幻獣『ラクシュミ』のせいか、フェイトを娘と告げた時にほんの少しだけ胸が暖かくなるような気がしたが、きっと気のせいだろう。
  今のプレシアの行動原理はすべてがアリシアを中心に動いている。
  だから時の庭園に戻るために次元転送魔法をさっさと行使した。
  次元航行艦にはまだまだプレシアの敵となる邪魔な存在が残っているようだけれど、残党処理なんて雑事はゴゴが呼び出して送り込んだ幻獣達に任せればいいのだ。
  今のプレシアは幻獣『ラクシュミ』の力と肉体が同化している状態なので、味方によっては彼ら幻獣達と同類と言っても良い。事実、次元航行艦の中にいる幻獣達の大体の所在なら見聞きしなくても感覚で理解できてしまう。少し前に初めて会った筈なのにまるで旧知の仲のように話してしまった幻獣『ラムウ』がいたのがその証拠だろう。
  だがプレシアは自分のことを幻獣とは思わないし、借りている力がプレシア自身の病を抑え込んでいると思われる状態だとしても、幻獣の力に縋り付こうとは思わなかった。
  信じられる者は自分のみ。初めて会う幻獣達に仲間意識など欠片も抱いていない。少なくともプレシアは自分の事をそう分析する。
  幻獣達が船を殆ど制圧しているので、邪魔されることなく次元転送魔法が使える。だからプレシアは何の未練もなく時の庭園へと戻った。
  そして、外観からでも判るほどに破壊された『家』を見てしまう。
  「・・・・・・・・・」
  管理局が時の庭園を攻めてくるのは判っていた。
  死者蘇生すら可能とするものまね士ゴゴが時の庭園にいて、プレシアとの共闘関係を作り出していると仮定するなら時の庭園への侵攻は止まられない。もしアリシアの件でゴゴと協力しておらず、プレシアがゴゴの力による死者蘇生を知ったとしたら何が何でも手に入れようとするだろう。
  だから管理局が武力でもって時の庭園を破壊する可能性の高さはプレシアも考えていた。
  それでも想像と現実との間には途方もない壁が存在しており、前々から想像していても現実を前にして湧き出る動揺は抑えられない。侵攻は予測出来ていても、無残な現実が目の前に現れると、茫然としてしまう。
  「壊れてるね・・・ママ」
  「そうね・・・」
  すぐ近くからアリシアの声が聞こえるけれど、プレシアも今ばかりは感情のない返事しか出来なかった。
  現在、プレシアは次元転送魔法で敵の船から移動して、全員が乗れる足場としてフローターフィールドを形成して時の庭園を眺めている。
  可能ならば時の庭園内―――住み慣れた自室にでも転移したかったのだけれど、攻め込まれている可能性を危惧して少し離れた場所に転移した結果だ。
  プレシアを先頭に、すぐ近くに幻獣『フェンリル』に跨るアリシアがいて、その後ろには自分が置かれている状況を判っていないフェイトがいた。アリシアがフェイトと一緒の騎乗を望んだからこそ、こんな構図が出来上がってしまい、体格の関係上、体が小さいアリシアが前を陣取っている。
  きっとフェイトの頭の中は『なにこれ?』と混乱しているだろう。いきなり巨大な狼の背に乗せられ、いきなり敵地から時の庭園に戻され、いきなり半壊している『家』を見たのだから。
  なお幻獣『フェンリル』の左右斜め後ろにはアルフとリニスの使い魔二人がそれぞれ控えている。
  五人と一匹が一つの魔法陣の上で固まっている。そんな状態で少しだけ注意深く見れば、時の庭園の一角に結界魔法が張られているのが判り、戦闘は継続状態なのだと理解できた。
  戦いがまだ終わっていないならば、離れた位置への転移は予防策として間違っていなかった。けれど、プレシアの予想以上に時の庭園が壊れてしまっているのは怒りを誘う。


  「あの、ものまね士・・・。さては遊んでるわね。そうでなければこんな風になる筈ないもの・・・」


  管理局に属する魔導師によってこうなったのか。それとも敵を排除するためにゴゴがそれなりの力を行使したのか。どんな理由があって時の庭園が半壊状態に陥っているかは情報の少なさ故に判らない。
  それでもゴゴが本気を出せば管理局の魔導師など物の数ではないとプレシアは知っている。
  きっとものまね士としての本能に従って敵を物真似しようとして戦いを長引かせているのだろう。あの人外の怪物は後で治せるからおもいっきり壊しても大丈夫だろうと考える大馬鹿者なのだから、プレシアの予測は大いにありえる話だ。
  もし時の庭園の破壊の理由がゴゴの魔法だとしたら、苛立ちと一緒に攻撃魔法を思いっきり叩き込んでやろう―――プレシアはそう決める。
  「人の留守中に随分と荒らしてくれたわね・・・」
  ただし、アリシアにとって新しい『家』とも言える時の庭園の破壊をゴゴ自身がやるとはそれ程考えていない。あくまで『それ程』であり、『絶対』ではないのが重要な点である。
  破壊の理由の七割か八割はおそらく管理局が原因だ。呟いた言葉に主語が抜けたけど、荒らした大半の理由はゴゴではなく管理局だろう。
  もっとも、ゴゴがそれをさせないように戦わなかったならば、やはり原因はゴゴにもあるので怒りは分散されても無くなりはしない。
  そうやって自分を落ち着かせる為に言い聞かせ、思い込み。心を落ち着けていったプレシアは庭園の一角に張り巡らされた結界をもう一度見た。
  時の庭園の全体から見て一割ほどを覆う球形の結界は外界と完全に切り離された空間を作り出し、ただ見るだけなら内部で何が起こっているかは判らない。
  未知がそこにあるなら慎重であるべき。そういう考え方もあるけれどプレシアはそうではなかった。プレシアにとって時の庭園とは『家』であり、これからアリシアとの暖かい時間を過ごすための大切な代物だ。
  他の居住を準備する手間を考えれば、今ある資源は有効に活用すべき。そして自分達の留守中に好き勝手に『家』を破壊されればゴゴへの怒りとは別種の怒りも沸いてこよう。ついでに母親として、アリシアに格好いい所を見せようとする思いもある。
  プレシアはフローターフィールドを維持したまま、結界の規模と強度を頭の中で計算して破壊に必要な威力を算出する。
  思いっきり攻撃魔法を打てば確実に結界を破壊できると判っているけれど、それをやれば時の庭園ごと破壊しかねない。半壊状態の『家』を全壊状態に追い込むのが家主など笑い話にもならない。
  プレシアの意思を受けて、バチバチ、とデバイスの宝玉部分から紫電が巻き起こる。まるで抑え込めない攻撃魔法の余波が溢れているように見えるけれど、その実、完全に制御された魔法が時の庭園の被害を広げず、ただ結界を破壊する為だけの魔法となり、あっという間に準備を終えた。
  全力で放てば次元の壁すら飛び越えて標的を攻撃する。少し時間を遡ってゴゴに見せた魔法よりも威力を落とし、その代わりに精度を高めたので余計な破壊は欠片も起こさない。
  超精密攻撃とも言うべき魔法が完成する。
  本来は広域攻撃魔法でありながら、標的を固定することで一定範囲外への漏出を防ぐ攻撃魔法、サンダーレイジ。それは『サンダー』の名の通り巨大な雷の形をした魔法だ。
  ただし、この魔法。プレシアが毛嫌いするフェイトの切り札であり最強の攻撃魔法でもあるので、使うと若干の苛立ちが生まれる。単なる偽物でしかないのに訓練の果てにたどり着いた使用魔法が似ているなどプレシアにとってはおぞましい限りだ。
  フェイトは現在アリシアの後ろにいるので、苛立ちを消し去るためにこれまでのように恨み辛みを込めて折檻できない。プレシアはアリシアの前では優しい母で居たいのだから。


