長年他国の支配下に甘んじていた都市ミラノをあっさり「解放」してみせたナポレオンは、負傷者の手当てや護送に着手した。そしてそういった戦後処理も終わると、全兵士に遅延していた給料を満額現金で支払う。つまりは、これで遊べということである。もちろん将校にもボーナスが支払われ、ミラノは一時ガリア軍による乱痴気騒ぎの会場となった。しかし、少し前まで金欠であったナポレオン配下の遠征軍にそんな大盤振る舞いができるだけの貯蓄があるわけではなく……当然その金には出どころがあった。
「あーあー。都市ミラノのお金持ちの皆々様! オストマルクを追い出した我々は、自治と自由をあなたたちに与えます! が、当然タダとはいかんのです、悲しいけども!」
軍事賦課金の徴集であった。一応、ナポレオンは民心の安定と治安維持にも意識を向けていたので無茶な回収はしなかった。解放者としてのふるまいを忘れなかったのだ。そしてミラノの人々も拒否して暴れられては困るという事で、妥協して支払うこととなったのだった。
さて、そんなミラノで一時的に休養することとなったガリア軍に先行する形で、オリーシュ軍は東進する。敗走したボーリューに代わって新たに送り込まれたであろうオストマルク軍の逆襲部隊を迎撃するためであった。ご丁寧に周囲に触れ回っていたため、指揮官の名前も把握できていた。敗走したボーリューに代わってロマーニャ方面の指揮官として送り込まれてきたのは、ダゴベルト=ジギスムント・ヴェルムゼルという男であった。戦場と予想される場所は、カスティリオーネと呼ばれる丘陵地帯――ミラノから徒歩2日程度の至近距離であった。
「丘の上に陣取られたかっ」
「突撃したら……ああ、上から撃ちおろされるなぁ」
行軍においてはやはり現地の地理に明るくないオリーシュ軍が圧倒的に不利であった。補給に時間がかかり、かつ道と伏兵を確認しながら進んだ結果、先に戦場と想定されていた地点にたどり着いたのはオストマルク軍であった。目の前の丘にはすでにオストマルクの軍旗が堂々とはためいており、それはオリーシュ軍側が陣地攻めを強要されることを意味していた。ユウの発言に焦りの色がにじみ、酒に酔ったオリ主でも自身たちの不利な状況を理解するレベルの危機であった。
「こちらからは手を出さず、にらみ合うという手はいかがでしょう?」
北是が献策した。敗北した将軍の代わりに送り込まれた男が消極的であるハズがない。国のメンツもあるため、ヴェルムゼルは大勝利を欲しているし要求されていると考えられた。ならば、膠着状態に陥れば先にしびれを切らすのは相手であろうという思惑からの作戦であった。しかし、それに待ったをかけたのは以外にもオリ主であった。
「別にそれでもいいけどよ、うかうかしてたらどんどん増援呼ばれるんじゃねえの?」
「む……」
オストマルクは大国であり、長大な国境線を抱えている。そのため、国境防衛のための兵力を融通してミラノ方面に回そうとしても時間がかかる。だから目の前のヴェルムゼル将軍の軍も、今すぐ投入できるまとまった戦力分を無理して回してきた、と考えるのが妥当であった。つまり、黙って見ていればいずれは敵の増援が参集する恐れがあるのだ。そしてそれは明日かも知れないし明後日かもしれない。一方こちら側はどうか……。時間経過が味方にならない陣営には、短期決戦しか活路はなかった。ナポレオンを当てにするのもいいが、無力で無能な連中と判断されれば後ろから撃たれかねない。今ある兵力で何とかするべきだった。
「……彼らにはこちらに降りてきてもらおう。作戦は――」
