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No.40286の一覧
[0] 習作 civ的建国記 転生 チートあり  civilizationシリーズ [瞬間ダッシュ](2018/05/12 08:47)
[1] 古代編 チート開始[瞬間ダッシュ](2014/09/14 19:26)
[2] 古代編 発展する集落[瞬間ダッシュ](2014/09/14 19:26)
[3] 古代編 彼方から聞こえる、パパパパパウワードドン[瞬間ダッシュ](2014/09/14 19:26)
[4] 古代編 建国。そして伝説へ 古代編完[瞬間ダッシュ](2014/09/14 19:26)
[5] 中世編 プロローグ その偉大なる国の名は[瞬間ダッシュ](2014/09/09 17:59)
[7] 中世編 偉大(?)な科学者[瞬間ダッシュ](2014/09/14 19:26)
[8] 中世編 大学良い所一度はおいで[瞬間ダッシュ](2014/09/15 17:19)
[9] 中世編 ろくでもない三人[瞬間ダッシュ](2014/10/09 20:47)
[10] 中世編 不幸ペナルティ[瞬間ダッシュ](2014/09/26 23:47)
[12] 中世編 終結[瞬間ダッシュ](2014/10/09 20:55)
[13] 中世編 完  エピローグ 世界へ羽ばたけ!神聖オリーシュ帝国[瞬間ダッシュ](2014/10/19 21:30)
[14] 近代編 序章①[瞬間ダッシュ](2016/01/16 20:38)
[15] 近代編 序章②[瞬間ダッシュ](2016/01/16 20:53)
[16] 近代編 序章③[瞬間ダッシュ](2016/01/16 21:15)
[17] 近代編 序章④[瞬間ダッシュ](2016/01/16 21:42)
[18] 近代編  追放[瞬間ダッシュ](2016/01/16 21:57)
[19] 近代編 国境線、這い寄る。[瞬間ダッシュ](2015/10/27 20:31)
[20] 近代編  奇襲開戦はcivの華[瞬間ダッシュ](2016/01/16 22:26)
[21] 近代編 復活の朱雀[瞬間ダッシュ](2016/01/16 22:47)
[22] 近代編 復活の朱雀2[瞬間ダッシュ](2016/01/22 21:22)
[23] 近代編 復活の朱雀3[瞬間ダッシュ](2016/01/29 00:27)
[24] 近代編 復活の朱雀4[瞬間ダッシュ](2016/02/08 22:05)
[25] 近代編 復活の朱雀 5[瞬間ダッシュ](2016/02/29 23:24)
[26] 近代編 復活の朱雀6 そして伝説の始まり[瞬間ダッシュ](2018/04/16 01:33)
[27] 近代編 幕間 [瞬間ダッシュ](2017/02/07 22:51)
[28] 近代編 それぞれの野心[瞬間ダッシュ](2017/02/07 22:51)
[29] 近代編 パナマへ行こう![瞬間ダッシュ](2017/04/14 22:10)
[30] 近代編 パナマ戦線異状アリ[瞬間ダッシュ](2017/06/21 22:22)
[31] 近代編 パナマ戦線異状アリ2[瞬間ダッシュ](2017/09/01 23:14)
[32] 近代編 パナマ戦線異状アリ3[瞬間ダッシュ](2018/03/31 23:24)
[33] 近代編 パナマ戦線異状アリ4[瞬間ダッシュ](2018/04/16 01:31)
[34] 近代編 パナマ戦線異状アリ5[瞬間ダッシュ](2018/09/05 22:39)
[35] 近代編 パナマ戦線異状アリ6[瞬間ダッシュ](2019/01/27 21:22)
[36] 近代編 パナマ戦線異状アリ7[瞬間ダッシュ](2019/05/15 21:35)
[37] 近代編 パナマ戦線異状アリ8[瞬間ダッシュ](2019/12/31 23:58)
[38] 近代編 パナマ戦線異状アリ 終[瞬間ダッシュ](2020/04/05 18:16)
[39] 近代編 幕間2[瞬間ダッシュ](2020/04/12 19:49)
[40] 近代編 パリは英語読みでパリスってジョジョで学んだ[瞬間ダッシュ](2020/04/30 21:17)
[41] 近代編 パリ を目前にして。[瞬間ダッシュ](2020/05/31 23:56)
[42] 近代編 処刑人と医者~死と生が両方そなわり最強に見える~[瞬間ダッシュ](2020/09/12 09:37)
[44] 近代編 パリは燃えているか(確信) 1 【加筆修正版】[瞬間ダッシュ](2021/06/27 09:57)
[45] 近代編 パリは燃えているか(確信) 2[瞬間ダッシュ](2021/06/28 00:45)
[46] 近代編 パリは燃えているか(確信) 3[瞬間ダッシュ](2021/11/09 00:20)
[47] 近代編 パリは燃えているか(確信) 4[瞬間ダッシュ](2021/12/16 00:04)
[48] 近代編 パリは燃えているか(確信) 5[瞬間ダッシュ](2021/12/16 00:02)
[49] 近代編 パリは燃えているか(確信) 6[瞬間ダッシュ](2021/12/19 22:46)
[50] 近代編 トップ賞は地中海諸国をめぐる旅、ただし不思議は自分で発見しろ 1[瞬間ダッシュ](2021/12/31 23:58)
[51] 近代編 トップ賞は地中海諸国をめぐる旅、ただし不思議は自分で発見しろ 2[瞬間ダッシュ](2022/06/07 23:45)
[52] 近代編 トップ賞は地中海諸国をめぐる旅、ただし不思議は自分で発見しろ 3[瞬間ダッシュ](2022/12/13 23:53)
[53] 近代編 トップ賞は地中海諸国をめぐる旅、ただし不思議は自分で発見しろ 4[瞬間ダッシュ](2024/01/04 19:20)
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[40286] 近代編 それぞれの野心
Name: 瞬間ダッシュ◆7c356c1e ID:04a140f6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/02/07 22:51
一か月。先の都市攻防戦による戦いがアステカ側の敗北に終わってから、既にそれだけの時間が経過していた。その間、彼らは北の無人地帯まで後退することを余儀なくされ、そこで防御陣を構築して追撃するオリーシュ軍とのにらみ合いを続けていた。一応は国土を占領されていることになるが、追い詰められているのがどちらかは明白で、制海権を完全に握られているシド大陸近海を無事に抜ける手段もなく、さりとてここから都市のひとつでも奪えるほどの戦力も勢いもないアステカ遠征軍側は、文字通り進退極まっているというのが正直なところだった。
しかし、それでも強引に攻めつぶすには未だ多くの兵力を有するのがアステカ遠征軍であるから、オリーシュ側は交渉による解決で、相手側を穏便に追い出す事を目論む。これ以上無駄な流血を望まないと言う平和的な戦いの終結はアステカ側も望むことであるとして、両者の間で話し合いがなされることとなった。和平交渉用のテントの中で、アステカ側のコルテス将軍は、二人の若いオリーシュ人大使と対峙する。しかし、どうにも雲行きが怪しい。


