それは、空の青さが目にしみる快晴の日であった。総兵力10万の軍勢が、小さなパナマという土地にひしめき合い、号令に合わせて次々と出立していく。そのたびに、見送りに来ていた見物客から歓声が上がった。おそらくは、号令がかかったその部隊に知り合いがいるのだろう。これだけの人数が集結するのに、短くない時間が経過している。ならばその間、オリーシュからやってきた兵士と、現地のパナマ人が知り合う機会も多くあったことだろう。もしかしたら恋仲になった者もいるかもしれない。
ザッザッザッザッザッザ――――
軍靴の音を響かせながら兵士たちは北へ、すなわち敵の首都テノチティランへ向けて整然と行進していく。軍楽隊のラッパの音は軽やかに空へ響き渡り、彼らの足取りを軽くすることだろう。
長年にわたって自分たちを隷属させてきた支配者に報いが下される時が訪れたと、現地の民衆は熱に浮かされたようにこぶしを振り上げ、大声で激励の言葉を投げかける。
「アステカ帝国をやっつけろ!」
「俺たちの恨みを思い知らせてくれ!」
思いが込められた声援が飛ぶ。拍手も送られる。花ビラや紙吹雪がひっきりなしに降り注ぐ。それらは、前途を祝福するかのように晴れ渡る青空にとてもよく映えた。まるで凱旋しているかのように、行進する兵士たちの顔は誇らしげであった。
「――――今この瞬間、死んでもいいとさえ思ってしまいます」
「ふん、何を言っているのだ馬鹿者め」
「ハハッ 申し訳ありません。その、今自分が人生最高の瞬間を迎えているかと思うと――――悲しくなってしまうのです。いま以上のものは、もうこの先味わえないのだと」
ひときわ多くの歓声を受け取っている集団の中。とりわけ豪奢に飾り付けられた馬に乗った近衛元帥が、顔を赤らめて感極まった声を発した秘書官にして副官――義古マサカズを窘めた。しかし、声色はいつにもまして上機嫌であった。彼もまた、浮かれていたのだ。
「我々はこれより栄光の坂道をのぼり続けるのだ。ならば、これからずっと最高の瞬間が続く」
「――――――はいっ!」
「よろしい」
オリーシュの歴史に類を見ないような大軍勢を率い、神聖なる祖国に戦を仕掛けた敵に逆襲を仕掛け、その首都を攻め落とす――――まさに神聖オリーシュ帝国の史書に永遠と刻まれる英雄的偉業であろう。だが、それさえも踏み台だ。これより訪れる栄光はまだまだそんなものではない。
アステカ帝国は、北へ北へと北上することで勢力を拡大してきた国家だ。ゆえに、古代からあるような大規模都市は軒並み首都周辺の南部に集中している。それら都市群も、パナマの目と鼻の先にある。つまり、首都を攻め落とした勢いでそのままこれら都市群を占領してしまえば、もはやアステカ帝国に反撃の余力は残されない。じわりじわりと北上して、大陸のパナマ以北をすべて併合することも決して夢物語ではない。
もしもそれが成ったなら――――新たな領土面積はオリーシュ帝国の存在するシド大陸をも優に超える広大なものとなる。その時、果たして近衛元帥はただの元帥という地位に納まるのだろうか?
(兄上よ。偉大なる皇帝陛下よ。地位もシド大陸も全てあなたにお譲りします。しかし、この手で掴んだ名誉と栄光は我だけのものだ、決して渡さない!!)
