時系列は少し遡る
帝国の軍勢が日本へと侵攻し、叢雲に捕獲されて日本各地の拘置施設へと収容されてから。
アルヌスへと自衛隊と銀連調査隊本体が派遣されるまで、主に自衛隊の準備で少々時間が有ったので、その間に飛鳥は明日奈のフォローをする事にした。
まあ、そんなに弱い子でもないし、特に心配は無いと思うので、一応と言う感じではあったが。
そんな訳で、明日奈達修学旅行生を対象に日重からのお詫びという形で、リゾート惑星へと招待した。
本格的にリゾートとして稼働し始めた連星系HD38471のガス惑星の衛星α134基地。
今の名前は、フレイ・フレイヤ恒星系ホットジュピターニョルズの衛星スキーズブラズニルだ。
基地は更に拡張され、直径34キロに及び、今や無人惑星から移植された山地や丘陵地帯や川、原生林や湖までも存在する大自然が広がってる。
「あ・す・な、楽しんでる?」
クラスメートたちが、砂浜でビーチバレーして遊ぶ様子を観戦してる白いワンピースの水着を着た栗色の髪の少女。
その少女に向かって後ろから近付き、その頬にジュースを押し当てる。
「しーぽん頑張れー! あひゃ!な、なに!……って、飛鳥君?どうして此処に?!」
明日奈は、ジュースが触れた瞬間飛び跳ねると、ザザッと距離を取り何やら構えを取る。
「うん、ちょっと気晴らしにね。所でトロピカルジュース飲む?」
「ん、飲む。ありがと。……じゃなくて!ビックリするじゃない」
もー、という感じで怒る明日奈。
可愛いなぁ。
「ごめんごめん、所で楽しんでる?」
「うん、楽しんでるよ。前来た時よりアクティビティも充実してるし、二泊だからゆっくり楽しめるし」
「そっか、良かった」
良かった良かった。
色々有ったから心配してたが、明日奈の表情や声色は明るい。
「飛鳥君こそ学校は良いの?日本時間だと今授業中だよね」
明日奈は時計を確かめるとそんな事を聞いてきた。
「仕事で自主休校中、草薙と叢雲の転用だとか、救出作戦に使った計算リソースだとか、色々と後処理が必要でね」
「大変なんだ」
「大変なんです」
「ふふ、飛鳥君色々とありがとね。心配してくれたんでしょ」
「まあね」
半分嘘だ、本当にお詫びでもある。
そう、"お詫び"である。
飛鳥の方針なのだが、電話や鉄道などと違って、日重の転送インフラに不通は想定されてない。
転送ポートにデータセンター、発電設備に至るまで全てが五重化され、ネットワーク攻撃は勿論の事。
同時多数のテロや反物質兵器の直撃すら想定したインフラが整備されてる。
しかし、ワームホールを利用する性質上、どうしても超空間を乱す兵器やブラックホールなどの天体現象には影響を受けてしまう。
それらに対抗するための空間補正機器も整備していたのだが、
今回の超空間ゲートの接続方法は、全くの未知でその想定を上回ってしまったのだ。
それでも銀連加盟国の存在する世界のように、大型の星船が一隻でも居れば対抗できたのだが、
未加盟国しかない世界=転送技術が公開されてない世界なので、転送の需要その物がほぼ無いのである。
なので、普通は次元転送ポートを搭載したステーションを軌道上に浮かべとくだけで、各国への出入国自体はシャトルを使うのだ。
わざわざそんな世界に修学旅行に行く学校が有り、
それに異次元からの侵攻に修学旅行生が巻き込まれるなぞ想定外である。
なので、純粋に危険に晒したお詫びでもあるのだ。
事実、クラリオンやシールド印籠が無ければ何人か死んでたかもしれない。
もしかすると、それが明日奈だったかもしれないのだ、そう考えるとゾッとする。
「じゃあ、邪魔するのも何だし帰るよ」
「もう?今来たばっかりだよ。少し遊んで行けば良いのに、友達も紹介したいし」
「ごめん、今日はホント無理。友達はまた今度紹介して、じゃ」
ヴン
「いやー、こっちは涼しくて良いね」
「もう秋だもの、そりゃ涼しいわよ」
「ご飯が美味しい季節です」
僕の言葉に詩乃と霞がそう返してきた。
久しぶりの登校だ。
少々緊張する。
まあ、世界間転送で毎日夕食前には帰ってたし、出された宿題等に合わせて自習はしてたので、特に勉強での心配はしてない。
まあ、この神に与えられたチート頭脳は1を聞いて100を知るを地で行くので、授業の遅れなど直ぐに追い付けるのだが、それはさて置き。
「三人で揃って登校するなんて久し振りだね」
「そうね。飛鳥が登校して来たって事は向こうの件は一段落したの?」
「技術的な事はそうだね。調べる事は大体調べたし、銀座・アルヌスゲートの架け替えも済んだしね」
「ふーん」
特に魔法は調べ尽くしたと言っても良いだろうし、亜神についても伊丹さんの協力で調べる事ができた。
歴史が違い、伊丹さんとロゥリィが知り合うとは思わなかったので、運命的な物を感じた物だ。
「この1ヶ月、詩乃は何か変わった事あった?」
