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No.40420の一覧
[0] 【チラ裏より】ある人の墓標(GS美神×ネギま!)[素魔砲](2015/11/05 22:32)
[1] 01[素魔砲](2015/06/28 20:22)
[2] 02[素魔砲](2015/06/28 20:23)
[3] 03[素魔砲](2015/06/29 21:11)
[4] 04[素魔砲](2015/06/30 21:06)
[5] 05[素魔砲](2015/07/01 21:12)
[6] 06[素魔砲](2015/07/02 21:04)
[7] 07[素魔砲](2015/07/03 21:17)
[8] 08[素魔砲](2015/07/04 20:51)
[9] 09[素魔砲](2015/07/05 21:08)
[10] 10[素魔砲](2015/07/06 21:24)
[11] 11[素魔砲](2015/07/07 21:08)
[12] 12[素魔砲](2015/07/08 21:08)
[13] 13 横島の休日 前編[素魔砲](2015/07/11 20:25)
[14] 14 横島の休日 後編[素魔砲](2015/07/12 21:06)
[15] 15[素魔砲](2015/04/27 00:35)
[16] 16[素魔砲](2015/06/21 20:47)
[17] 17[素魔砲](2015/06/27 21:09)
[18] 18[素魔砲](2015/07/16 22:00)
[19] 19[素魔砲](2015/07/20 22:16)
[20] 20[素魔砲](2015/08/26 22:20)
[21] 21[素魔砲](2015/11/05 22:31)
[22] 22 夕映と横島 前編[素魔砲](2016/03/20 22:33)
[23] 23 夕映と横島 後編[素魔砲](2016/06/18 21:54)
[24] 24[素魔砲](2016/07/30 21:00)
[25] 25[素魔砲](2018/05/14 22:55)
[26] 幕間[素魔砲](2018/05/27 12:53)
[27] 26[26](2023/01/28 22:33)
[28] 27[27](2023/01/30 22:16)
[29] 28[28](2023/02/01 21:35)
[30] 29[29](2023/02/03 22:01)
[31] 30[30](2023/02/05 20:35)
[32] 31[31](2023/02/07 22:35)
[33] 32[32](2023/02/09 22:07)
[34] 33 真実(前編)[33](2023/02/11 22:35)
[35] 34 真実(後編)[34](2023/02/14 00:00)
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[40420] 20
Name: 素魔砲◆e57903d1 ID:dc1e18e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/08/26 22:20




咄嗟に閉じていた目蓋を恐る恐る開いていく。
突然の出来事に強張ってしまった体で、きょろきょろと周りを見渡した。

気が付くと、ネギ・スプリングフィールドは全く見覚えのない・・・けれど見慣れた風景の中に佇んでいた。

規則正しく並べられている学校机。所々チョークの粉で白くなっている黒板と、古めかしい色艶の教卓。
掃除用具を入れるためのロッカーは半分ほど開かれていてそこから箒の一部が覗いている。
後ろ側に配置されている生徒たちの荷物入れの上では、様々な字体で”夢””希望””未来”と書かれた半紙が張り付けられている。
おそらく習字の授業で書かれたものだろう。中央で一際大きく書かれた”青春”の文字がとても目立っていた。

自分が普段教鞭をとっている場所とは全然違っているが、見るからに学校の教室である。
ついさっきまでいた場所からいきなり変化した景色に目をパチクリとさせながら、ネギは呆然としたまま口を開けていた。


「・・・えーと?」


「なんや・・・ここ?」


隣で自分と同じような表情をしている小太郎に視線を向けて力なく首を振る。何でこんな場所にいるのか分からないのはネギも同じだった。
ここに来る直前まで話していた横島の仲間だと名乗った高校生くらいの少女は、安全な場所に自分たちを連れていくと言っていたが・・・。
頭に疑問符を付けたまま、もう一度周囲を見渡してみる。たしかにこれ以上ないくらい安全そうな場所でもある。
人の気配は自分たちを除いて一切ないし、何よりネギにとっては教室というのは日常生活における平穏の象徴のような場所だ。
見知らぬ場所には違いないが、何となく落ち着いてしまうのはそういった心理状況からくるのだろう。

さっきまで続いていた緊迫した雰囲気からやっと解放された気分だった。溜息を一つついて肩の力を抜く。
事態の把握ができていないのにもかかわらず警戒を解いてしまうのはいけない事なのかもしれなかったが、どうやら自分で思っている以上に疲労しているようだ。
肉体もそうだが精神はそれ以上に・・・。
そんな事を自覚してしまえば立っているのさえつらくなる。
ネギは何となくばつの悪い思いをしながら一番近くにある備え付けの椅子を引いて座り込んだ。
そのまま力尽きたように上半身を学校机の上に投げ出す。少しだけ・・・ちょっとの間だけこうしていよう。そんな事を考えつつネギは目蓋を閉じた。


「お、おいネギ!なにいきなり寝とるんや!」


小太郎が慌てて肩を揺すってくる。ネギはされるがままになりながら億劫そうに返事した。


「いや、さすがに寝てはいないよ。でも、なんだか力が抜けちゃって・・・」


「まぁさっき一回死にかけとったわけやし無理ないかもしれんけどな。ここが何処か分からんうちは気ぃ抜いたらあかんやろ」


気遣わしげにこちらの顔色を覗き込んだ小太郎が、すぐさま警戒する様子で周囲に鋭い視線を走らせている。
ネギはそんな彼に顔を向けると、疲労で重くなった目蓋が自然と閉じかかってくるのに抵抗しながら力なく呟いた。


「危険はないと思うよ。・・・たぶん」


「何でそんな事が分かるんや?」


「さっきの人が言ってたでしょ。安全な場所に連れて行くって。あの人は横島さんの仲間みたいだったし・・・だったら信用できる」


正直な所、断言できるほどの根拠は持っていない。
あの少女とは初対面だったし、横島にしても素性を含めて知らないことが多すぎる。
疑おうと思えばいくらでも疑える。だが、それでもネギは横島を信用していた。
京都では刹那や木乃香を助けてくれた。明日菜と仲直りできたのも彼の仲介があってのことだし、今となっては命の恩人でもある。
むやみに疑心を向けるのは失礼だった。


(でも・・・)


目頭を揉み解しながら考える。彼があの悪魔にかんして何かを知っているのは確かだろう。
話を聞いた限りでは横島と悪魔は対立していて、麻帆良に逃げてきた悪魔を横島が追ってきたというような事情らしい。
それも今回に限った話ではなく、大停電と京都の事件、その二つにも関係しているようだった。


(出来れば詳しく事情を聴いてみたいところだけど・・・)