近衛元帥は胸の中で炎を燃やした。ただ生まれが早かったというだけで全てを与えられることを約束された兄への嫉妬、恨み、叛意――――それらがない交ぜになった黒い感情と理性や良識がせめぎあった結果うまれたのが、この計画であった。
相続しただけの何かしか持たない兄に対し、自身の力量によって成した偉業を見せつける――――その瞬間こそが、おそらく、自分にとっての最高なのだろう。物心ついたころより感じていた、決して主人公になれない予備としての立場。周囲から強要される弟としての振る舞い。これら伝統に裏打ちされた逃れようもない重くるしさも、きっと霞のように消滅してくれるに違いない。
――――しかし、しかしである。近衛元帥の切実な願いと、この遠征の成否は全くの別問題。彼が英雄として自らの道を切り開けるのか、それとも『別の』英雄に対する引き立て役に堕ちるのかは――つまるところ、時代が誰を選ぶかに依るのだから。
「う~~ん、高くて股間がヒュン!とするぜぇ……」
ジャングルにそびえる木の上を、双眼鏡を首に下げてよじ登るサル――もといオリ主が一人。先ごろ二階級特進の前払いとともに死守命令を与えられた煉獄院大尉は、浜辺を占領しているガリア軍の偵察を自ら行っていた。護衛として兵士を一人連れているだけで、自ら危険な斥候任務に出ていたのだ。
「~~~~!!―――!!」
「おおっ怒ってる怒ってる」
丘の上のひときわ大きな木の上で、木の葉で身体をカモフラージュしながら浜辺を観察する。双眼鏡で拡大された視界に移っているのは、何事かを怒鳴り散らしながら周囲の部下のケツをけりまわしている偉そうなオッサンであった。顔を真っ赤にして、そのまま脳の血管を破裂させんばかりにブチ切れているのが手に取るように分かった。それを見て「ざまあ!」と双眼鏡を覗きながら心の中で舌をだした。
昨夜、彼らガリア軍が占領した元オリーシュ軍の要塞は爆発・炎上した。もともと安普請であったために、それは盛大なキャンプファイヤーのごとく南の島の美しい星夜を焦がした。それを指揮したのが、この男である。要塞内の構造を知っている、敵は油断しまくりで連日の宴会、警備のための兵士すら酔いつぶれているなどの成功要素が積み重なり、爆破はすさまじく簡単に達成された。そして、みすみす敵から奪ったものを台無しにされるという失態に怒り心頭なのが、先のガリア軍のオッサン――――ジャン・ピエール将軍であった。「この私の顔に泥を塗ったタンカスどもを皆殺しにして来い」だの「総員突撃だ、さもなければ軍法会議だ」などと盛んに叫んでいた。そして、それを部下たちは何とかなだめようとしているが止められず、末端の兵士たちもイヤイヤといった風にジャングル探索への準備を進めている。
「あの人タチ、慣れてませんネ」
「なにが?」
唯一連れてきた部下の兵士が、手で作ったヒサシから眺めてポツリといった。現代っ子に比べて、やはりこの時代の人間は視力が良いらしい。それとも、この兵士が特別に目が良いのかもしれない。
「服、みんなチャンと着ていませんヨ。あれじゃあタイヘンな事になりマス」
「あ~、ホントだ」
改めて双眼鏡でよく見ると、兵士たちは暑さのせいか軍服を思いっきり着崩している。それどころか、ひどい奴だと半裸である。あんな状態でジャングルに入ろうものなら、虫刺されやら葉っぱやらで皮膚がめちゃくちゃになるだろう。それに、軍服もゴテゴテとした装飾がついていて、ずいぶんとジャングルでは目立つような色合いをしている。
「う~ん…………」
確かに、服装の件を抜きにして考えても、全体的に見たガリア軍の印象はとてもダラダラとしたものである。冷静さを失った指揮官に、諫めるべき上官の顔色をみて右往左往する側近、そして、面倒そうに準備をしている覇気のない兵隊たち。これから敵の潜むジャングルに攻め込もうというのに、まるで真剣味が感じられないのだ。
「これは、放っておいても崩壊するか?」
