ソレを見つけたのは、オリ主がカリブ海の島に送り込まれてからしばらくした頃であった。ジャングルの高温多湿という気候にも慣れたオリ主が元気いっぱいに兵を引き連れ、連日にわたって出撃を繰り返していた時のことである。
『フハハハハハ! 愉快に腰振りやがってよぉ、誘ってんのかい!?』
『チンピラみたいな発言は控えろ! 品位が疑われる!』
今日も今日とて飽きることなくオリ主のオリ主によるオリ主突撃をかましてその副官がフォローに回っていた昼下がり。茹で上がるような暑さにも負けずアステカ軍残党をジャングルの奥地へと追いつめていた。
『ひゃああああ手柄になれやあああああああ…………んあ?』
『――――敵が……消えた?』
10メートルほど先を行く敵が、目の前で唐突に消滅したのだ。それはもう、見事に。
『ま、まさか魔法……この世界は実はファンタジーだった……?』
『馬鹿なこと言うな、そんなものこの世にはない』
まるで魔法か何かで地面に飲み込まれたような光景に唖然としつつ、副官は己の隊長がまた妄言を言っていると思って取り合わない。事実として妄言なのだが、それはそうと不可思議な現象であるのには変わらない。オリ主と副官が一瞬だけ顔を合わせると、そのまま急いで敵が姿を消した地点に向かう。小隊の先頭に立って生い茂る木々をかき分けて進めば、足元に巨大な穴が出現。危うくそのまま真っ逆さまに落ちそうになるのを、二人は近くの木から伸びていたツタを掴んで何とか堪える。
『っ! あっぶねえ……何だこりゃ落とし穴か?』
『ふうっ……少なくとも人工物ではないだろうな、あまりにも大きすぎるし人の手が加わった痕跡は見られない』
広さはテニスコートの3、4面がすっぽり入る程度で、深さは20メートルほど。そして穴の底には水が溜まっており、つい今まで追いかけていた敵が水の中でもがいているところであった。しかし本来の目的を忘れて、オリ主と副官はゴツゴツとした岩をむき出しにしている、目の前の巨大な穴に興味が行っていた。
『アア、これ、セノーテってやつですネ』
『セノーテ?』
追いついてきた、パナマ人の部下が説明する。いつもの、若干言葉が片言な青年カルカ―ノである。
『この辺りでヨク見まス、天然のイドとしてツカッテますネ』
『へぇ……』
『なるほど、大自然が生み出した芸術の一種ということか。険しい岩肌と、その奥にある青い水……素晴らしい光景だ』
『あと数百年後の未来になれば世界遺産になれそうだな』
『でも、ヨク人が落ちるので危ないですネ、とっても』
『らしいな』
生まれて初めて見た光景にしばし二人は感嘆の声を上げる。もっとも、その大自然の芸術の中では今も、逃亡していたアステカ軍残党兵が息も絶え絶えに天然の井戸の壁にへばりついているのだが。
その後、今更討伐も何も無いなと思ったオリ主一行はとりあえず残党兵の武装を解除して捕虜として連行することにした。そして、連行した後は再びジャングルの中を駆けずり回る日が続く。地質学者がいないためこのセノーテと呼ばれる天然の井戸の成り立ちなどはさっぱり理解できなかったものの、ジャングルの中に馬鹿みたいに大きな穴が開いているところがあるのだという印象だけは、しっかりとオリ主の脳裏に刻まれた。なにせ自分が一回落ちかけ、目の前で落ちた人間の実例を目の当たりにしたのだから。
――――後に、突如として襲来したガリア軍に対する逆襲の要となることは、この当時のオリ主には予想もできなかったことだろう。
☆
ガリア軍前衛はセノーテを利用した落とし穴の中へと吸い込まれていった。大きく口を開けたセノーテの穴に格子状に加工した木の枝をかぶせ、その上に繁茂していた草を乗せて偽装・隠ぺいした即席の罠が見事に機能した結果である。オリーシュ軍の臨時連隊長が決死の逃走劇の結果得た時間はすべてこの工作を完成させるためのものであったのだ。
「ガキかよこんなンよぉ!」
