一度とはいえ侵入したアステカ兵が市民の活躍によって排除されたことにより、オリーシュ軍までもが士気を高めるその一方。アステカ軍はこの時、ついに勝負に出る。今まで予備として後方を固めていた部隊が一斉に動き出し、都市セッキョーを取り囲みはじめた。数万の軍勢に囲まれるその様は、見る者を圧迫する。
「全軍、予備を含めて前進! 全兵力で囲んで砲の支援と共に突撃せよ!!」
今にも雨が降り出しそうな曇り空の元、アステカ軍の全部隊に対して都市セッキョーの包囲、および総攻撃の命令が下る。温存も予備もなし、ディフェンスなど考えないオールオフェンスの構えだった。傷を負っていようが無かろうが、動けるほぼ全てのアステカ軍将兵が都市セッキョーの防壁に向かって猛烈な攻撃を敢行する。そんな彼らに、後方からの援護が届く。
「全砲、一斉射撃!!」
ドンドンドンッ!と、連続で響くカノン砲の射撃音。アステカ軍の砲台から、音の数の分だけ砲弾が吐きだされる。それは時に城壁に当たっては少しづつ損害を与え、時に都市内部に飛び込んでは無差別な破壊を振りまいて行く。その損害を広めるべく、銃を持った兵士が果敢に突撃していくものだから、都市そのモノの防衛能力は加速度的に弱体化していった。あるいは、このまま陥落してしまうのではないかと言う程に。
「陥ちろ……陥ちてくれ――――!」
その様を、総攻撃を命じたコルテス将軍は後方の本陣で祈る様に見つめている。今にも跪きそうな様子で、神に祈る様に必死に願う。前線から後方に在る砲兵陣地が一撃ごとに爆煙と地響きを引き起こし、そのたびにどこかで絶叫が上がる。
敵兵のモノである、と思うのは余りにも楽観的だ。なぜなら敵も必死に抵抗し、先日までの戦いで相当の被害を負った筈の部隊までもが、再度戦線に投入されているからだ。
オリーシュの守備隊は砲兵部隊を都市の内部に駐留させ、前衛の銃兵三部隊を都市の北と東と西に展開。彼らはその場で徹底抗戦の構えを見せ、アステカ側の攻撃を決死の思いで跳ね返していた。そのおかげで、現状アステカ側が唯一直接城壁に銃兵を取りつかせることができるのは、南側のみだった。こちらは友軍とはほぼ孤立状態にあるので、リスクは格段に上がる。
加えて、南側には恐らく市民を動員して稼働させていると思われる投石機が容赦なく城攻め中のアステカ兵士の頭上にガレキを振りまいている。さらに、そこへ敵カノン砲による砲撃が加わるのだから、まさに地獄絵図とでも言うべき惨状だった。
しかしそれでも、今勝負に出なければならない理由がコルテス将軍にはあった。
「雨が降る前に……たのむ!」
雨が降れば、雨水に晒されるマスケット銃の不発率は上がる。もしも土砂降りにでもなれば使用はほぼ不可能となるだろう。だが、そう言った戦術上の理由よりもある意味重要で、ある意味下らない理由があった。それは先に現れた立場上逆らえない大使殿のありがたい助言が原因なのであった。
『予備を含めて全兵力で囲むのがよかろう。断固突撃せよ!!』
懲罰の意味を込めて送り込んだ部隊の一部が、敵の城壁を地下から爆破するという予想外の活躍が発端であったのかもしれない。これによってさらに興奮の度合いを増した大使殿が、全軍突撃を提案してきたのだ。実にアステカ人らしい発想だった。
それに対して、コルテス将軍はかなり消極的だった。たしかに短期決戦を望む以上、総攻撃のタイミングとしては悪くない。だが、ただ一点問題があった。それが天候である。
「冗談じゃない! カノン砲は別にして、こっちの銃は雨で使えない! けれど向こうは建物に籠れば使えるのに、無理な突撃をしたら被害が増してしまう!」
と言ってやりたいコルテス将軍だったが、まさかこんなことを正面から言う訳にもいかない。となると、なんだかんだで総攻撃をやらされるハメになる。ならば雨の降らないうちに勝負を決めなければならない。城壁を破壊出来れば、雨の降る前に白兵戦に持ち込める。だからこそ、コルテス将軍は先ほど必死に祈っていたのだが……どうやら時間切れらしい。
ポツリっと、水滴が天から零れ出してきたのだ。今はまだ極々少量だが、それもいつまでか。こうなれば、早々に銃剣の間合いで勝負できる距離まで近づかなければならない。
だが、運の良い事に敵都市もすでに満身創痍といった風情である。南側を覗いた三方の敵銃兵部隊は、たび重なるアステカ軍の突撃によって、当初の戦闘能力の八割を喪失したように見える。となれば、恐らくはあと一撃、そして天候的にも最後の一撃を加えてこれを粉砕出来れば、すでに散々に砲撃を加えられて抵抗力を失っている敵都市に、再びのアステカ軍の侵入を排除するだけの余力は残されていない――――!!
