海から砂浜に向かって桟橋が伸び、その奥に要塞化が進みつつある連隊本部がある。そして一般兵士用の宿舎は、本部の裏手にあるジャングルに隣接するように建っていた。雨風さえ凌げればそれでいいと言わんばかりの代物で、体育館ほどの面積を持つものの、建物としての高さは低く、壁も薄いので、広さだけはある小屋といった風情である。そして空間内部も薄い間仕切りでなんとなく区切り、そこに各員がそれぞれ毛布や荷物などを持ち込んでいるものだから、まるっきり災害で避難してきた避難民の様相だ。
だが、普段はジャングルで寝泊りをしている者達にとってはそんな場所でもそこそこ快適に過ごせるのであった。堅い床の上などという粗末な寝床でも十分休息をとれるのだから、人間という生き物はけっこう図太いのかもしれない。
太陽がまだ頭上で輝いている頃。ほとんどの者が車座になって座り、パイプに詰めたタバコを回し飲みしていた。紫煙が宿舎の中に立ちこめるが、すぐに隙間から出て行くので、問題はない。そしてタバコを嗜みつつ、兵士たちは支給品の安酒で酒盛りし、あるいは賭けごとに興じているのだった。
今日は、ほとんどの者にとっての休日である。その宿舎の隅の一角で、ほとんどの中に入れなかったオリ主は慣れない筆を武器にして、書類と格闘していた。
「あーっと……『前略、仕事が見つかりました。復興や港の建設で、ほとんどの人に働き口が見つかりました。下の兄弟姉妹たちも、おなかいっぱい食べれています。薬も買えました。兄さんも頑張ってください』だってさ」
「はあ……みんなゲンキみたいデスネ……ヨカッたあ――――」
「で、返事はどうする? 三行までだからな」
「えっエット、じゃあ……」
手紙の代読みと代書である。
普遍的な事実として、故郷を離れた兵隊たちにとっては、家族とやり取りできる手紙は何よりの心の慰めとなる。とりわけ、距離としては十分近いと言っても、外国軍に占領、併合され、その外国軍の一員として軍務についているほとんどのパナマ人兵士及びその家族にとっては、そうでもしなければ心労で参ってしまうというものだろう。当然、その辺りのメンタルケアも軍隊の仕事の一環で、というよりも海外遠征軍を派遣する際の通常業務であるからして、物資を運び込む輸送船の隅を活用して都市パナマと部隊間で手紙のやり取りを行なえるように手配されているのだった。だが、肝心のパナマに暮す人々は、識字率が壊滅的に低かった。
科学力を信奉するオリーシュ人にとっては、読み書きなど子供でもできる事であったが、本すら生まれていから一度も触った事がないようなパナマ人にとって「手紙を書いて読む」ということは一種の特殊技能扱いである。となると、それを代行する代読みと代書が求められた。
そう言う訳で、通訳を挟んでオリーシュ人の下級役人がオリーシュ語で手紙を書き、軍の部隊ではパナマ人の言葉を理解できる士官がオリーシュ語の手紙をパナマの言葉で読み上げる。そしてこんどはその逆といった具合で、手紙をやりとりしていた。
そうなってくると、チート(笑)で今のところあらゆる言語を理解できる上に、文法はほとんど日本語かつ文字も基本カタカナということで、速攻でオリーシュ語の読み書きをマスターしたこの男が、ほぼ一手にこの仕事を受け持っていた。
……というより、まともな書類仕事が出来ないので、これくらいしか現状できることがないとも言える。ちなみに、通常の部隊業務は煉獄院朱雀の頼れる副官、北是少尉が全面的に請け負ってくれていたのだった。
「『――――それでは、また手紙を送ります。カルカーノより』ふう、これで終わりっと。次を呼んできてくれ」
「あ、今日はこれでオワリです、ハイ」
「よっしゃ! これで手紙書きはしゅーりょ――っ」