ギリギリのところで穴に落ちることを避けられたガリア兵の誰かが叫んだ。その通り、こんなものはほんの少しでも注意していれば避けられたシロモノである。なにせ突貫工事の即席罠なのだから。よくよく見れば、カモフラージュの草が一部剥げていることが見て取れていただろう。囮部隊を使って落とし穴に嵌めるというオリ主の今作戦は、まさに子供だまし、児戯と形容するにふさわしい。だが、してやられた者の負け惜しみにいかほどの価値があろうか。全ては散々ジャングルの中の鬼ごっこに付き合わされた事の疲労、最高指揮官であるジャン・ピエール将軍の冷静さを欠いた命令という負債を支払いきれなかったツケである。
「ひっ! はひぃい! 落ちるぅ!!」
「将軍! 私の手を!!」
「馬鹿者そんな余裕があるか! 手を掴んで引き上げろ!」
下草を掴んで何とか落下を防いでいる将軍が怒鳴る。すでに肩から下が穴へと落ち、縁にへばりついているのがせいぜいの状態である。だが悲しいかな、軍人としての最低限の体力すら失って久しい将軍は自力で自身の体を持ち上げることができない。部下たちは何とかしようと、数人がかりで将軍を引き上げようとした。しかし彼らは忘れている。敵の攻撃はいまだ続いているのだということを。
「押せえ! 押しまくれ! バカヤロウお前、弾なんか込めてる場合じゃねえぞ!」
「痛ぇぞくそったれがぁ!」
彼らガリア軍は長い縦隊を形成してここまで来た。そして今でも将軍たちの後ろには蛇のようにずらずらと後続の兵隊たちが並んでいる。もしもその長い縦隊が左右からの攻撃にさらされたらどうなるだろうか。
「もっと前行けよ!」
「馬鹿が前にはでっかい穴が……! お、落ちる!」
左右からの攻撃にさらされている一団は後ろの人間を突き飛ばして後退するわけにもいかないので、前へ前へと進んでいく。しかも、行く先にある落とし穴には気づいていないものだから容赦なく眼前の仲間の背中を押す結果となる。
「まずい! 前に行くな後ろへ下がれ! 後続部隊にも伝令を出せ、作戦は失敗だ、撤退しろとな!」
それでも、流石は戦争国家として名高いガリア王国軍人であった。混乱状態の中でも事態を察した指揮官が、強引にでも後退すべく命令を出した。彼は左右からの挟撃が無いか、さもなければ薄い箇所に居たという運にも恵まれていたのだ。そう、オリーシュ軍は確かに蛇の頭とその左右を抑えることは出来たが、首や胴体、尻尾の方まで囲むだけの兵数はなかった。必然的に、列の後ろへ行けば攻撃にさらされない部分が出てくる。そこで体制を立て直せば……もしもこの有能な指揮官である彼があとほんの少しでも事態を察知するのが早ければ離脱に成功していたかもしれない。しかし、運命の女神はオリーシュ軍のこの男に微笑んだ。
「分断せよ! 分断せよ! このラッパの音を聞けぇ!」
ぶっぴいぃい!
不吉なラッパと共に、左右の木陰から人が出現する。手には梯子のような物体や木の板が握られている。
「い、いかん!」
後退を命令したガリア軍指揮官は、目の前の敵の意図を察知する。だがもう遅い。横合いから飛び出してきた小隊によって、彼の部隊は後続部隊と寸断されてしまった。
「撃てぇ! 前と後ろ! どっちも敵だ!」
「後方へ向けて攻撃し突破しろ! このままでは我々は全員包囲殲滅されるぞ!」
割り込みをかけた部隊の指揮官であるルドルフ小隊長が叫んだ。ガリア軍の指揮官も叫ぶ。双方で激しい銃撃戦と白兵戦が繰り広げられた。目まぐるしく変化する状況にガリア軍兵士たちは対応できない。
「うおい! これってメチャクチャ危ない任務だろおい!」
「黙れ小隊長命令である! 死にたくなければ銃剣を突き出せ! 撃ち続けろ!」
ルドルフ小隊は、持ち込んだ雑多なものを使って作られた即席バリケードを盾に奮戦する。前門のガリア兵、後門のガリア兵。前後をガリア軍に囲まれる形に意図的にとはいえなってしまった彼らは、兵を二分割しての小さな二正面戦闘を強いられる。
「おのれあの男、絶対性格悪いだろ!」
「変に文句付けるからこんな役やらされるんですよ!」
「おのれえええええっ!」
ルドルフ小隊長が怒声を上げる。恨み言の対象であるあの男とはもちろん、この作戦を考案したオリ主のことである。
だがなんにせよ。ルドルフ小隊がここで奮戦を続ける限り、ガリア軍という蛇は首を境にして分断されることになったのだった。だがうかうかしてはいられない。下手に時間をかければ混乱から立ち直ったガリア軍後続による包囲殲滅の可能性があるのだから。
(早く敵将を確保しろ! 万一死んだら呪ってやる!!)