詮索無用と釘を刺されている手前、なかなかこちらからは頼みづらい。
命を助けてもらった恩もある事だし、あまり強くは出られそうになかった。

だが・・・だがそれでも今回ばかりは何も聞かずに済ます訳にはいかないだろう。
あの悪魔の言っていた事が本当なら、明確な目的をもって自分たちを狙っていたという事になる。
自分だけならともかくとしても、生徒まで標的にされているのだとしたら黙っているわけにはいかない。
知らないうちに当事者になってしまっている。少しでも事情を聴いておくべきだった。

難しい表情を浮かべて少々行儀の悪い姿勢で伏せていた顔を上げる。ネギは一度だけ未練がましい視線を机に向けてそれでも起き上がった。
自分だけいつまでも体を休めているわけにはいかない。あの場に残されている生徒たちが心配だったし、悪魔が倒されたわけでもないのだ。
とはいっても、何をどうすればいいのか見当もつかないのだが・・・。
隣にいる小太郎と一緒に草臥れた視線を向けあって、お互いに溜息をこぼす。
さてどうするかと頭を悩ませていたその時・・・。


突然黒板が妙に明るく輝きだした。ビカビカと目に痛い発光現象が起こり、ゴゴゴと奇妙な音を立てている。
驚きのあまり体が硬直するのを自覚しながら、何が起こったのかとネギは片手で作った庇の下から注意深く事態を見守った。
やがて光も音も収まり再びあたりに静けさが戻ってくる。するとそこにはいつの間にか何人もの人影が現われていた。
黒板と教卓の間にある台の上で窮屈そうにひしめき合っている。見慣れた制服姿の少女たちが横たわっていた。


「みなさん!」


眩しさのあまり半分ほど閉じていた目蓋を目いっぱい開いてネギが声を掛けた。
慌てて駆け出し少女たちの様子を伺う。大半の生徒がぐったりとした姿勢のまま気を失っていた。
ネギの呼びかけに反応したのは、呆然として顔を強張らせている木乃香と痛々しい表情を浮かべたまま小さくなっているのどかだけだった。

そののどかと目が合った。疲れ果て僅かに充血している瞳がゆらゆらと揺れている。
心配そうに覗き込んでいるこちらの視線に耐えられなくなったのか彼女はそっと目を逸らした。
ネギは思わず彼女の名前を呼びながら肩に手を掛けようとして・・・そのまま思いとどまって伸ばした手を引っ込める。
何と声を掛ければいいのか分からなかったからだ。
自分の不甲斐なさに唇を噛む。何か・・・何か言葉を掛けなければと思っても何も浮かばない。
ネギは無意味にパクパクと口を開閉しながら何も言えずに佇んでいた。


「おいネギ、ぼーっとしてんな!」


「え!?」


唐突に肩を揺さぶられて、ネギはビクリと体を震わせた。反射的に隣を見ると小太郎が呆れた様子で息をついている。


「こんな狭い所で姉ちゃん達をほったらかしにしとったらあかんやろ。とにかくスペース作るからお前も手伝え」


「あ・・・う、うん」


ぎこちなく返事をしたネギが言われるままに少女たちの居場所を作っていく。
掃除をする時のように邪魔な机や椅子を後方に下げて、ついでに教卓も移動させる。
床に直接寝かせるのもどうかといった話なので、黒板の下にある台の上に気絶している少女たちを並べていった。
些か窮屈な有様だったが贅沢を言っている場合ではない。
途中で和美や古菲の体に触れた時、思わず手を止めてしまったネギを小太郎が心配そうに見ていた。
そんな視線に気がついてはいたが、黙々と作業に没頭する。やがて何とか全員を無理なく寝かせる事が出来た。
一度深く息をついて様子を確認したネギだったが、不意に気分が滅入ってきてその場にしゃがみ込んだまま両腕で顔を覆った。
納得できない思いが胸中で溢れていた。

・・・なんでこんな事になったのだろう。そんな疑問で頭の中がパンクしそうになる。
いったい彼女たちが何をしたというのか。どうしてこんな事に巻き込まれなければならないのか。
疑問は答えが出ないままグルグルと頭の中を回り続ける。胸が苦しくて息が詰まりそうだ。
そんな様子でどこまでも落ち込んでいきそうなネギだったが、ガラリと扉が開く音が聞こえて、伏せていた顔を上げた。


「遅くなってすみません」


申し訳なさそうにしながら教室に入ってきたのは金髪の青年だった。
外国人然とした甘いマスクの持ち主で、どこの学校の物かは分からないが、いわゆる学ランを着込んでいる。
海外からの留学生なのだろうか。こういっては失礼になるが詰襟姿があまり似合ってるとは言い難い。
彼は何か大きな荷物を脇に抱えたまま苦労して扉を通ってきた。


「これを準備していて遅くなりました。本当はベッドか布団を用意できればよかったんですが、保健室に備え付けてあるのでは数が足らないので」


そんな事を言いながら筒状に巻かれた物体を空いているスペースにクルクルと広げていく。
それは体育の授業で使う体操マットだった。


「今残りを仲間が運んでいます。床にそのままではつらいでしょうから」


チラリと気絶している生徒たちに視線を向けて青年は体操マットの上に少女たちを寝かせていった。
どうやら気を利かせてわざわざ運んできてくれたらしい。意図を察したネギが慌てて立ち上がる。
手伝いますと声を掛けると青年は柔和な笑顔でありがとうと返事をしてきた。
やがて協力しながら作業を続けていくうちに、彼の仲間も教室に入ってきた。同じように体操マットを抱えている。
ここに来る前に見た二人組だ。一人は些か古めかしさを感じさせるセーラー服姿の女学生。
もう一人は天井に頭をぶつけそうなほど大柄な体格をした男子学生だ。二人は気安げに会話しながら金髪の青年の指示通りに動いていた。
そんな調子で気絶している全員をマットの上に寝かし終えると、お互いに自己紹介をする事になった。


「初めまして。僕はピートと言います。こちらの二人は愛子さんにタイガー」


「よろしくね」


「よろしくですじゃー」


「えと・・・僕はネギと言います。ネギ・スプリングフィールド」


「・・・・・犬上小太郎や」


にこやかな笑顔で名乗ってくるピート達にネギは少しだけ戸惑う様子で挨拶した。
見た目でいえば、どこかちぐはぐな印象を受ける三人組だ。聞けば全員同じ学校、同じクラスの同級生だという。
彼らは改めて自分たちが横島の関係者であることを告げ、少々強引な手段でこの場所に連れてきてしまった事を詫びた。


「何しろ緊急でしたので、事前に事情を説明できなくて・・・すみません」


「い、いえ。そんなことは・・・ちょっと驚きましたけど・・・」


いつの間にかここにいたので、何をされたのかはほとんど覚えていない。
何かとんでもないものに巻き込まれたような気はするのだが・・・。
曖昧になっている記憶を掘り起こそうとして首をひねっていたネギだったが、横にいる小太郎が些か棘のある口調でピート達に話し掛けていた。