「では、降伏に伴う条件について交渉といきましょうか将軍閣下」
「降伏? その言葉は適切ではない」


開口一番、オリーシュ側の大使が放った単語を、コルテス将軍は一笑に付す。両軍が展開する平原、そのど真ん中にぽつんと作られた天幕の内側は、一瞬のうちに緊張で満ちる。
コルテス将軍は唸るような低い声で、大使の双方を睨みつけながら続けた。立場的には弱いにもかかわらず、それを一切気にしないとでもいうような豪胆さだった。それに、若い二人は僅かにうろたえる。

「我々は未だ十分な兵力、潤沢な武器弾薬、そして豊富な食料を手にしている。こちらとそちら、話し合って双方納得がいくのならば撤退に応じても構わない、と言っているだけである」
「我々から奪った者だろうがこの敗残兵共……寝言は寝て言え……!」

その言い分に、頭に血が上った大使のひとりが両手をテーブルに打ちつけて、相手の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで腰を浮かせる。いきなり攻め込んできた侵略者共の将というだけでも断罪に値する。それを穏便な形でまとめようという精一杯の慈悲の心を小馬鹿にされるのはたまらないというのが、正直な心情であった。

「ならば、もうひと一戦お望みか?」

ニヤリと、不敵に笑うコルテス将軍。まだまだ戦える、それが望みならばああ、いくらでも追加で血を見せてやろう。そう言外に凄んで見せる現職の将軍の圧力が沸騰しかけた場に冷や水を被せる。もちろん、コルテス将軍はそれをしたい訳ではない。しかし、「この男ならあるいは……」と思わせる事にこそ意義がある。つまるところハッタリであるが、嘘も信じ込んでしまえば、それはその者にとっての真実になる。交渉が決裂して再戦……それは絶対に避けなければならない。そこは双方が第一に優先すべきことだった。


「おい」
「――――ッチ!」
「……失礼した。まずそちらの希望をお聞かせ願いましょう」

卓上の戦いで、大使達は既に飲まれつつあった。二人で何とか冷静を取り戻した風であるが、その心が怒りと恐れで大きく動揺している。そして、その動揺を目ざとく察知したコルテス将軍であるが、もちろん相手側の弱みに配慮などする訳もない。一気に踏み込む。

「まず、本国までに必要な輸送船の用意。さらに賠償金を請求しない事。そして撤退時にはそちらの国境を解放し堂々と帰還できるよう融通すること。あとは……」
「待った待った! なんだその非常識で厚かましい条件は! ふざけているのか!?」

滝のように流れる、アステカ側にとって都合が良すぎる要求の数々。敗者がするものとはとても思えないその厚顔無恥っぷりに、別の意味で慌てる大使側。彼らは完全に主導権を奪われてしまっている。圧倒的優勢な側でありながら手玉に取られてしまっているのだが、彼らはそれにすら気付かない。この手の交渉における経験の無さが完全に出てしまっているのだった。それは、長年の平和による弊害ともいえるだろう。あるいは、単純な未熟さか。

「――――ならば、あとで諸条件を紙に書いて渡すので納得するまで相談していただきたい」

こうして結局、終始コルテス将軍優位の交渉は、再度場を設けるということで流れた。後日改めて、ということになった訳であるが…………実は交渉を早々にまとめる気などコルテス将軍側にはさらさらなかった。後日、つまりは時間を稼ぐことこそが真の目的であった。首尾よく目的を果たせた事に、将軍は去り際にそっと口元を上げた。







「はあ……終わったよ。ただ――――ゆすりたかりをしてきた気分だよ」
「その御様子では問題なく騙せたようですね。結構なお手前で、閣下」

自陣に戻ってきた将軍は、出迎えた副官を見て、ほっと肺にたまっていた空気を緊張と共に吐きだす。彼は、先ほどまでの顔とは打って変わって、いつもの冴えない中年に戻っているのだが、どこか罪悪感めいた感情を顔に浮かべていた。そして、先ほどの交渉での一幕を語る。