  「サンダーレイジ!!」


  今はフェイトの事は考えない―――。そうやって気持ちを切り替えたプレシアはデバイスの宝玉部分から極太の雷を放って結界にぶつけた。
  一点を突破するのではなく衝突と同時に広く大きく結界の隅々まで行き渡るように紫電は結界の周囲を駆け巡る。
  時間にすればサンダーレイジと結界がぶつかってから一秒も経過しない。瞬きほどの時間で、プレシアの放った攻撃魔法は結界の全てを覆い尽くし、そして呆気なく破壊した。
  破壊までにほんの少しだけ時間がかかった事実から、プレシアは思った。この結界を張った魔導師は中々の腕だ、と。
  プレシアの攻撃魔法を防ぐには少々力不足だったが、ある程度の攻撃魔法しか使えない魔導師なら突破するのは中々困難だろう。あるいはゴゴに協力させて幻獣の力で不調を抑え込んでいる今だからこそプレシアにも破壊できたのであって、病魔に侵されて全力で攻撃魔法を使えば死に近づくプレシアだったなら突破できなかったかもしれない。
  もし年若い魔導師だったなら、これからも研鑽も積み続ければ、プレシアでも破壊が困難な結界を張れるようになるのも遠い未来の話ではない。そんな、賞賛にも思えそうな警戒心を抱きながら、プレシアは結界の中にいる者達を探す。
  フローターフィールドを動かして近づいて見れば、そこにはプレシアの予想通り今まで戦っていたであろうものまね士ゴゴの姿と見た事のある管理局員と見た事のない子供がいた。ついでに、力なく横たわる人影が遠くに幾つかあるのも見える。
  おそらく管理局員か見たことのない子供の誰かが結界を張った魔導師だ。
  つまりは、ゴゴを除く全てが敵。そう判断し、プレシアはいつでも攻撃できる準備を整えたまま近づいていく。
  「ママ?」
  プレシアが作り出した攻撃魔法の輝きと不穏な空気に恐れを抱いたのか。背後からアリシアの呼ぶ声が聞こえてきたけれど、プレシアは振り返らず前を向いたまま返事をする。
  「フェイトと一緒に後ろにいなさい。あれは庭園を壊した悪い人よ」
  「・・・はーい」
  アリシアの好奇心が勝れば幻獣『フェンリル』から降りて飛んで行ってしまう可能性はある。非常に忌々しいことだけど、今のアリシアが全幅の信頼を寄せるゴゴが庭園内にいるなら尚の事だ。
  そうならないように釘を刺しておき、更にプレシアは接近する。
  近づけば近づくほどに時の庭園の無残な様子が見えて、徐々にこちらを向いている人々の顔の表情まで見れる位にまで接近できる。
  攻撃してこないのは結界を破られて動揺しているのか、それとも現れた援軍に警戒し、ゴゴとどちらを先に攻撃するのか迷っているのか。理由は不明だが、すぐ戦いにならないのならば、この場でプレシアが最も責めるべき相手に―――ゴゴへと声をかけるだけだ。
  「失態ね。こんな事を許す為にあなたに留守を任せたんじゃないわよ」
  「数が多くてな、一人で対処するには手が足りずにこんなことになってしまった」
  この大嘘吐きが―――。汚い言葉をアリシアに聞かせたくないので、プレシアは心の中だけで毒を吐いた。
  ゴゴの力の全てを知っている訳ではないけれど、ゴゴが時の庭園に至るまでの道中で管理局の武装隊と真っ向から戦って難なく撃退したのは聞いている。
  そしてジュエルシードを封印魔法とは別の方法で抑え込み、しかも自分の力として利用している事も聞いた。
  だから今のゴゴを相手にするには管理外世界に派遣された一部隊程度では力不足だと判っている。もし、ゴゴが本気を出していれば、時の庭園を壊そうとする間すら与えずに全員を無力化できただろう。
  プレシアから見てもゴゴに匹敵するほどの力量を持った魔導師は限られている。おそらく、今、遠くで寝転がっている管理局員と思われる者達は抵抗する間もなく無力化された者達だ。
  そもそも手数の少なさを口にするなら、アースラに送り込んだ幻獣の幾らかを時の庭園の防衛に割り当てればそれでよかった。
  それをせず、しかも一人で戦って周囲に被害をまき散らしたのは、ものまね士として物真似できそうで美味しそうな何かを探したからに違いない。プレシアはそう確信する。
  自分の欲望を優先させてアリシアにとっての『家』を壊す。プレシアが怒るには十分すぎる理由だ。
  「こんな薄い結界に囚われる? 冗談はその恰好だけにしなさい」
  「中々の魔導師がいたのは確かだ。特にそこの『高町なのは』の集束砲撃魔法は見事でな、危うく時の庭園が全壊しかけたし、俺も死にかけた」
  何事もなくピンピンしている状態で『死にかけた』と言われても説得力は欠片もない。
  プレシアの怒りが伝わっていないのか、それとも理解した上でからかっているのか。ゴゴに時の庭園が陥っている惨事を悔いる様子は全くなかった。
  いっそのこと結界を破壊したサンダーレイジをゴゴ一人に集中して折檻してやろうかしら―――。等と物騒なことを考えていると、ゴゴから言葉が飛んでくる。
  「そっちの用は済んだか?」
  「ええ。船はほぼ落として、この通り皆無事よ。今頃はあなたが呼んだ子たちが残党制圧を頑張ってるんじゃない? 呼び戻すならあなたが自分でしなさい。私はそこまで協力する気は無いわ」
  「だろうな。それでこそお前だ、プレシア・テスタロッサ」
  今のプレシアにとって、ゴゴの言葉は言外に気遣いの出来ない女と告げられた様に聞こえた。
  しかし、そう思われたとしてもプレシアの感情をほんの少し逆なでするだけで、それ以上は何も生み出さない。
  元々ゴゴに対しては少なからず怒っていたので増長するには言葉不足。なによりプレシアにとって重要なのはアリシアであり、アリシアをこれ以上敵陣の真っただ中に置くのは我慢の限界だった。
  ものまね士ゴゴの圧倒的な力で時の庭園に攻め入った敵は制圧されていると思っていたが、戻ってみればまだ戦っている体たらく。つまりは時の庭園もまだ安全とは言い難いのだけれど、アリシアのためではなくゴゴのために行動してやる気は無い。
  「さっさと片付けなさい」
  そして時の庭園を直しなさい。そう続けようとしたプレシアだったけれど、横から飛んできた声に遮られてしまう。
  「待って下さい!」
  それは子供の声で、アリシアとは似ても似つかない男子の声だった。
  プレシアにとっては応じる義務も責任も何もない問いかけで、それどころか自分の声を遮った無礼者として即座に攻撃しても構わなかった。それでも、顔を動かして見るところから始めたのは、アリシアと同じ子供の声だからこそ聞いてやってもいいとほんの少しだけ考えたからだろう。
  背丈も性別も違うけれど、アリシアもその男の子も一応は『子供』という括りでまとめられる。
  もし声を発したのがプレシアが知る大人―――例えば次元航行艦アースラの艦長を名乗った女だったなら、プレシアは迷いなく攻撃したに違いない。
  声を出したのはフェイトと同じぐらいの年頃の男の子で、短くそろえた茶色い髪に可愛らしい顔立ちから一瞬だけ女と見間違えそうになるけれど、間違いなく男だ。
  髪の毛よりも濃い茶色のマントと服はおそらくバリアジャケット。つまり、ミッドチルダ式の魔法を使う魔導師なのだろう。
  「船を落としたって・・・、まさかアースラを・・・?」
  「そう言えばそんな名前だったわね」
  既にプレシアにとって船の名前も状態も乗組員がどうなろうと知ったことではない。引き上げた時はまだ船としての体裁を保っていたけど、その後にどうなかったかは確認してないので知りようがない。
  必要なモノはすべて回収したので、幻獣たちがやり過ぎて管理局員を皆殺しにしようと、次元航行艦としての機能を失って次元の海に飲み込まれようと、ジュエルシードの封印が破れて暴走して船が沈もうと、プレシアにはどうでもいい。
  だから吐き捨てるように告げる。
  「運が良ければ漂流程度で済むわ、良かったわね」
  全体的な印象が茶色い男の子が何を思ってプレシアに話しかけたかは判らない。
  もしかしたら戦いになれば叶わないと思って対話で何とか収めようと思ってるのかもしれないけれど、時の庭園を攻めた時点でそんな選択肢は消えている。
  そもそもアリシアの事も、死者を甦らせる幻獣『フェニックス』の事も、わずかでも管理局に知られてしまえばもう敵対するしか道はない。
  わざわざプレシアがアースラを攻めたのはアリシアにフェイトとりニス救出をせがまれたからなのも理由の一つだけど、確実に敵対する相手からの追っ手を振り切るために一番近くにいる邪魔者を排除しようと考えたのもまた理由だ。
  敵が何を言おうと知られてしまった時点で衝突は避けられず、そして敵を倒すのも変わらない。やるかやられるか―――過程がほんの少しだけ変わるだけだ。


  「スナイプショット!」


  だからその叫びと共に飛んできた魔力光弾をプレシアは防御魔法でもって難なく弾き返した。
  誰かと話していたとしてもプレシアは敵を前にして油断する馬鹿では無い。
  「クロノ!?」
  茶色い男の子が驚きながら攻撃魔法を放った全体的に黒い男の子の名を呼んだ。プレシアはその言葉を聞きながら、どうでもいい事だが『名は体を表す』という言葉を思い出す。
  「プレシア・テスタロッサ。今すぐ防御魔法を解除して降りて来い!」
  「駄目だ、攻撃しちゃ!」
  「黙ってろユーノ」
  クロノと呼ばれていた男の子は間違いなく今までゴゴに向けて懸命に攻撃していた筈。だからだろうか? 長引いたと思われる戦いから興奮状態に陥っているような気がした。
  「アースラを攻めたのが本当なら罪は更に重くなる。だが今、投降すれば情状酌量の余地はまだあるぞ」
  プレシアに話しかける声は荒く、闘争で昂った感情がそのまま込められているようだ。
  そして自分たちの正義を微塵も疑っていないような正しさを振りまく姿が少し気に障る。それが管理局なのだと理解していても、苛立ちは止められない。
  「寝言は寝て言いなさい坊や」
  だからプレシアは淡々と拒絶を突きつける。
  プレシアからすれば時の庭園を攻められ、逆にプレシアがアースラへ侵攻した時点で話し合いでの解決はもう無くなっている。力を行使して強い方が勝つ、望んだ未来を手に入れるのは強者であり、弱者はただ虐げられるしか無い。今はもうそんな状態に陥ってしまった。
  視界の隅でもう次元航行艦としての機能をほとんど失っている船に向けて必死に通信を試みる女の姿が見えた。ゴゴに向けてデバイスを向けたまま、顔だけを少しだけプレシアに向ける女の子の姿も見えた。
  無駄なことを―――。冷徹にそう無意味な行いを蔑んだプレシアは自分に向けて攻撃してきた相手も見下す。
  問いで止まると本気で思っているなら愚かの極み。むしろ、言葉で惑わしたり時間を稼いだりしていると考えるべきだろう。
  管理局としてプレシアに話しかけるのならば応じる必要性はまるで無い。それでも、相手がプレシアから見れば『子供』であり、フェイトと同じ位の背の低さからどうしてもアリシアと同じ『子供』を意識してしまう。
  だからほんの少しだけ会話をしてあげている。
  ただし、誰が相手だろうと、返事が言葉か魔法かの違いはあっても。管理局の言い分を聞き入れる気などプレシアには欠片もないのだけれど・・・。
  大体、管理局が定める法律に従う気があるのならば、アリシアを長い長い眠りから起こそうなんて最初から思わないし考えない。抗うのはプレシアにとっての当然であり、管理局は間違いなくプレシアの行く手を遮る敵だ。
  「もうこれ以上の暴挙は止めるんだ」
  「この状態でよく言うわね」
  これ以上口を聞けないように黙らせようかしら? そう思いかけて、結界を破った『サンダーレイジ』を今度は個人に向けて放とうかと思った時。プレシアの意識が一瞬で塗り替えられる言葉が聞こえてきた。


  「どんな魔法を使っても、過去を取り戻すなんて出来やしない! そんな偽者にすがって何の意味があるんだ!!」


  「なん・・・ですって?」
  それはこの場にいる全ての者が平伏したくなるような怒りを含んでいて、プレシアもその声が自分の口から発せられた言葉だと確信を持てずにいた。
  もっと正確に言うなら、聞き捨てならない言葉に頭の中が真っ赤に染まり、うまく考えられなくなってしまった。
  アリシアへの侮辱。脳が聞かされた言葉の意味を理解した瞬間、プレシアの頭に真っ赤な血が上る。
  頭の中にあるのは怒り一色だ。激怒という言葉が軽く思える、灼熱の炎が一瞬のうちに燃え広がった。
  深く黒い地の底から這い出て、地上の全てを黒く塗り潰し、何もかもを燃やし尽くして、灰しか残さない。黒く、赤く、消えない業火。
  「に、せ、も・・・の?」
  辛うじて言葉を絞り出せたけれど、それは会話のための言葉ではなく、頭の中にある怒りが口から少しだけ漏れただけだ。
  殺そう。
  あいつを殺そう。
  死ね。
  頭の中を満たした怒りはすぐに今すべき行いが何であるかを導き出す。
  決断してから行動に移すまでの時間は一秒もなく、防御魔法を張り巡らせるために突き出したプレシアのデバイスは即座に攻撃魔法を唱える準備を終えた。
  結界を破壊する時と同じかそれ以上の紫電がデバイスの先端にある宝玉から漏れ、同等以上の威力が込められた雷撃が放たれる瞬間を一瞬だけ待つ。
  プレシアの目はゴゴの周りにいる管理局の敵の姿を捉え、プレシアの攻撃に応じる様に魔法を発動させる姿をしっかりと確認している。それでも、怒りによって普段の倍速以上で準備を終えたプレシアが攻撃を放つ方が早く、辛うじて防御が間に合うかどうかと言った所だ。
  仮に防御魔法が間に合ったとしてもプレシアの魔法はそれを貫いて砕いて術者まで届く。他の三人の攻撃がプレシアに届く可能性を考慮しながら、それでもプレシアはアリシアを侮辱した愚者一人への攻撃を止めない。
  「サンダ・・・」