「で、あんた達は何者やねん。あのけったくそ悪い悪魔野郎が何なのか知っとるんか」


小太郎が鋭い目つきで不貞腐れたように尋ねた。あからさまに警戒している。
どうも何も分からないままいつの間にか事態が進行している事について機嫌を損ねている様子だった。
助けてもらっておいてその態度は如何なものかとも思うが、あの悪魔と彼らの関係はネギも知りたかった事だ。

もし教えてくれるのならぜひ聞いてみたい。そう考えてピートに視線を向ける。
彼はすまなそうに目じりを下げながら、それでも小太郎の質問に回答する事をきっぱりと拒否した。
丁寧な仕草で頭を下げながら口を開く。


「すみません。それは僕の口からは話せないんです」


「どうしてですか!?」


ピートの言葉を聞いた瞬間。ネギは反射的に問い返していた。
荒くなってしまった語気に自分自身が戸惑う。こんな風に大声を上げるつもりなどなかった。
突然の剣幕にピート達が驚いて目を丸くしている。
だがその事に怯んだのは一瞬だ。
むしろずっと感じていた疑問を口に出したことで、何とか抑えていた疑心が膨れ上がっていく。


「どうして何も教えてくれないんです!?あなたも横島さんも!!今回だけじゃない、京都の時だって!!」


本当はずっと不満だったのだ。横島は間違いなく何かを隠している。
自分や生徒たちが巻き込まれた事態について、何らかの情報を持っているはずなのに何故かそれを話してはくれないのだ。
自分たちの素性も怪物の正体も全てひた隠しにしている。それが彼らの事情に起因している事も何となくだが察している。
おそらく話したくても話せないような理由があるのだろう。
だがそれでも、もう自分たちは部外者ではないのだ。命を狙われ、生徒に犠牲者まで出ている。
にも拘らず何も話してくれないというのでは納得できる訳がないではないか。


「お願いします!知っている事があったら教えてください!!あいつは・・・あいつはいったいなんなんですか?なんで・・・何でこんなことに」


知らず目尻に涙が浮かんできて、ネギはギュッと目蓋を閉じた。拳を震わせ、やり場のない激情を何とか押さえつける。
自分自身、感情の整理がつかなくなっている。心が制御できない。
恩人である彼らを疑いたくはないのに、それでも黒い疑念が溢れてきて止まらなくなっている。
もしかしたら彼らさえいなければこんな事にはならなかったのではないか・・・そんな事まで考え始めている。


「ネギ君・・・」


ピートが眉根を寄せて俯いた。罪悪感を覚えているようだ。
落ち着かない様子で、口を開きかけては何も言えずに黙り込むのを繰り返している。
それは先程自分がのどかに対して行った仕草と同じだった。言うべき言葉が見つからないのだろう。
しばらく無言の時間が流れる。やがて彼は呻くように告げてきた。


「すみません。やはり何も言えません。僕個人の判断で話していいような内容ではありませんから。ですが一つだけ・・・」


「・・・え?」


「今回のような事は二度と起こりません。あの悪魔さえ倒せればあなた達が危険な目に合う事はもうないでしょう」


「それは・・・」


どういう事なのかと、ネギが言葉を続けようとしたその時。


「あっ、あの!」


突然背後から声が聞こえてきた。
口を挟んできたのは先程から無言のまま俯いていた木乃香だった。似合わない険しい表情を浮かべながらこっちを見ている。
タイミングを計り損ねたのか無理やり割り込む形で声を掛けたことに何となく気まずそうにしながら、それでも彼女は意を決して口を開いた。


「あの・・・さっき横島さんが言うてた事はホントですか?」


服が皺になる事も気にしていない様子で胸の辺りをギュウと押さえつけている。
眉を八の字の形に歪め、瞳に真剣な色を宿していた。


「せっちゃんもみんなも・・・死んでないって。大丈夫だって・・・」


台詞の途中から声が涙で滲んでいた。縋るようにピートを見つめ口元を震わせている。ネギは驚いて木乃香に視線を向けた。
真っ白になった頭の中に彼女の言葉が浸透してくる。

今・・・木乃香は何と言っていた?

刹那もみんなも・・・・・死んでない!?


「そ、それは本当ですか!?木乃香さん!!」


気が付くとネギは木乃香に詰め寄っていた。よほど慌てていたのか途中で学校机に勢いよく脛をぶつけて思わず涙ぐむ。
反射的に座り込みそうになったが、それでも何とか痛みを堪えて片足を引きずりながら彼女の前に到着する。
中腰のまま脛を擦りつつ回答を待つ。
木乃香はそんなネギの質問にコクコクと頷きながら僅かにかすれた声で言った。


「う、うん。さっきここに来る前に横島さんが言ってたんよ。せっちゃんもみんなも大丈夫だからって」


「だ、大丈夫って・・・いったい・・・」


答えを求めるようにピートに視線を送る。彼は真面目な表情で頷くと落ち着いた口調で話し始めた。


「おそらく、奴は最初から彼女たちを殺すつもりはなかったのだと思います。
僕も詳しくは知らないのですが、あの悪魔は自分の分身・・・クローンを幾つも持っていて、それを他人に寄生させる能力があるようです。
どうも”本物”ともまた違った能力の持ち主なようで、推測になってしまうのですが」


「・・・分身?じゃ、じゃあ夕映さんやあのスライムの女の子も・・・」


ネギが呟きながら眠ったままの夕映を見る。
たしかに夕映との会話の中で、あの悪魔が言っていた事とも一致する。自分の分身を使って彼女たちを操っていたという事なのだろう。


「奴は彼女たちを利用しようと考えていたんでしょう。そのためには寄生先に死んでもらっては困る。
だから強引な手段で魂を肉体から切り離し、仮死状態にしたんです」


「魂を肉体から切り離す?」


「ええ、いわゆる幽体離脱というやつです」


こちらを安心させるように、ニコリとさわやかな笑顔で答えてくる。
しかし内容が内容だけにそんな風に笑いかけられても胸の内にある不安は一切解消されない。
思わず口元を引き攣らせてネギはピートに尋ねた。


「いえ、その・・・幽体離脱って・・・大丈夫なんでしょうか・・・」


「はい、魂の尾が切断されているわけではありませんから。離れてしまった魂がうまく体に定着すれば問題なく意識を取り戻すはずです。
誘導係もいますので安心してください」


「誘導係?」


「あなた達とも縁のある子です。初めて顔を合わせるので緊張していたみたいですが頑張ってくれています。だから大丈夫ですよ」


そこまで言ってピートは顔を上向けて天井付近に視線を送った。
つられてネギも同じ場所を見てみる。だが特に変わった様子はない。多少汚れているが何の変哲もないただの天井だ。
不思議に思いながらも首を元の位置に戻し、彼にどうしたのかと尋ねようとした瞬間。
ふと何かが聞こえた気がしてネギは再び顔を天井に向けた。





あ、朝倉さん!!違います!違います!そっちはくーへさんの体です!!