「敗軍の将がしていい態度と条件じゃないって……」
「ならば頭を地面にこすりつけて助命を乞えば助かるとお思いですか? 私ならば相手が心底困っていると判断して更に吹っ掛けるでしょう。具体的には身代金など」
「君、最初命乞いの言葉がどうのとか言ってなかった?」
「これが私なりの命乞いですがなにか?」
「良い根性してるよ」


先ほどの交渉は、ほぼ将軍の副官による筋書き通りであり、将軍はその役者であった。彼らは自分達の要求が敗者のするようなものでない、まさに我がまま放題なものであることなど百も承知の上で、先ほどの条件を並べ立てた。
ハッキリ言えば命乞いをしたい、しかし正直に助けてくれなどと言おうものなら容赦なくむしり取られるのは必定であったが為、副官はとにかく強気でいくように将軍に指示し、結果としてそれは相手の弱気を誘うこととなった。絶対に本国は自分達の身代金を払ってくれないという確固たる確信があるが故の、捨て身の戦法だ。

「そもそも、我々には勝手に撤退交渉を行なえるような権限などありません。もしこのまま本国まで戻るようなら、敵前逃亡で一族郎党皆殺しでしょう。故に、出来るだけ長く時間を稼がなければならないのです。その為には、容易に撤退を認められては困るのです」


色々な意味で、彼ら遠征軍は追い詰められていた。軍事的な問題はさることながら、政治的にも彼らはほとんど奴隷兵とでも言っていい待遇で、最初に本国から出された「敵都市の占領」以外を目的とした行動をとる事は許されていない。監視役が不運な死を遂げた以上この場でコルテス将軍達を処罰できる人間は存在しないが、だからと言ってこのままおめおめと和平して帰国する事などできない。
だからこそ、とにかく状況が好転するまでひたすら耐え忍ぶ以外に手はない。それこそ、アステカ帝国そのものが消滅ないし大いに弱体化して、彼らパナマ出身者達を武力で抑える事が出来ないくらいになってしまうような状況が起こるまで。

「随分と運任せだ。もし、向こうがシビレをきらして総攻撃をかけて来たら?」
「三度、いえ四度は問題なく退けられます。我々が相手側にとって、交渉で追い払えるならそちらの方が安上がりであると思わせるだけの兵力が我が軍にはまだあります。食料も、敵の都市圏から去る時に片っ端から略奪したので余裕もあります」
「…………ハア、自力で何とかする方法が無い以上、仕方がないか」
「運がいい事に、相手も交渉を打ち切る気配はないようですね。私たちの命運が尽きてないことを神に祈りましょう」
「ああ、なんでこんな目に……!」

頭を抱えて祈る将軍を横目に、副官はそっと懐に隠し持っていた密書を手で押さえながら、副官は考える。

(――――他人の都合によってしか生きられないならば、我々もとことん利用するまで。例え昨日の敵にわが身を売ったとしても、それで未来が買えるならば安いもの。そう思わずには居られませんね。しかしそれでも…………いや)

そこでふと、誰かの視線を感じ、その方向を向く。そこには、多くの兵士達が不安そうな顔で将軍と副官を見つめていた。下は十代半ばから上は五十代後半まで、軍隊と言う事を考慮してもあまりにも広い年齢層であった。それは、この度の遠征で無茶な徴兵を強要された結果である。おかげで、今のパナマは女子供と老人、さもなければ病人だらけになってしまっているのだった。

(ここが正念場ということですか……)

一瞬、あの事を相談すべきかと逡巡するが、思いとどまった。事が成功しようとも一生涯、秘しているべきであろう。ならば、自分の様な人間が胸にしまって滞りなく進めておくべきだ。
長い間、自分達はアステカによって消耗品のように使われてきた。この現状、出来るだけ多くの兵士達を彼らの家族の元に返し、将来を確保する事こそが、自らに課せられた使命なのだ。例え、身売りの如き真似をしようとも。













「アステカ軍が降伏するのは果たして何時か!?一日単位でなら最大賭け金の100倍だよ!! 有り金全部吐き出して賭けな、持ってけ泥棒!!」

さて、悲痛な祈りが行われている場所から遠く離れて。先の鮮烈な逆転勝利は、瞬く間にオリーシュ国民の知るところとなった。敵の攻撃に晒された都市セッキョー、そしてその周辺では未だ深い戦禍の傷跡が生々しく残っている一方で、戦いの影響がほぼ無かったその他都市においては、当初の電撃的宣戦布告の一報によって混乱していた市民達も次第に落ち着きを取り戻していった。しかしながら、初の対外戦争に巻き込まれたが故の恐怖や不安といったものが自国軍の勝利によって払しょくされるも、すっかり以前の状態へと戻るとはいかなかった。歴史ある神聖オリーシュ帝国が迎えた変化。それはある意味で順当、そしてある意味で不健全な代物だった。


「確かな情報筋から仕入れたんだが、今日にも撤退交渉が始まるらしい」
「…………本当だな? よし――――明日だ!! 撤退は明日にオッシュ金貨5枚だ! テメエ当たったら絶対に払えよなコラァ!」


――――戦争の娯楽化である。敵が攻勢から守勢へと転じてから一カ月。その間に市民達の興味はもっぱら戦争の経過へと注がれていた。
都市セッキョーの攻略を断念したアステカ遠征軍は、同都市から軍を引いた。これは遠征が失敗に終わり事実上の敗北が決定した瞬間であるのだが、しかし、制海権の問題で彼らは祖国に撤退する事も出来ない。アステカ軍は都市セッキョーの都市圏外ギリギリの位置にある丘陵地帯を占拠し、奪い取った資材で砦を築いて引きこもった、という情報も市井に流れ、進退極まった彼らと、続々と本国へ帰還してくるオリーシュ海外派遣軍が睨みあいを続けているというのはもはや国民の誰もが知っていた。