  「ショック」


  もし、その声がプレシアと同じか、より遅かったら、間違いなく『サンダーレイジ』は放たれて、結界を破壊した威力がたった一人の人間に集結しただろう。
  ミッド式魔法に共通して付与できる非殺傷設定を飛び越えて、対象を焼き尽くし、辛うじて原型を留める炭の塊を作り出したか。全身黒焦げの人の形をしたモノに留めたか。それとも超高温の雷がクロノ・ハラオウンという人間を灰すら残さずに消滅させたか。
  どんな未来だったにせよ、クロノにとっては生きるのを許さない状態に追い込まれたのは間違いない。
  今のプレシアにはその仮定を現実に塗り替える凄味があった。どんな防御魔法を展開されようと、力ずくで突破しそうな怒りがあった。
  しかし、あったかもしれない未来は突然聞こえてきた声と目の前に現れた事象によって無かったことにされる。プレシアがクロノに向けて攻撃魔法を放つよりも一瞬早く、プレシアの目の前に赤い壁が突然現れたからだ。
  その壁は夕日のような赤さを持ちながら、同時に透き通った水のような高い透明度を保っており、中を見通せるようになっていた。
  プレシアのすぐ目の前にいつの間にか現れたモノ。あまりに唐突過ぎて、プレシアは攻撃の瞬間を見失い、詠唱を途中で終え、攻撃準備を済ませた『サンダーレイジ』は役目を発揮せずにデバイスの中に留まった。
  代わりにプレシアの前に展開されたのはクロノの攻撃を受け止めた防御魔法であり、突然現れた壁とプレシアとの間に割り込んで守りの役目を果たす。
  「ごぁ!!」
  プレシアは展開された防御魔法と赤く透き通る壁の向こう側から聞こえた悲鳴に意識を向け、そこにある光景を凝視する。
  それはプレシアが殺す筈だった相手の姿。クロノが頭を抱えて苦しみもがき、痛みを感じている姿だった。
  「ママッ―――」
  「っ!!」
  一瞬遅れて、今度は後ろからアリシアの声が聞こえてきて、プレシアの意識は強く背後に引き寄せられる。
  赤い壁の向こう側にはクロノと同じように苦しんでいる者達がいたが、次々起こる以上にプレシアの意識は殺そうとした相手とアリシアにのみ集中していく。
  だからなのか。殺そうと思った敵の苦しむ姿が―――、後ろから聞こえたアリシアの声が―――。プレシアの頭を急速に冷やしていった。
  それはプレシアの中にある幻獣『ラクシュミ』が本人の意思に反して心を変容させようとする効果の一つか。それとも娘の前で冷静な母親であろうとするプレシアの本能か。あるいはその両方か。
  何故かは判らないままに敵を殺すまで鎮火しそうになかった頭の中の業火が不気味に思えるほどの勢いで沈んでいった。
  そしていきなり起こった異常に対する警戒へと変わっていく。
  「何、これ・・・」
  だから後ろから聞こえてきた言葉がフェイトの声だと予測できる所まで余裕ができた。
  今すぐにでもアリシアのいる方を振り返って無事を確認したい気持ちはある。だけど、目の前に突然現れた真っ赤な壁の方が何なのか確かめる思いの方が強く、危険ならば早く排除しなければならないと思った。
  フェイトの言葉は問いかけであり、プレシアの中にもある疑問を代弁したような呟きだ。
  その言葉に後押しされた訳ではないけれど、プレシアは懸命に目の前にあるモノが何で、何が起こり、誰が起こしたのかを知るために目を凝らす。
  そして赤い壁は時の庭園内にだけ発生している現象で、壁と言うよりは結界魔法のように限定した空間だけに起こっているのだと気が付いた。
  血の赤にも似ている。少しだけ見通しが悪い事実から陽炎か薄い霧を連想させる。
  その中にいるのは管理局員側の人間が四人とゴゴ。囲まれたゴゴを中心にしながら、管理局員とそれに協力しているらしい立場の子供はプレシアが殺そうとしたクロノと同じように苦しんでいる。
  ある者はデバイスを握ったまま両手で頭を抑え、ある者は土下座のような体制で庭園の床に両手を膝をつき、またある者は泥酔者のようにゆらゆらと揺れながらも倒れないように堪えている。
  そして何の動きも見せずに佇んでいる存在がただ一人。ものまね士ゴゴは手の甲を下にして右手を前に出し、握り拳の形から人差し指と中指を揃えて、上に伸ばしていた。
  プレシアが知る限りゴゴはそんな体勢ではなかった。デバイスを用いず魔法を唱えるような格好、あるいは話をしながらも周囲を伺うように手を広げて左右に伸ばしていた筈。
  ゴゴが何かをした―――。そう理解するのと、警戒心によって塗り替えられそうになった怒りが別の形に変わって再燃するのはほぼ同時だった。
  何をやって時の庭園の一角にこんな状況を作り出したかは不明だ。それでも、プレシアの目の前までを区切って敵だけを攻撃できるなら―――、こんなに簡単に全員を攻撃出来るなら―――、戦いを終らせられるなら―――、何故もっと早くやらなかったのか!? そんな風にプレシアの心の中に問いと怒りが湧くのが止められない。
  アリシアを偽物と呼んだ許しがない者を殺そうとする怒り。その一部が変容してゴゴに向けられた。