全ては時間勝負。ルドルフは心の中で祈りにも似た呪詛を吐きながら懸命に抗い続ける。
☆
「おっ落ちるうううう!」
「うああああああ!?」
目の前で悲劇、あるいは喜劇が繰り広げられる様を北是は眺めていた。何もわからない列後方の人間が、左右からの攻撃で前へ前へと逃げようとするたびに、前方の人間が背中を押されて穴の中に突き落とされる。
「…………よう、どんな感じ?」
「もちろん準備は万端だ。いつでも行ける。それよりも、まさか一緒に行くとか言い出さないよな?」
「さすがに無理。もうほとんど動けねえや。あとはまあ、ここで見物するさ」
先ほどまで激を飛ばしていたのにいつの間にか現れたオリ主に、北是は目線を向けずに答える。今もまた突き落とされたガリア兵が、穴の中の水を必死に藻掻く。うかうかしていると後続で落下してくる人間に潰されるからだ。
北是は、これを喜劇の舞台に近い光景だと思ったほどだ。だが、間違いなくこれは劇ではなく自分たちの軍事作戦の一環で、作戦であるならば個々人がそれぞれの役割を全うしなければならないことは明白である。そして、自分の個人的な用事を果たす時でもあると。
「……おい」
「あん?」
「今回の戦いで、部下たちに褒章を出すとかなんとか言ってたな?」
「え、あ……うん」
言ったけど何お前も欲しいの? とオリ主は思ったが、何となくピリピリとした雰囲気が出ていたので、空気を読んで頷くにとどめる。
「銀剣章」
「は?」
「活躍した部下に褒章与えるというのなら、銀剣章が相応しい。これはそういうときのためにある勲章だ。そして、部下のためにソレの授与を申請するのも上官の仕事のひとつだ」
へぇ、とオリ主は思った。だが、そういう制度があるなら要求もしやすいだろうと思い、「おう任せろ」と自信満々に答える。
「へへっ勲章だってよ」
「かあちゃんに自慢できらあ」
北是が指揮を執っている一団の兵たちが、オリ主の力強い返答を聞いて笑みを浮かべる。「よしっ」と部下たちの士気を確認した北是は、注目! と言って自身の剣を掲げる。そして大きく息を吸い込み、気合の入った声と共に吐き出した。
「馬鹿にされたくなければ己の価値を示せ! 尊敬を受けたいのなら敵を倒して証明してみせろ!!」
「「「応っ!」」」
「橋下ろせえ!!」
号令と共に、木立に立てかけるように隠されていた幅一メートルほどの長い木の板が何本もセノーテに覆いかぶさるように倒れ始める。大穴の対岸にまで届いたその木の板は、即席の橋となる。よくよく見れば、複数の木の枝が組み合わさってできた横棒が多い脚立のようであった。だがなんにせよ、これを以て全ての準備は整った。再度大きく息を吸い込んで、北是は命令を下す。今までにない裂帛の声であった。
「目標は眼前の敵集団! 総員…………突撃ぃいいいいいいいいいいいい!!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
切っ先を前方に向けて振り下ろした北是が、叫びながら橋の上を猛然と駆け抜ける。当然、誰よりも先頭を走る。部下もそれぞれの橋を使ってそれに続く。もとより最後の仕上げを任されるという主役を担う者たちだ。高かった士気を極限にまで上昇させて突貫すればまさに鬼気迫る勢いとなる。
「はぁ、はぁ、敵の、突撃だ後ろへ―――!」
「ダメですもう来ます!!」
「はぁ、はぁ、くぅ……ええいこの無能どもがぁ……!」
正面突撃が行われ、今まさに敵兵が絶叫を上げて突っ込んでくる光景を前にして慌てるジャン・ピエール将軍。が、既に意味をなさず。混乱の中でも何とか引き上げられていた将軍は息も絶え絶えだがしかし、それでも叫ばずにはいられなかったのだ。「何とかしろぉ!!」と喚き散らすも、もうどうしようもない。オリーシュ軍の攻撃がほんの数秒で到達しようという段階だ。