ほぼ一カ月変化のない情勢に国中が次の一手を注視しているのだが、これでも一応はまだ戦時下。国民生活は何かと不便が付いて回ったので、戦いの動向に関してはスポーツの試合を観戦するかのように楽しむ娯楽が生まれてしまった。それは、「自分達に被害が及ぶ事はもうないだろう」という確信と余裕から生まれたもので、特に最も戦域から離れ、加えて山脈によって北部と切り離されているここ帝都オリヌシではそれが顕著であった。合法非合法を問わず、敵の降伏日時を対象にしたギャンブルが流行し、広場や辻、果てはちょっとした空き地にも怪しげな情報屋が立って粗末な印刷物を配りつつ諸々の情報を売っていた。チラシには読み手の好奇心を煽るような見出しがでかでかと踊り、民衆はこぞって出どころ不確かな情報に群がっていた。
だが、それらはあくまで戦禍に見舞われなかった土地での話。街の至る所に戦いの痕跡が残るここセッキョーでは、傷ついた街の修復が急ピッチで行なわれていた。




「はあ……」

そんな復興作業中の街の一角にある宿の一室。ガラス越しに見える眼下の光景に自称オリ主は静かに溜め息する。
まるで教科書の絵にあるような明治初期の、西洋文化と日本文化が融合したような街――――その面影を見せる異国の都市は、至る所に戦いの痕跡が残っている。アステカ軍が撃ちこんだ砲弾で抉られた石畳や家屋を始め、市街戦の証とでも言うべき生々しい弾痕と赤黒いシミが至る所で散見される。
流石にバリケードの為に封鎖されていた小さな路地は開通されたものの、やはり目の前に在るのは戦争の痕跡である。そして、その跡は決して過去のモノでは無く、場合によっては別の場所で増え続けるかもしれないと言うのだから、切ない気持になるのも無理からぬ話だった。
だがしかし、ただただ現状に嘆いているのは無力な一市民だけの特権である。力ある者、義務ある者はより良い未来に向けて力を尽くさなければならない。
オリ主こと、少年山本八千彦はそっと部屋に備え付けの椅子に座り、目の前の机にうずたかく積まれたブツを見つめる。内装がモダンであるため、なにやら重要そうな書類に見えなくもないが。

『セッキョー州北部にて睨みあい続く。今月中にも再戦か?』
『交渉難航の可能性は大。某高級将校、いざとなれば強硬手段も辞さず』
『独占取材! セッキョー防衛戦に起こった真実とは!?』

「ハハッ……」

それは、彼が注文して用意させたかなり俗っぽい代物だった。このようなものが今ではセッキョー以外の都市では、はした金を持って街中をちょっと歩けば繁華街で配られるポケットティッシュのごとく簡単に集められるという。どれもこれも、対アステカ戦争における情報だった訳なのだが、恐らくこうしている間にも、有象無象の記者が何処からか収集してきたネタが絶賛印刷されていることだろう。そして戦地から遠く離れた帝都オリヌシでは、そんなものぐらいしか情報源がないのだから、戦争の様子を知りたい一般人はそれを読み漁るしかない。既に娯楽化した戦争の話しは、良質な小説だ。結局のところ、人は心のどこかでスリルを欲しているのだ。それも、絶対に自分に被害が及ばない範疇で。

だが、実際に戦いに参加した彼はそんな事をする必要などないし、別に面白いとは思えない。日本で高校生をしていた時は新聞など全くと言っていいほど読まなかったが、自身が首を突っ込んだ事件である以上は気にもなる。そこで、他の都市との交通が再開して物資が入り始めると同時にこれらの俗っぽい読み物を収拾したのだ。正直、自分の命がけの戦いを面白おかしく書き立てられるのが癇にさわらないと言えば嘘になる。だがそれでもこうして大量に集めてしまうのは――――

『謎の騎兵集団! アステカ軍後方を貫いた矢の正体に迫る』

「ククク……ハハハッ――――アッハッハッハ!!」

一言で言えば、自分の記事を見つけて悦に入るため、である。山本は愉快な三段笑いをかましつつ、チラシの中で自分のことが書かれた部分を目ざとく見つけると、せっせと切り抜いていく。そしてそれをノートにノリ付けして編集。「これ、いつか国宝になるぜ……!」
などと呟きながら、彼は自身の伝説を永遠に記録しようとみみっちい作業を続けるのだった。こんなことを朝から晩まで毎日していた結果、既に大学ノート数冊分の「偉大なるオリ主伝説の足跡」とタイトルされた黒歴史集が誕生している。その熱意を何故もっと有意義な事に使えないのかと説教をしたくなるだろうが、それは全く持って無駄である。なぜならば、本人にとってはこれが最高に有意義なことなのだから。歴史上の偉人の行いが詳細に記録されていたら、後の歴史家が大助かりだろうなあ、なんて俺は親切なんだ――――と、余計な気の回し様を発揮したに過ぎない訳なのだが、本人的には大真面目だから始末が悪かった。

「――――山本、失礼するぞ」

悪役顔で高らかに笑い声を上げていると、扉をノックする音。そして同時に、聞き覚えのある声が聞こえる。

「ハッハッハ――――ん、あ、ああ、どうぞ」

なんだかちょっと照れ臭い感じで少々顔を赤らめた山本だった。いつもの調子に戻るまで少々の時間を置いてから、その来客を出迎えた。声で既に分かっていた通りの人物が、和洋折衷の扉を開けて入ってくる。
山本の保護者的なポジションになんやかんやで収まらざるを得なくなってしまった、近衛ユウだった。相変わらずしっかりと制服を着込み、小脇に帽子を抱えていた。