ユウが口を開く。提示された作戦案は、確かに成功すれば敵の地の利を逆に不利に変える妙手であったが、その代償として危険も相応に大きかった。最も、リスクを取らずして現在の不利を覆せるのかと問われれば、誰も答えることは出来ないだろうが。
「正直言ってこの作戦が成功するかどうかはただ一点にかかっている。その一点を担うのが誰かというと――」
「大役です。すでに似たようなことを行っている者が良いでしょう」
「いや、やはり言い出した者の責任として――」
「ダメです。生きることもまた上位者の義務なのです」
「だが自分が言い出したことだ!」
作戦を詰めていくユウと北是は、今作戦案における主役――最も危険な任務を担うべき者は誰かという点で意見の不一致を見せた。
だが、北是の視線ですべてを察したこの男は、むしろノリノリで立候補した。
「まかせろ!」
親指を突き上げ、自信満々の表情で了承するオリ主。その能天気な言い様になおも反対するユウであったが、北是によって最終的に説き伏せられた。
かくして、オリーシュ軍とオストマルク軍が初めて砲火を交えるカスティリオーネの戦いが始まった。
戦場はガルダ湖と呼ばれる湖の南である。オリ主が左翼、総大将たるユウが中央、右翼を北是がそれぞれ指揮。正面にそびえる丘の上のオストマルク軍に圧を加えた。しかしこの時、ガルダ湖の南岸の直ぐ近くに布陣していたオリ主率いる左翼だけが動きが悪く、もたついた印象を見るものに与えた。それは、丘の上から眺めていたヴェルムゼルには特に。
「見よ、湖寄りの指揮官は素人臭いわ! オストマルク軍が弱卒の集まりでないことを野蛮人どもに見せつけよ!」
ここで、オストマルク軍は防衛に徹して援軍を待っての攻勢という堅実な手を放棄。現有戦力での決戦を決意する。敗退したボーリューによって落ちた威信を取り戻したいという本国の意向を強く意識したという点もあったが……戦力的には現時点でほぼ互角、地位的優勢も取っている、加えて敵の一部は稚拙とあっては、むしろ攻めかからなければ後ろ指を指されるとのヴェルムゼル個人の思惑も加わっていた。
「来たきたキタ!! いま首筋がビリッて来た! お前らぁあああ! 気合入れてバックしろぉお!!」
「またデスかああああ!!」
「カリブ海の島でもこんなことやったな確か!」
「ってか誰か隊長の酒瓶を取り上げろよ! 最近飲みながら戦ってるだろあの人!」
「でも普通に冴えてんだよなワケわかんねえ!」
ヴェルムゼルはほぼ同数の兵力をまずオリ主の部隊に向かって前進、牽制ではなく本気の攻勢を仕掛けてきた。同数であるが丘から撃ち下ろす分によって攻撃力を増したオストマルク軍の勢いは、オリ主の左翼を後退させ、結果的にオリーシュ軍の布陣そのものを乱す。ゆえにその様子を上から眺めていたオストマルク軍の将兵は敵の壊滅を早くも予見した。
「むむむ……まさか舐めているのではないだろうな?! 一息にとどめを刺せ!」
だが、その決定的な光景がなかなか訪れない。しびれを切らしたヴェルムゼルは、さらにもう一部隊をオリーシュ軍左翼への攻勢に向ける。これで左翼視点での彼我戦力は1対2だ。さすがのオリ主も二倍の敵にはなすすべもなく敗走、あわれ異世界に散る……かに思われた。しかし、ヴェルムゼルの判断はオリ主のところ同様の彼我戦力1対2の場面をもう一つ生む。
「総員、目の前の丘を登れ! 全力で取るぞ!!」
今の今まで、丘のふもと付近で防御を固めつつ圧を加えるだけだったユウと北是の部隊が一気に丘に向かって駆けていったためである。
「ヴェルムゼル将軍っ!」