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  ゴゴは人の身でこの技を使った相手に出会った事はない。それでも、仲間の一人だった『ガウ』の特殊技能『暴れる』で魔物が用いる技を使えて、その中の一つとして用心棒と呼ばれる魔物が使う技としては知っていた。
  だからゴゴはこの技を使う時にどうしても思うのだ。この技を使った人間―――ガストラ帝国の将軍、レオ・クリストフとはどれほどにこの技を使いこなしていたのだろうか。と。
  人では彼だけが使えた技、闘気を込めた剣閃から衝撃波を発生させる技、『ショック』。
  かつての仲間たちから聞いたレオ将軍の人柄は正々堂々の勝負を重んじる人格者である。だからこそ、卑怯な手を使っても何とも思わないケフカ・パラッツォに騙し討ちにあい殺されてしまったとも聞いた。
  ゴゴが知っているのはサマサの村の片隅に彼の墓だけであり、当人はもちろん彼が『ショック』を使った場面は見ていない。
  故にゴゴは『ショック』を使う時、レオ将軍はどんな風に技を繰り出したろうと考える。考えるのを止められない。
  もし、今の自分以上に強く、大きく、激しく、それでも範囲外に全く攻撃を行わない完全に制御された技を発動させていたとしたら・・・。是非ともそれを見たかった。心からそう思う。
  ただし、すでに亡くなってしまった人はどうやっても見ようがないと割り切る思いもまた合った。
  羨望に似た思いと切り捨てる思い。その二つを胸に抱きながら、ゴゴは『ショック』を発動させ、自分を取り囲んで残っているすべての敵に向けて衝撃波を放った。
  影響範囲は大地からそそり立つ赤く巨大な大樹のような光に囲われ、そこから外にいる者には何の影響も及ぼさない。今回は時の庭園の出入り口のすぐ外にいるプレシア達がその範囲外にいる。
  きっと彼女たちの目には真っ赤な塊がいきなり目の前に現れた様に見えただろう。
  『ショック』が魔法なら高町なのは達はこれまでと同じように防げたかもしれない。だが衝撃波からは逃げようがなく、僅かでも隙間があれば空気のように入り込んで敵を倒す。極論で言えば『ショック』は拳で殴るのと大差のない技だ。
  保護対象の全方位を半球状に覆う防御魔法のサークルプロテクション、あるいは球状に覆う防御魔法のスフィアプロテクションでも展開していれば防御できたかもしれないが。ゴゴが見た限り、残した四人の中で、誰もそんな防御魔法は使っていなかった。使わせる暇も与えなかった。
  ならば、ほんの一瞬で時の庭園の一画を赤い輝きが満たし、それが消えた後にゴゴを取り囲んでいた四人が一斉に倒れたのは必然である。
  ただ一人立つものまね士ゴゴ。その周囲を取り囲む位置取りで、少し離れた位置に四人の敵が苦しみもがきながら横たわる。
  「やったのね」
  そんな彼らを一瞥して、プレシアがゴゴに話しかけてきた。
  アリシアを偽者呼ばわりされた怒りだろう。まだプレシアが持つデバイスの宝玉部分には紫電が纏われており、今か今かと発射の瞬間を待ちわびている。
  もしゴゴが攻撃してプレシアを止めなければ、あれが放たれて最悪の場合はクロノ・ハラオウンを殺していたかもしれない。それはものまね士が求める物真似の資源を損なう行いだ。
  「殺してはいない。頭を力ずくで揺らすのと同じように軽い脳震とうにしてやっただけだ、ちゃんと死なないように手加減はしてある。周囲への被害も広がってない筈だぞ?」
  もしゴゴが本気で『ショック』を使う気だったなら、今もゴゴの両脇に浮かんで盾の役目を果たす『デジョン』を消し、手首の先だけから衝撃波を発するなんて真似は絶対にしない。
  少しだけ構えて溜める時間は必要だが、本気なら剣の代わりに腕全体に闘気を込め、あらん限りの力で腕を振るって衝撃波を放った。
  そんな事をすれば殺してしまう可能性が高かったのでやらなかった。それだけの話だ。
  「あら? あなたにしては優しいのね」
  「そうでもしないとお前がやっただろう? 子供の前でこいつ等を殺すのは感心しないぞ」
  まだこいつ等からは物真似する何かがあるかもしれないしな―――。と、ゴゴは頭の中にもう一つの理由を作り出していると、プレシアからの言葉が続く。
  「ちゃんと半死半生で抑えるつもりだったわよ」
  「どうかな? 思った以上に強敵だったから、手加減できない相手ならやり過ぎたかもしれない」
  「ゴゴ。強敵なんて言葉を使う資格はあなたには無いわ。こんなにあっさり片付くならさっさと終わらせればよかったのに・・・、時の庭園が無茶苦茶じゃない!!」
  「それは素直に謝る。すまなかった。まさか、数ある次元世界の平和を謳う時空管理局がいきなり奇襲を仕掛けるとは思わなかった」
  「どの口がそんな戯言を・・・」
  見下ろしながら怒りを隠そうともしないプレシアがゴゴの言葉を信じていないのは明白だった。
  まあ、それはそうだろうと言ったゴゴはすぐに自分の言葉の説得力の無さを考える。
  敵が仕掛けてくる可能性を考慮していたからこそゴゴだけが敵前に出て、プレシアとアリシアは最前線から引かせたのだ。
  更に付け加えるなら、主戦力が時の庭園に侵攻すると考えたからこそプレシア達を手薄になったアースラに送り込んだ。敵地に出向く方が戦場に居るよりも安全だと思ったからだ。
  そこまで下準備を整えておきながら奇襲が行われる可能性を考えていなかった訳がない。考えたからプレシア達はアースラに行った。
  「助けに行くのは俺達全員の総意だった筈。だから、お前はアースラに向かった。奇襲とはまた別の問題だ」
  それでもゴゴは奇襲など無いだろうと思わせる風に話を進める。
  今のゴゴは色々と面白い物真似するモノが見えて上機嫌だったところにプレシアから水を差されそうだった。それが原因で不機嫌になって、プレシアとの舌戦を繰り広げる位は構わないと思っている。
  もしゴゴがやらなければプレシアは十中八九クロノ・ハラオウンを殺していた。もしかしたら、余波でまだゴゴと戦っていた全員も殺していたかもしれない。結界を何の躊躇いも無く破壊して戻ってきたプレシアなら十分にあり得る。
  もしかしたらゴゴすらも殺す気だったかもしれない。
  そんな事をしてしまえばゴゴが求めるモノを持っているかもしれない可能性は潰えてしまう。
  まだ物真似できるモノを出してくれるかもしれないモノを、見本を、雛形を、手本を、原物を、消してしまうなんて勿体ない。だからゴゴは苛立ちの矛先をほんの少しだけプレシアに向けた。
  「奴らは所詮、弱者の戯言。または到達するのを諦めた愚者の泣き言か? 歩くのを止めた馬鹿の言葉に付き合ってると品性が欠けるぞ。母親なら動じずに構えていろ」
  「・・・・・・仕方ないわね」
  アリシアを出されるとすぐに怒りを露わにするプレシアだが、同時にアリシアを前にした母親を強く意識すると落ち着く特性も持ち合わせている。
  幻獣『ラクシュミ』が作り出す母性がそうさせるのか、それともアリシアが蘇った事で母親としての自分を自らの芯にと考えているかは定かではないけれど。熱くなるのが娘の事なら冷えるのもまた娘の事だ。
  ただし、一応納得しているような言葉を口にしても、敵を見るような目でゴゴを見下ろすプレシアの怒りが収まっていないのは誰の目から見ても明らかだ。
  これから語る言葉によってはプレシアはデバイスに留めている攻撃魔法を躊躇なくゴゴに向けるだろう。
  だが―――喧嘩を売っているような言葉でも母親としてアリシアの前で引くしかない。静かになったプレシアの心理状態をそう分析したゴゴは更に言葉を続けた。
  「とは言え、ここまで好き勝手にさせたのは間違いなく俺の落ち度だ。これを最後にすべての幕を引くとしよう」
  「・・・・・・」
  プレシアは黙ってゴゴの言葉を聞いている。
  「その後で庭園は直す。だから今は抑えてくれ」
  「・・・・・・・・・好きにしなさい」
  とりあえず邪魔されない事実だけは確認できたので、ゴゴは倒れた四人の中の一人―――クロノの所へと近づいて行った。
  改めて見ると彼の身長は非常に低く、かつての仲間の中で最も身長の低かった人間『リルム・アローニィ』よりも更に低い。モーグリ族という人とは異なる特有の種族だった仲間『モグ』よりは若干高そうだが、ゴゴから見ればやはり子供に見える。
  今も横になって痛む頭を抱えながらも武器であるデバイスは離さず、そして顔を少しだけ上げて迫りくるゴゴを睨んでいる。その姿を見て、彼は小さいながらも管理局の属し、法を守り戦おうとする者なのだと思う。
  戦う意思はまだまだ健在だけれど、『ショック』で頭の中をかき回された衝撃が抜けるには少し時間が必要である。
  だからゴゴは屈んでコートに似ている黒いバリアジャケットの内側へと手を伸ばす。邪魔する者は無く、クロノもまた反撃も出来ない状態なのでゴゴの好き勝手を許している。
  何故こんな事をしているのか? それは倒れた四人の中でゴゴが力を使う動力として用いていたジュエルシードを持っているのが彼だからだ。
  今更ロストロギアには興味はない。それでも、プレシアを納得させつつ、自分が求める物真似を敵から絞り出そうとする役目を担うにはちょうどいい道具だ。
  ジュエルシード一つは指先で摘まめるほど小さい。それでも十個近く集まればそれなりの塊となり、バリアジャケットの下をまさぐればすぐに見つかった。
  厳重に保管する時間も場所も無かったようなのでジャラジャラと音がするその中から一つをつまみ出すのは容易だ。引き出した手の中で菱形の結晶が蒼く輝いている。
  「な・・・に・・・・・・、を・・・」
  見た所、まだ声を出すのも辛い筈。それでも、声を絞り出して恨みと疑問を言葉にしようとする気概は見事と言える。
  攻撃魔法の威力、防御魔法の固さ。そう言った武力に関する点ではクロノという子供はなのはとユーノの両名に劣る。それでも管理局員として使命を果たそうとする意志の強さはおそらく四人の中で最も高い。
  きっとそれは大人になったら失ってしまう子供特有の無鉄砲さと真っ直ぐさを合わせたような何かだ。
  ゴゴは人差し指と親指でジュエルシードを摘まんだままクロノを見る。
  ちょっと本気を出せばここまで簡単に無力化できてしまう敵。それでも彼ら、彼女らが、ゴゴの知らない未知の可能性を有しているのは間違いない。
  何とも弱々しく、何とも愛おしく、何とも愚かしく、何とも貧弱でありながら強く大きな可能性に満ちた生き物なのか。
  きっとまだ彼ら彼女らはゴゴに物真似する価値あるモノを見せてくれる―――。そんな希望を抱きながら、ゴゴはジュエルシードの一つを持ったまま、時の庭園の外にいるプレシア達の方に向かう。
  封印されてしまったが故に暴走する気配を欠片も見せずに単なる物となってしまっているロストロギア。ただしそれはデバイスのように『待機状態』と『稼働状態』に別れているだけで、ロストロギアとしての機能を失った訳では無い。
  切っ掛けさえあればジュエルシードはまた動き出す。そしてミッド式魔法を使うための動力として用いてきたゴゴに取ってその切っ掛けなど百も承知。
  封印に用いされた魔力よりも更に大きな魔力を捻じ込めばいいだけだ。
  ロストロギアを知らずにいた状態ではゴゴの魔力とミッドチルダ式の魔力との間に齟齬が出来て、ゴゴの魔力だけではジュエルシードを稼働状態に持っていくのは不可能だった。しかし今は違う。
  決して短くない時間、ジュエルシードを使い続け、体の一部にすらした事もある物はもうゴゴの一部と言っても過言では無い。少しの間だけ、封印されて離れてしまっても忘れはしない。
  アリシアが時の庭園に戻ってきてしまったので、ものまね士として出来る事は限られてしまう。その中で面白おかしく、ものまね士として思う存分に行動する為、ゴゴはジュエルシードを持ったまま少しずつ歩き続け、横たわるクロノに聞こえる様に発破をかける。
  「管理局・・・、なあ、管理局。何が本当で、何が偽りだ? 知らない者は否定しか出来ない、判ろうともしない愚か者で力無き弱者がよくもまあ『管理局』などと宣言できるな。その愚かしさに尊敬すら覚える」
  頭の中がグルグルしているなら聞いても理解できているかは判らない。それでもゴゴがジュエルシードを一つ抜き出した所で意識は合ったので、少なくとも聞いてはいる筈。
  その事実だけを頼りにゴゴは話を進めた。
  「無知は罪だな、何様のつもりなんだお前らは? こうして隙だらけのお前たちに攻撃しないでやっている温情を武力で支配しようとしているお前らは・・・・・・ただの害悪だ」
  説教している様に聞こえるかもしれないけれど、彼らには彼らの事情があり、ゴゴにはゴゴの事情がある。決してそれは相容れない道だと理解しているし、管理局は管理局なりに自分達に出来る精一杯の行動をやっているのだと判っている。
  むしろ、自分一人だけが良ければいいゴゴよりも次元世界という大きな括りにまで手を伸ばしている管理局は尊敬に値する。
  世界を守る等ゴゴには出来ないし、自発的にやろうともしない。たまたまかつての仲間がそれをやろうとしていたから物真似したけれど、ゴゴからは絶対にやらないだろう。そう思う。
  だからこそ、言葉とは裏腹に彼らには敬意を払い。ゴゴはこれからやろうとしている事を躊躇いなく実行に移す。
  「知っていると言うのなら・・・、理解していると言うのなら・・・、管理出来ると言うのなら・・・、止めてみせろ。時空管理局」
  そこまで言い終えた時、ゴゴはもう時の庭園の外周部にまで到達して、すぐ近くにフローターフィールドに乗るプレシア達の姿が見えていた。
  プレシアの目には怒りが宿り、アリシアの目には喜びが満ちている。そしてリニス、フェイト、アルフの三人の目には疑いが宿っていた。彼女らにとってもゴゴの行動は突拍子もないから、凝視しないと安心できないのだろう。そう考えればリニスの目に諦めが見える気がするのは勘違いでは無いのかもしれない。
  もっとも彼女らがどう思おうがゴゴは自分の行動を止める気は無いのだけれど。
  もう一歩前に踏み出せば時の庭園の外。足元には宇宙を彷彿させる黒い空間が広がっており、もし落下すれば浮遊魔法『レビテト』あるいはミッドチルダ式の魔法である飛行やその他の移動魔法を使わなければ生存は困難だろう。
  一歩間違えれば死。その境界線に立ち、ゴゴは左右に広がっている盾の役目を果たしていた二つの『デジョン』を下に移動させる。そして手にしてたジュエルシードの一つを二つ並んだ『デジョン』の間に落とした。
  ジュエルシードがだけが落ちていき、歪な楕円形に広がっている『デジョン』の中央を通過しそうになった時。二つの『デジョン』が動いてジュエルシードを挟み込む様に衝突し、バチンと音を立てて一つの黒い塊へと変貌した。
  二つの『デジョン』は凝縮し、逆に一つのジュエルシードは大きさを膨らませ、これまで見せてきた吸引とは異なる動きによって三つはそれぞれ形を変えていく。
  ものの数秒でゴゴの足元には滞空する黒い球体が出来上がった。
  ゴゴはこれまで自分の体だけで作り出していた自分の魔法とミッド式の魔法との融合結果に満足しつつ、後ろを振り返ってまだ横たわっているクロノ・ハラオウンに向けて言葉を投げる。
  「管理局。その名に嘘偽り無いのなら、止めてみせろ。名に恥じなければ、管理してみせろ―――」


  「ロストロギアの暴走を!!」


  一際大きく響いたその声を合図にして、作り出した黒い球体が重力を思い出したかのように下へ下へと移動する。
  落下する個所が時の庭園の下部を超えた所で停止。そこで黒い球体だったモノは弾けて、大きく、早く、広がっていった。
  上から見れば歪な形をした平面が大きくなっていく様がよく見える。それは敵を別次元へ放逐する『デジョン』の形を引き継いだように定まった形を持たず、黒く大きな塊はどんどんと膨らんでいった。
  そのまま時の庭園よりも大きくなった所で『デジョン』だったモノとジュエルシードだったモノは膨張を終える。最初は黒い水たまりに見えたモノが、今は時の庭園以上の大きさで広がっているので、黒い湖のように見える。
  ただし見る者が見れば、その黒く大きなモノは次元の壁を引き裂く次元震の役目を持ち、次元断層を発生させ、次元空間に全てを呑み込む虚数空間すら発生させてしまうモノだと気付く。
  一度でも呑まれれば決して逃れられないモノ。そして、時空管理局が次元世界の崩壊を招きかねない事態として最優先で対処するモノでもある。
  それは自らが背負わされた役目を果たすべく、空間全体を揺らし、時の庭園をも揺らし始める。視界の隅に見えるフローターフィールドに乗るプレシア達も同じように揺れて、振り落とされそうになっていたが、軽度の振動だったので体勢が少し崩れるだけで終わっていた。
  すぐに立ち直ったプレシアから今まで以上に怒りのこもった視線を向けられるが、ゴゴはそこから目を背けてクロノ・ハラオウンたちがいる方を見る。
  そして言った。
  「どうした? 管理局。次元災害が発生したぞ? 管理してみせろ」
  まだ『ショック』でかき回された頭の中は正常に戻っていない様で、苦しみながらゴゴを見上げる者はいても返答したり立ち上がったりする者は皆無だった。
  ゴゴは少しだけ立ち直りの遅さに落胆しそうになるけれど、立ち直ればきっとゴゴが作り出した次元災害を食い止める為に何かしてくれるだろうと期待する。
  別に作り出した次元災害が広がって次元空間が軒並み喰い尽くされて、近くにある次元世界が滅びようとゴゴは構わない。ただし、ゴゴが求めるモノはあくまで次元災害を抑える為に管理局がどうするかであり、世界の終りは本意では無い。
  ゴゴの力によって変質してしまったジュエルシードの暴走と『デジョン』を混ぜ合わせて変わった次元災害を抑える全く新しい方法。それをこの場で思い付いてほしいと願うのは高望みだろうか?
  もし、そんな事が出来れば―――それを物真似できるとしたら、それは管理局から始めた争いの最後を締めるに相応しい。アリシア達の帰還により止めるしかなかった戦いの代わりにはなるだろう。
  後は様子見に徹するだけだと思っているとプレシアが話しかけてきた。
  「ゴゴ・・・、あなた、時の庭園を消す気?」
  そんな事をしたら殺すわよ。と続く言葉が聞こえた気はしたが、ゴゴにとってはプレシアの怒りはどうでもいい。
  物真似する何かが出たかもしれない戦いを止められた苛立ちもあって、返事には素っ気なさが混じった。
  「力の指向性は主に下に向いているから庭園への影響は軽微だ。空間自体は微弱な震動を受け続けるが、それだけだから安心しろ。それから、奴らに事態が収拾できない様なら俺が責任を持って消す」
  「・・・間違えたら容赦しないわよ」
  「構わない」
  言い終えた所でゴゴはプレシアが使っているフローターフィールドを物真似して、時の庭園の外に浮かぶ魔法陣を作り出す。その上に向かって一歩踏み出した。
  浮遊する二つの魔法陣の下で巨大で黒いモノが少しずつ少しずつ空間を削っていった。