さて、客観的には見事味方の危機を救った山本達なのだが、どうにも信用と言う点ではかなり怪しい存在だった。そんな連中がまさか街中を自由に闊歩出来る訳にも行かず、山本達はそれぞれの場所に歓待という名目で隔離されていた。もちろん、決して粗末な部屋に押し込められている訳ではない。特に山本の場合は士官待遇で、なかなかに上等な宿泊施設の一室を宛がわれている。カーペットと、小さいながらもシャンデリアが標準搭載である。これには臨時とはいえ司令官であった近衛ユウのはからいも多分に含まれていた。全くもって持つべきは上流階級の知人である。

「すまない。本当はもっと早くに来たかったんだが、なかなか時間が取れなかった」
「いやあ、別にいいよ」
「…………」
「…………それで、どうしたんだよ」
「まず、君に礼を言いたい。山本のおかげで、この都市と僕らは救われた。ありがとう、都市セッキョーを守る全将兵を代表して心から感謝する」

真摯な感謝の言葉。それには散々感じていた鼻高々な気分が吹き飛び、代わって清涼な空気を胸一杯に吸い込んだような清々しさを感じた。やはり、文章越しに顔も知れない第三者に持て囃されるより、顔見知りに直接「ありがとう」と言われた方がいいな、と山本は思った。
ポリポリと照れ隠しに顔を掻く。

「――――だが、どうしてこんな所に来た! もう少しで死ぬところだったんだぞ!!」

しかし次の瞬間、今までの緩い空気は吹き飛ばすような勢いで近衛は咆える。これには面喰う山本であったが、どうしても何も、本人にだって詳しい事は分からない。
友情、義憤、正義感――――何となくそれっぽい理由を並べて考えてみたものの、どれも適切ではない。
言うなれば感情が先走って気が付いたら身体が勝手に、みたいな理由が最も相応しい。


「……――――助けたいと思ったから?」

頭を捻りながら少し悩んだところで結局、難しいことは分からない。理屈をこねるには、少々頭の容量が足りないようであった。だからこそ、本心をそのまま言葉にしてみることにした。頭が悪いなりの方法である。

「俺自身が、まあ色々あったけれど結果的には恩を感じちゃった訳で、それに死んでほしくないなって思って、で――――みたいな……?」
「そんなあやふやな――――っ」
「いや、分かってはいるんだよ。だけど身体が勝手に動いたって言うか何と言うか? だけど、結局はそれが正しかった訳だ。ウン」


それは事実であった。確かに、オリーシュ軍がアステカ遠征軍を圧していた瞬間はあったものの、都市の陥落は時間の問題と言えた。市民達の予想外の働きによってかなり楽にはなっていたが、刻一刻と状況は悪化していった。援軍なき防衛戦で、数少ない戦力も徐々に削られたその果てに……責任者になってしまった近衛ユウは戦死するはずであった。ギリギリまで時間を稼ぎ、他の都市の防衛体制が確立されるまで粘りに粘って死ぬことは、あの時既に既定路線であった。迎撃態勢が整うまでの時間が得られれば、それが勝利ともいえた。
だが、山本の行動によって大きく変わった。都市は守られ、死ぬはずであった若者は生きている。いまでは国中どこでも戦勝の雰囲気に満ちているのだ。

「危険な目にもあったけど、それでも結果オーライってことで」
「…………――――この度の一件で、君は大きな功績を上げた。最低でも勲章の1つは送られると思うから、受け取ってほしい。これが現時点で出来る精一杯だ……」

そうキッパリと言い切られると、今度は近衛のほうが困ってしまった。自分のせいで死ぬような思いをさせてしまったという罪悪感と、命を助けられた弱みから、そう言うのが精いっぱいだった。無関係な外国人を危険にさらしてしまったものの、本人にこうにもさっぱり開き直られては、これ以上問い詰めるような真似はできない。


「ああそれでいいよ。今回は完全に損得なしでやったことだから」
「そうか。それで、これからどうする気だ?」
「これから、かあ……戦いが今後も続くんなら、このまま戦おうと思うけど」
「多分それは無いだろう。敵の侵略軍にはこちらに攻撃を仕掛けるだけの体力はもうない。既に和平交渉に入ったとも聞いている。むこうも、まさか最後の一兵になるまで戦うなんてことは言わないだろう」
「ふーん……(でも、そんなうまくいくもんかなあ?)」


戦いは終わり、平和になるというその言葉に、しかし山本はすんなりとは受け入れられなかった。戦争と言うものを歴史の授業、それもかなり大雑把にしか習っていないクセに、何故かほのかに香る戦の匂いを無意識化に感じとっているのだ。
年若い山本少年にとって、戦争とは近代日本のイメージが強いのだ。日清、日露、そして第一、二次大戦までの長い戦いの歴史。一回やって勝ってはい終わりとはいかない様な気がしてならないのだ。まあ、あくまで平成日本の高校生の感想でしかないが。

「でも終わりって言うならいいことだ、うん」
「――――ああ、そのハズなんだが……どうにも雲行きが怪しい」
「え?」
「先ほど密書が届いたんだが、多少の小競り合いがあっても良いから、とにかく別命あるまで敵の降伏を受け付けるなと言ってきた。主役ではない海軍でも、妙に動きが多い。漏れ聞こえる話では、敵の本拠地を占領しに行ったとも言う。それが本当ならば彼らは――――」
「え、ちょ待った。それを俺に言うのはヤバいんじゃ?」
「あっ」

