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No.40163の一覧
[0] 【完結】【習作】人工少女QB【魔法少女まどか☆マギカ】[納豆パスタ](2014/12/07 21:55)
[1] 01_ヒヤリ・ハット[納豆パスタ](2014/08/18 18:00)
[2] 02_Mental Telepathy[納豆パスタ](2014/08/18 18:00)
[3] 03_無毛地帯[納豆パスタ](2014/08/18 18:00)
[4] 04_四色コレクト[納豆パスタ](2014/08/18 17:59)
[5] 05_宇宙改変業務委託事前協議[納豆パスタ](2014/08/18 17:59)
[6] 06_膨張する欲望[納豆パスタ](2014/08/18 17:59)
[7] 07_若きインキュベーターの冒険[納豆パスタ](2014/08/18 17:59)
[8] 08_無知全能[納豆パスタ](2014/08/18 17:58)
[9] 09_夏季休暇[納豆パスタ](2014/08/18 17:58)
[10] 10_シソ科ハッカ属[納豆パスタ](2014/08/18 17:58)
[11] 11_イマジナリーフレンド[納豆パスタ](2014/08/18 17:57)
[12] 最終話_GOD in GOD[納豆パスタ](2014/08/30 22:50)
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[40163] 最終話_GOD in GOD
Name: 納豆パスタ◆d74afb76 ID:ce86f0e6 前を表示する
Date: 2014/08/30 22:50
「ふうん、彼女がそんなことをね……」

 空気には、まだ微かに瘴気が残っていた。


 キュゥべえから魔獣出現の一報を受けたほむらは、「帰りにコンビニでアイス買ってきて」とか何とか言っているキュービーを残して、月明かりに照らされた街へと飛び出した。
 そして、クソ暑い熱帯夜に駆り出された彼女は、さやかをして反則と言わしめる飛行能力、弓追尾攻撃、銃火器攻撃及び時間停止能力を惜しげもなくたっぷりと魔獣どもに浴びせかけ、情け容赦なく殲滅したため、キュゥべえがマミ達に声を掛けた時にはすべてが終わっていた。

 その後、お気に入りスポットである高層ビルの屋上にわざわざ移動した彼女は、新たに入手したグリーフシードを盾に収納すると、使用済みのものをキュゥべえへ投げて寄越していたのだが、そのとき、先日キュービーがのたまっていたあの聞くに堪えない妄想について思い出した。そのため、報・連・相を重んじる身としては、人造人間の製作者へちゃんとバグ報告すべきだと判断して、例の件をチクったところ、話を聞いた宇宙人は、興味があるのかないのかよく分からない、いつもの反応を示したのだった。


「最近、おかしなことばかり口走っていたけれど、あそこまで支離滅裂だったのは初めてだわ。このまま、あの子の暴走を放っておいてもいいの? あんなのでも宇宙を改変するだけの力を持っているのよ。まさに、なんとかに刃物というやつだわ」

 ほむらは、何を考えているのか分からない存在が、自分を大きく超える力を持っているときに受ける恐怖を感じていた。


「仮に、彼女の言うとおり、いずれかの平行世界で全能者となった彼女がこの宇宙を創ったのだとしたら、僕たちにできることは何もないよ。この世界のキュービーがどんな願いをかなえるにせよ、すでに全能者となった彼女が存在するのだからね。だから、“何でもできる全能者キュービー”の存在ついて考えることは、まったくの無意味だからやめるとしよう。そうなると、やっぱりこの世界のキュービーが何を願うのかが問題なわけだね。僕達は、彼女を作ったときに宇宙のエネルギー問題解決についての目的意識をインプットしているわけだから、少なくともそこから大きく逸脱したようなことは願わないと思うよ。あと、彼女が、全能者になりたいと願った場合だけど、何が起きるのかはそのときになってみないと分からないね。ただ、その願いが本当に叶ってしまうのだとしたら、何度も言うように、今こうして僕達が会話している瞬間にもその全能者が存在しているわけだから、それについて考えることは時間の無駄ということだね」

 キュゥべえは目的意識をインプットしたと言っていたが、ほむらは、あのノーテンキなキュービーが、宇宙のエネルギー問題という高尚な意識を持っているなどとはとても思えなかった。
 あの、自由過ぎる人造人間の少女のことを考えると、ほむらの不安は増すばかりであった。


「全能者云々についてはお手上げだけど、彼女がゲート設置者だという部分については、ちょっと疑わしいと思うね」

「そうなの?」

 ほむらにとっては、キュービーの戯言など全てが疑わしいわけだが。


「ああ、以前、僕達が〈内部世界〉で宇宙の地平面の先を観測して、最初期宇宙の調査をしているという話をしたことがあっただろう? その調査で得られた情報を解析していたら、ゲート設置者にかかわる興味深い事実が色々と分かってきたんだ」

「そんな話をしたことがあったの? どうでもいいことのようだから憶えていないみたいだわ」

「そうかい。まあ、僕達にとってはどうでもよくないことなんだ。そして、君達人類にとってもそうだと思うよ」

「そういうことは、宇宙物理学者にでも言ってちょうだい。私は、ごく普通の女子中学生なのよ。1日の内で、宇宙誕生について考える時間は限りなくゼロに近いと言っていいわ」