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  ものまね士ゴゴとは何か?
  プレシアはその答えをある程度知っている。リニスもまた少しばかり知っている。
  ものまね士ゴゴは物真似の為なら何でもする存在で、有り余る力を物真似にしか使わない人でなしで、個人で管理局の一部隊を相手にしても勝利できる力を好き勝手に振るう奇人。
  それでもゴゴはアリシアを蘇らせる為に普通の魔導師には出来ない事をやり続け、遂には幻獣『フェニックス』の力で持って魂と肉体を繋げて普通の人間と変わらない所まで蘇らせた。
  仮にゴゴが時の庭園に大穴を開けてあちこちを破壊するとしても、そこには何らかの理由が存在する。
  今のアリシアにとっては『家』と言える時の庭園を何の理由も無く破壊する筈がない。プレシアもリニスもそれを理解している。
  幻獣『フェニックス』をアリシアの復活に用いた後の話し合いによってプレシアはゴゴを知った。リニスはこれまでゴゴとアリシアの三人で旅をしてきて、その中でゴゴがアリシアを気遣いながら行動していると理解した。感情が怒りに満ちたとしても、一応の理由は確実に存在するのだ。
  「なんだい・・・この有様は・・・」
  しかしアルフはものまね士ゴゴを知らない。ゴゴがどれだけアリシアを気遣いながら行動してきたかを一度も見ていない。
  「あの、ものまね士・・・。さては遊んでるわね。そうでなければこんな風になる筈ないもの・・・」
  だから、プレシアの呟いた特定の人物と目の前にある結果を結び付けて、ものまね士ゴゴこそが時の庭園をこんな風に破壊した張本人だと決めつけた。
  ゴゴにはそれが出来る力がある。
  ゴゴにはそれを可能とする時間も合った。
  だからものまね士ゴゴが時の庭園を破壊した。アルフは事実のみを単純に考え、そう決めつける。
  時の庭園を破壊できるもう一方の勢力―――管理局こそが時の庭園の大多数を破壊したは考えない。アルフの主人であるフェイトと同世代同性別の高町なのはが大穴を穿ったなんて考えない。
  アルフにとって管理局とはジュエルシードを集める競争相手であり、ロストロギアを収集するフェイトの敵であってアルフの敵でもあった。けれど、信じられない相手を味方とは思えなくなってもいた。
  アルフにとってプレシアはフェイトの母親でありながらフェイトを害する存在であり、そのプレシアに味方するゴゴは自然と敵になる。管理局もそうだったけど、フェイトをプレシアの魔の手から救い出してくれるのなら、味方とは言わずとも敵未満ぐらいにまで警戒を緩められる相手だ。
  だから今のアルフはプレシア達が救い出してくれたとは思えずにいた。管理局が司る法の手から力ずくで奪い去ったとすら考えていた。
  アルフはそれぞれが抱える数多の事情を考えもせず、ただ自分の都合の良い方向に物事を考えて結論を出してしまう。
  以前からの不信感も合って今のアルフにとってプレシアは完全に敵だ。そして元々はプレシアの使い魔で、今ではものまね士ゴゴの影響で以前と変わってしまったリニスもまたアルフの中では敵に分類された。多くの情報をくれたけれど、肝心のフェイトの為になる事を何もしてくれなかったからだろう。
  リニスは確かにプレシアの攻撃からフェイトとアルフを庇って管理外世界まで逃げ延びた。そして、フェイト達が管理局に捕まらないようにリニスがその身を挺してくれた。
  だけど、フェイトを騙そうとするプレシアが現れてからはまるで使い魔のように振る舞っている。もう契約に縛られていない筈なのに、だ。
  一度でもリニスを敵だと考えてしまえば、助けられた、情報をくれた、庇ってくれたなどの過去はどうでもいい事だとアルフの中から消え去ってしまう。
  そしてアルフはアリシアの事を知らない。リニスからどういう存在かは聞いているけれど、アリシアがどんな人物で、アルフにどんな感情を抱いて、ゴゴと出会ってからどんな風に生きてきたかを本人の口から一度だって聞いてない。面と向かって深く話し込んだことも無い。
  だからアリシアはアルフにとって怨敵と言える存在―――ものまね士ゴゴに関わりがある者として。同じ顔をしてフェイトの居場所を奪おうとする敵になる。


  ものまね士ゴゴ。あいつが出て来てから、何もかもがおかしくなった・・・。


  アルフにとってものまね士ゴゴは敵だ。プレシアも、リニスも、アリシアも、アルフよりずっと大きな狼も、ゴゴに関わって変わってしまった全ての者が敵だ。
  今、近くにいる存在でアルフの味方と言えるのはフェイト以外にいなかった。
  ゴゴが管理局に捕まった自分たちを助ける為に多くの援軍を送り込んでいても、プレシアの病魔を抑え込んでフェイトと会える時間を引き延ばしても、『未知』の前では何もかもが霞む。
  救われた事実よりも知らない現実の方がアルフにとっては大きい。
  アリシア以上に知らず、そして正体不明でアルフなんて簡単に殺せる力の持ち主だから・・・。判らないから、知らないから、恐ろしいから、拒絶して否定して憎む。
  フェイト・テスタロッサの使い魔。アルフはその事実だけに縋り付き、徐々に主人の保護を受け入れてくれた管理局こそが味方なのだと思うようになる。情報と引き換えにとりあえず敵対行動を停止して、戦いを中断しただけだと言うのに、アルフの中ではもう管理局は味方だった。
  その考えがプレシア達が秘匿していた情報を管理局に流させ、状況をどんどん悪化させているのだとアルフは気付いていない。アルフが語ってしまった情報こそが時の庭園での戦いを引き起こしてしまったと気付いていない。
  気付かせる人間がいないからだ。
  管理局を味方と見てしまい、よく判らなくなった者達を敵と見る事で、語られていない事情を知ろうともせずに真実から目を背けるアルフには虚構しか見えていない。
  アルフはフェイトの事ばかり考える。使い魔だから主人の事を考えるのは当然とも言えるけれど、死者蘇生が本当に叶うなら、どんな事をしてでも管理局がそれを手に入れようとするなんて可能性は考えない。
  そもそもフェイトもプレシアが進めたあるプロジェクトによって生み出された人造生命体であり、保護を名目に人権を無視して体の隅々まで調べ尽くされて、自由を奪われて命すら管理局に握られる状況になる可能性だってある。
  アルフは考えない。短絡的に、少しでも知った組織こそが味方だと思いたくて、どんどん間違った方向に思考を飛躍させていく。
  ものまね士ゴゴは敵だから時の庭園を壊した。ものまね士ゴゴはアルフの敵だから、管理局と戦っている。
  アルフはゴゴを知らず、そしてゴゴと管理局との間にどんな通信が合って、誰が時の庭園に転送して来て、常識外の集束砲撃魔法が開戦の合図となったかを知らない。
  そしてそれを正す人間はいなかった。本当の事を懇切丁寧に教える時間も無かった。誰も彼もがアルフよりも重要な事が合って、アルフを置き去りにして状況を進めているからだ。
  フェイト・テスタロッサの使い魔でありながら最も事情を知らず、間違った認識を抱えたままこの場にいる存在。それが使い魔アルフだった。
  「ずいぶんと大掛かりな仕掛けを作ったのね。近くにある次元世界を壊す気?」
  「時空管理局がここに居るんだからお手並み拝見だ。しっかりとロストロギアが作り出した災禍を管理してもらおうじゃないか」
  「・・・・・・念のために言っておくけど、一部隊程度でしかも私たちに倒される様な部隊だとこれは手に余るわよ」
  「だろうな。奴らに奥の手があれば是非とも出してもらいたい。俺としても近くにあるのが管理外世界だから見捨てて逃げるなんて残念な事はしてほしくないさ」
  「遊ぶのも程々にしなさい」
  「大人がこの調子じゃ、子どもの前で示しがつかない・・・か。中々痛い所を突いてくれる」
  二つ並んだフローターフィールドの上でプレシアとゴゴが気安く話して、アルフはフローターフィールドの端からで聞き耳を立てていた。
  もっとも、聞こうとしなくても聞けてしまう程に近いので、アルフが聞きたくなかったとしても話は耳に届いてしまう。
  腕の一振りで管理局員を薙ぎ払い、指先一つで軽々と次元断層と思われるモノを作り出す。どうしてそんな相手を前にして軽々と話せるのか。アルフはすぐ近くに暴発寸前の爆弾が置かれている様な気がして、今すぐにでも転移魔法でどこか別の場所に飛び出したくて仕方が無かった。
  だけどアルフの主人であるフェイトはここにいて、しかも狼形態のアルフよりも更に巨大な狼に捕まっている。アルフの観点からは人質にされている様にしか見えないから、離れたくても離れられない。
  大体、フェイトと一緒に居るアリシアとかいう名前のフェイトそっくりの子供の存在もアルフを不機嫌にさせる。
  話しだけはリニスから聞いていたからプレシアの本当の娘でフェイトが生まれる元になった故人だと聞いた。それなのに、今は楽しげにフェイトと一緒になって巨狼に跨って、時折プレシアとゴゴの会話に割り込んでいる。
  アルフにとってどんなに気に喰わなくてもプレシアの娘はフェイトただ一人で、どれだけフェイトが母親から認められたかったかも知っている。そんな所にいきなり割り込んできて、ここが自分の場所だと言わんばかりに好き勝手にやっている。
  アルフは魂なんてモノを見た事が無いから、死んでしまえばそこで終わりだと思ってる。だからフェイトそっくりで少し幼くなった子供は同じ顔をしていても全くの他人としか思えない。
  アルフにとってプレシア・テスタロッサとは―――死人を傍に置いて、フェイトを娘だと騙してこれからも利用しようとして、得体の知れない怪人と友好的に話す。そんな狂人であり鬼婆であり憎むべき敵だ。