多勢を相手にどう戦うべきか考えていたが、敵の無様な有様に肩透かしを食らったように感じた。こちらがジャングル内を縦横無尽に逃げ回れば、あの連中では決して追い付けない。勝手に病気やケガで脱落し、遭難し、部隊は壊滅していくように思えた。こうして、期せずして島の死守という命令が達成される。まあそんな楽な仕事もあるものかと思い始めたとき。
「――――!!」
ガリア軍の中の一人と、双眼鏡越しに目が合った――――気がした。元々が緑色の服であった上に、ジャングルを駆け回ったせいで泥にまみれた結果、迷彩服となり、さらに念を入れて密集した木の葉をカーテンにして樹上から観察していたのだから、そうそう見つからないと思っていた。それこそ、双眼鏡の僅かな反射を目ざとく見つけない限り、バレないはずであると。
常識的な判断をすれば、たまたまこちらを向いたときに目があったと錯覚した、と考えるのが妥当であろう。だが、直感的にとてもそうは思えなかった。
(アイツ――――なんなんだよ)
ほんの一瞬だけであったはずなのに、わずかに見えた相手の瞳が異常なほどに心をざわつかせる。心が、本能が、警戒音を鳴らすのだ。常識だとか、普通だとかの言葉で片付けてはいけない、と。楽な仕事? 冗談ではない。
「~~~ッ! 上等だ! 俺がオリ主であるってことを見せつけてやる!!」
いつものように威勢がよく、自信にあふれた言葉を吐く。しかし、今回ばかりはそれも、言葉通りの力強さはなかった。まるで自分に言い聞かせてそう思い込もうとしているかのような、内心の不安を無理やりにでも払しょくしようとしているかの如く、本人の胸の中で虚しく反響した。
――――そしてその不安は、幸か不幸か見事に的中するのであった。
「決戦を仕掛ける?」
大きな天幕の中。敵情視察から帰ってきた煉獄院大尉の発言に、その場にいた誰もが唖然とした。帰って来るや否やすぐに小隊長以上のものを招集しての会議である以上、これは何か重要なことがあると覚悟はしてきた者たちも、突然の作戦方針の変更に驚きを隠せなかった。
あの時。敵に奪われた要塞を自らの手で吹き飛ばすと決めた時、煉獄院は隊長として今後の展望を語っていた。
『海の上から撃たれ放題になる以上、あの要塞の奪還は無意味だ。我々はもはや敵の宿泊施設と化してしまった古巣を破壊し、敵を島の内部へと引きずり込んで戦うしかないだよ』
こうした方針のもとに行われたのが、先の爆破劇であった。雨風をしのげる環境を台無しにされた敵が怒り狂ってジャングル内に攻め込んでくれば、そのまま地の利を生かして泥臭く戦い、敵の消耗を狙う。もしも慎重策を採用して浜辺や船の上から動かなければ、敵の持ち込んだ食料が底をつくのを待てばよい。いずれにしても、カリブ海の島はほとんど地元と言っても過言ではないパナマ人たちが大多数を占めるこちらのほうが圧倒的に長期戦において有利と言えた。そもそも命令書に追記されていた情報によれば、ガリア軍はアステカ帝国から金で依頼されて戦いに来ているのだという話である。ガリア軍には貰った金額以上の義理などないし、自身が困難な状況下になろうとも戦い抜く意思などないだろうから、こちらが容易ならざる敵だと思わせれば手を引くはずなのだ。
しかし、そんな地の利と敵側の事情を考慮から外す作戦変更に、当然ながら難色が示される。
「敵の様子を見てきたが、敵の指揮官は相当に気位が高そうだった。それが臆面もなく喚き散らしていたから、必ず大挙して攻め込んでくる。――――だが、それ以外はそれほど乗り気という感じではなかった。ある程度時間がたって指揮官の頭が冷えたら、あっさり撤退するかもしれない」
「それは、当初の予定通りということでは?」
その場にいたオリーシュ人の小隊長が発言する。しかし、煉獄院は静かに首を横に振る。オリ主モードに入っているハズであるのに、随分と冷静な反応と返答を返す。
「完全な第一印象で悪いが、そのままおとなしく帰ってくれるとは思えない。とにかくプライドが高そうな奴だったから、どこかでその埋め合わせをしようとしてくるかもしれない」