一瞬、ここで一度引いて戦力を整えた後に再攻撃をするという魅力的な考えが浮かぶも、強引に却下してコルテス将軍は前線を睨み、大声を張り上げる。
「我らが生きるか死ぬか、この一戦で決まる! 全軍攻撃を継続せよ!!」
再度、将軍は檄を飛ばす。これで敵都市を守る銃兵部隊が壊滅すれば、あとは次手でチェックメイト。ただし、この攻撃を耐えられたならば、こちらも大損害を受ける。乾坤一擲の大博打だった。
それを知ってか知らずか、アステカ軍兵士は蛮声を張り上げながら突撃していく。
「カッカッカ! 蹂躙せよー!蹂躙せよー!」
この命令に大興奮の大使殿が剣を振りかざしているを尻目に、副官が厳しい顔でコルテス将軍の傍に侍った。
「――――将軍。本陣含め、砲台が手薄では?」
「……それでもここが正念場なんだ。雨が本格的に降れば、カノン砲も使えなくなるかもしれない。今、ここでやらなくては!」
「分かりました。そこまでの覚悟ならばなにも言うことはありません……」
位置取り的に、北側から順に砲台とそれに隣接する本陣、そしてそれから距離を取って都市セッキョーを巡る前線がある。即ち、コルテス将軍が全軍総攻撃を命じてしまったが為、本来ならば本陣と砲台を守る役割も担っている予備兵力がすっかり喪失してしまっているのが現状だった。つまり、本陣との防御力は限りなく低下してしまっている。オリーシュ唯一の騎兵隊が謎の行動停止状態という情報が入っているからこそ黙認しているが、本来ならばハイリスクすぎる一手であると副官は思った。騎兵ならば、本陣を一気に強襲しうるからだ。
「……天候を味方にすることは、出来ませんでしたか――――」
せめて明日まで天気が持ってくれればと、前線にて直接指揮を執ることになった副官は持ち場に向かって歩きながら天を睨んだ。だが天はそんな願いを露とも知らず、徐々に水滴の量を増やしていく。そして遂には雷を伴った激しい雨を降らせ始めたのだった。
「冷てえっ! 雨か!?」
同時刻。山本達義勇軍は、急げとばかりに馬を走らせていた。それは、空気中を伝わってくる大砲の音が彼らに目的が近い事を知らせていたからだった。
山本は、額に垂れて来た水滴を裾で払う。
「セッキョー州の雨はしつこい。急がなくては身体が冷える一方だ」
それを傍で見ていた北是少尉が言った。
山本から説教を喰らったが、元来の生真面目さからまさか本当に帰る訳にも行かず、結局義勇軍についてきた少尉だった。だが、何もやけっぱちになっているわけではない。彼は彼なりに山本が適当に言い放った「勝つ方法」を模索していた。
「しかし、これは恵みの雨かもしれない」
「どういう事だ?」
「雨が降れば、攻め手は火薬が使いにくくなる。そうなれば……」
「そうか! 攻撃が鈍るのか!!」
着目したのは、やはり天候。火器を用いる以上避けては通れない雨と言う問題に乗じることが、唯一の勝利の可能性と北是少尉は睨んだ。
もっとも、それでも圧倒的多数には叶わない。が、敵が都市攻めに躍起になって無防備に背後を晒していたら……そこに雨と言う火器封じが重なればあるいは――――と、考えたのだった。
かなり運任せではあったが、勝利の確率は0パーセントではない。
「――――あ! 前の方に、何か見えやした!」
その時、先行していたモヒカンの一人が大声で山本に告げる。急に強く降りだした雨の水しぶきで見えにくくなった正面先の光景を、懸命に見つめる。
すると、確かに何かがある様だった。だが、残念ながら視力が別段良くもない山本では、何かがあるとしか分からなかった。
「何? 何が見える? 詳しく報告しろ!!」
「……いいや、その必要はない。僕にも見えた。あれは、アステカ軍だ!!」
「いよっしゃあ!――――っていうか眼鏡なのに俺より目が良いってどういうことだ?」
「いいだろうそんな事は!!」
山本がどうでもいい事に突っ込み、北是がそれに返す。周りから笑いが漏れて来る。義勇軍は、山本の演説以来僅かではあるがまとまり始めていた。
そこまで来て、山本の目にもそれが確かに映った。大砲を並べて、ドカンドカンと打ち出している敵の姿が。
(背後から一発ぶちかます! その後は……後は流れでお願いしますだあ!!)