  頼む・・・何とか、こいつらをフェイトから引き離してくれ・・・。


  そう願いながら視線を動かし、ボロボロになった時の庭園を覗き見る。
  視界の中に入ってしまうのは眼下に広がる黒く大きな穴。一度でもそこに足を踏み入れてしまうと脱出する事も叶わずに引きずり込まれる様な深い深い闇がすぐ傍にある。
  見ただけで背筋が凍り、体が震えるのを止められない。
  だからアルフは見えているけれど意識しないように時の庭園の中だけを凝視して、そこにいる味方が―――管理局の誰かがプレシアとゴゴを叩きのめしてくれないかと願った。
  アースラからアルフを連れ出したのはプレシアであり、たった一撃で管理局員の全てを無力化したのはゴゴ。だから二人を相手にしたら管理局員では不可能。そう理解しながら、それでもアルフは願わずにはいられなかった。
  そんなアルフの願いが通じたのか、見ていると全身を黒い格好で染め上げた男の子が一人立ち上がろうとしている。たしかクロノという名前だった。
  「ようやく持ち直したか。それじゃあ、管理局がどれほどのものか見せてもらおう」
  アルフが見ていた光景をゴゴも見ていたらしく、高圧的に見下す言い分が聞こえてくる。
  その高みから物事を見て、何もかもを蔑んでいるような在り方が益々アルフの怒りを誘う。しかし、同時に恐れも膨らませて、アルフは何も言えずに黙り込むしかなかった。
  そんなアルフの視線の先で事態はどんどんと進行する。
  「いつまでもフローターフィールドでの見物じゃ味気ないだろう。俺はファルコン号に移動するがお前たちもどうだ?」
  「あなた達の戦いの余波で壊れてるんじゃないの? 庭園の状態も確認したいから見物より先に一度戻るつもりよ」
  「壊れていてもあっちは純粋な魔力で構成されているから新たに注げばすぐに直る。それに奇襲での崩落と下に作ったあれが合わさって庭園内は警報が鳴りっ放しだろうな」
  「それは貴方のせいでしょう・・・」
  「否定はしない。戦えば周囲に被害は出るからな」
  この場で話しているのはプレシアとゴゴの二人だけで、それ以外はほとんど喋っていない。
  だから邪魔されることなく二人の会話は続く。
  「確認作業と見物。今どっちを優先させるかはそっちに任せる」
  「あなたは高みの見物?」
  「当然だ。事態が収束するにせよ、何もできずに無力を曝け出すにせよ、これで終わるんだからな」
  「そうね・・・」
  そこでプレシアの言葉が止まり、場に少しだけ沈黙が浸透する。
  次に話すのは誰か? アルフがそんな事を考えていると、プレシアがいきなり振り返ってアルフの方を見た。
  「・・・アリシアはどうしたいかしら」
  いや、振り返ったのは間違いないけれど、プレシアの目はアルフを見ていたけど見ていなかった。
  プレシアの目が一瞬だけアルフと合うが、そこで終わり。その視線はアリシアと呼ばれた子供に向けられているだけでほとんど同じ場所にいるフェイトにも向けられていない。
  ほんの少しのずれ。おそらく、フェイトの位置からは自分も見られているように思うかもしれないけれど、離れた場所で見るアルフからすれば視界に入りながら無視されているのは明白だった。
  やはり、プレシアは口では嘘八百を並べ、その実、フェイトの事を娘だなんて思ってないし、今も昔と変わらず利用する気しか無いのだと思った。
  アルフが改めてプレシアの危険性を認識していると、尋ねられたアリシアが返事をする。
  「この真っ黒いのってゴゴがやってるんでしょ?」
  「まあな。今は下と横に威力を広め続けてるが、その気になればいつでも消せるぞ」
  ただし、返答は問うたプレシアではなくゴゴへと向けられる。
  「今だけしか見れない?」
  「機会があれば何度でも見れるが、する気はないぞ。ここみたいな広い場所でないと被害は甚大だからな」
  「ふーん・・・。じゃあ、ママ、もうちょっと見て行こ? ね?」
  「・・・・・・・・・仕方ないわね」
  ゴゴに対して不機嫌さを隠していないプレシアの顔がアリシアという名の幼子の一言で切り替わっていく。豹変と呼ぶに相応しい変化であり、それが益々アルフの疑念を引き上げていく。
  何故ならアルフが知る限り、鬼婆ことプレシアはフェイトに命令することはあっても自分の主義主張を覆した事はないからだ。アルフが知るプレシアだったなら、この場で最も力を持っているであろうゴゴが何をしても何を言っても我を通すと思っていた。
  それが子供一人の申し出によってあっさりと前言を覆す。フェイトが同じことを言ったら、きっと罵詈雑言の嵐と折檻という名の虐待を作り出した。
  ここまで露骨な依怙贔屓は見たことがない。
  そのプレシアの切り替え方がアルフの怒りをもっともっと膨らませる。そして―――容易く前言撤回できるんだったら、どうしてフェイトにはしなかったんだ―――と、今に至るまでに過去に行われてきたフェイトへの苛烈な応対が浮かび上がってくる。
  プレシアも、アリシアも、ゴゴも、見れば見るほど気に食わない。
  そんな風にアルフが怒りを募らせていると、ここにきてアルフの主人であるフェイトが彼らの会話に割り込んでいった。
  「あの・・・、母さん・・・」
  「どうかした、フェイト?」
  突然の呼びかけにプレシアの表情が少しだけ曇る。それでも、顔に浮かべる小さな笑顔を維持しているのはフェイトのいるところにアリシアもいるからだろう。
  アルフが知る限り、フェイトと相対する時にプレシアはいつも渋面だった。今のような笑みを浮かべてフェイトを見つめる状況は殆どなく、現在はもう無いものと思っていた。
  「庭園の確認だけだったら、外からでも操作できた筈・・・。全体の機能は使えないけど、一部だけならここからでも確認でき、ます。たぶん」
  緊張しているのか、それともアルフが抱いた危機感をフェイトも抱いたのか。普段よりも固い口調でフェイトが言う。
  するとプレシアは口を『あ』の形で固め、少しだけ固まってしまった。
  「・・・・・・そういえば、リニスとあなた用に遠隔操作を一部可能にしてたわね。認証さえ通れば状況精査のプログラムは実行できたような・・・。庭内からの操作しかしてこなかったからすっかり忘れてたわ・・・」
  時の庭園についてフェイトが覚えていてプレシアが忘れていたことが合ったらしい。
  自分で納得したらしいプレシアがもう一度フェイトの方を見直し、アルフがこれまで聞いたことのなかった言葉を告げた。
  「ありがとうね、フェイト」
  「あ、いえ・・・。はい」
  感謝だ。アルフが覚えている限りだが、プレシアがそれをフェイトに向けて言ったのはこれが最初かもしれない。
  思いがけず礼を言われたのが嬉しかったらしく。アルフの位置からでは背中しか見えないけど、フェイトが笑顔を浮かべているであろう状況が後ろからでも判る。
  しかしアルフの目はフェイトの後ろ姿を捉えながら、同時に全く感情を宿さない目で感謝の言葉を語るプレシアの顔もしっかりと見てしまった。
  素っ気ない態度ではない。あれはフェイトの事なんて何とも思っていない目だ。感謝を口にしながら、感情は欠片もフェイトに向いていない。
  本当のところはプレシアにしか判らない。それでもアルフにはそう見えた。あの鬼婆はフェイトに感謝なんかしていない―――、と。
  だからアルフはまた思う。


