進藤ヒカル。前髪を明るく染めている以外は一見ごく普通のどこにでも居るヤンチャな小学六年生。
そんな彼が、今いる場所は社会保険センターで開催されている囲碁教室であった。
「白川先生はプロだし強いんだろうけど恐らくダメだな」
講義を聞きながらもそんな失礼な事を考えていたヒカル。
「おばさん、どっかもっと碁を打てる場所を知らない?」
「そうね、駅前に碁会所があるけれどまだヒカル君には早いかも」
「ありがとう、取りあえず言ってみるわ」
教室終了後、まだ日が高いために同じ教室に通っていたおばさんに碁会所の存在を聞いて新たなる場所へ向かうヒカルであった。
そして、そこは駅前のビルに入っている囲碁サロン。
進藤ヒカルにとって運命の出会いの場所であった。
入った時に受付のお姉さんに棋力は不明だがそこそこ強いと言って対局相手を探し同い年の少年を見つけてヒカルから打とうと言い出したのである。
「オレは進藤ヒカル。6年生だ」
「ボクは塔矢アキラ。同じく6年だよ」
屈託なく話しかけるヒカルに嬉しそうに答えるアキラ。
おかっぱ頭ときっちりと着こなした姿はヒカルと正反対の真面目な少年に見える。
「棋力はどれくらい?」
そんなアキラがヒカルに問うと。
「じいちゃんに習って半年位で今の師匠からは半年では強い方だと言われているけど良く判らない」
「良く判らない。じゃあ、とりあえず置き石は四つか五つくらいにしようか」
「同い年なんだからハンデなんかいらないよ」
「え?うん…… まァそうだね」
ヒカルの言葉に思わず対応に困り頭をかくアキラ。
「塔矢アキラに置き石なし?」
「碁歴半年でアキラ先生と対等のつもりか」
「実力はプロに近いアキラ君に凄い自信だな」
ヒカルの言葉を聞いた周囲の人たちは呆れ交じりに囁いていた。
「じゃあ、先手でどうぞ」
周囲の雑音を無視してヒカルを促し対局を始めた。
そのまま打ち続けて直ぐに互いの力量を察した。
「アキラって、オレの師匠と打っているみたいだ。本当に6年生?」
「ヒカルくんも始めて半年にしては充分強いと思うよ」
「当たり前だ。アキラくんはプロになってもおかしくない実力だぞ」
「小学生でもプロになれるの?」
「当然。試験に合格すれば何歳でもプロになれるし、アキラくんならいつでも合格できる実力もあるのに受けていないだけさ」
途中からギャラリーのおじさんが会話に介入してきた。
「ふーん。そんなに強いんだ」
そのまま考え込んだヒカルは負けを認め投了しアキラを自宅にそのまま強引に誘ったのだ。
「ちょっと、師匠と打ってもらいたいんだ。おじさんやじいさんでは不安だけどアキラなら同い年だし怖がりでもなさそうだから大丈夫だと思う」
聞いてみると大人げなく一刀両断して勝つ経験もないから囲碁教室でも学んで見返そうとしていると。
そして師匠相手に勝てそうな相手も探していたと。
その相手がアキラだと聞かされてもアキラ自身は困惑していた。
なによりヒカルは確かにじいさん孝行として囲碁を覚えて半年にしては強いがその師匠もしょせんは素人。大して期待はできないと思っていたのだ。
ヒカルの自宅の横にある天海と表札のある日本家屋の建物が師匠の家だと案内されたのだ。
「おじさーん、コンニチワ」
ヒカルの挨拶に真っ白な頭の40前のおじさんが現れた。
彼がお師匠? その割には指が普通人だとアキラは思ったのだが。
「響は今日はまだ帰っていないよ」
「いや、囲碁をやろうと思って」
ヒカルの返事におじさんはビクッと震えだした。
それでも誰も居ない部屋へ二人を案内したのだ。
「響が居ないから、会話が出来なくてゴメンな」
そして碁盤を準備していると空中に一対の手首が浮かんだのだ。
「ヒ・ヒカルくん」
「ああ、それはHANDONLY。まだ頭が見つかっていない美人さん」
平然と答えるヒカルに絶句するアキラ。
「で、オレの師匠は藤原佐為。平安時代の碁打の1000年も幽霊をやっているのに友だちの響以外には姿も見えなければ声も聞こえない。だから響か彼女に代わりに石を置いてもらっているんだ」
「は・は・は」
ヒカルの言葉に乾いた声しか出ない。そして確かにお年寄りなら心臓発作も起こしかねないから迂闊に他人にも言えないだろうと納得してしまった。
じいちゃん孝行として囲碁の相手をしなさいと、母親から小遣いを人質に言われ響と行ったらじいちゃんの蔵にあった碁盤から現れた幽霊を彼女が見つけたらしい。
「江戸時代に一度虎次郎という人には見えて代わりに打ってもらったらしいよ。
その時の名前は確か本因坊秀策だったかな」
だが次の瞬間もう一つの幽霊の名を聞いたアキラには幽霊だの何だのがは全く関係無くなったのだった。
「本因坊秀策。本当にそう言ったのか」