木箱を代用した椅子の上で、ググッと背伸びをすると、ボキボキという音と共に背中の筋肉が伸びていく。流石に本部へと戻ってきてから直ぐに始めて、数時間休まずずっと机に向かっていたものだから、身体の節々が凝ってしまっていた。肩や首をグルグルまわしながら、これまでの仕事の成果を確認する。一枚一枚手書きでつづった便箋の山が、机に折り重なっていた。
後はこれをそれぞれの封筒に入れて、送り主と送り先の名前を書いて終わりであるのだが――――
「やっぱり、クッソめんどくさいな……」
手紙の内容を書くのも面倒くさかったが、量があれば本来なら直ぐに終わることでも途端にかったるくなるものである。
「送り先と送り主くらいは、封筒を使いまわせばいちいち書かずにすむとして……いっそあいつらに文字を教えて――――いや、余計に面倒か。なら、筆をせめて鉛筆くらいにバージョンアップして効率アップを計るべきか……」
と、ブツブツ言いだす。ちなみに、鉛筆は既に存在するものの、まだまだ大量生産には至っていない。後に安価な方法で一般にも普及するようになるのだが、現時点ではその製法は存在していない。もしもこの方法を知っていたら地味ながらも十分チートなのであるが、「鉛筆を大量に作って大儲け!」などと言う発想がないため、考えにも至らなかった。何故か。それは地味だからである。
「あ――――パソコンとプリンターが欲しい」
「なんだそれは?」
この時代に概念すら存在しない代物の名前を口にしながら、しぶしぶといった手つきで封筒の一枚に手を出した所で、北是が紙の束を抱えて現れた。
「あ、よう」
「手紙を書いていたのか。悪いが、僕の分も一緒に出しておいてくれないか?」
「ん、ああ手紙ね。良いけど…………ちなみに誰宛て?」
「本土の許嫁。流石にこまめに連絡は取っておかないと不味いだろうと思って」
「あ、そうわか――――…………え、許嫁? それってあれ? いわゆる結婚相手――――?」
大して興味があった訳でもない適当な質問で帰って来たのは、恐らくは、この世界にトリップして以来最大級の衝撃であった。まるで雷に撃たれたかのようなショックを受ける。別に、「ああこいつ小姑みたいにウッサイからきっとモテないんだろうな」とか「一生童貞っぽいな、何となくだけど」などと内心見下して、いずれ築きあげるオリ主ハーレムを見せ付けて、今までの無礼な態度を悔い改めさせてやると思っていた訳ではない。訳ではないのだが、そう、純粋な悔しさで知らず知らず奥歯をかみしめる。
「へ、へえ~~あっそう、まあ、俺達も良い歳な訳だし? そう言う相手もいて当然って感じ?」
「ああ、ちょっと早いとは思ったんだが、まあ、こんな仕事だし。パナマに行くことが決まってから、すこし急いでな」
「そ、そうだな、ハハッハッハ……クソがっ」
頬の筋肉が労働を拒否しているかのような不格好な笑顔でなんとか無難な答えを返すものの、最後の最後で本音がポロリと漏れ出る煉獄院朱雀くん。正直見下していた人間に男として盛大に負けていた事を知り、なおかつそれを悟らせないようにさり気なく見栄を張り、しかし最後まで貫き通せず心の声が漏れる――――なんという小物臭さか。
「あ、そういえば、俺も手紙書こうかな~~。人のばっかり書いてて、自分の分を忘れちゃってたなあ~~ハハハ」
と、目を盛大に泳がせながら、手近にあった便箋を手繰り寄せ、筆に墨を付ける。若干手が震えているのは御愛嬌である。
「家族か? それとも恋人か?」
「え、あ? ああ、と、友達だよ友達っ」
などと、とっさに返答。流石に恋人でない人物を恋人と詐称してしまうほど男としての矜持を捨て去っていないため、というかそれをすると惨めさが際立つから、パッと頭に浮かんだ人物の顔を頭に浮かべながら、友達に送ると答えたのだった。
「――――分かってると思うが、流石に外国にまで手紙は届けてもらえないぞ」
外国人であることを考慮して、北是はそれとなく注意する。
「あ~~~~大丈夫だ、送り先はパナマだから」