「うろたえるな! 地の利はこちらにあるのだ落ち着いて迎撃せよ! それにすぐに丘を降りた味方が稚拙な敵部隊を踏みつぶして戻ってくるだろう!」
ヴェルムゼルがいる丘の上の本部に動揺が走るも、直ぐに立て直す。確かに、高地をとった状態で守りに専念すれば、たとえ二倍の戦力で攻められても味方部隊が戻ってくるまで持ちこたえるのは難しいことではなかった。ヴェルムゼルはいくらかの精神的余裕を取り戻せていた。
だが、丘を下りて意気揚々とオリ主の部隊を攻めていたオストマルク軍の一団はそうはいかなかった。丘の上にある自分たちの本部が危ないと見た彼らは、急いで戻ろうとしてしまった。そして、ここで思わぬ邪魔が入る。
「クソが、まだ攻撃する元気があったのか!?」
「馬鹿野郎が、こちとら同じようなこと前にやってんだよ!」
「死にぞこないの野蛮人どもが! なら先に前らを始末してやらあ!!」
壊滅寸前だと思われたオリーシュ軍左翼部隊であった。てっきりそのまま逃げ散ると思われた左翼部隊が、まさか気力十分に逆襲を開始したのだ。流石に丘を駆け上がりながら背中を撃たれるのは許容できなかった。これにより、オストマルク軍本部は自分達のみで丘を防衛せざるを得なくなる。
「丘の上に戻るか敵を倒すか迷ったのがよく分かるぜ。一瞬お前らの空気が『ばらけた』からな。それが無ければ……つっても勝てないよな。……んん? あの丘の上の派手な服着たヤツ、あれがもしかして向こうの大将か?」
直ぐに立て直したとはいえ、オリ主率いる部隊を前にして背中を向けようとした隙は大きく、そこを付け込まれてしまったことで丘の下の戦いはほぼ拮抗状態になってしまった。そんな時、敵本陣で動きがあったためか、オリ主の目に敵大将と思われる人物の姿が目に映った。小高い丘の上に相手がいるから目立つというのもあるが、不思議と視界に飛び込んできたのだった。
「おい。おいお前! それ狙撃ができるライフル銃とかいうやつだろ、ちょっと狙え。あのなんか目立つ服着た偉そうなやつ!」
「エエ……ちょっとキョリありすぎデスよぉ」
「いいからいいから! はずしても怒らないから! やったれ!」
「じゃあ……----っ」
オリ主が近くにいた兵士に無茶ぶりをする。内心ではたとえ外れても近くに着弾して動揺が誘えれば儲けものという思いからだったが、兵士が荷物を支えに狙いをつけて大きく息を吸い、止めてから引き金をゆっくり引き始めるのを見て、まるで直観のように「理解」できた。「あ、これは当たるな」と。
「ア……」
「うん、命中したな。すっげえ痛そうに足を抱えてる」
狙撃は見事に成功した。その後戦闘はその日の日暮れまで続いたが、狙撃による敵本陣の動揺は抜群で、丘を南と西で挟まれ大将が負傷してしまったオストマルク軍は撤退に追い込まれた。さらにそれと連動してオリ主が引き付けていたオストマルクの部隊が、丘を降りてくるユウと北是の部隊に挟まれ、なすすべもなく降伏してしまう。ここに、カスティリオーネの戦いはオリーシュ側の大勝利で幕を下ろした。
「ほー! なかなかいいモン見せてもらった。ま! ワイならもっとうまくやれるがな!」
ミラノから近いという事でこの戦いを観戦していたナポレオンは、そう漏らした。
「マントヴァに逃げ込んで徹底抗戦だ!!」
足に包帯を巻き、部下に抱えられるようにして逃げたヴェルムゼルは残存兵力を率いて都市マントヴァへ逃げ込む。戦力は単純計算で三分の一以下に低下しており、もはや援軍を待ち反撃する以外の手は残されていなかった。ユウはこの好機を逃がさず一気にマントヴァへ追撃する――としたかったが、そうはいかなかった。