その勢いに思わずうなずくだけだったヒカル。
そこへ、女子高生の響が帰ってきて通訳を始めたのであった。
黒髪ストレートの美少女に思わず顔を赤らめたがそのまま碁を始めるとたちまち意識は碁盤に集中したのだ。
そして集中しなければ一瞬で敗北するとも理解できる棋力の持ち主(幽霊)だと、確かに秀策と言われて納得する塔矢の父に匹敵する実力であった。
五目半のコミでも二目半の負けにアキラ以上にヒカルが悔しがったりしていた。
実際には指導碁であって真剣勝負でない事がヒカルには理解できなかったようだ。
そのままヒカルはアキラに現在でも最強の棋士と言われる棋聖が本因坊秀策だと説明し彼に教えを受ける事がどれほど凄い事か解らないのかと説教をくらったりもした。
その後響の通訳を交えて検討を行ったりヒカルの対局を見たりして夕食前ギリギリに帰る事になった。
帰る時の挨拶でラップ音が挨拶を返したり、引き戸が勝手に開いたりしたがヒカルは黙ってアキラの肩を叩いて首を振るだけだった。
そして家の主人であるおじさんは怯えていて気絶寸前であるのを見てアキラは却って開き直れたのであった。
「又、碁を打ちに来ても良いかな?」
その言葉に響が喜び、引っ越ししてからはヒカルや転校先の高校でのクラスメート以来何度も遊びに来る友達が出来て嬉しいと。
家の皆さん(幽霊たち)も大歓迎だという返事でいつでもOKだと。
その返事にヒカルが嫉妬をしたのか来るときはオレにも連絡しろという事になり、その時の携帯画面から烏帽子姿の佐為の画像を見せてアキラも初めて秀策の本当の姿を知ったのだった。
尚、響は携帯を持っておらず連絡はヒカル経由となった。
その後ヒカルは葉瀬中の創立祭を響と幽霊は怖いが嫉妬したあかりと三人で行って囲碁部の活動を見たり、屋台を覘いたりしたがその時一緒に憑いてきた佐為や丸い見えないステルス幽霊などが色々と騒ぎを起こしたり、春休みには無縁仏の墓をヒカルやアキラそれにあかりと一緒に修繕したら代返侍が憑いて響が居なくても佐為の言葉が通訳出来る様になったりしていた。
「えっ? もうプロになるの?」
「うん。今年のプロ試験を受けるつもりだ。進藤、キミも頑張れよ」
「森下先生の研究室で学んでいるし、院生試験も受けれるように推薦状も書いてもらえる。
親もプロを目指すのを承認してくれたけれども。塔矢はもうプロ試験なのにこっちは漸く院生か」
未だに塔矢との差が大きいと溜め息を吐くヒカル。
アキラが天海の家に行くようになり、その影響かヒカルも碁にのめり込む様になっていった。
そしてプロを目指すアキラにこれ以上置いて行かれない様に自分もプロを意識していたのだ。
それでもヒカルの両親は最初は渋ったが、新しい碁の先生である白川七段と話をして高校生までにプロになれるのなら認めると妥協をしたのだ。
そして、なぜ白川七段なのかと言えば、最初アキラは父親の塔矢名人の研究会を誘ったが、馴れ合いは嫌だと。それならと囲碁教室の白川先生を改めて白川七段として紹介されたのであった。
その時は神の一手に最も近い男に近付けるのにと左為が騒ぎそれに影響をうけたのかラップ音も激しくなり天海の親父さんが悲鳴を上げていたが、もはやアキラも慣れたもので気にもしていなかった。
中学ではヒカルは囲碁部に創立祭で出会った筒井と共に入部したがプロの下で学び院生を目指していると表明している為公式戦に出る事は出来なかった。
それでも、あかりが一緒に入部して佐為とHANDONRY。追加に代返侍も時々憑いて来て指導者も揃ったのだ。
その時、囲碁部より強い将棋部主将加賀がやってきて幽霊にビビりながらも打ったが、指導碁で対応し佐為の強さを証明していた。
更に一年生の部員をあかりと一緒に集め男女共に大会出場のメンバーを集めたりして学生生活も充実させながら院生試験を待っていたヒカルであった。
「なあ、進藤。そろそろ本当の師匠を紹介しないか?」
その日は白川七段経由で森下九段の研究会で対局し検討後に他の弟子には聞こえない様に森下はヒカルに言ってきたのだ。
「お前の父親もじいさん以外から習っているような口ぶりであったし、何より実力の向上を見ると白川七段一人で学んでいるとは思えない」
その台詞にヒカルは言葉に詰まる。黙っていても院生の推薦は貰えるとは思うがそのままでは良心が痛むのも確かであった。
「それに」とヒカルは思った。白川さんと違って幽霊に出会っても大丈夫そうだから言っても良いかなとも思った。
それに佐為も九段という強い棋士とも対局出来たら喜ぶだろうから話す事を決意したのだ。
「明日の昼、学校も休みだから家に来ませんか? 師匠を紹介します」
「進藤の家で良いのか? 13時に向かおう」
