「旧世紀のイギリスを手本とした、立憲君主制。ただし、拒否権は保持します。見習うならヴィクトリア女王の時代が良さそうですね」
「ふむ。しかし、現状でも建前上では、我がジオンは立憲君主制だぞ?」
自分で建前ってぶっちゃけやがりますかギレンは。まあ、相手が私だからだとは思いますけども。
「それはあくまでも、建前上はそうかも知れませんが、議会が形骸化しすぎていると思います。そもそも総帥と首相、二人がいる時点で歪なんですよ」
「ふむ、続けろ」
「公王と議会、相互の暴走を防ぐ意味でも議会の健全化は必要不可欠です。義兄さんが年老いてからも賢君であるとは限りませんし、それは私とグレミーも同様です」
そう、専制政治は君主がまともな時は、トップダウンで物事がすんなりと運ぶ分だけ、議会政治よりも円滑に政治が行えて、議会政治よりも優れているけど、
これが暗君が君主だった場合には、目を覆いたくなる惨状が待っているのです。絶対君主も議会制民主主義も一長一短ということでしょうか。
しかし、議会制民主主義の優れている点は、権力闘争や政権交代時において流される血の量が少なくて済む。この、なんとも血生臭い事象においての死者の数が、
絶対君主制や他の政治形態よりも極めて少ない。これは人類が編み出した叡智だと思います。故に旧世紀の先進諸国は議会制民主主義にごぞって移行したのですから。
まあ、民主主義も大衆迎合やら衆愚政治やら、いろいろと問題はありますけど、それでも独裁よりはナンボかはマシだと思うのです。
「相互監視による国内の安定か・・・ くくくっ、あの大人しかったマリアも言うように成ったではないか。続けろ」
ギレンの娘と分かった以上は遠慮する必要もありませんしね。安全マージンは最大限に取るべきなのです。
「ダイクン派との和解と恩赦。それに締め付けはもう必要ないでしょう。シャアが神輿になって、勝手に月かサイド6で活動するでしょうから」
「シャア? ダイクンの息子のキャスバルか」
やっぱり、ギレンも知っていて泳がせてましたか。ちゃんと諜報部は仕事をしていると。まあ、してもらわないと困りますよね。
「ええ、彼には精々頑張って踊ってもらいたいですね」
「なるほど、独立が成った今、過激なジオニズムは返って危険という事だな」
さすがはギレンです。一を聞いて十を知るとは、こういう人のことを差す言葉なんですね。話が早くて助かります。
「はい。ジオニズムは独立戦争を勝ち抜くまでの方便に使うだけで十分です。独立したならば、ジオニズムなどサイド3を縛る枷にしかなりません」
「し、しかしマリア様、それでは我々の大義が・・・」
あちゃー、こっちのハゲ親父は一を聞いても半分程度しか理解できてないみたいだ。デラーズよ、少しは自分の頭で考えましょうか。せっかく頭もハゲてるんだしさ。
イエスマンでは、そのうちギレンにも捨てられちゃいますよ?
「独立が達成された現在では、大義など薄めるか、別なモノを用意しても構わないのでは? このままジオニズムに拘りますと国家の土台を揺るがしかねませんよ?」
「それで国民が納得するでしょうか?」
「するしないではなくて、させるのです。それが政治ってもんでしょ? パンとサーカスさえあれば、大多数の民衆は不平不満は言わないモノなのです」
「古代ローマの詩人でしたかな?」
おう、それはハゲ親父でも知ってたのね。顔に似合わずに意外と博識じゃん。
「そっちの方向に誘導できなかったら、今度は月と地球の争いにジオンが巻き込まれるわ」
「ふむ、ルナリアン達か。しかし、マリアよ。古代ローマは滅亡したのだぞ?」
「言葉の綾ですよ。それに、どんなに優れた王朝や統治機構でも栄枯盛衰、盛者必衰ですしね。古代から一度も滅びてない王朝なんて日本ぐらいじゃないかしら?」
「マリアは政治家向きかも知れないわね」
「政治家なんて真っ平ごめんです! お姉ちゃんは私を地獄の釜に入れたいわけなの!」
産みの母親は怖いです。平気な顔して娘を谷底に突き落としかねませんってば! 政治家なんて、やりたい人間にやらせておけばいいじゃん。権力や名誉が欲しい
人間なんて、ごまんといるんだからさ。
「政治を地獄の釜か。くくくっ、確かにマリアの言う通り、そうかも知れんな」
「それで話を戻しますけど、いつの時代も不平不満を言うのは自称インテリです。この馬鹿どもを月とサイド6に穏便に放逐できたら、」
「ジオンは安泰という事か」
「革命家など中身が伴ってない夢想家ばかりだから、過激なことしかしないし、できないのです。こんな現実を直視できない連中はジオンには必要ありません」
そう、アムロも言ってたしね。
『革命は、いつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激なことしかやらない』
うん、名言だね。これほど的確に破壊者を馬鹿にして捉えた言葉も、古今東西でも他に類をみないでしょう。さすがは私のアムロです!