徐々にボルテージを上げて行く山本の心。そしてそれは顔や手足にも表れ、暴れるのを今か今かと待つように力がみなぎって行く。そんな山本の隣に、北是が真剣な表情で話しかけて来た。
「――――煉獄院。この戦いが終わったら、僕に向かって言った侮辱の言葉を取り消してもらうぞ」
「ああ? 何でもいいよもう! 取り消す取り消す!!」
これから突撃だという時、北是が言った言葉を山本は邪魔に思いつつ適当に流す。山本は、自分が以前北是に向かって言い放った諸々の説教の言葉の事を忘れていたようだ。だが、言われた当の本人はかなり気にしていたようで、「その言葉、後で忘れたとは言わせないぞ!」と、再び馬鹿にされたと思った北是が捨て手台詞を言い放ち、荒々しいたずな捌きで山本から離れて行った。
そしてそれが合図であったかのように、山本は叫んだ。前進にみなぎる興奮を吐きだすように、右人差指でこれから突き進むべき方角を指し示した。
「いっけええええええええ! 呑気に人ン家へ大砲ぶちこんでいる奴らに目にものみせてやれえエエエエエエエエ!!」
「ヒャッハアアアア!!」
瞬間、各々にいつもの絶叫と共に突貫していくモヒカン達。続いて、山本もついついそれにつられて馬を加速させる。
最初は蛮族蛮族とバカにしていたそれも、今になっては気合いが入る掛け声だ。
「ハハッ!ククッ――――! ヒャッハアアアアアアアアアア――――!
ヒャッハアを叫びながら、山本も続いて突撃していく。それに追随するように、北是少尉もまた突っ込んでいった。まるで一本の矢のように唐突に現れ、意味不明な蛮声をまきちらしながら彼らは戦場を真っ直ぐに駆け抜けた。その姿は雨のカーテンによって図らずも巧妙に隠ぺいされる形となったため、アステカ軍の数少ない監視の目を容易く掻い潜ったという。こうして、傍から見れば謎の騎兵がアステカ軍本陣の後方に突如現れたこととなる。その半裸で奇声を発する騎兵たちは、アステカ軍の急所になだれ込んで行った。
雨がなければ、あるいは煉獄院という出自不明な島流し野郎がいなければこの戦いの結果も、さらに言えば世界の歴史も変わっていただろう。
後にこの戦いを知る全ての者が口をそろえてこう言った。「アステカ軍の敗因は唯一つ。かれらはオリヌシ――――すなわち天に愛された者ではなかったからだ」、と。
「緊急! 緊急!!」
アステカ兵達が決死の総攻撃を都市に仕掛けている時、その知らせは衝撃を以って届けられた。
「伝令! 緊急の伝令です!」
「どうしました!?」
前線で指揮を執っていた副官に、血相変えて駆け寄る兵士がいた。兵士は、この世の終わりを見たかのように血の気が失せている。
「後方から敵襲! 騎兵による背後からの奇襲です!!」
「なに!?」
「至急増援を! このままでは砲台はもちろん本陣も持ちません!」
それだけ言いきると、兵士は再び元の持ち場――恐らくは本陣の守備に駆け戻って行った。
予備兵力含めほぼ全ての兵力を城攻めに投入してしまった以上、砲台と本陣を守るのは本当に僅かな兵士のみ。そこが襲われた以上、今更兵を城攻めから戻しても間に合うとは到底思えなかった。
「――――ここを離れます。城攻めはそのまま続行、もっとも、直ぐに終わるでしょうが……」
「――――あ、ハッ!」
副官は唯一人、あとの事を近場にいた兵に任せると、ゆっくりと歩いて本陣へと戻ることにした。
「…………さて、命乞いの言葉でも考えますか」
その時、天に雷鳴が轟く。相変わらず激しい雨の中で光る青い稲妻は、まるで天地がアステカ遠征軍を滅ぼそうとしているかのように荒々しく映った。セッキョー州に降り注ぐ冷たくて厳しい雨は、敗戦を覚悟した副官を包んでいった。
「砲台を守れ! 砲は我々の命綱と心得よ!」