「ただし一人だけで内密に。それから驚かないでくださいね」
最後に悪戯っぽく笑うヒカルに訝しく思いながらも了承する森下。
次の日。祭日でヒカルは休みで森下先生を待っていたが母親も指導者であるからとあいさつに出たがその時にヒカルの師匠に会うと聞いて微妙な表情をしてしまった。
その様子に森下はオヤッと思ってしまったが直ぐ解るだろうと気にしなかったのが間違いだと直ぐに悟ってしまった。
そのままヒカルと共に門を出ると意外な人物と出会ったのだ。
「アキラ今日は来る予定は無かったはずだろ。それに一緒に居るおじさんは誰?」
「おじ……」
「ヒカル…… 中学生になったならもう少し礼儀を覚えた方が良いよ。彼は緒方九段。ボクの兄弟子です」
白いスーツにメガネの一見ホストの様な青年だがオジサン扱いにショックを受けたようだ。
「それで緒方君はなぜここに?」
「森下さん。単なる興味ですが、最近プロ試験前にアキラくんの棋風が変わってきていて。
原因として私の知らない人と打っているようなので紹介してもらおうと思いまして。それでそちらは?」
「ああ、研究会に来ている進藤。塔矢くんと話しているあの子だが院生試験の推薦の前に師匠にあいさつしようと思って案内してもらっている途中でね」
「それがもしかしてアキラくんにも影響を与えている人物ですか。興味ありますね」
「先生。こちらです」
大人たちが話している間にヒカルたちも話し終えたらしく進藤の隣の日本家屋の前に立って二人を呼んでいた。
「こんにちは」
玄関で迎えたのはヒカルたちと女子高生の一見普通の少女であった。
予想外の人物に戸惑った大人たちだったがそのままヒカルは話しかけていた。
「おじさんは?」
「急に仕事の呼び出しで会社に行きました」
(逃げたな)
ヒカルとアキラは同じことを思った。
そのまま客間を通され何もない所から突然声がした。
『「初めまして。わたしがヒカルの師匠の藤原佐為です」でござる』
突然の声にキョロキョロしだした二人に更に声が掛かった。
『「森下九段に更に緒方九段までお越しとは光栄です」でござる』
そこへヒカルが説明を始めたのだ。
かつてのアキラの時の様に平安からの幽霊と通訳の江戸時代の無縁仏の代返侍。
そして突然空間に現れたHANDONLY。
更に響の霊感体質を聞き引きつりながらも森下九段との対局を楽しみにしていたという言葉と本因坊秀策の名前に棋士として幽霊の事を忘れ打ったのだ。
棋士には言葉は要らない。ただ対局すればその人物がわかると。
その対局を見た緒方もその棋力を知り興味を隠さず続けて対局を行ったのだ。
その後の検討でももはや代返侍の言葉使いや空間からの声も気にせずに意見を熱く戦わせていた。
その後森下、緒方両名も佐為目当てに訪問する事になったが、それでも幼い少女の家に行くのも世間体が憚れてヒカルの家で対局する事になった。
響が居なくてもHANDONLYの筆談か「ござる」の代返侍がいれば検討も可能でしかもヒカルの家ならもっと遅くまで碁が出来ると言われ、ヒカルもアキラも気が付かなかったという顔をして大人組に呆れられたりもした。
そしてヒカルたちが中学一年の時塔矢アキラは全勝でプロ試験合格を果たし、ヒカルも院生として新たなる一歩を踏み出したのだ。
合格後、アキラはヒカルがプロになるまでは今後佐為にも会わない。
プロになるのを待っているとハッパを掛けて別れたのだ。
次の年にはヒカルもプロ試験に合格し一年遅れでアキラを佐為と二人三脚で追いかけているのだ。
緒方九段はその後もヒカルの家に訪問し棋力を上げるだけではなくポルターガイストにも慣れて胆力が付いていた。
結果、桑原本因坊の揺さぶりにも動じず見事本因坊を奪取。緒方本因坊として若手を迎え撃つ立場となった。
森下九段も佐為との対局で碁が若返り棋力が上がったことが誰の目にも明らかとなった時、遂にライバルの塔矢名人から十段位を奪い森下十段となったのだ。
これらの出来事の間に葉瀬中囲碁部が男女共に地区決勝まで進んだり、佐為が響の高等学校の呪われたパソコンと仲良くなって、HN、saiとしてネット碁で暴れまわったりと色々あったヒカルの中学三年間だった。
祝アニメ化
ヒカルの碁とレーカンのクロスです。
レーカンや天国のススメの様な幽霊や妖怪もまあ居るよなという世界観ならもう少し違った結末になったかと思ったクロス。
携帯で幽霊が映る世界ならヒカルの後ろから声を掛けると言う反則は不可能だからアキラと出会った時の棋力を少し上げておきました。
あとは緒方を本因坊に、代わりに森下を十段にしてみました。
おそらく、佐為は成仏したけど響と知り合ったヒカルは幽霊の成仏を何度も経験して無事に乗り越えたでしょう。