ユウは、口に両の手のひらを当てて「しまった!」とでも言いたげに大きく目を見開いた。

「今のは聞かなかった事にしてくれ……」
「お、おう……」
「しまったな。君相手だと、どうにも僕は口が軽くなってしまうらしい」

軍事機密っぽい情報をポロリとこぼされて、逆に山本は恐縮してしまう。だがしかし――――なにやらきな臭い空気が確かに存在する様である。山本の嗅覚もなかなか捨てたものではないらしい。


「それじゃあ、僕はこれで。なにか困ったことがあったら、言ってくれ」
「ああ、またな」
「また」

バタンと扉が閉められて、再び山本は一人になる。なんだか急に部屋がさびしくなったような気がした山本は、ひとりになった部屋の中で、これからの事を考えた。
平和な異世界。どこか故郷に近い雰囲気を纏う国ならば、このまま観光でもしてからこの世界の日本に相当する国を尋ねて見るのもおもしろそうだ。異世界を旅するなど普通の人間が出来るようなことではない。戦場で無双と言うオリ主っぽいこともできた。あとは適当に旅行してまわるのもありだろう。そしてグルリ世界一周の旅でもやってその後は……その後?

「あ、あのぉ……お客様?」

そこまで思考を巡らせていると、先ほどとは違った遠慮深げに扉をノックする音と、若いというよりまだまだ少女という方が適しているような女性の声がした。彼女はこの宿の従業員で、たびたび山本の部屋に訪れては部屋の掃除などをやってくれている。今回は、なにやら封筒を抱えてやってきた。

「こちら、お届けものです」
「?」

立ち上がり、その場で改める。すると、中から数枚の紙と、やたらと飾りが付いた、格式ばった賞状のような厚紙が出てきた。それは無駄に達筆で、残念ながら山本には読めなかったが、これを運んできた少女には分かったようで、一目見てパアッと顔を明るくさせる。

「すごいです! これ、少尉への任官状ですよ!」
「へ……んん? え、じゃあこれで俺、あれ? 少尉殿?」

少ない知識でも、少尉というのが軍隊での階級であることも、いわゆる幹部でそこそこに偉い立場であることを知っている山本は、目をパチクリさせて自分に指を差す。

「はい! あの、お客様がこの前の戦いで、みんなを助けてくれたって、お店の人から聞きました……こ、これからも頑張ってください! わたし、応援してますから!!」

若い仲居は、ラブレターでも渡した後であるかのように顔を朱に染めながら、走り去って行った。後には、ポカンと間抜けなツラで立ちつくす山本のみ。
ふいに、先ほど考えていた問いの答えが浮かんだ。

(――――そうだ、俺は一体何を求めている? そして俺は何者だ? 思い出せ最初の俺を)


この世界に落された自分が求めるものは、単純一言で言えば「みんなからキャーキャー言われたい」という承認欲求の塊のような願望だ。だから、活躍の場が必要だ。それも誰にとっても分かりやすい――言いかえれば戦場が、あればあるほど自分にとっては好都合なのだ。未来知識を利用して発明王になるよりも、経営者として大富豪になるよりも、武功に依る名声は何よりも心地よいだろう。それが、たった一回で満足できるのか?


「出来る訳ないね……クク」


あの落雷を、あの光を見て、自分が何者であるのかを知ったはずだ。
忍び笑いが出る。そうだ、煉獄院朱雀という名をあまねく世界に広めるには、まだまだ足りない。このままでは精々、未来の学校の教科書に一行程度で説明されて終わり程度の活躍だろう。
ならばどうすればいいか。再び戦争へ出るのが一番手っ取り早い。その為には、こんなところで身を引く訳にはいかない。他の凡人共と自分は違う。普通なら死ぬような場面でも、自分は生き残った。何故かと問われれば、それは自分が神に愛されているからだ。それに先ほどの少女の言葉はなんだ。そう、自分の力があのような一般庶民に求められているのだ。可憐な乙女に必要とされ、そして力を振るうのはオリ主としての嗜み、むしろ義務だ。

ふいに、今までまとめていた新聞の切り抜きノートが目に留まる。そして、何の迷いもなくそれらを引き裂いた。
ハラハラと紙が舞う中、ニィッと不敵な笑みを浮かべる。


「こんなちゃちな紙で残すより、あらゆる人の胸にこそ俺の活躍は残るべきだ。決して恐れる必要はない。勝利は約束されているのだから……そう、俺こそがオリ主。世界がもっと俺に輝けと言っているんだ――――!!」

山本は獰猛な笑顔で、咆哮を上げた。













「外国人に救われて終わりと言うのは、余りにも体面が悪い」

秘密会議の冒頭、近衛元帥はハッキリと述べた。出席している重臣、政治軍事経済問わず集められた有力者達は、その言葉に目線で同意を伝える。反対の声を上げる者は居ない。

「実際問題として、件の一件は既に民衆に知れ渡っております。このままでは我らの権威に泥が付きましょう」
「いかにも。先の戦いで命を賭けた将兵に対する名誉を守る為にも、このまま終わらせるわけにはいかないですな」

元帥の発言を援護するような発言が飛び出す。会議という名目ではあるが、既にどういう趣旨の結論が出るかなどは根回し済み。それでもわざわざ高級料亭の一室に集まって顔を突き合わせているのは、内々で承諾した内容を正式な決でもって決定するためである。


「加えて、元帥に至っては卑劣な罠によって命を落しかけたとか。祖国に対しるその献身が疑われるなどあってはなりません」
「…………なに、名誉の負傷である。気にするほどのことではない」