「うーん、特にこれといっては無いわね。それを言うならそっちこそどうなのよ。ファンタジー世界に行ってたんでしょ」
「まあ、エルフや神様の実物に会ったよ。ほらこれ」
「画像を表示します――以上」
ちび武蔵さんをポケットから取り出し、眼鏡の思考操作機能を使って、画像を空中に何枚か表示して貰う。
「へー、エルフってホントに美人なのね。で、こっちのゴスロリ着てるのが神様?」
「正確には亜神ね。神様になる前段階、僕らの尺度で当てはめると不老不死のESP能力者って所かな」
「ふーん、この人は?この人も亜神とか言うの?」
詩乃の指し示す先の写真にはレレイとテュカが写っていた。
「その人はレレイさん、魔法使いでその人とエルフのテュカさんのお陰で魔法について存分に研究する事が出来たんだ」
「へー」
「魔法は誰でも使えるんですか?」
「それはまだ不明、少なくとも僕は使えなかった」
感触でだが、恐らく最低限の資質は求められるんだと思う。
まあ、其れよりも今のところ魔法の再現に研究の比重を置いてるから何だが。
「そうだ、レレイさんに魔法の指導して貰えるように頼んで見ようか?」
霞は少し考えるような仕草をしてから、お願いします。と返してきた。
「詩乃はどうする?」
「私はいいわ。あなたの事だから何れ誰でも魔法が使える携帯端末みたいな物を作るんでしょ」
「まあ、それが目標ではあるね」
本当は少し迷ってる。
魔法は計算資源と人間の想像力さえ許せば何でも出来てしまうからだ。
素粒子に対する干渉、精神に対する干渉、身体強化、未来観測、平行世界観測、物質創造に空間操作、死者蘇生などなどなど。
"何でも"、"何でも"出来てしまうのだ。
これを世に広めて良いものか、かなり迷ってる。
神に権能を貰った者として科学の進歩に貢献したいが、何処かで歯止めは必要では無いかと思ってしまうのだ。
「さて、ちょっと息抜きに別の発明でもしようかな」
この間、分子プリンターの高速化の改善を限界までやった。
既に普通の工作機械を上回る速度を実現してる。
分子レベルの精度でそれだ、これ以上の向上は精度を犠牲にしなければ難しい。
それはそれで、需要は有るだろうが、神様に与えられた権能が有りながら其れでは逃げと思ってしまう。
「これ以上の何かアイデア無いかな……」
何時も携帯してるネタ帳を捲りながら考える。
しっかし、我ながら散文だなぁ。
捲って行くとそのページの端に融合という文字が有った。
「融合かぁ」
転送装置と融合が出来れば……いやいや、既に何度か検討した上で無理と結論付けたのだ。
「いや、待てよ。物質を情報とエネルギーとして、"分けて"扱えばどうだ?」
既に四次元収納で実現してる技術だ。
精度だって、素粒子レベルで操る事ができるだろう。
頭の中で理論を構築して妥当性を検証する。
うん、うーん、おお?これなら。
妥当性を検証した後、脳内で原理実証の為の実験機を構築し、脳内シミュレーターに掛ける。
お!
「行ける!こりゃ、久々のブレイクスルーだな!」
実現すれば、物質とエネルギーさえ在れば一瞬であらゆる物が作れるようになる。
「それで、まず作ってみたのが自分の複製とは、我ながら度し難いというか何というか」
脳内シミュレーションとマウスや猿での動物実験は重ねたが、特に問題も無かったので自分の複製を造ってみた。
「まあ、良いじゃないか、逆利用で記憶統合も出来るんだから」
「いやー、我ながら偉いものを作ってしまったな」
取り敢えず、自分の複製を2人ほど造ってみたのだが特に問題は無いようだ。
フラクトライトコピーのように自我崩壊の様子はない。
素粒子レベルで同一だからか、或いは肉体が存在するからか、
最早誰が複製か確かめようがないが、まあマメに統合すれば齟齬も発生し無いだろ。
長期間に渡る試験もしなければ成らないが、それは叉の機会だ。
「取り敢えずアルファ、ベータ、チャーリーと呼び合おう」
「では、君がαで僕がβ、君がcで良いだろうか?」
「うん、良いだろう。では、次は何をするかだ。記憶統合と比較する為に記録も必要だろうから、ちび武蔵さんも複製しよう」
「そうだな、じゃあ僕は村山さんと軽く北海道の温泉でも入ってくるよ」
「この時間だと明日奈は門限で駄目だろうし、僕は詩乃と霞を誘ってカラオケでもして来るか」
「僕は魔法の研究をしてるよ」
日重が発表した肉体の複製・統合を可能にする技術は、世界に驚きと混乱をもって迎えられた。
当然だ、今までの働き方や学び方の何もかもが変わるからだ。
例えば、仕事を"自分達で"ローテーションしても良いし、複製した全員で集中的に片付けても良い、単純に仕事量を増やしても良い。
5人の複製を作って何かの訓練をして統合すれば、5人分の試行錯誤の経験が手に入る。
そんな画期的技術なのだ、その技術は量子コピーと呼ばれ、世界を変えて行く事になる。