「ぬぬぬっ!」
「あ! ちょ、どこへ……!」
ここでとうとう万事休すであると察した将軍は、部下を突き飛ばして自分だけでも後方へ下がり、人ごみの中に紛れての逃亡を試みる。
「とにかく迎撃! 後ろへ通すな!」
哀れ取り残された側近たちが、周囲のガリア軍兵士に命令して小さな横列を作る。すでに装填は済ませていたので銃口を向けて一斉射撃をすれば、そこには弾丸のカーテンが出現する。
「総員……ひるまず突撃ぃいいいい!!」
士官の剣を掲げて走る北是が、橋の上を猛然と駆け抜け――そして跳ぶ。誰よりも先頭を走り、誰よりも高く跳んだ。その姿は、討つべき対象を目掛けて放たれた必殺の矢の如し。
弾幕は容赦なく突撃してくる北是達に――特にジャンプして飛び掛かろうとしていた北是に――襲い掛かった。
「うぐっ! あ、足かっ……!」
北是の口から苦痛の声が上がる。だが弾が掠っただけで致命傷には程遠い。また、北是に狙いが集中したおかげで、部下たちは一切速度を緩めることがなかった。
「今の、なんか弾の方が避けてなかったか?」
遠くからでも分かる異常な光景。北是はまるで不可視の障壁に守られているかのように、胴体や頭部への命中はひとつもなかった。いくら弾幕としては薄かったとしても至近距離であったのに、である。北是に続けと走っている部下たちは不運にも何人か命中し悶絶している。が、それをしり目に、走り幅跳びのようにジャンプした北是本人は二発目の準備をすることも出来ずにいたガリア軍兵士たちの横列へと飛び込んでいた。それから少し遅れて、北是麾下の部隊もガリア軍へと殴り込みをかける。
「あああああっ!」
空中で北是は剣を一閃。一発目の余韻がまだ手に残っているガリア軍兵士の首に深い裂傷を刻み付ける。戦友の有様を見た周囲の者たちもさすがに軍人、訓練通りとっさに銃剣を構えた。が、遅い。
「槍衾には薄すぎるなぁ!」
吐き捨てるように言いつつ、北是はこと切れて崩れ落ちようとしている敵の肩に足をかける。ぐっと力を籠めれば、身体は再度空中へ飛翔する。
「はは、あいつマジかよ……」
「飛んでる……」
オリ主は思わず言葉を零した。同様に、周りの兵士たちからもぽつり。二度天高く上がった北是は、そのまま他のガリア軍兵士たちの頭や肩をジャンプ台替わりにし、どんどんと前へと進み続ける。
天狗か何かかと思うオリ主は……乾いた笑みを浮かべながら言った。
「認めよう、お前は勇者だ」
何か悟ったような顔。が、一変して嫉妬に駆られた表情を露骨に示す。
「――だがなぁ! 俺よりも目立つとは何事だこの野郎!」
「えぇ……」
盛大に地団太を踏んで、周囲の人間に引かれるのだった。
そうこうしている間にも、北是は何かを探すように跳ねて剣を振り回す。移動するたびに血しぶきを上げるその様子に、悪魔だのなんだのと言う罵声が飛ぶ。しかし言われた本人はそんなことどうでもいいと言わんばかりに周囲へと視線を飛ばした。そして、目当てのものを発見する。
「見つけたぁ!」
歓喜で叫ぶ北是。その表情と発言内容に更に恐怖を掻き立てられて神に救いを求める声が増える。もはや悪魔と化した北是の視線の先には、先ほど逃げ出したガリア軍の将軍の背中が。
「止まれぇええええ!」
「はっひぃ!?」
地獄の底から響くような絶叫に思わず振り向いた将軍は、自分目掛けて飛んでくる敵兵の姿に脳の処理が追い付かなかったのか硬直する。そして動きの止まった標的目掛けて、北是は全体重を込めた蹴りを放った。