「オストマルクの援軍がすでにマントヴァに向かっている……!? 早い!!」
「敵将はヨーゼフ・アルヴィンチという男です!」
これは完全に結果的にではあるが、もしもあと少しカスティリオーネでのにらみ合いが続いていたら敗走していたのはオリーシュ軍の方であった。まさに九死に一生である。
「ッチ! おうおう、ワイらはその援軍の方を処理しに行くわ!」
「なら気にせず追撃できるな、ヨシ!」
「へっ! マントヴァは固ったい要塞や! 後で援軍に行くからせいぜい包囲だけにとどめとくんがええわ!」
「どうでもいいけどお前ら……いや、なんでもないわ。----あ、酒が切れた……」
「?」
ナポレオンは怪訝な顔を一瞬だけすると、兵士たちを率いて颯爽と出撃していった。随分と派手に遊んでいたのか、ガリア軍の兵士たちのほとんどが煌びやかな装飾品の類を身に着けていた。戦争をしに来たというよりも、金稼ぎと買い物に来たと言った方が良いかもしれない様子に、革命とは何かという根源的な問いを発しそうになったオリ主であった。
☆
オストマルクにとってロマーニャ半島は地中海支配における重要な拠点である。そしてそんなロマーニャ半島の入り口にあるのが都市マントヴァであるといえば、その都市の価値は理解できるだろう。ここを落とすことでオストマルクを地中海から締め出すことができる。それは、オリ主たちの戦略目標そのものだった。なので、いつかはここに来る必要があったのだろう。そんなマントヴァの包囲そのものはある意味では順調で、籠っている少数の兵は恨みがこもった目線を浴びせてくることはあっても出撃してくる気配はなかった。しかし逆にこちら側から攻撃を加えることもできず、オリ主たちは都市からの砲撃が届かない位置に陣取りプレッシャーを加える以外に手が無かった。
野戦に持ち込めば勝てるが、向こうが引きこもっていてはそうはいかない。無理攻めするには戦力が心もとない。以上のことから完全に状況は膠着状態に陥っていた。陥落させたいけどそれができない、そんな思いを抱きながらの包囲は、すでに数日が経過していた。停止することそのものがリスクであるオリーシュ軍にとって、じれったい日々であった。救いはナポレオンという援軍を期待できることか。
ところで、成人が一日に飲むべき水の量は約1.5リットル程度である。兵士の肉体のコンディションを保つためにも水の確保は重要であったのだが、幸いなことにマントヴァ周囲には川や湖といった水場が多数存在したため水の確保は比較的楽であった。そうなってくると、色々と我慢していた用途にも水を使いたくなるのが生活水準の高い日常を送って来た者の心情だろう。
にらみ合いが続いたある日のこと。その日の周囲の気温は高く、夜になっても気温はなかなか下がらなかった。兵士たちの多くはそれでも体を濡れたタオルで拭いてさっさと眠ってしまったが、風呂を愛し求める習性を持つ日本人として生きてきた山本はそれでは満足できなかった。元々、この世界にやってきた以降風呂に入れる機会と言うのはほとんどなかったのだ。加えて、寝汗で寝にくいと来てはいよいよ我慢ができなかった。
ぱぱっと行って服を脱いで湖にダイブ……よし
一度決めたらフットワークがメチャクチャ軽いオリ主。こっそり天幕を抜け出し周囲を警戒する番兵の目を避けて少し遠くの湖まで赴いた。本当は薪を用意し火を焚き、熱いお湯につかりたかった。だが流石に無理であったために妥協した形であった。ドラム缶もないことだし。
やべえ、深夜に学校のプールに忍び込んだ時みたいで興奮するぜ……!