南北に延びたアステカ軍の最後尾、いち早く事態を飲み込むことが出来たコルテス将軍は、本陣に引きこもって護りを固めるどころか、むしろ砲台に移動し陣頭指揮を執っていた。動ける者にはコックだろうが荷物持ちだろうがなんにでも銃を持たせ、なけなしの守備兵を中核とした防御陣を作り上げた。そこでひたすら声をからして兵士を鼓舞し、コルテス将軍は決死の抵抗を試みていた。皆一様に銃剣を突きだし、突っ込んで来る騎兵の波に向かって抵抗しようとする。
だが……
「う、うああああああ!!」
「ヒャッハアアアアア!! 轢き殺されてテエーカアアアアァアア!!!!」
馬+人間の質量が高速で突っ込んで来る騎兵の一群に、非戦闘職の彼らは対応できない。すぐさま即席の防衛線は決壊し、人馬入り乱れての乱戦へと突入した。
あちこちで絶叫と鉄のぶつかり合う音、そして人間が倒れ伏す音が響くが、それも激しい雨に紛れてしまう。滲んだ血も直ぐに洗い流されてしまう豪雨の中にあって、山本もまた血のたけりのままに戦場を駆け、そして。
「ハアハアハア、やっべ逸れた……」
一人乱戦の中で、孤立していた。血気盛んに勢いで突っ込んだはいいものの、適当に馬を走らせていたから普通に北是ともは逸れてしまった。
その事に気付くも、しかし何をどうすればいいのか、戦闘は完全にモヒカン任せなので手持無沙汰になった山本は、とりあえず真っ直ぐ進んでいくことにしたのだった。だが、馬はそんな山本の気配を感じたのか足取りを緩め、「寒いじゃねえかボケ」と抗議の鳴き声を上げている。
ぽっかりと空いた戦いの空白地を、山本は一人行く。
「ん?」
「あ」
適当に真っ直ぐ進むと、当然ながら本陣の最深部へと辿りつく。そしてそこには、とうぜん本陣を守る最終防衛とでもいうべき兵もいる。
暇な感じ丸出しで進んで来た山本の、とても奇襲をかけて来た側とは思えない雰囲気に一瞬判断が遅れたアステカ軍の近衛兵。二人はしばし、見つめ合う。だが、先に現状を把握した兵士が銃剣先を突きだしてきた。
「うおおお!!」
「ぎゃああああああああ!?」
襲いかかられて、みっともない声を上げる山本。たずなを適当に引っ張って、とにかく逃げるように馬へ催促。だが、乗馬レベル最低ランクの山本の適当な操作にとうとう堪忍袋の緒が切れた馬が暴れた。
「ウワッ!?こ、このクソ馬!!」
お荷物を振り落とさんとするかのように、激しく暴れる馬。そしてそれに対抗する能力がない山本は、見事に吹き飛ばされる。放物線を描いて飛んでいき、そして何か柔らかいものに着地。
それは何かを満載にした馬車の荷台だった。幌が付いていて、雨に濡れないように対策が施されていた。山本は運よく、僅かに空いていた幌の隙間から荷台の中に放り込まれる形で落下したのだった。柔らかい荷物がクッションになったおかげで怪我もない。
「いてて……なんだか知らんけど馬車があって助かった」
「将軍! 空から敵兵が!」
「ッ!」
「ん?」
そこで山本は、周囲とは明らかに違ういかにも「偉そう」な格好のオッサンと目があった。
オッサンは明らかに動揺していた。
「な、なんでよりにもよってそんな所に……」
「へ?」
上手く頭の回路が働かない山本は、つい呆けた返事を返すが、オッサン達――というかコルテス将軍とその周囲としてはまさに絶体絶命のピンチでもあった。
恐らく彼らは、自らの死を覚悟しただろう。というよりもむしろ、状況はアステカ側にとって絶望的である。この後も使う大切なカノン砲が、一つ、また一つとモヒカン達の手によって破壊され、それらを守る兵は戦意を喪失し敗走し、全軍を指揮する将軍が今まさに騎兵の突撃によって本陣ごと包囲されようとしているのだから。あと数分の内に、砲台と本陣はモヒカン達の手によって完全に制圧される。誰が見ても、すでに投降を考えるような状況下にあったのだが、なんと基本ノリで生きている山本以外に、状況を正しく認識できない者がもう一名存在した。その存在は、誰よりも早く再起動し、手に持っていた剣を振りかざし、そのまま山本に切り込んでいった。