「くくくっ、そのマリアの言葉も中々に過激だな」
私の前だとギレンさんも良く笑いますね。やっぱり私が娘だからなのかな?
「はい。ジオンが独立を勝ち取ったからには、次はフォン・ブラウンかサイド6でも反連邦の気運が盛り上がるでしょうし、サイド3の安寧の為には、」
「人身御供が必要という事か・・・」
「そういうことです。幸いにもシャアは父親の、ジオン・ダイクンの理想を実現するのに目覚めたみたいですし、我々には都合の良い駒になってくれるでしょう」
シャア自身も自分で人身御供の家系って自虐していたから、頑張ってもらいたいですね! ララァには少し同情しますけど。まあ、彼女が上手くコントロールして
くれるのを期待しましょう。影ながら援助でもしとけば、彼女なら恩を仇で返すことはしないでしょうしね。なんだか名案に思えてきましたよ!
「シャアを焚き付けたのか?」
「焚き付けたなど人聞きの悪い。私はちょっとだけ諭したまでですよ。あとは全部、ララァ少尉のおかげです」
そう、ララァには足を向けて寝れませんね。影ながらの援助する予定の額を少し増やしときましょうか。どうせ私のお金じゃないんだし。
まあ、人はそれは税金とか血税というのですけど。官房機密費みたいなモノですから気にしないでおきましょう。
万が一シャアが暴走するような事があっても、彼女がブレーキ役になってくれるなら安いモノですし。
「フラナガン機関のモルモットか・・・」
「お義兄さんこそモルモットなどと言ったらニュータイプに失礼ですよ? モルモットと言ってる時点で、お義兄さんもジオニストではなかったんですね」
「ふっ、嘘も方便と言うではないか」
なんだろ? ギレンから『越後屋お主も悪よのぉ』って聞こえてきそうなんですけど。
「それで、現体制から少しづつでも立憲君主制に移行して頂けなければ、私は継承権を放棄します。クーデターなど起こされて吊るされたくなんかありませんから」
「ふむ、マリアの言い分は理解した。その条件は、ほぼ全部が呑めるから案ずるな」
「え?」
ちょ、ちょっと待った! 無理難題を言って継承権を放棄しようと思ったのに、ほぼ私の案を丸のみですか? どこで失敗した? もとからギレンも議会制民主主義を
復活させようとしてたってこと? アンタは選民主義思想に凝り固まってたんじゃないの!
「ふむ、意外そうだな。なに、こう見えても私も血の通った人の親という事だよ。可愛い娘が不幸になる未来を望む親など居はしない」
「はぁ・・・」
「セシリア、ダルシア・バハロを呼べ」
「はい、分かりました」
ジーザス・・・ なんということでしょうか、ここまでの私の努力はすべて無駄になってしまったみたいです。なんてこったい! こんちくしょーめ!
「私はマリアが、こんなにも腹黒いだなんて思わなかったわよ。やはり政治家向きだわ」
「政治家だなんて、死んでも嫌ですってば!」
「あら? 女公王も君主だから、つまりは政治家のトップじゃない」
あうあう、私の平穏な未来をお願いだから返して下さい・・・ ぐすん。
「ふむ、それで話は変わるが相手は誰なんだ? マリア」
「あばばばば・・・」
忘れてた! ギレンとしては私の相手が誰なのかも重要なのでした!
アムロ、君は生き残ることができるか? 頑張れー。私は草葉の陰じゃなくて心の中で応援してるぞ!
私が現実逃避の長い回想に浸っている間にも、どうやらジオンとフォン・ブラウンとの友好親善の式典は、つつがなく進行していたらしい。
ただ豪華そうな椅子に座ってボーっとしているだけが、私に与えられた唯一のお仕事です。これって私がいる意味あるんでしょうかね?
まあ、形式ばった儀式には、お飾りが必要なのは認めますけども。そのお飾りが私ではなければね。権力者って不便ですね・・・
私はフォン・ブラウン市の強化ガラスのドーム型天井から地球を見上げて、深い溜め息を吐いたのでした。
どうしってこうなった? と。