「がっ!? ぐはあっ!!」
鼻血を出し、歯を数本吹き飛ばしつつ倒れこむ将軍。その顔のすぐそばの地面に、北是の持つ剣の切っ先が突き刺さる。ガリア兵たちは、目の前の光景に唖然とその場で立ち尽くすことしかできない。
「前ガリア軍将兵に告げる! 貴軍の将軍は捕らえられた、総員武装を解除しろ!」
「ふ、ふざけ――――」
「要求を聞き入れられない場合、即座に貴軍の将軍は首を落とすことになる!」
「て、て、てて、てめえ状況わかってんのかよ!?」
「囲んでんのはこっちなんだぜ!?」
「そうだ、お、お前なんてちっとも怖くねえぞぉ!」
「黙れぶち殺すぞ!」
「「「ひぃ!?」」」
北是が睨み据えれば、へっぴり腰ながらも啖呵を切っていた近場のガリア軍兵士が腰を抜かした。多分、本気で空を飛ぶ悪魔に見えているのかもしれない。
「この者が将軍ではないというのならば、今すぐこの者の首を跳ね飛ばし、別に探しに行くだけだ! さあ返答を聞かせてもらおうか!」
身なりからして十中八九将軍であることは分かっていても、脅し文句として「この程度の包囲は屁でもない」と言外に言って威圧する。
「こ、このぉ……!」
状況を把握し始めたガリア軍兵士たちは、北是と捕虜となった将軍を遠巻きに囲んで銃を突き付ける。彼らの言う通り、北是は単身飛び込んで来たため完全に孤立しており、北是の身の安全を保障する唯一の材料は将軍という人質のみである。だがどちらが追い込まれているのかは表情ですぐにわかる。余裕の顔の北是と、恐怖に塗れて顔面蒼白状態のガリア軍側という対比なのだから。
「ででで伝統あるガリア軍軍人は降伏などするものか! かまうなうううう撃てぇ!」
当の将軍がこのようなことを叫ぶ。だがこうなることくらいは覚悟の上だったとばかりに、北是は片手で倒れこんでいる将軍の襟をつかんで強引に立たせる。この状態で射撃をすれば、確実に自分も将軍も死ぬという状況だ。
「……」
「あの、マジで?」
「馬鹿お前、ホントに撃って死んじゃったら責任取らされるぞ」
「でも撃てって……」
「……どうした撃たないのか?」
「――――将軍閣下のご意思を無視するわけにはいかない。構え! 後ろの奴らはうまく逃げ――――」
「ばばばば、ばかもんが! ほんとに撃とうとするやつがあるか! 降伏する! 全員武器を捨てろおおお」
ジャン・ピエール将軍はおそらく生まれて初めて、敵の前で涙を流して降伏した。
☆
ガリア軍兵士が放棄した銃がうずたかく積まれ、つつがなく武装解除が進んでいく。ルドルフ小隊が戦っていた分断ラインより後方のガリア軍部隊は異常事態に混乱して撤退。乾坤一擲で将軍奪還を目指して攻め込まれたら厄介だっただけに一安心であった。そして、首脳部の拘束も終わったところだった。
「お、おのれ! 私はガリア王族の一員だぞ、縄を解け! そして盃のひとつでも出せ! ただの平民兵士と同じ待遇などふざけるな!」
そんな抗議に対して、「ああん? 聞こえんなぁ」と煽るような顔つきで耳に手を当てるオリ主。どこぞのモヒカン一族のような対応で将軍の要求を一蹴する。そもそも、今は穴に落ちた連中を引き上げ、手に縄(途中で足りなくなって敵のシャツを引き裂いて作った布で代用)をかける面倒な作業をする必要がある。ので、酒を出せだのといった待遇面での要求などされても面倒というのが実情だった。
「ホテルじゃありませんので」
「だいたい、ちゃんとした縄で縛ってやってる分だけありがたく思えこの野郎!」
オリ主のような無駄に煽るような態度こそなかったが、北是もまた最低限の対応のみで淡々と捕虜の拘束作業を進めている。