普通に捕まりそうなことを過去にやらかしていたオリ主。ちなみに、寝苦しい夜に泳いだ水の感覚はスリルも合わせて過去最高だったとの事。そのため、風呂ではなくプールと思えばそれはそれで良しとポジティブな気分でやって来た湖のほとりで服を脱ぎ始める。
周囲には人がいなかったため静かであった。だがそれ以上に、満月が湖面を黄金色に照らす、美しい湖畔だった。その光景に見惚れて、自身のパンツを脱ごうとした時ですら視界の中に湖を捉えていたためであったか。そこに先客がいることに気が付く。
「……!」
月光に照らされた白い肌と、そこに張り付く水滴が砂金のように輝く。首筋から腰、そして水面からギリギリ出ている臀部に至るラインはスラリとしていて、柔らかさを内包した美しさを無防備に晒していた。角度の関係から後ろ姿しか見えなかったが、もはやこの世の者とは思えない……いわばファンタジーな存在がオリ主の眼前に存在していた。
「美しい……」
「――――!!」
知らず、声が出ていた。言おうと思って言った訳でもなく、本当に心の底に浮かんだ感想がそのまま吐息の中に混ざってしまった感じだった。声の大きさは本当にささやかであったが、静かな夜の湖畔では大きく響く。オリ主の眼前にいたファンタジー存在は、びくりと肩を震わせ、そのまま水しぶきを上げて湖の沖へと泳いで行ってしまった。
「に、人魚……? いや、ここ湖だし……なら妖精か?!」
オリ主は、改めてここが異世界であることを実感する。あのような美しい存在が現実のものであるとは到底思えなかったからだった。
妖精さん、ここはもうすぐ戦場になるかもしれないからどうか遠くへ逃げておくれ……そんなことを祈るようにつぶやいたオリ主は、そのまま回れ右して帰ることにした。汗はすっかり引いていた。
そして、感動を引きずったその翌日のこと。
「昨日湖で妖精さんにあった!」
「はあ?」
「…………」
朝食の時にオリ主は興奮気味に昨夜の出来事をユウと北是に話した。あのような美の極地を体現した存在を目撃できたことを単純に自慢したかったのだ。ちなみに、現代でUFOを見てもおそらくは同じようなことをしていただろう。
「マジだよマジ! 水浴び中だった! スッゲーキレイだった!」
「近所の女性では? というか覗きだぞこの変態が。恥を知れ」
「違うって俺もたまたま水浴びに行ったんだよ、暑かったから! マジマジ! あと人間じゃないねあれは!」
北是が呆れたような顔で冷やかした。ユウは、顔を伏せてモグモグと食事を取っていた。一言もしゃべらず会話に交ざらない。
「だってよ、こんなもうすぐ戦場になるかもしれないところに一般人が来るか? いいやそもそもだ、もうほんとキレイだったから、この世のものとは思えないくらいキレイだったんだよ……知らず知らずのうちにため息っていうか誉め言葉がでるなんて生まれて初めての体験だった……!」
「誉め言葉の語彙が貧困だな……というか酔ってたんじゃないのか?」
「いや、普通にシラフだったから現実だね」
「あぁ、そうはいはい……ってあれ、閣下?」
「も、もし戦闘になった時の準備をしてくる!」
ユウが顔を耳まで朱に染めて足早にその場を立ち去った。あとに残されたのは、思案顔の北是と、暢気で夢見心地なオリ主のみだった。
「……顔が赤かった。風邪かもしれん。養生して頂かねば」
「ああ、また会いたいなぁ妖精さん!」
「うるさい、じゃあ寝て夢で見ろ」
オリ主たちのマントヴァ包囲は一応、順調であった。
☆
オリ主たちがマントヴァを包囲している一方。
ナポレオン率いるガリア軍は、マントヴァの北東に位置するアルコレの湿地帯でヨーゼフ・アルヴィンチの軍とぶつかった。アルコレに群生している背の高い草は前方の視界を遮っていたが、逆にそれがナポレオンに味方した。