「なに、何時の間に友達なんて作ったんだ? パナマに上陸した時間なんて、ほとんどなかったじゃないか」
「違う違う、相手は近衛だから。なんかアイツ、今はパナマに居るんだろ? だからちょっと手紙でも送って冷やかしてやろうかなって」
「え…………?」
「いやほら、俺達がオリーシュの港から出発するときに、なんかこう、超絶エライ人オーラ全開で演説してた、あのイケメンだよ。――――もしかして、忘れた?」
「違うわ! そういう意味のえ? じゃないよバカ野郎!!」
北是が咆える。周囲でダラダラしていた兵隊たちが、何事かとびっくりした目でみつめ、ああいつものことかと納得して再びダラダラし始める。
「相手は皇帝陛下の甥にあたる方で元帥閣下の御子息、かつご本人も少将閣下なんだぞ!? ソレをなに、気楽にアイツとか友達とかッ……いくら準帝族といえど不敬罪で銃殺もあり得るぞ……」
「……? 準帝族って?」
「おま――――って、外国人ならそんなものか…………あーそうだな、簡単にいうとだ。この国で帝族っていうのは、皇帝陛下と皇后陛下、そして次代の皇帝陛下になられる皇太子殿下のみを表す。それ以外は、例えどれだけ近い血のつながりがあろうとも帝族という分類からは外れ、ただの貴族という枠組みに入る。後継者争いで国が割れることを防ぐための措置だ」
「へーよく分からんけど、それで問題とか起こらないわけ?」
「実際ある。例えば軍隊だな。基本的に、高級将校になれるのは貴族のみだ。しかしそうなると、皇帝陛下の御兄弟が対等の同僚、場合によっては部下になる、なんていう事も起こりえる訳だ。これはまあ、体面的にもよろしくない。それに、御病気や事故で皇太子殿下が……なんてことになったら、断絶の危機でもある。実際、今代の皇帝陛下には、御世継ぎが未だいらっしゃらない」
「ふむふむ」
「そこで準帝族だ。皇帝陛下が指定した血縁者に『近衛』の姓を与えて、帝族に次ぐ地位の家格を与える。軍隊なら、元帥から少将までの階級をこの『近衛』に独占させて帝族以外の者の下に置かれないようにしたりだな。そして、不測の事態に備えて後継者候補を確保したりだとか――――と、軽く説明するとこんな所だな。っといっても、こんな雲の上の話は正直我々のような末端には関係――――」
―――――ない、と言いかけた北是の頭に浮かんだのは、都市セッキョーでの戦いの一幕。セッキョーを攻囲中の敵軍を突破して味方と合流した際に自分達を、いやもっと言えば放心状態だったこの目の前の礼儀知らずをわざわざ出迎えたのは誰であったのか……。
「な、なんということだ……」
つまりは、この何を考えているんだか良く分からない男が、この国でもトップ5に入る尊い血を引く方と親しいという事実。この不条理な事実に、北是は軽くめまいを感じたのだった。
「そ、そもそもどういう接点でお知り合いに……?」
「いやあ、ちょっと外国でヒャッハーやってて、ソレが現地のエライ人たちに怒られてさ。で、逮捕されてアイツに護送されたのをきっかけに知り合った」
「――――え、はあ???」
ヒャッハー? 逮捕? 護送? なぜそんなワードが出て来るのかが、さっぱり理解できなかった。まあ、ここで仮に、舞踏会でお知り合いに成りましたとか言われても「お前があ? 寝言は寝て言えボケッ」という感じなのだが、しかしだからと言ってこれは無いだろう、と北是は思った。
「……――――スマン、すこし頭が痛くなってきたから、先に失礼する……」
「ああ、お疲れさん。俺もこの手紙書いてから、まとめて出して来る」
額に手を当てながらフラフラとした足取りで去っていく北是を見送りながら、改めて机に向き合う。目の前には、とっさに出した一枚の便箋がそのまま残されていた。良い機会だから、フリでも何でもなく近衛ユウに宛てて一つ書いてみようかと思ったのだった。筆に墨が十分染み込んでいる事を確認すると、左手で紙を抑えつけながら、オリ主はおもむろに筆を走らせ始めるのであった。