 誰がどう見ても、疑いようもなくごく普通の女子中学生である暁美ほむらが言った。
 彼女は、益体もない話をさっさと切り上げて、居候のためにコンビニへソーダ味の棒アイスを買いに行かなければならないので、ほんの僅か気が焦っていた。


「ほむら、ゲート設置者は、時間遡行者だ」

 キュゥべえは、ごく普通の時間遡行者である暁美ほむらに向かってそう言った。


「最初期宇宙を調査していた僕達は、宇宙誕生の瞬間を観測した。宇宙は、偽の真空《ぎのしんくう》中に突如現れた〈転移ゲート〉が引き起こしたビッグバンによって始まっていたんだ。その、記念すべき第1号〈転移ゲート〉は、ほかのゲートと性質が大きく違っていて、未来から過去へと移動するための出口になっている。だから、〈時間転移ゲート〉と呼んだほうがいいかもしれないね。ゲート設置者は、未来から宇宙誕生以前に〈時間転移ゲート〉を送り込むことで、宇宙を誕生させたんだ」

 キュゥべえの長話が始まってしまった。
 ただ、ほむらは、口に出しては言わないが、この宇宙人の呪文のような言葉の羅列をBGMにして夜景を見るのがさほど嫌いではなかった。

「〈転移ゲート〉は、知的生命体が存在するか、存在していたか、将来存在することになる惑星の中心核に設置されている。キュービーは、神でなければそんなことはできないと言っていたようだけど、未来から来た存在にもそれは可能というわけさ。もっとも、その存在がこの宇宙を創造したのだから、そういう意味では彼らを神といっていいのかもしれないけどね」

 それは、あくまでも内部世界とやらの話のはずだ。現実のことではないとほむらは思ったが、インキュベーターにとっては確固たる事実のようだ。やたらと断定的な喋り口調だった。


「そいつは一体何者なの?」

「人類さ」

 キュゥべえは、何でもないことのように言った。


「〈時間転移ゲート〉の内部情報を解析して分かったことは、未来からやってきて、ビッグバンを起こし、転移ゲートを全宇宙に設置した存在が、10の100乗年後の未来から時間遡行してきた君達人類の末裔だったということなんだ。彼らがなぜそんなことをしたのか、そして、今どこで何をしているのか、それはまったく分からない。10の100乗年後になれば、何か分かるのかもしれないけど、彼らの宇宙の時間軸とこの宇宙の時間軸は異なるから、その辺りは何とも言い難いことだね」


 ほむらには何となく分かっていた。人類ほど生きることに貪欲な生き物はいない。過去も現在も未来においても、人類の第一の目的は種族繁栄だ。ゲートを設置した理由なんてそんなものだ。
 
 人類の欲望は、果てしなく膨張し、ついに、ひとつの宇宙を生み出すに至った。

 ほむらは、これくらい唯我独尊の人間様ならやりかねない事だと思った。


「なるほど、改めて確信したわ。あなた達が人類に寄生する害虫だということを。人類の作った構造物に、我が物顔で勝手に住み着いているだけでは飽き足らず、人類の感情エネルギーを徴収し、それを勝手に利用しているのだから。あなた達は、人類が居なければ何もできない寄生虫のような存在だわ」

「ひどい言い方だね。君は、僕達が人類を利用していると言っているけど、それは違うと思うよ。むしろ、利用しているのが人類で、されているのが僕達の方だったんじゃないかな。僕達は、未来から来た人類の手のひらの上で踊らされて、ただひたすら、〈転移ゲート〉を発見し、整備し、感情エネルギーを蓄える作業をしているということさ。これはちょっと乱暴な想像だけど、彼らが僕達の母星に巨大隕石を衝突させた張本人だという可能性もあるね」

 たとえ、それが事実だったとしても、インキュベーターは、悔しいとか不満だとか感じることはないのだろう。さすがに、大きな不利益をこうむる場合は遺憾の意を示すだろうが。
 これは、あくまでも推測の域を出ない話だ。しかし、妙に納得できることでもある。
 人間は、誰かの支配を受けてその言いなりになることを、隷属を好まない。いつまでも、宇宙人ごとに利用されっぱなしでいるわけがない。感情のある存在が感情のない存在に負けるわけがない。当たり前のことだ。

 そうなると、この小動物は、さしずめ人間のペットというところか。ほむらは、邪な心が滲み出ている笑みを浮かべながらキュゥべえに手を伸ばすと、その小さな頭を優しく撫でた。


「何だい? 急に」

 キュゥべえは、ほむらにされるがままで特に嫌がったりといった素振りは見せなかった。
 不思議そうに問い掛けるキュゥべえには答えず、ほむらは、なめらかで触り心地のよい体を撫で回し続けたのだった。


「ほむら、聞いて欲しいことがあるんだ」

 しばらくの間、彼らはお互いに何も喋らずそうしていたが、ふいにキュゥべえが沈黙を破った。

「何よ?」


「たった今、キュービーの魔力係数が収束した。彼女が、魔法少女になるときが来たようだ」





「本当に、マミ達には言わなくていいの?」

「言っちゃダメだよ。彼女達には、ドッキリを仕掛けるんだからね。何せ僕は全能者になるんだ、できないドッキリはないのさ。うーん、何でもできるから何をして驚かせるか迷うなぁ」

