地下の一室にてストロー越しの栄養ドリンクを啜りながら、外道スライムが口を開く。
「件の異界はこの国由来の低級悪魔が多い。日ノ本の神格を引きずり出すには相応しかろうよ」
「で、でもあんな低級の異界じゃ、魔界との経路が小さ過ぎるよ、小さ過ぎるよー」
「無理矢理広げれば良かろう、そのためのマグネタイトは度重なる略奪によって貯め込んである」
勧誘に出向いて来た相手と真っ当な戦いをするつもりは無い。
まずはガイア教団と接触を行い、「詳細な詰めは次回、とある異界にて行おう」と持ちかける。
この第一次接触を行う相手はよく選ぶ必要がある。即時のガイア教団入りを強く求めてくる輩ならば、そもそも顔を合わせるべきではない。話はしたい、だが詳しくは次回改めて。――という虫の良い要求を聞き入れてくれるだけの余裕を持った相手でなければ駄目だ。ガイアーズ相手では真っ当にこちらの話を聞いてくれる人員を探すなぞ高望みが過ぎるかもしれないが、その場合はアプローチの仕方から変えねばならない。
もしも上手くいったならば、それと同時にメシア教団へ「例のマンハンターがガイアと接触を持とうとしている」という情報を流す。これに関しては正規の情報ルートではいけない。血気に逸った下っ端メシアンが喰い付くように、頭の軽そうな雑魚ガイアーズを使って方々にて分かり易く吹聴させる。ガイアは脳味噌筋肉なので、きっと簡単に踊ってくれるだろう。間違いない。
「釣り上げるならば『正義感』という熱病に浮かされ易い小童共が良い。両陣営が派手にぶつかればそれで構わん。彼奴らの勝敗が決する暇を用意してやるつもりも無いさ」
同胞たるメシアンや多数の人々を襲って回る悪名高いマンハンターと、怨敵たるガイア教団。この二つが結び付こうとすれば、経験不足で考えの足りていない下っ端メシアンが必ず釣れる。
教会から力を授けられた経験浅い神の信徒が、己の胸に灯る正義の炎を余す事無くぶつけられる、格好の的を用意されて断罪の刃を向けずに済ませられようか。我慢の出来るお利巧さんばかりなら、世の中はもっと静かで発展性とは縁遠い形を保っていた。
一つの異界にメシアとガイアを詰め込めば、必ず争いが起こる。謀られたと悟った者がその場に混じっていても、この二陣営が向かい合った状況から戦闘を避ける手段などまず存在しない。
メシアン側の人員は、わざわざ経験の浅い者達を狙って引きずり込むのだから長時間の戦闘継続には実力もスタミナも足りていない。だがガイアーズの寄せ集め感も中々のものだ。組み合わせて短時間で良い具合に削り合ってくれたところを――。
「我が現身を構築する霊体を削り召喚の触媒とし、そこに潤沢なマグネタイトを注ぎ込む事で、鬼神『タケミナカタ』を召喚するのだ」
ミシャグジ様とタケミナカタ神は長き時の中で習合化された同一の神格だ。
無論その実態も魔界においては別個の存在なのだが、積み上げられた信仰と伝承から両者の繋がりはとても強い。必要量のマグネタイトさえ用意できれば、同一神格たる『縁』を辿って召喚する事は充分可能である。
COMPによって規格的に行われている悪魔召喚とは食い違う部分も多いが、そこはスライムとメガネの協力によって体裁を整える。
足りない部分はマグネタイトによる力押しだ。もとより低級悪魔しか通って来れない貧弱な魔界経路を、神族系の悪魔が通れる大きさまで拡張しなければいけないのだ。半ば以上力尽くで、勢いよく。強引にいけば出来るとスライムは考えた。
しかし霊体を削るとは言うが大丈夫なのか、とサマナーが口を出せばスライムは笑った。
「構わーん! 存分に血と汗と涙を流し、我が偉大なる王国の礎とするのだっ!」
ミシャグジ様には、タケミナカタに敗れ祭神としての地位を奪われた、という説話がある。
かつて己に土をつけた痴れ者を召喚し、顎で使う。外道スライムの内側には存在しない筈の心臓も、歓喜の念でドキワクだった。
「で、でもそんな大物じゃ従ってくれないんじゃないかな、ないかなー」
「召喚さえすれば後は直接メシアとガイアにぶつけてやって、それで用済みだ。さあ、タケミナカタの阿呆を使い捨ててやるぞー!」
悪魔が悪魔使いに従う条件として、主従関係に見合う実力が必要とされる。
当然だがスライムのサマナーはまだ弱く、神様に命令するなど不可能だ。だから召喚して、後は放置。殺し合いを誘発させた二陣営にぶつかれば、相応の被害と、上手く付け込むための大きな隙が出来るだろう。
近辺にて重要度の低い異界で作戦を実行するのも、タケミナカタを召喚し易い属性の異界である事と、予定外の強者が偶然戦場に迷い込む可能性を排除するため、というのが大きな理由だ。
多数のサマナーを襲撃してマグネタイトを強奪してきたのは、ミシャグジ様という前身を持つスライム自身を触媒としてタケミナカタを召喚する予定があったからこその所業。