結局、昼過ぎに出発する輸送船に手紙の積み込みと輸送を依頼し終わった段階で、本日の仕事は終了。これ以降、頭痛から復帰した北是共々兵隊たちに混じってギャンブルに興じ、しこたま賭け金を巻き上げられた頃には、すっかり日暮れを迎えていた。そして、不貞寝を決め込むべく、薄っぺらい毛布に潜り込んだのだった。
――――機は熟した。
草木も眠る丑三つ時。安普請の廊下は、歩くごとにきしみを上げた。
建物の外に広がる暗闇のはるか上空、そこに浮かぶ月が熱帯気候の蒸し暑い空気を横断して冷ややかな光を投げかける。それは密林を背に佇む兵舎の中にも差しこみ、そこを歩く男の姿をうっすらと照らす。
誰も起きていない、眠っている。何せ今日ここにいる兵隊どもは皆、昨日まで散々ジャングル内をかけずり回ってきたのだから。
耳を澄ませても、聞こえて来るのはこの地方特有らしき夜行性の獣や虫の鳴き声のみだ。別段、誰かに見られて困ると言う訳ではないが、こういう情緒は大事にするべきだろう。そう――――夜這いの作法として。
「ウフッ……」
忍び笑いが漏れる。ああ、何度体験してもこの瞬間が最も心を弾ませる。高揚感を伴った圧倒的な期待感は既に快楽である。心臓が小刻みに振動し、その都度熱い血潮が全身を駆けまわる。思わず駆けだしたくなる衝動を強引にねじ込みつつ、あくまでゆっくりと歩を進める。焦ってはいけない、そうだ。既に獲物は我が手の中であり、湧き出る欲望は吐きだすその瞬間まで、抑え込めば抑え込むほど得られる悦楽の感情は高まるのだから。
途中、窓からは薄汚い兵達達が寝泊まりする宿舎が見えた。距離的にそう近くもないが、遠くもない。一応は戦力なので、有事の際はすぐさま呼び出せるように近くに建てたのは合理的ではあるが、心情的には大分拒否感が強い。ハッキリ言えば、もっと遠くに隔離したいくらいである。あんな薄汚い連中と、今から寝込みを襲いに行く少年とが同じ生物に分類されるという事実が、なんとも不愉快なことであった。
「――――ッチ」
さて、そうこうしている内に、ギラギラ血走った瞳がある一枚の扉を見つけた。恐らくは、兵隊の宿舎を侮蔑の視線と共に眺めてから経過した時間は10秒も必要なかった。
だがこの瞬間、先ほどまでの不快感は一掃されていた。
今まで歩いてきた距離と時間が、全て最高のスパイスになる時が、刻一刻と迫ってきている。男は抑えられない舌舐めずりをベロリとすると、細く青白い手を伸ばし、握りつぶさん勢いでドアノブを掴み、可能な限り音を鳴らさないように注意しながら開け放つ。
みすぼらしい、小さな部屋だった。唯一点を覗いて、まともな家具も内装もないような安宿のそれである。だからこそ、見るからに急いで作りましたと言わんばかりの適当な小部屋の中に在ってそのベッドだけが異様に映る。何せ、人間が最低でも二人分寝られるほどの大きさで、王侯貴族が使うような天蓋付きの清潔なベッドがそこにあったのだから。
この、むしろこのようなベッドの為にあるかのような部屋の主は、とある年端もいかない少年である。そしてこの少年は当然、そのベッドの中で寝息を立てている人物に他ならない。
一言で言えば、愛らしい寝顔であった。少年本人の目鼻立ちが良い事もあるが、個々のパーツが良かった。サラサラの細い金髪は部屋に差し込む月光で淡く輝き、白人特有の肌の白さはより一層その純白さを主張し、少年らしさの象徴である身体と皮膚の柔らかさが見る者を感嘆させる。
天使の寝顔――そう題するに値する瑞々しい美がそこに在った。
「――――ああ、本当に、貴方は素晴らしいわ……」
安らかな寝息を立てる美しい天使の顔をじっとりと視線で舐めまわしつつ、それは心からの礼賛だった。思えば、自分はこの少年に出会うために、海外派遣軍に所属していたのかもしれない。今までも、世界各地で機を見て手に入れて来た。金で買えるときには金で、ソレがだめなら武力で以って手に入れて来た。時にそれを正そうとしてくる部下を死地に追い込み、重ねてきた悪行は握り潰した。