ちょっ!!くーへさん、待ってください!!勝手に教室の外に出ないでください!!


わーーーっ!!!せ、刹那さん!!だめです!!だめです!!そっちに逝ったらだめぇぇ!!戻ってこれなくなっちゃうぅぅぅ!!!





よく分からないが誰かが必死になって何かを訴えている気配がする。・・・一生懸命に何かを引き留めているような?
顎に手を当て思い悩むように首をひねっていたネギだったが、そんな彼にしばらく無言のまま天井を見続けていたピートが声を掛けてきた。


「大丈夫だと・・・思います・・・・・・・・・・・・・たぶん」


頑なに笑顔を維持したまま念を押すように言ってきたピートの額から、一筋の汗が滴り落ちたのを、ネギは見逃さなかった。





◇◆◇





それを見る事が出来たのは単なる偶然だった。


戦うための準備をしていた最中にたまたま目撃したに過ぎない。


切り札である特殊な文殊を作成していた時の話だ。あれの生成には一定の手順を踏む必要がある。
一度は何とか制御する事が出来たが、二度目も成功する保証などどこにもなかった。
緊張で喉が渇き、何度も唾を飲み込みながら覚悟を決めて文殊を使用した。
いつかのように尋常でないほどの情報が脳内を駆け巡り、ひどい頭痛が襲い掛かる。思わず悲鳴を上げかけて自らの首を両手で絞めつけた。
口の中で震える舌を上下の歯で噛んで止めながら身動き一つせず蹲る。どれだけそうしていただろう。
無限にも思えた拷問のような時間は、それでも終わりの時を告げた。無作為に収集していた情報が一つの方向に収束し苦痛が和らぐ。
重い頭を抱えながら体を起こし、額を押さえて呻き声を上げる。そして荒くなった呼吸を整え顔を上げた。


見慣れた姿の少年が空中に浮かびながら徹底した破壊を行っている。
病的に繰り返される光弾の雨がヒステリックな破壊音と共に延々と大地を穿っていた。
標的である敵の姿が光に飲み込まれて、そのまま影も残さず消え去ってしまいそうになっている。

・・・しかし。

”解析”の効果によって見える景色は全く違ったものだった。
一見すれば少年が一方的に悪魔を打倒しているようにしか見えない。だが真実は違う。
霊力が一切ない攻撃ではどれだけ苛烈であったとしても上級魔族を滅ぼす事はできない。
打ち据えられている悪魔の体から異様な霊力が膨れ上がっていた。
文珠で姿を隠しているにも拘らず思わず警告を発しようと口を開きかけた時・・・それを見た。


いや、正確に言えば見えたわけではなかった。


膨張した霊力が限界を迎えた瞬間。こちらの知覚をあっさりと振り切って悪魔の姿が消失したからだ。
直前まで戦闘を優勢に進めていたはずの少年が、一瞬でぼろ雑巾になって空中を落下している。
呆然としながら体が硬直した。全てが終わった後、理解したことがあった。

あれには勝てない。何をどうしようが真っ向から相対すれば1%の勝ち目もない。

ただ、事前に一度でも見る事が出来たのは紛れもない幸運だったのだろう。

なぜなら・・・。





・・・・・・・・・・・・何をされたかも分からず即死するという事態だけは、免れたのだから。





◇◆◇




・・・・・一度目。


横島の視界一杯に黒い壁が立ちはだかっていた。夜の闇を数倍濃く深くしたような漆黒が周囲を覆い尽くしている。
それはどこまでも屹立し際限がなかった。海中深く光さえ届かない深海の世界はこんな光景なのかもしれない。
心の内側で思いながら闇の中に溶け込んでいく。虚ろな表情のまま抵抗する事を止めた。

湿った感触が体を打ち付ける。闇の正体は横島と共に空中に打ち上げられた土砂だった。
雨に濡れて重くなっているはずのそれが大量にばらまかれている。瞬間的に発生した暴風が衝撃となって周囲一帯を吹き飛ばしたのだ。
まるでハリケーンの中に叩き込まれたようだった。こちらの意思など無関係に何もかもを巻き込んでいる。
原型がなくなるまで破壊された人工物。根っこごと掘り返された木々や草花。黒ずんだ土の中から鋭い石礫が襲い掛かってくる。
当然のように呼吸もできない。陸にいるはずなのに溺れている。空気が固い波となってぶつかってくる。
なすすべなく空中を漂流するしかない。

抵抗は無意味だった。
世界そのものが敵になっている。中ほどから千切れている鉄骨の残骸が右足を浅く切り裂いた。
チラリと傷を負った場所に顔を向けて、すぐに元の位置に戻す。いちいち気にしても仕方がないからだ。
もう既に無傷な個所を探すのが困難なほど全身傷だらけになっている。重要な臓器がある場所を除いて大小さまざまな傷が体に刻まれている。
中には骨にまで達するほど深いものもあった。今現在五体満足なのはただの結果でしかない。それほどこの攻撃は激しいものだった。


衝撃波というものがある。


物体が音速を超える際に、空気が発生し続ける圧力変化を伝えきれずに固まりながら一緒に進んでいくといった現象で、
膨大な力が一か所に集中するため、それに接触した場合には大きな衝撃を受ける事になる。

その威力は凄まじく生身の人体が至近距離でまともに食らえばバラバラになって吹き飛んでいくだろう。
下手をすれば形も残さずただの赤い染みになっているかもしれない。
そんなものを・・・今まさに自分の身をもって体験している真っ最中であった。


(・・・・・・出来れば体験なんぞしたくなかったけどな。そんなもん)


愚痴の一つも言いたくなる。
上級魔族と呼ばれる輩は、どいつもこいつもでたらめな存在であったが、こういうのはなんか違うのではないかと思うのだ。
いくらなんでもそうホイホイ音の壁なぞ突破してほしくはなかった。
まぁ、身内に時間の壁やら何やらいろいろ突破したりする人がいるのでいまさらなのかもしれなかったが。
空中でいいように翻弄されながら、敵の姿をとらえる。どうやら体勢を立て直し、再び突進してくるつもりらしい。
まともに目を開けられなくとも正確に状況を把握できているのは”解析”の効果あってこそだ。
だから直接敵に顔を向ける必要もなかったのだが横島は何となく首を動かした。


