「小癪な……ガリア軍の狙いはミラノか。貧民軍隊はここで叩き潰してやる……!」
オストマルク軍の老将軍、ヨハン=ピエール・ボーリューは快進撃してくるナポレオンの軍勢に対して闘志を燃やした。ボーリューはナポレオンがポー川を渡って都市ミラノを攻撃すると予想する。そこで早速、予想される渡河であるバレンツァ・パヴィアの付近に4万の軍を配置した。川を盾に防衛線を貼れば、いかに勢いがあろうとも防衛はたやすいという考えである。
「なんて敵は考えとるやろうが甘いな! バレンツァで渡河するように見せかけて分隊にバレンツァを素通りさせて更に東の地点から渡河させぇ! 回り込んで背後から奇襲や!」
バレンツァとパヴィアを攻め落とし北進するのがミラノへの最短距離であった。だが、最短距離であるがゆえに敵の妨害が予想されるので、分隊を派遣して東へ半円を描くように敵の背中を突くというのがナポレオンの考えだった。奇襲効果は見込めるが、ポー川に加えてミラノ東の南北に流れるアッダ川を渡河しなくてはならないというリスクもあった。渡河に襲撃を加えられれば大打撃である以上、複数回の渡河を必要とする作戦は危険な賭けでもあった。だが――――
「ブハハハハ! ヘボ指揮官のおかげで助かったわ!!」
作戦は見事に成功した。ボーリューが目の前で渡河しようと攻勢をかけている部隊が大規模な陽動であると気づいた時には、既にナポレオンによって派遣された分隊はバレンツァから遠い東にあるピアチェンツァにて渡河を完了させていた。こうなってしまえば、オストマルク側は防衛どころではない。南と東から包囲されて大損害を出してしまう可能性が出てくる。
「……ミラノを捨てる」
ピアチェンツァでの出来事を知り、自分たちの危機的状況を把握したボーリューはミラノの防衛を諦めた。そしてガリア軍に包囲されることだけは阻止しようと、ポー川の防衛を放棄して東に進路を取る。すなわち、アッダ川を越えての防衛線の再構築である。これによりナポレオンはポー川を渡り、ミラノまでの最短ルートを確保する。このまままっすぐ北に進めば、攻略目標の都市ミラノは目の前である。だが、敵の撤退はナポレオンにとって不幸な知らせであった。
「……何? オストマルク軍がロディに向かっている……?? 逃げ足だけは早いなクソ!」
ミラノの東にあるアッダ川。その川岸に建てられた都市ロディ―にはアッダ川を越えるための大きな橋があった。オストマルク軍の狙いは、この橋を越えてアッダ川を盾にガリア軍を押しとどめる事である。もしこの橋を越えられ、その後に破壊されれば攻撃は難しくなる。
川を挟んで膠着状態になれば、ボーリュー側が有利であった。オストマルク本国からの増援を得てから再度ナポレオンに対峙するという手が取れるからである。貧乏なガリア共和国側に、援軍を出す余裕はない以上、時間経過はボーリューにのみ味方する。ボーリューの軍をいま叩き潰さなければ、一時ミラノを占領できても維持はできないのだ。
「急げ急げ野郎ども、マジやでコラ!!」
ナポレオンは手早く部隊をまとめると駆け足で撤退したオストマルク軍の後を追う。そして目の前に現れた都市ロディに猛然と攻めかかり、一息に市内を制圧してみせた。しかし、一連の迅速な行動にもかかわらず、あと一歩のところで目当ての橋を退却したオストマルク軍に占拠されてしまう。速度を優先して大砲をあまり持ち込めなかったのが原因だった。
「あああああああもうクソが!!」
橋の向こう側。アッダ川の東岸で渡河を防ごうと待ち構えるオストマルク軍の姿を見たナポレオンは、人目もはばからず地団太を踏んだ。橋の上を狙う正面左右大砲陣地と無数のマスケット銃は、狭い橋の上を渡ろうとするガリア軍を一瞬でひき肉に変えてやると言わんばかりである。
ナポレオンに出来るのは、せめて橋を破壊されないようにアッダ川の西側から妨害の射撃を行うことだけであった。状況は、一本の橋を挟んで両軍が対峙するという状態で固定されつつあった。そんな時であった。
「オリ主様の到着だこの野郎!! 敬えコラぁ!!」