今回の作戦、当然の事ながら誰一人生かして帰すつもりは無い。大多数の悪魔関係者達に「外道マンハンターがメシアとガイア両組織を敵に回して単独で勝利、生還した」と思わせる必要があるからだ。
どんな手品も種が割れては感動が薄れる。手練手管の一切を知られる事無く、成した実績だけは派手に喧伝しなければならない。二陣営を誘い込むためのちょっとした詐術や召喚した悪魔の暴走によって勝利したという舞台裏をひた隠し、「あいつは確かな力を持つ人物だ、敵対してはいけない」という有象無象からの『畏れ』を得るのだ。
内情を隠すのも、手の内を知られぬためであり、且つ正体の知れぬ不気味さに伴う恐怖を引き出す手段の一つ。
ここまで成し遂げて、ようやく最初の一歩を踏みしめられる。
まだまだ先はずっと長い。外道スライムは本当にこの国を手中に収めるつもりだった。
「一人二人の手練れは居ようが、所詮はサルよ。偉大なる我自ら、戦場の習いを教育してやらねばな。はーっはっはっはーっ!」
上機嫌なスライムを眺めつつ、サマナーは帽子で己の目元を隠した。
なんか凄く失敗しそうな気配がするんだけど……、とか考えながら。
◇
そして召喚されたモノは、とても大きなスライムだった。
「……うむ、失敗だな」
達観した物言いだが、スライムの声音はちょっとだけ震えていた。
奥行き浅い異界の最奥部近辺にて特殊大容量COMPとスライムを用いての悪魔召喚を執り行い、呼び出したものは――外道『スライム』だった。
――お前がスライムだからかな、コレは。
「わ、我のせいじゃないし!」
荒縄で縛り上げられた一本角の巨大スライム。
大きさだけは異界の天井部に角が引っかかるほどの巨体だが、所詮は具象化を失敗した外道族だ。神格を有する悪魔なれば国土内において神を名乗るに相応しい力を持ち合わせた筈。しかし結果はスライムだ。悪魔社会の最底辺たるスライムでしかないのだ。
この召喚廃棄物をどう利用してやれば漁夫の利を得られるのか、我らがスライム先生には是非ともご教授願いたいものである。
この不完全タケミナカタ、スライム部分に混じって半端に人型の胴体らしき部分も見える辺りが、召喚失敗の悲哀を感じさせる。
「うむ。……うむ。きっと日が悪かったのだな、本日は居城に帰還するぞオスザル」
失敗は失敗。過去に拘泥していては前に進めない。スライムは辛い過去を背負うが故に前向きだった。
そしてサマナーの有する特殊大容量COMPには保険として異界に同行してもらっていたメガネからのメールが届いていた。
『タスケテ キケン』
うむ。……うむ。サマナーはスライムの真似をして したり顔で頷いた。
思うに今までが上手く行き過ぎていた。失敗などあって当然のもの、自分達は少しばかり調子に乗り過ぎていたのではなかろうか。
「オスザルの分際で中々良い事を言うではないか。真に偉大なる我とて、謙虚さを忘れては崇められるに足る威厳に陰りが出よう」
そうなのだ。四六時中 偉そうな相手に頭を下げ続けるなぞ、力無き民とて忍耐を要する。
時には胸襟を開く寛容さもまた、上に立つ者が備えて当然の資質ではないか。
「キッ、キッ、キキキキキキシィィイイイイイイインンンンンッッッ!!!」
だから目の前で荒ぶる巨大な外道族から逃げ出すのは、二人に勇気が足りないからではない。
猶予は無い。躊躇も無い。眼前にて激しく小刻みに振動している角付きスライムが少し体躯を伸ばせば、相手を見上げねば全容を見渡せない小さき人間種族とスライムごときを叩き潰すなど容易い事。戦おうなどと考えてはいけない。
メガネが頑張って改造した大容量のCOMPを放置し傍らのスライムを両腕で抱え上げると、己を表すトレードマークとなりつつある黒い帽子とマフラーをその場に放り捨てて一息に走り出す。
巨大スライムの移動速度がどれほどなのか、そもそもこいつは動けるのか。観察に時間をかけて判断材料を得るよりも、メシアとガイアの争う戦場まで一直線に走った方が余程生き残る可能性が拓けている。
大きいものは強い。真理である。
「オスザル、出来ればもそっと優しく運ばぬか。偉大なる我の柔肌があ痛っ、イタァイ! はがれるー!」
走りながらコートも脱ぎ捨てようと四苦八苦。せめて見た目をどこにでも居る駆け出しサマナー風に装う事が出来れば、自分達の正体を知られないままに乱戦状態を掻き回せるだろう。
黒いハーフコートにしつこくへばり付く粘っこいスライム肌に舌打ちしつつ、サマナーは後ろも見ずに走り続けた。
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メガテンSSは特にサマナーを題材とする場合、主人公の行動による多勢力への影響や周囲からの風評まで考えないといけないので敷居が高い気がしますね。沢山考えるのは大変で、それぞれに説得力も必要ですし。難しい。
他者に影響を与えられないメガテン主人公だと世界観生かせてる気がしませんから尚更書き辛い気がします。
ライドウはきっと最終回には出番がある筈なので次も続かないです。