「キエエエエエエエエイ!」
「ファ!?」
紙一重でその斬撃を交わした山本の目の前に立っているのは、モヒカン達とは違うベクトルの半裸蛮族男だった。ボディーペイントと頭の羽飾りが雨にぬれて心底冷たそうな、顔面傷だらけのおっかない顔の男が歯をむき出しにして笑いながら立っていた。
山本はそれを、パクパクと金魚のように口を開け閉めしつつ尻もちを突きながら見上げているしかなかった。
「大使殿!? え、援護をッ!」
「コルテスよ手を出すな!! この小僧は――――」
コルテス将軍が手近の兵士に何かを命令しようとした瞬間、その半裸の男である元在オリーシュ大使にんまりと哂う。白い歯を見せ、獰猛な獣を思わせるような酷薄なほほ笑みで以って宣言した。
「――――某の獲物だ!」
「!!」
その言葉に雷に打たれたような反応をした山本。それはほぼ反射的な行動であった。図らずも転んだことで手に握ることとなった泥を思いっきり大使の顔めがけて投げていたのだった。そして山本は流れるような間髪入れない行動で男との距離をとり、さらには足元に転がっていた銃剣付きの小銃すら手にしていた。まさに本能が脳に先立って最適な行動解を叩きだしたかのようなスムーズかつ無駄のない動きだった。あるいは火事場の馬鹿力か。
が、しかししょせんは本能に基づく無意識な行動の結果。
(え、あれ? このあと……どうすんの!?)
何となく銃剣先を前に突きだしてみたところで、我に返った山本はこの先どうすべきか、分からなくなった。額に流れた冷たい水滴は、きっと雨だけではないだろう。
「報告! アステカ軍後方にて、乱れ有り! 騎兵らしき一部隊に強襲された模様!!」
「何だと!?」
「つ、ついに援軍が来てくれたのか!!」
都市セッキョーに設置された守備側の本部にて物見の兵士から伝えられた情報に、近衛ユウは喜びの声を上げた。既に戦力の過半数以上を喪失し、今日一日を持ちこたえられるかどうかという極限状態にあったセッキョー守備軍にとって、援軍到着はまさに極上の吉報だった。すでに陥落を覚悟し、如何に敵の勢いを削ぎつつ被害を抑えるかに意識を向けていたユウには福音であり、それも敵本陣を奇襲すると言う英雄的な登場をされたものだから、近くでその知らせを聞いた幕僚達も、お互いに抱き合いかねないしゃぎっぷりであった。
「ただ――その、しかし……」
「……? どうしたのだ?」
だが、その知らせをもたらした兵士は、なにやら歯切れの悪い言葉で言い淀む。発言に何か迷いがあることを察したユウは、続きを促した。
「それが、その騎兵はどうにも近衛の騎兵ではないのようなのです……」
「は?」
それは誰の言葉だったのか。オリーシュにおいて騎兵は近衛騎兵隊以外にはあり得ない。だからこそ、騎兵の登場に、だれもが元帥が率いていた近衛騎兵隊の到着を察したからこそ、皆が喜んだのだった。だが、それが違うと言う。
「――――とにかく、実際に見てみよう」
ユウは、混乱する幕僚達を尻目に部屋から出た。そして本部が置かれている大学校舎の屋上まで駆けあがり、そこで控えていた数名の物見兵から望遠鏡を借りて、その謎の騎兵が現れた方向を向けた。雨を気にせず覗いたその先で、この場に在ってはならない者を見た。
「そんな……!」
かつて南方の小大陸で出会った、非合法組織を結成して現地政府を悩ませた罪人。異世界の未来よりやってきた来訪者。とても悪人には見えなくて、戦禍に巻き込まれる前にこの世界の故郷へ送り出した外国人。そして……初めて自分が自然体で話す事が出来た、歳の近い少年――――神聖オリーシュ軍の制服を着込んだ、山本八千彦の姿だった。そしてその山本が、よりにもよって今まさに命の危機にひんしている、絶体絶命の光景が望遠鏡を通して眼前に映し出されていたのだった。