「……フリゲート艦は単艦でも脅威の戦力だが、それはあくまで我々にとってというだけで、さすがに都市ひとつを攻め落とすには火力が足りない。しかし、汚名返上のために強引にパナマへ転進する可能性がある、ということか?」
セッキョーの戦いからの付き合いであるオリ主の副官である北是少尉は、丸眼鏡をクイッと直しながら冷静にその考えを補足する。そもそも、ここにいる連中の役割は、オリーシュ本国の主力が敵の首都を攻め上るまでの間、アステカ帝国残党が都市パナマの周辺で余計なことをしないように排除することだ。それがガリア軍へと攻撃対象が変わっただけである。ならば、その方針の通りに行動していかなければならない。
「命令はこの島を守ることだが、素通りされて都市を攻撃されたら、なんつーか、あれだ、本末転倒ってやつだと思うんだよ」
それらしいことを、それらしい風に言う煉獄院。だが、その本心は違っていた。確かに、下手に追い払って、守るべき都市を危険にさらすリスクを危惧しているのは本当である。しかし、計画の変更を決定した一番大きな理由は、別にあった。―――双眼鏡越しに見た、あの目である。周囲の人間とも、いや、日本でもこの異世界に来てからもあのような目は見たことがない。ギラギラとしていて、それでいて氷のように冷静で、見る者の心臓を鷲掴みにするような恐ろしい印象を抱かせるのだ。
今はまだ、軍隊という環境と上司という首輪によって自由を奪われているが、この先、万が一、その枷が外れてしまった場合――――荒野の獅子のような目を持ったあの男と真っ向から戦うことになる。それが、心底恐ろしいと本能的に思ってしまったのだ。神に愛されたオリ主様としてらしくない思考であるが、それが本人ですら自覚していない本心であるのだから仕方ない。当然、周囲には言わないし気づかない。理路整然とした態度だって崩さない。だが、間違いなく心のどこかで思っているのだ。今のうちに、バカな上司に押さえつけられているうちにここで倒しておかなければならない、と。
「だがら、積極的に奴らを打倒する。冷静さを欠いてカッカしているうちに、粉砕して蹂躙して、あわよくば敵指揮官を捕まえる。そして海の上のフリゲート艦とかいうのは人質を使って沈没させてしまう」
「さすがにそこまでうまくいくとは…………」
「――――率直に言ったほうがよろしいのでは?」
突如、今の今まで隅のほうにいた男が発言を遮るように大声を出した。皆の視線が集まる。煉獄院も視線を向けると、そこそこに美形で金髪のパナマ人の青年が立ち上がっていた。
「君は――――」
「ルドルフです。前任の小隊長が負傷してしまったので、今は私が代理で小隊を指揮しております。まあそれは本筋ではありませんが」
「そうか、まあいい。で、俺の副官に、というか俺に何か言いたいみたいだったが?」
「ええ。舞台がこの島で、かつ防衛戦である以上、我々パナマ人がヨーロッパ大陸の連中に負けることはないでしょう。しかし、積極的に攻撃していこうとなれば話は別です。なにせ、指揮官の力量が直で反映されますからな」
「…………なんだ。つまりはこう言いたいわけか? お前らの上に立つ指揮官としての器に疑問がある、と」
「その通りです」
シーンと、静まり返る。誰もが心の中に抱いていても、面と向かっては言えないことを、このパナマ人の青年は正面切って言ってみせた。お前の作戦・指揮で本当に勝てるのか、と。しかし、その懸念はもっともであった。前提として、この部隊にまともな軍人は少数だ。根こそぎ動員で徴兵されたパナマ人たちに、つい先日任官した新米少尉たち、そしてそんな彼らの隊長となる者が、士官学校すら出ていない上にほとんど裏技で大尉に昇進した身元不明な男である。これで安心していられるほうがどうかしている。
「アドルフ小隊長代理、気持ちは分かるがそれでも彼がこの連隊の隊長であるのは本国からの命令だ。そこに異議を挟むことは許されない」
「ハハ、副官殿。そのような建前だけで皆が納得すると本気でお思いに?」
「む――――」