 ほむら、キュービー及びキュゥべえの三者は、大きな運動公園の中の人目につかない一角で、全宇宙の命運を決める話し合いをしていた。


 昨夜、キュゥべえの言葉を聞いた後、ほむらは、コンビニへ行ってアイスを買い、特に急がずゆっくり歩いて帰宅した。すると、リビングのソファーに座って本を抱えながら号泣しているキュービーを発見したのだった。
 彼女は、顔面を涙と鼻水と涎でグチャグチャにして、「〈小鬼《インプ》〉が……、〈小鬼《インプ》〉がぁああぁぁ!、うわぁああ!!」などと泣き叫びながら、本を強く強く抱きしめていた。
 心の成長の最後の一押しがコレである。ほむらは、頭をソファーの背もたれに何度も打ちつけて取り乱す少女を見ながら、全身の力が抜けていくのを感じてしまうのだった。


「マミには、彼女のよりもおいしいお菓子を作ってやることにしよう。にっくき杏子には、リズムゲームで屈辱を味わってもらう。さやかは……、どうしようかな、現時点で大概のことは彼女よりも僕のほうが上だからね。うーん、とりあえず、上条恭介でも寝取ってみるかな。全然好みじゃないけど」

 以上が、キュービー企画立案の魔法少女どっきり大作戦の全容らしい。
 彼女は、もしも宝くじが当たったら何に使おうかというような妄想を、確実に訪れる未来であるかのような口調で語っていた。
 ほむらは、全能者になる気が満々のキュービーを本当にこのまま放っておくつもりなのだろうかと
、木製ベンチの上に乗っているキュゥべえに目を向けたが、白い小動物は尻尾をフリフリしているだけで特に何かを言い出す気配はなかった。


「よし、ドッキリ計画も決まったし準備は万端だ。ほむらも早く〈まどか〉に会いたいだろうし、そろそろ始めようじゃないか、宇宙救済の儀式を」

 キュービーは、そう言ってキュゥべえに向かい合った。

「さあ、キュゥべえ君。僕を全能なる存在にしたまえ」

 彼女は、両手の肘から先を腰の高さまで上げて手のひらを天に向け、恵みの雨を受けるような、陽の光を浴びる様な格好をしながら、穏やかな笑みを浮かべて瞑目した。彼女は、完全に自分の世界に入っていた。


「君の祈りは、エントロピーを凌駕――」

 広大な緑の芝生の上を爽やかな風が通り抜け、遠くの方で遊んでいる子供達のにぎやかな声が微かに聞こえてきた。
 なぜか、やけにもったいぶるキュゥべえ。演出にしてもタメが長すぎる。
 キュービーは、いつまでたっても何も起こらないので不審に思ったようだ。薄く片目を開けてチラッとキュゥべえの様子を盗み見た。


「――しなかった」

「……え? えぇ!! どうしてだい!?」

 愕然とした表情を浮かべながら、うろたえるキュービー。
 そんな彼女の様子を見ながら、ほむらは、少し安堵していた。やはり、全能者など常識的に考えて存在するはずがないのだ。


「君の祈りが具象化する直前に、外部から何者かが干渉して願いの成就を強制的にキャンセルしてきた。こんな事態は、初めてだよ。実に興味深いことだね」

「はぁ!? いったいドコのドイツなんだ! 僕の邪魔をするおバカさんはぁーー!!」

「……この場にいる僕達は、魔法少女の願いに干渉できる存在に心当たりがあるわけだけど、ほむら、君は、〈円環の理〉が干渉してきたと思うかい?」

「そうね……。そもそも、こういうことができるのはまどかだけでしょう? 彼女はとても優しいわ。多分、キュービーの願いがあまりにも愚かしいから止めてくれたということね」

 まどかが、今ここを見ているのだろうか。そう考えると、ほむらは、何だか不思議な気持ちになるのだった。


「おそらくは、そういうことなんだろうね。キュービー、神に睨まれては、もうどうしようもない。別の願いで宇宙を救ってもらうしかないよ」

「うぐぐ……。まさか、神様によって僕の野望が打ち砕かれるとはね。仕方がないな、ここは素直に質量投入の願いで我慢するよ。じゃあ改めて、キュゥべえ――」



「僕を全能者にしろーーーーーっ!!!!!」
 
 キュービーは、欲望をむき出しにして絶叫した。


「――駄目だね。先回りするかのように阻止されたよ。君の行動は、向こうに予測されているようだ」

「oh my God! 神よ! なぜですか!!」

 再度、愕然とした表情を浮かべながら、うろたえるキュービー。
 ほむらは、彼女の意地汚さに若干引いていた。これには、まどかも苦笑しながら願いを阻止していることだろう。


「キュービー、もうあきらめて宇宙の膨張を阻止する方で我慢しなさい。そっちでも神になれるでしょう? 全能ではないけれど」

「納得いかない……。全然納得いかないよ! ほむら、正直に言おうじゃないか。僕は、嫌なんだ。宇宙に一定の質量を供給し続けるだけの人生を送るのは。そんなの……、そんなのあまりにも退屈じゃないか! 僕は全能者になりたいんだ。そして、おもしろおかしく青春を謳歌したいんだ。全能者のほうがいいに決まってるんだ。全能者がいい全能者がいい全能者がいい全能者がいい全能者がいーーーーーい!!」