オリ主たちオリーシュ軍が到着した。そこは偶然にもガリア軍が布陣している西側であった。
☆
「ナポレオン・ボナパルテというそちら側の指揮官に会見を望む」
「……しばらく待て。取り次ぐ」
見知らぬ軍隊の出現に周囲がざわつくなか、先陣を切ってガリア軍側に接触を持ったのは北是であった。北是は周囲からの奇異の視線も表面上は涼しい顔で受け止めて、実に堂々とした立ち振る舞いで最も手近にいたガリア軍の士官に会見を望む旨を伝えた。北是はこちら側の身分や目的も簡単に伝えたが、取次までには時間がかかると予想していた。誰だって知らない国の軍隊は警戒する。まさか、海の向こうのそのまた向こうの国家の軍隊と面識があるわけがないと思ったからだ。だがその期待は良い意味で裏切られ、会見はスムーズにセッテイングされた。
「あ」
本来ならば最高位であるユウがこの会見に臨むべきなのだろうが、なぜか向こう側の指揮官の指名で招かれたオリ主は、目の前にいるガリア軍の指揮官たる男を見てぽかんと口を開けた。
「よー会うなあ! もしかして自分、ワイのファンか?」
「偶然だよ偶然! むしろお前が俺のファンだ! ツーかなんだナポレオンってよ。パクリか? パクリなのかこの野郎!」
「なんや人の名前に無理くりなケチつけるとか……こわっ」
歴史に詳しくない一般人でも、ナポレオンという人物のことは知っているだろう。だが、残念ながらその一般人以下の世界史の知識しかないオリ主は、ナポレオンという言葉を聞いても「え、昔の外国のすごい人だっけ?」くらいの認識しかない。そのため、その昔の偉い人にあやかったペンネーム的なものとしか思っていなかった。以前聞いた本名と発音が違っていたのも補強材料となっている。
「まあそれはええわ。で、用件はあれやろ? 本国も黙認してくれるから戦場で協力しよってやつ」
「そうそう。いやあ話が早くて助かる! さっきなんて部下のヤツが絶対拗らせるなとかキレててさぁ、交渉くらい楽勝ってんだ!」
北是は、向こうの指揮官がオリ主を会見の相手として指定した事を心底恐怖していた。実際、よりにもよって会見相手の名前についていきなり文句をつけている。これが通常の会見ならば致命的であった。結果オーライと言えばそれまでだが、北是の心配は実際的中していたのだった。
「まあ細かいことはええやろ。で、この先攻略目標がかぶったら?」
「早い者勝ちで良くね? 妨害と横取りなしで」
「よし! あとはそうやなぁ――――」
顔見知りであることからか、それとも双方の性格の問題か。協力関係の具体的な中身は順調に詰められていった。両軍の衝突という最悪の事態を回避できた上に驚くほどスムーズに話が進むことでオリーシュ側(ユウと特に北是)が胸を撫でおろす一方――
「なんたることだ敵側に援軍とは! どこの軍だ!?」
「あれはたしか……近年話題になっていたオリーシュ帝国という新大陸の向こうの国です。政府の方では協力してガリア革命を鎮圧するという風な話があったはずなんですが……」
「裏切られたというわけか……汚いな!」
川を挟んで対峙しているオストマルク側の心中は穏やかではなかった。敵にまさかの援軍など、時間はこちらの味方というオストマルク側の大前提が崩れたからだ。
「マズイぞ……援軍があれだけとは限らない。もしもすでに回り込まれていたら――」
想定していなかった敵。目の前にいる分ですべてと思えるほどボーリューという老将は楽天家ではなかった。ゆえに考えて行動し、それが両陣営の明暗を分けた。
☆
「黙ってみていろ、ねぇ。」
話し合いに戻ってきたオリ主は、さっそく協議した内容を持ち帰った。話し合いが上手くいったこと、そしてその内容も突飛な物でないことに心の底から安堵したユウと北是であった。そして、オリーシュ軍はさっそく協議内容の履行を行うために待機状態に入る。すなわち、先に現場にいたガリア軍による対岸のオストマルク軍への攻撃を見守る、ということである。最も、そこには協議内容の履行を求める以上にナポレオン個人の思惑が透けて見えて仕方がなかったが。