近衛元帥はそう涼しい顔で答えたが、内心唾を吐き捨てたいような気分でいっぱいだった。
それを臆面にも出さず、極めて冷静な対応を取り続けたその演技は、まさに目的意識に起因する精神力の賜だった。

(豚のケツにへばりついたクソにも劣る連中だ――後方に籠っているだけで特に何もしなかった分際で勝利の栄光を横から少しでもかすめ取ろうと隙を窺っている……)

まず一つは、出席者に対する怒り。ここにいる者は皆、国内に置いて最高クラスの影響力を持つ者ばかり。全員が賛成とする政策があれば、例え君主であるところの皇帝でも承認せざるをえなくなるだろう力を持っている。だが、元帥は知っている。ここにいるメンバーの幾人かは国外逃亡の準備を密かに進めていた事を。そのくせ、自軍が有利になれば何食わぬ顔で勝ち馬に乗ろうとあの手この手で名誉や利益を得ようと権謀術数を駆使するその根性を。
こうして会議に出ている事も、その一環だ。要するに、「自分は国に深く関与している。従って先の戦いでの勝利も自分の力に依る所だ」と自分にアピールしようとしているのだから、今以上の立身出世を戦いによって志す身にとってはヘドが出るほど不愉快だったのだ。
しかし、偽りの暗殺未遂事件で結局出陣しなかった元帥も同じ穴のムジナで在るのだから、結局は同族嫌悪かもしれない。

(だが、最も不快なのはあの蛮族共だ。大人しく戦死してれば名誉オリーシュ人として扱ってやったものを、まさか生きて手柄なんぞ上げるとは……!! 特にあの小僧だ。あの無駄に態度がデカいあのクソガキめ……)

あとは、自分の活躍の場を見事かっさらってしまった義勇軍、特に山本への怒りだ。あの場ではどうせすぐ死ぬと思って一国の元帥に対するにはあまりにも無礼な言動にも広い心で許したが、こうも活躍されては心中穏やかでいろというのも無理な話だった。だからこそ、最初はなんだかんだと理由を付けて山本とその一党を処刑してしまおうと思っていたが、もっと有効かつ合法的に処理する方法が見つかった。

「では、おのおの方。戦は敵首都を占領するまでこのまま継続。その為の足がかりとして敵都市パナマ占領。戦争継続に足りない兵力は現状我が国に居座っているパナマ出身者による志願を『許可する』という法律を作ることで対処する、でよろしいか?」
「「「異議なし」」」


近衛元帥は陸海オリーシュ軍の頂点に君臨する軍の最高権力者。皇帝からも今戦役に関する全権を与えられている。だが、それでも越権行為も甚だしい振る舞いだ。
しかしこうやって平然としていられるのも、その全権を拡大解釈すればこそだ。戦争をいつ終わらせるかも、そしてその為にどのような制度を作るかも自由に決められる権限がある、と言い張るつもりだった。例え批判があろうとも、こうして事前に根回ししておけば押し切れると判断したがゆえの独断専行である。

「市民権を餌に連中を寝返らせるとは、良い手を考え付きましたな。金もかからず兵力を増やせる」
「人聞きが悪いな。飽くまで任意だよ、これは」
「しかし閣下。これも例の作戦が成功せねば……本当によろしいのですか?」
「卿はあの作戦に不満が?」
「い、いえ……しかしもしも失敗した場合のことを考えると――――」
「――――なんなら今から降りてもよいが? それはこの場の全員にも言えることだが」
「「「…………」」」


近衛元帥は最後に出席者全員に再度念を押すように見回すと、そのまま足早にその場を後にした。料亭の奥から玄関まで続く長い廊下を、音を立てながら歩く彼の頭には、既に先ほどの会議の事はない。そもそも、あれを会議などいうのもおこがましい。

(命も資源。ならば、せいぜい有効に使わせてもらう。我が築く栄光の道、その礎となって死ぬがいい……勝利の栄光を横から掻っ攫ったあいつらも、死ぬまでこき使ってやる!!)

全ては、先の戦いにおいてかすめ取られた名誉を取り戻す――――否、それ以上の鮮烈なる名誉によって上書きをする為。敵を撤退に追い込んだ以上の武功を立てることで、己の名を未来永劫この国の歴史に刻む込むためにも、多少の無理無茶などこなせて当たり前なのだ。それが例え、太平洋を挟んだ敵本国を奇襲してひとつの都市を占領するというギャンブルじみた作戦であろうとも。そして、征服した都市の住民を、自国民として編入し兵士として志願させるという案も、全てはその先で更なる名誉を獲得する為。だからこそ、こうしてこそこそと国内の有力者へ賛成を取り付けたのだ。

(パナマ出身者の遠征軍には既に密約を結べている。後は都市パナマを攻め落とせば、労せずして一度に大量の兵力を確保できる。そして、それらで後顧の憂いを断って、アステカの首都に向かって進軍――――クックック、ああ今から楽しみだ。せいぜい利用してやるぞ!)