 感情爆発を起こしたキュービーは、芝生の上に仰向けに倒れこむと、手足をバタバタと動かしてがむしゃらに地面を叩きつけ始めた。
 土壇場で駄々をこね始めるキュービー。まるで、親におもちゃを買って欲しいとねだる小さな子供だ。だが、彼女は生まれて1年にも満たない0歳児であることも確かだ。少々わがままなのは、仕方のないことなのかもしれない。


「あまり、わがまま言わないでちょうだい。……その、よく分からないけど、あなたの代わりに宇宙に質量を供給する機械のようなものを作ればいいのではないかしら?」

 ほむらが、喚き散らす少女に向かってなるべく優しい口調で語りかると、ピタリとキュービーの動きが止まった。そして、彼女は、勢いよく起き上がってほむらに向かって駆け寄り、その手を取ってこう言った。

「素晴らしい! 全自動宇宙救済機というわけだね! ほむら、君は天才かい? その仕組さえ作ってしまえば、僕は永遠に遊んで暮らせるじゃないか。フッ、やはり僕は選ばれし存在のようだ。全能者になれないのはちと残念だが、ここは永遠の命とスーパーパワーで我慢してやろう。ハーッハッハッハ!」

 急に上機嫌になったキュービーは、両手を腰に当てながら、ふんぞり返って高笑いを始めた。
 どのような考えによるものなのか、彼女にとって永遠の命を授かることは確定事項らしい。終わりのなくなった宇宙で果てしなく生き続ける。それは、ほむらからすれば、地獄すら生ぬるい拷問にしか思えない。生きることに飽きたら、首でも吊って自殺するつもりなのだろうか。死ねないのならそれも無理な話だが。


「そろそろいいかい?」

 芝居がかった笑い声を出し続けるキュービーに、キュゥべえが最後通牒を突きつけた。


「いいとも! さーってと! ちょちょいっと宇宙を救ってくるか! キュゥべえ、“僕を、宇宙を膨張も収縮もしない状態を保つように、一定の質量を供給し続けることができるようにして欲しい” さあ、来い!」

 キュービーは、パンッと小気味よい音を立てて両手で自身の頬を張った。気合十分のようだ。


「おめでとう。契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した」

「……あ、あれ? そうなのかい?」

 契約は、地味に締結された。
 特に、光の柱が出現するわけでも、衝撃波が発生するわけでも、目の色が変わるわけでも髪が伸びるわけでも純白のドレス姿になるわけでもなかった。
 キュービーは、デニムのショートパンツにへそ出しのノースリーブシャツ、そして、黒地に小さなピンクのドクロがびっしり描かれている悪趣味なビーチサンダルという当初のダサい格好のままであった。


「あら、もしかして失敗したのかしら?」

「い、いやいや。そんなはずはないさ……。まさか、そんなはずは……」

 ほむらの嘲笑うかのような問いかけを受けたキュービーは、しばらくの間、不安げに自身の体を検分していたが、ハッとしたようにキュゥべえを問い質した。

「キュゥべえ! 僕のソウルジェムはどこだい!?」

「そこだよ。どうやら君自身がソウルジェムそのものに変質しているようだ。途方もなく巨大な魔力係数が君から測定されているよ。でも、どうして、ソウルジェムが結晶化しなかったんだろう。不思議だね」

「“不思議だね”じゃないよ。僕のソウルジェムが何色なのか楽しみにしてたっていうのにさ。これじゃあ、分かんないじゃないか。あーあ。」

 掘り下げるべきポイントが、明らかにずれている。しかし、体がソウルジェムそのものになったからといって、何か困ることがあるのだろうか。パッとは思いつかなかった。


「キュービー、質量投入を開始するときは言ってくれないか、ぜひとも間近で観測し――」

 一瞬、キュゥべえの言葉が途切れた。

「――! キュービー、宇宙中に無数の特異点が出現し、時空歪曲がとてつもない速度で拡大している。予想した通り、君の希望と対をなす絶望が溢れ出したみたいだ。このままだと宇宙が消滅するから、何とかしてくれないかな?」

 あの、無感情なキュゥべえが僅かに焦りを見せていた。宇宙消滅の危機とあっては当然だろう。
 ほむらも焦った。こんなところで死んでしまっては、何のためにこの宇宙救済計画に協力したのか分からない。


「キュービー! 今すぐ巨大化でも何でもして、宇宙へ行って戦いなさい!」

「え? え!? そんなこと言われても、急に神になったからどうしていいのか分からないよ!!」

 普段は自信満々でふてぶてしい態度のくせに、いざ本番となったらこの体たらくである。

 ほむらは、大きく息を吸った――


「飛びなさい!!」

 ――そして、一喝した。



 キュービーは、確信した。飛べる。

「よし! 地球の自転方向に飛べば第二宇宙速度をかせぐことができるはず、ということは、太陽が昇る方角とは逆に行けばいいから、西だ!!」

 彼女は、そう言うや否や猛然と走り出した。

「あっ! 馬鹿! そっちは東よ!!」

「いや、自転方向だから東であってるよ」


 キュービーは走った。ただただ無心で走った。粘つく空気が絡みつき、体が鉛のように重くなった。だが、それでも前へ進もうと渾身の力をこめた瞬間、世界の束縛から解き放たれ、彼女は一つ上の領域へとシフトした。
 周囲から音が消え、景色は時が止まったように凍りついていた。高次元へ移相した彼女は、元の世界を俯瞰した。そして、世界のすべてを見通しながら、走り続けた。通行人や建物などは、そこに何もないかのように彼女の体を通過し、一瞬で遥か後方へと消えていった。
 彼女は、地を蹴って飛翔した。星の重力を振り切って、一筋の光となって飛んでいった。大気圏を通過し宇宙空間へ突入した。星の光と真空の闇の中で、彼女は、自身の情報伝達速度を超光速に変更した。周囲の光が、彼女の前方に集まっていく。そして、一点に収束した。