「大方、自分たちの実力を見せつけて優位をとろうという考えだろう。なんせあのナポレオンという男は、カリブ海で我々に負けているのだろ?」
北是が持論を述べる。共闘関係にはあるがまだまだ関係が浅い以上、そう考えることは自然な事ではあるが、なんとしてもオストマルクに欧州でのオリーシュ軍の安全を保障させたい側としては、そんなことをしている余裕があるのかと思わざるを得なかった。
北是が今後どうやって足並みをそろえたらいい物かと思案している一方、オリ主はと言えば、いつの間にか手に酒瓶を握っていた。
「……なぜ酒を飲みだしているんだ?」
「お? アイツが上手くやるなら今日はもう仕事無いだろうし?」
「やま――ごほん、煉獄院は向こうの作戦が上手くいくと?」
先の会見で、ナポレオンは対岸に陣取るオストマルク軍へ、さっそく攻撃を行うと宣言していた。すでにいくつかの戦いを経験しているオリ主は、割と常識的な思考で迂回でもするのかと思っていたが、そんなオリ主の思考を読み取ったらしいナポレオンは否と言い、堂々と言い放つ。曰く「橋を渡って最速最短で蹴散らしたる」と。
橋は幅10メートルで長さは200メートルほど、敵の目の前で行くのは集中砲火を浴びることを意味する。
流石のオリ主もマジかこいつと唖然とするが、まあこいつらが痛い目見るのは別にいいか、とドライに割り切り追及はしなかった。あと、対策くらいあるんだろう、とも。だがこの無謀ともいえる作戦(らしきナニカ)を前提に改めてガリア軍側とオストマルク軍側を観察すると、これがなかなかどうして、成功の目があると感じとれるのだ。
「敵側の気配が『ゆらゆらしている』な。で、あのパクリの方は『尖ってる』から。イケるかもなあって感じなんだよ」
「抽象的だな……やはり飲みすぎだ」
「なんだよぉ、よく見ろよそうすりゃ分かる! ゆっらゆっらしてるじゃん! でこっちはピキーンって感じじゃん! 分かるだろ?」
「「いや、分からない」」
「わかった、なら結果を見てろって見てろって!」
北是は酔っぱらいのたわごとだと切り捨て、もしガリア側が泣きついてきたらどうしようかと考える。ユウは、どうにかして止めてやれないものかと思いつつも介入するわけにもいかないため、努めて冷静になろうとして腰を落とす。オリ主以外のどちらもが、ナポレオンの作戦失敗を前提に考える。そんな中、ガリア軍に動きが見える。一部の部隊が、こちら側から見て橋の左横にある建物の裏で橋の幅に合わせた縦隊を組みはじめているのだ。
そして、いよいよその時が来た。
「第一部突撃隊……突撃イイいいいい!」
「おおおおおおおおお!!」
「行けイケいけええ!!」
号令。と同時に縦隊の第一陣は橋サイドの建造物の陰から飛び出した。川向うにある大砲陣地では狙えない死角から飛び出し、そのまま橋に向かって猛然と左カーブ。
「走れ走れ走れえええ!!」
ガリア軍の兵士たちが咆哮を上げながら橋へと一気になだれ込んだ。そんな男たちの蛮声を消し飛ばすような轟音が響く。ちょうど、突入した部隊が橋の中間あたりに来た時だった。
「うぅ……こいつは……!」
「ああ足が!!」
打ち出された砲弾は橋をめちゃくちゃに蹂躙した。欄干が消し飛び、その破片が突入した兵士たちの肉体に突き刺さる。これでまだ、火を噴いたのが大砲だけというのが絶望的だ。すぐにマスケット銃の弾幕が来るという恐怖が走り、兵士たちの足が止まる。停止している方が危険だと分かっていても、身体が動かないのだ。
だが動揺していたのはオストマルク側もであった。
「ほとんど命中しておらんではないか!」
「やはり全ての大砲を橋に向けたほうがよろしいのでは……?」
「ダメだ、これが敵の陽動……ポー川の時の再来の可能性がある」
オストマルク側は、予期せぬオリーシュ軍の出現に合わせて大砲陣地の大砲の照準を自分たちの背後――橋の反対側――にも向けていた。ポー川の防衛の際、目の前で渡河しようとするガリア軍の陽動に引っ掛かり、背後からの奇襲を受けかけた経験がそうさせたのだった。そのせいで橋への火力が不足していても、「後方のどこかに潜んでいるオリーシュ軍が背中を狙っている」という可能性がある以上、ボーリューは安全策を取らざるを得なかった。