「待て……待て……今だ撃てぇ!」
「待ち伏せだと馬鹿な!? ガリアの国王殺し共はミラノで遊び惚けているのではなかったのか!」
ミラノかミラノ周辺でガリア軍と戦うと考えていたオルトマルク軍は、ガリア軍の待ち伏せに浮足立つ。油断に加え、視界が効きにくい周辺環境がガリア軍による奇襲を成功させ要因になった。
「最も強い軍は最も早く移動できる軍ってことやな! なんせこっちはオストマルク軍と違って少数なもんで初動はアホ早いで!!」
弱点を長所に変えて見せたナポレオンは得意顔でそのようなことをのたまった。だが、流石に奇襲が一回成功した程度で崩れる程オストマルク軍は弱くはなかった。アルヴィンチは軍の動揺を鎮め、防衛体制を整えかつ反撃の準備を進めていた。一転して、追い詰められつつあったのはナポレオンの方であった。どう取り繕っても兵数は絶対的なアドバンテージであった。
「…………よし、増援を作るで。しかも1万人の大増援をな」
「予備兵力を投入するのですか? あの、3千にも届きませんが……」
すっかりナポレオンの参謀が板についたベルティエがそう進言する。しかし、ナポレオンは自信満々で何かをベルティエに突き出した。それは、薄汚れたラッパやくたびれた太鼓だった。
「三千人の増援がいつもより三倍騒がしく歩いてくれば、そりゃ1万の増援になるやろ。どうせ草が邪魔してよく見えんだろうし、オストマルクの連中は音で判断するしかないわけや。ウソをホントに、ホントをウソに見せるのが指揮官の腕ってもんよ」
場当たり的な発想だろう。だが、この企みは見事に成功した。本来ならば殺傷能力を持たない楽器が最大の武器となったのだった。草の向こうで盛大に演奏された進軍ラッパの音はオストマルク軍に居もしない大軍を見させる。想定していなかった大増援に動揺したアルヴィンチは指揮を誤りオストマルク軍は総崩れ。将軍であるアルヴィンチ本人も捕虜となる。
「……なるほど。将軍は性格の悪いことで」
「正直者に大将がつとまるかいな! 騙される間抜けが悪いわ!!」
ナポレオンはゲラゲラと笑い、自らの勝利を誇った。
そして――――
「こ、降伏する。だからどうか、市民には慈悲を……」
「承った」
ヨーゼフ・アルヴィンチの敗北はマントヴァにも伝わる。当初は虚報だと突っぱねていたマントヴァ側もナポレオン率いる新たなガリア軍の登場で心が折れた。援軍の来訪からの逆襲という望みが断たれたことを悟り、マントヴァは無血開城となった。
この戦いを契機にオストマルクと神聖オリーシュ帝国(当然主体になったのはユウとそれに率いられた遠征軍)との間で和平が成立した。それに加えて、南ロマーニャの割譲を受ける。これにより、孤立無援であった遠征軍に一応の、より安定した拠点ができた。もっとも、脅威である隣国のオストマルクは隙を見せれば奪還に動くだろうし、敵対的な欧州の国は残っている。そのため、南ロマーニャを維持できる保証は一切なかった。
なお、この後しばらくしてオストマルク王国とガリア共和国との間でも和平が成立した。ガリアはローマを含む北ロマーニャの土地と多額の賠償金を得る。
「できれば、直接領土を隣にする相手はロマーニャ王国のままが良かったのだが……」
ガリア共和国による北ロマーニャ併合の一報を聞いて、ユウは若干の不安をにじませながらつぶやいた。そのそばでオリ主は「あれ、イタリアなくなってない?」と地図を眺めて暢気な顔で言っていた。お前のせいだぞ、と言うものはどこにもいなかった。
あとがき
続きが遅れてすいませんでした。今年度から忙しくなりまして、でもこうなることを見越して去年で完結させる予定だっただけに、申し訳ないです。でも、完結まで頑張るのでよろしくお願いします。