 どこへ向かって飛んでいるのか。そんなことは、最初から分かっていた。自分は、このときために、宇宙を救うために、ただそれだけのために生み出されたのだから。

 宙を駆けるキュービーの前に、果てしなく広がる真の闇が現れた。その闇は、通常空間を侵食して成長を続けていた。あれこそ、絶望のエネルギーの根源だ。
 高次元から時空不連続存在を見下ろす彼女の目には、その姿は恐ろしく巨大な獏のように見えた。もやもやと立ち昇る黒い瘴気を纏った獏は、スケールが大き過ぎて緩慢にも見える動きで、モシャモシャと宇宙空間を貪り食っていた。

 奴を滅すれば、宇宙は救われる。そう思った彼女は、ますます速度を上げて大魔王《ラスボス》へと近づいていった。そして、もう十分に彼我の距離が縮まったとみた彼女は、そろそろ戦端を開くべき頃合だと判断して身構えた後、あることに気がついた。


『アレ? どうやって攻撃すればいいんだ……?』

 これはまずい。ぶっつけ本番だから、何の準備も練習もしていない。それに、全能者になったとき用に考えていた超必殺技の数々も、願いを叶える際に一悶着あったせいですっかり頭から抜け落ちてしまっている。
 などと考えている間も、どんどんと奴に接近していく。どうすればいいのか。キュービーは腹を括った。


『いっけぇーーーーー!!』

 思考を放棄し、飛んできた勢いそのままにグーパンをぶちかます。獏の鼻面に、思いっきり助走をつけた鉄拳が、光速を遥かに凌駕する速度で叩き付けられた。


 ポコッ☆


 間の抜けた、アニメの効果音ような音が響いた。

 キュービーは、自分の必殺パンチを受けたにもかかわらず蚊が止まったほどにも気にしていない様子で食事を続ける小憎らしい宇宙動物を見ながら、空気がないのにどうして音が聞こえたのだろうなどとぼんやり考えていたが、すぐに心神喪失状態から回復すると第二次攻撃を開始した。

『こらーーっ! 今のは、一撃で木っ端微塵になる場面だろう! 空気を読め!』

 怒声を上げながら、彼女は、KYな宇宙の絶望をぶん殴りまくった。だが、何度攻撃してもダメージがゼロのままなのは相手の様子を見れば明らかであったため、パンチの他にも、肘打ち、チョップ、掌底打ち、頭突き、膝蹴り、後ろ回し蹴りなど、思いつく限りの打撃技を裂帛の気合とともに打ち込んでみたが、やはりノーダメだった。
 こんな、どことも知れない上下左右も分からないような場所で、わけの分からない奴を相手に自分はひとりきりで何をしているのか。自身を取り巻く環境が余りにも現実離れしすぎているせいなのか、彼女は、頭がぼんやりとはっきりしなくなって、何が何だか分からなくなってきていた。

 絶望に染まりつつある心を何とか奮い立たせながら、踵落しをぶちかまそうと右足を大きく上げたとき、突然、彼女の前で光が爆発した。

 とてつもないエネルギーの奔流であった。
 キュービーは、間近で超新星爆発を上回る爆圧をまともに受けて、宇宙ゴミのように吹き飛ばされたが、慌てて平泳ぎの要領で手足をバタつかせ、爆風に逆らうことで難を逃れた。彼女は、爆発のあった方へと顔を向けた

 そして、観測した。
 
 遥か数十億光年先に、桃色に光り輝く天文学的規模の不思議な文様が浮かび上がり、そこから、絶望の獏に向かって無数の光の矢が放たれていた。キュービーが何度攻撃してもビクともしなかった獏は、矢を受ける度に苦悶の波動を周囲に撒き散らしていた。
 突如出現した天の川銀河よりも巨大な図形は、いくつもの多重円と直線が連結した複雑な形状をしていた。彼女は、急な出来事に驚きつつも、その図形に見覚えがあることに気がついた。

『あの模様は……、確か〈転移ゲート〉稼動時の時空境界面に――』


 真空がゆらめいた。

『驚かせてごめんね。今、チカラの使い方を教えてあげるから。さあ、心を開いて――』

 何者かの声が聞こえた。暖かで優しい誰かの声が。この声は安心だ。この声に従えばすべてが上手くいくに違いない、そう、思った。

 キュービーは、静かに目を閉じ、心を無にして瞑想した。
 自分という存在は消滅し、代わりに別の誰かになっていた。彼女は、どこか遠い所からずっとずっと落下し続けていて、ここに落ちてきた。そして、自分自身とぶつかったとき、永遠とも思えた一瞬の夢から覚醒した。
 