(まずいな。このままじゃ二秒遅い)


敵の攻撃タイミング。落下コースと地表までの到達時間。
そこから導き出されたのは空中で身動きが取れないまま突進を食らって苺ジャムのようになる自分の未来だった。
頭の中で勝手に行われている計算にうんざりしながら、文珠を握りしめる。
このままでは死ぬ。


・・・・・だから横島は無理やり間に合う事にした。


こちらの意思を受け文珠が輝くと同時に、頭から大地に落下していた体が不自然にクルリと回転する。
腹筋を使って勢いをつけたわけでもないのに直立不動の体勢から急に上下が逆転した。
足を地面に向かって伸ばしながら、再び奇妙な変化が起こる。まるで横島の周囲だけ重力が違っているかのように落下速度が増加した。
二秒先の未来に強引に滑り込んで、最初の攻撃で折れてしまった足を使って地表を蹴り抜く。



・・・・・二度目。



すぐ横を通り過ぎた死の具現が猛烈な衝撃の波を起こす。空間が踊り軋んで歪む。
突進そのものを避ける事が出来たとしても、その余波から逃れるすべはない。
まるでミキサーの中に突っ込まれてバラバラに撹拌された食材のような気分を味わった。
ジェットコースターに乗っているわけでもないのに体が上下左右に振り回され、そのうえ回転まで加わる。
平衡感覚はとっくに失われているだろう。体が感じる苦痛も想像しがたい。
どちらが空でどちらが地面なのかも分からなくなり、痛みによって悶絶してるはずだ・・・・・本来ならば。
最初の段階で感覚器官から受け取る外的刺激はすべてシャットアウトしているので別段不都合もなかった。
どれだけ転がされようが打ちのめされようが何一つ感じない。

再度宙に放り投げられつつ横島は思う。本当にあらかじめ視る事ができてよかった。
もし何も知らずに戦っていれば、あっさりと敗北していただろう。
この攻撃の厄介な所はいくらでもあったが、特筆すべきは何の事前動作もなく瞬間的にトップスピードが出せるというところだ。
重心移動も筋肉の強張りもない。極端な話、普通に立っている状態で一瞬にして音速を超える速度で襲い掛かってくるのだ。
しかも地面に対して垂直方向にではなく真っ直ぐ水平方向にだ。でたらめにもほどがある。
仮に最初の一歩目で超音速が出せるほど強く地面を蹴る事が可能だとしても普通は盛大に土を掘り返すだけだろう。
地盤が耐えられるわけがないのだ。
もっと言えば空気抵抗を避けるのに適した形状を全くしていないので、正確に標的を狙えるだけの精度が得られるはずがなく、
さらに言えばそれは攻撃した本人に対しても衝撃波が襲い掛かっている事の根拠になる・・・・・・。


(いかんいかん。俺らしくない事を考えてるぞ・・・)


知らず知らずのうちにしていた小難しい考察を慌てて振りほどく。これも”解析”の弊害だった。
制御されているうちはまだましだが、無作為に情報を拾ってはこちらの意思に関係なく解析するので、
何処から何処までが自分の思考なのか判別が難しくなるのだ。
あまり余計な事を考えない方がいい。努めて頭の中を空っぽにしながら再び敵がいる方向に顔を向ける。
さすがに慣性を消し去るほどでたらめでもないのか、攻撃を外したにもかかわらず勢い余ってかなり離れた場所にいた。

もう一度来るかと身構えた横島だったが敵が動く気配はない。
どうやら確実にしとめるはずだった攻撃を二度も躱され警戒しているようだ。好都合ではあるのでそのまま普通に落ちる事にする。
スタリと地面に着地し向き直る。こちらの体勢が整うのをわざわざ待ってくれたのか悪魔が話し掛けてきた。


「・・・なぜ・・・死なねぇ?」


そんな事を呟いたのだろう・・・おそらく。
とっくの昔に両耳とも鼓膜が破れてしまっているので音声として聞くことができない。解析の力で察しただけだ。
まぁ、別に間違っていたところでどうでもいいが。


「なんでだ!?何故生きてる!?」


こちらを指さしながら喚き散らす。顔が顔なので表情を伺う事が出来なかったが態度から狼狽が伝わってくるようだ。
横島は面倒そうに息をつきながら小さくしわがれた声を発した。


「んなもん避けたからに決まってんだろ」


なにしろ一時的なショックで声帯がうまく機能していないので、蚊の鳴くような声量しかない。
ちゃんと聞こえたかどうかわからなかったが、そこまで心配してやる義理はなかったので言い直しはしなかった。
それでも一応相手には届いていたらしい。大げさな身振りで言い返してくる。


「避けただぁ!?ふざけんな!!人間に避けられるはずねーだろ!!そんなぬるい速度じゃねぇ!!仮に直撃を免れたとしても、衝撃波が・・・」


「うるせーよ。面倒だからとっとと掛かって来い。こっちも暇じゃねーんだ」


相手の言葉を遮り、鼻を鳴らしながら文珠を握った無傷な方の指を使って手招きしてやる。
誰がどう見てもこちらの方が劣勢だろうが、そんな事は知った事ではないと余裕の笑みを浮かべた。


「ぐっ!!・・・・・きさま・・・殺してやる・・・」


あからさまなこちらの挑発はそれでも効果覿面だったようで、静かに激昂した悪魔が押し殺した声で呻く。
横島は冷めた視線を向けながら何の感情も感じさせない平坦な声音でポツリと呟いた。




「やってみろ」




直後、相手の霊力が急激に増加した。魂そのものを圧迫するような威圧感がこちらを押し潰そうとしている。
目で見なくとも、肌で感じなくとも伝わってくる。
次にやってくる攻撃は間違いなく今までの比ではない。本気でこちらを殺しに掛かっている。


次が最後になる。横島は理解していた。まともに食らえば間違いなく死ぬ。そんな事を頭の片隅で考える。
そう・・・よく理解できていた。


次の攻撃はどう足掻いたところで防ぐことも躱す事も不可能だろうという事を。


ただ立っているだけでも困難なほどの圧力を感じるのに、周りの情景は驚くほど静かだった。風の一つもたたない。
だが横島には見えていた。”解析”の力を通してとてもよく視えている。
自分と悪魔の間に霊力を使って作られた二本のレールが繋がっていくのを。

これこそが音速を超える速度で標的に攻撃を直撃させる事が可能な理由だった。
そもそも普通に考えれば、大気中で人間の形に近い物体がそんな超スピードでまっすぐ飛ぶわけがない。
例えば銃弾のように空気抵抗を最小限に抑える形・・・つまり流線形をしていて、
発射時に螺旋状の回転を加えられ貫通力を増しているというのならばともかく(射程距離という制限はあるが)
あんな形状の物体がまともな命中精度を得られるわけがないのだ。