「それよりも……おいおっさん!」
グイっと、オリ主は将軍の縄を掴んで引き寄せる。たたらを踏んでよろけそうなところを、胸倉をつかんで強引に引き寄せる。
「こっちの要求はたった二つだ。この島の沖に浮かんでるフネを沈めさせろ。そんでさっさと帰れ」
「こ、こ、交渉したければまずは貴族将校への扱いをすることから始めたらどうだ!?」
「――――あん?」
何コイツ強気になった? とオリ主が訝しんだ。状況、コイツわかってんの? とも。
「そうだ! 我々のフリゲート艦がこの島を狙っている限り、貴様らはどこへも逃げられない! 何もない島の奥地に引きこもるしかないな、ええ!?」
見るからに起死回生の一手を閃いたと、将軍は喜色満面の顔と態度を浮かべる。マズイな、と北是が思い、オリ主に代わって会話を行う。
「その前に、救援の艦隊が来るでしょう。すでにこちらの事態は味方へ連絡済みですので」
「は! こちらはお前らの情報もちゃんと収集している! 外国人部隊! しかも元アステカ人がほとんど! 加えて今はアステカ帝国との戦争も継続中! 海上戦力を戦略的価値がない辺境の島に送るのは一体いつになるのかな?」
諜報活動で得られた情報、そしておそらくは要塞に残された書類からこちらの内情を把握されていることにオリ主は舌打ちをしたくなった。
ガリア軍の陸上戦力はこうして大打撃を与えられたが半数は健在で、海の方は未だ無傷。将軍を人質にして自沈させるつもりだったのに、肝心の将軍がこちらの要求を突っぱね続けてしまえば、状況が膠着してしまう。強制的に引き分け状態に陥ることになるのは、オリ主的にはマズイ。敵を島から追い出さない限り「勝利」にならず、「勝利」でなければ要塞を砲撃されて逃げてしまった名誉を回復できない。それは、オリ主としての沽券にかかわる。あと、例の危険な目をした男もまだ確保できていないのもよろしくなかった。
「殺せるものなら殺してみろ! もっともその場合、フリゲート艦はそのままだがな!」
圧倒的に弱い立場でありながらも強気の態度。軍事的な才能はアレであったが、土壇場で成長してしまったジャン・ピエール将軍。オリ主が持久戦を極端に嫌っていることを察知しそれを利用したのだ。どうやら、ピンチからの覚醒は主人公だけの特権ではないらしい。
「――軽く拷問して撤退の命令書でも書かせるか?」
「死なれると本当に手詰まりになる。医者も薬もないこの状況では悪手だろう」
こそこそと小声で打ち合わせをしつつ、ちらっと見れば将軍はこちらの方をみてニヤニヤと意地の悪い笑顔をしている。足元を見ていることが露骨に分かった。というか、拷問という単語がすらっと出てくるあたり、現代日本人の倫理観はだいぶ薄れているのが伺える。
「…………じゃあどうするんだよ」
「……考えがある」
北是は、確実性は薄いがと断ったうえで、その考えを話した。
☆
翌々日。オリ主は元いた砂浜へと戻っていた。目の前にはフリゲート艦の支援を当てにしたガリア軍の敗残兵たち。文字通り、彼らにとっての精神的支柱なのだろうそれをバックにして、逃亡していた兵士たちはその場で陣を組んでいる。そこへ、オリ主が大きな声を張り上げた。
「お前らの将軍は我々の捕虜となった!」
「んー! んー!」
傍らには猿轡を嵌められ、縄で縛られた将軍の姿が。
「解放してほしけりゃフリゲート艦を沈めろオラあ!」」
分かりやすく趣旨を説明するのであれば。
「いいのか!? お前らの王様の親せきが死んだらお前らアレだ、責任問題だぞ!?」
――――――責任問題をちらつかせて、部下に独断させよう作戦であった。
あとがき
次回パナマ編終了予定となります。よいお年を。