 彼女は、目を見開いた。
 その瞳は真紅に染まって鈍い光を放ち、短くカットしていたシルバーグレイの髪は身の丈を超え、意思を持つかのように怪しげな動きをしており、身に着けているものは、奇妙な形状をした銀色のドレスへと変化を遂げて――いなかった。 
 そうだったらいいのになとは思ったが、そうじゃなかった。彼女は、相変わらず、デニムのショートパンツにへそ出しのノースリーブシャツ、そして、黒地に小さなピンクのドクロがびっしり描かれている悪趣味なビーチサンダルという当初のダサい格好のままであった。

 詐欺だ。何も変わっていないではないか。チカラの使い方を教えてあげるとかなんとか言ってなかったか“誰か”が。いや、“誰か”というか〈円環の理〉である〈まどか〉が。
 そう、〈まどか〉だ。神が降臨したのだ。彼女に話し掛け、そして、今もなお宇宙の絶望に攻撃を続行中の存在こそ、宇宙の法則を改変したという概念存在〈円環の理〉に違いない。
 今こそ、神と神が力を合わせて邪悪なる者を打ち倒すときなのだ。
 しかし、キュービーは、決して途切れることのない光の矢の波状攻撃を受けて負の質量をどんどん失っていく絶望のエネルギー本体を観測しながら、ある疑念が湧いてきた。

 もしかして、自分が何もしなくてもこのまま決着がついてしまうのではないか。

 それは、マジで待って欲しい。そんなことになったら微妙な感じになってしまう。彼女は、とにかく早く自分も攻撃に参加しなくてはならないと考えた。
 考えたら、チカラの使い方を急に理解した。なぜ今まで出来なかったのか疑問に思うほど、あっさりと自己を理解した。
 そして、これが一番重要なことなのだが、マミと一緒に深夜まで討論会を開催して決定した技の数々を思い出した。これによって、確実な勝利が約束されることとなった。


 キュービーは、宇宙と共鳴した。

『愚かなる闇の眷属よ、我が天光の剣をもってその身に滅びを与えんことを……、乱舞無双龍飛舞《スパイラルバルデシオン》!!』

 彼女は、とくに言う必要のないことを叫びながら、後ろへ振り上げた片足を思いっきり振り下ろし、悪趣味なサンダルを天気占いの要領で力一杯前へと飛ばした。
 サンダルは、絶望の獏へと辿り着くまでに10個の次元を通過し、それぞれの次元で同時に存在する獏を跡形もなく粉砕した。そして、最後の11個目の現次元へと帰還して、その勢いを衰えさせることなく一直線に宇宙の絶望へと飛んで行き、目標へ衝突する寸前に、いくつもの次元を旅してきた際に自我に目覚めたらしいビーチサンダルに描かれたピンクのドクロ達が顕現して、奇々怪々な動きで獏を貪り食い始めた。
 もはや、天光の剣はまったく関係ないし、どちらが闇の眷属かも分からないような有様だったが、とにかくその正視に耐えないおぞましい出来事が終わってみると、あとにはきれいさっぱり何も残されておらず、すべてが終わっていた。

 悪は去った。
 キュービーは、度重なる攻撃で弱っていた絶望君にいいとこ取りで止めをさして、勝利を我が物とした。こうして、今回の冒険は、彼女にとってとても満足のいく結果となったのだった。

 彼女は、ついと顔を上げた。遥か遠方に浮かび上がっていた〈円環の理〉の魔方陣が消えていた。何十億光年先に見えた光であったが、自分の居る場所と何十億年も時間がズレていたわけではないはずだ。あの存在は、時空を超越しているのだ。
 キュービーは、意識を集中し、気配を探った。すると、次元を移相しながら遠ざかっていく高密度エネルギーの残滓を感知した。彼女は、口元を歪めて薄く笑うと、時空の虫食い穴を通過しながらその残痕を追跡した。

 いったい、どこまで来たのだろうか。このまま進んでいくと、元居た次元へ帰ることができなくなるのではないか。彼女は、一抹の不安を感じながらも前進し続けた。そして、どうにかこうにか女神様のお姿を拝見する名誉を賜ることができたのだった。
 〈円環の理〉は、純白のドレスに身を包み、長い桃色の髪を次元の狭間に漂わせ、華奢な背から生えている透き通るような一対の羽をゆっくりとはためかせながら、優雅に時空間を浮遊していた。彼女は、その後姿に向かって声を掛けた。

『おーい! ストップストーップ! ちょっと待ってくれ!』

『ぅわ! 嘘……、どうやってついてきたの……?』

 驚きの声を上げながら、神が振り返った。その呆気にとられている御尊顔を拝みながらキュービーが思ったことは、この神かわいいな、であった。

 彼女は、戸惑いを隠せない〈円環の理〉ちゃんに急接近するとこう言い放った。

『僕と友達になってよ』


 〈まどか〉は、しばしポカンとしていたがやさしく微笑みながら、差し出されていた手を取って握手を返した。

『うん、いいよ。お友達になろう』


 二人の間に友情が結ばれたその刹那、キュービーがおもいきり手首を捻って小手返しを決めた――かに見えたが、逆に投げ飛ばされて360度一回転したのは彼女のほうだった。

『ちっ、しくじったか』

『いや、えっと……、なんで、こんなことを?』

 予想外なキュービーの動きに冷静に対処したまどかが、苦笑しながら尋ねた。

『なぜかだって? 僕の野望を打ち砕いてくれたくせによく言うよ。君なんだろう? 僕の全能者になる祈りを二度も邪魔してくれた誰かさんは?』

『え?うん。そうなんだけど……、あなたが、あの願いを叶えちゃうと、無数に存在する平行世界がひとつに纏められて、しかも、その世界にはあなたと私しか存在しなくなってしまうの。それは、ちょっと良くないかなって』