それでも強引に空気抵抗という壁を突破しようとするなら、こういった工夫が必要になる。要するに電車の線路と同じだ。
自分と標的とを結ぶ線を作り、その中で霊力を爆発させ推進力を得ている。
銃の例えでいうならば奴自身が弾丸で、レールこそが銃身であり、照準を定める行為でもある。
銃身をそのまま相手に押し付けてゼロ距離射撃をするようなものなので狙いを外さないというわけだ。

しかも厄介なのはそんな無茶苦茶な方法を使って音速の壁を突破しているというのに、自分は全く傷一つついていないという事だ。
自身にも衝撃波が襲い掛かっているのにもかかわらず、それを無理やり耐えてしまうほどの硬質な外皮を持っている。
あの防御を貫くための手段を用意する事は困難だった。少なくとも”爆発”程度ではかすり傷も付けられないだろう。

眼前で加速度的に高まっていた霊力の塊が凝縮していく。照準が定まり撃鉄が下りる。
あとは引き金が引かれるだけで自分は何一つ残らずこの世から消え失せるだろう。それでも横島は一歩も動かなかった。
心のひだに何のさざ波も起きない。全くの無表情でそれを見送った。



無音の世界に銃声が響く。



・・・・・最後の死が襲い掛かった。



その瞬間を見ていたわけではない。
発射タイミングを正確に理解してはいたが、知覚の外側から襲ってくる攻撃そのものをとらえることはできない。
だから何ができる訳でもなかった。ただそこに立ち尽くしていただけだ。


横島が次に悪魔の姿を見つけたのは、敵が棒立ちの自分を通り過ぎ、明後日の方向に吹き飛んで行った後だった。


丸い塊が無茶苦茶な軌道を描きながらゴム毬のように飛び跳ねている。
樹木を倒壊し丹念に地表を削り取り、凄まじい勢いで視界の外に消えていく。
おそらくものすごい轟音が周囲に鳴り響いているだろう。耳が聞こえないのは幸運だった。何しろ煩くない。
横島はしばらくの間その場に立ち尽くすと、溜息をついて折れた足を引きずりながら歩き出した。
ギクシャクとした頼りない歩みだったが、無言のまま交互に足を動かしていく。
無残な姿でへし折れている樹木達が目印となって、森の中に一本の道を作り上げていた。
若干苦労しながらその中を分け入る。淡々と進み、やがて横島は悪魔がいる場所に到着した。

倒れた木々の間に埋まるようにして、悪魔が逆さの状態で大地に押し付けられている。
いや押し潰されていると言ってもいい。ミシミシと嫌な音を立てながら周囲の地盤ごと徐々に陥没している。
それは不思議な光景だった。悪魔が沈んでいく場所だけが奇妙に歪んで見えている。
強大な重力が力場を形成し周囲の光を屈折させているのだ。視界の端にその姿を捕らえると横島はゆっくり近づいて行った。
そして暗い瞳を向けながらストックしてある文珠を取り出し、顔を俯けて囁いた。


「重いっていう字は重なるとも読める。知ってたか?」


相手に聞こえるはずがない。それは分かっていたが何となく口に出していた。
文珠に文字を刻み、もはやただの黒い塊にしか見えない重力渦にヒョイと投げ入れる。


”軟”


すると・・・ベキボキというような何かが潰れる音が聞こえた気がした。
或いはあの悪魔の断末魔がだ。もちろん錯覚だろう。そんなものが聞こえるはずがない。
だが、現実に見える光景はそれを裏付けている気がした。
放り投げた文珠の効果が失われると同時に、見ているだけで気分が悪くなるような重力場が一斉に消失する。
そしてあとにはもう何もなかった。
周囲にあるのは一部分を不自然に抉られた倒木と、同じくごっそりとすり鉢状に削られた地面だけだ。
死体どころか肉の一欠けら、血の一滴すら残されていない。
あの悪魔がここに存在していたという痕跡はもうどこにもなかった。


これが・・・卑劣な手段で少女たちを苦しめた悪魔・・・ベルゼブルの最後だった。


全てを見送り目を瞑る。
そして横島は糸の切れたマリオネットのようにその場に頽れた。
体の感覚を遮断しているので痛みも地面の冷たさも感じない。
感覚のない世界で目を閉じると、自分がまるで何の寄る辺もない宇宙にたった一人で放り出されている気分になる。
閉じていた目蓋を開け、唇を動かす。


「結局・・・殴れなかったな」


せめて一発くらいはのどか達のために殴っておきたかったが、それも叶わなかった。
まぁ・・・最初から分かっていた事ではあるのだが。
肺にたまった空気を吐き出し口を噤む。
もうしばらくこうしていたい気持ちはあったが、そういうわけにもいかない。
横島は起き上がろうと体に力を入れて・・・失敗した。僅かに身動ぎした程度で立ち上がる事が出来なかった。

実を言えば自分の体は限界に近かった。騙し騙し使用していたがそれももう無理だ。
いくら感覚神経を遮断して痛みを誤魔化そうが、負傷そのものがなかった事になるわけではない。
一刻も早く治療する必要がある。
意識下にため込んでいる文珠を取り出し文字を込める。
そのまま自分に押し付けようとしたところで、横島は持っていた文珠をポロリと落としてしまった。
慌てて拾い上げるために手を伸ばし・・・絶句する。
右腕が動かない。いや、もはや異常をきたしているのは右腕にとどまらなかった。
体全体が己の意思に反して全く動こうとしない。どれだけ命じても無駄だった。金縛りにあってしまったかのようにピクリともしない。


(く、くそっ!)


焦りが心を覆っていく。原因は分かっているが止めようがない。それをすれば自分は死ぬからだ。


「・・・・・・っ・・・」


悲鳴を上げる事も出来ない。胸の内側に絶望の影が忍び寄る。
何度も何度も動かない手を伸ばして、落ちてしまった文珠を拾おうとする。だがそれは叶わなかった。
芋虫のように這いずる事も出来ずに横島は目の端に映る文珠を睨み付けていた。

・・・すると。

突然文珠が視界から消えた。誰かの手がヒョイと拾い上げる。
落ち葉を踏みつける綺麗に磨かれたスニーカーが目に入った。
そいつは、”解析”の力が働いている最中の横島に全く気付かれる事なく、いつのまにか・・・そこにいた。


「まさか勝つとは思わなかったな。あなた本当に人間?」


変声期を迎える前の少年の声が悪戯っぽく質問してくる。
耳が聞こえない状態ではデータとして伝わるだけで肉声そのものを認識できるわけではない。
それでもその声は何故かクリアな音声として横島の脳裏に刻みこまれた。
少年は何がおかしいのかクスクスと笑いながら、その場にしゃがみ込むと横島の手元を覗く。
握りしめられている文珠に視線を向けて、目を細めながら言った。