痛いところを突かれて、言葉に詰まる。確かに大きな実績を煉獄院は一つ成し遂げている。だが、それは運に恵まれた側面が否めず、まだまだ無条件で部下の信頼を獲得できるほどではないことを、オリ主の近くにいた彼は当然のことながら気づいていた。この島に渡ってきた後の戦いでも、今日まで戦い抜いてきたのはここにいるだれもが同様である。いくら本国からの正式な命令であろうと、これで即座に納得とはいかないのが人情であろう。
「――――よし。いいだろう」
しかし、ここで引き下がるようなら最初からオリ主などやってはいない。信頼、実績が足りないなら、今ここで積み上げるのみである。煉獄院は地図を持ってこさせ、作戦の説明を始めた。示された内容は、とにかく単純なものだった。確かに、敵の指揮官の頭に血が上っている今ならば、おそらく簡単に引っかかると思われ、特に文句のつけようがない。ただ一点、危険な役回りを演じる者がどうしても必要になる点を除けば。
「まあよく聞く作戦と言われればそれまでだが、今の敵の状態なら効果は十分出る。で、この危険な役を担うのは当然、俺と俺が今まで率いてきた馴染みの小隊だ。意義があるやつはいるか?」
「…………」
「いないな、じゃあ決定だ。作戦は、明日の日の出とともに開始する。各員、小隊に帰って準備を始めろ――――ああそうだ、アドルフとやら」
会議の解散を宣言し、立ち上がって身支度を始める煉獄院は、先ほど自分にモノ申したアドルフに声をかける。
「お前は俺の力量を問うたわけが、俺がそれを示せば、今度や逆にお前自身のそれも問われることになる。それをよく覚えておけよ」
「…………ええ、よく覚えておきましょう」
こうして、小隊長たちは各自が指揮する小隊に帰り、その準備を始める。作戦内容が作戦内容であるため、前任者が敷いた小隊乱立という変則的な組織体制はそのままにしたのだが、もしも煉獄院隊が下手を打った場合、組織の秩序は崩壊して立て直しは効かないだろう。北是少尉は副官として、思う
(生きて帰れるか、それとも無様に死ぬか。ここが分水嶺だ)
煉獄院朱雀という無駄に自信過剰な男が、単なる運だけ男かそれとも本物であるかを決定する契機であるのだが、そしてそれは、自分にとっての分かれ道でもあった。
以前。まだガリア軍がこの島に上陸してくる前の安定していた時期に、故郷に残してきた許嫁に手紙を書いたことがあった。それは、島に来てから割と最初期の時に受け取った手紙の、返信のために書いたものであったのだが――――別に甘いラブレターのやり取りというわけではなかった。もちろんお互いの手紙は表面上きちんとした文面で、婚約者に対する心配を綴っているのだが、その根底にあるのは決して他人が羨ましがれるような代物ではない。
例えば北是が貰ったのは、戦地にて戦う未来の夫が無事に帰ってきてくれるようにという内容なのだが、一部、遠回しにこのようなことを書いて寄越していた。
(痛い目を見る前に、帰ってきなさい)
確かに、心配してのことなのだろう。愛情も、あるのかもしれない。だが、どうしてもある種の侮りが感じられてしまうのだ。姉が弟に対して抱くような、こちらを格下として自分のコントロール下に置こうという意図が。
それに対して北是も、故郷に残した未来の妻がケガや病気にならないよう自身の体をいたわって欲しいといった内容の手紙を返した。だが、こっそり遠回しにこんな内容を仕込んだ。
(手柄を立てて見返してやるから黙って待ってろ)
つまりは互いに結婚後に向けての主導権争いを行っているのだ。オリ主は彼に許嫁がいると聞いて嫉妬したが、果たしてこのような男女の冷戦が水面下で行われていることを知ったうえであったのかと問われれば、十中八九NOである。
「この戦いで男をあげて、名実ともに君の主人になってみせる」
北是は静かに闘志を燃やす。家同士の付き合いで半ば義務的に決められた結婚であるが、それはそれとして家庭内の主導権を握るのは自分であるという亭主関白願望がそこにはあった。
こうして、アステカとの戦争が次の段階に移行し、ガリア軍と本格的にぶつかり合おうという直前、それぞれの人間がおのれの戦うべき理由を秘めて牙を磨くのであった。