しかし後悔はない。むしろ、今までの悪徳の果ての結果がこれならば、十分元はとれたといえるだろう。
あの日。スラムというより都市全体がゴミ溜めのようなパナマの、さらに薄汚い路地裏に原石を見つけた。すぐさまはした金でその所有権を購入して、その時の代金以上の上等な食事、上等な衣服を与えて磨けばどうだ。ああ、まさに地上に降り立った天使ではないか。そして今日、十分な熟成期間を経て遂に天上の住人を我が手でもって堕天せしめる。
真っ白な雪原に土足で踏み入り、小便をひっかけて大きな絵を描くが如き所業。否、だからこそ背徳感と合わさって、より「ゾクゾク」させるのだ。
なれど、これは決してただ邪悪で、冒涜そのものに悦を感じるようなゲスなものではない。
というよりも、これは生殖を伴う行為では無い以上、本能に依った、つまりは動物としての感情ではない。より崇高な、人間の理性の塊とでも言うべき、気高い感情と行為、すなわち真なる愛であると言える。畜生どもが囚われているようなものとは違う以上、そう断言する事になぜ憚ることがあろうか!
……などと男は常々主張している。――――しかし、いくら理屈をこねようとも、下半身にできたテントならぬドームが全て台なしにしてしまっている。そもそも、限界に達しつつあった激情はもはやそれらしい体裁を整えることすらできないほどに滾って、発射の機会を待ちわびていた。
結局のところ、言葉を駆使してあーだこーだと自分を正当化してまでも、何も知らない無垢な少年を無茶苦茶にしてヤリたいだけなのだ。
少年の、言葉にならない寝言を呟くために開いたつぼみの様な口の艶めかしさを見た瞬間、男は主義主張とでも言うべき高尚な理屈を服と共に放り出し、唸り声を上げた獣となって飛びかかった。
突然の事態に目覚めた少年は、碧眼の瞳を驚愕に歪める。しかし効果的な抵抗は出来ず強引に組み伏せられ――――大切な物を一晩のうちに散らすこととなった。
男の劣情は留まるところを知らず、東の空が白み始めた頃にようやくひと段落ついたところだった。男が単なる獣になっている間、少年は最初の抵抗が失敗に終わってから、あとは声を押し殺すようにしてひたすら耐えていた。あるいはこうなる事を予見していた――――というよりも、この世のたいがいの邪悪さを知っていたが故に耐性が付いていた、というのが正解かもしれない。少年が少し前まで暮していた土地とは、幸か不幸かそういう場所であったのだ。
男は、全裸姿で少年を慈愛の目で眺めると、今度は明るくなり始めた西の海を窓から眺めて見る。
今日も新しい一日が始まる。昨晩の様な甘美な夜を何度も味わう為にも、早急に邪魔者を排除しなくては、と。頭の中で算段を立てる。
とここで、海に浮かぶナニカを発見する。本国からの輸送船にしては時間が早すぎるし、ゴミにしては大きすぎる。どこかの国の難破船であろうか、と思ったが、まああれに人が乗っているならばば向こうから来るだろうし、無人なら捨て置けばいいと思い、いそいそと脱ぎ散らした服に手をかける。
そして着るために立ちあがった所で、チカリとその正体不明の物体から光がまたたいた。さらに同時に、煙が複数立ち上がるのを見る。これが、男――――連隊長・諸田歩喪伯爵が生涯最後に見た光景になるのであった。
艦上の大砲から発射された砲弾はやや山なりに成りながらも、横殴りの雨のように連隊本部に降り注ぎ、破壊の限りをつくした。
折杖諸島に展開する第501独立志願兵連隊への砲撃とほぼ同時刻、欧州はガリア王国からの宣戦布告がなされた。大西洋地域の平和と安定の為と言う名目の元に派遣されたガリア軍は、夜明けと共にフリゲート艦による援護射撃を受けつつ速やかに同地へと乗り込んで行った。