 全能者を受け入れた世界は、そのような在り方となってしまうらしい。どのようにしてかは分からないが、その事態を事前に知っていたまどかは、馬鹿が必死で叶えようとしていたひとつの宇宙が消滅するよりも酷いことになってしまうその願いを、阻止してくれたということだ。


『ふうん、つまり君は、僕とふたりきりで過ごすのが嫌だったということなんだね。もしかして、友達の友達と二人でいると気まずくなるタイプなのかい?』

 キュービーは、ぬめりを帯びた目つきを向けた。彼女は、頬杖をつきながら胡坐をかき、まどかに対して上下逆さまに宙に浮かんでいた。


『うぅ……、確かに初めて会う人とは、何を話していいのか焦っちゃうこともあったけど、えっと、その、あなたと二人になるのが嫌とか、そんなのじゃなくて……』

『許す!!』

 世界を危険にさらした許しを請うべき存在が、それを未然に防いだ存在に許しを与えた。

『僕への侮辱罪は水に流そう。そんなことはどうでもいいからね。それよりも、ほむらが君に会いたくて夜も眠れないそうなんだ。家へ帰る前に、地球に寄り道して、少し顔を見せてやって欲しい』

 キュービーは、そう言って、返答も待たずにまどかの手を掴むと、おおよその当たりをつけた方角へと進路をとった。


『ちょ、ちょっと待って、ほむらちゃんには、私の姿は見えないから……』

 まどかは、キュービーにぐいぐいと引っ張られながら慌てたように言ったが、彼女はどこ吹く風といった様子だった。

『まあ、多分、なんとかなるんじゃないかな。それに、たとえ君の姿がほむらに見えなくても、僕が君のモノマネをして伝えればいいさ。簡単だよ、おどおどしながら、“えっと……”とか、語尾をなんとかだな“って”とかいう感じで喋ればいいだけだからね』

『…………そう、だね』

 まどかの背後で、深淵が顔をのぞかせた。


 神様二人は、お互いの友情を確かめつつ地球へと向かって行った。
 帰路は平穏で、キュービーが誤って白色矮星をひとつ蒸発させたこと以外は、特に何事もなかった。ただひとつ気がかりだったのは、超光速であちこち飛び回り、いくつもの次元を移相してきたため、ウラシマ効果によって地球ではとんでもない時間が経過しているのではないかということだ。

『ほむらがおばあちゃんになってたらどうしようかな。まどか、急いだほうがいいかもしれない。彼女が認知症になっていたら僕達のことを忘れてしまうかもしれないからね』

 ほむらは魔法少女なので、体のメンテナンスさえちゃんとすれば、そのようなことにはならないかもしれないが。
 

『キュービーちゃんは、ほむらちゃんのことが大好きなんだね。さっきから、ほむらちゃんのことばっかり喋ってるよ』

 まどかが、鈴を転がすような声で言った。


『君とほむらの時空を越えた友情には負けるさ。聞くところによるとほむらは、君を救うために何度も時間を遡行したそうじゃないか。そんな恐ろしいことができるなんて、ほむらはよほど君のことが好きだったか、もしくは、頭のネジがすべて外れているかのどちらかだ。僕は、後者だと思うね。彼女の心は、未だ君に囚われている。一緒に暮らしていると分かるんだ。ほむらは、いつも冷めていて、大概のことには興味がない、どうでもいいとか言って斜に構えている。初めの内は、彼女は単にそういう捻くれた性格の持ち主なんだと思っていた。けど、違ったんだ。彼女は、君のこと以外に興味を失くしてしまっているんだ。食事をするときも、本を読んでいるときも、誰かと話しているときも、いつも心の片隅で君の事を想っている。そんな状態のまま放っておくと、何をやらかすか分かったもんじゃない。だから、君は、ほむらに会わなければならないんだ』

 二人の目の前に、神秘的なまでに美しい青い星が見えてきた。あれこそ我が故郷、天の川銀河太陽系第三惑星地球だ。彼女達は、躊躇いなく大気圏へ再突入した。





「あっ! 馬鹿! そっちは東よ!!」

「いや、自転方向だから東であってるよ」


「ただいまー。宇宙を救ってきたよ」

 緊迫していた空気が一気に弛緩した。
 走り出したキュービーの姿が消えたと想ったその直後、キュービーが間抜けな声を出しながら突如姿を現した。

「おかえり、ずいぶん早かったね。特異点はすべて消滅しているから、これで、間違いなく宇宙は救われたよ。……おや、君と一緒にいるのは、もしかして――」


「まどか!!」

 ほむらは、駆けた。最愛の人のもとへ駆けた。そして、やさしく微笑んでいるまどかの胸に飛び込んで、強く抱きしめた。もう、絶対に離さない。涙が溢れて止まらなかった。やっと、会えたのだから、このときを待ち望んでいたのだから。