「”操作”・・・か。なるほどね。
こんなに傷だらけなのに、何で血の一滴も流してないか不思議だったんだけど、肉体そのものを操っているわけか・・・すごいな」


感心した声で少年が呟く。何も言い返す事ができないまま、聞こえてくる。
これだけ肉体が損傷しているにも拘らず、即死していない理由がそれだった。
人間が外傷によって死ぬ理由はいくつかあるだろうが、
大量に血を失った場合、血圧の低下から来るショック死か血液が酸素を運べなくなり酸欠を起こす。
それを防ぐために横島は自分の体をリアルタイムで”解析”しつつ血流を”操作”していた。

骨が折れても歩行できる理由もそれだ。足を動かしているのではなく足を操っている。
脳による命令ではなく文珠の力で無理やり”操作”しているのだ。
それは言うならばゲームの中の登場人物をコントローラーで動かしているようなものだった。
感覚神経が遮断された横島忠夫という人型を操る。

最大HPが失われる、つまり死亡するまで基本的なスペックを強引に維持し続ける。
神経が切断されようが、関節が破壊されようが、筋肉が断絶しようが、関係ない。
生命維持に不可欠な重要な臓器と脳さえ無事ならば、即死を免れる。そして即死さえしなければ文珠の能力で操る事が出来る。
そんな普通では考えられないようなことを横島は実行していた。


「でも、それだけじゃないよね。思うに衝撃波を避けるための気流操作と擬似的な空間操作までしていたんじゃないかな?」


どう、合ってる?と無邪気に聞いてくる。だが、今の横島には答えられない。


「例えば衝撃波が来る直前に自分の周りに真空を作るんだ。それを空間操作で固定したんじゃないかな。
エネルギーが段違いだけど結局衝撃波といっても空気中の圧力変化に過ぎない。空気という触媒がなければ波を伝える事が出来なくなる」


模範解答を言う優等生のように次々と言葉を発する。


「まぁ、さすがに大気中で完全な真空なんてものは作れなかったみたいだけどさ・・・」


傷だらけのこちらを見ながら、眉をひそめる。横島は答えられない。


「それに最後のあれだ。悪魔が地雷でも踏んだみたいにいきなり吹っ飛んで行ったけど・・・あれも何かの仕掛けでしょ?」


(だから答えられないって言ってんだろうが!!)


声を出す事も出来ないので心の中だけで絶叫する。いい加減うんざりだった。こっちはそれどころではないのだ。


「さっきのお兄さんの台詞からすると、刻んでいた文字は両方とも”重”いかな?」


首を傾げて人差し指を顎に当てていた。
美少年のそんな仕草は見る人間が見ればたまらないものなのかもしれないが、あいにくと横島は不快に感じるだけだ。
できる事なら顔を背けてしまいたかったが、相変わらず身動き一つできない。
歯がゆい思いを噛みしめていると、ふと先程の決着の瞬間が頭をよぎった。別に目の前の少年に問われたからではないのだが。

確かに少年の言う通り横島は戦いが始まる前にある仕掛け・・・罠を設置しておいた。
音速を超えて動くような奴が相手では、まともな戦闘も出来ない。こちらの攻撃動作そのものが致命的な隙になるからだ。
だからタイガーの精神感応により場が混乱している間に、こっそりと文珠を仕込んでおいたのだ。

あらかじめ作り上げていた例の特殊な文珠に”重”という字を二つ刻み、
”隠”の文珠で見えないようにしてから適当な場所に放置した。

”解析”の効果が発動している横島だけがそれを見る事が出来る。あとは単純だ。
こちらの罠にかかる位置に敵を誘導し、それを踏ませればよかった。

彼我の距離を計算し、敵の挙動を予測し、こちらの位置を調整する。最適な場所に敵を誘い出すために必要だった回避が二回。
三回目に罠を踏ませることで文珠が発動した。超重力の渦が加速した相手をそのまま大地に激突させる。
要するに超音速で頭を地面にぶつけたわけだ。奴にしてみれば何が起こったか分からなかったろう。
全力で駆けるために足を踏みしめた瞬間、標的に向かうはずが地面に向かって特攻していたわけだから。
”重”いの文珠には”重”なるの効果も付与してあった。踏んだらそれまでだ。どれだけ速く動こうが接触者を起点に効果が発動し続ける。
幾度も大地に激突しながら敵の姿は森の奥に消えていった。

勝つには勝ったが、実を言えばひやひやものだった。
文珠を踏んでもそのままレールをたどって横島に激突する可能性もなくはなかったからだ。

結局のところ人間が上級魔族に勝とうとするなら、どこかで賭けに出ざるを得ない。
罠を張り巡らし、背後から奇襲し、はったりをかます。
そこまでやっても命を賭けなければならないほど、人と悪魔には明確な差があった。


「身体操作、気流操作、空間操作。一つの単語で複数の効果を得ている」


指折り数えながら少年が囁く。


「”重”いにしてもそうさ。一つの文字で全く異なる意味の効果を同時に得ていたわけだ・・・」


掌を上向けて呆れたようにこちらを見る。そして言った。


「もう一度聞くけどさ・・・君、本当に人間かい?」


「・・・・・・・・・・・」


当たり前だと文句を言いたくても口が動かない。もはや瞬きすらも覚束なくなっていた。
”解析”の力が暴走し始めているのだ。自分の制御を離れようとしている。
もしもそんなことになれば、まっているのは血流の操作を誤っての出血多量による即死か。
感覚神経の遮断に失敗し、痛みによってショック死するか。或いは単純に情報過多による精神崩壊か。
・・・どう転んでもろくな未来が見えない。


(あ、あかん。まじでやばい。このままじゃ・・・)


自我が消えかけるように意識が朦朧となっていく。しかしそれでも止まらない。
脳髄が悲鳴を上げようが、好き勝手に情報を解析していく。

実を言えば最初から懸念はあったのだ。
京都から帰ってきてからこっち、何故か不自然に増大している自分の霊力を扱いきれないのではないかと。
そんな状態で、ただでさえ難易度の高い文珠の使用法を・・・・・。


(・・・・・あれ?)


そこまで考えて、ふとある疑問が頭をよぎった。


そういえば・・・自分は何であんな使い方ができたのだろう?