しかし、そのような火力不足の状態であっても橋の上でガリア軍の突撃部隊を止められた以上、ボーリューの判断は間違っていなかった。あとは、恐怖で足が止まった橋の上のガリア軍にマスケット銃の弾幕を浴びせかければそれで決着がつく――そう思われた。
「くそビビりどもが! そこで見とれや!!」
縦隊の後ろで様子を見ていたナポレオンが軍旗を握り飛び出した。足を止めておろおろする兵士たちの列をかき分け縦隊の最前列に躍り出ると、そのまま橋を駆けた。まさかの司令官による単身突撃であった。
「馬鹿か?!」
「あ、あいつまさか……」
北是が叫ぶ。ちなみに、北是もカリブ海でガリア軍相手に同じようなことをしていた。だからこそ、オリ主は気が付いた。これは、俺たちへの「見せつけ」でもあるのだと。
「もしもこれで司令官だけ死なせたら……二度と表通りを歩けねえ!」
「お、粋だね!」
司令官が勇気を示した以上、その部下が動かない訳にはいかない。それをすれば、そいつは一生臆病者の誹りを免れない。臆病な男は生きる価値ナシと言わんばかりのメンタリティは、司令官の無謀な単身突撃に自らを追従させた。
参謀が、部隊長までもが兵士たちをかき分けて走りだす。すると、止まっていた兵士たちが再び走りだす。今この瞬間、この橋の上に階級差などなかった。皆が見な、決死の覚悟を胸に足を動かす。
「撃てえええええ!!」
続いてのマスケット銃による弾幕――――が不自然にばらけた。元々命中率の悪いマスケット銃であったが、橋の上を命がけで爆走してくる敵に恐れをなした結果手が震え、集弾率が最低レベルにまで低下してしまったのだ。
「死に晒せええええええ!!」
先頭を征くナポレオンは、銃剣をぶん投げる。それは大砲の発射準備を行っていた兵士の肩に突き刺さった。その様子を見て動揺した装填役の兵士が砲弾を取りこぼす。その様を見たナポレオンの後続の兵士たちも、手当たり次第に身に着けたものを投げ飛ばす。きわめて稚拙な行動だが、それがオストマルク軍の大砲部隊に効果を表した。
「あああああああああああああ!」
「ひぇ!」
死に魅入られたような狂気を発するガリア軍の圧はオストマルク軍全体に広がる。
恐怖にやられたオストマルク軍兵士はその瞬間、烏合の衆に化した。そうなってしまえば、もはやガリア軍を止められない。
「ははは! なんぼのもんじゃああああ!!!」
「司令官一生付いていきますううううう!!」
ナポレオンとその背後の部下たちがサーベルを振りまわし、腰が引けているオストマルク兵たちに切り込んでいった。
「な! 言っただろうイケるって!!」
「むむ……まさか成功するとは……!」
「つーかお前も似たようなことやっただろうがガハハ! って俺より目立つなこらこのパクリ野郎!」
「む、そうなのか北是大尉……人は見かけによらないな……」
オリ主が憤慨して酒瓶をぶん回し、ユウが一見知性派の北是の意外な側面に若干引く。そんなやり取りが行われている一方で、対岸では戦闘の大勢が決していた。
異常としか思えない苛烈な突撃に陣形を崩されたオストマルク軍は大混乱に陥り、兵は勝手に持ち場から逃走してしまったのだ。
「ボーナスタイムや! ミラノで無礼講といこか!」
決死の攻撃を終えたボナパルトは散々に追撃を行うと振り返り、遠く散り散りになって逃げるオストマルク兵を背景に自軍の兵をねぎらった。
こうして、ロディでの戦闘はガリア軍の勝利に終わり、ここに都市ミラノの命運はナポレオンの手に落ちる。そして同時に、このロディの勝利によりガリア共和国の将軍、ナポレオン・ボナパルトの名声は一気に高まったのだった。
あとがき
以前、今年で完結と宣言しましたが……すいません無理でした! と言うわけで、来年も続きますのでよろしくお願いします。それではみなさん良いお年を。