「まどか……、ああ、まどか……。会いたかった……」

 ほむらは、まどかの名前を何度も何度も呼びながら泣いていた。そんなほむらに、まどかが優しく諭すように言った。

「ほむらちゃん。また、会えたね……。私もほむらちゃんのことは、ずっと見てたよ……。がんばってたね、でも、つらかったんだね……」

 その言葉を聞いたほむらは、ますます声を大きくして泣いた。見ていてくれた。自分の気持ちを分かっていてくれた。今、すべてが報われて、救われた。


 キュービーは、まどかの肩に手を置きながら感動の再開シーンを見守っていた。まどかを世界に認識させるには、こうやってキュービーが彼女に触れている必要があったからだ。
 今まで見せたことがない姿を見せるほむらに、若干驚きながらも、彼女の目も少し潤んでいた。そして、もらい泣きしている彼女の肩の上に、キュゥべえが大きくジャンプして飛び乗ってきた。

「ちょっと、失礼するよ。ああ、やっぱりね。君と接触していると〈円環の理〉をより明瞭に観測できるようだ。こんな機会は滅多にないから、間近でじっくりと見せてもらうことにするよ。……ふうん、〈まどか〉は、実在的存在であると同時に非実在的存在でもあるみたいだね」

 キュゥべえは、これは実に興味深いね、とか言いながら、つぶらな紅い瞳をまどかに向けていた。


「キュゥべえ、彼女を観測するのなら、ぜひ抑えておいて欲しいポイントがある」

「どこだい?」

「ここさ。見てごらん、うなじがとてもセクシーだろう?」

 キュービーは、まどかの長くてサラサラの髪を掻き分けて、その細い首筋をあらわにした。

「うーん、よく分からないね。ただの後ろ髪の生え際じゃないか」

「分かってないなあ、これだから感情のない奴は――」


「あなた達、ちょっと黙りなさい」

 ほむらが、底冷えのするような低い声で言った。

 まどかが、朗らかな笑い声を上げた。





「ほむらちゃん、ごめんね。私、そろそろ、お仕事に戻らなくちゃ」

「……もう、行ってしまうの?」

 ほむらが、まどかに不安げな様子で尋ねた。

「その台詞は、もう100回は聞いたよ。いい加減、彼女を離してやったらどうだい? 会いたくなったらいつでも、僕が彼女を連れて来てあげるからさ」

 まどかを抱きしめて離そうとしないほむら。最初のうちは、キュービーも暖かい目で見守っていたのだが、それが、1時間、2時間、そして3時間が経過する頃にはさすがに痺れを切らしていた。


「そう、そうよね。これからは、いつでもあなたに会うことができるのね。まどか……」

 喜び、悲しみ、苦しみ、怒り、期待、安心、憎悪、絶望、そして愛。ありとあらゆるすべての感情を込めたほむらの目がまどかに向けられた。
 人が人をこれほどまでに想う事ができるのか。ほむらの狂気を垣間見たキュービーの背筋に、冷たいものが走った。こいつは、間違いなく心の病気か何かだ。ほむらの瞳に渦巻く得体の知れない何かを感じ取った彼女は、そう思わざるを得なかった。


「ほむらちゃん。ひとつだけいいかな、キュービーちゃんと、もっと仲良くしてね。……じゃあ、またね」

 まどかは、そう言うと、空気に溶けるように消え失せた。
 あとには、何も残らず、何の痕跡もなく、彼女が本当に存在していたのかすら疑わしくなってくるほどだった。

「行ってしまったね。ほむら、僕達も家に帰ろう。宇宙救済という大仕事を終えて、僕はもうくたくたなんだ」

 キュービーは、まどかの居た場所を魂が抜けたような様子でぼんやりと眺めているほむらに声を掛けた。

「そうね……」

「あと、すまないけど。僕を、君の部屋まで背負って行ってくれないかな? 最終決戦でサンダルが名誉の戦死を遂げてしまってね。片足が裸足なんだ」

「嫌よ」

 ほむらは、0.5秒で返答した。


「おーい、ほむらさーん。ついさっきまどかに言われたばかりだろう? 僕ともっと仲良くしろってさ。君は、早速約束を反故にするつもりなのかい?」

 キュービーは、嫌らしい方法でほむらを攻めた。こういう言い方をすれば、彼女が服従するだろうと見越しての事だ。

 ほむらは、大きくため息をついた。

「乗りなさい」

 彼女は、キュービーに背を向けると、身を低くして片膝をついた。

「さっすが! 君なら、そうしてくれると最初から信じていたよ」

 調子の良いことを言いながら、キュービーは、ほむらの背に乗った。


「くっ、重……」

 キュービーを背負って歩き始めたほむらが呻いた。

「相変わらず、失敬な奴だな君は、僕は君よりも軽いよ」

「重いものは重いのよ……」


 会話が途切れた。
 ほむらは、フラフラとした足取りで歩き続けた。
 キュービーは、自分を背負って歩いているほむらを見ながら、こう呟いた。





「君は、僕の最高の友達だよ」








































「やっぱり無理ね。タクシーを呼びましょう」


「えぇ!?」


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