まるで当然のように扱っていた。できると信じて疑わなかった。自分はまるで当たり前のように・・・。


白く濁った思考の中に、その疑問だけがグルグルと繰り返されていく。
どれだけ己に問いかけても答えは出ない。それでも疑問は湧水の如くこんこんと溢れていった。
呆けた表情のまま、横島忠夫という人格が消滅していく。弛緩し始めた肉はどんどん死体のそれに近づいていく。
締まりのなくなった口元からタラリと睡液が滴り落ちる。その事を自覚する事も出来ない。
もはや止める事が出来ないほど霊力は増大し続け、何も考えられなくなる。

そして・・・・・とうとう終わりが訪れようとしたその瞬間。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




目の前に・・・無言のままこちらの瞳を覗く邪悪な虚があった。
目と目が合う。ただ見つめられているだけなのに、裸のまま極寒の地に放り出されているような悪寒が心を凍えさせる。
少年は大きな瞳を見開いたまま、何の表情も浮かべることなく横島を見ていた。
顔を上げさせるためだろう。髪の毛を掴まれ無理やり上体を起こされる。


「・・・・・まだ・・・死ぬな・・・」


奴隷に命じる主のように。家来に下知する王のように。尊大な物言いで彼は横島に命令した。


「やはり伝えておくとしよう」


少年が口の端を厭らしく吊り上げながら、言葉を紡いでいく。


「これから三週間後、超鈴音という娘がある行動を起こす。それは君にとっても見過ごせない事で、重要な意味を持っている」


途切れつつある意識に言葉の羅列が次々と埋まっていく。


「それが何なのかを知って、どうするかは君に任せる。協力しても、妨害しても、あるいは無視しても・・・それは君の自由だ」


力なく目蓋が落ちかけ、暗闇が視界を覆い尽くしていく。


「・・・最後に、忠告しておこうか」


黒い世界の中に優しい声が囁かれる。


「君にとっての仲間がこの世界にとっての味方であるとは限らない・・・せいぜい気を付ける事だ」


その言葉を最後に、何もかもがわからなくなって・・・。





横島は意識を失った。





◇◆◇





目の前の人間に視線を落とす。どうやら今度こそ完全に気絶してしまったようだ。
意識もないのに肉体を”操作”し続けていられるのは賞賛に値する事なのかもしれなかったが、それが当人のためになるかは甚だ疑問だった。


なぜなら、異常だからだ。


素直に言わせてもらえば、ただの人間がこんな無茶をするべきではない。
心臓を・・・その持ち主が意識して動かせないように、出来るはずのない事を無理やり行えば必ずどこかに歪みが生じる。
こんな事を繰り返せば近い将来必ず命を失ってしまうだろう。


まぁ、今も死にかけている事には変わりないわけだが。


そんな事を考えながら、手の中にある玉をクルクルと転がす。
大きさはせいぜいビー玉と同じくらいだったが、金属の冷たさは感じられない。
ゴムのような柔らかさもなく、かといって硬すぎもしない。不思議な感触だった。
何となく掌の上で弄んでいたその時、ふと誰かが近づいてくる気配を感じてそちらを振り向いた。


「なんだ、やっぱり来たのか」


「・・・・・立場上、捨て置くわけにはいかないのでな」


視線の先にいたのは一人の幼い女の子だった。傍らにメカメカしい従者を連れている。
さらりとした金髪が月の光に反射してキラキラと輝いて見えていた。まるで森に住む妖精のようだ。
見ているだけで相手を殺しそうな、その目つきを除けばだが。


「立場上ね・・・まぁ、いいけど。彼を回収しに来たのかな?それならやめておいた方がいいよ」


一応、忠告してみる。


「・・・・・・・・・・・・どういう事だ」


少女は厳めしく歪めた眉をピクリと動かし問いかけてきた。


「今下手に動かすと、それだけで死んじゃうからさ。
ギリギリのところでもってはいるけど、それももう限界だね。見たところあと数分ってところか・・・」


地面に倒れてピクリともしない体に視線を向ける。いくらなんでもこの状態で、そう長くはもたないだろう。
今生きているだけでも十分奇跡と言えるくらいなのだ。


「僕としてはどっちでもよかったんだけど、わざわざ君が来てくれたことだし渡しておこうかな」


こそこそと隠れていたのはお互い様だったが、こうして顔を合わせた以上、これも何かの巡り会わせかもしれない。
そう思い、右手に握っていたものをヒョイッと放り投げた。
危険物とでも思ったのか、少女は受け取らずにそのまま見送った。
地面に落ちたそれに鋭い視線を向けている。


「・・・これは」


「それを彼に押し付ければいい。体の傷が治ったところで助かるかは五分五分だろうけど、やらないよりはましだろうしね」


彼が暴走している力を抑え込めるかは・・・自分にも分からなかった。


「それじゃ僕はもう行くよ。これでも買い物を頼まれている最中なんだ」


肘の上にかけてあったビニール袋がカサリと音を立てる。
いい加減遅くなりすぎているから、いまさらかもしれなかったが、雨の中を使い走りさせるような雇い主にはちょうどいい嫌がらせだろう。
クルリと背中を向けて歩き出す。


「ま、待て!」


「なんだい?」


「お前はこの男の仲間ではないのか?このままにしておくきか?」


そう問いかけられて、思わず吹き出しそうになった。


仲間・・・なかま・・・実に面白い冗談だ。


「あいにくとそんな関係ではないよ。どちらかと言えば敵だろうね」


「敵・・・ならばお前は・・・」


「だからといってあの悪魔の味方でもないよ。ああいう下品な輩と好き好んで付き合う趣味はない」


「・・・・・」


「それよりお兄さんを気にしてあげた方がいいよ。そろそろほんとにまずそうだ」


その言葉を聞いて、少女が地面に落ちている玉を見つめながら唇を噛んだ。
どうやらこちらの言っている事が本当かどうか迷っているようだ。
まぁ、罠だと警戒して使わないとしてもそれは少女の自由だ。気にしない事にして歩き始める。


「おっ、おい待・・・」


「ああ、そうだ。一応言っておくね」


立ち去ろうとする背中に少女が制止の声を上げた瞬間、それを遮るようにして少年は言った。


「僕を追おうとは考えない方がいい。もしついてきたら・・・・・殺すよ」


穏やかな声で告げると、少年はゆっくりと歩きだした。背後で息をのむような音が聞こえていたが振り返る事もない。
足元を照らす月明かりは森の中というのもあって、少し心もとなかったが気にせず進むことにする。
下草についていた雨の名残が膝を僅かに濡らした。
やがて森を抜け視界が開けてくるとほとんど更地のようになっているステージが目に入った。

これは修理するより新しく作り直した方が早いな。

そう思いながら無残に抉られている地面を歩く。

そしてたった今出てきたばかりの森を振り返ると、唇を皮肉げに釣り上げこう言った。




「・・・・・運命・・・か」




だとしたらそれは何者の手による采配なのだろうか。




優しく地上を照らしている月に一度視線を向けてから、少年は今度こそその場を後にした。





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