  誰か、こいつらを、どうにかしてくれ・・・。


  アルフは願いを込めながらもう一度、時の庭園の中にいる管理局の人間に目を向けた。



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆




  「艦長! 起きてください、艦長!!」
  リンディ・ハラオウンが意識を取り戻したのはその声を聞いた後からだった。
  自分を呼ぶ声。それが自分の息子の声だと理解した瞬間、一気にリンディの心は現実に戻ってくる。
  その勢いに合わせて、現状に至るまでの過去も一気に蘇り、時の庭園で戦っている自分を思い出す。
  「クロ、ノ・・・」
  「はい!」
  絞り出した声に力強く返事がある。その声を切っ掛けにして、目が見ている周囲の状況を頭で認識できるようになり、自分が今、倒れているのも理解した。
  そしてリンディの目は時の庭園の外に移動した敵の姿もしっかり捕えた。
  見れば、いつの間にか敵の姿はミッドチルダでは殆ど見なくなった木造の飛行機械―――飛行船に上にあり、巨大な風船を思わせるモノの下からリンディ達を見下ろしていた。
  確か時の庭園の斜め後ろに停泊して、高町なのはの『スターライトブレイカー』の余波で幾らか破壊された筈。
  けれども、見える飛行船には損害らしい損害は見受けられず、古めかしい木造飛行機械ながらも自らの機能を発揮して悠然と浮かんでいる。後部にあるプロペラは何事もなくすべてが動いているので、壊れていなかったか、リンディたちがもたもたしている間に時の庭園内を徘徊する傀儡兵によって修繕されたか、とにかく何事もない姿で飛んでいる。
  そこまで考えながらも、どうしてそうなっているのかが判らない。
  まだ少し頭の中がぐらぐらしていて上手く考えがまとまらないからだろう。
  聞いたような言葉、聞き逃した言葉、聞いた言葉、聞けなかった言葉。すべての情報をしっかり受け止めた訳ではない。それでも、今、時の庭園の下に作り出されている巨大で真っ黒い塊が―――上から見ると凪いだ水面のように広がるモノは見ようとしなくても見えてしまう。
  それは判る。いや、判らされる。
  何もかもを呑み込むような深淵。一度でもそこに取り込まれれば抜け出せなくなる漆黒の闇。見続けると目が離せなくなる魔性を含む黒。
  「・・・・・・状況はどうなったの?」
  心の中から湧き出そうになる恐怖を誤魔化して、リンディはクロノに問いかけた。
  「はい。敵の攻撃によって全員が一時的に戦闘不能に陥りました。そこから理由は判りませんが敵は追撃を止めて、移動。今は時の庭園の外に移っています」
  そこまで聞いた所でリンディはクロノが自分よりも状況を掴んでいると理解する。
  だからこそ、次の質問に見てしまった異常を持ってきたのは当然と言えば当然だった。
  「あの黒い『モノ』は何か判る?」
  協力者の高町なのはとユーノ・スクライアの両名の安否も気になった。敵がどうして攻撃の手を止めたのかも気になった。飛行船に見える乗員が戦っていたゴゴ一人ではなく、増えているのも気になった。
  けれど、何よりも強くリンディの心を引き付ける異常は時の庭園の下に広がる闇だ。
  するとクロノの返答までには僅かな間があり、一瞬だけ『クロノも判ってないのかもしれない』とリンディに思わせる時間を要する。
  判らないなら別の状況を聞き、事態を把握する。そう決めて尋ねるより前に、ようやくクロノの言葉がリンディの耳に届いた。
  しかしそれはリンディには到底信じ難い言葉でもあった。
  「・・・・・・ジュエルシードです」
  「・・・何?」
  「ですからジュエルシードです! 僕が持っていた封印状態の一つを奪い返されました!! あれはロストロギアが作り出す次元断層によって虚数空間が広がったモノと思われ、もう尋常でない大きさにまで膨張しています」
  そこでリンディは今更ながら自分が立つ床がわずかに振動しているのに気が付いた。
  時の庭園がある次元空間そのものが揺れている。それなのに、下に見える黒いモノは不気味なほどに静けさを保っている。それが余計に恐ろしい印象を作り出している。
  クロノが嘘を言っているとは思えないけれど、それでもすぐ真下に虚数空間が―――世界そのものを喰らい尽くしていく次元震や次元断層が発生しているのだとしたら、リンディ達がいる時の庭園が何もない筈がない。
  だからリンディは疑問をまず頭の中に浮かべ、本当なの? そうクロノに問いかけようとする。
  だがクロノが次の言葉を飛ばす方が早い。リンディが想像していたよりもクロノは多くの情報を掴んでいるという事なのだろう。
  「それから艦長! アースラからの通信がありました」
  「本当!?」
  これまで通信不能状態にあり、何度試しても全く応答が無かったアースラ。リンディにとって切り札の一つである範囲内の攻撃や空間干渉を低減あるいは無効化させる広域結界『ディストーションシールド』をより強力に出来る炉心であり、拠点として用いられる次元航行艦。
  それが使える様になったとはこれ以上ない吉報と言える。
  だからリンディは少し前のクロノの言葉を信じられない気持ちもあって、意識を一気にアースラへと傾けた。思考の片隅で、ものまね士ゴゴを封じるつもりで使っていたディストーションシールドが失われていることに気が付いたけれど、アースラが無事ならより強い封印として再発動できると思い直す。
  「だったら今すぐ連携を」
  取りましょう。と続けるより速く、クロノの言葉が続きを遮った。
  「いえ―――」
  力強い言葉でリンディの言葉を断ち切ったクロノの顔には悲壮感が漂っており、その表情がリンディの口から続くはずだった言葉を呑み込ませた。
  何かがあった。そう思わせるに十分すぎる顔。
  リンディは言葉を続けず、代わりにクロノの説明が続く。
  「艦長・・・。どうやら、別働隊がアースラを攻めたらしく、アースラの状況は最悪との事」
  「っ!!」
  クロノの言葉はその後も続きそうな雰囲気だったけれど、リンディは即座に自分が何度も試したアースラへの通信へと意識を切り替えた。
  クロノが告げた言葉を確かめる為の行動であり、それは同時に聞かされた内容が本当ではないと願う思いでもあった。
  アースラへの呼び出しは慣れ親しんだものであり、一瞬もあれば完了する。時の庭園に攻め入ってからはその後が続かなかったのだけれど、今度はここではない別の場所が映し出される。
  「エイミィ、応答しなさい! エイミィ・リミエッタ!!」
  「―――艦長!?」
  映っていたのは見慣れたアースラの風景であり、中心に見えるのは制服に身を包んだエイミィ・リミエッタその人であった。
  時の庭園に侵入後に何らかの理由で通信不能になり、それ以降は一度として復旧しなかった通信。繋がらなかった時間はそれほど長くないけれど、ほとんどを緊張し続ける戦いに費やしていたので、実際に過ぎ去った時間は何倍にも何十倍にも感じられる。
  もし通信復旧だけだったなら、リンディの心の中は喜びと期待に満ちただろう。しかし、クロノから事前に聞いてしまった情報により、困惑と逡巡も追加されてしまい。混ざり合った様々な感情は到底一言では言い表せないモノになってしまった。
  「艦長・・・申し訳ありません」
  「謝罪より先に状況の報告を!」
  それでもリンディは艦長としての立場を自分の芯にして部下に報告を促す。
  「は、はい! 現在のアースラは生命維持と次元漂流を防ぐのが精一杯です。申し訳ありませんが、増援も早急な救助も期待しないでください。完全復旧まで一日じゃ足りない被害を受けてます」
  「・・・・・・本当だったのね」
  「はい。アースラは沈む寸前で踏み止まるのがやっとです」
  現状を重々しくそう告げたのは画面の向こう側にいるエイミィではなく近くにいるクロノだった。
  「これが僕の知る限りの現在の状況です・・・・・・」
  そう締めくくったクロノに合わせるように画面の向こう側にいるエイミィもまた黙り込んでしまう。
  知りたいことはもっとあるのは間違いない。
  アースラを攻めたのは誰なのか? 敵はどうして自分たちに追撃をしなかったのか? クロノから話を聞いている今も攻撃してこないのは何故か? 現在のアースラはまだ攻められている状態なのか? 次元災害が予兆ではなく現実に起こっているのなら、どうして時の庭園はこんなにも静かなのか?
  戦っているところからいきなり閉ざされた意識。正気に戻ってくるまでの間に劇的に変わってしまった現実への疑問はまだまだ多い。
  しかし、これからどうすべきかを考えるには不要な疑問もあるので、それ以上誰かに追究するのを止めた。アースラが時の庭園を制圧するのに全く役に立たない事実だけ知れればまずはよかった。
  そこでリンディ・ハラオウンは思い出す―――。
  目覚めと同時に始まった報告。それに意識を割いて、考えないようにしていたけれど、リンディの左手は敵の攻撃によってぐしゃぐしゃに潰されている。
  腕の骨は折れているか、砕けているか、ひび割れているかのどれかだ。爪は剥がれ、裂けた指の部分から血が滴り落ち、少しでも動かせば痛みが走る。
  思い出してしまえばそこにある激痛を意識してしまい、痛みが思考を妨げる。
  考えるな。
  今は別の事を考えろ。
  痛がるなら後でも出来る。
  そうやって強引に意識を切り替えてリンディ・ハラオウンは考える―――。歯を食いしばって痛みを誤魔化しながら考える。
  敵の健在。ものまね士ゴゴとプレシア・テスタロッサ達の合流。次元災害の発生。アースラの沈黙。起こっている事態の多くが、管理局にとって不都合なことばかりで、何をすればいいか判らなくなりそうだ。
  それでも考える。考えなければ何も始まらない。
  アースラが動力炉としても使えないのなら、リンディがこれまで使ってきたディストーションシールドの増強はできず、個人で使える脆弱な結界程度しか効果を発揮できなくなる。
  それは次元災害を相手にするにはあまりにも弱弱しく、時の庭園の下で起こっている現象を収めるには確実に力不足。事実、リンディ一人の力では、ものまね士ゴゴの力を減衰させることには成功したようだけれど、封印に至るほど弱まらせられなかった。
  こうなってしまっては当初考えていた奇襲からのゴゴの無力化および捕縛など夢のまた夢だ。健在である敵を今ある力だけでどうにか出来る訳がない。
  敵はリンディが想像していたよりも遥かに強大だった。
  見せていた隙をついてどうにか出来る相手だと考えてしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。管理局に属する立場の人間として、目の前にある次元災害の危険性を真っ先にどうにかしてしまおうと考えてしまったのも悪手だったのかもしれない。管理局として犯罪者の申し出を受け入れるなど決してやってはいけない事だが、ものまね士ゴゴに限って言えば対話と譲歩こそが最大の解決策だったかもしれない。
  今更思っても意味のないことだが、とにかく自分たちは打つべき手を誤って窮地に追いやられている。リンディの無残な左手もそれを象徴していた。
  だからこそリンディ・ハラオウンは冷静に考える―――。痛みを冷静であろうとする意識で上書きして考える―――。これから自分たちがとるべき方針は何であるか? と。
  リンディが考え続ける今も敵は何故か攻撃を仕掛けてこず、遠くから様子を伺うだけだ。
  すでに大勢は決しているので戦いが無意味だと思っているのか? それともやるべき事は全て済ませたから傍観しているのか? 何もできずに右往左往する敗者を嘲笑っているのか?
  そもそも常識外の部分で生きている敵の思考と目的は理解できないから判らない。判るのは考える時間と持ち直す機会を与えられた事実のみ。
  与えられた忌々しい好機の中でリンディは考える―――。
  ゴゴに関する情報の幾つかは本局への援軍要請の時に一緒に送ってるけれど、今の戦いでリンディ達が持つデバイスに刻まれた情報は今ここにしかない。アースラとの通信回復によって情報の多くを転送できて、ここでは無い別の場所には移せるけど、今のアースラが本局に通信出来る余力があるかは不明だ。
  これまで発覚してこなかった敵の戦闘方法。ロストロギアを簡単に操って見せた方法の手掛かり。その他にも様々な知らなかったことが手元にあり、それは絶対に本局に伝えなければならない重要な情報だ。
  だからこそ、リンディは生存を第一目標に切り替える。
  切り替えざろうえない。
  ただ、生き延びるためにはどうやってこの場を脱するかを考えなければならない。単純に情報を本局に届けるだけならアースラの機材を使えば事足りるけれど、そもそもそのアースラがどんな状況にあるか判らない。
  生命維持と次元漂流を防ぐのが精一杯だと聞いたけれど、こうやって自分と通信出来るだけの余裕があり、それが次元の壁を隔てた向こう側にある管理局の本局にまで通じるかもしれない。
  そして生き延びるためにはこの場を脱しなければならない。だが、今は攻撃していない敵が逃亡を選んだ自分たちを易々と逃すかどうかは判らない。
  アースラを攻めたのは間違いなく敵勢力だ。ならば自分たちの撤退を呑気に見物し続けてくれる保証はなく、むしろ弄ぶように逃がさない可能性も大いにあり得る。
  リンディにとってロストロギアが作り出す災厄は最も防がなければならず、けれども、自分一人に出来る事は微々たるものだと理解している。
  だからこそ、リンディの頭の中からは第97管理外世界の事は消えていた。
  協力者の立場にある高町なのはが生まれた世界。だが、管理外世界は魔法の存在を知らず、別の次元世界を渡る術を持たず、ミッドチルダの人間の多くが野蛮と感じる質量兵器を使う管理外世界だ。次元災害が起こったとしても何が起こっているかも理解できずに滅んでしまう、そんなひ弱な世界なのだ。
  平時であれば次元災害によって被害を蒙る管理外世界の事も考えた。
  しかし緊急時の今、リンディの中には管理外世界の安否など存在しない。起こった出来事を彼らに伝えた所で対抗策など一つもないのだから、考えても無駄に終わる、
  次元災害がこのまま勢力を増し続ければ、近くにある管理外世界は滅んでしまうかもしれない。だがリンディはそれ以上を考慮しない。
  自分たちが持つ情報は巨大な次元災害を阻むかもしれず、それは管理外世界一つ分よりも重い。それがリンディの決断だった。
  どうすべきか?
  何をすべきか?
  どうやってこの場を切り抜けるか?
  わずかな時間の多くの迷いと困惑を抱き、そして可能性の高い方策を作り出していく。
  「艦長・・・、後一手だけ試させて下さい」
  そこにクロノの言葉が割り込んできた。
  それでも駄目なら撤退しましょう・・・。そう続くであろう言葉を聞きながら、リンディはクロノに何か起死回生の一手があるのかと考えた。
  そんなモノはない。リンディが知るクロノ・ハラオウンという息子であり執務官の力量は母親として上司としてよく知っている。だからこそ、今の状況を一気に覆すような力がクロノに無いとよく判っていた。
  「・・・判ったわ」
  それでも許可を出したのは母親として息子を信頼しているからか、それともリンディが知らない何かを持っていると期待しているからか、まだ考えがまとまらずに方針を構築するまでの時間稼ぎとするつもりなのか、敵の強さがあまりにも圧倒的過ぎて混乱したり自暴自棄になりつつあるのか。痛みでそれどころではないのか。自分のことながら、許可した理由についてはよく判らなかった。
  ただ、リンディは懸命に自分の心の底から湧きあがってきそうな恐怖や戸惑いを押し殺し、狼狽して何もかもを放り出しそうになる自分を律し、すべきことをする為に考えて、まずやるべき行動を起こす。
  具体的にはこれまで沈黙を守っていたアースラ側のエイミィに対して指示を出した。
  「エイミィ、これから私達は撤退と生存を念頭に行動するわ。アースラの状況を詳しく聞かせて頂戴」
  「了解!」
  管理外世界には惑星があり、その惑星には数十億の人間が住んでいる。もし次元災害が被害を拡大させれば、その数十億は誰一人として生き残れずに死んでしまうだろう。
  しかし次元災害を放置してさらに被害を拡大させてしまえば、数十億は数百億になり、数千億になり、もっともっと大きな災禍をまき散らす。
  だから多くの次元世界を守るため、何としてでも自分たちが持つ情報を管理局の本局に届ける。リンディはそう決断して、第97管理外世界『地球』を見捨てた。



  ◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆―◆



  クロノ・ハラオウンは自分がおそらく味方の中でも最も早く正気に戻り、そして最も多くの変化を見てしまった人間だろうと思った。
  バリアジャケットの性能がダメージの軽減に繋がったのか。自分自身の若さが作り出す柔軟さ故か。よく見えなかった攻撃がそもそも手加減されたものだったかは定かではない。とにかく、クロノは立っていられないほどの痛みを頭の中で味わいながらも、意識は失わずに状況のすべてを見ていた。
  苦しむだけで何もできずにジュエルシードの一つを簡単に奪われたこと。
  次第に痛みが治まっていく中で、ジュエルシードと敵が作り出した黒い盾が融合して別の何かに変わったこと。
  時の庭園の外に広がった得体のしれない光景のこと。
  フローターフィールドで時の庭園を出て、いつの間にか接近した飛行機械に乗り換えたこと。
  移動した後で何かいろいろやっていたようだけど、倒れていた自分からは見上げる体勢だったから庭園の入口から少し上に上がってしまったので細部は判らない。ただ、乗り込む以外の何かが起こったこと。
  ようやく動けるようになって、デバイスを構えて攻撃態勢を作り出した。けれど彼らは何もしてこないこと。それらすべてをクロノは見た。
  何とか動かせるようになった体とまだ少し痛む頭を抱える自分、周囲にはゴゴと戦っていた時と同じ配置でまだ倒れている仲間がいる。クロノは自分と他人の両方を意識しながら・・・。何故あいつ等は僕たちに止めを刺さなかったのか? と考えた。
  比較的、回復が早かったクロノでさえ、ジュエルシードの一つを奪われた時はどうしようもないほどに無防備な姿を曝け出していた。もし、あの時に追撃が合ったら、誰一人して防げなかった。
  反撃する機会すら与えられずに簡単に無力化されただろう。
  プレシアについても、クロノにあれだけ強い怒りを向けていたのだから、無防備に横たわっていたら攻撃魔法の一つや二つや三つや四つ位は容赦なく放っただろう。
  しかし、クロノはこうして戦線に復帰し、時の庭園の外に移った敵を目で追う時間を与えられている。
  何故か?
  敵を倒すことを目的としたクロノは気づかない。ゴゴをよく知らない上に知ろうともしないから想像すらできない。ものまね士ゴゴの目的は終始『物真似』であり、物真似する価値あるモノを生み出せるかもしれない人間を殺すのは勿体ない―――等と考えているのは、クロノの理解を超えているから発想すら持てない。
  何故ならクロノにとって、敵とは倒すものであり、捕えるものであり、抑えるものだからだ。
  辛うじて、母であり艦長でもあるリンディ・ハラオウンから聞かされたゴゴに対する予測の前提条件が『もしかしたら?』とクロノに戦う以外の理由を想像させるけれど、確たる理由がないために想像を現実に結び付けられなかった。プレシアについても娘であるアリシアとの時間の方が重要で、有象無象などもうどうでもいいと考えているなどクロノには想像できない。
  管理局全体であれば何とか敵として見られているが、クロノ達程度では敵とすら見られていないと判らない。
  ものまね士ゴゴの在り方。そしてプレシア・テスタロッサが娘に向ける狂気とも呼べる愛情。
  クロノはそのどちらも判らない。だから判らないなら今は考えるべきではないと自分たちを倒さなかった理由を後回しにする。
  その理由こそが唯一自分たちの完勝を呼び込む為の要素であると気づかないまま・・・。
  クロノは外に浮かぶ飛行機械の上にいる敵を見ながら考えた。
  事態はアースラの総力を以てしても対処できない所まで来てしまった。
  いや、そもそも、敵の強さが常識の範疇から大きく逸脱していることなど最初から判っていた。魔導師が単独でアースラの魔法部隊を撃退したり、次元災害を作り出せたりするなど、時の庭園で戦い始める前から掴んでいた。
  それでも時空管理局に属する者として、すぐ目の前にある次元災害の原因を捨て置けなかったからこそ、自分たちは戦いを選択した。命令されたのも理由の一つだけど、戦おうとする気持ちが心の中にあったから強く反対しなかった。
  それに犯罪者との交渉など以ての外だ。
  数多の次元世界の平和を守り、次元世界を崩壊させかねないロストロギアを正しく管理するからこそ―――時空管理局は時空管理局なのだ。
  自分たちの存在意義の為にも何としてでも事態を収めなければならなかった。
  その結果が今だ。
  最早、事前の示し合わせなど意味を成さず、作戦など存在しない。圧倒的な力で突入部隊は壊滅させられ、しかも敵を倒せば終わるような状況ではなくなってしまった。
  お終いだ―――、もう打つ手がない―――、この次元災害を前にして無力な個人は立ち竦むしかない―――。そう思いそうになるクロノの意思を踏み止まらせ、事態解決の突破口となりそうだったのは視界に写る人影だった。
  確証はない、保証もない。完全な賭けで失敗する可能性の方が非常に高い。
  それでもまだやれる事がある。そうやって自分を鼓舞すれば、クロノはまだ立てる自分を意識できた。
  唯一、明確にクロノ達に協力を申し出た存在。フェイト・テスタロッサの使い魔のアルフ。クロノは飛行機械の片隅から見下ろすその人影をしっかり捉えていた。
  そして、距離がある筈なのに互いに見詰め合った状況を理解し、その目に宿る縋る様な光を見た瞬間。ある考えたクロノの脳裏をよぎる。


  彼女は、まだ、こちら側だ―――。


  見間違いかもしれない。クロノの勝手な思い込みかもしれない。打つ手がなくなった所に現れた可能性を都合のよく考えているだけかもしれない。
  だけどクロノにはもうその可能性に賭けるしかなかった。
  クロノは敵が攻撃してこない状況の気持ち悪さを振り切って、まず母であり艦長でもあるリンディの元へと走った。
  たまたま距離が近いというのもあるけれど、指揮系統の頂点にいるのは今も艦長であり、状況を統率し直すのならば命令を出す者がいた方が良いと判断する。
  駆け寄るまでのわずかな時間。クロノはふとアースラがどうなったかが気にかかってこれまで試していなかった通信を試みた。
  母と武装隊員の何人かが試して無駄に終わったのは判っている。自分が今更何をやった所で同じ結果に辿り付いてしまうと頭で理解しながらも試してしまった、その理由は自分達だけではどうにもならないから他の所に助けを求めようとしたからか、それとも戦力は多い方が良いと単純に考えたからか。
  理由は定かではないが、とにかくクロノは通信を行う。
  「こちらクロノ。アースラ、応答せよ!」
  これまで失敗し続けてきた行いだ、今度もまた同じ結果になる。そう考えていたクロノの考えを真っ向から否定する結果が目の前に現れる。
  「あ、クロノ君。ようやく通信できたよー」
  普段と変わらないアースラとの通信画面が走るクロノの前に現れた。その変わらなさはクロノが求めていたモノだったけど、逆に異常に見えてしまうのは思っていたのと正反対の結果が現れたからだろう。
  通信できなかったのは嘘だったのか? そんな風に一瞬でこれまで通信を試みていた仲間たちの失態すら考えてしまう。
  それでも強引に自分の意識を切り替えて、通信が出来たなら出来たで聞くべき事を聞く。
  「何があったんだ!?」
  もっと別の言い方があるだろうし、明確な言葉を用いなければ聞くべき事は聞けない。アースラの現状でもいい、これまで通信できなかった理由でもいい、こちらに援軍を送れるかでもいい、もっと言い方が合った筈。
  どうやら通信出来てしまった事実にクロノ自身も気付かない大きな衝撃を受けているようだ。
  改めて言い直す前に通信画面に映ったエイミィ・リミエッタから返事があり―――。
  「いや、こっちもよく判らないのに攻められて、船が沈みそう。って、あ、一度切るね」
  「おい!!」
  そして向こうから通信が断ち切られた。
  そもそも通信できたとしても母に駆け寄るまでの短い時間では同じく短いやり取りしかできないのは判っていた。だが通信できた事実と、向こうから切られる状況は想定外に続く想定外だ。
  短いやり取りの中で得た情報からクロノは考える。何故通信できたのか? その理由が特に気になるけど、それはひとまず置いて考える。
  向こうもこちらと同様にかなり状況が切迫しているのが判ったのは悪い知らせであると同時に状況を把握するという点では良い知らせでもある。これでアースラに望みを託そうとして挫かれるなんて最悪の未来に進まなくてよくなったのだから。
  そんな風に前向きに考えようとしても自分たちが追い詰められている事実を再確認するだけだと判っている。自分を誤魔化さなければ今この瞬間にでも心が屈服しそうだ。
  クロノは急いで母―――いや、艦長へと走って自分が持つ情報の多くを伝えた。
  話せば少しは気が紛れる。そんな打算も合ったのは間違いない。
  呼びかけてから時の庭園の下部に広がる異常を伝え、敵が攻撃して来ていない異常も伝え、アースラとの通信回復を伝え、自分の予測を伝え、そして賭けの実行を申し出た。
  「艦長・・・、後一手だけ試させて下さい」
  「・・・判ったわ」
  艦長が許可を出してくれたのはありがたいけれど、クロノは自分がやろうとしてる事がかなり分の悪い賭けだと理解していた。
  持ち合わせている情報はどれもこれもが自分たちの敗北に直結するものばかりで、良い知らせ何て一つもない。辛うじて攻撃の手が止まっているから生かされているけど、気が変わったり攻撃しない理由がなくなったら自分達は呆気なく敗北してしまう。
  しかも仕切り直そうと撤退を選んでも無事に済む保証はなく、どこかで分の悪い賭けをしなければならない。
  今更ながら自分達は敵地に攻め込んでいながら窮地に追いやられており、たった一人の敵を相手にしながら総戦力はこちらの方が劣っていると理解させられた。こんな状況で必ず成功する打開策なんてある訳がない。賭けるしかないのだ。
  艦長はクロノから視線を外してアースラとの状況を開始した。どうやらクロノの賭けは賭けとして、撤退する為の方針を固めていくようだ。
  その時、敵からの攻撃によって見るも無残な姿になってしまった左手が見えてしまった。自分たちの力の無さが母の体に傷をつける結果となってしまった。
  その覆しようのない事実がクロノを苛立たせる。
  「・・・・・・くそっ!」
  アースラが沈みそうな状況で何事もなく撤退できるとは思わない。
  しかもクロノ達がいるのは特定の次元座標に停泊している時の庭園であり。そこから脱出するためには膨大な力が必要で、個人が次元転送で抜け出すにはかなり長い呪文と座標指定が必要だ。
  アースラの援護があれば艦内の転送ポートから移動できるけど、個人では難しい。
  それでも『難しい』であって『不可能』ではない。―――そう思わないと前に進めない。艦長であれば、片腕が満足に使えなくてもやってくれる筈だ。
  視線をずらして見れば、高町なのはとユーノ・スクライアの両名も少し遅れながらも立ち上がり、戦線に復帰しそうな様子を作り出している。
  この場にいる全員に行われた攻撃が等しく威力を発揮するものだったとしたら、クロノの余力はそのまま彼女らの余力でもあるので、戦えない程の痛みは負っていないと予測できる。
  まだ戦える。―――そう思わなければ何もかも放り出して止まりたくなる。
  木造の飛行機械の向こう側に見たアルフの視線。クロノが使える魔法の中でまだ試していない攻撃魔法。何故か存在する敵からの攻撃が無い時間。人為的に発生させられたと思われる次元災害。これまでの戦闘で膨大な力を有しながらも、無敵と言う訳では無いと知れたものまね士ゴゴ。
  それらの情報を繋ぎ合わせたクロノは最後の賭けを行うためになのはとユーノの元へと走っていった。
  これからやろうとしている事は失敗する可能性の方が高く、艦長にやろうとしている事を伝えれば反対されるのは目に見えていた。やった所で圧倒的な力の前に何も出来ずに終わる可能性が脳裏をよぎり、何をやっても無駄なのだと思い知らされる未来が後ろから手を伸ばして掴みかかってくる幻を思い、背筋を凍らせる。
  どうか上手くいってくれ。―――そう願わなければ、何も出来なくなってしまう。
  倒れそうな自分を必死に支え、クロノは走った。


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