近衛元帥は薄く薄く哂う。英雄へと至る赤い階段が、どれだけの血で染まっていようと、その足で踏みしめて歩く覚悟は出来ている。英雄とは古今東西そういうものだ。一度それを志したのならば、流血は避けては通れない。その分だけより高みに登れるならば構わないと、元帥は思った。



同時刻。

「う、うおえええええっ!」

常夏の風が渡る海。ゆうゆうと浮かぶ白い雲の下で、元帥の秘書官、義古マサカズはひどい船酔いを患い吐いていた。出港してからというもの、艦壁が彼の定位置になっている有様だ。今も美しい海に向かって汚れた放物線を描き続けている。そんな彼を生温かい目で見ながら、水兵達は黙々と食事の支度をしていた。
最初の内は、初めての船旅に心躍る思いであった。どこまでも広い水平線はキラキラと光り、まさに未知の新世界を思わせる。食事だって保存食がメインだが、それもまた非日常を演出して良いものだ。波でゆっくりと動くベッドも面白い。だが、それもこれも船酔いと言う病に犯されるまで。一度なってしまえば、ひたすらに陸が恋しい。新鮮な食事が欲しい。動いていない地面で、ゆっくりと眠りたい。


「死、死んでしまう……胃袋がひっくり返って――うぷっ!」
「あ――もしもし? ちょいといいですか?」


どうせ吐き出すのだからと最低限の食料しか口にしていないというのに、ソレでも胃は何かを絞り出させようとする。口に手を塞いでやり過ごそうという気持ちも既になく、吐き気の赴くまま胃液を垂れ流していると、不意に声が掛る。

「パナマ、見えてきましたよ」
「なにっ!?」

歓喜。もうこの地獄から抜け出せるという望みから、ガバリと義古は壁から離れて振り返った。そこには、強い日光と潮風で微妙に脱色している髪と長い髭が目を引く初老の男がいた。所謂肥満体形ではあるが、豊かな髭ときっちり着こなした軍服、袖から除く黒くて太い腕、そして白い煙を噴き出すパイプをくわえる格好は、デブという蔑みよりも先に、威厳が立つ。

「そうか、よし……では提督、早速作戦に取り掛かりたまえ」
「まあまあ。見えたと言っても、見張り台から影が見える程度でね。まだまだ時間が掛りますんで、ここはひとつ定年間近のロートルと世間話でもしましょう」

いつの間にか用意された安楽椅子にどっかと座り、一服。ぷはぁ、口から吐き出された煙が、潮風に乗って散って行く。

「何度か寄港したことがあるんですが、パナマという土地はまあ、南北は大陸、東西は大洋に挟まれた陸峡っていう地形でして。周囲は開発しにくい密林ときているから、猫の額程の広さしかない土地に大勢の市民が肩を寄せ合うようにして暮している。産業は精々漁業程度の、ハッキリ言ってしまえば貧乏都市ってなもんですな」
「それがどうした」
「つまり、放棄を前提として占領するならいざ知らず。だだっ広い海の向こうの発展させずらい都市を自国領として編入するのは果たして価値があるのかと。小官は疑問に思わざるを得んのです」
「…………提督。その質問は、既に近衛元帥閣下直々の御命令が下っているということを理解した上での発言か? それに、かの地には大きな可能性を秘めている」

義古は懐から、元帥からの命令書を取り出した。上等な紙に、元帥直々の命令であることを意味する花押がこれ見よがしに押してあった。山本八千彦に出したような即席のものではない、いかにも正当な手順の元に発令されたといった風格を放っている。

「いえいえそんな。ただ御国の一大事と急いで帰国したら、休暇も無しに太平洋の果てまで行かされると言うのは、なかなか身体にクルもんです。なもんで、愚痴くらいはご勘弁願いたい。」
「……」

義古は押し黙る。仮に、仮に全てが上手く行き、パナマを占領したとしても、こんどは敵の本拠地での戦いとなる。背後には未だ広大なアステカ領が広がっているのだから、敵は奪還を目標に文字通り大軍で攻め寄せるだろう。未だかつてこのような大規模遠征を行なった事がない以上、全くの未知数な勝負である。誰もが不安や作戦への不信感を持っても不思議ではない。

(こちらとて同じ思いだ。しかし、既に後戻りは出来ない……!!)


だが、義古は己の主人を信じている。自分を表舞台に引き上げてくれると思ったからこそ、こうして元帥の手足となって働くことを決めたのだ。今更、途中退席などできはしない。

「――――上意である。敵都市パナマを速やかに解放せよ」
「げに悲しきは宮使えってことで諦めますか。…………おいお前ら!」

野太い掛け声をひとつ。それだけで、全ての水兵達がドタバタと忙しそうに走りだす。先ほどのゆったりとした空気が嘘だったかのように、急激にあわただしくなる。

「信号旗を上げろ。『仕事の時間だキバッっていけ』だ。お前ら、さっさと飯食って神様にお祈りして大砲ぶっ放す準備をしやがれ。たらたらしてっと海に蹴り落とすぜ!!」
「「ヤー!!」
「ま、と言う訳でこっからは海の仕事だ。後の事は任せてもらいますよ」
「…………作戦を遂行するなら何も言う事はない」
「そりゃどうも」
(閣下への反感を隠そうともしない無礼者め……いずれ後悔させてやるからな)



時は西暦1785年。アステカ帝国の傀儡都市であるパナマへ、神聖オリーシュ帝国の大艦隊が奇襲作戦を敢行。海上戦力のみによる長躯、敵都市の攻撃というアステカ帝国への意趣返しとでも言うべきこの作戦は、同都市を速やかに陥落せしめ、解放とその『保護』は世界に向けて高らかに宣言されたのだった。













あとがき
みなさんお久しぶりでございます。一年近く空いてしまいましたが、ようやく更新することができました。
と言っても、思いのほかストックがたまらなかったので、次回以降の更新もノビノビになってしまうかもしれませんが、絶対にエターはしないを合言葉に、出来るだけ早めに更新をしてきたいと思いますので、お暇なときにでも読んでいただければ幸いです。


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